あとゼストの魔改造が著しいゾ
38話
無人の荒野に響く鈍い音。
それは二人の男のぶつかり合う肉体の出す激突音。
「ドラァ！」
「ッツア！」
重なり合う槌と槍がこの荒野を揺らす。 腹部にまで響くような衝撃がまた岩山に亀裂を入れる。
鍔迫り合いの形に入るも、キリンはすぐにこの状態から攻撃に移る。
「ンダァッ！」
キリンお得意の頭突き。 以前の時と同じようにゼストの鼻っぱしを潰す勢いで額をぶつける。
潰れた鼻から出る血がキリンの額に付着し、ゼストはそのまま身体を後ろに倒し……
「ッ！！」
キリンの頭を掴む。
「フンッ！！」
そしてお返しと言わんばかりに右膝の頭をキリンの顔面にぶつける。 一度食らった攻撃に対しゼストが何の対抗策を練らないわけがない。 ヘッドバットを避ける事は難しいが、食らったあとならキリンも無防備に顔面を突き出している。 そこを狙ったのだ。
「ゼァ！！」
さらにキリンを肩で突き飛ばし距離を開ける。 ゼストは頭突きを食らった際、その衝撃が後ろに向かう事で幾分かダメージを減らしていた。 だがキリンの場合はその逃げ場を手で抑えられた。 故に頭全体に膝蹴りの衝撃が、分散する事なく行き渡っている。
しかも、これは槍の間合いだ。
「デァァアアア！！」
「ッ！！」
咄嗟にそして紙一重でキリンはしゃがむ。 放たれた一撃は棚引く髪のみを散らす……はずであった。
そのまま衝撃は空を貫き、キリンの背後にあった岩の山を吹き飛ばす。
「んなっ！？」
「早合点しすぎだ……何も飛び道具は貴様らだけの特権ではない」
ゼストの剛力、そして一点集中の魔力により放たれるゼストの突きはまさに一撃必殺と呼ぶに相応しい技であった。 事実今の一撃を食らえば確実にキリンは戦闘続行不可能になっていたであろう。
「俺の『突き』はそこらの収束砲では相手にならん、ましてや砲撃ならなおさら」
「ただの突きを……収束砲を貫ける程にまで研ぎ澄ませたのか……！」
「……ところで、だ」
ゼストの達人レベルの槍術に畏敬の念を覚えつつどのように攻略するかを考える時間すら与えずに、ゼストは構える。
「ここはもう『俺の間合い』だ」
「しまっーー」
再び空を貫く槍を飛ばすゼスト。 咄嗟にミョルニルを前に出すも、それよりも早く腹部に届いてしまう。 そして爆発の如き衝撃波をくらい、空間が爆ぜる。
飛ぶ。 飛ばされる。 まるで目の前で爆弾が起爆したのかと見間違うくらいに、後ろに飛ばされる。
何とか体制を立て直すも、腹部に突き刺さった一撃がキリンに血を流させる。
「何て技だ……『突き』と『打撃』を同時に飛ばしてくるなんて……クソ」
突かれた筈なのに殴られたような衝撃。 殴られた筈なのに突き刺されたような一撃。 研ぎ澄まされた『武』と鍛えられた『魔法』、この二つが合わさりゼストの突きは『武と魔法』が合わさった『新たな武』の領域に達していた。
「……ったく、とんでもねぇなおっさん」
『当然です。 生まれ持っての才能とたゆまぬ努力、そして天才故の天賦の才をたった一つのみに費やす事でようやく達することの出来る領域。 彼はその領域に、あの若さで達しているのです』
「昔……何かの武術の達人のインタビューが載ってる雑誌を見たときに、その達人は60くらいでようやく技を極めたとか言ってたけどさぁ……確かにそれに比べれば若えなおい」
何とか、立ち上がる。 インパクトの瞬間、咄嗟に後退した事でダメージそのものは半減している。 だが腹部を貫かれ、さらに全身に爆弾と同等の衝撃もくらいあっという間に追い込まれてしまった。
しかし、その顔はまだ笑っている。
「だが……まぁ……何とかなりそうだな」
『ですね』
ゼストは槍を構えたまま動かない。 静かにキリンの動向を伺っていた。
「（……油断ならん奴だ……突きの後に即座に訪れる衝撃波を察知して後ろに飛ぶとはな）」
恐るべし反応速度。 ゼストはキリンのスピードにまたも驚かされる。 だがゼストはその程度では揺るがない。
キリンの負っているであろうダメージについてある程度予想は出来ている。 突きは完璧にキリンを貫いていた、これはキリンの反応速度でもゼストの渾身の一撃は躱せない事の証明。 加えてこの一撃は例え堅牢な防御陣で防ぐ事すら困難な事を踏まえて……間違いなくゼスト最強の技にして至高の妙技と言える。
「（……だが、あまり使いたくはないのだがな……）」
ゼストの魔力を多く消費するのでそう何発も放てる物ではないのだ。 ゼストの魔力を持ってしてもたったの『四発』が限界。
すでに二回、あと二回のチャンスで確実に決めなければならない。
心内の思考も程々にしキリンに備えるゼスト。
