「なるほど、さっきの連中に」
「です。最終日だし、こうしてギルドに戻れましたし、思ってもみなかった復讐が出来たから良いんですけどね」
ユグドラシル終了までには時間が有り、二人しか居ない気安さも手伝って結局昨夜の件を話したピメントは、手を前に突き出して開いた手を握る。
「にしても、モモンガさんの心臓掌握は相変わらず冴え渡ってましたね〜。魔王ロール極まれりって感じでしたよ」
からかうように言われたモモンガは、両掌を顔の前で左右に振った。
「止めてください。ピメントさんこそ以前は後衛だったのに、すっかり前衛職の動きが板についてて凄かったですよ」
「俺のは弐式さんの物真似ですよ。実際にやってみるとあの人の変態っぷりが良く分かります。たっちさんも異常ですが、あの人も充分異常です」
忍者ごっこで天狗になっていたピメントだったが、参考にした忍者の「自身の当り判定を見極め、相手の攻撃がすり抜けたと錯覚する様に避けていた」のを真似しろ、と言われたら今は出来ない、と分かっている。
「でも、ピメントさんの動きと弐式炎雷さんの動きが重なったから上手く連係できましたよ」
先程の戦闘を楽しそうに語るモモンガは、それより前の、今は居ないメンバーが協力して戦闘をしていた頃を思い出しているようだった。
「あれは咄嗟に身体が動いただけですよ。自分がこうしようと言うより、弐式さんならこうだったな、って。 あ、そうだこれ要ります?」
そう言ってピメントはアイテムボックスから指輪を取り出し円卓の上に置く。
「これって……」
「さっきの狩人がドロップしました。彗星の指輪です」
狩人を倒し座り込んだ際に、ちゃっかり拾ったのは超希少アイテムであった。
流れ星の指輪と言う経験値を消費してランダムに提示された願いを叶えるアイテムと似たアイテムであるが、彗星の指輪は流れ星の指輪が三回使えるのに対し一回しか使えない。ただし、使う際に経験値を消費しないという利点が有った。
ただ入手が可能なのは去年(2135年)彗星が地球に接近した事であったイベントの期間限定ガチャしかなく、出る確率も0.07%と低くて先ずガチャを回すのさえ躊躇う有り様だった。
多くの者が『月すら見えないのに彗星なんか来ても関係ない』と捨て台詞を残しスルーしたのだが、回した上に引き当てた強者が居たようだ。
「オクでも下手なワールドアイテムより高くなってました。最終日であっても使うのは躊躇いますし、モモンガさんが来なきゃ入手出来なかったので、欲しかったら差し上げますよ」
その台詞に骸骨の喉がゴクリと鳴る。コレクター魂が擽られるモモンガであったが、何とか踏み止まりつつも提案する。
「これはピメントさんの入手した物ですからピメントさんが持っていてください。でも……一旦所持してリスト埋めて良いですか」
モモンガの細やかな提案に笑いながら受諾したピメントは譲渡コマンドを選択し指輪を贈る。受け取ったモモンガはアイテムリストに有るのを確認すると直ぐに返し言った。
「最終日にこんなの入手するなんて、運が良いのか悪いのか微妙ですね。後三時間程しか有りませんが、ワールドアイテムも入手出来るんじゃないですか」
笑いながら冗談めかして言うモモンガに、申し訳無さそうに返す。
「あ〜 持ってます。ワールドアイテム」
「ファッ!?」
再度アイテムボックスからアイテムを取り出し円卓の置かれたのは、透明な箱の中で浮く帯状の輪。
「これです」
「これって…… “アレ”ですか」
「知ってましたか。“アレ”です」
「るし☆ふぁーさんが居なくて良かった。いや、来てほしかったですけど。絶対欲しがって私達かNPCに使ってましたよ」
ギルド切っての問題児の行動が手に取る様に分かるのはモモンガだけではなく、ギルドメンバー全員の共通認識であった。
本当にヤバい一線には、乗る事はあってもギリギリ越えないと知ってはいるが、最終日と言うニトロがぶち込まれたるし☆ふぁーを信用出来ないと言うのも、残念ながら確かな認識である。
「でも、モモンガさんに使っても変わるんですかね?」
「……身長が縮むとか……」
「びみょー 終了間際に自分に使ってみますかね。折角オクで買ったんで」
「買ったんですか…… 使うんですか……」
モモンガが呆れ顔の顔文字を出す。
「安かったんですよ。買ってもクールタイムで一度しか使えないですし。この姿にそこまで思い入れが有る訳じゃないですしね」
ピメントは己の身体を見下ろし肩を竦めた。
「顔とか身体は整ってはいますが、殆んどデフォですからね」
獣化を意識して上半身は肌に貼り付く感じの鎖帷子と、肩と左胸という心臓部を覆うショルダーアーマーのみ。鎖帷子から透けて見える所謂細マッチョな筋肉も、柔らかい印象の和風イケメンな顔も「忍者っぽい」と右目の部分に額から頬にかけて傷を付けた事以外は、初期アバのままである。
