青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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十五話

文化祭には立ち入り禁止区域が存在する。

 

実行委員や教師の目の届かない範囲や、教室を丸々出し物に使っている生徒達の荷物を置く場所、教職員室など学校として入られたら不都合のあるところは、前もって立ち入り禁止にしておくのだ。

元々ボッチからしたら、人混みと熱気に酔ってしまうのはしょうがなく、人の居ないところで休もうと立ち入り禁止区域で座っていた。

 

勇者にだって休息は必要だ。その証拠に宿に泊まれば毎回、お楽しみでしたねと言われるほどに夜の彼等は御大尽だったに違いない。

英雄色を好むというが、魂の安息を多くとらないとやってられなかったんだろう。

 

ましてや勇者でも英雄でもない俺は、いつかは彼らと肩を並べるほどの人物になるに違いないと思っていても大器晩成。精神的に未だ成熟しきってないこの身では、材木座と別れて業務に戻ってから中学時分のトラウマを掘り起こしてしまうのも無理からぬ話だ。

 

今日はよく頑張った。少しぐらい休んでも良いじゃないか。

 

連絡手段を断ち、一時間ほどボーッとしていたが、その時の俺は世界ボーッと選手権があれば日本代表に選ばれるのではないかと思うほどに魂が抜けていた。

 

そんな中、とある一画に占いという何とも怪しげな看板を掲げた露天を見つけた。

そこは文化祭から切り離され、いつも立ち入ってはいるが、いつもと違い人が全くいないという非日常的な日常的非日常空間であり、喧騒は遠くに聞こえ、陰湿な雰囲気と妖気を垂れ流し、無駄に説得力がありそうな場所だった。

占い師の顔はフードで隠れており見ることは叶わないがこんな妖気を無料で垂れ流している人物の占いが当たらないわけないと考え、取り敢えず注意する前に見て貰うだけ見て貰おうかと足が向かう。

 

「あなたはどうやら真面目で才能もおありのようです」

 

フードの慧眼に脱帽。

 

「しかし、今まで貴方が行ってきたことにより、貴方は三人の間で迷ったあげく答えを出せないでしょう」

 

妖気を垂れ流すのは構わないが占い師というのは、どうしてこうも回りくどい表現をするのだろうか。もっと今すぐ使える的確なものがほしいというのに。

 

「よく分からないんですけど、つまりどういうことですか」

 

「後悔をなさらないことです。貴方は後悔や自己嫌悪に苛まれる傾向が強い様ですが、それを無くしなさい」

 

「俺ほど自己嫌悪と無縁な人間はいませんよ。自分大好きですし」

 

「そうですか。漫然とせず好機を掴みとりなさい。さもないと、貴方は今と変わらない日常を過ごすことになるでしょう」

 

「はあ、ありがとうございます。それと、占って貰ってあれだけど、実行委員会が目つけたから程ほどに」

 

「いえ、私もそろそろ閉店とします。ほしミュがあるので、ぐ腐腐」

 

どこか聞いたことのある特徴的な笑いをする占い師を残してその場を後にした。

 

 

立ち入り禁止区画を出てぶらぶらと二階を歩いている俺の目に入ったのは、お茶原理主義vs紅茶党員という看板だった。

 

その看板を掲げているクラスに入ると、徹底!後夜祭まで生議論。途中参加あり。と書かれた黒板を背に教室の半分を議論場、もう半分を観客として、白熱した論戦が繰り広げられていた。

 

「お茶みたいなノスタルジズムにアイダライズするのはアウトオブクエスチョンであり、紅茶こそ現代の日本にとってのモダニズムだ」

「それあるー」

「なに言ってっかわかんねーよ、ハゲ。日本人なら茶を飲め」

 

不毛とも呼べる議論をしている中で髪をポニーテールに纏め、凛とした表情で壇上を見つめている見知った顔があった。

 

「何でお前はここに居るんだ?」

 

「知らない。呼び込みに着いていったら意味不明な議論してた」

 

川崎沙希とは、同じクラスだが妹経由で知り合った。

 

弟の為に深夜のバイトをしているらしく、そんな兄弟愛がどこか親近感を俺に抱かせ、彼女の為にスカラシップと材木座経由で知り合った〈印刷所〉の所員を紹介してから、少しだけ話す仲になっている。

 