土煙も晴れ始めた……その時。
「フォトン…………ランサー！」
「ッ！！」
キリンの魔法弾が高速でゼスト目掛けて放たれる。 真っ直ぐに、しかし疾く、ゼストに届こうとする。
ゼストは槍を構えたまま……飛翔する。
「……」
「逃すかぁ！」
「……そう来るか」
キリンは一度に数十発の魔法弾を形成し、ゼストに放ちながら接近する。 ゼストはそれを受け流し、身を反らしながら後退し一定の距離を取ろうとする。
一見愚直な行為にも見えるそれは、しかして効率的な攻撃であった。
「くっ……ふっ……！」
「どうだぁ！ これなら『構える』暇がねぇだろ！」
「やはり……くっ！ ……バレていたか」
フォトン・ランサー程の威力はないが、無限の魔力を持つキリンならば威力は劣っても速射できるこの方がより効果的な場面もある。
それが今だ。
『騎士ゼスト、貴方の攻撃は確かにSクラスの魔導師……いやそれ以上かもしれません。 しかしそれは決して万能ではありません』
ミョルニルもキリンも気付いていた。 奴の放つ『奥義』と呼べる突きには弱点がいくつもある事に。
「オラオラオラオラァ！」
「……こうも穴のない攻撃をされては……！」
「構える『暇』もねぇだろ……？」
「くっ……ッ！」
ゼストの技は『居合』によく似ている。 十分に脱力し、十分な間合いに立ち、そして一瞬にして力を爆発させる。 まさに一閃。
だがこれをどんな状況でも可能なのかと聞かれれば……答えはNoだ。
少しでも攻撃を食らえば体も心も崩れる。 そしてこうも魔法で牽制されては体制を整える隙もない。
仮にこれが普通のSクラスの魔導師なら、いつか必ず隙が生まれるのだが……何せキリンは無限の魔力を持っている。
『
「（だが……このまま捌いていけば必ず勝機は訪れる……！）」
それでもゼストはいたって冷静だった。
だがその冷静さを脅かす攻撃をキリンは放つ。
「だだだだだだだ！」
「何度来ようと捌ききってーーーー何？」
ゼストの周囲に迫っていた金色の魔法弾はゼストを囲むように空中に留まる。 停止した魔法弾はゼストを囲むようにし、包囲するように逃げ道を塞ぐ。
「これは……！」
「なのはちゃんから教わった魔法制御……逃げ道はねぇぞ！」
なのはの得意とする精密なコントロールと複数の魔力操作。 キリンはなのは程上手く扱える訳ではない。 そもそも魔力が余り過ぎていて常に無駄な魔力が込められてしまう。 それを六課での特訓となのはの指導により、効果的な魔力運用を可能にした。
それでも得手不得手があるのでなのはやティアナに比べれば劣るが、それでも誰もいない荒野なら話は別。
誰も巻き込まないなら、大雑把で十分。
「逃げ場がーー」
「『アブソープション・サンダー・シージュ』！！」
空中に停止していた魔法弾が一斉にゼストを襲う。
激しい魔力波がドーム状になって広がりゼストの周囲を破壊する。 土煙も渦を巻きながら激しく流れる。
「…………」
確かに直撃したはず。 しかし彼の事だ、見事に防いでいるに違いない。
だからキリンは次の攻撃にーー
「ーー『フォトン・メテオ』！！」
備える前に打つ。 特大の魔力弾をゼストがいた場所に打ち込む。
だが、その魔力球のど真ん中を貫いて何かが飛来する。
「グガッ！？」
再びの一閃。
だが……
「グオォ！！」
キリンのフォトン・メテオもゼストに直撃していた。
ゼストの一閃は確かにキリンの攻撃を貫いていた。 しかし一分の隙もない攻撃、故に水面に水飛沫を上げる事なく飛び込むペンギンの様に、波紋を最小限にして貫いた為光球が崩れる事なくゼストに向かって行ってしまった。
キリンもゼストも技の衝撃により吹き飛ぶ。 だが岩肌ばかりだった荒野もすでにさら地に違い状況。 遠く離れていてもお互いに視認出来てしまう。
『マスター！ 大丈夫ですか！？』
「うっ……ガッ…………はぁ……はぁ……」
『マスターの攻撃を貫いてきたとは言え、威力は少しは軽減されていたはずです！ まだ行けますよね！？』
「っ……ったりめぇだ……はぁ……はぁ……」
咄嗟とはいえ放ったのが高圧縮のフォトン・メテオだったのが功を制したのか。 ゼストの一閃は少しは威力が軽減されていたため戦闘不能状態にはいたらなかった。 しかしそれでも貫かれた左肩。 そこから爆散した衝撃によりキリンはもう満身創痍。
もってあと一撃しか攻撃できないだろう。
「くっ……何という魔法だ……！」
ゼストもまた満身創痍であった。 四方八方からの逃げ場のない攻撃を何とか耐え、そこから渾身の一撃を放ったのはまさに熟練の魔導師だからこそできる事である。
