オレはオレの幸せに会いに行く   作:ほったいもいづんな

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失うのもはないと、ここに墓場を建ててみせろ。


67話 決着は今

 67話

 

 

 

 

 あの時、キリンは焦っていた。

 

(くそっ……こんなに魔力を高めても変化無しかよ……!?)

 

 自分とフェイトの魔力が合わさった魔力に包まれながらキリンは未だ見えてこない『神の領域』に対し焦りを感じていた。 次々と倒れていく仲間、そして絶体絶命のピンチ。 だがキリンはそれを感じとりながらも何もできない歯がゆさで己に対し苛立ちすら感じ始めていた。

 

(もう魔力は……いや、今更数値なんて関係ない。 ここで大事なのはオレが『神の領域』に入れるかどうか……だが!)

 

 今一度拳の残した言葉を思い返す。

『全力を出し、エネルギー尽きるまで全力を維持し続ける。 そうすれば消費した力が神のエネルギーになる』。 そう拳は言っていた。

 そしてそれを取り込む事で『神の領域』に至る……と。

 恐らくは、魔力の全力消費による神のエネルギーへの昇華は問題はないだろう。

 

 だが肝心のその力をキリンの身に取り込むことができなければ意味がない。 この魔力放出に意味がなくなる。

 それは荒ぶるキリンの魔力を必死にリードし支えているフェイトの頑張りの意味すらなくすことだ。

 

(フェイトちゃん……!)

 

 キリンの魔力はただの魔力ではない。 転生者の肉体にさらに転生特典によって特殊な魔力となっているため、キリンは魔力だけで人を傷付けられる。

 フェイトはキリンの魔力波を読み取り上手く同調してはいるものの……すでに両の手や頬に傷ができている。 火傷のような、切り傷のようなそれからは血が流れている。

 恐らくは身体の内部もやられているに違いない。 それでもフェイトは何もいわずにキリンのサポートをしている。

 

 そんなフェイトの姿を見て、命がけの仲間を助けることができなくて、キリンはただただ己の無力さを思い知る。

 

(チクショウ……! こんな力があるってのに……オレってやつは……クソッ……)

 

 その頃にはちょうど空が赤く光っていた。 ローリのあの太陽のような光球が放られた……ちょうど2回目の時であった。

 

(オレってやつは……肝心なところで大切な人を守れねぇってのかよ……! あの時からオレは……オレは……!!)

 

 キリンの魔力が、ついに減少を始めてしまった。

 

 その時であった。

 

 ────どこを見ている。

 

「……え……?」

 

 キリンの視界からフェイトが消えた。 それどころか周囲を覆っていた金色の魔力も、赤く染まっていた空も、仲間たちもいない。

 キリンは真っ白な世界に一人だった。

 

 そんなキリンに、声が届く。

 

 ────全く、人の話の一番大切な部分を忘れおって……

 

 その声は、かつて聞いた時より少し大人びており。

 

 ────大切なのは神の力を取り入れる『器』、すなわち肉体をどうやって『神の力』を取り込めるようにするかだと言ったはずだ。

 

 かつては少年だった『彼』が大人に成長したのだとすぐに理解した。

 

 ────己自身の肉体を、魂を認める。 嘘偽りのない己自身を受け止めて初めて身も心も『生まれたまま』の、『名もない存在』になれる。 そこで初めて昇華されたエネルギーである神の力を取り込めるのだ。

 

 彼の言葉を聞く。 キリンのすぐ真後ろにいるであろう彼の姿を見ようと振り返る。

 

「──だが、お前のその肉体は『都 霧刀』のものでありお前自身のものではない。 故にお前は自分では無理だと心の何処かで思っていた。 だがそんなものはただの妄想だ」

 

 振り返った先には……『大人になった彼』とその背後にそびえ立つ巨大な壁画のような扉。

 その下で彼は笑いながらキリンを諭す。

 

「過去の本来の肉体である村咲 輝凛(お前)も、今の肉体で成長した村咲 輝凛(お前)も、全てを含め『()() ()()()』だ。 だからお前はお前のままでいい。 だからこうして扉の前に立ち……こうしてお前の案内役になれた」

「拳……君……」

「この扉の先が『神の領域』だ。 そしてこれを開くのは過去と現在と未来全てを含めたお前自身がカギだ」

 

 後ろにそびえ立つ扉を親指で指し、背中を押す。

 

「行けよ、親友(とも)よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────扉は開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた……誰ですか……? キリン……って他の人で同じ名前がおるん?」

 

 そう最初に口を開いたのははやてであった。 初めて目にする人物、しかしその答えを口にするのはなのはであった。

 

