君と俺と私の名前 ~YOUR NAME is ULTRA〜   作:ドンフライ

35 / 36
35.カタワレ時の追想

「……ん……?」

 

 意識を取り戻した時、立花瀧は見覚えのある場所に立っていた。太陽が沈み始め、少しづつ夜へ向かい始める空――彼が最も大事に思う者の故郷の方言で『カタワレ時』とも呼ばれる時間に包まれた、緑豊かな森を抜けた先にある糸守神社の御神体がある窪んだ大地の縁である。ずっと大都会の中で暮らし、自宅で普通に眠りについた自分の体が何故再びこの場所に移動したのか、と考えた時、瀧は自らの体の異変にも気づくことが出来た。寝巻で眠ったはずの自らの服装が、『あの日』に再会した制服へと変わっていたのである。

 

 一体どういう事なのだろうか、ぼんやりした頭を必死に何とかしようとしていた彼の頭を一瞬で覚まさせたのは――。

 

 

「……これ、前の『夢』の続きやね……」

 

 

 ――いつの間にか彼の隣に立っていた最愛の人、宮水三葉であった。そして、彼女の一言で瀧は瞬時に自分が置かれた環境がどうなっているのかを思い出す事が出来た。

 何故ここが『夢』の中だとわかるのか、その証拠はいくつもあった。高校生の体である瀧は勿論、大学生のはずの三葉までもが彼と同じ年代の服装に制服姿になっている事。以前も『夢』の中で、2人の元の世界では彗星のせいで、こちらの宇宙では怪獣のせいで立ち入ることが出来なくなっている三葉の故郷に足を踏み入れている事。そして――。

 

 

「……そのようだな、三葉……」

 

 

 ――彼女に繋がれてきた宮水家の血や名前を持つ者が代々守り続けていたこの場所が、抉り取られた大地や踏み潰された緑など見るも無残な姿を晒し続けている事である。

 起きている間、毎日のように様々なイベントが押し寄せ続けるせいでこの事態のことをすっかり忘れてしまう2人であったが、不思議な事にこうやって現場を目の当たりにすると、以前見た中身をすぐに思い出してしまう。だが、今はその不可解な現象の理由を探るよりも、目の前に広がる信じがたい事態の理由を探るのが先だ、と瀧も三葉も考えていた。幸いにもここが『夢』だと自覚するのが早かったお陰なのか、急な崖もすぐに降りる事が出来た2人は、そのまま崩れ落ちた崖の方向へと歩き出した。

 

「……瀧くん……前の夢の最後、覚えてる?」

「ああ……誰だかわからない男の人が、俺たちに謝っていたよな……」

 

 この悲惨な現場を知る直前、2人は元の世界の自分たち――社会人として日々の暮らしを過ごしているはずの自分たちより一回り年齢が低めの青年が、白衣を泥まみれにしながら涙を流し、ずっと謝り続けているのを目撃していた。俺のせいだ、俺が未熟だったせいでこんな事になってしまった、とまるで自分がこの事態を引き起こしたと言わんばかりに、ずっと泣いていたのである。

 あの見知らぬ青年は、どうしてそこまで自分自身を追い詰めているように泣いていたのだろうか。そもそも、どうして突然そのような人物が、瀧と三葉だけの『夢』の世界に現れたのだろうか。悩んでも考えても、2人には全く答えが出なかった。だが1つだけ、確信を持てる事があった。

 

 

「……私、あの人は悪人やないって思うんよ……」

「正直、俺もだ……絶対あの人がこんな事をするなんて考えられない」

 

 

 その理由を確かめるべく、あの人の行方を探しながら現場へ向かおうとしていた、その時だった。突然三葉がその足を止め、前方を見つめ始めたのである。何があったのか尋ねようとした瀧もまた、全く同じ表情となった。

 

 

「……ねえ、あれ……」

「……誰だ?」

 

 

 2人が向かおうとしていた崩落現場の傍に、三葉は勿論瀧も見た事がない、あの青年とは別の誰かがじっと立ちながらその方向を見上げ続けていたのである。どちらかと言うと痩せ型の理系と言う風貌だったあの青年とは対照的に、そこにいた男性は短めの髪にいかにも筋肉質そうな体格を持ち、服装も白衣ではなくまるでどこかの地球防衛組織を思わせるような、灰色やオレンジ色で構成された派手な色彩を持っていたのである。

 

 夢の中で突然見知らぬ誰かが現れた時どうすれば良いか、2人はしばし互いの顔を眺め合った後、意を決してその男の方へと向かった。

 

 

「あ、あの……」

 

 どちら様ですか、とつい恐縮した言葉を出しかけた『誰か』の様子に気づいたその男は、傍に寄ってきた高校生たちを見下ろした。そして一瞬驚いたような2人を安心させるかのように、どこか自信に満ちた笑顔を見せた。

 

「……安心しな。俺は別に、悪い事をしに来たんじゃねえよ」

 

 ただ、目の前で起きたこの『ボロボロの心』を見舞いに来ただけだ――体育系の風貌の男はそう言いながら、崩落した現場をどこか哀れげな瞳で見つめた。何かを秘めているようなその行動に不思議な感覚を覚えた瀧や三葉は、もう一度目を合わせた後、同時に尋ねた。糸守神社の御神体に起きたこの出来事について、何か知っているのか、と。

