君たち。のその先は?   作:あず。

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12話

「なんだ……ここ」

 

気づいたら、どこか違う場所にいた。

足元はデコボコとしていて細い土の路地。その路地は大きな円を描いている。

右手をみれば、凹んだ盆地。左手は、眼下に大自然が広がる。その遠方には丸い湖。

陽はまさに夕暮れ時でところどころがその反射でキラキラと光っている。

 

「(山の上?クレーター?……どこだ)」

 

空気は暑くもなく寒くもなく、俺は山登りでもしてきたのか山岳スタイルだ。

 

「(わからん。取り敢えず歩くか……)」

 

宛もなく歩いても、ただ自然の匂いと風の音がするだけ。

何も起こる様子はない。

それでも止まっていても何もならないと、路地に沿って歩いて行く。

陽は少しずつ落ち始め、暗くなり始めた。

ああ……もう、

 

「『カタワレ時か』」

 

一言発すると、後ろで声がした。

振り返り、闇に染まりつつ世界で目をこらそうとするが相手はわからない。

男のようだ、というのは分かる。

 

『よっ』

 

「ああ?」

 

相手は、まるで俺を知っているかのように気軽な挨拶をかけてきたので、

思わず怪訝な返事をしてしまった。

 

『ギリギリセーフ、といったところじゃねえか?』

 

「……」

 

『いやぁ、参ったわ。こっちがどんだけ叩いて殴ってもまるで伝わんねぇし。

 むしろ壁はどんどん厚くなっていって、迫ってきてさ。俺は潰れて消える寸前だったんだぜ?』

 

「何いってんだ、お前」

 

言ってることは何一つ要領が掴めない。

夢、なんだろうというのは少しずつ分かってきたが、

今までのそれとは毛色が違いすぎると思った。

 

『しかしお前もっと頑張れよ。時間かかりすぎだろ?

 というか何度かすれ違ったよな?気づかないとかアホすぎじゃね?つかもっと追うべきだろ』

 

よくわからない上に罵倒すら始まった。

こいつっ、と目をゴシゴシと擦って再度相手を見てみるが、顎より上は視認できない。

制服を着ている高校生男子?というぐらい、か。

 

『かかったのは何年だ?ああ―年か。あいつは更に待ってくれたわけだからなぁ』

 

何年のところだけが何故かぼやける。

しかし罵倒されたままでは気分も悪い、なんとか一言だけ発する。

 

「よくわかんねぇよ、お前」

 

『ああ?物事なんてそんなもんばっかだろ。つーか俺は文句を言いに来たんだぜ?』

 

その返しにすら曖昧な罵倒だ。

 

『でも、まぁ、なんとかなったからいいんじゃねえか?

 結果オーライかどうかはお前のこっから次第だけどな。それに関しては俺の範疇外だ』

 

少し俺から視線を外すように、外側に目を向ける。

どこかを観てるようだ。あの丸い湖?

あっ、とそいつは思い出したかのように右手のミサンガをくるくると解いて、

大事にたたんで、俺に渡そうと手を出した。

 

『ほれ。まぁ出会った記念に渡しとくわ』

 

これは三葉がつけていた、髪を括っていた―

 

「くみひも?」

 

『なんだ。今度は覚えてんじゃん。いや……“知った”のか』

 

俺は大切なそれを両手で受け取ると、掌の上で組紐は光の粒となって消えた。

それは残粒子となって俺の身体に吸収される。

 

『“もう”忘れんじゃねーぞ。ヘタレ子犬ちゃん』

 

目線を上げて、再びそいつを見る。今度は顔まではっきり分かった。

 

「お……れ……」

 

『ん?ああ、見えてんのか。じゃあこんなもんってところなのかね』

 

「おいっ、おま―」

 

吐き出そうとする言葉は、突如何かの抵抗にあったように止まる。

同時に身体も動かない。

目の前の俺のようなものは、後ろを振り向き、右手を上げた。

 

『俺とはもうあえねーと思うけど、精々掴み取るんだな』

 

何をだよっ、という言葉は何一つ吐き出せない。

 

『何をって?そりゃ全部だろ。過去も今も未来も、全部に決まってる』

 

言葉に出していないのに、何故だか相手には伝わっている。

それじゃあわかんねぇだろ!、と再び心で叫ぶ。

 

『知るかよ。まぁ絶対に大事にしろよ。何度目が覚めても忘れないようにな』

 

そこで頭に浮かんだ、大好きな人の顔。

あの人に関してだけは、クリアに言葉に出来る。

 

「それだけは、絶対にわすれねえよ」

 

『良い答えじゃん。その一言だけでわざわざ出てきた甲斐があったってもんだ』

 

じゃあな、と俺のようなものは続けて、ついに陽は落ちきって全てが真っ暗になった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「はっ―」

 

もう一度、目が覚める。いや先程のアレは夢だったのか?