「キリン君……!」

「おう、銀河ぶっちぎりの超絶怒涛美少女輝凛ちゃんだぜ」

「あの時と同じ……いや、キリン君の元の姿……!」

「……ぇ……!? ほ、ホンマに……!?」

 

 その姿背格好、透き通るような白い髪とは打って変わっての黒。 なのはやフェイト……あの時いた海鳴の住民達だけが知っている村咲 輝凛の本当の姿。

 ご存知の通り、女である。

 

「ホンマやではやてちゃん」

「うわっ! キリン君のエセ関西弁みたいや!」

「あっ! やめて! マジ関西人に言われると辛い!」

「うえぇ……ホンマに女や女やって聞いてはいたけど……クロノ君達も知ってるんやっけ?」

「うん、僕達もそうだしアリサやすずかも」

「うちの母さんも知ってるぞ」

「うわっ、なんか急にまた仲間外れ感あるなぁアイカ」

「そうでごぜーますか?」

「そうやでー」

 

 なんだかいつもの感じだ、そう思っていたはやて。 ふと、肩の力が抜ける。 前のめりになるくらいの脱力感。 それが今、この輝凛の登場により訪れた。 安心と信頼の脱力である。

 

「おっと、そんな事よりもみんなを先に移動させないとな」

 

 ポンと手を叩く輝凛。

 

「そう

 

 相槌を打とうとなのはが口を動かした瞬間。

 

あああだね……………………?」

 

 景色が変わっていた。

 

「あれ……? 今私……あれ?」

 

 周りを見渡さなくても分かる、見知った場所。

 

「ヴァイス君のヘリの中……?」

 

 気が付けばなのはは後方に控えていたヘリの中にへたり込むように座っていた。

 そして目の前には仲間たちの姿と……

 

「ママ!」

「ヴィヴィオ!」

 

 愛する娘の姿。

 ヴィヴィオに抱きつかれ、何とか体制を崩れないように踏ん張りつつもこの一瞬の状況の変化に混乱していた。

 

「ママァ〜……よかったよぉ〜……」

「よしよし。 ……えっと……私さっきまでみんなと頑張ってて……キリン君が来て……そしたらなんでここに……?」

 

 ヴィヴィオを優しく撫でながら頭の中の整理を行う。

 その瞬間。

 

あああ────ちゃんが消え……うおあっ!?」

あああ────アイ?」

 

 はやてとアイカがヘリの中に突如として現れる。

 一瞬の風もなく、しかしヘリのハッチは開いていた。 恐らくはなのはがヘリの中に出現した時点でヘリのハッチが外部から開かれていた。

 

「うおっなのはちゃん! 今キリン君と一緒に消えたなのはちゃんがここにおる!?」

「はやて!」

「はやてちゃん!」

「ヴィータ、シャマル!? ってことはここはヴァイス君のヘリの中ァ!? どうなっとるん!?」

「はわー……」

 

 さらなる混乱。 はやての元に駆け寄るヴィータとシャマル。 アイカは一人何かに関心するかのように口を小さく開いていた。

 そしてすぐにまた……

 

あああ────っているん……ダッ!?」

あああ────リンさん、何をして……えぇっ!?」

 

 クロノとユーノが出現。

 その瞬間、なのはの目には残像のように一瞬だけ二人の後ろ立っていたであろう輝凛の姿を見た。 気がした。

 

「クロノ……ユーノ……!」

「シンゴ! 何が起こっている! あいつはとうとう瞬間移動でも覚えたのか!?」

「さっき消えたなのはやはやてもいる……これは一体……?」

 

 次々とヘリの中に出現する仲間たちに驚きばかりが表出される。 これは一体何なのか? 間違いなく言えることは……輝凛が何かをしているということだ。

 

 そして、あの場にいた最後の一人。

 

あああ────あ、みんな」

「フェイトちゃん!」

 

 フェイトが輝凛にお姫様抱っこされながら出現する。 フェイトは全身傷だらけであり、所々ヤケドの跡も見受けられる。 出血もしているが意識ははっきりとしているようだ。 もちろん抱えているのは輝凛だ。

 

「────うっし! とりまこれでいいかな」

「誰だお前!?」

「お、ヴィータちゃんも大丈夫そうだな。 翔次君も大丈夫そうだし」

「キリン……その姿は……!!」

「……はっ? キリン? こいつが?」

 

 困惑するヴィータやシグナム、ヴィヴィオ。 もちろんあのジェイル・スカリエッティですら女の姿となったキリンと言われれば驚かざるを得ない。

 が、当の輝凛本人はその反応に気にすることなく操縦士であるヴァイスに声をかける。

 