「時間が無かったのも有りますが、俺はこの辺りを作るセンスが無いので…… 前アバはボールだったから関係無かったですが、NPCはモデルと素材の提供だけで、モデリングやAIは殆んどやってもらっちゃいましたから」
NPCを創るに辺り、著作権や肖像関係を調べるのが面倒だったピメントは、唯一の身近な女性だった妹を勝手にモデルにしてモデリングしてみたのだが、一先ず造った顔は絶妙とも言えるバランスで色々と崩壊しており、ホラー好きなタブラですら見た時には「おわっ!?」と声を上げた。
その後は見かねたギルドメンバー達がモデリングから衣装に行動AIと全てをやってくれた。ピメントの主な仕事は結局はモデルにしたのがバレた妹のご機嫌取りと、衣装である装備品の素材集めと提供、後は10代前半の見た目をしたNPCに変な設定をしない様にペロロンチーノの魔の手から守るくらいであった。
ギルドメンバーの協力によって完成したNPCは見事な出来栄えで、それまで渋っていたピメントの妹を招待して行われたお披露目会では、一転して双子の様なNPCの側ではしゃぐピメントの妹を見たギルドメンバー達は、表情さえ変わらないが全員が親の様な眼差しになっていた。
極一部に邪な眼差しが含まれていたが、姉のみならず女性陣とリアルで娘がいるたっち・みーに寸分の抵抗すら許されず簀巻きにされた。
「私もモデリングには自信がないですから、骸骨で良かったです。その……NPCには会っていかないのですか? 以前使っていた自室はそのままですよ」
ピメントの復帰までに到る話を聞いたモモンガは遠慮がちに尋ねる。
「そう……ですね。最後ですし、ギルドの皆が創ってくれた妹に挨拶してきますか。モモンガさんも行きますか?」
「いえ、私はここに残ります。まだ誰か来るかもしれませんから」
誘われたモモンガは申し訳なさそうに、若干の寂しさが含まれた声音で言った。
「分かりました。誰か来たらメッセージをお願いします」
「了解です」
モモンガの了承を聴いて、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで移動しようとしたピメントは、ふと思い聞いた。
「モモンガさんは息子に会わないんですか」
モモンガの肩がビクリと動く。
「息子は止めてください。アレには……そう、事前に会ったので大丈夫です。ピメントさんはお気に為さらずに」
その事前がいつの事かは思い出せないが、嘘では無い、とモモンガは言い訳をする。
「そうですか。……Wenn es meines Gottes Wille!(我が神のお望みとあらば)」
「やめろぉぉ!!」
「格好いいじゃないですか、ドイツ語」
からかうでも無く普通に言ってくるピメントに、頭を抱えたくなるモモンガだが正直に話す。
「あれは若気の至りというか、黒歴史なんですよ。とにかく止めてください」
ピメントがギルドを離れている間に成長だか何だかをしていたモモンガの訴えに……
「……Wenn es meines Gottes Wille!!」
「ピメントォォォ!!!」
天丼で返したピメントは、モモンガの叫びを後に指輪を起動しワープした。
円卓の間から移動したピメントは、ギルドに所属していた時に割り当てられた自室の前に立っていた。
この扉の先に復帰出来なくなった一因が“居る”と思うと、扉を開くのは躊躇われたが、今日で妹とギルドメンバーの想い出が詰まったユグドラシルは失われる。
ここで会わなかったら後悔するだろうと、覚悟を決めてノブに手を掛けて。
「恵実にも挨拶してくるって言っちまったしな」
その手を捻り扉を開けたピメントは、自室に踏み入りながら懐かしい姿をした妹の分身に挨拶をした。
「ペパロニ、久し振りだな」
初期設定から殆んど変わらず広く豪華なホテルの様な一室に佇む、まだあどけなさを残す女児の姿をしたNPCの名はペパロニ。ピメントが、と言うよりは殆んどのギルドメンバーが何かしら創作に関わったNPCである。
ピメントが一人で創り始めた頃は、行動AIを設定するのが不得意で戦力にならないから、と遠慮してLv15に設定していたのを、ギルドメンバーが手伝い始めるとLv60に、更にお披露目会でモデルのはしゃぎようを見たギルドメンバーが、ピメントを差し置いて親兄姉馬鹿を発揮して様々な素材等を提供しLv100になった経緯を持つ。
多才なギルドメンバーが揃うアインズ・ウール・ゴウンが本気を出してしまったせいで『兄より強い』と揶揄されたが、それは万能型の強さでは無く、多彩で強力なバフを持つ後衛職であったピメントとセットである事を考慮した上の話であり、その援護の下に敵に突撃し暴れたり一撃離脱を繰り返すといった、製作に携わったホワイトブリムの『メイド服にしてくれれば本気出す』の一言で女児メイドと化した姿を大きく裏切る脳筋仕様だ。
