ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 超、お久しぶりです。幻の銃弾編でシュピシュノ、小さな春編でジュンシリを書いてきたせいか、自分の中でキリユウ成分が圧倒的に不足してしまったので、番外編としてこちらの作品を拵えることにいたしました。
 章の名前が、どこかで聞いたことがあるとか、言わないでくださいね? こういうの、書いてみたかったんです!
 
 


番外編〜二人のグルメ〜
第1話〜埼玉県行田市下忍の自販機フード〜


 

 

 

 西暦2026年12月17日(木) 午後13:20 埼玉県行田市下忍(しもおし)国道254号線

 

 

 

「かずとー、まだ着かないのー?」

 

「あと少しだから、もうちょっと我慢してくれ」

 

「……ぶー、ボクもうお腹ペコペコだよー!」

 

 空腹を訴えながらぶーたれてる木綿季を後部座席に座らせながら、和人は地元埼玉県の国道でバイクを走らせていた。

 ここは、彼らの家がある川越市から更に北にある行田(ぎょうだ)市だ。

 左右どちらにも田んぼや畑が広がる国道254号線を北北西に進み、途中の県道76号線に入り、北に進路をとってひたすら進んでいく。

 

 何故和人がここにいるかというと、木綿季との約束を果たすためだ。

 まだ病気が治る前、メディキュボイドの中に意識を委ねていた時、無菌室の前で約束を交わしたのだ。

 

 自分の地元には珍しいフードがある。現代の日本でも残っているのは数少ない、自動販売機から出てくる食べ物があるという。それをご馳走するという約束を守るためだ。

 

 通称自販機フードと呼ばれ、昭和五十年頃は全国的に、あちらこちらのドライブインやサービスエリアで数多く見掛けられたものなのだが。

 今のこの現代では、化石と呼ばれてしまってもおかしくないほどのレトロでノスタルジックなコンテンツとなってしまっている。

 

 関東近郊でも、残されてるのは群馬県、茨城県、千葉県、神奈川県、そして和人たちの地元の埼玉県のごく一部の地域にしか存在していない、

 マシンの経年劣化、部品の不足、経営者の高齢化、採算の取れない利益など、様々な理由で大多数のフード自販機が全国から姿を消している。

 しかし、そんな中で尚、一部のファンや物珍しさで立ち寄る客がいることも確かであり、物好きな技術者が半分趣味で自ら部品を作り、メンテナンス面でも支えてたりと、残っている地域では残っているのだ。

 

 そこまでして、このフードは美味しいのかと聞かれると、実はまあそうでもなかったりする。

 良くも悪くも昭和の味。長旅のドライバーやライダーが立ち寄り、ほっとひと息、ほんのひと休憩するためのチープな味わい。

 コンビニともスーパーのフードコートで売っているような食べ物とも違った味。

 それが自販機フードだ。

 

 しかし、何故かまた繰り返し食べてみたくなる味でもある。長距離を移動し、ただこれらを食べるためだけに訪れる人もいるほどだ。

 中には、北海道や四国にある日本で一台しかない自販機フードを食べる為だけに立ち寄る人も、いるとかいないとか。

 

 かく言う和人も、幼い頃に両親に釣れられてドライブインに立ち寄り、珍しい自販機フードを口にしたことがあった。

 その時の味は忘れようにも忘れらなかった。妙に記憶に残り続けるほどの奇妙な味わい。そしてどこか不思議と懐かしさを感じさせるものもあった。

 

 恐らくリピート客がいるのは、どこかそんな魅力があるからなのだろう。

 和人も数年ぶりに足を運んでいるように、いつかまた来て食べたくなる味なのだ。

 

「……よし、見えてきたぞ。あそこだ、木綿季」

 

「ホントに!?」

 

 和人が目的地が近いということを告げると、木綿季は首から上を動かし、彼の背中の影からのぞき込むようにて前方を確かめる。

 国道17号線の左手に、やたらと白くてでかい看板に、これまたデカデカと黒い文字で店の名前が書かれている。

 

「鉄拳……タロー……?」

 

 大きな、実に大きな看板を目のあたりにして、思わず店の名前を呟く木綿季。

 小学校の運動会でよく見る応援旗の何倍もあるであろう巨大な看板の存在感に圧倒されていた。

 