 

 

「……知っていると言うか、感じてるって奴だ」

「感じてる……?」

 

「ああ、こいつはすげえ悔やんでるってな。なんて下手くそな戦いをしちまったんだ、周りも見ずに戦って、何も守れないまま終わっちまったのか、って」

 

「……」

 

 

 まるで昔の俺が見た光景がもう一度繰り返されているようだ、しかも誰にもその思いを告げられないまま――そう呟きながら、何かを思い返そうとしている不思議な男性に、次第に瀧も三葉も興味を持ち始めた。なぜ突然自分たちの夢の中に現れたのか、その疑問も解決できる可能性があると言う考えもその理由だったかもしれない。

 貴方はいったい誰なのか、もっと詳しい事を教えてほしい――不安を克服した心を言葉に乗せた2人の勇気ある者の様子を見た男性は、まるで後輩の活躍を嬉しそうに眺める先輩のような表情を見せながら、自らの身の上話を語り始めた。彼自身に加え、その人生に影響を与えたという出来事について。

 

~~~~~~~~~~~

 

「最初は最悪の出会いだった。地球を守れなかった俺たちの前で、『あいつ』は滅茶苦茶な事をしやがったんだ……」

「あの、もしかして防衛隊か何かの人……ですか?」

 

「お嬢ちゃん、なかなか鋭いな。そう、俺は防衛隊の隊長だった事がある」

「え!?」

 

 Xioとは明らかに違う制服ながらもそのような凄い人が突然夢の中に現れたと言う事実に、少年時代の興奮する表情を見せかけた瀧であったが、そんな彼を止めるように『隊長』であった男性は言った。まだその頃は、地球や人々すら碌に守れない1人の『ちっぽけな星』でしかなかった、と。それは彼だけではなく、『あいつ』を含めて地球を守るため共に戦ってくれた仲間たちもそうだった、と彼はどこか懐かしそうに滝や三葉に語った。

 

「俺は何もできずに先々代の隊長を『失う』、『あいつ』は町を盾にする、他の連中も喧嘩したりビビったり……あの時は、何を守るとかじゃなくて、とにかく目の前の平和を守るしかなかったんだ……」

 

 彼の言葉からは、意思疎通もままないままただひたすら平和を守るために懸命に奮闘し続ける、新米たちが集まったような防衛組織の様子がまざまざと感じられた。突然世界の命運を任せられ、何をすれば良いか分からないまま、それでも前に向かなければならない『防人』の厳しさが、かつての彼にとっては重圧であり、そして懸命に進み続けるための燃料であった過酷な現場に、瀧も三葉も何も言葉を返す事が出来ず、ただ静かにその言葉を聞き続けるのみであった。

 

 しかし、彼の語る思い出話には、次第に光明が差し込み始めた。

 

「それでも、俺たちは諦めなかった。少しづつ、大事なことを見つけ始めたんだ。地球や宇宙だって当然大事だ。防衛組織として絶対に守り抜かなきゃならねえ、失敗なんて許されない。でも、それを守るんなら、まず最初に……」

 

 傍にいる仲間との友情を守らなければならない。その事に気づき始めた時から、自分たちの戦いは大きく変わり始めた――男の言葉が、瀧と三葉にはっとした表情を作り出した。まるで自分たちが経験した『過去』――単に自分の体を勝手に乗っ取り好き勝手にする別の誰かではなく、思い出を共有し続ける不思議な存在なのかもしれない、と互いを意識し始めた時こそが、立花瀧と宮水三葉、それぞれの過去や未来を守るための『戦い』の始まりだったのだから。

 

 

「……それで、どうなったんですか?」

「地球は、守れたんですか!?」

 

 様々な困難を経ながら、自分たちはこうやって互いに同じ夢を共有し合う所にまでたどり着いた。ならばこの男性が辿った過去はどうなったのか――心配する2人の前に、男性は自信満々な笑みを見せ、小さくVサインを作った。

 

「地球がぶっ壊されてたら、俺はこんな所にいねえ。安心しな、2人とも」

 

 

 その言葉には、何度も何度も厳しい戦いを潜り抜けながら戦友たちとの信頼を深め、やがて地球の命運を背負うまでに成長した、1人の防人の厳しくも頼もしい信念が宿っていた。

 ほっと肩をなで下ろす瀧であったが、三葉にはどうしても気になる言葉があった。思い出話の最初にこの男性は、ずっと前の『隊長』を最初の戦いで『失った』と告げていたのである。男が語る不思議な話と自分たちが経験した過去に不思議な共通点を見出し続けていた彼女には、その言葉が引っ掛かった。何故『命』と言う言葉を前もってつけなかったのだろうか、と。

 

 まるで重箱の隅をつつくような質問であったが、その問いを聞いた男性は、頼もしい笑みから何かを懐かしむような、そして少し寂しげな顔へと変わった。

 

 

「……そうだな。その事は、2人に語っておいた方が良いかもしれない。俺の前の前の隊長……俺がずっと越えられなった壁、『セリザワ隊長』さ」

 

 

 その表情の理由は、もう2度と会うことができないだろう人だ、という言葉が物語っていた……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。