だがキリンの魔法は馬鹿みたいに込められた魔力を、さらに圧縮し圧縮してある。 貫いた事で多少の魔力が分散されたとは言え高密度の魔法を食らえば本当にひとたまりもない。
もってあと一撃しか攻撃できないし、あの『一撃』も一度しか打てない。
「雲は分散され掻き消されるが……水面はそこに押し寄せるからな……ましてやあの密度……都合よく防げることもない……か」
何とか、お互いに立ち上がって相手の姿を確認する。
お互いの目には、それぞれの攻撃で満身創痍となった男が映っていた。
「……」
「……」
手も足も血だらけで、頭からも出血し視界もまばら。 だがそれでも男たちは戦う事をやめない。
『男』だからだ。
「……よく聞け」
「……？」
「俺たちはお互いに、もってあと一撃……と言った状態だ」
「あぁ……そうだな」
「だから……俺は最大の一撃を貴様に食らわせる。 だから貴様も……『
「！？」
『限界』……すなわちメタルローリを圧倒的力の差でねじ伏せたあの時と同じ……『
「……」
「あの状態の貴様にとって諸刃である事は知っている。 『だからこそ』それで来い！ 全力を超えた力で向かってくる貴様を、我が切っ先の届くその瞬間に俺が勝つ……！！」
キリンの持ちうる全てを貫く、そう宣言しているのだ。 そしてそれは決してハッタリではないことも伝わってくる。
『……どうするんですか？』
「決まってる。 元々そのつもりだったしな」
『知ってましたよ……はぁ……』
キリンは当然、これを受け入れる。
「だがなぁおっさん……見せられんのは一瞬だけだ」
「構わん。 一瞬だろうと、それを必ず捉え……貫く！！」
ゼストはボロボロの身体で槍を構える。 その姿は、例えボロボロであろうと、触っただけで倒れそうであっても、力強く……固い決意で揺るぎない。
だからもうキリンにも迷いはない。
「……ッーー！！」
瞬間、大気が揺れる。 激しい稲光と共に魔力が解き放たれる。
いきなり500万の魔力が解放される。
ここまでは予想通り。 ゼストも動揺はしない。
だが。
「ーーーー」
ここで、空気が変わる。
「これが……ッ！！」
キリンの全身を取り巻く魔力が、周囲の空気を焦がす。
溢れ出る魔力。 器から湯水のように溢れ出るそれはキリンをも稲妻で焦がし始める。
現在出力……『765万』。
「これが……ローリを倒した『
「…………」
ゼストの目には人智を超えた存在がいた。 しかも一人の人間がこれを可能にしているのだ。
一瞬で分かる圧倒的魔力。 よもや壁などと表現しない、それはまさに雲。 掴むことすら叶わぬ天上に広がる存在。
だが、それでもゼストは槍を構えたままキリンから目を逸らさない。
「来いッ！！」
例え雲の上に居ようと、降りてくる雷は貫ける。
「我が一閃でーー」
だが……
「ーーーーッ！？」
キリンの拳がゼストの顔面を捉え、そのまま地面に叩きつけていた。
「言ったはずだぜ……見せられるのは『
瞬きよりも、閃光よりも疾く、キリンの拳はゼストの意識を奪っていった。
意識が闇に落ちたゼストは、夢の中で思いにふけっていた。
『やはり……奴の方が速かったか』
夢の中だと言うのに先ほどの戦いの反省会をしていた。 誠に生真面目な男である。
『速さもそうだが……やはり奴の機転には驚かされるばかりだ』
キリンの魔法による攻撃に素直に賞賛を送る。 その姿に悔しさは見えはしない、むしろ誇らしげだった。
『奴と初めて戦ったあの日から……ずっと鍛えられたと思っていたが……やはりクローン体である俺には限界がある……か』
ゼストは元々死んだ人間である。 だがスカリエッティが気まぐれにクローンとしてこの世に蘇らせた。
つまり人造魔導師計画の被害者の一人だ。
『だがまぁ……あの時に完成できずにいた技が、奴に触発されて完成したと考えると……』
ゼストの一閃、あれは生前には完成しなかった御技。 クローン体として蘇った後それを完成させる気はなかった。 キリンが現れるまでは。
キリンと相対し、死んだはずの闘争心が蘇った。 だから先の戦いまでに一閃を極めた。
キリンが、ゼストの死んだ武の魂を復活させたのだ。
『……悪くはなかった……な』
自らに課した使命があった。 だがそれはしがみ付いていた執念。
しかしキリンという存在が、生きるに相応しい理由をくれた。
『存外……生きる理由もないと思っていたが……』
ーーーー悪くないな、目標があると言うのも
ゼスト魔改造した結果がこれだよ！
キリンの好敵手に見せかけた引き立て役だよぉ！
次回が終わったら最終決戦でございます。
年明けたらごめんなさい
今回も誤字脱字等のミスがありましたら、コメントにてお教えください