君たち。のその先は?   作:あず。

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2話

「宮水さん、朝方ぶりです。あれから宮水さんの言った通り、割りとなんとかなりました」

 

時間は12時2分、ブルブルっとスマホが震える。

オフィスのデスクに着席して直ぐ、彼―立花くんからのメッセージが送られてきた。

 

「そうでしょうそうでしょう。社会人って意外とこんなもんよ」

メッセージに続けてドヤ顔スタンプ、横の席では同期の由香里がお弁当を出しながら、

おっす三葉なんて言う声が聞こえた気がするけど、今はちょっと返事をする暇がないぐらい忙しい。

お互いがどの辺りに住んでること、どこからあの階段まで辿りついたこと、そこまでに結構走ったこと。

メッセージはポンポン繋がっていく。繋がる度に火照りがじんわりと蘇ってくる。

 

―もう会いたい、すぐ会いたい。

 

「立花くん、君は新人研修の身だけど退社は定時かな?よければ今夜会いたいなぁと思うんだけど、どう?」

 

彼も同じ想いを持っていると信じて、お誘いのメッセージを送ってしまった。

既読マークがついた瞬間、自分から誘ってしまったことに物凄く恥ずかしいことをしてしまった思いが走る。

 

(女の私から誘っちゃうなんて、やばい本当に私は彼との出会いから180度変わってしまってる!)

 

でもOKの返事が来てほしい。じゃないと次に会えるまでに想いに身体が押しつぶされてしまう。

デスクに置いたスマホを凝視して、両手を膝に置き、拳を固めた。

じんわり、汗が滲んだのを自覚する。

 

「いつも通りなら、多分いけます。分かったらまたメッセージ送りますね。(続けてサムズアップスタンプ)」

 

(やった、やった!約束ゲット!)

 

「メッセージが遅くなってしまったらすいません。でも必ず絶対に送るので。待ち合わせは四ツ谷駅前でどうですか?

 待ちぼうけにさせてしまったら申し訳ないので、あまり早く行かないでくださいね。

 (続けてかわいいクマが両手を前に合わせてお願いスタンプ)」

 

「お姉さんをあまり待たせたら酷いことが起こるからね(ハリネズミがキラっと目を光らせるスタンプ)」

 

既読がついて、クマが頑張りますと駆け抜けるスタンプが帰ってきた。

ここらが会話の切りどころと察して一息つく。

 

―もう午後も仕事にならないよぉ。楽しみすぎる。

 

出社直後なのにデスクに両手を広げて、私はグデーっと倒れ込んだ。

 

「ほうほう、酷いことが起こるからねキラッ☆ねぇ」

 

「――っふぇぇ!」

 

ポンっと肩を叩かれ、倒れた身体をガバッと起こして垂直姿勢。

ギギギッと壊れたロボットのように首を回すと、パック牛乳を吸いながら笑う由香里氏がニヤリと笑っていた。

 

「あらかわいい雄叫び。というか、詳しく聞きたいのぅ。宮水三葉殿よ」

 

「見て……ましたか」

 

「スマホを覗くのは重罪だと理解はしておるがな。挨拶も返さずにスマホをいじりはじめるお主が悪いのじゃよじゃよ」

 

由香里は自席に戻り椅子をこちらに向けて、お弁当を手に持ちながら悪代官風味を続ける。

私はモゴモゴと返答に困り、上手く言葉を返せない。

 

「いやあ三葉が珍しく重役出勤してくるからさ。しかも12時ちょうどにきてスマホいぢってめっちゃ幸せそうだし。

 あっ、お昼は?お詫びにおかずスティールを許さないことはないぞよ」

 

語尾が謎にまだおかしいが、そういえばお昼を食べるのを忘れていた。時間は12時27分。

時間を忘れて30分近く熱中していたとは……。

 

(そういえば立花くんはお昼とか大丈夫だったのかなぁ……新人だと同期といくよね……)

 

そこで彼の事情を想像し、なんだか申し訳ないことをしたのかなぁとも思ってしまう。

同期や先輩との関係が気まずくなったら申し訳ないな……小さなことでも相談に乗ってあげたいな……

 

「―ってぇ、三葉またトリップしてる。ほら、おかず食べていいからゲロるんだよこのヤロウ」

 

「お昼はコンビニでサンドイッチ買ったから大丈夫だから。おかずを貰うのは悪いよ由香里」

 

「ビニコンサンドイッチなんて美容の敵なんだから、せっかく出来たカレシが逃げるじゃろうが。

 ええから食え。そして吐け」

 

彼女は広島出身で、話をすると直ぐ方言が出る。

ちょっと乱暴な方言はとてもかわいらしくて、背が小さくショートボブな彼女にとても良く似合う。

私はあの糸守の話題を他人に気を使わせるのは申し訳なくて、出来るだけ方言は控えるように心がけているけど、

 

「ってカレシちゃう!まだちゃうから!」

 

「おっ、飛騨弁いいねぇ。これはかなりの焦りが見受けられますぞ」

 

クククっと由香里はかわいく笑った。

余裕がないときはつい方言をだしてしまう。でもこれは人のルーツとして仕方のないものだと思う。

 

「まぁオフィスであまりプライベートな話をするのもね。三葉は男連中に人気だから変な噂が立つのも面倒じゃろ。

 午後のお茶タイムにあ、そ、こ、でじっくりは話は聞くわ」

 

由香里はあ、そ、このところでクイクイッと給湯ルームを指差す。

給湯ルームはいつだって女性社員の聖域だ。

 

「人気ってもう……分かった、分かったからもうお昼は勘弁して~。というかこうなったら由香里に相談するから」

 

「まかしんしゃい。こうみえても私は百戦錬磨の千切っては投げ投げては千切ってじゃけえな」

 

