君たち。のその先は?   作:あず。

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10話

「……」「……」

 

建物に、道に、キラキラとまばゆい光が溢れる東京の街。

でも俺はそんな光が今では鬱陶しく思える。

少し前の出来事、三葉になんてことを言わせてしまったという後悔。

あの後、お父さんが家におるなら、ウチにこん?と三葉が続けて、

俺はもう自分への怒りと驚きに頭が追いつかなくて、なんと答えたのか。

今はタクシーを捕まえて二人で三葉の家へと向かっている。

運転手は年頃のカップルを捕まえたと思っているのだろうか。

世話話もいくつかするけれど頭に残らない。

 

―俺はアホだ、三葉がすきだ。アホだ。すきだ。アホだ。すきだ。すきだ。すきだ。

 

メーターが何度か回った程度で、車は止まり、目的地に到着したのだろう。

俺が払うよ三葉、と制して料金を払う。

俺の目がどれほど本気の眼差しだったのだろうか、三葉は素直に引き下がって車を降りた。

タクシーは、俺達を残して走り去る。

また少しの間が生まれると、都会の風が早くしろと一筋。

 

「ゴメンな瀧くん、私が悪いわ。今からでも―」

 

また三葉が謝った。

俺は何度間違いを犯すのか、この素敵な女性を何度謝らせれば気がするのか。

もうここまできたら、腹は決める。決めろ。決まった。

すっ、と彼女の右手を取り言葉を続ける。

 

「いや、恥ずかしいことを言わせて俺こそゴメン。そして三葉の家に上がりたい」

 

「ええっ!」

 

「よく考えたらさ、三葉だって明日俺の部屋に上がるんだろ?

 だから……その、オアイコ?」

 

「オオオオオッ、オアイコって。全く瀧くんは!」

 

腹を決めると冗談も湧いてくる。

この素敵な女性は笑ったり、恥ずかしがったり、ちょっと怒ったりが本当によく似合う。

だから泣かせちゃ絶対にダメなんだ。

 

「じゃあ、案内してくれよ。三葉」

 

「もう、はよ行くよ!ホラついてきぃ!」

 

右手が再び離れて三葉はズンズンとマンションの玄関に向かった。

俺も温もりが離れてしまったのは寂しいけど、後に続く。

オートロックが解錠され、エレベーターに乗り込み、

あっという間に三葉の部屋の前に。

三葉が先に立って、ガチャりと鍵を開けると急に現実感が襲ってきた。

 

「(そういえば、女性の部屋に入るの、はじめてだ)」

 

三葉はどうなんだろうと顔を覗き込もうとしたけど、

そりゃ恥ずかしいに決まっているだろう。

やっぱり止めた。

 

「瀧くん……」

 

「ん?」

 

扉を少し開けると、三葉が背を向けたままいう。

 

「そそそそ掃除するからっ、ちょぉおおっとまってて!」

 

パタッ、開け。シュッ、パタッ、閉め。ガチャッ。

あまりの動作の素早さに口を挟む暇すらない。

しかもいたずらで入ってこられないように、鍵すら閉められた。

表情はわからなかったけど、多分凄く焦っていたのだろうとは想像できる。

 

「はははは……」

 

もうそんな三葉が可愛くて笑いすらこみ上げてきた。

そうだ、ヘタレもダメだけどかといって押しすぎてもダメだ。

自然体で彼女を好きでありたい。

あんな素敵な女性に相応しい男でありたい。

開く気配のない扉に背を向け、反対側の壁に手をかけ深呼吸。

視線を上げると、都会の夜空は濁れていて、星なんて見えないが落ち着いてくる。

そうやって風にあたっていると、あっ、と一つの事項に気づいた。

スマホを急いで取り出して確認。

 

―不在着信 親父、不在着信 親父、不在着信 親父……

 

結構な数が並んでいた。

あちゃー、と思って電話を掛けると繋がる。

 