「ああ、あそこで食べられるんだ。俺も来るのはガキの頃以来だよ」

 

「そうなんだあ……ボク、楽しみ!」

 

 バイクを左に幅寄せし、ふんだんに広い駐車場のバイク用の駐車スペースに愛車を停める。

 エンジンを切ってシートから降りると、目の前には昭和のレトロ感が漂う、年季の入った建物が待ち構えていた。

 何度も何度もペンキなどの補修工事を行ってきたのだろう。至る所に塗りムラや、金属部分の錆がちらほら見受けられる。

 それだけ長年愛され続け、支えられてきたのだろう。

 

「なんか、雰囲気はボクの地元の建物とかに似てるかも」

 

「ああ、ちよっとわかる気がするな。懐かしさっていうか……」

 

 建物に近付くと赤や青色の電灯が光り輝いており、本当にここは現代なのか? と思わせるような感覚に陥る。

 まるでここの一角だけ、昭和の世界なのではないか? と錯覚してしまいそうだ。

 

 木綿季も初めて見るものばかりのようで、鉄拳タローの全貌を隅々まで、まじまじと見つめている。

 そして、そのタイムトリップ感は入り口をくぐると更に加速して、同じ現代の日本なのか? と思わせるような内装となっていた。

 

 壁面、床、天井は真っ黒。灯りは街灯と同じように赤と青。そして、何より目を奪われるのは店の壁側に列をなして並んでいる種類豊富な自動販売機の面々だ。

 飲み物は言わずもがな、カップラーメンなどのインスタント商品を扱っているマシンもあれば、今や絶滅寸前のそば、うどん、そしてさらにその中でも希少なハンバーガー、ホットサンドイッチの自販機まで見受けられる。

 

 昭和五十年、西暦に直すと1970年代。そんな昔から稼働していたレトロマシンが、五十数年経った今でも元気にこうして稼働している。

 本来ならば驚くべき光景だ。店側のメンテナンスも行き届いており、外装はもちろん細部までしっかりと劣化することなく、ピカピカに光っている。

 

「うわあ……な、なんか……すごいところだね?」

 

「ふふ、そうだろう? 不思議なところだよな」

 

 店の中ほどまで進んでいった木綿季が感想を漏らすと、和人もそのあとを追いかける。

 店内には数人のお客がおり、タバコを吸ったり食事をしたりと、各々がここのドライブインを満喫している。

 

 地元の客なのだろうか、それともこの国道を利用しているドライバーなのだろうか。その姿はとてもごく自然にこの鉄拳タローに溶け込んでいた。

 

「えっと、和人が前に言ってた自販機って、あの自販機?」

 

「ああ、そうだぞ。埼玉には二箇所あって、ここ行田市と、上尾(あげお)市にも一箇所あるんだ」

 

「へえー……そうなんだあ」

 

 とてとてと足取りよく自販機に近付くと、木綿季はまた物珍しそうな目でマシンを見つめる。

 自分が入院していた病院のメディキュボイドより大きくて重厚感がある自販機を、隅から隅まで観察している。

 やはり、この店の中だけは昭和の世界だ。自分の空腹をも忘れた木綿季は、初めて見るマシンの数々に圧倒されながら、それでいて楽しそうに一つ一つ見て回る。

 

 鉄拳タローで現役稼働しているフード自販機は、そば・うどん、ラーメン、ハンバーガー・チーズバーガー、トースト、インスタントヌードルの五種類となっている。

 使い方は私達が知っている自販機と同じで必要な硬貨を投入し、食べたいもののボタンを押すだけ。

 

 それだけなのだが、ジュース類の自販機と違うところは、押した瞬間にマシンの中で調理が始まるところだろう。

 その調理方法もそれぞれ異なるのは勿論、大変に面白い構造となっている。

 

「……お、見てみろ木綿季。丁度蕎麦が補充されるみたいだぞ?」

 

「え……本当に?」

 

 和人がそう言うと、店のバックヤードから大きなお盆を持った三十代ほどと思われる女性スタッフが姿を現した。

 その両手にはプラスチック製の丼に盛られた天ぷらそばが、十杯以上並べられていた。

 スタッフは蕎麦の自販機のもとまで足を動かすと、近くに設置されているテーブルに一旦お盆を置き、腰のベルトからぶら下げてるキーホルダーから一つの鍵を取り出し、自販機に差し込んで九十度捻る。

