まだ未定な予定なので、確定し次第またお知らせ致します。
第9話
「痛いじゃないですか、いや実際痛くないけど。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで二度も殴られたの俺だけじゃないですか?」
「二度も何も、これで人を直接殴るのはピメントさんが初めてですよ。良かったですね」
鼻を擦りながら言うピメントに、先ほどまで自分をからかっていたフレーズを使い返すモモンガ。
アルベドの設定を変える事は、他ギルドメンバーの総意だったので反対はしなかったが、それで自身が弄られるのはやはり気恥ずかしいのだ。
「ちょっとからかい過ぎましたかね。すみません。……よし! なら終了までまだ数分有りますし、これ使うのでチャラで」
取り出されたのは、ワールドアイテム『メビウスの帯』である。
「ちょっ!? それを誰に使う気ですか? まさか……私かアルベドじゃないですよね」
黒いオーラを放ちながら豪奢なスタッフを握り直すギルドマスターに、ピメントは少し気圧されながら誤解を解く。
「それじゃチャラにならないですし、誰も喜ば――茶釜さんやるし☆ふぁーさんは悦ぶか? アルベドが男になったら場合のタブラさんの反応も……」
「おい」
ブツブツ不穏な事を呟くピメントの鼻先で、スタッフから放たれる苦悶の表情をした人魂の様なオーラが浮かんでは崩れを繰り返す。
「おわっ!? アップで見ると夢に出そう! 冗談冗談。対象は俺ですよ。ネカマじゃないですけど、仲間からの弄りを分散出来るでしょ」
そう言って、指で鼻先に突き付けられたスタッフを逸らすと、アベドを玉座に座らせて、階段を下り骸骨と淫魔から離れるピメント。
「モモンガさん、玉座に寄ってこっち目線ください。そうそう、んじゃ撮りまーす……ハイッ!オッケー!」
友人の突然の奇行と呼び掛けに素直に従ってしまったモモンガだが、自身とアルベドの構図に気付き声を上げる。
「ピメントさん、そのスクショをどうする気ですか……」
「皆に送りますよ? いやぁ、良い写真になりました。衣装を新調したかったですが、白と黒だから絵にはなりますよね」
「やっぱり……」
NPCと結婚して、更にそれを自ら仲間に報告するなんて痛すぎる――と、自らスクショを送らずに済んだ事を慰めにしたモモンガは、次はピメントの番だと急かす。
「時間もありませんし、早く使っちゃってください。スクショ撮ってそれも送ります」
「分かってますって。じゃ、使います。対象は……ピメントで、GO!」
メビウスの帯を使用し、指定範囲に含まれ対象になった名前から自分の名を選択して、最後の確認に浮かんだ文字のYESに触れるピメント。その瞬間。
『サーバーが混雑している為に、処理に時間がかかります。申し訳ありませんが少々お待ちください』
と、その場に女性の声でアナウンスが入った。
「「………… ハァ〜」」
予想外の事態に沈黙してしまう二人だったが、同時に溜め息をついた事が場を弛緩させる。
「ははっ、最後まで糞運営ですね」
「ですね。終了に伴いあちこちでイベントしてますし、サーバーも縮小したのかもしれません」
実際に外ではGMがひっきりなしに呼びかけたり花火を打ち上げたりしており、プレイヤー達も負けじとワールドアイテムを使ったり、派手な超位魔法や第十位階魔法を乱発していた。
「せっかく買ったのになぁ。玉座に座す魔王とのスクショで我慢するか」
ピメントは階段を上がり玉座に座るアルベドを立ち上がらせ脇に退かすと、モモンガに座る様に促す。
「前のアバだったら髑髏の上でオブジェ化してやったんですが、今は横で勘弁してやろう」
「なんなんですかそれ。何かのロールですか?」
「前アバはアメリカ妖怪のボスだったとか誰かが教えてくれたので、何となく」
他愛のない会話をしながらスクショを撮った二人は、時間を確認して顔を見合わせる。
「最後ですね」
「そう、ですね……」
ピメントの呟きに室内を見渡したモモンガは、眼下のNPC達に気付くと、片手を軽く上から下へと動かす。
「ひれ伏せ」
魔王の命令にアルベドを含むNPC達が一斉に片膝を落とし、臣下の礼を取る。
「流石は非公式ラスボス。様になってますよ」
「はい、……いや、うむ」
少しの照れもあったが、12年間で築いたロールを最後に行う。
そしてギルドメンバーそれぞれのサインが入っている、天井から垂れる42の大きな旗の一つを指差す。
「私」
それから指を横に動かすと、ギルドメンバーの名前を淀みなく挙げていく。そうして最後の旗を指差す。