頭を急回転させるが、よく分からない。

というかまず天井がいつものそれじゃない。ベッドも、タオルケットも、部屋の匂いも―

と思った所で頭が状況を認識しはじめた。

 

―そうか、昨日三葉の部屋で一緒に寝て、それで……

 

って居ねぇ!一緒に居たはずの三葉が居ねぇ!

ガバッと起きて、周りを確認する前に思わず声が漏れる。

 

「三葉っ!」

 

「ん~?あっ、瀧くん起きたんやぁ」

 

キッチンから大切な人の明るい声。夢じゃない。

そしてなんだか朝ごはんのいい匂い。

昨日のことは本当で、俺と三葉は想いを確かめあって、朝になっても三葉は側に居てくれる。

 

「あっ……」

 

パタパタと三葉はベッドの前まで走ってきて笑顔をみせてくれる。

既に着替えていて、顔も少し上気していて髪も整っている。

先に起きて朝の準備を終わらせたのだろうか。

 

「瀧くん見た目によらず寝坊すけさんなんやなぁ。寝顔は堪能させて貰ったよ?」

 

ニヤニヤと笑いながらツンツンとほっぺを人差し指で突かれる。それが心地良い。

というか一方的に堪能されてめっちゃ悔しい。俺も三葉の寝顔を堪能したかった。

きっと今の三葉みたいに朝から幸せな気分になれたことに違いない。

 

「三葉……」

 

心地よいいたずらを受けながら、返す言葉が浮かばなくて取り敢えず名前を呼ぶ。

それが三葉を刺激したのか、少し恥ずかしがりながらも、

 

「最初の一声で私の名前を呼んでくれる優しい寝坊すけさん。

 シャワーを浴びて、頭も身体もさっぱりとして、二人でご飯にしませんか?」

 

大切な人に声を掛けられて朝の時間を堪能する。

なんて幸せなことなんだろう。

心が一杯になりながら俺は、分かった、と返してバスルームに向かわんとする。

昨夜脱いだ俺の衣服は既にたたまれており、パンツだけ大事に手を取ったところで気づいた。

 

「三葉、そう言えばバスルームの使い方さ」

 

「ああせやったね。結局使わんかったね。昨日ー」

 

「昨日―」

 

といった所で昨日の行為がぐるぐると頭をよぎったのか、二人で更に赤い顔。

 

「ほら、説明するからついてき!変に色々使われたらマズいから!」

 

恥ずかしさを隠すように三葉はズンズンと先行していく。

流石にここで遅れるのはマズいので俺も素直にその後に続いた。

 

「(明日は……三葉の寝顔を絶対に堪能したいなぁ)」

 

そんな煩悩を頭によぎらせつつ―

 

そこから慣れない家でのシャワーを浴びて、頭も身体もさっぱりとした。

バスルームにはシャンプーとリンス以外の多種多様な洗剤があり、利用用途はまるで分からない。

更に洗面台にはそれを上回る美容用品の数々。

見慣れたものはそれこそ歯ブラシぐらいだ。まさに女性の神秘。

男なんてシェービングクリームと石鹸とヒゲソリぐらいしかないしなぁ。

ああでも、三葉もヒゲソリをみたら同じようなカルチャーショックを受けたりするんだろうか。

それは少しだけ楽しみだ。

そこから衣服に関しては仕方ないと、昨日着ていたそれをまた着てバスルームを出る。

部屋では朝食の用意は終わっているようで、三葉はベッドを整えていた。

 

「おっ、瀧くんさっぱりしたねぇ」

 

「三葉、朝食まで全部任せちゃってごめんな」

 

そこで一言謝罪。

朝食どころか衣服も畳んでもらっていたし、

できればキッチンで一緒に朝食を作ってみたかった。

 

「ええんよ。瀧くんの幸せな寝顔料で先払いして貰ったから」

 

「それなら、明日俺が三葉に先払いして貰わないとなぁ」

 

んなっ、と三葉はまた赤い顔をして、

 

「ぜっっっったい!明日も私が瀧くんを先払いして貰うから!」

 

お互いを先払いとはもはや意味がわからない。

そんなやり取りをして、よいしょと二人で向かい合ってテーブルに付く。

小さなテーブルを埋めるように、

ご飯、味噌汁、卵焼き、サラダ、和物が乗っていてまさに日本の食卓。

それぞれを食べるがどれも本当に美味しい。

 

「三葉、どれも本当に美味しいよ。凄い」

 

素直にその感想を口にする。

三葉は恥ずかしそうに、えへへ、と笑って、

 

「嬉しいよ……今日ほど気合を入れて朝ご飯を作ったことはないかも。あっ、でも―」

 

と目線が俺の手元に流れる。そこには割り箸。

使用前は牛乳瓶マークのコンビニの袋に入っていたので、いつかの残りなのだろう。

状況として当然のことだったし、気にすることではなかったが、

 

「お箸、買っておくね。それとも今日、一緒に……選ぶ?」

 

おお、おおう……

なんだこの目の前の最高に可愛い彼女は。

 

「コップとか、歯ブラシとか、これからは……当然、要るよね?」

 

