青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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七話

 

試合当日、その日は午前中から慣らしや休憩を入れて一人四試合ほどをこなして四時頃解散というスケジュールになっていた。

他校との交流試合ということで、オラワクワクすっぞといった戦闘民族のような感想を抱いたことは否定しないが、そのあとのことを考えると腸が煮えくり返るようで、むしろ宴会のことか!と髪の毛を逆立てて叫びたいところだった。

 

そして今は、午前中の二試合を6-1、6-0で勝利して昼の休憩を挟んでいる最中だ。

高校という低いようで高い垣根を越えて互いに談笑しながら昼食を摂っている人達を横目に俺は一人、目に着きにくい離れた場所でパンをかじっていた。

材木座は何やら用事があるらしくこの場に居ないが、居たところで野郎二人で顔を突き合わせて黙々と昼食を摂るのも奇っ怪な光景に違いなく、その事を考えたら一人で良かったと言えるはすだ。

 

「八幡。こんなところにいたんだ。もう、探したんだよ」

 

デザートにカウントしていいか分からない菓子パンをマッ缶で流し込もうとしている時に、小走りで走ってきた戸塚が声をかけてきた。

 

「ああ、戸塚か。二試合目は残念だったな」

 

戸塚の二試合目は5-5まで粘っていたが、体力に限界が来て精細を欠き最終的には5-7で負けてしまっていた。

可愛さでは向こうの女子テニス部に6-0で勝利していたが。

練習試合とは言え、負けたことが相当悔しかったのか、試合後の挨拶の時に目に涙を浮かべながら話していたのを見て、仇を取ろうと自分の中で決意をしたのは秘密だ。

 

「うん。もっと練習しないとだね」

 

苦笑いをしながら言う戸塚に「安心しろ。仇は取る」と胸をはりながら大仰に答えると

 

「ふふっ、なら期待しておくよ」

 

と漸く戸塚の顔に笑みが戻った。

 

「毎年、三年生しか試合に出れないけど、来年は八幡も材木座くんも居るからきっといいところまで行けると思うんだ」

 

「まあ、テニヌを使う奴とか、全国区の奴とかに当たらなければ多分勝てるとは思うが」

 

王子様的なあれに憧れた時期というのも有ったが、テニス部に入って本格的にテニスを始めるようになってあれは無理だと確信を得た。というか序盤の方の技ですら再現が無理だった。

なんだよスーパーライジングショットって、もっとクルム伊達先生を見習えよ。今はクルムじゃ無かったな。

 

まあ、テニヌは論外としても俺が一体どのくらい強いのかは分からない。練習試合や交流試合で当たる人達は対して強くないが全国区の人間がこの程度というのはあり得ないだろう。

どちらにしても今の状況は井の中の蛙と言えると思う。

 

「後、一年近くあるから僕も強くなって、そしたら僕と八幡と材木座くんで三勝すれば全国だって行けるかもしれないよ」

 

「……なら、戸塚が諦めない限り俺は負けない。そうすれば全国だろうと何処だろうと一緒に行こうぜ。まあ、材木座はどうか知らんがあいつは放っといても大丈夫だろ」

 

そういうと何故か戸塚の頬に紅がさして、腕を後ろに組みながら俯いた。

その様子を見て、あれ、これ双子野球マンガ的なやつじゃね。と気が付いた。

 

いけんじゃん。いってしまえ。とどこからか聞こえてくる材木座らしき声を幻聴し、いや、いっちゃダメだろ。生物学的に。と一人ツッコミをしていると

 

「うん!約束だからね」

 

戸塚は上目遣いで花は開くような笑みを浮かべた。

 

「ああ、約束する」

 

 

戸塚の応援を受けた俺はもちろん総武高の鬼神のごとき活躍で全勝を飾った。

すると彼らは、少しにやけているようにも見える顔で、そそくさと去って行き、それがまた俺のイライラを助長させる結果になっている。

 

 