「ごめんヴァイス君、みんなを運んでくるからもうちょっとだけハッチ開けててもらえる?」

「あ、は、はい!」

「んじゃ、近いところからチャチャっと行くから!」

「あ、おい待てお前!」

 

 ヴィータが制止をかける。 が、その一瞬。

 

「──うおっ!?」

「あ、エリオ! キャロ!」

 

 キリンが消え、エリオとキャロが丁寧に置かれていた。

 

 そして次々とナンバーズ達、ルーテシア、アギト、ゼスト達が運び込まれていた。 さらにヴァロッサやシャッハもすでに運ばれている。

 

「いやいや! 早すぎてて意味分からんわ!」

「なぁはやて、あいつが本当にキリン……なのか?」

「んぁ? ……うーん、なのはちゃん達がそう言っているからそうなんやろうけど……」

「本物だ」

「シンゴ君?」

 

 運び込まれてくるメンバーの容態を一人一人確認しながら心悟が答える。

 

「あの姿は間違いなく、僕達が10年前に見たキリン本来の姿だ。 とは言っても見ていたのは短い時間ではあったが……間違いなくキリンだ。 僕らがそう断言しよう」

「そうだとしたら────あっ! シグナム、ザフィーラ!」

 

 説明している間にも人は運び込まれてくる。 遠く離れている者に関しては少しのラグがあるようだが、それでも10秒はかかってないだろう。

 

「──ほい、翔次君! ティアナちゃんパス」

「──うおっ!? お前なぁ!」

 

 戻ってきたキリンからティアナを渡され無事キャッチする。 少し悪態をつこうと思って輝凛を睨むと、輝凛はニシシっといたずらをする子どもみたいに笑っていた。

 

「んじゃ、目覚めるまでそのまま抱いてあげなよ?」

「なっ!? ば、バカか!」

「ニシシ、それじゃああとはリインちゃんとギンガちゃんとスバルちゃんだからよろしこ」

 

 そういってまた消える。 そして数秒後。

 

「ほい! リインちゃんとギンガちゃん!」

「リイン!」

「……ギンガ」

「んじゃ、ラストスバルちゃん行ってくるわ」

 

 はやてと心悟に渡してまた向かう。 恐らくは最後の健闘があったからか、スバルは一番遠い場所に落ちていたのだろう。

 とはいえ、一瞬は一瞬。 誤差のある一瞬の範囲内だ。

 

「──ほい! これで全員いるな!」

 

 時間にしておよそ何秒……? 恐らくは1分もかかっていない。 30秒? 何にしてもこれでローリに撃墜されたメンバーが全員戻ってきたのだ。

 

「……うん。 全員負傷は酷いけど、何とかなるわ。 時間はかかるけど重たい子から順番に治療していけば大丈夫」

「お、ならシャマル先生にお願いしまーす」

「……ん……?」

 

 運び込まれたものは殆どが気を失っているが、スバルだけが一人目を覚ます。 朧げな視界から目に入る輝凛の姿を見たスバルは……

 

「……キリン……さん?」

「お? スバルちゃんは分かるのか! さっすが!」

「だって……キリンの笑い方ですもん……」

「ハハッ! そりゃそうか!」

 

 いつものキリンのように、気持ちのいい笑顔を見せる。 その笑い方は確かに、元の姿に戻っても変わらない。

 

「まぁスバルちゃんはまだ休んでなって」

「はい…………ハイ?」

 

 ここでようやく。 瞼を開けてから20秒。

 スバルはようやく気付く。

 

「キリンさん!!???!?!?」

「……ようやく気付いたんだねスバル」

「いやいやなのはさん! あれ! アレがキリンさんって……えええええ!!?」

 

 疲れも痛みも全て吹っ飛ぶ衝撃。 もう今日は眠れないくらいにはスバルの目が一気に覚める。 そらそうだ。

 

「まぁとにかく……みんな!」

 

 皆に呼びかける。

 

「今からあの黒くてデカいローリをサクッとぶっ飛ばして、ついでにあいつの本体のチップ取ってくるから! そういう感じでよろしこ!」

「キリン君……」

「なのはちゃん……オレ、会えたよ」

「えっ……」

 

 キリンは先程いた白い空間を思い出す。 そこに自分を待ってくれていた親友(とも)の顔を。

 

「拳君が最後にオレのケツを叩いてくれたんだ。 だからオレは『神の領域』に……拳君と同じ扉をくぐれたんだ」

「そっか……そっか」

「流石だろ?」

「流石だね」

 