「おい、瀧!」

 

「親父、ゴメン!今日急に帰れなくなった!」

 

怒号が飛んでくるが、これは甘んじて受け入れるべきことだ。

飲み会が盛り上がって完全に忘れていたと、ボカすところをボカして説明する。

 

「何をやってるんだお前は。20を越えてるんだから今更外泊にどうこう言わんが、

 連絡の一つぐらいしろ!」

 

全くその通りだ。

 

「本当にゴメン。何か悪いことに巻き込まれたってことじゃないから」

 

「まぁいい……明日は出張だから続きは日曜日にみっちりだ。何かあったら連絡しろよ」

 

そこで通話も途切れる。

明日は朝が早いはずなのに、もう0時も回りそうな時間だ。

親父にも無理をさせてしまったに違いない。

余裕が出たと思ったらまた違う問題を抱えてしまって、すこし気持ちも沈む。

でも切り替えよう。今は切り替えないと。

すー、はー、とまた深呼吸をすると、背後でガチャリ、と音がした。

振り返ると、扉が少しだけ開いてるのが分かる。

 

「いい……よ」

 

三葉がその隙間からちょっこりと顔を出した。

表情が少しだけ見えて、恥ずかしいけど覚悟を決めたという感情が伺える。

 

「(かわ……いい……)」

 

目の前のかわいい物体に引かれるように扉に手をかけ、

入り込める程に扉を開くと、三葉の全身が目に飛び込んできた。

遅れて、自分が経験したこともない匂いも感じる。

 

「……」「……」

 

心に素直になって初めて三葉と目があった。

三葉の部屋に入らんとする非日常性、鼻腔を刺激する香り、目の前のかわいい物体。

 

「(やばい、今すぐ三葉に飛び込みたい)」

 

まて、我慢だ我慢。

 

「じゃっ、じゃあ。お邪魔するよ」

 

なんとか衝動を押さえ込み、言葉を発する。

 

「どどど、どういたしまして」

 

三葉からも、もう何がなんやら分からない返答をうける。

そのまま靴を脱いで、丁寧に整えて、玄関の段差を一段上がって三葉の横に。

流石に先行するのは無理なので立ち止まる。

 

「……」「……」

 

また見つめ合って沈黙。

 

「あっ、あの。三葉、案内して?」

 

「ああああああ、そうだよね。ゴメンゴメン付いてきて。

 あっ、私以外見ちゃダメだから!」

 

「えっ?」

 

予想だにしていなかった言葉に、より一層感情が刺激される。

 

「部屋とか周りとか余計なもの見ちゃダメってことなんやから!」

 

あっ、と口を抑えて発言の補足。

いやいやそりゃそうだ、もうお互い一杯一杯だ。

 

「ああ、分かった。じゃあ目を瞑ってカーディガンの裾を持って付いていく」

 

「そこまではええわ!アホ」

 

ズカズカと三葉は先行し、俺はソロソロと付いていく。

都内の1Kマンションということで、中はそう広くない。

すぐに、そこに座って、と小さなテーブルとクッションを指さされる。

先程と同じように、ソロっと、クッションに座ると最初とは僅かに違う匂いを感じた。

 

「(女友達?もしかして……いや……それはないよな。バカ、俺、疑うな!バカ!)」

 

とネガティブな想像に耽っていると、

飲み物を用意していたであろう三葉が、あっ、と声を上げる。

 

「それちゃう!そのクッションじゃなくてこっち!」

 

ダダダっ、と走ってきてベッドの上の別のクッションを投げてくる。

なんとか上手くキャッチして、

少し腰を上げて敷き直して要らなくなったほうを三葉に渡した。

もうっ、とそのクッションをベッドに置く。

そして再びキッチンに戻っていった。

 

「(あっ……このクッションは三葉の匂いだ。いい匂いだな)」

 