 すると、カシャンという音とともに自販機のロックが解除され、前面の部分が大きくドアのように手前側に開いた。

 

「うわあ……すごい、中ってこんな風になってるんだあ」

 

 初めて見る自販機の裏側に木綿季は興味津々だ。それも滅多に見ることがないフード自販機の裏側だ。興味を示さないわけがない。

 

「お嬢さん、この自販機が珍しい?」

 

「へ……? あ、は、はい!」

 

 自販機に商品を補充する様子を見守っていた木綿季に、スタッフが声を掛ける。

 タクシーやトラックのドライバー、工事現場の作業員。そして旅行者の中年男性が主な客層の鉄拳タローのお客に、木綿季のような若い、それも十代の女の子が訪れているのが、あちらさんも珍しいようだ。

 

「これ、もしかして……手作り、なんですか?」

 

 こっそり丼をのぞき込んだ木綿季が、疑問を投げかける。

 てっきりインスタント的なものかと思っていたら、どうやらそうではないようだ。

 麺は乾燥物ではなく、生麺。その上に乗せられた具や薬味も、つい今しがたキッチンで仕込んできたかのような新鮮さを醸し出している。

 

「ええ、その通りよ。二、三時間おきくらいにに調理して、その度にこうやって補充しているの」

 

「ほえー……ボク、てっきりインスタントかと思ってました」

 

 素直な感想を口にした木綿季に、スタッフがくすっと微笑む。その手つきは非常に慣れており、洗練されていて、動きに全く無駄がない。

 丼が収まる形をした回転式のソケットに、次々に新しい蕎麦をセットしていく。

 

「わざわざこんなこじんまりとした所に来てくれるんですもの。少しでも美味しく食べていってほしいから」

 

「それで、手作りなんですね?」

 

 そう聞かれると、スタッフはニッコリと微笑み、全ての丼をセットし終えると自販機の扉を閉めて「ごゆっくりどうぞ」と言い残し、再びバックヤードの奥へと姿を消していった。

 

 商品が補充され、息を吹き返した自販機がゴウンゴウンと駆動音を鳴り響かせながら、いつでも買ってくれと言っているような気がする。

 

「……食べるか?」

 

「あ……うん!」

 

 ここの食べ物が愛され続けてる理由がなんとなくわかった木綿季は、自分が腹ぺこだったことを思い出し、和人と一緒に自販機の前まで近付く。

 そして自分の財布から硬貨を取り出し、コイン投入口に入れていく。

 

 この自販機には天ぷらそば、天ぷらうどんが取り扱われており、値段もお手頃双方三百円となっている。

 手間暇かけて作られているものが、たったそれだけで食べられてしまうのだ。

 

「ボクはおそばー!」

 

 嬉しそうに木綿季がボタンを押すと、「調理中」のランプが赤く点灯し、そのすぐ横にある数字ランプが、調理が終わるまでの時間をカウントし始める。

 

「あれ? 何これ? デジタルじゃないんだね?」

 

「ああ、これか。これはニキシー管っていう放電管の一種だよ」

 

「にきしーかん?」

 

「今でこそいろんな映像媒体は液晶のようなデジタルだけど、昔みたいなアナログ世代はこういう装置を用いてたんだ」

 

「テレビもそうなの?」

 

「んー、似たようなものかな。ブラウン管も真空管の一種だし」

 

「へえー……和人って物知りなんだねー?」

 

「父さんの受け売りだよ。あの人昭和生まれだからさ」

 

 オレンジ色に発光しているニキシー管のカウントが、少しずつ数値を小さくしていく。

 蕎麦の調理に必要なカウントは三十秒。その一秒一秒が長く感じるが、ニキシー管を初めて見る木綿季はその数字の変化が楽しいのか、じーっといつまでも見つめていた。

 

 やがて調理が終わると、自販機の奥から「チーン」と、レンジのようなサウンドが聞こえ、手前についている取り出し口に、マシンの奥から押し出されるようにして、丼ごと蕎麦が差し出された。

 

