ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 皆様方、お久しぶりです、むこです。
 非常に長い期間、投稿が疎かになってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
 活動報告でも綴りましたが、次の働き口が無事に見つかり、筆を執る精神的余裕が出てきましたので、再びここに舞い戻って参りました。
 活動再開一発目は、おまたせしてしまったお詫びを含めまして、秘密裏に書いておりましたオーディナル・スケール編を公開致します。
 当然ですが、小さな春編・復学編のネタバレにもなりますので、その辺を留意していただきながら、ご観覧いただければなと思います。
 それでは、どうぞ。
 


先行公開 オーディナル・スケール編
OS第1話〜次世代ガジェット〜


 

 西暦2027年 4月23日(金)午後15:30 東京都西東京市 レストランワグナリア西東京駅前店

 

 

 学校の授業が終わり、街のあちらこちらが下校生徒で賑わうこの時間帯には、各所様々なところで学生が放課後を満喫している。

 喫茶店で他愛のない話に花を咲かせる者、ゲームセンターに寄り道して遊んで帰る者、本屋に立ち寄り、参考書や勉強になるような資料を読んでいる者等様々だ。

 

 ここ西東京市の駅前も例外ではなく、いたるところに学校が終わって、制服に身を包んでいる生徒や、仕事が早く終わったのか早々に家路に着いている社会人の姿が見受けられている。

 本日は華の金曜日、そして駅前ということもあり、人という人で大変に賑わっていた。しかし、その和気藹々とした賑わいっぷりは、ただ単に週末だからというわけではない様子だった。

 

 通行人が皆、顔に白い奇妙なモノを装着しているのだ。まるでイベント会場の係員が装着している、インカムのような形をしたマシンを、好奇心旺盛な年頃の学生が一部を除いてほぼ全員装着している。

 いや学生だけではない。道行く人という人、それこそ中年のサラリーマンはおろか、主婦、年配のお爺さんお婆さん、そしてその孫と思われる子供まで、その白くて奇妙な形をしたインカムを装着していたのだ。

 

 

 ―次世代ウェアラブルマルチデバイス・オーグマー―

 

 

 五感を全て仮想世界に委ねるフルダイブ機器『アミュスフィア』とはまた一風変わったマシーナリーとなっているこのオーグマー。

 発売開始するなりたちまち爆発的人気を呼び、今や社会現象どころか持っていて当たり前というまでに、急激に現代社会に浸透していったのだ。

 

 このオーグマーにはアミュスフィアとは決定的に違うポイントがある。

 ナーヴギアやアミュスフィア、メディキュボイドといったフルダイブ機器が、仮想世界を舞台とする一方で、オーグマーは実際の世界、現実世界を舞台としているのだ。

 

 

 ―AR機能―

 

 

 オーグマーの最大の特徴とも言えるコンテンツだ。精巧なグラフィック技術で作られた仮想世界とは違い、ARは現実の世界に、まるでそれがそこに本当にあるかのようにもうひとつの現実を作り出すのだ。

 以前からAR技術そのものはあったが、このオーグマーが作り出すARの精巧さは他に類を見ない完成度を誇っている。

 

 SAOやALOのように、目の前の何もない空間にメニュー欄が表示され、天気予報や交通情報、またニュースやインターネットはもちろん、テレビ番組やゲームまで楽しめる超万能ツールとなっている。

 

 そのあまりの便利さと革命的な機能により、もはや世間でオーグマーは発売して早々になくてはならない、インフラ的な要素へと発展を成し遂げていた。

 

 そしてここに、独特の紺色のブレザー学生服に身を包み、オーグマーを装着している女子生徒が四人。

 そしてそれを解せない表情で見つめている男子生徒が二人、駅前のレストランの窓際にある席で放課後を満喫していた。

 彼らがいるレストランの店内はそこそこのお客がおり、親子連れや学生、営業途中だと思われるビジネスマンなどで賑わっている。

 

「…………」

 

 男子生徒二人など露知らず、女子生徒四人は真剣な顔つきで卓上に表示されたARのゲームに夢中になっていた。

 顔だけのキャラクターを操り、食べ物を取得しながら迷路のようなステージを進み、ゴールを目指すドット絵調のレトロゲームをプレイしているようだ。

 

 女子生徒四人は、各々が右手の人差し指を巧みに操作して、自分の操るキャラクターをお城の形をしたゴールに向かわせていた。迷路の道中にいる敵だと思われる、コミカルな形をしたキャラクターを上手く避けながら、上下左右に経路をたどっていく。

 

 ある者は敵をおびき寄せて囮になり、ある者はその隙をついてゴールを目指し、ある者は食べ物を出来るだけ取得して得点を稼ぐ。

 各々がしっかりと役割を果たす連携プレイをこなしてみせていた。事前に作戦でも立てていたのか、それとも阿吽の呼吸というやつなのだろうか。

 

「やったー! クリアだよー!」

 

 長い黒色のロングの髪の毛の少女、桐ヶ谷木綿季が操作している青色のキャラクターがゴールの城にたどり着くと、フィールドにいた敵キャラクターが消滅し、ゴールフラッグが掲げられ、派手なエフェクトと共にステージクリアーが知らされる。

 

