19話
村咲 輝凛という人物は所謂「三枚目」である。 場が静まり返るのが嫌いで、とにかくボケに回り道化を演じる。 ボケにボケを重ねるダブボケ、異様な使命感に駆られる事も珍しくはない。
そんな彼は今でこそ男の肉体であるが昔は女の身体だった。 孤児院で働き、子ども達に笑顔をもたらすために日々健闘していた。 その頃からキリンのやることは変わらない。 おかしな言葉や行動で誰かを面白おかしく笑わせていた。 その経験がヴィヴィオ相手に生きる。
「じゃんじゃじゃーん! ウクレレ〜」(ダミ声)
「キリンちゃん、それってなぁに?」
「これはねヴィヴィオちゃん、楽器なりよ〜」(コロ助)
なのはやフェイトが仕事でヴィヴィオの相手が出来ない時、キリンは進んでヴィヴィオの相手を申し出た。 今日はエリオとキャロも一緒にいる。
「楽器……じゃあキリンさんは演奏できるんですか?」
「その通りよ! 歌って弾けて踊れるスーパーウーマンなのさ!」
「……キリンさんは男……でしたよね?」
「キリンちゃんやってみてー!」
「よし来た!」
キリンはウクレレを弾く。 別に曲を弾く訳ではない、ただ単純にドレミレドと音をだしそれに合わせて声だすだけである。
「ラララララ〜♪」
「おー! パチパチー!」
「意外と美声……」
「はぇ〜……」
ヴィヴィオの拍手が可愛く響く。 それにつられ二人も軽く手を叩く。 キリン本人にしてみれば至極普通な話で、父親がミュージャンなのも影響しているがそれを知っているのはこの場にはキリンなだけであって。 エリオとキャロがキリンの事を素直にすごいと思うのは自然な話である。
「わたしもやりたーい!」
「お、それならオレに続け! ラララララ〜♪」
「ららららららー♪」
舌足らずのヴィヴィオに合わせ少し速度を下げる。 当然ヴィヴィオにとって音程や音階など知った話ではないが、キリンを真似て元気よく歌う。 エリオ達はその姿を見てほんのり笑っていたのだが、ここで二人に飛び火する。
「へい、次はエリオきゅん!」
「……へ?」
「3ー2ー1ー……」
「ぼぼぼ僕もですかぁ!?」
「ラララララ〜♪」
有無を言わさず始めるキリン。 慌てるエリオの隣でキャロは、自分にも来ると瞬時に察していた。 でも楽しそうだから良しと考える。 だが隣のエリオは恥ずかしげに顔を赤らめ、視線を上にあげる。
「ら、らららららら〜……」
「へいへーい! そんなテンションじゃノーノー! もう一回!」
「ふぇ〜もう一回ですかぁ!?」
「元気よく行ってみよー! ラララララ〜♪」
イカン、このままでは無限にやり続ける羽目になる。 そう思ったエリオはヤケクソに大きな声で歌う。
「ラララララ〜!」
「おぅ! グッドグッド! そういうテンション大事よ」
「は、はい……」
「それじゃあ次はキャロちゃん! ラララララ〜♪」
「ラララララ〜♪」
「お、いいねぇ〜! ノリノリだね! それなら次はみんなで行くゾ!」
子ども達と歌うその姿はまさに教師そのもの、いや幼稚園か保育園の先生のように見える。 別に歌を教えているわけではない。 子どもの頃に必要な心の教養をしているのだ。 人間は幼い頃の環境で成長が変化することがある。 劣悪な環境と裕福な環境でどれほどの成長の差異があるからは想像に難くない。 もちろんその限りではないが。
エリオは普通の人間ではなく、フェイトと同じ『プロジェクトF』から生まれた存在であり、平たく言えばクローン人間である。 そしてフェイトに出会うまで人の暖かさに触れることが多くなかった。
キャロもまた人との触れ合いを余り経験してこなかった。 その強大な力の素質に周りから孤立し、まともな人との交流をしてこなかった。
二人はフェイトによってそれらを補い、そして触れることで精神的に成長をしてきた。
それでもフェイト一人では補いきれないものがある。 フェイトは優しい、それ故に母親的な愛情を二人に注いできた。 だがフェイトは真面目であるが故に喜怒哀楽の「楽」が少々足りない。 それは決して悪い話ではないが、フェイトの影響か二人共見た目に反して子どもっぽくないのである。 大人びているその言葉や態度のせいで子どもらしさは時折しか見せない。
ヴィヴィオも調査の結果、『プロジェクトF』によって生まれた存在だと判明した。 無意識に母を求めるのは急に放り出された世界に頼れる人間がいなかった事が関係している。 それをなのはとフェイトによって補われた。 ならば必要なのは感情を豊かにすることである。
だからこそキリンなのである。 だからこそキリンなのだ。
「よぉ〜し、みんなそろそろ慣れてきたな?」
「うん!」
「結構楽しくなってきました!」
「はいー!」
「んなら次はどんどん早くなってくよー! どこまで付いてこれるかなぁ?」
常に変化を。 そうキリンは念頭に置いている。 ゆっくり、だが同じばかりではいけない。 常に新しい状況を子どもに提供する。 難しいと理解しているが、これこそが一番だとキリンは考えている。
「ラララララ〜♪」
「ラララララ〜♪」
そして笑顔。 やっぱりアークファイブは神アニメ。
「ラララ……あー! 間に合わないよぉー! あははは!!」