「わっ、出てきた!」

 

 ようやくご飯にありつけると、木綿季は嬉しそうに取り出し口に手を伸ばす。しかし、丼の外側が薄いのか、出来たてだからなのか、思いのほかそれが熱く、なかなか取り出せないでいた。

 

「あ、あちち……」

 

「あはは、中で湯切りをしてるからな。丼の外側にも湯がまだ残ってるんだよ」

 

「ほえ、そうなの?」

 

「ああ、生麺をほぐすために熱湯を注いで、丼ごと回転させて湯切りをするんだ」

 

「ぐるぐる回すの?」

 

「そう、それを二回やって、最後に濃いめのだし汁を注いで、こうやって出てくるんだ」

 

「なるほどー、だから外側まで熱々なんだねー?」

 

 仕組みに納得した木綿季が苦戦しながらも、なんとか丼を取り出すことに成功し、一番近くにあるテーブルに運ぶ。

 丼からは湯気が上がり、そばつゆの香りがなんとも言えない。具はかまぼこ、刻みネギ、天かす、そして贅沢にも海老の天ぷらが二つも入っており、とても三百円とは思えないほどのボリュームだった。

 

「うわあ! 見て見て和人! すごく美味しそう!」

 

「そうだろう? 先に食べてていいぞ」

 

「わーい!」

 

 和人が天ぷらうどんの調理を待っている間、木綿季は我慢が出来ずに、一足先に頂くことにした。

 備え付けの割り箸に手を伸ばし、少しだけ七味唐辛子をふりかけて、ほぐされた蕎麦を箸で摘む。

 蕎麦の表面を濃厚なだし汁が滴り落ち、てかてかと光を反射させている。丼が安っぽい作りなので質素に見えるが、中身は本物の手作り蕎麦だ。

 

「いただきまあす!」

 

 まず一口、蕎麦を頬張る。ズズズっと音を立てながら口にすすっていく。

 適当なところでぷちんと噛み切り、何度も何度も噛む。その度に蕎麦本来の素材の味と、だし汁、そして薬味と唐辛子の味が絡み合い、絶妙なハーモニーを奏でる。

 

「わあ……美味しい……」

 

 とても自販機とは思えないほどのクオリティに驚きを隠せない木綿季が、思わず素直な感想を口に出す。

 何度も言うが、この蕎麦はたった三百円なのである。その値段でここまでの味を楽しめるのだから、お得を通り越してお店側が大丈夫なのかと心配してしまいそうな程だ。

 

「美味いだろう?」

 

 木綿季が感動してる間に、和人も天ぷらうどんを手に持ちながら、彼女の隣に腰を落ち着ける。

 

「うん! 予想以上に美味しくてびっくりしたよ! インスタントより全然美味しい!」

 

「ふふ、なんせ手作りだからな」

 

「そっかあ、嬉しいなあ!」

 

 一口で自販機フードのファンになってしまった木綿季は次々に蕎麦をすすっていった。

 その隣で、和人も同じようにうどんをすする。

 うどんも麺の弾力が絶妙で、歯でぷちんと噛みちぎったときの感触がなんとも言えない。

 しまいには具の主役である海老天だ。衣はしっかり揚がっており、こちらも先程揚げたばかりの手作り天ぷらだ。

 

「あむっ……」

 

 歯を立てると、サクッといい音とともに、衣が歯を受け入れる。身はプリプリ、そしてホクホク。

 そこにだし汁をすすると、互いの味を引き立て合い、更に口の中でお蕎麦ワールドが広がっていく。

 

「美味しい……すごく美味しいよ!」

 

「そうか、よかったな」

 

「うん!」

 

 出足は好調で、普段から大食漢の木綿季は次々に蕎麦を吸引していき、だし汁も全て飲み干し、早々に第一段目を全て胃に収めてしまった。

 もちろん、これだけで彼女が満足するわけがなく、既に次のターゲットはどれにしようかなと、自販機の面々に視線を向ける。

 自販機対木綿季の戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。

 

「次はどうしよっかなあ……」

 

 両手を後ろに回して、次の獲物を見定める。その目に止まったのは、トーストの自販機だ。

 

「えっとなになに? ハムチーズトーストと、コンビーフサンド?」

 