 なのはだけが知る。 日に二度、思い人に救われていることに。 だが一つだけは自分の胸の内に秘め、今は皆の希望を背負った輝凛を見る。

 

「……キリン、それが……そうなのか? そうなんだな?」

「みたいだぁね」

「……ちっ、こっちが必死こいて追いついたと思ったら先に行かれるとは……無駄に腹立つな」

「そんなこというなよ翔次君。 君だってものすごく強くなったじゃあないか。 『あの時』よりも」

 

『あの時』……とは、拳がこの世界から存在を認識できなくなったあの日。 あの日はまだキリンも翔次も弱いままであった。 最初期と比べても、大きく未熟なままであった。

 

 だからこそ、今の成長が素晴らしいことだと気付いている。 そして翔次の抱く感情が、ネガティブな嫉妬ではなくポジティブな嫉妬に変わっている。 キリンも翔次も、あの日から成長を遂げていた。

 

 だから翔次は、今だけは悔しいと感じながらも元の姿に戻った輝凛にこの戦い全てを委ねる。

 

「……まぁいいだろう。 『神の領域』に至るとはどういうことなのかを見ることができた。 この場はお前に任せる。 ……だがいずれは必ずボクもその『領域』に辿り着いてみせる」

「へへっ、任された!」

 

 そこには友情があった。 かつては互いの怒りをぶつけ合う二人の奇妙な友情が。

 

「……その姿で会うのは二度目だな」

「そうだね……見ろよ見ろよこの美少女フォルム〜」

「言ったはずだ、ボクは醜女しか興味はないと」

「ほー……ほんとぉ?」

「本当さ。 ……それにしても凄まじいな、『神の領域』とやらは」

 

 話題を買えるように心悟がメガネを上げ、その姿について言及する。 その際にチラッと気絶しているギンガの方を見たような気がするのは気のせいにしておいた方がいいであろう。

 

「でがしょ?」

「よもや……僕の能力が干渉できないとはねぇ」

「あ、そうなの? 特に何もしてないんだけどなぁ」

「……強さの次元が違うから、かもしれないねぇ」

「にひひ! まぁ心悟君はあの時とは違って、今回は本当に見ているだけでいいからね。 安心して見ててくれよ」

「あぁ、頼んだよ。 キリン」

 

 いざ外へ……の前にキリンが何かを取り出す。

 

「お前は……どうする? ミョルニル」

『私は置いていってくれ、この先の戦いにはついていけそうにありません』(キリッ)

「ドヤりながら言うセリフじゃあねぇだろ……」

『だって本当についていけないんですもの。 何ですか『神のエネルギー』って……そんなものを変換できる機能はミョルニルちゃんにはありませんよまったく! プンプン!』

「じゃあ置いてくか」(無慈悲)

『そうですけどー! なんかもうちょっとあるでしょー! 最近シリアスばっかでボケられないしボケてもスルーされるの何なんですかー!』

「安心しろ、あとでたっぷりとボケられるゾ」

『それ絶対描写されないやつー!』

「当たり前だよなぁ? ……っと、フェイトちゃん!」

「うん? ……わっ……っと」

 

 久しぶりの漫才をしながら、輝凛はフェイトに向かいミョルニルを投げる。

 

「ミョルニル持っててー」

「あ、うん」

『ちょっとー! 投げる人がどこにいますか! しかもデバイス! マリエル様辺りに怒られますよ!』

 

 ミョルニルをフェイトに預け、ようやく輝凛は行く。

 

「そんじゃあフェイトちゃん……行ってきます」

「行ってらっしゃい、キリン」

 

 フェイトに向かって親指を立てる。 その表情は確固たる意志と覚悟を持った、凛として輝くような、そんな凛々しい表情を見せる。

 受け取るフェイトは優しく、ほんのりと温かさを感じさせるようなほのかな笑顔を見せ、送り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……っと」

 

 再び輝凛の姿が一瞬で消える。 全員は即座にローリの方にモニターを表示させる、するとそこには当然のように輝凛がローリの目の前に立っていた。

 

「悪いな待たせてよ」

『────』

 

 時間にして数分ではあったが、その数分もあればローリであれば何度でも星を破壊しようと試みたはずである。 だがそれはしなかった。

 それはローリのシミュレーションでは、そのような力押しでは必ず輝凛に阻止されると計算したからだ。

 だから打ちのめす必要があると判断し、あえて待っていた。

 

 そして攻撃の準備をすでに完了していた。

 

「むっ」

 

