場所は喫茶店裏の再開発地域。近くには50メートル抗呪素材(アンチカーズ)製のドーム壁がある。
鉄骨がむき出しになっていたり、崩壊しかけの建物がある殺風景な場所。
「なんで、あたしが勝てないのよっ!」
屈辱と怒りをごちゃまぜにしたような感情とともに白銀の魔砲剣を振り下ろす防護服(プロテクター)姿のミソラ。しかし、それは虚しく宙を切っているかのようだ。
汗で細く濡れ細った髪が防護服にまとわりつく。
「なんで、あたしが勝てないのよっ!」
(もう何回、この剣を振りぬいたかな? ……いや、考えるだけ無駄ね。よそう。努力した分だけ、必ず報られるから)
しかし、それでも…。
「なんで、あたしが勝てないのよっ!」
雑念は振り払えず、振れば振るほど雑念は募る。
(落ち着け、落ち着け)
自分にそう念じるしかない。これまでに繰り返した数えきれないほどの素振りの数。努力だけなら、ほかの生徒の何倍もしていると自負している。連敗も、模擬戦闘も関係ない。ただひたすら努力するのみ。
「……あたしは諦めないっ!」
自分に才能がないだの、まったく勝てないだの、そんなのは努力を知らない奴のセリフだ。たとえ才能がなくても、まったく勝てなくても、努力しなければ上達しないし、勝つこともできない。
「……こんなに努力しているのに、どうして報われないのよ」
それでも漏れてしまう本音。今にも泣きだしそうになる衝動を必死にこらえ、下唇をかみしめながら鍛錬に励む。必死に抗い続ける意思を示すそれを、わかるものが見れば切なくなるだろう。
「どれだけ頑張っても……ね。今のままじゃダメなんだよ、ミソラ」
アキラも切なく感じることのできる部類の人間だが、その光景を見ながらイライラするというか、虚しくなるというか、何とも言えない怒りや嫉妬、恨みや妬みなどの感情が少しづつ、表に出てくるのがわかる。それはまるで「狂気」とでも言うかのように。
ミソラには致命的に剣術センスがない。皆無に等しい。とにかく大剣を振り回すにはそれを制御するだけの身長が足りない、それでいて反射神経のほうも秀でているとは言えない。身長はアキラの知る振り方で対応できるかもしれないが、反射神経は別だ。毎日、何年続けてもあまり伸びを感じない。言わば先天性の才能である。それが欠如してしまっている。けれど、
(彼女には、生き残れるだけの強さを身に着けてほしい)
とも感じてしまう。
「くっ!」
ミソラがうめき声をあげ魔砲剣を取り落としそうになる。手のマメがつぶれたのだ。その痛みをも消し去るように唇をきつく結び歯を食いしばる。
「あたしは、お母さんの分も負けないっ!」
再び魔砲剣を上段に構え直し、精いっぱい振り下ろす。
(お母さん…かぁ)
ミソラの事情をあらかたミソラの父親から引き出していたアキラは、ミソラが魔砲剣に固執する理由も、気概も、思いも、何もかもを理解している。
「ミソラが魔砲剣士を目指すのは、母親を忘れたくない一心からなんだよ」
ミソラの母親は昔住んでいた浮遊都市では空戦魔導士をしていたそうで、地元では有名な空戦魔導士だったらしい。しかし、ある日出撃したまま帰ってこなくなった。おそらくミソラの母親が殉職した時点で、ウィザードでないミソラの父親は記憶から彼女との思い出や存在したという記憶そのものなくなっていただろうからミソラもうすうす悟って入るだろうと、ミソラの父親は話してくれた。彼女の仲間の空士が送ってくれたのは白銀の魔砲剣。なにを想ってそれをミソラに託したかは知らないが、最後に託したのは魔砲剣。
まだ幼い、自分のことを尊敬している子に渡せば否が応でも空戦魔導士を目指すのはわかり切っているはずだ。 しかし、それでも何かを残そうとした母親の気持ちはアキラにはわからない。
「惨いことをするなぁ」
アキラは思いを外に小さくこぼした。
……ミソラの母親の墓所は、希望の丘(ホープオブヒル)に設けられているそうだ。
「だがな、誰も覚えちゃいない。本質的に父親の俺でさえ、覚えていられなくなった母親の姿を、空戦魔導士を目指すことで、魔砲剣士を目指すことでミソラは追い求めているんだよ」
追い求めるもの、目標、努力、それを理解してもなお、アキラは、いやアキラたちはミソラに魔砲士を進めたことを後悔はしない。けれど、ミソラの想いもよく分かった。
だからミソラはその想いの丈をアキラにぶつけなければならない。そうしなければずっと、今のままで、Fランク小隊のレッテルを貼られたまま、いずれは……。
「やあ、ミソラ」
「な、なんであんたがここに……っ!」
「ちょっとこっちに来てくれないかい?」
嫌々ついて来てくれるミソラとともに、場所を移した。