闇鍋から何日か経った冬のある日。
というより祭りの当日、師匠と俺はとある屋台のラーメン屋を目指していた。
何でもその屋台では猫で出汁を取っているという。真偽のほどは定かではないがその味は無類らしい。
いつしか俺は猫ラーメンとも言われている屋台を探しにふらふらと夜の街へ抜け出し散策するのが日課となっていた。
猫を出汁にするのはとても気が引けるが、食欲と探求心には勝てなかったよ。
さらに言えば、愛しき妹の小町は
「今日は友達とお祭りに行ってくるから晩御飯は自分でなんとかしてね」
とのたまい出ていってしまった。
家にあるのは数日前に由比ヶ浜が持ってきてくれたクッキーと常備しているマッ缶だけだったので、どうしようかと悩んでいると師匠が話したい事があるからと半ば拉致のように猫ラーメンへと連れ去られた。
あれほど目を更にして探していた難攻不落の猫ラーメンも師匠の手にかかれば鍋でコロンと愛らしく丸まる子猫同然だった。師匠に連れられて意気揚揚と高架下へ向かうと、ぽつりと佇む屋台を見つけた。
「大将。いつもの」
「いつ来たってここには、ラーメンしか置いてないよ」
「つれないなあ、付き合ってくれても良いのに」
ぷくりと頬を膨らませ不貞腐れる師匠を見ながら、慣れ親しんでいる人に向けるやりとりに少しの嫉妬と意外とここに来てるんだろうかという疑問を覚えた。
「師匠はよく来るんですか?」
「うん。愚痴を聞いてもらったり色々とね」
「師匠にも愚痴を言いたくなるときなんてあるんですね」
「そりゃあ、もう。弟子が不真面目だったり、弟子がダメダメだったり」
「これでも頑張ってるんですけどね」
「誉めてたりもするけどな」
「ダメだよ大将。弟子は叩いて伸ばすんだから」
ここ最近、姉妹間戦争だの闇鍋だので師匠の意外な一面をよく見る気がするが、少しは親しい仲になれたのだろうか。
緩む顔を見せないよう、ラーメンを食べた。
○
それから師匠は呼び出したのにも関わらず、黙ったまま猫ラーメンを後にする。祭りをやっているだけあって大通りは人が多く、自然と人の少ない公園へと足が向かった。
それでも師匠は喋らずにぽてぽてと歩き続け、焦った俺は何かを話さなくては、と話題を捻り出そうとしていた。
「文化祭で占い師がいまして」
「うん」
「言われたんですよ。後悔しないように好機を捕まえろって」
「面白いことを言う占い師だね」
「俺は師匠に会わなかったらどうなってたんでしょうか」
「んー、どうだろうね」
何処と無く上の空で聞いている師匠に続けて言う。
「思うんですよ。俺は自分の意見を持たず、他人に振り回されてきただけじゃないのか。自分の可能性というものを、もっとちゃんと考えるべきだっんじゃないか。自分の力で好機を掴んで、違う可能性を掴まなきゃ駄目なんじゃないかって」
話をしているうちに自分の中にあるもやもやとした感情が形作られていった。それは、文化祭であり闇鍋である。
自分が青春を謳歌出来ているかと言われれば、多分否定は出来ないのだろう。皆でわあわあと何かをする事への抵抗も少なくなっている。きっと一年生の頃の自分が今の自分を見たら、このリア充めっ、と心の唾を吐き出しているに違いない。だが、当事者であるという実感が持てなかった。何処か第三者の目線で見ているかの様な、青春の輪を皆で囲んでいる中、真ん中に一人で座って目を瞑り、後ろの正面が誰かを当てている。そんな疎外感や焦燥感が常にあった。
だからこそ文化祭では御都合主義に傾倒して、柄にもなく闇鍋にも参加をしたのかもしれない。
