君と俺と私の名前 ~YOUR NAME is ULTRA〜   作:ドンフライ

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32.ストップ・ザ・スマイル

 大都会の緑豊かな川辺に奇妙な穴が開き、そこから聞こえる笑い声のような音と共に、人々が興味を示す場所になっている――そんな休日のニュースがテレビから流れるのを眺めつつ、未だ帰ることが出来ない故郷から離れ、この大都会に移り住んだ宮水家の朝食は進んでいた。ただし――。

 

「ど、どうしたのかな四葉……」

「うーむ……やっぱりお姉ちゃん、また宇宙人になっとる……」

 

 ――朝からじっと姉の方を見ている四葉を除いて。

 

 あの日――宮水三葉とその秘密の恋人である立花瀧がXioやウルトラマンの真実に触れた日、1日以上家に帰れない状態が続いてしまった事もあり、Xio側から直々に各地の家庭に2人が悪の宇宙人に憑依されその検査を受けなくてはならない、と言う公式の『言い訳』を実行してくれた。怪獣や宇宙人が平気で存在し、彼らとの対峙の最前線にXioの勇敢な面々がいるからこそ出来る、非常に大掛かりな情報隠蔽であった。

 

 ただ、その影響が宮水家で思わぬ形で出てしまった。

 あの時、自分たちの現状を知ったりウルトラマンに興奮する事だけで精一杯だった瀧と三葉は、この宇宙に迷い込んで以降、数年ぶりに『体が入れ替わる』という奇妙な現象が再開した事を告げられなかった。そのせいかどうか、件の言い訳と合わせて三葉の妹である宮水四葉は、『立花瀧』と入れ替わった姉を、宇宙人が宿っていた時の行動がそのまま焼き付いてるか、宇宙人がまだ退治されていないと勝手に解釈してしまったのである。

 

「違うって、私は宮水三葉、地球人だってばー」

「その三葉お姉ちゃんの妹の目は誤魔化せんよ、またおっぱい揉んどったんし!おっぱい星人やろ!」

「え、い、いやその……」

 

 別の宇宙から来たとはいえ一応生まれは地球人である立花瀧は何とか否定しようとしたが、最早言い逃れは不可能であった。健康的なごく普通の男性の意識を持つ彼としては、どうしても想いの人が持つ柔らかい器官を触りたくなってしまうのだ。気持ちを落ち着かせるためだ、と自分の中では色々と言い訳をしていたが、最近は三葉からも注意をされなくなった辺り、完全にその真意を見抜かれ呆れられているかもしれない、と瀧は考えていた。

 

「おばあちゃんもそう思うやね?」

「まあ、他所の人でも悪い事をしないんならええ。ゆっくりしていき」

「そ、そんなぁ!」

 

 興奮気味の彼女を宥めるかのように、三葉のおばあちゃんは普段通りの優しくも達観した口調で孫娘のような誰かの味方をしてくれた。言葉に出すと色々話がこじれそうだと考え、こっそり瀧が心の中で礼を言おうとした時、突然四葉が立ち上がり、自身の姉の方を向いて言った。こうなったら、不思議な現象のプロフェッショナルに姉の真相を暴いてもらう、と。

 

「え、え……?」

「四葉、食べてる時に急に立ち上がったらいかんよ」

「ご、ごめんおばあちゃん……でも今日は予定が無いんやろ?だったら付き合ってもらうよ、『宇宙人』!」

 

 思い立つと押しがとことん強くなる辺り、やはり四葉は三葉の妹だ、と思い、『宇宙人』はため息をつくのだった。そして、ほんの少しだけ不安になった。これだけ自信満々に言われてしまうと、一体誰の元に向かわされるのか、つい見当がつかなくなってしまうのである。

 ただ、幸いその心配は杞憂に終わった。準備を整えて家を飛び出し、電車に乗って向かうまでの景色を、瀧は以前しっかりと目に焼き付けていたからである。

 

 そして目的地に着くや否や、四葉は事前に連絡を入れておいた『プロフェッショナル』――。

 

「ほー、三葉が宇宙人……」

「言われてみれば、そう見えるような、見えないような……」

「う……」

 