「知らない人に着いていっちゃいけないって教わんなかったのか?」

 

「……バカじゃないの」

 

「……で、これは何してんだ?」

 

「弁論部の催し物で、お茶と紅茶に特にこだわりを持たない人が敢えて別れて議論をするらしいよ」

 

「和菓子に日本茶。この組合せは無類だ」

「アフタヌーンを紅茶とケーキで過ごす。これが最高の午後を彩るカラー」

「それあるー」

「ルー大柴みたいな言葉使いやがって、意味被ってんだよ」

 

「そういや、印刷所はどうだ?」

 

「正直、居心地はあんまり良くない。お金の心配もお陰様でないからそろそろ辞めようと思ってる」

 

「まあ、それがいいな」

 

彼女と話している内に討論会の議論が煮詰まったのか、進行役が見ている人に意見を求め始めた。

 

「貴女はどう思われます?お茶派?紅茶派?」

 

進行役が彼女にマイクを向け、彼女は少し考えた後

 

「……私はコーヒー派かな」

 

と言った。

新たな派閥の台頭に場内がどよめき、進行役がなんとかその場を治めようとして隣にいた俺に話題を振ってきた。

 

「あ、貴方はどうですか?」

 

「断然マッ缶派だ。ケーキとマッ缶。甘いものに甘いものが加わって最強に見えるまである」

 

俺の一言が火種を燃え上がらせ三竦みの状態の中、議論は再度白熱した。最初は俺と川崎だけの派閥だったが、コーヒー・マッ缶連合の良さを熱く語り、時には師匠から教わった人身掌握術を用いた結果、半数近くを連合に寝返らせることに成功した。

マッ缶の良さを布教することに必死になっていたが、ある程度達成したことで本来の業務を思い出し寒々とした気持ちになった。

 

「つか、他の実行委員にこんな所見られたら何て言われるかわかんないな」

 

「はあ、あんた仕事中になにやってんのさ」

 

呆れるようにため息を吐かれたが、ずっとそれに付き合って机を叩き、気焔を吐きながら意義ありと言っていた彼女だって同類だろう。

 

「悪い、後で埋め合わせするからここは頼んだ」

 

「……わかったよ。これで、少しは借りを返せたのかな」

 

「借りってなんだ?」

 

「聞き返さなくていいから早く」

 

背中を強めに押され後ろ髪を引かれる思いをしながらも教室を後にした。

 

 

お茶派と紅茶派とコーヒー派による不毛な罵り合いを終えた俺は、偶々雪ノ下と遭遇し一緒に師匠が指揮を執るオーケストラの演奏を聞いた。

そういえば、結局出し物の劇を見に行くことなく終わってしまったなと感慨に耽りながらも、文化祭も大詰めを迎えた頃。

実行委員の一人がこちらに駆け寄ってきて、雪ノ下に何かを耳打ちした。その話を聞いた彼女が少し焦ったようにこちらを向く。

 

「ちょっと良いかしら」

 

「ああ、いいけど」

 

「こっちへ」

 

そう言って彼女は体育館の舞台裏へと入っていく。舞台裏には演奏を終えた葉山や三浦さん、由比ヶ浜に戸部、それに少数の実行委員が集まっていた。

 

「相模さんの行方が分からないらしいの」

 

「もう最後の挨拶まで、あんまり時間無いってのにか」

 

雪ノ下が神妙な顔で相模さんか居なくなったことを告げた。思えば、文化祭で最初の挨拶の時にもたどたどしい挨拶をしていたし、その恥をまたかく位なら何処かへ逃避行してしまおうと考えてしまっても不思議ではない。

 

「ああ、探そうにも携帯の電源を切っているっぽくて繋がらない」

 

「じゃあ最後の挨拶を誰かに任せるとか」

 

「そうもいかないわ。地域賞とかの結果は彼女しか知らないから」

 

「また後日にって事にはできないのか」

 

「最悪はそうなるでしょうけど、地域賞は今発表しなくてはあまり意味がないの」

 

「後、何分あれば探し出せる」

 

「隼人。まさか」

 

「俺達で時間を稼ごう」

 

「隼人くん、それマジカッケッーっしょ。主人公みたい」

 

「そうだよ。皆でやったらきっと大丈夫だよね」

 

