なだらかな緑の丘一面に広がるのは、都市を守るために殉職した学生たちを供養するための白銀の十字架。学生たちの間では、ここは
「君、毎日ここに通っているらしいね……」
そこにはアキラとミソラの姿があった。そして、ミソラの母親が眠る十字架の前まで歩いていく。おおよその場所はミソラの父親の話から導き出していた。
「だから何よっ! っいうか、お父さんから勝手に人のこと聞いたのっ!」
アキラの隣を歩くミソラは、今まで黙っていたことを知られ、自分の秘密に土足で踏み込まれたようで、腹の虫がおさまらなかった。アキラはもちろん、勝手に秘密を教えたミソラの父親も同罪だ。
(悪いやつだと思ってなかったのに……)
ミソラは心底軽蔑していた。
「ねぇ、ミソラ。強さって…なんだと思う?」
アキラにとって軽蔑されようがされまいが関係ない。
「何よっ!」
「回答になってないよ、ミソラ。僕は君が思う強さについて聞いてるんだ」
例のごとくケロッとした様子ではなく、とても真剣な顔をしている。
「そんなの、あんたに話してやる理由なんてないわっ!」
しかし、怒りに身を焦がしているミソラには届かない。
「まぁ、そんなことだろうと思ったよ…。やっぱり君は魔砲剣士をするべきじゃない。ここで魔砲士になることを君の母親に……」
そんな無神経な発言に対してミソラは…。
バシンッ!
ミソラの右手がアキラの頬を強く打った。
「……」
「あんたに、あんたにあたしの何がわかるのよっ!」
ハァーハァーと肩で息をするミソラと、叩かれて当然という顔をしているアキラ。
「実の父親ですら、いなくなった母親のことを覚えてないのよっ! その苦しみが、悲しみがあんたにわかるっ!? 魔砲剣士として必死になって戦った母親の形見の魔砲剣、それがあたしにとってどれだけの勝ちがあるかあんたにわかるっ!?」
「それがミソラにとっての強さか…」
「だったら何よっ!」
「ミソラにはさ、魔剣術の才能がないんだよ。それはわかってるよね?」
「だから何なのよっ! あたしはそれでも魔砲剣士に――――――」
「でもね、努力をしてる人にしか見えない景色ってあるんだよ」
かたくなに否定されると思っていた。だからこそ、その言葉にミソラ困惑する。
だから、アキラにもカナタにも思いの丈を伝えることはなかった。一度も…一度も……。
「ねぇ、ここって
「それは都市に住む人々を守りたいってことでしょ?」
そういって辺り一面の十字架を見渡す。
「そう。忘れてほしくないっていうのもあるかもしれないけど、それ以上に都市に住む仲間を守りたいって。そう思ったから戦えたんだ。それはミソラの母親にも言えること。彼女は魔砲剣士になりたくて
空士になるか、魔砲剣士なるか。間違いなく母親は前者を選んだだろう。空士になるための手段として魔砲剣士になったにすぎないのだ。それでも
「それでも――どちらか片方なんて、そんなの選べない。甘いって、そうみんなに笑われるかもしれないけど、それでもあたしはどっちも欲しい」
それが、ミソラがアキラに示せる覚悟。夢を求めるという、修羅の道を進む覚悟だ。
「だから、あたしはみんなの覚えてないお母さんの分も、その思いも、そして、お母さんのことを忘れないためにも、あたしは魔砲剣士を目指すのっ!」
例えこの言葉がアキラに届かなくても、この想いおがアキラに届かなくてもミソラは決してこの想いを曲げることはないと誓う。それが……
(これがあたしの…ミソラ・ホイットテールの覚悟よっ!)
想いの丈を受け取ったアキラ。大切なものを忘れたくないという、悲痛な叫びと、忘れないために続けるという覚悟を受け取った。
(……彼女の覚悟に、今の僕ができることは……)
「…わかった。だったら、僕とカナタで君が強くなるきっかけをあげる。だから、その想いを貫くと、必死で己を磨くと、今ここで誓ってほしい」
アキラの言葉はミソラの予想に反したものだったようだ。呆けた顔を浮かべるミソラの先には己の意思を示したアキラの横顔が映っていた。
「え…でも、いいの? あんたは、あたしを魔砲士にコンバートさせたかったんじゃ……」
困惑するだろう。秋ほどまであれだけ否定され続けて、急に肯定されたのだ。だが、アキラとしては端からこうなる可能性を見出していた。アキラが打たれてまで試したかったのは、ミソラ自身の口から、己の覚悟について語ってもらうことだ。生半可な覚悟で続けるというのなら無理やりにでもやめさせる気でいた。
(けど、ここまでの覚悟を秘めた想いに気づいたんだ。だったらその想いを尊重するよ)
アキラはミソラにはっきりと面と向かって言葉をぶつける。
「僕は何も努力のベクトルに関しては何も言ってないよ。ただ、
そう言われ、ミソラの肩身は狭くなる。
「ま、君は母親からのウィザードとしての適性も受け継いでいるから、魔砲剣士として強くなれないわけじゃないよ」
その言葉に表情を明るくするミソラ。しかし、アキラの言葉にはまだ続きがあった。
「けど、それは魔砲士よりもずっと険しい道を進むことになるんだ」
「険しい…道…」
「そ。僕らが君に魔砲士を進めたのは君の魔力量と飛行速度を生かして中衛で活躍できるから。魔剣術の才能のない君が剣を握るのは無駄以外の何でもないからね。だから魔砲士を進めたんだ。それはわかるかな?」
「うん。わかる。言いたいことはわかるよ」
普段からは見られない真剣なまなざしに、どうにか肯定の意を示すミソラ。その一言で、アキラは優しい表情を浮かべた。
「だったら、ただ誓うんじゃなくて、君の母親に誓うんだ。母親より、ずっと強い空士になるって。そう誓うんだ。都市の人を死なせないために。自分が死なないために」
「自分が死なないため?」
「そう。君が魔砲剣士を選択するってことは任務中に殉職する可能性が上がるってこと。ほんとなら、死にやすい道を選んでほしくないんだけど。でも、君の魔砲剣に対する想いもよく分かった。だから、僕は君が死なないように、君が一人前の空士になれるように。そしたら僕も君を死なせないことをここで誓うよ。君の重りは半分僕がもらう。だから…自由に飛び立って、そして強くなれ。その想いを捻じ曲げなくていいように、誰にも負けないくらい強くなれ、ミソラ」
アキラは本気だ。そんなの目を見なくても、まとっている雰囲気だけでわかる。
「……あ、あ、あ、あのねっ!」
興奮冷めぬミソラはアキラを見やり、
「――あ、ありがとうっ!」
そう言いながら照れくさそうな笑みを浮かべるミソラは、今までで一番晴れ渡った表情をしていた。