青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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五話

それは、まだ俺と奉仕部の関係がギスギスと音を立てる前の話である。

 

それは由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに雪ノ下と二人でららぽーとに向かったときの事。

 

何時ものように、北極点の氷のごとく冷たく固かったが乙女と2人でどこかに出掛けるなど妹以外では初めてだったのでやけにふわふわした気分になったのを覚えている。

 

名目上は友達にプレゼントをあげたことがないから、プレゼントの選び方がわからない。

というものだったが、それをいったら俺だって友達にプレゼントを渡したことがない。

それどころか友達すらいない。

それでも、プレゼントに参考書を選ぼうとしたのを止めれたことは、俺がいることでも少しは役に立ったという証拠かもしれない。

 

一緒に買い物をする事で少しは気を許してくれたのか、何時も纏わせている空気が柔らかくなっている気もして、ふとショーケースに映った顔をみたら、にやけていて気持ち悪い自分の顔が見えた。

それが恥ずかしくて、背筋を伸ばし顔に力を入れたが、彼女はそれどころではなかったらしい。

 

白いスカーフを巻いたパンさんのキーホルダーの入ったクレーンゲームを発見したとき、彼女は挙動不審ともとれるぐらいそわそわしていた。

 

「これ欲しいのか」

 

どっからどう見てもそれが欲しいです。って表情をしているけど、あくまで紳士的な対応を心掛け訪ねる。

 

「ちがうの、これは、その」

 

歯切れの悪い彼女のに業を煮やし、いざパンさんのキーホルダーを取ろうとお金を入れた所までは良かったが、あれよあれよと言う間に樋口さんまで飛んでいくことになってしまった。

 

「あー、悪い。取れなかった」

 

「別に私は欲しいなんて一言も言っていないのだけれど。全く貴方は阿呆なことをするのね」

 

横顔が残念さを物語っていたが、こっちを向いた彼女は少し笑っていた。

 

「お前にあげる為じゃなくて、ただ単にとれない悔しさからここまでやっちまったんだ。まぁ、今日はプレゼント代が無くなるからやめるけど今度来るときは俺が悔しいから絶対に取ってやるよ」

 

「そう。なら期待しているわ」

 

てっきり、あなたと来ることなんて一生無いのだけれど、みたいな言葉を言われるのかと思っていただけに拍子抜けも良いところだ。

 

「ああ、約束する」

 

 

 

場面は変わり、由比ヶ浜の誕生日

 

俺は買った犬の首輪を渡すために彼女を呼び出した。

桃色の学園生活に未練があった俺は、何かあるのではないかと、期待を膨らませていた。

 

「どしたの、ヒッキー」

 

「まだ、きちっと誕生日を祝ってなかったなと思って。おめでとう由比ヶ浜」

 

「うん。ありがとう」

 

「それでだな、その」

 

プレゼントを渡そうとポケットに手を入れているが

 

「ヒッキーはさ、今楽しい?」

 

と言う問いかけに渡すタイミングを逃してしまった。

 

「そりゃあ思ってた高校生活とは違うな。もっとこうキャッキャウフフな感じでだな」

 

「なにそれ、変なの」

 

「雪ノ下にこき使われたりもするが、でも、最悪ではないと思う」

 

確かに彼女はきついところがある。

それこそ、俺が想像していた学園生活を根底から壊してしまうほどに。

 

それでも、ほんの少しだけ楽しんでいる自分がいるのも事実だった。

 

「ゆきのんは少し愛情表現が苦手なだけなんだって、ああいう態度をとっちゃうのも全部あれは、ゆきのんなりの愛なんだよ」

 

「そんな気色悪いもん、いらんわ」

 

「ひどいなあ、もう。でも、私は奉仕部の活動は楽しいよ。ゆきのんや……ヒッキーもいるし」

 

渡すならばここしかない。自然にポケットからプレゼントを出すんだ。一歩さえ踏み出せば生活が変わるかもしれないのだから。

 

「由比ヶ浜」

「ヒッキー」

 

互いを呼ぶ声が重なり沈黙が流れる。

 

「ヒッキーから、先に」

 

「あ、ああ。あのな由比ヶ浜わた」

 

「けぷこんけぷこん。おーい我が朋友よ」

 

変な咳をしながら、こっちに向かって手を振る熊の妖怪により次の言葉を遮られる。

 

先に雪ノ下の内面が妖怪と言ったが、こいつ。材木座は容姿も内面も妖怪だ。

 

人の恋路を邪魔することに生き甲斐を感じ、他人の不幸で飯が三杯食べれる、特定外来種、恋の邪魔者、犯罪係数300オーバーの執行対象。

 

こいつはいつの間にか体育で俺と組んでいたり、奉仕部に自作小説を持ち込んだりと神出鬼没に俺の前に現れる。

今日だって呼んでいなかったが、いつの間にかしれっと混じっていた。

 

「八幡だけが幸せになっていいはずがなかろう」

 