「ピメント・ベルペッパー」
「ああ」
「楽しかったな……」
「……ああ」
魔王の哀愁漂う声に短く応える事しか出来ないピメント。
時計を見れば時間は23:59:25、26、27……
「モモンガ、次の世界でまた共に」
友人のロールにあわせ告げた言葉に、魔王は微笑み返す。
「ああ、共に。そして、この世界に感謝を」
23:59:45、46、47……
時間に合わせ声に出してカウントダウンする――と、突如二人の声を遮る様に女性のアナウンスが割り込む。
『ご使用されたアイテムの発動準備が完了しました。アイテムの効果を発動します』
「「は?」」
00:00:00、01、02、03……
「っ!? いだだだだだ!!?」
アナウンスが終わった途端にピメントの全身に猛烈な痛みが走る。あまりの痛みに床に倒れた身体のあちらこちらからは、ミシミシやらギチギチと骨や肉が軋む音が響く。
「ピメントさん!? 何だ! 不具合か!?」
終了時刻を過ぎても強制ログアウトされない上に、過度な痛覚の再現は禁止されているはずの仮想空間で、ピメントがのたうち回る程の痛みなどあり得ない。
運営に抗議をするためにGMコールをしようとモモンガが指を上げた瞬間、先ほどのアナウンスとは違う女性の叫びに近い声が玉座の間に響いた。
「ピメント様!? 新たな御体に何事かございましたか!?」
「ピメント様!」
モモンガが聞き覚えのない声の発生源を見る。
すると、ひざまずいていたはずのアルベドが、ピメントの側で心配そうに手を差し伸べようかどうかと迷いながらオロオロとしていたり。
階段の下では、駆け寄ろうと立ち上がったものの、上位者の階を許可なく踏んでいいものかと迷っているセバス。
NPCであるアルベドやセバスが勝手に動いている事に驚くモモンガであったが、そんな事より動きを止めた友人に気が付き、慌てて膝をつき抱き起こす。
「お前達は下がれ! ピメントさん! 大丈夫ですか!?」
モモンガの必死さが滲み出る呼び掛けに、ようやく身体の痛みが治まったピメントが応える。
「うー痛かった。なんとか大丈夫です、モモンガさん。マジで痛かったけど、今は違和感があるくらい」
頭を振りながらも軽く高い声で言うピメントにほっとしたモモンガは、いったい何だったのかと己の腕に抱かれる身体を見て……
「それにしてもなん…… おわぁっ!?」
その身体を床に落とした。と、言うか叩き付けた。
「がっ!? 頭が! 何をするんすかモモンガさん! 痛いじゃないですか……あれ? 痛い?」
先ほどの強烈な痛みは不具合だろうと思ったピメントだが、今身に起こったダメージは現状の視覚に合致する痛みであり、それが逆に不自然だと気付く。
「これは……痛み適用のユグドラシルⅡ? さっきのは調整ミスか? だけど頭を打ったぐらいでこの痛みはヤバ――」
「胸っ! 出て出てます! 隠してくださいっ!」
「……胸?」
よくわからないお願いをしてきたモモンガを見れば、髑髏の顔を骨の両手で覆い隠していた。「手、隙間だらけじゃん」と思いながらも指摘された己の胸を見たピメントは、思わぬ光景に硬直した。
そこには、身体に貼り付いた鎖帷子から透けて見える右胸に、小振りだが形の良い肉の塊、乳房がついており、身体の揺れに合わせてぷるんっと揺れる。
「おおっ……これは良いおっ」
「ピメント様?」
身体を起こし己のモノを批評しようとしたピメントに、丁寧だが僅かに怒気が含まれた声が掛かる。
「御身の大事なお身体を軽々にお晒しになるのは如何かと思われます。早々にお隠しになられてくださいませ」
「あ、はい…… あ、何か布みたいなの有りませんか?」
目の前の美人、アルベドが微笑みながら、されど目は笑っていない迫力ある表情で迫ってきた為、狼狽えながら敬語で返事をしてしまうピメント。
そこに黒い布がはためきながら表れ、ピメントの上に落ちて身体を隠す。
「一先ず、それでむ……身体を隠してください。アルベドは少し離れていろ」
一瞬不満そうな顔を見せたアルベドだったが、すぐに命令に従い階段の中程まで下がる。
「表情まで変わるのか。ユグドラシルⅡって凄いな」
『多分、違います。ピメントさん、聴こえますか?』
目の前に居るのに〈伝言〉の魔法を使って話してきたモモンガに、普通に声を出して答えようとしたピメントだったが、その口を骨の手が押さえたので、仕方なく〈伝言〉で返す。
『何ですか、モモンガさん。女になった俺に惚れましたか? 内緒の告白ですか? ごめんなさい』