恥ずかしげに、じっとりと上目遣いで少し目が潤んでいて。

テーブルは1人暮らし用でとても小さなものだから、

足先がチョンチョンと時々あたったりもして。

感情も、感触も刺激される。

ヤバイヤバイ、今すぐキスしたい。というか、する―。

と俺は思わず上半身を少し前のめりにしてしまうと、

 

「瀧くんダメ!したいけどご飯終わってからにして!止まらなくなるから!」

 

はい。おっしゃる通り絶対止まりません。

だから俺は先程の問いにコクコクと頷いて、食事中に今日の予定がまず決まったのだった。

そして食後は二人で洗い物をしながら、結構な回数キスをしてしまった。

 

そこから、少し休憩して今の時間は11時前。

朝食は俺の寝坊のせいで少し遅めだったから、これから二人で買い物をして、

どこかで遅いお昼を食べて今度は俺の家に向かう算段だ。

三葉も家の中と荷物を整えて、じゃあそろそろ行こうか、と二人で玄関に向かう。

そこで、あっ、思い立ったように三葉が一言呟いた。

 

「あのさ、瀧くん……」

 

「ん?どうした三葉」

 

三葉の言葉には少し覚悟が含まれており、俺は思わずゴクリとツバを飲む。

 

「―したい」

 

「えっ?」

 

「いってらっしゃいごっこ、したい」

 

「……は?」

 

よく分からない単語が三葉の口から吐かれた。

いってらっしゃい?ごっこ?初耳だ。少なくとも俺の人生では聞いたことが無い。

しかし俺の返答をまたずして、三葉の説明が続いた。

 

「あっ、あのね!あのね!まず瀧くんが靴を履くの」

 

「うん」

 

「私が後ろからついていくの」

 

「うん」

 

「瀧くんが『いってきます』って言って、私が『いってらっしゃい』って言うの。

 それで瀧くんが部屋から出ていくの」

 

「……」

 

頭が、ついていかない。

 

「でも、これから幾らでもできるんじゃないかな……」

 

「記念日の、今日したい……ダメ、かな?」

 

三葉さん、その必殺技じっとり上目遣いは無理です。断れません。

そして今日は『俺が初めて三葉の家から出ていく記念日』に設定されたらしい。

記念日が設定されたら絶対に忘れたらいけないもの、というのは知識として知っている。

俺は、ふぅ、と一息ついて、

 

「分かった。やろう三葉」

 

「やた」

 

よしっ、と小さくガッツポーズしてそこで三葉が立ち止まる。

設定通り、まず俺だけ靴を履いて、出来るだけ笑顔で、

 

「三葉、いってきます」

 

「はい、瀧くん、いってらっしゃい」

 

満面の笑顔。

俺は嬉し笑いを必死に我慢して、扉をパタンと閉める。

やばい、これは楽しい。ハマる。

これは結婚して現実になったら絶対に仕事が頑張れる。

と一人でニヤニヤして三葉を待っていると、突如扉が空いた。

 

「瀧くん!ちょっと入って!」

 

「えっ?」

 

三葉は本気の形相をしていて、グッと腕を掴まれて部屋に戻される。

突然とした展開の変化に、またしても頭がついていかない。

俺はなんとか、みみみっ三葉、と名前だけを絞り出した。

 

「瀧くん、なんで『ただいま』って部屋にはいってこないの!」

 

「ふぇ?」

 

「『ただいま』、『おかえりなさい』までがセットでしょうが!」

 

……

…………

………………

 

「分かった。今のは俺が足りなかった。やり直しを懇願したい」

 

「よろしい」

 

もはや何が何だか分からないが、やらないとダメな気がした。

俺は部屋の外に出て、パタンと扉が閉まる。

ふぅ、と一息ついて、ちょっとくたびれた演技でもいれるかとも思って、

その後、パタッと扉を開け、閉める。

 

「ただいま~、三葉」

 

「おかえりっ!瀧くん」

 

キラキラキラ。最高に輝く笑顔。

あっ、今疲れが吹っ飛んだ。絶対に確かに吹っ飛んだ。

やばい楽しい。幸せ。

俺があまりの幸福に呆然としていると、えいっ、と三葉が飛び込んできた。

 

「みみみっ、三葉っ」

 

「えへへへへへ。瀧くんや~」

 

三葉は俺の胸に顔を埋めて、スリスリと頬をシャツにこすり付ける。

俺の目の前には、最高に可愛い彼女の頭があって、なでなでと頭を撫でる。

 

「みつは」

 

「たきくぅぅん。えへへ」

 

そこからちょっと離れて目があって―ちゅ。磁石が引かれるように自然とキス。

 

ちゅ。ちゅ。ちゅ―

 

飽きるまでキスを繰り返して、二人で街に繰り出した。

 

 

 




あず。

です。こんばんわ(只今朝の4時10分ですが)
いってらっしゃいごっことは一体……ウゴゴ……(砂糖を吐く音)

それでは、よければ次もお付き合いください。

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