 ――四葉が知る中で一番こういう話に詳しそうな三葉の親友、テッシーさんこと勅使河原克彦と、その幼馴染兼恋人であるサヤちんさんこと名取早耶香に、姉が直面しているらしい出来事を説明した。元から様々なオカルトや、それに纏わる怪獣・宇宙人などの知識が豊富なテッシーたちなら、この事態を解決できそうだと確信したからである。

 

 親友が奇妙な事態に巻き込まれている事に対して、恐怖以上に興味を抱いている事を存分に示すテッシーやサヤちんの視線を受け、つい瀧も三葉のように縮こまってしまった。確かに、元の宇宙で様々な奇跡を体験した彼の記憶の中でも、テッシーとサヤちんの2人は三葉の体に宿った自分に恐怖ではなく興味の反応を示し、上手く誤魔化せたのもあったがすぐに打ち解ける事が出来た。だが、ここまでじっくりと見定められるような事態は初めてだったのである。

 ただ、そのテッシーは四葉の方を向き、本当に宇宙人なのかどうか見た目からだと判断がつかない、と意外な反応を示した。それもそうだろう、今の三葉は『心』だけ別人なのだから。

 

「え、どうしてですか!?だって朝からお姉ちゃん、たまに変になるのに!」

「変になる?三葉が?」

「おお、そういう証言があるんやな……で、どんなん?」

 

 ところがその直後、瀧は元の世界でも経験したことの無い事態に見舞われた。元の世界と異なり、様々な異常現象がごく普通に起きるからこそ、はっきりと毎朝宮水三葉がやっている行動を口にしてしまったのかもしれない。それを口にした途端、言った本人も含めて女性陣は一瞬で顔を真っ赤にし、瀧は吹き出し――。

 

「な、な、なんつー羨まし……いやスケベな宇宙人じゃ!」

「テッシーのアホ!ドスケベ!!」

「いでででで……ひ、否定したやろ!」

 

 ――ついにやけてしまったテッシーは、隣の恋人からどやされる事態にまで陥ったのだった。

 

 事態が収拾するまでの状況を眺めながら、瀧は改めて自分が全く違う宇宙にやって来てしまった事を痛感した。元の宇宙とは比べものにならないほど、ある意味こういう事態に対しての人々の順応性は増していたのだから。しかし、何とか矛先を変えないと話が進まない、と考え、彼は三葉の口を借りながら慌てて告げた。どうしてサヤちんとテッシーが同じ家の中にいるのか、と。

 

 幸い、その言葉は正解だった。落ち着きを取り戻したサヤちんは、別の家に住む2人がここに揃ったのは自身の恋人であるテッシーが原因だ、と告げ、話題の中心がそちらに移ったのである。この事態が解決した後、都心に突如開いたという『謎の穴』の実地調査を兼ねたデートをするべく、彼は恋人をオカルト関連の書籍や情報満載の自宅のマンションに誘った、という訳だ。今朝のニュースでも取り上げられた話題という事もあり、四葉からの反応も強かった。

 

「でもそこ、今Xioの人たちが調査中だから立ち入り禁止じゃ……」

「いーや、今回こそは神様か妖怪の仕業かもしれん。Xioは科学ばかり頼るから、こっちはオカルトの側面から調査したるって訳や」

「相変わらずそういう時はやる気満々やね……」

 

 そう言って呆れつつも、サヤちんの顔はどこか嬉しそうであった。何かに夢中になる恋人の姿を見るというのは確かに良い気分かもしれない、とつい瀧も現在体を借りている恋人の事を思った、その時だった。

 

「……あれ、何か聞こえません?」

 

 四葉の声に促された3人の耳にも、少しづつ奇妙な声が響き始めた。まるで他人を馬鹿にしている人間の笑い声のような、あまり良い気分はしない音色である。だが、真っ先にその『声』に疑問を抱いたのはテッシーであった。この音はあの穴から響いているという声と瓜二つなのである。一体どういう事なのか、と考えたその時だった。突然、付けっぱなしにしていたテレビが緊急速報へと変わったのだ。

そちらに視線を移した4人は、驚愕の表情を見せた。

 

『只今次の地域に緊急避難情報が出されています。案内の人に従い、落ち着いて避難してください!』

 

あの穴から聞こえる笑い声を上げながら、巨大な腹を持つ1頭の怪獣が街中に現れた様子が映し出されていたからである……。


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