安心して腰を落ち着ける。安心って、もうなんなんだ。

三葉のクッションを堪能していると、麦茶を2つ持った三葉が戻ってきた。

 

「ゴメンね。こんなものしか無くて」

 

「いや、いいよ。いきなりだしさ」

 

いきなり、と三葉が呟いてまた言葉が途切れる。

勢いでここまできたが、確かにどうするか。

いや、腹は決めたんだ。

 

「あのっ、さ!」

 

「うううううう、うん!」

 

「あのさっ……あのっ!あの!」

 

「うんっ!うん!……うん」

 

ただ一言が、喉元まで来ているのに、出てこない。

ただ、『好きだ』の一言が、重い。

言いたいのに、言いたいのに。

あっ、あっ、と一言が出せないと、三葉の表情が次第に和らいでくる。

 

「瀧くん、大丈夫」

 

「みつは……」

 

「声に出せなくても、大丈夫」

 

「えっ?」

 

テーブル越しに、三葉の右手が伸びてくる。

掌をこちらに差し出して、ニッコリ笑って。

 

「書いて、伝えて?」

 

―書いて、おこうぜ?

 

身体に認識が追いつかない。

俺はおずおずと、まず右手の甲に左手で触れる。

柔らかい、求めていた感触。

次に右手の人差し指を伸ばして、柔らかい掌に触れた。

 

「んっ……」

 

三葉は目を瞑って、少し色っぽく唸る。

そんな表情に当てられて激情が湧き上がってくるが、相変わらず身体は動き続ける。

まず横に一角。

次に下方向に指をすすめる。

一度ループを描いて、そのまま下に。

 

「す」

 

三葉が一言。

続いてふるふると震えながら、横棒を二本。

斜めに一本に、すこしズレて、また斜め。

 

「き」

 

暖かい声。安心する声。

最後の一文字は難しい。

一文字一文字確かめるように綴るが、三葉は分かるだろうか。

ツーっと多くの文字を描いて、

最後の横線。

 

「「だ……」」

 

伝わった。

 

「すきだ」

 

声に出せなかった一言が自然と漏れ出た。

そして俺の頬にも描くように一筋の線。

泣いていた。嬉しさに泣いていた。懐かしさに泣いていた。

三葉を見ると、彼女も同じように泣いていた。

嬉しさも懐かしさも、全部、全部共有できていることを確信した。

名残を惜しむように、手を離す。

三葉はぎゅっとその右手を大切に胸に抱き。

 

「わたしも……」

 

お返しの一言。

そして、俺の身体は右手を差し出した。

三葉も俺がやったのと同じように、右の手の甲を左手で持ち、綴る。

一文字目は、俺の写し。

 

「す」

 

俺も同じように声を出して確認作業。

二文字目も、一角一角確かめて、それも写し。

 

「き」

 

「すき」

 

最後にひと押し素敵で優しい声色。

俺も泣いている。彼女も泣いている。

ああ、絶対にこんな素敵な彼女を泣かさないと決めたのに。

俺はなんてバカな男なんだろうか。

 

―でも、俺も泣いてるから、オアイコ、か。

 

そんなことを思ってしまって、俺は泣きながら微笑んでしまった。

 

 

 




あず。

です。こんばんわ。
短い間に9話を読んで頂いた方、居られるならば、すいません。
一気に見た方、悶えられなくて残念でしたね(アホ)
しかしまだ夜の営みまで辿り着いておりません。
あるのか?ないのか?それはどうでしょう?(どうなんだろう)
最後に個人的な話になりますが、
この話で一番好きな場面は自分用のクッションに座らせる三葉です。

<追記始め 2016/10/03 20:50>
中盤に瀧が親父と会話する場面を追記しました。
11話で帳尻合わしても良かったんですが、
そっちはそっちで別の問題を抱えていまして10話で処理することにしました。
申し訳ありません。
<追記終り>

それでは、よければ次もお付き合いください。

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