青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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十一話

師匠に師事をしてから早、数ヶ月。あれほど五月蝿かった蝉の鳴き声も鳴りを潜め、朝と夕は幾分か過ごしやすくなった季節は、地平線上にクリスマスという祭典がちらつき、焦り狂った独り身の男たちが蝉の変わりに無駄に騒ぎ立てる季節でもある。

そんな暗黒の季節の代表格とも言える一大行事、文化祭の近づいた頃、俺と葉山は師匠から呼び出しを頂き、集合場所である学校近くの小さな公園で師匠を待っていた。

 

「またなんか、面倒事でも押し付けられるのかよ」

 

「いいじゃないか。勇者のお使いとでも思えば」

 

この頃には師匠の投げ掛ける無理難題に少し辟易としていた俺と違って、少し声を弾ませ嬉しそうに葉山が言う。どういうことかは知らないが、こいつは師匠からの無理難題を押し付けられて喜んでいるかのような節がある。

このまま行けば文字通り師匠の手足となり、宛ら二人羽織りの中の人ような人生を送るようになるのではないだろうか。被虐趣味の疑惑さえある兄弟子を心配してしまうほどの滅私奉公ぶりである。

 

「勇者のお使いって言っても、頼みごとをしてくるのが村長Aでも王様でもなくて魔王だけどな」

 

「それは確かに」

 

ついでに言ってしまえば葉山は兎も角、俺は勇者でなく村人D辺りが無難だ。そんな村人に、ちょっと洞窟内の秘宝を取ってこいよ。と言ってくる師匠は限りなく魔王に近い存在である。

世が世なら邪智暴虐の王と認定を受け激怒されているに違いない。

 

俺と葉山の間には接点というべきものがそこまで多いわけではない。同じクラスで同じ人を師とし、同じように無理難題に頭を抱えることは有っても基本的に教室内では話しかけることはなく、また葉山の交遊関係と俺の交遊関係も交わる事はない。俺の交遊関係がごく限定的なものである事はこの際棚に置いておくとしてもだ。

だから師匠の事以外の会話は全くといっていいほど続かず、やれこの間の貢物はどうしただ、やれ師匠の弱点は無いのかと話しをするも五分も経てば話題もつき、葉山は携帯を弄り出し俺は下を見ながら石の形鑑定をし始めた。

 

「ひゃっはろー。待った?」

 

自称石の形検定一級の資格を持つ俺からすれば、数多ある石の中から女性の耳の形に酷似した石を見つけるのは容易く、今日もそれらしき物を見つけ一仕事終えた職人のような達成感に浸っていると木陰から師匠がどこからともなく登場した。

最近はこの挨拶が自分の中でブームらしい。

 

「待ったけどそれはいいさ。それより頼みごとって?」

 

師匠と弟子の関係であるにも関わらず、タメ口を使う葉山だがそれを意に反さず

 

「ちょっとね、雪乃ちゃんの敵になって欲しいの」

 

と意味不明な事を言った。

何時もながら師匠の言うことは唐突で意味不明だが今回のはいつにも増して訳がわからない。白い害獣で無くとも訳がわからないよと言いたくなること請け合いである。

 

「いや、意味が分からないんだけど」

 

「ぶっぶー、鈍感な隼人はしっかーく。はい比企谷君その心は」

 

いきなり話を振られたところで、まず雪乃ちゃんなる人物も知らない。

どこの雪乃ちゃんなのかを説明してもらわないと話しも進まないと葉山を見るが、鈍感と言われたことにショックを受けたのか失格を言い渡された事が悲しかったのか下を向いていて、アイコンタクトは不発に終わった。

 

「タイムアッープ。比企谷君も失格ね」

 

チッチッチと指を左右に振り、無駄にテンションが高い師匠に失格を言い渡される。

 

「分からない2人の為にご説明します。雪乃ちゃんは文化祭の実行委員会に絶対入ります。それで絶対に成功させようとする。だから2人にも文化祭実行委員に入ってもらって共同で雪乃ちゃんの邪魔をしてほしいの」

 

「絶対って言い切れる?」

 

「うん。なんたって私の妹だからね」

 

「まあ、正直やりたくないけど陽乃さんの頼みなら」

 