 自販機本体からも、いかにもなジャンクフード感がひしひしと感じられるようなメニューだ。

 ハムチーズはともかく、コンビーフはサンドイッチとなるとコンビニやスーパーなどではまず目にしない。この名前だけで木綿季は心惹かれてしまうものを感じていた。

 迷わず財布から硬貨を取り出し、手早くコインを投入する。どちらを先に食べようか悩むが、順当にまず左側のハムチーズトーストを選択する。

 ボタンをカチッと押すと、蕎麦の自販機と同じように、調理のカウントが始まる。

 

「あ、これもニキシー管だ!」

 

 覚えたばかりのワードを嬉しそうに口ずさみながら、木綿季は再び商品が出てくるまでのあ楽しみタイムを堪能していた。

 

「にっきしー、にっきしー♪」

 

 よほどその響きが気に入ったのか、独特の鼻歌まで歌い始めている。お腹が先程よりも満たされていることもあり、今は待ってるこの時間も楽しくてしょうがない。

 

 そんな様子を遠目で見守っている和人も、微笑ましく思っていた。こちらさんはまだうどんを食してる途中のようだ。

 

「木綿季、そのトースト、出てくる時物凄い熱いから気をつけろよー?」

 

「え? あ……う、うん!」

 

 和人がそういうと、丁度調理が終わったのか、またもやチーンという音が鳴り響き、取り出し口にドサッという音を立ててトーストが置かれているのが見えた。

 先程の自販機と比べると、えらくぶっきらぼうな商品の差し出し方だ。

 

 トーストは特性の銀色のアルミの包みにくるまれており、しっかりと中まで熱されているようだ。

 

「わっ、あちゃちゃっ」

 

 アルミに触れた途端に指先から熱さが伝わってくる。とても触り続けるのは困難だ。

 どうしようかと思い悩んでいた木綿季だが、ふと見た先に、トングが置いてあるのが目に入った。

 

「あ、これで取ってください、ってことなんだ?」

 

 なるほど、っと心の中で納得した木綿季は、早速トングを使ってトーストを取り出し、先程のテーブルまで持ち運ぶ。

 元の位置に戻すと、今度は飲み物の自販機に足を運び、カフェオレを購入した。

 サンドイッチと言えばコーヒー牛乳かこれだろうと、にまにましながら席に戻る。

 

「これ、こうかな?」

 

 しっかり包まれたアルミを丁寧に剥がすと、トーストの全貌が明らかになる。

 パンの表面はこんがりと焼きあがっており、かといって焦げている訳では無い。

 中の具までしっかりと熱も加えられており、ちゃんとトーストになっているのだ。

 

「へ、レンジであっためたんじゃないの?」

 

「そいつはな、オーブンで熱を加えられてるんだよ。だからこんがり焼かれてるんだ」

 

 うどんを完食した和人が、隣に座りながら仕組みを教える。

 アルミの外側、それも両端からじわりじわりと直接熱を伝えることで、家庭にあるトースターのように表面をこんがり、サクッとした仕上がりに出来ると言うわけだ。

 もちろん、具のハムチーズもコンビーフも、手作りだ。

 

「そうなんだあ……それじゃあ、いただきまあす!」

 

 仕組みはともかく、早く目の前の美味そうなトーストにかぶりつきたくて仕方の無い木綿季は、大きく口を開けて豪快にトーストに歯を立てる。

 

 想像通り、サクッと香ばしい香りとともにいい歯ごたえを感じさせ、それと同時にハムとチーズの濃厚な風味と味わいが口いっぱいに広がる。

 ちなみにこのトースト、具にちゃんと塩コショウが振られており、ハムも結構な分厚さ、チーズもたっぷりと使われている。このボリュームでたった二百五十円だというのだから、頭が上がらない。

 

「お……美味しいー!」

 

「ふふ、癖になるだろ?」

 

 美味しい、ただひたすらに美味しい。高級品でも値の張るような豪華な食事という訳では無い。

 しかし、今はこんなチープで庶民的な味の食事が美味しくてたまらない。

 いや、むしろこれだ。こういう味を求めていたんだとばかりに、木綿季は次つぎにトーストを腹に収めていく。

 

「……ふふ」

 