刻一刻と迫る復讐の刻限に思いを馳せる。もう自分をいぢめるのもお終いにしなきゃならないのではないかと思い始めた。

テニスに縋りつくことで、自分の現状を変えられるのではないかと思ったのだ。

でもそれは、結局なんにもならずむなしさだけが残ったが。

 

午後五時半、ボケッと立ち尽くす俺のもとへ、材木座がやってきた。

 

「さっき振りだな。あいかわらず腐った目をしている」

 

それがこいつの第一声だった。

 

「お前も、相変わらず妖怪と間違える容姿をしていてなによりだ。それよりも用意はできたか?」

 

材木座は手にぶら下げたビニール袋をかすかに揺らして見せた。青や緑や赤といった毒々しい色合いの筒がいっぱい飛び出していた。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

最初こそ足取りも軽く、材木座の後を意気揚揚と歩いて行ったが、足が進むにつれて先日平塚先生に会ったことや昼休憩時の戸塚の事を思い出し、俺の中の良心がむくむくと出てきた。

 

「なあ、本当にやるのか」

 

「お主、先日はあんなに乗り気ではなかったか。それに天誅なんだろう」

 

「もちろん俺はそのつもりだけれども、他の者からしてみれば、ただの阿呆の所業だろ」

 

「世間を気にして自分の信念を曲げるというのか。我が共に歩んできたのは、そんな人間ではないわ」

 

唾をとばし身振り手振りを交えて、奴の説教は続く。

これ以上ほっとくのも面倒なことになりそうなので、材木座の講釈を遮って言った。

 

「わかった、わかった。やればいいんだろう。やってやるよ」

 

こいつの下劣な品性を軽蔑しながら、敢えて一歩を踏み出す。

 

 

俺らは木陰に隠れながら三角州で宴会を開いている男女に近い川岸に位置取ることにした。青いシートを広げ、笑いながら戯れている彼らの姿がよく見えるようになっている。

 

その中には、俺が先の試合で、6-0でくだした人々もいた。

試合に勝って勝負に負けるという言葉が一瞬よぎるが、そういうことでは無いはずだ。不埒な悪行三昧の無知蒙昧な彼らに鉄槌を下し、物事があるべき所に落ち着かせるのだろう。と頭を振り気合いを入れ直す。

 

別に戦いという訳じゃない。勝負じゃなく、天誅なのだから負けるとか勝つとかは無いはずだ。それなのに、沸いてくるこの人恋しさはどうしろというのか。

 

葛藤を繰り広げながらも外面に出す訳にはいかず、打ち上げ花火を並べているのをボーッと眺めている間、材木座は中二病御用達アイテム、単眼鏡を取り出し眺めている。

 

「わらわらと集まっておる。まるで人がごみのようだ」

 

「その中には戸塚もいるんだろう。戸塚は天使であってゴミではない、訂正しろ」

 

「う、うむ。すまない」

 

「しかしなんだな、よく戸塚もこんなしょうもないのに参加するよな。俺なら絶対に参加しないのに」

 

材木座からひったくった単眼鏡を覗くと、土手の上で笑いながらジュースを飲んでいる戸塚が見える。

 

もう今日は戸塚を眺めているだけでいいのではないか、とも思ったが他校の野郎が戸塚に絡んでいるのを見て、先程までの葛藤が嘘のように消え去り怒りに我を忘れた。

 

「材木座、今すぐ戸塚の隣にいる阿呆野郎の顔面にぶち込むぞ」

 

「それじゃあ、戸塚嬢にも当たってしまうではないか」

 

「そんなもん戸塚への愛で玉が勝手に避けてくまである。今やらずしていつやるんだ」

 

「お主は、そんな阿呆な能力持ってないだろう」

 

こうしている間にも、あの阿呆野郎の毒牙にいつ戸塚がかかるかわからない。

 

「せめて副部長が来てからにしたらどうだ」

 

「そういえば、なぜあいつがいない」

 

「奴なら食材の調達に向かったはずだな」

 

「構わん。あいつだけでも亡き者にしてやる」

 