雪乃ちゃんは師匠の妹だったのか。そう言えば成績上位者のなかに雪ノ下雪乃と名前が有ったような気もするが、その時は国語の欄で俺の一つ上にあった葉山隼人の文字に呪詛を唱える事に全意識を向けていた為、完全にうろ覚えである。

一つ納得は出来たが、今度は何故雪乃ちゃんの邪魔をしなくてはならないのかという疑問が浮かんできた。

 

「それで、内容なんだけど、比企谷君は有能な無能の役を、隼人は無能な有能の役をやってね」

 

まだ、俺はやるとも言っていないし意図自体も汲み取れていないが、師匠は本日何度目かの意味不明な説明をして最後に

 

「分からないかなー、でもヒントはここまで、いかに邪魔をされながら雪乃ちゃんが成功を収めるのか、それとも君達に邪魔されて失敗するのか。報告待ってるよん」

 

そう言い残し、来た時と同じようにふわっと去って行った。

ふわっと残されたこっちは何から取りかかればいいのかさっぱり分からず、取り敢えず葉山とこれからの方針を決めようと話しかける。

 

「これから、どうするよ?過去最高難度だぞ」

 

「こういった事はヒキタニが得意だろ。作戦任せた」

 

無茶ぶりというか丸投げをしてきた葉山におともだちパンチを食らわせ、作戦とも言えないこれまたふわっとした方針を2人で決めてから解散した。

 

この腹黒師匠に腹黒兄弟子め。

 

心の中で毒吐きながら、帰路に着いた。

 

 

それから何度か葉山と顔を合わせ作戦をある程度煮詰め、漸く文化祭実行委員を決める当日がやって来た。

この頃になるとLHR以外の授業も利用してクラスの出し物と実行委員を決めることがあり、それをにLHRの次にある国語の授業まで引きづることにした。

主に葉山が周りをそれとなく陽動してだらだらと決めさせるという方法だったが、上手くいけば授業が潰れるということもあって、皆積極的にぐだぐだしていた。

 

「では、女子は相模さんということでよろしいですね」

 

その時間も大詰めとなり、男子の文化祭実行委員を決める時が来る。

 

「男子の方は誰か立候補する人はいませんか?」

 

最初の難関がここだ。

基本的に男子、女子共に実行委員はクラスに一名と決まっているが、どうごねて俺と葉山が実行委員になるかが問題だった。

 

俺が無言で手をあげると

 

「誰あれ?」

「転入生来たっけ?」

「影薄いのに」

 

クラスの大半がざわざわし始めた。

数の暴力を実感して泣きそうになったが、こっちを見た平塚先生はニコリと笑いかけてきた。

俺に師匠を紹介した後も、師匠と連絡を取って何かと気をかけてくれているらしい。

 

こんないい先生がなぜ結婚できないのだろう。

 

他に誰かいませんか、と事務的に聞く司会進行役に対して

 

「俺もやりたいんだけど」

 

と葉山も手を挙げる。

 

「嘘っ。葉山君やるの」

「私もやっておけばよかった」

「いいな南」

 

クラス全体がざわざわし始めた。

 

勿論、俺とは逆の意味で

 

実行委員に成るには自薦か居なければ他薦、推薦になる。俺と葉山が自主的に手を挙げた場合、クラス投票をして決めることになるが、普通に考えれば葉山の当選確実は揺るがない。

じゃあ、どうするかと考えた時に無理に委員として参加するのではなく、役職をもう一つ作っていしまえばいいとの結論に達した。

 

「じゃあ、葉山に譲ります。その代わりに、あくまで第三者的立ち位置として実行委員会の監査役、もしくはオブザーバーとして籍を置いてもらうことってできますか?」

 

と先生に提案をする。

 

「生徒の自主性は大事だ。特別に認めるが、仕事はこなしてもらう。実行委員の活動をレポートにして集まりが終わるごとに私に提出する事」

 

先生は少し考えた後、条件付きだが許可を出してくれた。

 

「はい、頑張ります」

 

生活指導も兼ねている為、生徒のことに関してある程度の裁量は持っていると踏み、この時間までぐだぐだと引き伸ばしたが、どうやら正解だったようだ。

 

ともかく第一段階は突破した。

 

 