 そんな嬉しそうに食事を楽しんでいる木綿季の様子に、和人も連れてきてよかったと、満足気な表情を浮かべている。

 

 そして、あっという間にトーストを平らげてしまった木綿季は、当然まだ満足するはずがなく、またもや次の獲物を探そうと視線を自販機に向ける。

 いつもならば和人の財布がピンチになる所だが、今は木綿季もお金を持っているので、今回は彼女の自腹だ。

 

 しかし、和人の奢りだったとしても、ここのメニューの安さならば大した打撃にはならないだろう。それだけここのフードは安いのだ。

 安くて、大衆的で庶民的で、多くの人に喜んでもらえる味。

 そして尚且つ、この鉄拳タローは二十四時間営業だというのだから、更に頭が上がらない。

 

 和人たちが寝静まっている間にも、どこかのドライバーの助けとなっている。そんな温かい場所でもあったのだ。

 今でこそ希少なドライブイン、いつまでもいつまでも大切にしていきたいものだ。

 

「えへへ……チャーシューメン、買ってきちゃった」

 

「い、いつの間に……」

 

 和人が少しだけ物思いに浸っていると、抜け目ない木綿季が次のターゲットを両手に持っていたのが目に飛び込んできた。

 調理方法は蕎麦やうどんと同じで、湯切りをした後、出汁の入ったスープが注がれる。

 

 チャーシュー等の具は湯切りの時に、丼の外に飛び出さないように、麺のしたに仕込まれている。

 熱々のスープと麺を掻き分けると、丼の底から分厚いチャーシューとメンマ、ナルト、刻みネギが姿を現す。

 言うまでもないが、これも店側の手作りだ。

 

「スープがすでにいい香りなんだよねー!」

 

 醤油ベースのだし汁が、湯気とともにいい香りを放っている。昔ながらの中華そば、東京ラーメンといった感じだ。

 下町のほっそりとした路地で営業している懐かしラーメン屋のラーメンのような、そんな出来栄えだった。

 

「相変わらず、よく食べるな?」

 

「えへへ、まあねえー! いただきまーす!」

 

 勢いよく、豪快に麺を啜っていく。その姿はどこかラーメンマニアの女子高生を彷彿とさせるかのように、男らしく見えた。

 やはり、ラーメンはこんな具合に行儀悪く啜りながら食べるのが乙というものだ。

 

「うわっ、チャーシューすっごい分厚い!」

 

 そこいらのラーメン屋よりも分厚く切り分けられているチャーシューに、目を丸くして驚いている。

 厚さ八ミリほどはあるだろうか? 随分気前がよく、文字通り大盤振る舞いだ。

 

 もちろんこのチャーシューも手作りで、味付けも切り分けも、店の人が直接やっている。

 何から何まで手作り。それがこの鉄拳タローの自販機フードの何よりの魅力なのだ。

 

「ふふ、もうすっかりここが気に入ったようだな?」

 

「うん! どれもすごく美味しくて、毎日食べに来てみたいくらいだよー!」

 

「あはは、そうか」

 

 幸せそうに、実に幸せそうに箸を進める木綿季の底抜けの明るさに、和人も幸せを感じていた。

 木綿季の幸せは自分の幸せ。今まで満足に出来なかった外の世界での遊び。少しでも彼女に感じてもらいたい。

 そしてめいっぱい楽しんで、笑顔でいてもらいたい。

 

「木綿季が楽しそうで、俺も嬉しいぞ」

 

「えへへ、ありがとう和人……♪」

 

 チャーシューを口に頬張りながら、木綿季の視線にあるものが止まった。夢中でラーメンを啜っていて気付かなかったのか。

 よく見ると、和人が何かを手に取り、それを食べている。

 

「和人、それ……ハンバーガー?」

 

「いや、チーズバーガーだぞ。そこの自販機の」

 

