君たち。のその先は?   作:あず。

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第二章 私と私の好きな人とお姉ちゃんとお義兄ちゃん
1話


「2022年4月○×日

 突然ですがこのノートは今日から日記帳となります!

 リンゴフォーンも今年は二桁になるかどうか、なんて騒がれてるこの時代になんでかって?

 それはどうしてもこのトキメキを字で残したいなんて思っちゃったからに決まってるが!

 後から見返す私、決して受験のために買い込んだノートの山を1冊でも崩したかったなんて

 そんな邪な想いがあったなんてないから深く考えないこと。

 さてじゃあそのトキメキってなんだって?

 勿論それはお姉ちゃんの彼氏のことに決まってる。

 コンビニに買い物しにいってると偶然お姉ちゃんが居て、

 一人で店の前で何やってるんだろうなんて思ってたらまさか男の人を待ってたなんて。

 そして何と言っても、彼が出てきた時のお姉ちゃんの顔ったら!

 あれが俗に言う『メスの顔』ってやつね。リアルで見ると凄い。

 しかもその後手を繋いでどこかに行っちゃった。ヤバイ。引くほどヤバイ。

 その彼氏の立花瀧さんって名前だったっけ、

 は年下だって聞いてたけどいい感じのイケメンさんでお姉ちゃんも中々やりよる。

 さて、今度はこの出来事を餌にしてちゃんと謁見の機会を用意してもらわないとね。

 次の日記のネタはその時の感想になるかもね。

 それじゃあ、アデュ~」

 

 

「……ふぅ」

 

書き終えると私はなんでこんなことを始めてしまったんだろうという自己嫌悪に襲われた。

いや、確かに勉強に行き詰まって少し現実逃避したかったって、それでも日記帳って。

しかも、

 

「アデュ~、って私さぁ」

 

最近知ったちゃんとした意味でのその一言は、まさに使いたかっただけやん。

それでも文章を読み返しながら、あの時の記憶に想いを巡らせる。

お姉ちゃんである宮水三葉は基本的にアホだけど、

外面では凛とした真っ直ぐさと、柔らかで人を近づけそうで、でもどこか壁を作る女性だった。

それが彼氏にはホントにデレデレで片刻も離れたくないというオーラが凄かった。

いや、オーラもそうだけど本当に心から放出するあの笑顔に私さえも魅せられた。

遠くから覗くだけであんなに人を魅了するのなら、

それを至近距離で向けられる彼氏さんはどうなってしまうのだろうか。

私なら多分、あんな可愛い動物が目の前に存在するのなら、

その瞬間襲ってしまってもおかしくないと思う。

 

だから、私は立花瀧という人間に、とても興味を持った。

 

 

 

 

『君たち。のその先は?』

 

第二章

『私と私の好きな人とお姉ちゃんとお義兄ちゃん』

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

―キーン、コーン、カーン、コーン

 

7限の授業が終わった途端、教室の空気が緩やかなものとなった。

終礼の後はようやく1日も終わりで、部活がある生徒は最後の夏に向けて精を出すのだろう。

私は昨年まで手芸部だったけど、その活動は3年の前で引退となって今は帰宅部だ。

手芸部を選んだのは組紐を作る感覚を忘れないためだったってのはあったけど、

活動をしているとミシンも手縫いも楽しくて、部員も女の子だけで気軽で良いものだった。

そういう絵に描いたような高校生活も3年となれば受験という現実が襲ってくる。

夏ぐらいからは予備校の現役コースも考えているから、

GWには実家に帰ってちゃんと説明もしないと。

いや、その前にお姉ちゃんに、か。

 

「お姉ちゃん……か」

 