なにやら、向こうの方ではアニメでよく見る時間稼ぎイベント的な青春の一ページが主人公葉山、ヒロイン三浦さん、友人A由比ヶ浜、賑やかし戸部で開演しようとしてるようで、後日にしてしまえば良いと思っていた俺は、ぽつねんと取り残された気分でやり取りを見ていた。

 

「驚きだわ。あなたでも空気を読むことが出来たのね」

 

と小声で雪ノ下が話しかけてくる。

 

「いや、なんでその思考に至った」

 

「あなたの事だから、そんな面倒なことするぐらいなら後日にすればいい。とか言うだろうと思って」

 

「そんなことは言わないぞ。文化祭だし」

 

「あら、あなたも文化祭だからといって浮かれてはめをはずすような人間だったの?」

 

「いや、浮かれる阿呆は尽く死滅すればいいと思ってる。なんだったら葉山は壇上で恥の一つでもかけばいい」

 

「……流石ね」

 

「よせやい。照れるじゃねえか」

 

「寧ろ貶しているのだけれど」

 

「大体空気を読むってなんだよ。空気は吸って吐くものだ」

 

横目でちらりと一瞥をした後、はあ、とため息を吐かれた。

はて、何かおかしなことでも言ったかしらん。

 

「兎に角、ここにいる皆で手分けして探せば、二十分もあれば校内全部見れるはず」

 

「ちょっ、二十分もやる体力も曲もあーしたちだけじゃ無理なんだけど」

 

「大丈夫だって。最悪、俺と隼人くんで漫才でもして時間稼ぐからさ」

 

「そうすれば、文化祭も丸く収まるし俺はモテるしwin-winじゃね」

 

「そうだよな。ついでに葉山が恥をかけば俺も得してwin-win-winだ」

 

「なに、ヒキタニくん。俺らと一緒に漫才したいの?」

 

「いや、遠慮しておく。安心して探しに行けるってことだ」

 

「そう?俺ってば安心感ある男だかんなー」

 

「……戸部くん。ありがとう」

 

「良いって良いって。らくしょーっしょ」

 

雪ノ下のお礼に戸部は軽く手を振って答えた。

この男は雪ノ下がお礼を言って頭を下げる事の希少さを分かっていない!

と説教の一つでも垂れてしまおうかとも思ったが、あいにくとそれをする時間の余裕はなかった。

時間を稼いでくれると言っているのだ。素早く的確に探す場所を決めないと。

 

「ひゃっはろー。なんだか楽しそうなことになってるね」

 

確かに何やら企んでいるようであった。それに、さっきまでオーケストラで指揮をとっていた。

しかし、それでもこのまま来ないで終わってしまえば良いと思っていた。

でも……ああ、来てしまった。

 

 

魔王の到来により頭の中では危険危険とシュプレヒコールし、早と退の二文字が頭の中でくんずほぐれつサンバのリズムを刻んでいるが、それも仕方がないというもの。

ちらりと葉山を見ると目があったが、どうしようもないと頭を振るだけだ。

 

全く使えないやつめ。

 

「あー、ゆきのんのお姉さんだ」

 

師匠に対して特に警戒心を持っていないんだろう。由比ヶ浜はいつもの調子で話しかけていた。

 

キッと睨み付けている雪ノ下とは対照的に、友達百人出来たら富士山の上で輪になって踊ろうを体現している由比ヶ浜に

お前はそのまま自分の道をひた走れ

と、心の中で熱いエールを送った。

 

勿論、表だってそのエールを送ることは今後も無い。

そんなことをして、え……あ、どうも。と苦笑いを浮かべられでもした日には、俺の繊細なハートは復元不可能にまで粉々にされてしまうだろう。

 

「おお。久しぶりだねガハマちゃん。髪切った?」

 

「姉さん。そんな阿呆みたいな質問しないで。今、立て込んでるから邪魔をしないでくれる」

 

「はあー、雪乃ちゃん。話は聞いてたけどさ、そんな杜撰な考えで時間が稼げるとでも思ってるの。どうせ滑って5分も持たないのがオチだって分かっているのに」

 

「それ、酷いくーー」

 

「ちょっと黙っててくれないかな」

 

戸部の抗議を途中で遮りにこりと笑いかける師匠は紛れもなく鬼か妖怪の類いである。

心なしか角見えるし、戸部とか三浦さんなんか吹けば飛ばされる毛玉の如く丸くなってる。

 