 和人の手に握られているのは、日本国内でもほんの数台しか残っていない自販機でしか売られているチーズバーガーだ。

 作りこそ、バンズの間に上からピクルス、とろけるチーズ、ポークパティ。そして味付けは塩コショウとケチャップと、ありきたりなものだ。

 バンズも調理方法がレンジ式だったのか、表面がしわくちゃで、とてもハンバーガーチェーン店等で販売されてるものと比べると見てくれは悪い。

 しかしなんだろうか、それらとは別の奇妙な魅力が、そのチーズバーガーからは感じられた。

 チープ、何よりもチープ。その言葉が一番似合うであろうチーズバーガー。

 しかし、そんなチープな自販機フードの魅力に取り憑かれてしまった木綿季は、今この瞬間、そのチーズバーガーが何よりも魅力的に感じられてしまっていた。

 

「ど、どこで売ってるの!?」

 

「え、ど、どこってあそこの隅っこの自販機だけど……」

 

「ぼ、ボク買ってくる!」

 

 夢中になっていたチャーシューメンをほったらかしにしてまで買いに行きたくなる魅力が、そのチーズバーガーにはあった。

 単純に木綿季がハンバーガーが好きだということも手伝い、光の速さで彼女を自販機の元に駆り出させてしまった。

 

「全く、本当に食い意地が張ったやつだ……」

 

 仕方ないやつだな、と思いながら、和人は手持ちのバーガーに口をつける。

 三年分の空腹を埋めるにはまだまだ気の遠くなるような時間がかかるようだ。

 

 しかし、それでも木綿季は年頃の女の子。体重等に気を使ってやらないと、後々大変なことになってしまいそうだ。

 でも、それと同時に日頃から活発に動き回る子でもある。

 こう見えて、なんだかんだ言いつつもエネルギーのバランスは取れているようだ。

 

「和人ー、おまたせー!」

 

「おう、随分時間かかったな……って、なっ、木綿季!?」

 

 木綿季のいる方に視線を移すと、そこには和人が目を丸くして驚くような光景が飛び込んできた。

 あろうことか、木綿季は両手に持ちきれないほどのチーズバーガーの山を抱えていた。

 外側に見えている分だけでも、少なくとも十個以上は確認出来る。

 

 常人ならすぐに飽きるか、胃がパンパンになってしまい、とても全部平らげるようなことは不可能だろう。

 

「えへへ……いっぱい買っちゃった」

 

「……道理で時間がかかったわけだ……」

 

「ほらほら、熱々なうちに食べちゃおうよ!」

 

「……ん? って、俺も食べるのかよ!?」

 

「一緒に食べた方が美味しいもんー!」

 

 お前の胃袋と俺の胃袋の容量を一緒にしないでくれと、頭を抱えている和人であった。

 帰りの運転に支障が出ない程度にチーズバーガーの山から少しだけ何個か手に取ると、包み箱を剥がして二個目のチーズバーガーに口をつけた。

 

「……やっぱり、美味い」

 

「でしょー! いっぱい食べるぞー!」

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 同日 午後14:15 埼玉県行田市下忍(しもおし) オートレストラン鉄拳タロー

 

 

 

「ふー、お腹いっぱーい!」

 

「ほ、本当によく食ったな……お前……」

 

「えへへー、満腹だよー♪」

 

 天ぷらそば、ハムチーズトースト、チャーシューメン、そして総勢二十五個のチーズバーガーを胃に収めた木綿季が、満足そうにお腹をポンポンと叩いて大きく息を吐いている。

 

 座っている椅子の背もたれに思いっきり背中を預け、両手をめいっぱい伸ばして、完全にリラックスモードだ。

 ちなみに、今現在で彼女は腹八分目(・・・・)だというのだから末恐ろしい。

 

「んー……」

 

 満足した木綿季は、店内のあちらこちらに視線を移す。

 自販機コーナーの更に奥まった所に、見慣れないマシンがたくさん置かれているのが飛び込んできた。

 

「ねえ和人、あれ……なあに?」

 

「ん? あれ……?」

 

 木綿季が指さした方に目をやると、その先には一昔、いや二昔ほど熱狂的に人気を呼んだ、旧式のアーケードゲームの筐体機が、ずらりと列をなして並んでいた。

 平成初期から長年愛されたシューティングゲームや、横スクロール系のアクションゲーム。ちょっとえっちな麻雀ゲーム。そしてアーケードゲームの代表格、対戦格闘ゲームまで様々な筐体が並んでいる。

 

「ああ、俺の父さんの若い頃に稼働してたゲームだよ。ボタンとレバーで操作するんだ」

 

