君たち。のその先は?   作:あず。

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3話

『次は~、四ツ谷~、四ツ谷~』

 

車内アナウンスが目的地への到達を伝えた。

 

―時間は18時25分。彼にあまり気を使わせないように敢えてギリギリに到着した。

 

彼―立花くんからメッセージが届いたのは17時頃、

「余裕をもって18時半でどうですか」という内容だった。

メッセージがいつくるのかとソワソワしていた私は、直ぐさま

「りょーかいだよ」とスタンプ付きで返信。

横で由香里がニヤリとしていたのは分かっていたけど、嬉しいものはしょうがない。

その後、急な書類整理をリーダーから依頼されそうになったけど、

由香里が自然なタイミングで会話に入って代わりに仕事を引き受けてくれた。

彼女はウインク一つだけくれてそこから話は出来なかったけれど、

明日はおかず数品と土産話を献上しなければならないだろう。

 

ホームを上がり、改札を出て、外は薄暗い。

帰宅ラッシュで駅前はごった返していて、彼の姿はなかなか見つけれない。

得も知れない感情で不安になる。

 

「…みずさん!宮水さん!」

 

名前を呼ばれたその先を振り向くと、薄暗がりで立花くんが手をあげていた。

私は絶対に笑顔だったし、彼も笑顔だった。

人混みにぶつからないように彼のもとにたどり着く、そして、

 

「ごめんね。まった?」

 

ニッコリと笑って彼の顔を見上げた。

 

「大丈夫です。今きたところですから」

 

決まり問答がズバっと決まった。

あまりにも決まりすぎて、二人で笑ってしまう。

 

「ふふふっ、本当に今来たところ?時間に余裕、あったんじゃない?」

 

ここでもうひと押し、決まり問答を追加だ。

―本当は待ちましたけど、でも大丈夫です。

なんていう返しでじゃあ行こうか、となるものだけど、

 

「本当を言えばちょっと待ちましたね。でも待つ時間も凄く楽しくて。

 宮水さんが絶対来てくれるだろうからそれすら楽しくて」

 

「―ア、アホ!全くこの子は!」

 

はにかんだように首の後ろに手を回して、恥ずかしそうにしたところまでは見えたけど、

いきなり爆弾を投げてくるものだから、私の熱は急激に高まった。

嬉しすぎて恥ずかしすぎて、彼の顔を直視できない。

 

「ほらっ、いくよ。全く見世物ちゃうんやから、恥ずかしい!」

 

彼の顔をまともに見れないし、何よりも早く彼と話がしたかったから私は先立って移動を始めた。

 

「ってどこいくんやっけ?」

 

始めたは良いもののそういえば目的地は決まっていなかった。

集合だけ決めていて、ここからはノープランだ。

 

「ご飯、まだですよね?ご飯も飲み物も美味しくて、ゆっくり話もできるカフェがあるんですよ。

 この辺は僕は庭みたいなもんなんで」

 

横に並んで、ちゃんとプランを提案してくれながら彼は私を追い抜いていく。

体の熱は夜の風に少し運ばれてしまったけれど、彼の言葉が残った熱を心にしまってくれた。

年下に一瞬でアドバンテージをとられてしまったと思いつつ、

この状況はなんだか自然なんだと確実に思える。

でも、やっぱり少し悔しい。

 

「こらっ、お姉さんを横に並ばせなさい」

 

えいっ、と再び彼に追いついて、右手に抱きつくように飛び込んだ。

彼は驚き、少しのけぞるけれど私が倒れないように踏ん張ってくれる。

そこから覗き込むように彼に笑顔を送った。

ヘヘヘっと笑いを送る。

彼は相当に恥ずかしいのか目を合わせられない。

こんなことをしていても、私たちはまだ恋人同士ではないのだ。

あまり彼を困らせるのは悪い、まだまだ早い。これからいくらでもイタズラは出来るから。

私は身体を離し、二人で並んでいこう?と彼に提案する。

彼はドギマギしながらもそれを受け入れてくれた。

 

