君と俺と私の名前 ~YOUR NAME is ULTRA〜   作:ドンフライ

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4.その名は未来

「よう、瀧!」

「よ、よう……」

 

 立花瀧は、数年ぶりに高校生として自身の母校に足を踏み入れていた。ごく普通に父と言葉を交わし、ごく普通に足を進め、そして懐かしい気持ちを抑えて普通の学校生活を味わおうと考えていた。だが、残念ながらその余韻を味わうだけの時間は彼に残されていなかった。

 

「昨日のニュース見たか?またウルトラマンエックスが大活躍してたよなー!」

「え、エック……あ、ああそうだな!」

 

 ごく自然に、友人の高木真太の口から昨日日本中に放送されていた荒唐無稽な映像……ガボラとかいう怪獣がウルトラマンに退治されると言う光景の感想が、興奮交じりに出てきたからである。しかも、何とか話を合わせようとする瀧の態度に高木は違和感を覚えていた。もっと乗り気でウルトラマンやXioの活躍を語ってくれるはずなのに、と。

 

(な、なんだよこれ……俺がウルトラマンを熱く語ってた?そんな馬鹿な……)

 

 確かに、たまにネットのSNSサイトの検索でウルトラマン絡みの事柄が上位に躍り出る事はしばしばある。だが、毎日学校生活やバイト、そしてまだ姿形も知らなかった想い人のことばかり考えていた瀧にはごく普通の、特に気にしない事柄にしか過ぎなかった。そもそもウルトラマンなんて子供っぽいジャンルは、高校に上がる前には卒業していたはずだ。

 

「あ、やべ、こんな時間だ!おい瀧、席に着くぜ!」

「お、おう……」

 

 一体何がどうなっているのか、俺や三葉がおかしいのか、世界そのものが俺たちを嘲笑っているのか――もう彼には、二度と味わえないと思っていた過去を楽しむと言う選択肢は残されていなかった。そして、昔のようにダラダラしながらも授業を受ける、と言う選択肢も。

 

 先生に促され、クラスメイトに心配されながら保健室に向かうところを最後に、一旦瀧の記憶は途絶えた。

 

~~~~~~~~~~

 

 瀧は、夢を見ていた。

 

 あの日、三葉と「2度目」の再会をしたあの場所に、彼は立っていた。

 しかし、彼の目に映っていたのは三葉でも、緑が続く美しい風景でも、「カタワレ時」の空でもなかった。

 どこまでも広がる、不気味に赤く輝く空。どこまでも続く、草も水も存在しない荒れ果てた大地。

 

 彼は叫んだ。大事な者の名前を、何度でも何度でも。しかし、その声は突然彼の目の前に現れた、全く知らない存在によって遮られた。

 漆黒の体に包まれた、龍を纏う人間のようなその姿は、紛れもなく悪魔そのものだった。

 

 そうだ、この世界は皆、あの存在に滅ぼされたんだ。父さんも親友も、先輩も、そしてあいつも。

 もうじき俺も消え去るんだ。いや、もうそうしてくれ、あいつのいない世界なんてもういらない、だから――。

 

 

「……諦めるな!!」

 

 

 ――誰かがそう瀧に語った。

 誰だかは分からない、だけどその姿は、まるで未来へ輝く希望、「ムスビ」そのものだった。

 

 彼は、あの存在の名を思い出した。

 忘れるわけがない、いや、忘れてはならない、あの名前を。

 

 その名は――!

 

~~~~~~~~~~

 

「……はっ!」

 

 ――気づいた時、瀧の体は保健室のベッドの中にあった。汗だくになっていたその体が、次第に忘れようとしていく悪夢がどれほど恐ろしいものだったのかを物語っていた。そんな夢を見てしまうという事は、それだけストレスで体が疲れていることの証拠なのかもしれない、と言う彼の予想を裏付けるかのように、保健室の先生は休日のバイトもできれば休み、明日の休日はゆっくり過ごすべきだ、とアドバイスをしてくれた。

 

「そ、そうですね……ありがとうございます」

 

 とはいえ、大変なバイトでもちょっとした癒しがないわけでは無かった。彼の知っている三葉とも少しづつ仲が良くなっている頼もしい先輩が、あの場所で働いているからだ。

 取り敢えず今日は三葉と会話してぐっすり寝て明日に備えよう、と扉を開けた時だった。

 

「大丈夫かい?」

 

 そこにいたのは、本来の瀧の姿のようにスーツを着込み、優しそうな顔を向けてくる1人のイケメンだった。その顔を見て、彼はつい困惑してしまった。当然だろう、彼の学校にこんなイケメンがいた事なんて覚えていないからだ。つい呆然としたまま突っ立ってしまった彼に向けて、そのイケメンは柔らかい声で話しかけた。

 

「立花瀧くん、だったね?」

「あ、は、はい……」

 

「良かった、間違えていなかった。僕の名前は、日比野未来。君のクラスの教育実習に来たんだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、突然彼の頭の中で早回しに映像が流れた。ほんの僅かな期間だけ、この学校の中で様々な事を学んでいった、やけに爽やかなイケメン実習生が間違いなくいた、と言う内容の映像が。

 

「あ、あ……日比野先生!」

「だ、大丈夫だよ……体の様子は大丈夫かい?保健室に行ったと聞いて……」

「何とか大丈夫です……今日はゆっくり休みますよ」

 

 それが良い、元気に過ごすのが一番だから、と日比野先生は瀧を励ました。その様子を見ているうち、瀧はこの先生についての様々な事を思い出していた。よく生徒たちに声をかけたり相談に乗ったり、忙しい時でも真摯に話を聞いてくれたりと、まさに理想の先生になろうと頑張っていた人である、と言う事を。

そして、それに加えて――。

 

「良かった、それじゃまた……って、あ……」

「どうしたんすか?」

「た、瀧くん……悪いけど、理科室まで案内してくれないかな……」

 

 ――やけに天然ボケなところが目立つ、変な先生であった事も。


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