 右手の五指を突き出した。 そしてそれぞれの指先から赤黒いレーザーが発射される。 もちろんこの巨大なローリの指であるからレーザー一つ一つも大きく、貫かれれば腹部の8割を焼却するほどのサイズ。 それを高速で発射しているのだ。

 タダでは済まない。

 

「…………ふっ」

 

 しかし今はキリンではなく輝凛。 次元の違う領域に到達した輝凛にとってこの程度の魔法は牽制にすらならない。

 

「よ、避けた……んだよね?」

「だと思うよ。 ……私でも一瞬キリンがブレるように見えただけで、擦り抜けたようにしか感じなかった……!」

 

 遠巻きからモニター越しとはいえ、フェイトやなのはでさえその動きの一端を感じ取ることしかできない。 それ程までにレベルが違う。

 

「────」

 

 ローリは何を考えているのか……計算しているのか。

 心というデータをゴミ箱に捨てたローリからは何も掴むことはできない。 だがローリは次の攻撃に……打撃を選んだということだけは誰にでも分かった。

 

「────」

 

 繰り出される四肢の高速攻撃。 一つでも食らえばダウン必至の連撃。

 

 だがキリンにとってはそよ風を起こす程度のもの。

 

「ふっ、よっ、ほっ!」

 

 キリンはそれらをしゃがみ、くぐり、大股を開きながら避ける。 無駄のある動きだと誰もが分かる、だがそれで十分に避けられているのも誰が見ても分かる。

 

 そして遂にはその巨拳を右手のみで受け、止める。

 

「と、止めた!」

 

 そして生じる衝撃。 空を揺らすが、キリンだけは揺れない。 決してブレない。

 

「私たちと同じくらいの細腕なのに……倍以上どころか丸太よりも大きいローリの拳を止めた!」

「魔力反応は一切なかった……っていうことはあれがいわゆる神の力? ってやつなのか……!?」

 

 止められた拳を見て誰もが驚き、しかし納得といった様子。 『神の領域』なぞ自分達にとっては未知の異次元。 何が起こってもおかしくはない。

 

「────」

 

 ローリは止められた拳を見て何を思うのか。 思うところがあったとしてもローリは次の攻撃に移るだけである。

 

「お?」

 

 受け止められた拳から無数のワイヤーが飛び出し輝凛に襲いかかり……

 

「──っと。 そうはいかねぇなぁ」

 

 後ろに下がられて避けられる。 しかし距離はあいた。 次なる攻撃を……

 

「それじゃあそろそろオレからいかせてもらうぜ!」

 

 輝凛が仕掛ける。

 

「────」

 

 はずだった。

 

「……え!?」

「キリンさん!?」

 

 輝凛を見ていたなのはとスバルの視界から『輝凛の姿』が消えた。 ローリが何かをしたのか、はたまた違う何かが起こったのか? 一瞬の、瞬きが起こるよりも速く輝凛がいなくなっていた。

 

「ど、どこにいったあいつ!?」

「魔力で探知して……って今のキリン君って魔力反応ないんやっけ!?」

 

 輝凛は一体何処へ? 一番最初に見つけたのはスカリエッティだった。

 

「……あそこだ」

 

 スカリエッティがモニターを指差す。 その先にあるのはローリ……の後方にある小さな点。

 

 この点が輝凛なのだ。

 

「…………イキスギィ!!」

 

 輝凛本人も驚いていた。

 

「ちょっと全力出したらローリを通り抜けたじゃあねぇか! どうなってんだ今のオレェ!?」

 

 急停止し、自分の身体を見ながら自分に突っ込む。 どうやらまだ自分の力を把握しきれていないようだ。

 

「……フェイトちゃん、キリン君の今の動き……」

「ううん、私は全く見えなかった」

「だよね……多分あれか本気を出したスピードだっていうなら……」

「うん。 ……さっきみんなをここに運んだ時のスピードよりも、()()

 

 なのは達を運んでいた時がマックスではなかった。 さらに上があり、そしてその限界は輝凛本人にすら分からない。 もしかすると、『神の領域』にいるもの達はこのレベルなのかもしれない。

 そう考えたなのはは、ますます自分の想い人がとんでもないレベルの存在なのだと実感する。

 

「……なのは」

「なぁにフェイトちゃん?」

「お互い、好きになった人が凄くて……何だか嬉しいね」

「……そうだね、うん」

 

 初めてあった時は自分達と同じ小さな姿であった。

 

「よいしょっとぉ! 悪いなローリ、身体がすっぽ抜けちまってよ」

 

 同じように成長したはず。 だが、今再びローリの前に立ち塞がる輝凛の姿はどうだろうか?