しばらく押し問答が続いた。

確かに材木座の言うことも一理あると我慢をしていたが、許しがたいことに、いくら待っても副部長は来なかった。宴会場では皆が楽しげに騒いでいる。

 

「こんなことなら、我もあっちに混ざればよかった」

 

夏には少し早いが、日が暮れても熱気があるにも関わらず冷々たる気分になり黙っていると、訳のわからない供述を材木座が言い始めた。

 

「お前だって呼ばれていなかったんだろう。そんな奴が参加したところで、あれこんな奴呼んだっけ。とか言われて変な空気になるのが落ちだぞ」

 

「いや、実は我も誘われてたんだ」

 

「なにおう、この裏切り者が」

 

何故かドヤ顔を披露してくる材木座に対して、他称腐った目で精一杯睨みつける。

 

「そんなに怖い目で見ないでくれ」

 

「お、おい、くっつくな」

 

「だって寂しいじゃないか。それに夕風が冷たいの」

 

「このさびしがりやさんが」

 

「きゃ」

 

長い待機時間。川向こうから和気藹々と聞こえてくる声。それに加えて熊の妖怪と木陰で意味不明の寸劇をすることに虚しさを感じ、むしろその虚しさこそが俺たちの堪忍袋の緒を切った。

 

副部長の姿は見えないけれど、こうなれば仕方ない。

俺は勢いよく立ち上がり、宴会をしている群衆に向かって大声を張り上げた。

 

「やあやあ皆の衆。突然で悪いが、これから復讐を始めさせてもらう。くれぐれも目にはご注意」

 

「腐った目をした者が言うと説得力が違うな」

 

「ええい、ちゃちゃを入れるな」

 

大声で口上をして、宴会をやっている人々を睨み回した。ぽかんと阿呆のように口を開けた面々が「なんのこっちゃ」 というようにこちらを眺めている。

なんのこっちゃ分からなければ、分からせてやるまである。

 

ふと、三角州の高い位置に座っている戸塚の姿が目に入った。

 

彼は

「あ」

「ほ」

 

とにっこり笑い、木の向こうに身を隠した。

 

戸塚が避難したとなれば遠慮する必要はない。

俺は配下の材木座に砲撃の命を下した。

材木座は嬉々とした様子で固定してある打ち上げ花火やロケット花火に点火し、次々に飛んでいくカラフルな弾をにやにやと気色の悪い笑みを浮かべながら見守っていた。

 

 

本来打ち上げ花火という物は夜空に向かって打ち上げるものであり、決して手に持ったり人に向けたり川向こうで和気藹々と宴会を開いている人達に爆撃をする物ではない。

どこぞの国では新年を祝うためであったり、祭りの時に爆竹やロケット花火を人並びに建物に向けることもあるらしいが、祭りでもない日に心の準備も出来ていない人に対して使う用途は説明書にも書いていない。

 

ひとしきり花火を打ち終わった後、ぎゃあぎゃあと騒いでいる宴会場をしり目に、颯爽と逃げ出すつもりであったが、怒り狂う部員たちがこっちへ追ってきたので、俺は慌てた。

 

「わっはっはっ、絶景かな絶景かな」

 

隣では材木座が未だにトリップしながら、花火の準備をしている。

 

「逃げるぞ」

 

「まだ花火が残っているではないか」

 

「んなもん放っておけよ」

 

俺達は未だ手付かずの花火を投げ棄て、千葉の町へと駆けだす。

 

「よくもこんなしょうもないことをしてくれたなあ」

 

と後ろから副部長の怒鳴り声が聞こえる。

よりによって、しょうもないとは良く言ったものだ。人に怒る前に先ずは自分の事を見つめ直した方がいい。

 

だが、それを説いたところで、少数派は多数派に飲み込まれるのが世の常、マイノリティの虚しさを抱えながら戦略的撤退を余儀なくされる。

 

すぐ隣で花火の弾ける音がする。

報復のために誰かが花火を打ち込んできたらしい。

 

あの体躯で逃げ足だけはいい材木座の背中を見ながら走り続けた。

 


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