カバンに教科書を詰め込みながら思わずそう呟いてしまった。

あの時の笑顔、手を繋がれて少しだけ力を込めたであろう手、寄り添うように預ける肩。

私はお姉ちゃんのあの幸せオーラにすっかり当てられている。

しかしあまりボーッとしても居られないからと、

ブンブンと少しだけ頭を振って取り敢えず今日は帰宅しようと席を立った。

教室の友達にも声をかけて挨拶もするけれど、

3年にあがってからは先生から受験受験と何度も連呼があって、

皆今はあまり寄り道をする雰囲気はなくお誘いもない。

そのまま階段を降りて靴箱で靴を履き替えてマンションまでは徒歩10分少々だ。

何事もなく家についてふぅーっとため息をつく。

こんな感じに家と学校を往復するなら、なんて彩りのない日常なんだろう。

あんなに輝いてるお姉ちゃんとはまるで真逆の人生だ。

 

「羨ましいなぁ……」

 

家について少し喋ったと思ったらまたこれだ、と思った。

お姉ちゃんに逢いたくてメッセージを送ろうとは思うけど時間を見ればまだ17時過ぎ。

取り敢えず着替えて、ベッドに身体を投げ出して天井を眺める。

当然いつもの白いクロスと丸い蛍光灯しか目に入らなくて何故か泣きたくなった。

そうしてボーッとしていると急に意識も遠のいていく。

本当ならその感覚には抵抗すべきなのだろうけど、今日はそんな気力は微塵もなかった。

どんどんと、意識は飲み込まれていく―

 

 

「なぁ、―」

 

「んっ?」

 

名前を呼ばれて、私は横に立つ好きな人の顔を見た。

私より20cmは高い彼の顔は凛としていて私はいつだって大好きだ。

 

「名前、呼んでみただけ」

 

「アホぅ」

 

ニヤっと笑われて、私も1つニヤっと笑い返して繋がれた手に少し力を入れる。

その熱は彼に伝わってなんだか彼は恥ずかしそう。

女の武器でやり返してやった感が伝わってきて私は少し自分に誇らしくなった。

そのまま肩を少し当てるように二人で歩く。

小さな世話話も冗談もとてもキラキラと輝いていて、

周りの喧騒も段々と遠くなってこの世界には私達2人しか居ないような錯覚すら覚える。

 

―なぁ―、そのパフェ美味そうだな。少しくれよ。

―なんなんそれヘンタイやなぁ。―まぁええよ。

 

―ねぇ―、プリクラ撮りたいなぁ。

―いやそれ恥ずかしいだろう。流石に。

―大丈夫大丈夫。ちょっとサイフの中に仕込んで毎日眺めるだけだから。

 

―あ~このぬいぐるみ可愛いなぁ。可愛いなぁ。

―なら取ってやるよ。こう見えても実はUFOキャッチャーのプロだからな。

―ホンマにぃ?ならすこ~しだけ期待しようかなぁ?

 

デートはまさに絵に描いたように1つ1つが輝きになりながら進んで、

もう陽はすっかり落ちて彼と別れなければいけない時間となってしまった。

1人暮しの私はいっそ彼を連れ込んでも多分大丈夫なんだろうけど、その段階にはまだ早い。

それでも別れるのが惜しくて、彼のカーディガンをちょんと摘んでいじわるをしてしまった。

そんな私の意志を察したのだろうか。

彼はゆっくり微笑んで、私の頬を右手でゆっくり擦ってくれる。

私は彼を見上げながら目を瞑ってそれに答える。

本当に私達以外の時間が止まったようでドキドキが止まらない。

手はゆっくりと離れた感覚があったけど、私は目を瞑ったまま次の行動を待つ。

両腕を優しく掴まれて、少しずつ目の前の熱が近づいた感覚がして、唇に優しい感触。

デートの終わりに相応しいキスを受け入れた。

そして唇が離れて

 

「―」

 

名前を呼ばれる。

目をゆっくりと開けるとそこには―

 

 

「はっ!」

 