と、ここまでは計画的に行くことが出来たが、思わぬ問題が発生した。

当初の予定では、雪ノ下さんを実行委員長に葉山を副委員長に据え、葉山をお飾りとして皆に無能と印象づけながら阿呆っぷり発揮させる。

俺がさも有能な監査官もしくはオブザーバーとして振る舞いながら雪ノ下さんの仕事量を少しずつ増やしていくという筈だった。

 

しかし、何を血迷ったか最初の集まりで実行委員長を決める際に相模さんが立候補をして実行委員はそれに賛成、雪ノ下さんが副委員長になるという大番狂わせが起きた。

俺達2人なら阿呆っぷりも役どころ、ある程度調整できるというもの。しかし、彼女は役で阿呆と言う訳でなく正真正銘の阿呆であった。議題を雪ノ下さんに丸投げすることは勿論、ろくに会議の進行役を勤めることも出来ず、会議中は友人とおしゃべりに夢中という始末。

これには葉山も頭を抱えた。

 

「妹さんはいい子だな。ヒキタニ君と違って」

 

今はゲリラ的伏兵が現れた事に対して、俺の部屋でこれからの方向性を決める作戦会議と言う名目の下、だらだらしている最中である。

 

最初に師匠と葉山が俺の黒歴史捜索した後も、なんだかんだ理由を付けては俺の家へ来ているが、未だに小町は「どうかこのゴミいちゃんを見捨てないであげて下さい」と目を潤ませながら葉山に挨拶をしている。

葉山との関係はそんなんじゃないと毎回言っているが聞く耳を持たず、今日も今日とてそんな感じの挨拶をしていった。よもや葉山の野郎、小町を狙っているのじゃないのかと、見られたものを腐らせるメデューサもかくやの如くの勢いで葉山を睨んだ。

 

「お前に小町は絶対にやらんからな」

 

毎度の事ながら小町が目を潤ませるのは、俺への哀れみなのかそれとも葉山への情かは分からないが、このままでは小町が葉山の毒牙にかかってしまう可能性が小数点以下で存在する。俺とは違い優秀な小町の慧眼なら爽やかイケメンの皮を被った阿呆だと気付いているはずと思いたいが、俺の部屋に来るという一点だけで小町ポイントは高くなっているかもしれない。

 

「いや、別にいらないから」

 

「んだと、このタコ」

 

「ああもう。面倒臭い兄貴だなっ!」

 

「いいか、小町はだなーーー」

 

小町の素晴らしさを余すとこなく十二分に過不足なく小一時間ほど伝えたところ、ナイチンゲールとマザー・テレサを足して二を掛けた人物が出来上がってしまった。これ程の素晴らしき人物なら次の五千円札の肖像は小町になるまである。

 

「わかった。ヒキタニ君の妹好きは分かったから。今日の本題は文化祭実行委員でどうするかだろ」

 

俺が狙っていた最後のポテチに手を伸ばしつつ葉山が言った。

 

「そういえばそうだったな。しかし、どうするもこうするも、相模さんのフォローに加えて俺ら二人とも阿呆になったら、心労で雪ノ下さんが倒れちまうぞ。つか、お前一人でポテチ食いすぎだろ」

 

「俺が買ってきたんだからいいだろ。最初の集会の段階でぐだぐだだったしあれ以上は結構まずいかもな」

 

二人して相模さんを阿呆呼ばわりするのは若干申し訳ないと思ったが、本当のことなのだから仕方がないと開き直り相模さんは阿呆と今一度、認識を共用した。

 

「俺だって場所と飲み物提供してんだ。だったら家主にポテチ残しとけよ。立場が逆だったらよかったんだけどな。俺が相模さんに同調して監査役の葉山が諌める。そうすれば阿呆とフォローのバランスもちょうどいい」

 

「飲み物ったってこれ水じゃないか。確かに、でもそれなら俺が阿呆の役をやればいい話じゃないか」

 

「お前がマッ缶は遠慮しとくとか言ったんだろ。家には水道水かマッ缶しかない。キャラじゃないな」

 

「実質マッ缶だけじゃないか。じゃあどうする?」

 

「取り敢えずポテチ買ってこい」

 

ポテチと飲み物を買って戻ってきた葉山とその後も話し合ったが案はまとまらず、結局出たとこ勝負ということになりその日は解散することとなった。

 


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