 皆を守るために、自分よりも幾分か大きい敵に怯むことなく立ち向かうその背格好。

 フェイトにとって、実に大きい背中であった。

 

「全力をちょっとだしてあれだから──」

 

 その背が、消える。

 

「──こんなもんか!」

 

 そしてローリの右肩を輝凛の右の拳が打ち砕いていた。

 

「早い!」

「それにたった一撃で……!」

 

 そしてその衝撃が、空を揺らす。 音はしないが、空が鳴動したかのように錯覚してしまうほどの重い衝撃。

 その衝撃に目を覚まし始めるヘリの中の面々。

 

「ん……?」

「なん……今の……?」

「目が覚めたようだねみんな」

「ドクター……? ……ドクター!? 無事なのですか!?」

 

 スカリエッティの姿を見て一気に目が覚めたナンバーズ達。 それはそうだろう。 何せ自分達がやられたら後はもう何とかなったかどうにもならなかったか、その二択しかない。

 その二択のうち、可能性の低い方である『何とかなった』方に事が運んでいるのだ。 驚いて仕方ない。

 

「見てごらん……といっても見えるかどうかは分からないけどね」

「……?」

 

 ナンバーズ達がモニターを覗く。

 そこには見えない動きでローリの四肢を破壊していく輝凛の姿。 引き締まっているとはいえ細い腕、対してローリの腕は丸太よりも太いサイズ。 だのにローリの四肢だけが破壊され、輝凛の拳のみが破壊力を表現していた。

 

「ローリがやられてる……!?」

「ドクター、この女は一体……!?」

「ふふふ、この女は君たちもよく知る……ムラサキ・キリンさ」

「……ドクター? こんな時に冗談は面白くありませんわよ?」

「ドクター……大真面目……答えて……」

「ふふっ、そうなるのも仕方ない。 何せ私自身も自分の目で見て未だに全てを理解できていないのだからね」

 

 ナンバーズ達には、今ローリを破壊している女が誰なのか不明であり、スカリエッティの説明を聞いても半信半疑というレベル以上に困惑している。

 だが目覚めた彼女達にさえ、一目で分かる戦闘力の次元の差。 確実にローリを破壊できる戦闘力を持っていると理解(わか)る。

 

「────」

 

 ローリは破壊された四肢を再生しようと空中で部品の接続を試みる。 一刻も早く再生しなければ、あっという間に自分の身体が破壊され尽くしてしまう。

 だが、輝凛はそれを見逃したりはしない。

 

「させるかよ!」

 

 輝凛は両手を前に突き出し、手のひらから膜のような白いエネルギーを放出してローリを包み込む。 いや、拘束する。

 

「な、何だあの魔法は!?」

「いや魔法じゃあない、別のエネルギーだ! それにあんな不定形の魔法……どうやってんだあれ!」

 

 古代ベルカに通づるシグナム達ヴォルケンリッターですら見たことのない拘束方法。 白いエネルギーがローリを包み圧縮し動けなくして再生を阻止しているのだ。

 ユーノやクロノですらその発想を持ち合わせていない不定形のバインド。 その未知の領域に誰もが目を奪われる。

 

「──? ──、──〜?」

「……? 何か喋ってる?」

「今は音声を切ってカメラ制御の方にリソースを全部割り振りしているから何言ってるか分からないから……よっと、何言ってるんやろ」

 

 輝凛とローリの戦いを事細かく記録するためにあえて音声を切って映像の方を優先していたが、何かを話しているというよりは何か聞きたい事がこちらにあるようなのではやてが音声を入れる。

 すると輝凛がヘリにいる、特にナンバーズ達に何かを聞きたがっていたようだ。

 

「あーてすてす、聞こえるー?」

「うん聞こえるでー」

「あーてすてす、オレのスリーサイズは上から……」

「聞こえてるよキリン!? そしてそれは言わなくていいからね!?」

「あ、そう? なら……ほら、戦闘機人の小ちゃい……ピンクの方起きてるか?」

 

 輝凛が呼びかけていたのはセッテであった。 まさかセッテも自分が呼びかけられているとは思わず、少し驚く。

 

「わ、私……?」

「そうそう、お前に聞きたい事があるんだ。 さっきローリになんか呼びかけてたよな?」

「うん……届かなかった……けど……」

「そっか。 ならスカリエッティ、お前に聞きたい」

 

 セッテの次にスカリエッティに呼びかける。 これは少し予想していたのか、スカリエッティは特に驚きもせずに答える。

 

「私にかい? 何を?」

「ローリがゆりかごと同期した時、確かローリの魂だとか心のデータはデリートゾーンに放り込まれたって言ってたよな?」

「あぁ、確かに言ったね」

「そうかそうか……」

 

