君たち。のその先は?   作:あず。

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4話

―ゴォオオオ……ピーポーピーポー……ブゥウウウウウン……

 

数分間隔で電車が過ぎる音。

誰かに緊急事態があったのだろうか、救急車が急ぐ音。

夜なのに近所迷惑なんか考えないで、大音響で通り過ぎる車の音。

部屋の窓を開けると、都会の夜らしく様々な雑音が響いている。

私は、この雑音には未だ、慣れない。

だから東京に来てからは部屋で夜風に当たりたいなんて思わなかった。

 

―でも、今日だけは違う。

 

身体の芯まで彼の熱にほだされてしまって、

夜風に当たらないと到底朝までに冷える気なんかしなかった。

部屋に帰って服を脱いで、ルームウェアなんか着る気がしなくて、

今は下着の上にブカブカのTシャツ。

いつか見たドラマの真似なんてしたかったのだろうか、

ドラマならこのTシャツは当然、意中の彼のものというのがお決まりだ。

思わず彼の残り香がないかと袖に鼻を近づける。

当然、いつも使っている洗剤の匂いがした。

だって瀧くんはこのTシャツを着たことがないから。

 

―ああ、もう重症だ、私は。

 

少し首を動かして時計を見ると22時40分。

たった数時間の出来事が、もう私の心を離さない。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「三葉、そろそろ今日はお開きにする?」

 

目の前の彼―瀧くんは名残惜しそうにスマホの時計を見た。

私もつられて腕時計を確認すると、時計の針は21時半を指している。

 

(私が思わずトイレに駆け込んだあの出来事から1時間ぐらい、か)

 

思い出して、またじんわりと恥ずかしさが身体を駆け巡った。

あれから頑張って自我を取り戻して、

会話で『三葉』と言われる毎にまた自我を失いそうになって、

交わした内容はいまいち思い出せない。

 

「……寂しいけど、ね、瀧くん」

 

口に出すつもりなんてなかった言葉が自然と漏れてしまった。

言った後に、少しはっとして、

 

「ごごっごめんね。またいつでも会えるのにね」

 

ははっと私は精一杯の笑顔を浮かべるように努めたのだけど、

多分無理くりな笑顔だとはバレバレだったのだろう、だから瀧くんは、

 

「次、金曜日の夜また会えるかな?それで……

 もし三葉が土曜日休みなら早速家で絵を見てほしい」

 

言葉は進む毎に小さく、最後の方は聞こえないほどだったけど、

私の耳は既に瀧くん専用地獄耳にカスタムされていた。

バッチリ聞き取れた。

 

「き、金曜日!大丈夫!土曜日も、勿論大丈夫!ってもう家にぃぃ!?」

 

「うん。三葉が良ければ」

 

「行ける。だひじょうぶ!大丈夫!」

 

自分に言い聞かせるように大丈夫、大丈夫、大丈夫大丈夫と繰り返してしまう。

どうしよう、展開が早すぎる。

しかも金曜日も会うのだからそのまま通しで土曜日という展開も可能だ。

通しとはつまり夜通しだ。

二人で日を跨いで土曜日を迎えるということだ。

 

(二人で、夜通し、二人で、朝日を迎える、二人は、一つに)

 

ブツブツブツブツブツブツ。

 

「み、三葉?大丈夫?疲れた?」

 

「ああっ、うん、ぜんっぜん大丈夫!疲れてない!私は夜通し元気!」

 

ああ、夜通しとか変な単語が漏れてしまった。

なんてことだ恥ずかしい。

 

「ははっ、そっか。俺も三葉に会えるために仕事頑張れるよ。っと……」

 

この男は~~~~。

なんでそうナチュラルに私を攻略してくるんだ。

私以外にその武器を使ったら許せないんだから、というか使ったら泣き落としてやる。

と瀧くんが少し目を泳がせて、伝票を確認し財布からお金を取り出した。

恐らく私がアホなことを考えいる間に、瀧くんもかなり心で戦闘を繰り広げたに違いない。

そして導き出した結論がこれなのだ。

 

―私達の関係は、まだ恋人同士じゃない。まだ。

 

というか社会人新人と社会人3年目の差もある。

それに例え恋人でも私は男の子に対して負担を強いたりはしたくない。

だから選んだ選択肢は私に対しても満点正解だ。

瀧くんはお金と伝票を私に大事そうに渡してくれた。

私は、想いを伝えたくて、ふんわりとその手を包み込んで受け取った。笑顔で。

 

―あっ

 

―ふふふっ

 

瀧くんはとても恥ずかしそうに頬を染めて、

ゆっくり手を抜いて、行こうか三葉なんて、こぼしてカバンを取って先に出ていこうとする。

私の攻撃はしっかりと効いたらしい。

そこで受け取った伝票とお金を確認すると、

瀧くんが出すべきお金より端数の数百円分、少し多めに渡されていた。

心の葛藤がありありと見て取れる。

 

