君たち。のその先は?   作:あず。

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9話

「―……書いとこうぜ」

 

まず左手をゆっくりと動かし、目の前の『何か』の『何か』を掴んだ。

続いて、右手で『何か』を動かして、『何かに何か』を描く。

描いた『何か』は大切な想いだということは分かった。

 

「ほら」

 

俺は右手の『何か』を『何かに何か』する。

視界は暗く、8割方は闇に覆われて『何か』を認識することは叶わない。

余りにもわからないことが多すぎて、自分の存在すらおぼつかなくなってくる。

 

「……んっ!」

 

嬉しそうな声が聞こえた気がする。

続いて、右の手の甲に暖かい『何か』の感触が伝わり更に、掌に『何か』―

 

「―……」

 

―朝目覚めると、何故か泣いている。そういうことが、時々ある―

―見ていたはずの夢を、『もう』思い出せない―

 

「また……夢、だったか」

 

いつからか、とても心を縛られる夢を見るようになった。

夢の内容は見る毎に朧げに、ただ心は反比例するように熱く跳ね上げられる。

まるで夢自身に、早くしないと間に合わなくなるよ、と警鐘を鳴らされているかのように。

俺はいつものように、右手の掌をじっと眺め、

続いて、それを裏返し手の甲を左手でゆっくりと何度も擦った。

その無意識な動作に、認識が追い付いてふと気づく。

 

―なんで、今日はそんなことをしたんだろう。

 

でも『何か』を確認するために、やらなければ行けない気がした。

それも警鐘の一つなのだろうか。

考えても、答えは一向に湧いてこない。

それよりも……今日は気合を入れて朝の準備をしなければいけない。

いつもは浴びない朝シャワーをして、ヒゲも丁寧に剃って、隅々まで恥ずかしくないように。

なんたって、今日も明日も三葉に会うのだから。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「今日も水曜日と同じ時間の同じ場所でいい?遅すぎるなら少し早めようか?」

 

「あれで大丈夫だよ瀧くん。私も楽しみ(ハリネズミがソワソワスタンプ)」

 

「オーケー、俺も楽しみだよ、三葉(クマがグッとサムズアップ)」

 

そんなやり取りをしていると、既読になってメッセージが帰ってこなくなった。

少し寂しいけれど読んでくれているなら大丈夫だろうと、スマホをしまう。

 

「立花よぉ、なんか最近昼にスマホ触ってニヤニヤしてて、露骨すぎるだろ?」

 

と前の同期吉村から声が飛んでくる。

右横の佐々木もおいおいなんだよ女かよいいねぇ、との声。

右斜え前の唯一の女子同期、石川さんも同調して立花くんやるねぇとそれに乗った。

 

「いやまぁ、すまん。昼休みに申し訳ない」

 

そういえば水曜日もこんな風に昼休みにメッセージをしていて、

その時は三葉ともっと盛り上がって同期達の話が完全に頭から飛んでいた。

 

「いや彼女なら致し方ないわ。向こうも社会人なら休み時間合ってしまうしな」

 

俺もよくわかるわ~、と佐々木が続けた。

その割には佐々木が俺のような振る舞いをしている記憶はなかった。

恋愛術は佐々木に教わるのが良さそうだと俺は直感。

 

「ふ~ん、じゃあ今日の飲み会は立花抜きだな。3人で盛り上がるか」

 

ニヤニヤと吉村から言葉が飛んでくる。

 

「えっ、吉村、今日飲み会あったっけ!」

 

予定を確認して金曜日と提示したはずだから、飲み会は確か無かったはず。

いやもしかしたら俺が浮かれて、こっちの予定を忘れていただけなのだろうか。

 

「いや、今俺が考えた。せっかく会社の飲み会も一息ついたし。同期会やろうと思ってな」

 

「あっ……すまん今日はダメだ」

 

「じゃあ第2回同期会は立花が幹事だな。そして今日は立花の彼女の話で盛り上がる」

 

「いや、まだ彼女じゃなくてだなぁ」

 

右手で頭を掻く癖が出ながら答えた。

ただ今日ちゃんと関係を進めたいとは思うけれど、それは口に出さない。

 

「ふ~ん……そんっなっに、ニヤニヤしてて彼女じゃないんだぁ……ふ~ん」

 

石川さんから探るような声が届いた。

ここに女性がいるすこぶる立場が弱い。何か探られたら情報を吐いてしまいそうだ。

 

「なになに?石川さん立花狙ってるん?今日の同期会のネタ出来た?」

 

「どうだろなぁ?女のガードはそう簡単じゃないよ?」

 