 二人の言葉を聞いて何かを考える。 そして今度は声を『ローリ』に向ける。

 

「おい、ローリ。 オレからも一つお前に言いたい事ができたぞ」

「キリン……?」

 

 白いエネルギーの中でもがこうとするもガッチリと包まれているローリを、ローリの目を見ながら輝凛は話す。

 

「お前……()()()()()()姿()()()()()?」

「────」

 

 ローリは答えない。 だが続ける。

 

「お前はその姿でオレやなのはちゃん、ヴィータちゃん達にだって負けているんだ。 だったらゆりかごを自分の身体の中に収納する時……()()()()()()()()()()()()()計算したならオレやなのはちゃん……いやそもそも()()()()()()()()()姿()を選ぶとは思えねぇ」

『っ!!』

 

 全員が輝凛の言葉の意味に気付く。

 

「ローリ、まだお前の心は消えてないんじゃあないか? だからその姿でオレ達を倒そうとした……違うか?」

「────」

 

 ローリの演算能力はスカリエッティの作り上げるどんな機械よりも優秀だ。 故に、輝凛の言う通り「ローリ・墓標(クレイドル)」の姿を選ぶよりも輝凛やなのはの姿でなる方が自然な流れである。

 つまりは()()()()()()()のだ、この姿に。

 

 スカリエッティやナンバーズ達と共に過ごしたこの姿を。

 

 だからまだ残っている『はず』なのである。 ローリという姿をするということは、ローリという魂も心もまだ……消えてはいない。

 

 わずかながらの可能性が、大きな希望となった。

 

「……お?」

 

 そう皆が思った瞬間、輝凛の姿がブレる。

 と、同時にローリを拘束していた白いエネルギーが消え、ローリの再生が行われる。 そして輝凛はまだ身体がブレたままである。 村咲 輝凛と都 霧刀からもらった肉体でブレている。

 

「こいつぁ……」

「キリン危ない!」

「っ!」

 

 ローリの瞳が赤く光り、輝凛めがけて発射される。 間一髪のところで輝凛はブレた身体が元に戻り無事回避。 発射された光線はそのまま上空へと向かっていき、宇宙まで貫いた。

 無事回避できていたからいいものの、あんなものを普段のキリンが食らえば確実に死に至る。

 

「ふぅー……ビックリしたぁ」

「キリン大丈夫!?」

「もちのろん! ……って言いたいところだけど、どうやらもうあんまり時間がないらしい」

 

 前人未到の神の領域。 どうやら何の制限もなしに居続けていい場所ではない様子。 どうやら時間が限られているようだ。

 

「そんじゃまぁ……ゆっくりしてらんねぇな」

 

 輝凛はローリよりも低い高度まで下がり……

 

「一気に決めるぞ!」

 

 全身から白いエネルギーを放出する。 煌めく白のオーラは神秘的な輝きを放ち、見るもの全員が、あれが神の力なのだと理解できる。 それほどまでに神々しさを感じさせる。

 

 その練り上げたエネルギーを輝凛は……いつものように発射する。

 

「オオオオオオォォォォォォォッ!!」

 

 輝凛お得意のエネルギーそのものを飛ばす咆哮。 魔力だけでも強力なのに、今回は神のエネルギーだ。 防ぐ手立てはない。

 

 咆哮はローリの身体を上空へと吹き飛ばし、抵抗すらさせない。 そして次の攻撃を……

 

「──はっ! キリン君がいない!」

「────あそこだ!」

 

 すでに、攻撃に移り始めていた。 自身の放った咆哮よりも早く上空へ行き、ローリの背後をすでに取っていた。 そして握りしめるは右拳。

 

「そこだぁぁあああああああ!!」

 

 ──その一撃は、まさに稲妻の如し。 コマ送りのように見える超高速の攻撃。 一コマめに咆哮を放ち、二コマ目にはもう背後を取り、三コマ目にはもう……ローリの身体を輝凛の右拳が貫いていた。

 

 圧倒的な一撃。 その刹那の中で輝凛は破壊したローリの土手っ腹の中からローリの本体である小さなマイクロチップを見つけ、そのまま右手で掴む。

 

「────」

 

 本体のいなくなったローリは赤く光っていた目は光をなくし、咆哮によって破壊された部位の再生も途中で止まってしまった。

 

「っし!」

 

 輝凛は高速移動を維持したまま全身でローリを貫き、ヘリと同じ高度にまで戻ってくると同時に左手に白いエネルギーを込め始める。

 