そんな中で俺は、黒髪の乙女が掌の上で可愛らしく丸くなっている幻影を脳裏に浮かべ、思わずうへへと笑みをこぼしていた。

 

現実逃避してる間も師匠と雪ノ下の会話は続く。

 

「私だったら、あんなのに頼むよりも確実に簡単に時間を稼げるんだけどなあ」

 

「何が目的?」

 

「なにも。あえて言うなら『面白きことは良きことなり』ってね。だから別に貸しとかそんなのにはならないよん」

 

「……わかったわ。よろしくお願いします」

 

「まっかせなさい。おもしろ可笑しくしてくるから」

 

雪ノ下が折れ、いつもの何処と無く胡散臭い笑みを浮かべた師匠は意気揚々と壇上に上がっていく。

 

「おい、まだ間に合うって、あれを止めろ」

 

「大丈夫よ、きっと。戸部君達が赤っ恥をかく事と、あの人に任せる事、どっちが酷いことになると思う?」

 

「いや、俺と戸部だけなら恥をかいたって別に大丈夫だけど……」

 

「ああ、師匠は何か仕出かしてくるな」

 

「師匠?」

 

「あ、いや、それよりもほら。喋り始めるぞ」

 

「そうだよ。雪乃ちゃ――雪ノ下さん」

 

「後で、じっくりと、聞かせてもらうわ」

 

ついうっかり、師匠呼びをしてしまったせいで、雪ノ下から冷たい視線を感じることになるが、師匠が挨拶をしてその視線は反らされた。

 

隣では、ついうっかり、雪乃ちゃん呼ばわりしてしまったせいで、葉山が三浦さんから燃やされるかの様な嫉妬の視線を浴びていた。

 

 

「ひゃっはろー。皆楽しんでるかい?」

 

突然壇上に上がった師匠に驚いていた観客たちだが、喋り始めると会場から歓声が沸いた。

 

「今日は文化祭日和だったね」

 

会場にマイクを向けると、そうですねー。とレスポンスが響く。

 

「祭りも酣になってるけど、そろそろ終了の時間が迫っちゃったんだよね」

 

今度は会場からええーと落胆した声が出てくる。この昼間に見たことのあるようなやり取りは、一体いつの間に仕込みを紛れ込ませたのだろうか。

 

「でもね。実行委員長がお祭りを終わらせたくないって校内の何処かに隠れちゃったの」

 

お昼の司会者から、どこぞの歌のお姉さんに早変わりをしたかのような口調で師匠は喋り続ける。

 

「文化祭のスローガンは『青春を、探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探してsing a song』だったよね」

 

悲しそうな口調から一転、抑揚のある明るい声で師匠は告げる。

 

「そこで皆には、これから委員長を探して貰いまーす。無事見つけて連れてきた人にはなんと、ディスティニーランドとシーの3日分フリーチケットと、その隣のホテル2泊分をペアでプレゼントしちゃいます」

 

一拍置いて、今日の文化祭が始まってから一番の歓声が響いた。

 

「ルールは簡単。校内の何処かにいる委員長を最初に見つけて連れてきた人の勝ち。ただし、小さいお子様もいらっしゃるので、誰かを怪我させてしまった。迷惑行為及び妨害行為をしてしまった。等の違反者は即失格とします。基準としては、失格者は校内各地にいる実行委員や先生方が持っているカメラで撮られてしまいます。その失格者が委員長を見つけてしまった場合は景品も没収」

 

「そうなってしまったら、悲しきかなこのチケットは日の目を見ることなく終わってしまうでしょう」

 

よよよ、と泣く真似をして言う師匠は堂に入っていて壇上で一人芝居をする女優のように見えた。

 

「彼女、彼氏にあげるもよし。友達と一緒にいくもよし。今日出会った人と一緒にいくもよし。未来のパートナーのためにとっておくもよし。家族にプレゼントするもよし。一人で6日分楽しむもよし」

 

「最後に、委員長の顔はこちら」

 

後ろを振り向きながら突然現れたスクリーンに手を向けると、相模さんの顔がアップになり写し出される。

 

「というわけで、探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探してsing a song。委員長を見つけて青春も見つけちゃおうゲーム。スタート」

 

スタートの合図と共に会場にいたほぼ全員が早足で外に出ていった。

 

 


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