ニヤリと弁当を頬張りながら石川さんが答える。

はははそりゃ楽しみだと声があがって、俺も釣られて笑う。

その後一般常識セミナーつまらないよなぁとか、

名刺って渡す機会微妙になくね、と話題は逸れた。

付き合いはまだ短いが同期の絆が出来つつあってこちらも大切にしたい。

今日は無理だけど、第2回同期会は全力で幹事をしないとな。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「そろそろ……かな」

 

時計を確認すると18時20分。

新人研修中らしく定時でしっかり仕事は終わり、同期と分かれて俺は四ツ谷駅前に。

この前と同じようにちょっと時間を潰しながらデートのシミュレートもした。

 

―でも今日は、金曜日……か。明日も会うんだよな。

 

そんなことを考えると急速に熱を帯びたモヤモヤが湧き上がる。

明日は親父が出張だから家は俺と三葉だけになる。

あの時は本当にスケッチを見て欲しくて提案したことだけど、

一昨日、昨日と時間が経つ毎に想いが沸々と膨れ上がってきた。

でも家に連れ込むまで中途半端な関係なんて三葉に悪いし、

そもそも成り行きで何かあったら本当に取り返しがつかない。

しかし家では耐えれる自信がない、だから今日キメるつもりだ。

前はカフェだったが、今日は少しお酒も入れれるように、オシャレな居酒屋をチョイスした。

バッチリ個室の予約も入れてある。

メッセージでも水曜日にも確認したけど、お酒は問題ないということだったし、

女性がチョイスに困らないラインナップであることも確認済。

その後はどうするか、カラオケ?バー?カフェ?それとも、二人で……。

 

―バカ、止めろ、止めろ。違う、いや違わないけどやっぱ違―

 

「瀧くん!」

 

と想像が恥ずかしい方向に飛んでいる所で、強く待ちわびていた声が届いた。

あっ、と俺は答えるが直前の想像が頭を少しよぎる。

先日と同じ場所に俺が待っていたので、今度は向こうが発見してくれたようだ。

そのまま人混みを上手く避けながらこちらに駆け寄ってくれる。

俺は想像を気合で振り払いながら、

 

「三葉」

 

と返事を返した。

ただ全部は振り払いられなかったのか、続く言葉が出てこない。

というか一日空いたことで嬉しさとか恥ずかしさとかこみ上げてくる。

俺はそのまま三葉を見つめてしまって、三葉も言葉を待っているのか見つめてくる。

 

「……」「……」

 

お互い目が離せないけど、俺は三葉から目を離したくない。

三葉はどうなのか、同じ想いなら嬉しい。

 

「あ……あの瀧くん?」

 

ってやばい見つめすぎて三葉に言葉を言わせてしまった。

今日も俺からの提案なのだから、ちゃんとリードしたいのに。

 

「ごごっ、ごめん。えっと……ちょっとボーっとしてて」

 

「えっ?瀧くん大丈夫?仕事疲れ?」

 

ああフォローも最悪だ。心配させてしまっては世話がない。

ここは少し強引でもいいから雰囲気を変えないと……。

っと思いついた策は少し恥ずかしいというか、

今やってもいいのかと思うけれど、それでもやりたい、と思って実行した。

いやそうじゃなくて、まぁいこうか三葉、と一言返し。

 

「あっ―」

 

右手で、三葉の右手をとって、ゆっくりと握って歩を進める。

周りは変わらず人混みで繋がっていれば逸れようがない。

とにかく次の交差点まで、人混みを抜けるまではこのまま強引に進んでしまおう。

恥ずかしくて顔は見られないけど、幸い三葉は異を唱えることなく手は繋がれたまま。

それでも反応が知りたくて、目線を泳がせて三葉の顔を目の端で伺うと、

恥ずかしそうに俯いてくれていて、ちょっと握った手は力がこもったように思う。

受け入れてもらえる嬉しさと、何故か分からないが、不意に懐かしさが走った気がした。

 

「あ、あのさ、いきなりゴメン」

 

そのまま歩を進めると、取り敢えず目指した交差点にたどり着き信号待ち。

避けるべき人混みは既にないし、残念だけど手を離す。

 

「たたたた、瀧くん!いきなりなんなん!誰にでもこんなことやるん!」

 

「ややや、やるわけないだろ!み―」

 

三葉だからやったんだよ、と全部言ってしまえばその先はどうなるのか。

そもそもこんな交差点で、いきなり告白みたいなことをするのはどうなんだ。

大事なことだから、もっとちゃんとしたい。

昨日一日空いたことで、俺は三葉を『好きすぎる』ようになってしまったのかもしれない。

 