その為に、ナザリックに居る他のLv100かつ優秀でバランスの良いAIを持つ戦闘向きNPCとの試合での勝率は低い。たまに勝てるのは、まぐれ当たりがあった時くらいだった。
幸いキャラクター設定自体は、モデルの愛嬌ある姿にヤられたギルドメンバーの介入で脳筋設定を免れ、ピメントを含む42人を親や兄姉の様に思い――41人にしよう、と言った意見もあったが、仲間外れは可哀想だとギルド長が、実弟を足蹴にしながら提案した姉を説得し42人に――穏やかで素直な良い子、と設定された。
その事に、可憐な外見に脳筋な中身のギャップが良いのに、と己の欲求を雫すメンバーもいたのだが聞き流された。
種族はフランケンシュタインで、ユグドラシルではホムンクルスに該当する。一時は6人いる戦闘メイドであるプレアデスに加入させる案もあったが、ピメントの専属メイドが居なかったので、41人居るホムンクルスで揃えられた一般メイドに『一応はホムンクルスだし』と42人目に加えらた結果、娘で妹で専属メイドなパートナーと属性てんこ盛りになった。
後、ギャップ萌えな人の要望は一部叶えられ、カルマ値が-100とちょい悪になっている。
「当たり前だが、相変わらず小さいな。“あっち”の妹は一応成長してんだな」
モデルである妹の身長が140cm程の頃に創った為、それに合わせ身長を揃えたペパロニに歩み寄ったピメントは、その頭に手をやり自身の胸の辺りと往復させる。
「あっちは首だか顎辺りまできてたかな。立った時の身長なんかもう何年も見てないからなぁ」
そう言ったピメントは、往復させていた己の手が小刻みに震えている事に気付く。
「チッ…… ホント良くできたゲームだよ。こんなの再現しなくてもいいのに」
誰に見られる訳でもないが、震える手を誤魔化す為に腕を組むと改めてペパロニを見ると、丁度小さな手の人指し指を細い顎に当て、首をコテンと傾けた。
「ハハッ ヘロヘロさんの設定は相変わらず細かい。初めて見た時は鳥肌が立ったけど……」
日々日々生意気になっていく実妹と掛け離れた動きを最初に見た時には、そのあざとい仕草に盛り上がる周囲と反比例する様に固まったが、たまに野菜の配達に付いてきた妹の顧客に見せる態度は似たような物だったかも、と思い出したピメントはフラフラとペパロニに近付くバードマンの腹部へ、ピンクスライムと同時にパンチらしき物を叩き込みながら我を取り戻したのだった。
そんな他愛ない想い出が次々と頭を過りながら、所詮はNPCだがギルドと妹のアルバムとも言えるペパロニへ言葉にして挨拶をする。
「久々に会ったらこんな姿でびっくりしたろ? 実はリアルで事故って死にかけたんだよ。それで此所とも離れて戻れなかった」
言いながら小さな頭を撫でる。
「お前の親だか姉だか未だに分からんが、恵実も眠ったままでな。ユグドラシルが終わると知ったら会いたがっただろうけど、代わりに挨拶しとく。お前も俺で勘弁してくれな」
苦笑と共に手を下ろし、これで見納めだと部屋を見渡したピメントは以前は無かったクローゼットが設置されてるのを見付ける。
「何だ? 俺以外だとモモンガさんしか入れないはずだけど……」
訝しげにクローゼットに近付き開け放つと、そこには様々な女の子用の服で一杯になっておりピメントを驚かせた。
「これは…… っと、手紙?」
クローゼットを開けるのを条件に現れるよう設定されていたのか、手紙が何もない空間から浮かび上がる。ピメント宛に書かれただろう浮かぶ手紙を手に取り開封すると、クラッカー音がしてピメントの肩を跳ね上げた。
「ちょっ!? 罠か!?」
一瞬警戒したピメントだが、悪戯の為にギルドマスター権限を使うのを許すモモンガでは無いと思い直し、手紙を読むことにした。
『ピメントさんへ
お帰りなさい、復帰おめでとうございます。そしてありがとう。
この衣装は、ギルドメンバーが集めたお下がりみたいな物です。我々の娘であるペパロニちゃんが着の身着のままなのは却下なので、モモンガさんに無理を言って置かせてもらいました。
前は皆で預かってましたが、ギルドを離れる人が増えてきたので集めて纏めました。
どれも似合ってましたから、たまには着せ替えてあげてくださいね。
アインズ・ウール・ゴウンメンバーより』
「皆…… 何回泣かせる気だよ。つか既に着せたのか」
そう泣き笑うピメントの前に、もう一通手紙が浮かぶ。
『P.S
ピメントさんが着てもいいのよ?』
「……球体だったよ? 俺……」
今のアバターならまだしも、黒い球体に女児服を着せた姿を想像しようとしたピメントだったが、想像力が貧困なのか全く思い浮かばず諦めるのだった。
魔法の服って良いですよね〜。子供服とか大助かりかも。
大人も、油断しても服が合わせてくれるので、気付かぬ内にウエストが……あかん