『勝手に惚れさせて振らないでください! これは真面目な話です』
『すみません。色々あり過ぎて。それで真面目な話って何ですか?』
モモンガの声音に一切の冗談が含まれていない事に気付いたピメントは、素直に謝り態度を変える。
『驚かずに聞いて欲しいのですが、これは多分、現実です』
「はぁ!? っと」
『マジで言ってますか? 確かに痛みはリアルで、NPCの表情も変わってましたが、それだけではユグドラシルⅡの可能性も』
『それはあり得ません。確かに強い痛覚は軍の使うやつではあるらしいですが、過度な再現は民間だと犯罪です』
モモンガの言に、そうだったかもと頷くが、最初の脈絡の無い痛みを思い出し聞く。
『痛みは調整不足の不具合かなんかじゃないですか? さっきの全身の痛さはぶつけたとかじゃないですし』
『あれは恐らくですが、身体を女性に造り替える過程の痛みかと。男性と女性は骨格から違う……らしいですし、現実だとああなるのかもしれません』
説得力のある言葉に黙るしかないピメントに、更に説明を続けるモモンガ。
『それと、アルベドとの会話が成立した事もそうですが、アルベドとピメントさんが話す時に言葉に合わせて口が動いてました』
そう〈伝言〉で言うと髑髏が顎をカクカクと動かす。
『これらをユグドラシル全体で再現しようとしたら膨大な処理能力が必要になりますよ。それこそNPC数体でサーバーがパンクします』
モモンガの説明に矛盾は見当たらない。寧ろ、これが現実だとしたら己の身に起こったこと全てに説明がつき、納得できた。
『本当に……現実? ゲームが現実になった? いや、異世界転移……どっちだ?』
『ピメントさん? とにかく、他に情報を……』
「モモンガさん、手貸して。アルベド、側にき……来い」
「なんですか?」
「はっ」
ピメントの要望に、手を出すモモンガと階段を上がり側に控えるアルベド。
「んじゃ、手を……あたっ!? これ……負の接触食らったみたい」
「えっ!? 同士討ち禁止が解除されている? どうすれば……」
モモンガの会得していた常時発動型の能力、触れた相手に負のダメージを与える《負の接触》の切り方に悩み――唐突に悟る。
眩しければ瞼を閉じる、自然で当たり前な行為の如く能力を解除し、改めて手を差し出す。
「もう大丈夫ですよ」
差し出されたを指先でつつき、痛みがないのを確認したピメントは、その手首をがっしりと掴むと「ちょいと失礼」そう言って骨の掌をアルベドの豊満な胸に押し当てた。
「なぁっ!?」
「ふわぁ……あ……」
慌てて手を引っ込めようとするモモンガだが、Lv95とはいえ前衛職で固め種族も武闘派なピメントの力に、後衛職で固めスケルトン主体の種族なモモンガでは抗えず、僅かに手を揺らすだけになった。
「BANされないな。ゲームが現実になった、と言うならGMは生きてそうだし、異世界に跳んだって方が正しいか?」
「ピメントさん!? 手ぇっ! 手を! 柔らかい!?」
「あぁっ……あふ……そんなっ……あっ」
ユグドラシルは十八禁どころか十五禁な行為でもアカウントが停止させられる可能性が高く、NPC相手でも女性の胸を揉みしだいたりしたらBAN一直線だ。
ならばこれは? と、思考の海に潜ったピメントには、モモンガの訴えもアルベドの痴態も届かない。階段下からは。
「ピメント様、ぱねぇす!」
「アルベド様が羨ましいわ」
「ア、アルベド様があの様な!」
「羨ましいですわぁ」
「大胆」
「シズにはまだ早いです」
「お静かに。御方々の前ですよ」
などと騒いでいるが、それも蚊帳の外である。
「異世界に跳んだとしても、身体はユグドラシルのアバターのままだし、精神だけ? だとしたら時間のがいフボァ!?」
一人思考の海を行くピメントの脳天に、今宵三度目の贅沢な攻撃が直撃して現実に浮上させると同時、その手を放させる。
浮上した思考とは逆に、物理的に沈んだ頭を両手で押さえたピメントは涙目で抗議する。
「ヤバいですってモモンガさん! 現実だとそれ、シャレにならないくらい痛い!」
「あ、すみません、つい。……じゃなくて、なにをやらせるんですか! って、胸!」
頭を両手で押さえたまま立ち上がったせいで、身体に乗っけていただけの布が落ちて胸を露にする。
「あ、そうだった」と呟き落ちた布を拾い身体に巻いて結び止めたピメントに、改めて抗議するモモンガ。
「で、なんだったんですか、さっきのは! いえ、確かめたい事は分かりましたが……その、自分のを自分で触ればいいじゃないですか」