「あんたが見た目どおり純情乙女なのは、私はよく知っとるよ」

 

頂くわ、と由香里の卵焼きを指でそのままツマんで、カバンからサンドイッチを取り出して開封し始めた。

美容の敵なんて言われたけど、これは野菜たっぷりしかもローカロリードレッシングの健康的なやつだから多分大丈夫だ。多分。

 

「おうおう、前払いは済ませたけぇな。これで遠慮はいらんのう」

 

ニカっと由香里は笑って、話の本筋は今朝の話題から自然と逸れた。

周りはザワザワと外からの昼食帰りの社員が増えてきている。

上手く空気を読んでくれたのだろう。

だから私は、由香里が同期の中で一番好きなのだ。

 

私は正直恋愛には不慣れだ。

あの8年前のあの日、彗星が落ちた日から「誰か」を探しているようで、

そのような付き合いを心の根底が拒み続けていたように思う。

現に何度かのチャンスは全て自分から掴まなかった。

でも彼―立花くんに対しては心は逆だ。

もっと、もっと、心が求め続けている。だから運命の出会いなんて言ってしまったのだろう。

この出会いは端からみたらまるっきりのオカルトだ。

だから人に話すのは単純に幸せを分かって欲しい、こんなこともあるんだよという、私の勝手なワガママ。

親しい知り合いにしか話せない。

由香里とは3年の付き合いだけど、私の中では話したいと思える親友だ。

 

-12時55分、そろそろ昼休み終了の音楽が流れ始める。

 頭の切り替えをしゃんとして、彼に手本となるような社会人にならなければ、ねっ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「なるほど纏めると、朝電車で目があって」

 

「はい」

 

「お互い都内を走り回って」

 

「はい」

 

「名前を呼び合って」

 

「はい」

 

「運命の相手なんて朝の住宅街で泣きあって」

 

「――はい」

 

「新井さんの見事なセカンドゲッツー?」

 

「はい?」

 

なにか最後にいきなり野球に飛躍した。

お昼の約束どおり、給湯ルームが空いてる隙を見計らって私と由香里は聖域に飛び込み、

お互い紅茶を淹れて、私は朝の出来事を端的に伝えたのだ。

 

「いやいやごめんね。でもなんやろ……いやあ『事実は小説より奇なり』って感じじゃけどさ、

 三葉の語り口からなんというか……幸せが漏れ出てて私はそれに当てられたよ。いやあ良いもんを貰った」

 

「何かね、本当に彼―立花くんのことを考えると、もう世界の彩りが変わってくるようなさ、何かを感じるんだ」

 

一通り喋ってしまって、もう私は気持ちも喋らずには居られなかった。

左手に持っていたマグカップを流し台の机部分に置き、気持ちを確かめるように右手を胸の前でぎゅっと握った。

これはいつからか私が癖になっていた仕草だ。

いつからかは思い出せないのだけど。

 

「その想いはさ。間違いとか勘違いとかそういう次元では既に無いなって感じるな。ただ大切にするものって感じはする」

 

「由香里?」

 

「まぁ普通に考えたら、えっ、怖っ、て思うことじゃけどね。私は三葉とはたかだか3年の付き合いじゃから

 否定するのも肯定するのも簡単よ。でもどれも今は違う気がした」

 

隣に立って天井を見上げる由香里は、私より10センチほど背が低い。

でも気持ちも立場も隠さずに私の話に向かってくれる彼女の存在感は、身長よりも遥かに大きく感じた。

 

「だからさ、ゴッツォさん!あまり周りに配りすぎてさ、自分の分まで配ったらいかんで。としか言えんねぇ」

 

そこで顔だけこちらを向けてクククっと笑ってくれた。

小リスのような可愛さは同性の私でも見惚れるほどの破壊力がある。

 

「だから想いの部分はあまりアドバイスできないわぁ。残念だなぁ。でもさ、今夜早速会うんやろ?」

 

「うん。お互い仕事が後に引かなければ、ね」

 

「彼は新人じゃし、三葉は死ぬ気で片付けるから大丈夫じゃろ。というかさ―」

 

「うん?」

 

ニヤリと彼女は笑って、更に少し屈んで覗き込むように私を見上げた。

 

「下着、ちゃんと戦闘用?」

 

「―バッ、こら!」

 

「ひひっ、嘘嘘。でもさ、私が思うに急ぐのはよくないかな。多分さ、三葉に流れ込んだ想いも彼も感じてるんじゃろ?

 でも冷静になったら違和感ってたくさんあるんじゃないかと思うんだ。やっぱりさ」

 

「――」

 

「それは彼と繋がることできっと解決するよ。それまでは、多分お互い繋がり続けることが大切」

 

「うん」

 

「繋がってるうちに、多分物理的に繋がるけえ」

 

「ヲチつけんでもええわ、アホ」

 

こらっ、と私は由香里を小突いた。

クククっと彼女はいつもの可愛らしい笑いを浮かべて休憩はそろそろと二人で聖域を脱出する。

由香里に話をしたのは本当に良かった。

 

―ステップバイステップ。立花くんとお互いの心を埋めながらお付き合いをしよう。

 

彼の心に「違和感」があるのか?

なんで私はそう思えたのかは分からないけど確信的にあると思えた。

だって、私の心には「違和感」があるから。

彼と繋がることで塞がると確信しているから。

なんて、ね。




あず。

ですこんにちわ。序盤と休みということで筆が進んでしまいました。
由香里ちゃんは勿論オリキャラですが、オリキャラは出来るだけ控えめで行きたいなと。
展開は遅いですが、私もステップバイステップで進めていければなと思いますので、
よければお付き合いください。

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