ボソッと耳元で呟かれた言葉に戦慄を覚え、更に言えばそんな空気では無くなってしまったので、結局プレゼントを渡すことが出来ず別れた。

 

キーホルダーに首輪、一度はそれを手にして渡そうとしたはずだけど一歩が踏み出せずに、気が付けば霞のように俺の部屋から消えてしまっていた。

 

 

いつもと変わらない部室の中、何時もより雪ノ下がそわそわしている。

慣れてしまえば彼女は意外と分かりやすい。

 

「どうしたの、ゆきのん」

 

「ねえ、由比ヶ浜さん猫ラーメンって知ってる?」

 

聞きなれた単語を雪ノ下がいうものだから少しビックリとするが、ここで反応したらなにか言われるだろうと黙って様子をみる。

 

「うーん、分からないな」

 

「そう。私も平塚先生が、呟いていたのを聴いただけだから聞き間違いなのかもしれないけれど、もし知っているのなら教えてほしいと思って」

 

この様子じゃ、ただ言葉として聴いただけで噂として知ってるわけでは無さそうだ。

他の人から真実を聞いて、まだ見ぬ猫ラーメンを廃業にさせてしまうよりかは、ある程度こちらで情報を教えた方が良いだろうと結論付け二人に話しかける。

 

「それ聞いたことあるぞ」

 

「あなたは、何時から乙女の会話を盗み聞きするようになったのかしら」

 

「いや、お前何時もよりそわそわしすぎ。声が大きすぎ。誰だって不振に思うわ」

 

「それでヒッキー、猫ラーメンってどんなのなの? 私も聞いたことないんだけど」

 

「ああ、何でも移動式の屋台で味は無類なんだとか。 ただ、食べたことあるって奴の話しは聞かないな」

 

猫ラーメンの猫は、猫カフェみたいな意味の猫ではないがそれは敢えて言わずにおく。

 

「そう、猫ラーメン。ねこ……」

 

顎に手をあて考え込む雪ノ下を見みながら、少し窓の外を眺める。

その途中で由比ヶ浜と目が合い、彼女は優しそうに微笑む。

 

「ねえ、ゆきのん。今度さ、3人で探してみない?」

 

「何でこの男も一緒に、って言いたいところだけど、この中で一番情報を持ってるのも事実だし、2人で探すよりかは効率的になるかも知れないわね」

 

「という訳で、ヒッキーも参加ね」

 

「はあ、どうせ断っても強制参加だろ。なら断るだけ無駄だな」

 

「溜め息吐かなくてもいいじゃん」

 

「由比ヶ浜さん。この男にそこまで求めるのは酷よ。むしろ断らなかったことを誉めてあげるぐらいしてあげないと」

 

「いや、そんなダメな子じゃねーよ」

 

 

この会話全部が本物って訳ではない。

猫ラーメンの名前の由来も明かしてないし、雪ノ下が何で猫ラーメンを探してるかも明かしてない。

 

さっき言った断るだけ無駄、ってのもそんな理由をつけなくても多分俺は……

 

色んな事に言い訳をして、肉付けをしていって、偽物が増える。

それに気付けば、自分の気持ちすら本物かどうか分からなくなる。

 

それでも、夕暮れの教室で、逆光の中の彼女たちの微笑みに少しだけ何かを見た気がした。

 

 

「貴方の自分を犠牲にして解決しようとするやり方、正直言って嫌いだわ」

 

「ヒッキーだけが損するのはやっぱり可笑しいよ」

 

「君が傷つくと悲しむ者がいることを忘れるなよ。私だってその一人だ」

 

走馬灯のように駆ける映像と遠い昔に聞いたような言葉。

 

 

遠ざかる雪ノ下たちの顔を見ながら考える。

 

もし俺が奉仕部に入っていなければ、彼女たちではなく、違う乙女たちと戯れる機会が合ったのではないか。

 

俺が奉仕部に入ってしまったせいで、この部活も俺も彼女たちも歪になってしまったのではないか。

 

確かに彼女達に惹かれた事があるのは否定しない。

このまま、奉仕部の関係が崩れなければ良いと思った事もあったのは事実だ。

 

なら、どうすれば良かったのか。

 

部活内の空気がギスギスしたって、何かを守りたかった。

自分を犠牲にしても、きっとそこにいたかったのかもしれない。

 

何を守りたかったのか、何故そこに居たかったのか。

この短い時間では、答えなど見つからなくて、ただボソッと何が本物だ、という声を残して落ちていく。

 

どうしてこうなってしまった。

 

由比ヶ浜でも平塚先生でも、そして雪ノ下でも……誰かにきちんと気持ちを伝えれば良かったのか?

 

恋愛という意味だけでなく、今もぐるぐると渦巻いているこの気持ちを。

 

この俺の優柔不断で独善的な態度がこの結末を引き起こしたならば、責任者は俺かもしれない。

 

今となっては、あの奉仕部での会話も懐かしい。

 

願わくば、高校生活をやり直せるように。と思いながら、俺は目をつぶった。


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