(全く、この男は)

 

男の意地ってほんと面倒くさくて格好いい。

あんな男には女の意地を見せてやらないとね。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

私が支払いを終えると、行こうかと気取った態度を見せずに瀧くんは声をかけてくれた。

お店から四ツ谷の駅まで移動して、そこで今日の邂逅はお終い。

そこまでが仕込みが出来る時間だ。

 

「三葉、――」「瀧くん、――」

 

瀧くんと私の距離は行きとは確実に変わっていた。

交わす会話の内容は他愛のないものだけど、

包み込む空気も、言葉に乗せる感情も変わっている。

対向する人を避けるため、何度か瀧くんの手と私の手が触れ合ったけど、

瀧くんとはまだ手を握る必要はない。

 

「えっと、それじゃあまたメッセージ送るよ。金曜日のこととか。何でも」

 

仕込みの機会は存外なく、気づくと四ツ谷の駅まで辿り着いてしまった。

私は焦ってキョロキョロ当たりを見渡すと、

あっ、あった!

 

「ごめん瀧くん、ちょっと待っててね。直ぐ戻るから」

 

瀧くんに一言断りを入れて、目的のモノにダッシュ。

目の前で少し思案すると、ここは無難に行こうと瀧くんが先程飲んでいたものを選んだ。

そしてアツアツのそれを受け取るとまた瀧くんのもとまでダッシュ。

瀧くんは素直に同じ場所で待っていてくれる。

行くぞ私、女の意地だ。

 

「瀧くん、ホラっ」

 

―タッ

 

私は瀧くんの胸に飛び込む。両手はホット缶コーヒーを抱えたまま。

 

「みっみっ、みつはっ」

 

頭上から瀧くんの焦った声。

瀧くんの手が私の腰に回るには、まだ進行度が足りないようだ。

 

「さっきのお金。少し多目だったよね?ダメだよああいうのは」

 

瀧くんの顔を笑って見上げて。次に少し上目遣いで乙女の視線。

えっ、えっ、と瀧くんは上手く言葉を紡げない。

 

「はいっ、受け取って?」

 

そこから少し離れて、次は笑顔で両手に包んだそれを瀧くんに差し出す。

おずおずと瀧くんは私の両手に自分の両手を重ねた。

瀧くんの熱とコーヒーの熱に私の両手は、ゆっくりと柔らかく開かれていく。

そうして私たちに熱だけを残して、コーヒーは瀧くんの手に渡った。

 

「……」「……」

 

続く言葉を発せない。ただ見つめ合った目はまだ離せない。

やりすぎた。明らかに私の行動は私のキャパシティを越えてた。

やばい、目を合わせるのは恥ずかしいけど、目が離せない。

ただここはやはり先輩の私が先手を打つべきだ。

じゃないとこの時間は永遠に終わらなさそうに思えた。

 

「えっえっえっっっと、じゃあまた明日メッセージ送るね!

 金曜日の時間とか、色々とか、また後で!」

 

思い切って目を離して、もう目が見れないから早口でサヨナラを言って

改札に駆け込むように逃げる。

あっ、分かったみつは、なんて声を私の耳が捉えたけど返す余裕は、

私には無かった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

これが1時間もしない前の出来事だ。

何だこれは、ドラマか!ドラマだ!月9でもなかなか無いわ!

うう~~~~、恥ずかしい恥ずかしい嬉しい嬉しい幸せ幸せ幸せ!

枕を抱え、両足をバタつかせて、そこからハァと一息つく。

 

―早く好きっていいたい。瀧くんに受け止めて欲しい。

 

思い返すとまた熱が身体を包んだ。

都会の乱暴な夜風では到底冷ましきれない熱だ。

 

(サヤちん、まだ掛けても大丈夫かな)

 

この想いをとにかく誰かに伝えたくて、無二の親友の顔が浮かんだ。

私は、スマホの連絡帳から『名取早耶香』を探し出して発信ボタンをタップする。

 

―トゥルルル……トゥルルル……ピッ

 

「やっほー、三葉、どしたん?なんかあった?」

 

「いやあ、なんでもないんやけど、ちょっとサヤちんと話しがしたい気分になったんよ」

 

「ふーん……というかさ」

 

「ん?何?」

 

「……カレシの話、詳しく聞かせてや?」

 

「ブッ!」

 

一言でバレた!

 




あず。

です。こんばんわ。
昼休みに寝て起きたら思いついたので書いてみました。
三葉には攻撃力全ツッパで防御力0な乙女を目指して貰いたいものです。
実は『4』話なので『四』葉を出したかったのですが、
亀の歩みの私には到底難しいことでした。
それとワリカンの件って結構難しいですよね。私も迷うことは多いです。

それでは、次回もよければお付き合いください。

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