そこからはお店につくまで、メッセージでは話しきれなかったことをたくさん話した。

対向する人を避けるため、何度か彼の手に私の手が当たって、

私も、彼も、いつでも手を握ったりは出来たはずだけど、

結局お店につくまで最初以上の触れ合いはなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「出身?……それはね……」

 

彼の提案したカフェでとても美味しいパスタを食べ、私は紅茶を、彼はコーヒーを飲みながら、

妹がかわいいことや、大学はどこだとかいう話をしている中で方言から出身の話になった。

コトリとカップを置き、目を伏せてどうしたものかと思案してしまう。

その雰囲気を彼は察したのか、

 

「あっ、えっとすいません軽率でしたか?」

 

と焦ったように返してきた。

 

「ああごめんそうじゃないんだ。私は何の問題もないんだけど気を使わせちゃマズいかなって」

 

「気を、使う?」

 

少し間を置いて、深呼吸。

出来るだけ笑顔を浮かべて、故郷の名前を発する。

 

「岐阜の、糸守町なんよ。私の故郷」

 

「糸守……あの……」

 

あの、の先で多分、彼は『彗星が落ちたあの糸守町』という言葉を飲み込んだに違いない。

人類史上稀に見る大災害、8年前、彗星が人間居住地に落下した糸守町。

幸いにも彗星災害での死者は出なかったけど、

私の、私の家族の、私の知り合いの、そして町自体の未来はあの彗星によって大きく変わった。

糸守という言葉には、世界中どこで名乗ったって彗星という言葉が付きまとう。

でも、

 

「俺、変なこと言うようですけど、糸守町に凄く惹かれていた時期があったんです。

 その、彗星じゃなくて、糸守町の原風景というか……なんだろう、その存在自体に」

 

「えっ?」

 

彼は彗星ではなく、糸守町自体に惹かれるという。

こんな人はここ8年間居なかった。

胸の高鳴りが、はっきり分かる。

 

「広がる田園があって、橋があって、学校があって、丸い湖に輝く太陽が反射していて、

 それで、神秘的な史跡があって……なんだろう大切な場所だって、思う時があるんです」

 

彼が話した風景はまさしく、彗星が落ちる前の糸守町だ。

しかも神秘的な史跡とはもしかしたら御神体の場所なのだろうか?

あの場所は資料集などにも乗らない、宮水家しか知らない場所だ。

私の心の「違和感」が顔を出す。

埋まるべきピースが近いことを発信しているのかもしれない。

 

「彗星が落ちる前の糸守町には実は行ったことがないんです。

 なんだろう。ちょっと痛い奴ですよね」

 

目の前の彼はそう続けながら、一筋の涙を流すのだ。

大きく私の感情が揺さぶられる。

今すぐ彼を抱きしめたい衝動に駆られてしょうがない。

でも私たちはまだ恋人同士ではないし、そもそも公衆の場で抱きしめるなんて流石に難しい。

だから、糸守町に由来がある一人として、

出来る限り笑顔を作って、

 

「違うよ、全然痛くない。だって世界中のどこで糸守って言っても、『彗星の』って皆が返すの。

 あの素晴らしい原風景を語ってくれる人なんてそれこそ糸守の人間しかいない。

 でも立花くんは糸守に由来もないのにそれを語ってくれる。本当に嬉しい。

 感謝しても足りないほどに」

 

一語一句噛みしめながら彼に感謝を伝えた。

彼はそこで涙を止めて、『ありがとう』と多分私に伝えたくて笑みを浮かべてくれた。

その儚い笑みに、私は一層心を動かされる。

 

―間違いない、私は、彼が、好きなのだ。もう確実に恋をしている。

 

感情に素直に向き合うと、暖かみは自然と身体中に広がった。

そして想いを伝えたくて、でも今朝会ったばかりでイマイチ名前も上手く呼びあえない関係だよ、

と常識が邪魔をする。

 