「好機ねぇ……」
頭をかりかりときながら、俺を見て言った。
「可能性という言葉をところ構わず使っちゃだめだよ。人間は生まれた時から平等じゃないもの。えてしてなりえないものも中にはあるのよ。君はバニーガールになれる?大工になれる?ひとつなぎの大秘宝を手にする海賊になれる?スーパーハッカーになれる?」
「……なれないです」
そんな詭弁じみた言葉に若干不貞腐れる俺を見て、師匠は頷きながら続ける。
「人の苦悩の大半は、あり得たかもしれない可能性を妄想するから起こるの。人気者に、頭がよく、目が腐っていない……そんな宛にならない可能性に望みを掛けるのがいけないのよ。確かに私たちは、小さな頃からテストの点数、運動会、容姿、性格……良いことは善と教えられてきて今日まで生きてきた。だからそう思うのもしょうがないとも思うわ。でもね、君は今まで生きてここにいる。君がここまで来たのは可能性を信じたからじゃなくって不可能性を見極めて来たからよ」
「酷い言われようですね」
「それでも、認めてあげなさい。ここにいる君は不真面目で目が腐っていて、人気者でもない。運動神経も抜群に良いってことはないし、取り立てて頭が良い訳でもない。私の頼んだことを斜め下の方法で解決したりするけど、それでも、文化祭で下手を打ったあの委員長ちゃんを見捨てないであげるどこか後ろめたい優しさを持ってる」
本当に酷い言い草である。
思いもよらず自分の本質を当てられた事に、このまま夜の公園でぎゃあああと叫んでしまいたくなるのをぐっと堪えて続きを待った。
「比企谷君はいわゆる桃色の学生生活を満喫できる訳がない。何故ならこの世は実に雑多な色で溢れているから。そのカラフルな色彩の中で私たちは迷いながら生きているのよ。時に眩しくて目がくらんだり、隣が青く見えたりする。でも、それは関係ないの」
「だから、これからの人生の中で、どうにもならない事、どうにもできない事なんていくらでもある。それは私が保障するからどっしりかまえておきなさい」
師匠の言葉は中々な説得力を持っていて、そうなのかもとも思わされたが、それでも可能性を信じて何が悪い。理想を追って何がいけない、と思う。
過去を天真爛漫に肯定し、今の自分を大いなる愛情を持ち抱き締めてやることなんか出来るはずがない。 俺には果たして、人生の選択肢は無いとでも言うのだろうか?
無いと言うなら、あがく意味なんてあるのか、そんなのは運命論じゃないのか。
「なら……なら相模さんは何だったんですか。彼女は文化祭で御都合主義のような最良の結果を出せた。それは彼女の可能性だったんじゃないですか?」
「そうだねえ。偶々彼女が奉仕部に依頼を持ち込んで、偶然部長が雪乃ちゃんで、思い掛けず私が雪乃ちゃんの邪魔を君達に依頼して、奇跡的に私がキャッチコピーを決める日に来て、予想外に彼女が終わりの挨拶を逃げ出し、計らずも私が皆を誘導して、何故か君の前を走る人が特定の場所に吸い込まれるように向かって、奇遇にも君が最初に相模さんを見つけ、コペルニクス的転回で彼女が決心をする……これは彼女にとっての可能性だったのかな?それとも誰かにとっての必然性だったのかな?」
そんなちょっとした俺の反抗を、あたかもあれが最初から師匠の手の内にあったかのような口振りで捲し立てられ思わず背筋にぞぞぞっと悪寒が走った。
師匠にとっての相模さんは舞台装置のようなものだったのだろうか。
師匠にとっての雪ノ下はどんなものだろうか?
師匠にとっての葉山や俺はなんだろうか?