「いやー、それだと弱いかなって。で、俺のをモモンガさんに触らせても良かったんですが、ここが現実になってたら、ねぇ?」
チラッ、と動いた視線を追ったモモンガの目に、息を荒げたアルベドの姿が映る。確かに設定上で『愛している』と自ら書いた女性の前で、他の女性……女性体?の胸を揉むのは憚られる。そう考えたモモンガの視線の先で、息を整えたアルベドが顔を上げて視線がぶつかる。
「ア、アルベド。すまなかったな。ピメントさんのせいとは言え」
「ここで私は初夜を迎えるのですね?」
「……え? しょや?」
モモンガは聞こえた内容が一瞬理解できずに言葉を反芻する。
「人が見ている前で初めてを迎えるのは恥ずかしくも思いますが。結ばれたのを確認するというのは、高貴な者の婚姻では当たり前とも聞き及んでおります! ですのでモモンガ様と結ばれる以上、覚悟は出来ております!」
「そうなんだーえらいひともたいへんだなー」と、変な関心をしていたモモンガだが、目前に迫ったアルベドから芳しい香りがして、それが現実逃避しかけた思考を目の前の問題に戻してくれた。
「よせ、よすのだ。アルベド! 今はそういう事をしている時間は無い」
「も、申し訳ありません! 何らかの緊急事態だというのに、夫婦の私事を優先させてしまい」
ばっと飛びのくと、アルベドはひれ伏そうとするが、モモンガがそれを手で抑える。
「夫婦って…… よい。諸悪の根源は……ピメントにある。お前の全てを許そう、アルベド。それよりはお前に命じたいことがあるのだが、一旦そこに控えていろ」
「はっ。畏まりました」
途中で「え? 俺?」といった声が聞こえた気もするが無視して、指示を出す為に部下である筈のNPCを呼ぶ。
「――セバスよ」
「はっ!」
上げていた頭を一度下げてから再び上げた顔に浮かぶ表情は、真剣そのもの。
アルベドとのやり取りでNPCが自分達に忠誠心を持っていると、確信は出来ずとも確認したモモンガは、情報を集める為にセバスへナザリック周辺一キロの偵察と知的生物との交渉を命じた。念のためにプレアデスから一人付けるのも忘れない。
この命令で本拠地から出られない筈のNPCが外に出られるのかも判明する、一石二鳥の命令に自画自賛するモモンガは次の指示を出す。
「プレアデスは、セバスについていく一人を除き、他の者たちは九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に……いや、一人はピメントさんについて着替えを――」
「あ、俺なら大丈夫。部屋にペパロニ居るし、女物の服もクローゼットから借ります」
「そうでしたね。ならば、先ほどの通りに残りは九階層で警戒と異常がないか調べよ。では、直ちに行動するのだ」
「畏まりました、モモンガ様! 直ちに行動を開始致します!」
揃った声が響き、セバスとプレアデスはモモンガに跪拝すると、一斉に立ち上がり玉座の間を出ていった。それを見やったモモンガは、側に控えるアルベドに命令する。
「アルベドよ。ガルガンチュアとヴィクティムを除く各階層の守護者に連絡を取れ。六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えよ。時間は……そうだな」
モモンガは隣で視線を床に落とし何かを考えている様子のピメントを見る。モモンガの視線に気付く事もなく考えに没頭するピメントと話す時間が必要と考え、時間を指定する。
「今から一時間半、いや二時間後。それとアウラとマーレには私から伝えるので必要はない。ピメントさんの事も皆には私から話すので伝えるな」
命令を受け、内容を復唱したアルベドが行動に移し玉座の間を出たのを確認したところで、モモンガはピメントに話し掛けた。
「ピメントさん、さっきから何か考え込んでいるみたいですが、大丈夫ですか? 唐突で突飛な事で悩まれるのは仕方ないですが……」
「モモンガさん」
視線を床から上げたピメントの真面目な表情は――モモンガが男である為にそう感じただけなのか――女性になった事で美しさが増した気がして、ドキリとさせる。
「ど、どうしました?」
思わず吃ったモモンガに、ピメントは表情を崩さず告げる。
「俺は、帰りたい。帰らなきゃいけない。それがモモンガさんやナザリックを置き去りにする事になっても」
実家は九州南部の離島なのですが、今現在で日中は25℃くらいあるらしい(・ω・;)
寒暖差で死ぬかも(笑)
小説はようやく異世界に来れてしまいました。ここからが本番……ですが、話のテンポは上がらないかも……(´・ω・`)