「ビックリさせてゴメン、人混みで逸れたらいやだったからさ」

 

だから無難と思える言葉をここは返してしまう。

三葉は少し困った笑い顔を浮かべて。

 

「ホントびっくりしたよ。瀧くんがあんなことしたら女の子は絶対勘違いするんだからね?」

 

「気をつけるよ。ちょっと焦ってた」

 

三葉の的確な指摘。

でもいっそ勘違いしてくれたまま押し切れたら楽だったかも。

いやそうじゃない、もっとちゃんとキメたい。

 

「よろしい、ここからはちゃんとリードしてね?瀧くんの庭なんでしょ?」

 

「任せろよ、大満足のデ―……華金にするから」

 

「華金って、何それオッサンくさいわ瀧くん」

 

ここで少し笑いが起きて雰囲気が和んだ。

デートなんて言葉を必死に隠したネタに三葉が喰いついてくれて助かる。

ここから肩が触れたり触れなかったりの絶妙な距離感で俺達はまず一店目に向かった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「いやぁ、瀧くんのお店チョイスええねぇ。流石、庭というだけあるわぁ~」

 

上機嫌に前で三葉がくるくると回っている。

髪に括っているリボンが釣られてふわふわと揺れて、俺は三葉とそれに酷く心を奪われた。

今日の居酒屋は学生時代からここぞで利用している勝負店で、

話と食べ物とお酒で大いに盛り上がった。

 

「気に入ってくれて良かったよ。あそこは自信がある店だったから」

 

「ホントに、センスのええ『男の子』がおると新しい楽しみが増えるねぇ」

 

『男の子』の部分に妙にドキりとする。

そこで目があって、三葉のお酒でほのかに赤くなった表情が、凄く、ソソられる。

スマホを確認すると、只今の時間は23時30分。

二店目にはかなり微妙な時間……。

 

「みつはっ、あのさ」

 

「……うん」

 

目をしっかりと合わせてくれる三葉。

どうする?どうする?

何を言うべきだ、どう言うべきだ。考えがまとまらない。

酔ってはいけないとおもいながら酒を飲んだから、酔ってないはずなのに分からない。

 

「取り敢えず、駅までいこうか」

 

「そう……だね」

 

三葉が残念そうに返したのは、本当だったのか俺の奢りなのか。

相手の気持が分かればこんなに苦労しないのに、どうしてだろう人は不便すぎる。

俺は人間の存在否定にまで陥っていた。

違う、俺が、俺がヘタレなだけなのに。

心を隠すように三葉と肩を並べながら再び四ツ谷の駅前に向かう。

時間が圧縮されていたかのように、あっという間に着いてしまった。

 

「……」「……」

 

向かい合って、目があって、再び俺と三葉の間を静寂が包む。

言わないと、言わないと。

俺から好きですって言わないと。

 

「あのさ、明日、何時集合にする?」

 

そうじゃない、先送りにするな立花瀧。

 

「明日は親父が居ないから、そういうの心配しなくてもいいから」

 

なんで親父が出てくるんだよ!明日もチャンスがあるって自分に言い訳してるだけじゃねえか!

 

「スケッチとか、明日までに整理しておくからさ」

 

整理があるからもう終わろうってアホだろ俺!雑多でも三葉は絶対何も言わねえよ!

 

「だからさ―」

 

そこでなんで身体を捻って背を向けようとするんだよ!

心は違うだろ、そうじゃないだろうが―

 

「あの!瀧くん―」

 

そこでスーツの裾に違和感があった。

何が起こったか想像が走った、もし想像通りなら、俺は最高にヘタレだ。

首を少しひねって、目線を下に向ける。

 

想像通り、スーツの裾を、三葉が、掴んでいた。

 

「みつは……」

 

好きと言いたい人の名前を呼んで、顔を見つめようと目線を上げた。

俯いていて、表情はわからないけど、女性に凄く恥ずかしいことをさせていることだけは分かる。

 

「今日は、ずっと、一緒に、いたいよ」

 

―今を逃すと、もう取り返しがつかないよ?

 

心のどこかが、誰かの叫びを捉えた。

それは俺自身が認識できない、身体の叫びだったのかもしれない。




あず。

です。こんばんわ。
凄い所で引きましたよね?
私が読者なら、おいなんで次の話>>クリックできないんだよカス!とブチ切れます。
(ブチ切れるほど読んでいただける方。本当に感謝です)

なので次も書き終えております。あとちょっとだけ続くんじゃ。

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