「師匠は何のために、あんなことをしているんですか?」
いつも浮かべる胡散臭い笑顔に気圧され、気が付けばそんな言葉が口を衝いて出ていた。
「それは雪乃ちゃんのこと?」
「そうです」
ふむと顎に手を当てて考える素振りをしてから師匠は話始める。
「……知ってるかもしれないけど、昔の雪乃ちゃんは今よりもっと焦っていたの」
「何に、ですか?」
「親とか、周りとか、出来る姉とかで……多分雪乃ちゃんは私みたいになりたかったんだと思う」
「師匠のようなちゃらんぽらんに?」
師匠が二人居る恐ろしい幻影が脳裏に浮かび、思わずそう言った。
「酷いなあ。こう見えても雪乃ちゃんが高校生になるまではもうちょっとマシだったんだから。でも、私はそんなじゃない。私なんか目指さなくても良いんだって言いたかったの」
「……雪乃ちゃんは強い子よ。私がちょっかいなんて出さなかったら、自分の道を一心不乱に進み続けて、他の色に染まらず、何でも最短でたどり着くようになると思う」
「でも、そんな一本道の先にある世界で高いとこまで登っても、そこから見える景色はちっとも綺麗じゃないと思う。どうせなら、雪乃ちゃんには良い景色を見てほしいから」
すっ、と様々なものが落ちていった気がした。
なんのことはない。ただ愛情表現が苦手な極度のシスコンだっただけの話。
戦争とは名ばかりの、小学生の男子が好きな子にちょっかいを出してしまうような、そんな他愛のない事だった。そんな彼女だからこそ、俺達に無理難題を押し付け相模さんを追い詰め、雪ノ下と対立もする。
陽乃さんの、私なりの愛……だったのだ。
とてつもなく傍迷惑ではあるが。
「まあ、それも今日までなんだけど」
遠い目をしながら彼女は言った。
「は?どういうことですか」
「あれ、言ってなかったっけ?明日から、ちょっとばかし遠いところに行くの」
「初耳なんですけど」
その言葉に冷や水を浴びせられた様な衝撃を受けたが、何でそんないきなり、と言ったところで、陽乃さんの中ではもう決定事項であり、俺なんかがいまさら何を言ってもきっと変わることではないだろう。
「と、言う訳で比企谷君には雪乃ちゃんのこと任せるけど大丈夫だよね」
「いやいやいや、無理ですって、俺なんかに任せられる奴じゃないですよあいつは」
「大丈夫だって、隼人君にもお願いしたからいろはちゃん達と3人で支えてあげて、ねっ」
「……はあ、分かりましたよ」
「うんうん、聞き分けのいい子はお姉さん好きだぞ」
思えば、何かしらのサインを俺や葉山に送っていたのかもしれないが、それも今となってはすべてが遅すぎた。
なら俺にできることと言ったら、きっとこうやって送り出すことしかない。
「いやー、それにしてもこの八カ月間は、私にとっても最高だったよ。君たちを弟子にしたかいがあった」
陽乃さんの浮かべた笑顔に驚いた。他の人には分からないであろう、胡散臭い作り笑いをいつも張り付かせている彼女が、こんなにも寂しそうな笑顔を見せているのだから。
出来れば、こんな顔は見たくなかったと素直に思った。
「なに今生の別れみたいなこと言ってるんですか。貴女のことだからひょっこり戻ってくるんでしょう」
「分からない。3年ぐらいは戻らないかも」
3年間。それは17年程度しか生けてない俺からして、あまりにも長い時間だ。高校を卒業して何処かの大学に入って、成人になって、それで何をしているのだろう。
「もしくは、比企谷君の旅が終わる頃か……まあ、その時は紙吹雪の1つでも咲かせて迎えてあげるよ」
「葉山は知ってるんですか」
「昨日言ったら目を丸くしながら驚いてたよ」
にやりと笑った。
最初は、というより今でも胡散臭い笑顔と思っているけれど、もしかしたら俺も葉山もこの笑顔見たさで弟子を続けていたのかもしれない。
「そう言うことだから後はよろしくね。それとこれ、クリスマスプレゼントと文化祭の時の景品」
「っ、ちょっと待ってください」
俺の言葉を聞きもせず、彼女はいつもと同じように颯爽と去ってしまった。
手元に残ったのは、何時の日か彼女が俺に所望したやけにリアルなカマクラのぬいぐるみとディスティニーランドのチケットと俺の旅云々と言う意味深な言葉だけだった。
○
自分の周りの物全ての痕跡を消して風のように居なくなった陽乃さん。
今どこで何をやっているかも分からないまま、年が明けて一月が過ぎた。