「あのっ、実は」

 

「あっ、ごっ……ごめん何かな?」

 

私の心が常識と格闘している最中、彼が不意に言葉を続けた。

 

「俺が思い浮かべる糸守町の風景とか、なんだろう、心から溢れる風景とか、

 家にスケッチがあるんです。えっと……今度、見てもらえませんか?」

 

なんと、年下の彼からの家へのお誘いアタックだった。

もう冗談でからかう余裕なんて私にはない。嬉しくて、幸せすぎてしょうがない。

好きな人の空気が満ちる空間で、心から溢れる気持ちに触れられるのなら、

幾ばくかの常識は捨て去っても全く問題はない。

 

「えっと……どうです、かね?」

 

彼も一世一代の告白だったのだろうか。

控えめに、それでも期待を込めて返事を待っている。

だから、私は

 

「是非とも、やよ。糸守に由来ある1人として、凄く興味があるの。

 だから、君の心に、触れさせて?」

 

「―!?」

 

彼が息を呑む音がはっきり聞こえたように思う。

私の心さえも加わった返答は、予想を大きく上回るものだったのだろう。

更に私は、心の「違和感」の1つを解消する提案をする。

 

「それとね、呼び名、変えちゃわない?」

 

「……呼び名……」

 

「『立花くん』と『宮水さん』ね。私なんかしっくりこないんだ」

 

「それ、俺も実は思ってました。実は朝に呼んだ―」

 

「瀧くん」「三葉」

 

二人でいっせーのーで、と合わせたかの如く、声が重なった。

そして遅れてじんわりと、感情が広がる。

 

―瀧くん、瀧くん、瀧くん。これだ。私はきっと思い出した。

 

「三葉、この言葉、凄くしっくりきます」

 

でも彼の言葉に、私は少ししっくりこない。

 

「ねぇ瀧くん、瀧くん?名前だけじゃなくて、私の言葉遣い、しっくりくる?」

 

「―っ」

 

返答を聞かなくても分かる。

彼は私の言葉全てにしっくりきてる。対して、私はまだ全てにしっくりきていない。

こればっかりは私から提案しなければならないだろう。

 

「私さ、君の言葉は、実はまだしっくりこないんだ。あっ、名前は凄く突き刺さったの」

 

「えっ?」

 

「敬語、なくしてみて?」

 

君は大事な存在なんだよ、ただ言葉遣いがしっくりこないだけなんだ。

という意思が伝わるよう、誤解が生まれないようにゆっくりと提案をする。

 

「……三葉、三葉。これで、いいかな?しっくり来てる?」

 

「―っっっ」

 

やばい、人生で最高に突き刺さった。

もう目の前の彼の顔が見れない。見たら死ぬ。理性が死ぬ。

 

「しっくり、来てるみたいで良かった」

 

彼も私と同じく、私の様子から読み取ったのだろう。

多分安心した笑みを浮かべているはずだ。顔は見れないけど。

というかこれ以上言葉を重ねられたら危険だ。私が危険な何かになる。

 

「ごごごご、ごめん瀧くん!ちょちょちょ、ちょっっっとお手洗いに、

 心配しないで直ぐ戻るから!」

 

もはや何がなんやら分からない。

しゅばっと席を立つとダダダダダと早足で手洗いに駆け込んだ。

彼はそんな私の様子に見れないけど多分苦笑してくれた、心配は与えてないよねと信じて。

というかそこまで頭が回ったのは、手洗いに駆け込んだ後のことだったけれど。




あず。

です。こんばんわ。
午後にちょっと散歩をしていると、
こんな感じの話が浮かびましたので文章にしてみました。
やっぱり焦る三葉は最高に可愛いですね。
リードしてると思ったら、結局リードされる。
私の中の三葉はそんな瞬間が最高に可愛いです。

それでは、次のお話でお会いしましょう。

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