そこで目が覚めた。全身にじっとりと汗を感じる。

いや、それ以上になんて罪深い夢を見てしまったという感覚に襲われた。

夢の中身は今でも鮮明に覚えている。

私には彼氏がいて、デートをして、最後にキスをして、相手の男性は。

 

「立花、瀧さん……だった」

 

夢は『記憶』の集まりだと聞いたことがある。

今までの脳に蓄積した経験が何故か寄り集まって、つなぎ合わさって夢としてみる。

時にそれはストーリーにもなり、時に願望の集合体にもなるという。

そうであるならば私は立花瀧さんを無意識に求めてしまっている、ということだ。

冷や汗が背中を走って感情が落ち着かない。

スマホを急いで拾って時間を確認すると19時半を過ぎたところだ。

この感情は放っておいたら私の中で何をしでかすか、まるで分からない。

その恐怖心に怯えを感じながら、私はお姉ちゃんにメッセージを送った。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「四葉から連絡してくるとは珍しいねぇ。

 しかもご飯一緒にしたいとはそれにも増して珍しいわ」

 

「そうかなぁ?」

 

私はお姉ちゃんの家にお邪魔して食事を共にしていた。

小さな机の上には前と同じように、それなりの食事を用意してくれていて

堕落生活の私には到底無理なお姉ちゃんの料理スキルだ。

そういやさぁ、と私は言葉を続ける。

 

「前の立花瀧さん、とのデートってどうやったん?」

 

「ん?まぁ瀧くんとは無事恋人同士になれたし。まぁ順調やよ」

 

サラっと答えが出てきて、お姉ちゃんの余裕を感じる。

それでも発するオーラが前にあった時と目に見えるほど違っていて圧倒されそうだ。

恋に恋する、または恋に溺れるとは違うかけがえのない何かを手に入れて、

横に立つ人と共に生きる人生を手に入れた、とでもいうのか表現しようのない何か。

 

「その順調の中身が気になるんよ。そういえば写メ見せてくれるって約束あったよね?」

 

私がそうひと押しすると、

お姉ちゃんは少し恥ずかしそうにええっ、と言いながらも写メを見せてくれる。

スマホで自撮りをしたソレに私は目を奪われた。

彼氏―立花瀧さんはかなり恥ずかしそうに無理な笑いを浮かべていて、

お姉ちゃんはこういう時の女子の強さなのかニッコリと笑っている。

時々友達の彼氏の写メを見せてもらった時もこんな構図は結構見てるはずだけど、

画面から伝わってくるしっくりハマった2人という力は圧倒的にこちらだ。

 

「立花さん、イケメンやねぇ?」

 

演技をしたようにニヤニヤと笑いながらお姉ちゃんをからかう。

 

「ホンマにぃ。瀧くんは可愛いところもあるけどやる時はやる子でねぇ―」

 

あっ、少し褒めたら女子モードに入ってノロケを始めた。

ノロケは相槌をうちながらも数分間ひたすら続けられて、空気すらも甘くなってきた。

そんなお姉ちゃんを見て目の前の女性は宮水三葉なんだと少し安心する。

上手く会話が進んだなと思い、私は一言重ねる。

 

「ほんなら私も、その立花さんに逢いたいわぁ」

 

「そうそう。四葉にも紹介したいなぁと思っとったんよ」

 

「ええ!ホントに?いつ!いつになる?」

 

アッサリとしたお姉ちゃんの返しに私は瞬時に喰いついてしまった。

はは、エラい喰いつきええねぇとお姉ちゃんは呟き、

 

「ん~私らは仕事もあるし土日になるけど、四葉は土日大丈夫なん?」

 

「うん、もう部活も無いし。日取りさえ決まればどうにかなるかな」

 

「なら、決まりやね。瀧くんにも確認せんとダメだけどどこかの土日で」

 

「お姉ちゃんの彼氏さん、楽しみやなぁ」

 

多分その一言は、私の今日一番の本音だったに違いない。

その声色と表情からお姉ちゃんは何かを感じ取ったのらしく、

少し真面目な口向きになった。

 