「じゃあなゆりかご! お前はヴィヴィオちゃんだったり、多分いろんな因縁があったんだろうがよ……ここで全部! オレが終わりにしてやる!」

 

 ゆりかごに纏わる数々の因縁、伝説、悲哀……しかしそれさ今ここで語ることはないであろう。

 しかし、過去から続いていた因縁の終止符は確実にここで断ち切られることになる。

 村咲 輝凛という一人の人間によって。

 

「フォトン……!」

 

 解き放つは最愛の人より教わった最初の魔法。 その輝きは金色ではなく白。 光瞬く純白の力が放たれる。

 

「ランサー!!」

 

 ハンドボール程のサイズであったそれを全力投球する。

 空に昇る白い光は一直線に抜け殻となったローリのボディに向かっていき、先ほど輝凛が土手っ腹に開けた風穴に向かっていく。

 そしてちょうど収まりきった瞬間、白い光は瞬いて消え、周囲に星屑のような光が撒き散らされ……爆ぜる。

 

 内側から、外側から、ローリを中心に白い爆発が複数起こる。 その一つ一つがローリの身体を確実に破壊し、再生できぬようにチリになっていく。

 数秒間の連続フラッシュの後、光が収まると同時にローリのボディも消えていた。

 

「……やった?」

「みたい……だね」

 

 あっという間の決着に感情と思考が追いつかないヘリの中のメンバー。 そして数秒たってから誰かが叫ぶ。

 

「勝ったぁぁあああ!!」

『うおおおおおおおお!!』

 

 一気に湧き上がる。 互いの肩を叩くもの、その場にヘタリ込むもの、感極まって抱きしめ合うもの、どさくさに紛れて心悟にキスをしようとして本人に阻止されるキンガなどなど。

 およそ10分にも満たない激戦、それを生き残った。 そして勝った。

 

 ゆりかごを吸収し最強最悪の存在となった『ローリ・終焉(クレイドル)』を、起動六課とジェイル・スカリエッティ一派が力を合わせ、勝ったのだ。

 

「──ローリは!?」

「そうよ、ローリさんの本体は……!!」

 

 セッテの言葉により、ナンバーズ全員が飛び出すように外へ出る。 外に出ると、遠く離れた所に輝凛がいるのを視認すると、輝凛が何かを呼びかけている。

 

「おーい!」

「……なに……?」

「いくぞー!」

「えっ……わっ!?」

「セッテちゃん!!」

 

 輝凛が右手に持つ何かをセッテに投げ渡した。 セッテはそれを傷つけまいと優しく受け止めようと両手で包もうとし、クアットロがさらにそれを両手で包み込み、キャッチする。

 

「これでいいんだろ? 後はスカリエッティに任せるぜ」

「これ……って……!!」

 

 二人の両の手には小さなマイクロチップがあった。 それはセッテ達もみたことがある、ローリの本体。

 ローリは帰ってきたのだ、家族の手の中に。

 

「よかっ……よかった……! ローリ……! ローリ……ッ!」

「えぇ……よかったわねセッテちゃん……ふふっ……グスッ……」

 

 まるで赤ん坊の手を包み込むように、祈りを捧げるように両手を少し膨らませながら重ね、セッテの額につける。 溢れ出る涙に触れないように、もう2度と離れないように。

 

「キリン……」

 

 優しい笑みをフェイトは向けていた。

 その先にいる人間は、彼女達が幼い頃からずっと一緒に戦ってくれた。 長い間離れ離れになっていたが、それでも心の奥底では繋がっていた。 今でも忘れられない言葉が、フェイトには残っていた。

 

 ──安心しろ、お前らガキ共はオレが守るからよ。

 

 村咲 輝凛の時からそうであった。 ずっと昔からそうしてきた。 挫折した時もあった、しかし村咲 輝凛はただそうしていた。 守ったのだ、子どもの頃から仲間であったなのはやフェイトを。 新たな仲間であるスバルやエリオ達を。

 そして守りきったのだ。 戦闘機人達を、彼女達の繋がりを。

 

 ずっと昔からフェイトは輝凛が守ってくれていたのだ。

 

「…………」

 

 その村咲 輝凛はフェイトの笑みに気付くと。

 

「ニッ!」

 

 いつものようにニカっと笑い、親指を立てて答えていた。

 

 昔から何も変わらない笑顔で……

 




ついに決着。
長きに渡る……何ヶ月だ? 5? マ?
まぁようやく決着がつきました。 これ以上は出ません。
次回からはエピローグに突入します。
何話かかるんだろーなー! 楽しみだなー!(白目)

今回も誤字脱字等がありましたら、コメントなどでお教えください。

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