雪ノ下は越えるべきなのか越えてはいけないのかどうかは解らない壁を失ったからか、それとも悪戯合戦という張り合いが無くなったからなのか、表向きはいつも通りに見えて、その実いまだに晴れることはなく俺と葉山、それに時々一色も顔を付き合わせる度彼女に、彼女を託した陽乃さんに何が出来るのかを相談する日々が続いていた。
そしてなぜか、海老名さんが鼻血を垂らしているのがよく見られる今日この頃。
放課後に葉山と二人、サイゼリアでドリンクバーを頼み時間を潰す。
「なあ」
「どうした?」
「俺はあんなに近くに居たのに結局、最後の最後まで陽乃さんの事理解できなかった。それに今も雪ノ下さんに何もしてあげられない」
葉山は柄にもなく、おセンチな気分にでもなっているのだろう。こんな話を聞かされる俺の身にもなってみろと言いたい。例えばこれが一色であったなら「弱ってる師匠も素敵ネ」とか思いながら親身に話を聞いてあげるのだろうが、俺にそんな気は殊更ない。むしろあったら気持ち悪いだろう。
しかし、その気持ちが分からないと言うほど精神的無頼漢ではないと自負しているため、ふんふんと唸った後、持論を述べることにした。
「……しょうがねえだろ。俺らは高校生だしな」
「高校生かどうかは関係しないんじゃないか?」
「ほら、俺らが小学生の時、中学生って大人だと思ってた。でもいざ中学生になったら、こんなもんかって思ったり」
「確かに中学生の時も高校生になったら何かが変わるって思ってたな」
「きっと俺らにとって師匠はそんな感じだろ。それでも、どうしようもなく時間は陸続きで、いきなり大人になんかなれはしない。ならどうして師匠は大人だと、理解できない程の存在だと勘違いすると思う?」
「新しい環境。俺達にとって未知の事が彼女にとっては既知だから……か」
「知らないことは知らないでこの際、神棚にでも上げて飾っておけばいい。その棚に上げて飾った師匠を眺めて思ったことは」
「……シスコン?」
「なら、それが陽乃さんなんだろ」
「そんなもんか」
「そんなもんだ。と言っても、それを知ったところで雪ノ下にしてあげられる事なんて殆ど無いけどな」
「せめて、元気付けることでも出来たら」
ずずずと音をたててストローを吸う。
このままでは、陽乃さんが託した事すらまともにできない。
いや、それ以前に雪ノ下が沈んでいるのを余り見たくはない。
一つだけ頭の中に考えていた事はあったが、余りこの方法は取りたくなかった。それでもそれにかけてみるしかないのかもしれない。
「なあ、お前これから暇か?」
「いや。着替えた後に優美子達とカラオケに行く」
「そこに一色はいるか」
「いるけど、どうかしたか?」
「いや、何でもない。俺も用事あるから先行くわ」
食べた分の代金を葉山に渡してサイゼリアを出た後、自称葉山の弟子に電話をかけた。
○
次の日、早く学校についた俺は教室で寝ていた。
今から行われる一連の出来事をできるだけ多くの人に目撃させるのが目的である。
クラスの半分以上が登校してきた時、扉が勢いよく開けられ
「比企谷ぁあ」
と怒鳴り声をあげた葉山が入ってきた。
全員が驚きと困惑、若干の笑いが混じった表情をする中、どかどかと人ごみをかき分け俺の前に立つ。
「このっ、よくも、よくも制服を……」
怒りで言葉が出ないとはこう言うことだろう。
葉山の制服は、色鮮やかな黄色に染まっていた。
「よく似合っているじゃないか。ちょっとゲッツってやってみ」
「違う、どうして、お前が、こんなことをやったかって聞いているんだ」
わなわなと震えている葉山に対して、俺たちだけが分かる合言葉をいった。
「俺なりの愛だよ」
葉山は自分の椅子の上に置いてあるカマクラのぬいぐるみを見てた後、合点がいったような表情で
「んな、汚いもんいるか」
と笑った。
愛、すなわち結婚、キマシタワーと叫び、教室を赤く染めた人物がいたが、気にせず葉山は続ける。
「お前がその気ならば、こっちにだって考えがある。せいぜい身の回りに気を付けるんだな」
ニヤリとして、席に戻った葉山は三浦さんや戸部から質問攻めにあっていたが、全部普段の爽やかスマイルで受け流していた。
その後は、教師に何を聞かれても何事もなかったかのように黄色い制服で授業を受ける葉山と、好奇と敵意の視線に晒された俺以外は特に何事もなかったかのように午後の授業まで進んだ。