「なぁ四葉、なんかあったん?」

 

「えっ?」

 

「今日の四葉、一目見たときから凄く怖そうな顔しとったよ」

 

「こわ……そう?」

 

お姉ちゃんの指摘に、私は家で過ごした一時を思い出した。

求めてはいけないものを求めてしまった自己嫌悪と申し訳なさが、

お姉ちゃんに伝わってしまってしかも心配もさせてしまっていたのならそれは私の落ち度だ。

 

「ん~……怖いとゆーのもまた違うかな。どちらかと言えば寂しいというほうかも」

 

「……」

 

「なぁ、お姉ちゃんに相談できること?」

 

「それは―」

 

そこで私は言葉に詰まる。

どう言えばいいのか、頭が上手く回らないし、どう回しても見透かされる気もした。

そもそも立花さんとの夢を見てしまったのも私が立花さんではなく、

恋をもとめているからだという解釈もできる。

それならば勝手な願望の仮初に立花さんを当てているだけで―

と頭を回してもやっぱり理解がまとまらない。

 

「それは現実的な悩みじゃなくて、四葉の感情的な悩みってことでいい?」

 

「―」

 

こちらが言葉を出す前に、お姉ちゃんに遠くない答えを言われてしまう。

ちょっとこんなお姉ちゃんは今まで見たことがない。

 

「……うん」

 

私はこう絞り出すのがやっと。

その答えを聞くとお姉ちゃんはそっかぁ、と一言呟いて、

 

「四葉も多感な年頃やからねぇ。そればっかりは私にも出来ることと出来んことがあるね」

 

ニッコリと私を勇気づけるように笑ってくれて、箸を進めだした。

悩むだけ悩んで頑張って答えを見つけるんやよ、と言ってくれてるかの如くに。

 

「お姉ちゃん、ごめん、ね」

 

上目遣いでゆっくりと呟いた私の謝罪は何に対してのごめんだったのか。

心配させてごめん、なのか。

勝手に立花さんを夢に見てごめん、なのか。

 

「悩める子羊の四葉ちゃん、今日はお姉ちゃんとこ泊まって2人で一緒に寝る?

 いい子いい子してあげんこともないよ?」

 

「いや、それは流石にええわ」

 

そこで冗談も貰って場の空気も緩やかなものとなった。

それは残念やなぁ、とニヤニヤ笑ってお姉ちゃんはいっぱい食べなと食事を勧めてくれる。

いつの間にかお姉ちゃんが偉大な何かになったようで、

そう塗り替えてしまったのは立花さんなのか、と私は再び立花さんに意識を飛ばしてしまった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

お姉ちゃんからご馳走を貰って帰宅して少し落ち着くと、

今日の一連の出来事に頭が向かった。

学校の放課後から何故か日常に虚無感を持って、

夢を見たら立花さんが私の彼氏でデートをしてしまって、

お姉ちゃんにはそんな感情を当てられつつも慰めてもらう。

 

「なんやか私、おかしいなぁ」

 

夕方と同じように天井を眺めながらそんなことを考えているとまた一言ボヤき。

恐らく何かに当てられたからこんなことを考えてしまっているのだろうけど、

何に当てられたかイマイチ理解出来ずにいる。

引き金が将来への不安なのか、

日常への虚無感なのか、

遠目でみた立花さんなのか、

その横に居たお姉ちゃんなのか。

整理しようにも、整理する最初の始点が見つからない。

ふわふわと漂う意識を一つ一つ整理しようと頭を巡らせていると、

私は結局睡魔に負けて寝てしまっていた。




あず。

です。こんばんわ。
ちょっと時間がかかってしまって更に中身もまだまだですが
ここから2章が始まってしまいます。
四葉を可愛く動かすところまでなんとか頑張りたいと思っていますので
よろしければお付き合いください。

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