君と俺と私の名前 ~YOUR NAME is ULTRA〜   作:ドンフライ

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12.3人の迷子と案内人

「……あ……あの……」

 

 立花瀧は、これまで何度も常識を超えた経験を繰り広げていた。全く知らない他人と入れ替わる、壊滅した町の人々の命を全て救う、何年も思い出せなかった記憶を一瞬で蘇らせる、などの奇跡とも呼べる数多くの経験を。だが、流石に今のような状況は、彼にとって初めてだった。

 

「……」

「……!」

 

 彼の視線の先で、人間の姿と全く異なる存在がビルの隙間に隠れるかのようにうずくまり、こちらをじっと眺めると言う非現実的な光景が展開していたのである。この存在の名は「三面怪人ダダ」、かつて誘拐事件を組織ぐるみで起こしたと言う宇宙人だ。

 話すべきか話さざるべきか、それともXioとやらに通報するべきなのか――瀧の脳内は混乱の極致にあった。着ぐるみでもなければCGでもない、本物の宇宙人が目の前に現れたのだから当然だろう。言葉が通じるかすら分からない相手に一体どう接すれば良いのか、こんな時に三葉ならどうするのだろう、何もわからないまま、彼はじっとダダと眺め合う時間を過ごさざるを得なかった。

 そして、最初に動き出したのは――。

 

「……?」

「ひいっ!!」

 

 ――三面怪人ダダの方だった。あまりに突然の事で肝を潰した瀧はそのまま腰を抜かし、迫り来るダダの前に動けなくなってしまった。ええいままよ、こうなったら好きにしろ、ただし三葉だけは絶対に守り抜いてやる、と変な覚悟まで生まれていた、その時だった。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 彼の耳に飛び込んできたのは、どこか爽やかながらも優しい、聞き覚えのある声だった。

 

「……ひ……日比野……先生……?」

 

 生徒である立花瀧の姿を見て笑顔を見せたのは、彼が通う学校でしばらく教育実習を受けることとなった青年、日比野未来であった。どうしてここに突然先生が現れたのか、さらに訳が分からなくなる瀧の目の前で、さらに予想外の出来事が起きた。日比野先生はそのままダダの方に近づき、互いに何かを話し始めたのである。瀧の耳に入ったその言葉は、日本語でも英語でもない、初めて聞くような不思議な響きであった。

 そして、ようやく彼が立ち上がれるようになった時、日比野先生もダダを支えるようにゆっくりと立ち上がり、何を話したのかを彼を落ち着かせるような優しい口調で説明した。

 

「大丈夫だよ、立花君。悪い宇宙人じゃない、この地球に偶然迷い込んでしまったらしいんだ」

「え……そ、そうだったん……ですか?」

 

 この三面怪人ダダの1人は、何らかの理由で遠く離れた星から地球へ、そしてこの町にうっかり流れ着いてしまい、沢山の地球人に覆われた中でどうする事も出来ず混乱し、そのままビルの隙間で怯えていたところ偶然にも瀧に遭遇してしまった、と言う訳である。

 感謝したかのように頭をさげるその様子には、あの時奥寺先輩が言っていた邪悪な誘拐犯人と同じ種族であるとは全く感じられなかった。そして、その様子を見ているうち、瀧は先ほどまでの自分自身が情けなく思えてきた。見た目だけで怖がり、何も出来ずに怖気付いてしまった結果、自分たちと同じような事態に陥っていた宇宙人を敵視までしてしまうこの有様、ずっと自分を勇気ある人だと信じ続けていた三葉は間違いなく軽蔑するに違いないだろう、と。

 

 そのままXioに保護してもらう、と歩き始めた日比野先生やダダに対し、瀧は意を決して声を出した。

 

「……あの……!」

「「?」」

「その……先程は……すいませんでした……!」

 

 しかし、返ってきたのは意外な反応だった。まるで気にしていないと言うかのように、ダダは優しく瀧に向かって手を振ったのである。その理由は、日比野先生の方が日本語で教えてくれた。あの時瀧がじっと彼を見つめ続けていたお陰で、孤独からの寂しさを少し和らげることが出来た、と――。

 

~~~~~~~~~~

 

『そっか……ダダって言う宇宙人と会ったんやなー』

「ごめん三葉……俺、こんな事やっちまって……」

 

 ――そんな経緯を、帰宅してから瀧は正直に三葉に伝え、謝罪した。つい見た目だけで物事を判断し、怖がってしまった自分への戒めのために。しかし、スマホの向こうから聞こえたのは、優しいお姉さんの声だった。瀧くんはあの宇宙人さんをずっと守っていたし、しっかり謝罪もした。何より、このご時世に悪いことをやってすぐに心から謝れる人なんて貴重な逸材だ、と。

 

『だから心配しないで瀧くん。これもいい経験になったって考えれば大丈夫やからね』

「これも経験……そうだな……ありがとう、三葉。それに、明日は日比野先生にもお礼を言わないとな」

『瀧くん、良い先生に恵まれたねー。お姉さん嬉しいよ』

 

 すっかり年上の姉のように振る舞っている三葉の言葉についにこやかになった瀧だが、次の言葉を聞いた途端、ある記憶を蘇らせてしまった。

 もし明日『入れ替わって』いたら、自分が先生にお礼を言ってあげる、と言う三葉の発言によって。

 

「分かった……ただし、カフェで食い過ぎは勘弁してくれ」

『ぎくっ……え、えへへ……気をつけます……』

 

 そう言いつつ、再びやらかしそうな笑い声を聞きながら、瀧もまた苦笑いをした。しかし、そこには昼間抱いていた少しの怒りは微塵もなかった。このやり取りがスマホを用いた伝言ではなく、こうやって声で通じ合える嬉しさを、たっぷりと噛み締めていたからかもしれない……。

 

『でも瀧くんも胸の揉みすぎは勘弁してくれ、な♪』

「……善処します、三葉さん……」


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