普段、体育の授業はやれ二人組を作れだの、やれチーム戦だのでめんどくさいと思っているけれど、六限目となれば話は別だ。
適当に流しているだけで時間が過ぎるので、授業が五限で終わるような気分になる。
高かった日差しも傾きかけ、六限の授業が終わった後もやけに絡んでくる戸部以外はいつも通り、独りで練習し教室に戻ると、俺の机に真っピンクな制服を着て前衛的なポーズをとった等身大パンさんが座っていた。
ああ、やってくれたな葉山。小町になんて説明したらいいんだ。と
恭しくパンさんから制服を脱がせ、着替えているとにやにやした黄色い制服の葉山が近づいて来た。
「どうしたんだい、その前衛的な制服は? 」
「お前が言うな」
「ちょっとカメラもって、あっはっーって奇声挙げてみろよ」
「なんでパーの方なんだ。大体体育の時間お前ずっと居ただろう」
「出来た弟子が居たもんでね」
「お前、一色を使って……」
2人そろったら売れない芸人にしか見えない光景に、終礼をしに来た教師が本日二度目の反応をして、放課後になる。
俺と葉山はむすっとしながら特に話もなく奉仕部の部室へと向かう。
桃色の制服を着る俺の手には、等身大パンさん。
黄色の制服を着る葉山の手には、リアルなカマクラ。
もちろん、その道中でも好機の目にさらされていだが、そんなことはどうでもよかった。
この恰好をみた雪ノ下はどう反応をするだろうか。
『また阿呆なことを……』
と笑ってくれるだろうか、呆れるだろうか、それとも俺達と陽乃さんからのプレゼントに興味を示すのか。
まあなんでもいい。少しでも気が紛れてくれれば。
隣を歩く葉山もきっと同じことを考えているのか口角をあげている。
きっと鏡を見たら俺も表情を浮かべているのだろう。
俺もこいつも彼女に影響を受けすぎた。
○
きっとその後の事は語るに値しないだろう。
雪ノ下に由比ヶ浜や川崎、一色の生徒会に入る約束や文化祭で助けた相模さん。
方々に作った約束や借りや貸しをどうしたか。
ディスティニーランドの2泊ペアチケットがどうなったか。
成就しなかった恋。成就した恋を語るのも、それで一喜一憂するのも阿呆のすることだ。
諸兄達だって、そんなMAXコーヒーよりも甘ったるくゴーヤより苦い読み物を見せられても困惑すること間違いなしだろう。
俺だって一応書いても見たが、ただただ俺が延々と空回りしてたり勘違いしていたりする喜悲劇になり、材木座の有害指定図書よりも不気味なものになってしまったので、タンスの引き出しへとしまう他なかったのだ。
そんな薔薇色のスクールライフとまでは言わないが、人並みの高校生活を送ることになった。それでもやっぱり思ってしまう。
もし、師匠と出会わなかったら。もし、師匠を引き留められたなら。もし、もし、もし……
今にして思えば、陽乃さんと葉山や一色との何気ない会話、雪ノ下姉妹の悪戯合戦も懐かしい。
○
「ったく、どうしてこんな解決法でしか出来ないのか君は。乗った俺も俺だけど」
「しょうがないだろ。師匠が言うに俺らは、不真面目で最低な人間だけど最高の弟子らしいからな」
「あっ、師匠に先輩。遅いですよ」
視線の先には、闇鍋の時のパンさんのキーホルダーをくるくると回す一色が待機していて、小声で俺達を呼んだ。
「お前、後で覚えてろよ」
「えー、似合ってますよ先輩。カメラ撮りながら、あっはーって言ってみてください」
「だから、何でパーの方なんだよ」
「でもこれ、どうですかね。このシュールな光景」
珍妙な格好をした二人に生徒会長という組合せ。
道行く人が端に寄るのも仕方がないだろう。
俺だってそんな奴等を見かけたら関わり合いになりたくはない。
「仕方ないさ。これが師匠と俺達なりの愛ってやつなんだから」
「まあ、俺だったらこんなめんどくさそうなのいらねえけどな」
「またまた、そんなこと言って捻デレなんですから」
「なにその、そこはかとない不快さを感じる造語」
「2人ともそのぐらいにして……よし、それじゃあ開けるぞ」
話している内にいつの間にか奉仕部の目の前に来ていたらしい。
深呼吸をした後、3人でニヤリと顔を見合わせ扉に手を掛ける。
こうして、偉大にして下らない姉妹間戦争を引き継いだ自虐的代理姉妹戦争が幕を開けた。
気の効いた地の文が全く書けず、ひいこら言っております。
その内編集はすると思います。