「舌が追いつかない、あはは!」
「キリンさん早口に……ふふふ!」
「あっはっは!」
心を豊かにする、それは笑顔だけでは成り立たない。 時には辛く苦しい経験をしなければ心の成長の先に行けない。 だがそれでも笑顔を忘れてはいけない。 笑顔がなければ前に進めない。 ただ笑うのではなく心の底から笑う。
だからその言葉も、行動も、変と笑われてもやめない。 くだらなくてもやめない。 女だろうが男だろうが笑ってくれるまでキリンは諦めない。
村咲 輝凛の行動理念は昔と変わらない。
「……あいつら元気だな。 つーか歌ってんのキリンのやつか?」
「意外……いやそうでもないかもな。 ヴィータ、お前も混ざってくればどうだ?」
「やだよ、それに行くならカラオケに行って歌うっつーの。 ……シグナムこそキリンから歌を教えてもらってくればどうだ?」
「……検討しておこう」
たまたま部屋の前を横切ったヴィータとシグナムは楽しげな歌声をしばし聞いていた。 キリンが意外にも上手だったので心の内で拍手を送っていた。
「お疲れ様、今日はありがとうね」
夜、キリンが自分の部屋でくつろいでいるとフェイトがやってきた。 もう遅い時間だがヴィヴィオの相手をしてくれた礼を言いにきたのだ。 キリンはベッドに腰掛けるよう促し、その隣に座る。
「オレはあれが本業だったからモーマンタイ。 フェイトちゃんこそ今日は忙しそうだったね?」
「うん。 ほら、もう少しで『公開意見陳述会』があるでしょ? それの準備をしてるんだ」
「あーそれはお疲れさん」
公開意見陳述会には管理局の重鎮達が一同に会する。 当然狙われる危険も大いにあるが管理局全体には必要な行事であり、そこに当然六課のトップであるはやてと隊長であるなのはとフェイトも直接参加する。
「ちょっと色々忙しくてね。 一応ヴィヴィオに接するようにはしてるんだけど……」
「いーのいーの。 オレってば結局客員魔道師的なポジションだし、暇っちゃあ暇だからね」
「そう言ってくれるとありがたいよ。 シグナムから聞いたけど今日は歌ってたんだって? エリオとキャロも一緒だったって聞いたよ」
お互いを労うのもしばしば、今日の出来事を話し始める。 自分達の子がどのような経験をしたのかを聞いておきたいのだろう。 キリンは当然包み隠さず伝える。
「歌った……ってーよりは歌って遊んだだな。 みんなノリノリで楽しんでたよ」
「そっか、それならよかった」
「そーそー、ヴィヴィオちゃんとキャロちゃんは最初からノリノリだったんだけど、エリオきゅんってば恥ずかしがっててさぁ……」
そこから今日の出来事を楽しそうにフェイトに伝える。 聞いているフェイトは自分の知らない二人の一面を知り、時に驚き、時に微笑む。 しかもキリンが時折誇張しながら伝えるものだから終始笑っていた。
「あ、そうだ。(唐突) 小耳に挟んだんですけどぉ……フェイトちゃんって音楽の成績めちゃくちゃよかったらしいっすね?」
「え!? 何で知ってるの!?」
「この間なのはちゃんとはやてちゃんから聞いたった」
「ふ、二人共〜!」
「あとぉ……(終わらぬ追従) これリンディさんから聞いたんすけどぉ、特にお歌がお上手らしいっすね?」
「いつの間に聞いたの!?」
「んだら今度一緒に歌いましょうよ! 楽しいっすよ!」
「いやだって歌が上手いのは中の人だし、そもそも私が歌を歌う描写はないし、公式的にはアリシアの方が……」
関係ないが「水樹奈々」は声優が歌手として紅白に初めて出場した。 全く関係ないが。
「いいじゃん、オレフェイトちゃんとデュエットしたいなぁ〜」
「そ、そう? なら……時間があれば……」
「あ、言ったね!」
「へ? あ、うそうそ! 今のは無かったことにして!」
「無理ですー、もう忘れませんからねぇオレ!」
「あぁんもう、キリンったらぁ。 あはは!」
「なはははは!」
お互いにお互いの肩とかそこら辺をタッチし合う。 その姿はまるでじゃれ合う子どものように。 何でもない触れ合いだが二人にとっては十分なスキンシップであった。
エリオ達に見せるのが大人の顔だとするのなら、子どもの顔を見せるのはフェイトだけ。 キリンは無意識の内にフェイトに甘えているのである。 もちろんフェイトはそれに気づいている、だからキリンのそんな一面を自分に見せてくれるのは堪らなく嬉しかった。
『ハァー……!!』(クソデカため息)
『…………』
『あの二人いつになったらイチャイチャするのやめるんですかね……ねぇバルディッシュ先輩?』
『…………』
『聞いてます先輩? ってゆーかイライラするのは単純にくっ付いてないからであって、すでにそういう関係なら私もここまでイラつかないわけなんですよ!』
『…………』
『だいたい御宅のマスターも押しが足らないんですよ! 裸でガバッといけばーーーー』
寡黙なるバルディッシュ、この時ばかりは流石に自分の主人に早く戻ろうと進言したくなったそうな。
あと数話は日常回やります。 小説の書き方を忘れてるからね、仕方ないね。(糞)
今回も誤字脱字等のミスがありましたら、コメントにてお教えください。