「お父さんの? ってことはボクも和人も生まれてない時代?」

 

「そうなるな、でも俺はプレイしたことあるぞ」

 

「へえー! そうなんだー!」

 

 そんな古い型の筐体が珍しいのか、木綿季は早速席を立ち、ゲームコーナーへと足を運んでいった。

 どれもこれも、画素数が荒いドット絵と呼ばれるもので、決して画面は美麗とは呼べなかった。

 しかし、その代わりにアニメーションがすごく滑らかだったり、逆に荒っぽいからこそ、迫力ある演出が見れたりと、昔ながらの魅力がそこにはあった。

 

「……やってみるか?」

 

「え……?」

 

 興味ありげにデモプレイ画面を見つめる木綿季の隣に立った和人が、折角だから遊ばないかと彼女をプレイに誘う。

 

「で、でも、難しそうだよ……? ボクに出来るかなあ」

 

「なあに、慣れればどうってことないさ」

 

 物は試し、やってみなきゃわからないと、和人はそそくさと目の前にあるワンプレイ五十円の横スクロールガンアクションゲームの筐体に、コインを二人分投入した。

 すると画面が切り替わりタイトルが表示され、すぐにゲームを始められる状態となった。

 

「ほら木綿季、こっちだ」

 

「あ……う、うん!」

 

 幅広い椅子の左側に腰掛けている和人の隣に並ぶように、木綿季も腰を落ち着ける。

 和人がスタートボタンを押すと、キャラクター選択画面に移り変わる。

 

 どのキャラクターにどんな特性があるかよくわからない木綿季は、適当にカーソルの近くにある女の子のキャラクターを選択、和人は筋肉質な男キャラクターを選択した。

 

 すると早々にステージがスタートし、早速二人目掛けて敵キャラが押し寄せてきた。

 昔のアーケードゲームというものは、特にプレイ中に説明はなく、デモプレイか筐体に備え付けられている説明カードでゲーム解説を行っている。

 このゲームをプレイしたことがある和人はともかく、木綿季は何が始まったのと顔に出しながらレバーとボタンを叩いていた。

 

「レバーでキャラの移動と銃の方向を合わせて、Aボタンで銃撃、Bボタンでグレネードだ。操作はそれたけだから……撃ちまくれ、木綿季!」

 

「え? え? あ……う、うん! よくわからないけど頑張る!」

 

 普段遊んでいるVRゲームとは勝手が全然違いすぎる。コントローラーやレバーを操作してのゲームなんてほとんど経験したことがない。

 しかし、それでも木綿季は手探りで、このゲームを楽しんでいた。

 

 慣れないうちは何度もやられてゲームオーバーになり、その度に五十円を投入し、復活。そしてまたやられてを繰り返していた。

 しかしなんだろう、そうしてまで最後までやりたい奇妙な魅力が、このゲームにはあった。

 

 やがて操作に慣れたのか、なかなかやられなくなった木綿季も、こういうレトロゲームの魅力に気づいていったようだ。

 

「あ! そのアイテム狙ってたのにー!」

 

「ははは、早い者勝ちだ、木綿季くん!」

 

「ずるーい! さっきから和人全部アイテム取ってるでしょー!」

 

「悔しかったら俺より先に取ってみなさい!」

 

「このー……まけないぞー!」

 

 現代からタイムスリップしたような、このドライブイン。食事も娯楽も、技術が進化した現代から見たら遥かに古臭いと思われるかもしれない。

 でも、どこかまたいつか、来たくなるような魅力がこのオートレストランにはある。

 奇妙な懐かしさが、居心地の良さが、確かにここにはある。

 

 たまにはスマホやマウスを傍らにおいて、こういった世界に飛び込んでみるのも、悪くないのもしれない。

 きっと、新しくも懐かしい想いに身を委ねることが、出来るはずだ。

 

 この日の鉄拳タローには、若い男女の楽しそうな声が、夕方近くまでずっとこだましていたという。

 

 

 




 
 ご閲覧、ありがとうございます。
 ええ、もう完全に某グルメドラマとグルメマンガを意識して書いております。今後は本編とは違う流れで、こちらのグルメ編も書いていけたらなと、思っております。
 それでは、次回は本編でまたお会い致しましょう!
 

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