「やったね木綿季! ナイスアシストリズ! シリカちゃん!」

 

「これで100ポイントゲットですよ!」

 

 巧みな連携プレイでゴールを果たした四人の女子生徒は、ゲームをクリアしたことに喜び合っていた。

 このように今、日本のあちこちで「ARゲーム」というものが大流行している。ゲームだけに限らず、飲食店や小売業、自動販売機などの無人サービスにもARが活かされているのだ。

 

 ゲームをクリアすれば「ポイント」を稼ぐことが出来る。このポイントは貯めることによって様々な企業からサービスを受けられる、お得なものとなっている。

 飲食店の企業からは無料クーポン、ファッションやアパレルなどといった企業からは割引券などなど、サービス形式は様々だ。

 

「あ、ケーキ無料サービスだって! ラッキー♪」

 

「…………」

 

 赤みがかった茶髪のショートヘアの女の子、篠崎里香がケーキがタダで食べられることに喜んでいる。そのニヤついた里香に便乗するように、すぐ隣に座っている茶髪のツインテールの女の子、綾野珪子が左右の髪を揺らしながら喜びのハイタッチを交わしていた。

 

 その向かいの席には栗色の長いロングのヘアスタイルの女の子、結城明日奈が微笑ましく見つめ、その隣の席には彼女の親友でもある木綿季が「ケーキ、いつくるのかなー♪」とうきうきしながら手をパタパタとさせて、キッチンホールの方に視線を送っていた。

 

「君たち、ちょっとゲームしすぎじゃないか……?」

 

「本当だぜ、ここにくる道中にもさんざゲームしながら来てたのに……」

 

 一方で窓際に座っている二人の男子生徒が、溜め息を混じらせながら冷ややかな視線を女性陣に送っていた。一人はお馴染み、木綿季の恋人で義理の兄でもある桐ヶ谷和人。

 その向かいに、珪子と同じぐらいの身長に、赤みがかった黒髪で和人と似たようなヘアスタイル。木綿季や和人と同じクラスで珪子の恋人でもある高坂准(こうさかじゅん)が、コーラが入ったグラスのストローに口をつけていた。

 女子がゲームを楽しんでいる一方で、男子は退屈そうにその光景を見つめていた。

 

「キ、キリトさんとジュン君にそんなこと言われるなんて……」

 

 このメンバーの中で一番のゲームジャンキーな和人と、同じぐらい仮想世界へのダイブ経験が長い准の口から「ゲームしすぎ」というまさかの発言が飛び出したことに、珪子を含む女子生徒は驚きの表情を隠せなかった。

 あなただけには言われたくない、視線がそう訴えかけてるようにも見えた。

 

「だって……色んなところでポイントがもらえるのよ? やらなきゃ損でしょ?」

 

「本当は……キリト君やジュン君もやりたかったんじゃないの?」

 

 時代の最先端を行くオーグマーを最大限楽しんでいる里香と明日奈が、これみよがしに「あなたもオーグマー使いなさいよ」と自慢げに話しかけていた。

 

 別に和人と准もオーグマーを持っていないわけではない。装着していないだけで今も学校鞄の中に入っているのだ。

 

 しかしARというものにイマイチ理解が進まないのか、仮想世界への思い入れが強いのか、自ら進んでオーグマーを使いこなそうといった気概は見られなかった。

 

「あーだめだめ明日奈、この二人はARよりVRの方がいいんだってさ。ボクはARも面白いと思うんだけどなー」

 

 この中で一番、というより全世界で一番仮想世界へのダイブ期間が長い木綿季が、右手を水平に振りながら微笑を浮かべている。

 

 目の前に仮想世界と同じような光景が広がり、かつアミュスフィアでフルダイブするときのような五感をカットオフするリスクを背負うことなく、現実世界で様々なコンテンツを楽しめるオーグマーは、木綿季にとってはまさに夢のマシンだった。

 

 しかし彼女も仮想世界に飽きたというわけではない。ただ単に長年憧れていた現実世界でやることが増えたことに、何よりも喜びを感じていたのだけなのだ。

 

 だが一方で恋人の和人がイマイチオーグマーに乗り気ではないことに、引っ掛かりがあるもの事実だ。

 折角高いお金を払うことなく、帰還者学校で無料配布されたのだから、和人も楽しめばいいのにと、そう思っていた。

 

「でもまあ、確かに便利よねー。どこでもテレビは見られるし、スマホよりナビが使いやすいし、天気予報は助かるし……」

 

「それにそれに、ユイちゃんやストレアともいつでも会えるからね!」

 

 里香と木綿季がオーグマーの利便性を語っていると、明日奈の肩にユイが、和人の肩にはストレアが、お人形サイズのナビゲーションピクシーの姿でどこからともなく現れた。

 

 仮想世界でAIとしてしか存在出来ないユイとストレアであったが、拡張現実を実現したオーグマーの機能により、立体映像ではあるがこうして現実世界に足を踏み入れることができていたのだ。

 

『えへへー、まさかキリトたちと現実世界でも一緒にいられるなんてねー!』

 

『夢のようです!』

 

 ごく普通のレストランに、妖精の姿をした小さいお人形サイズの女の子が二人漂っている。はたから見たら異様なこの光景も、オーグマーが爆発的に浸透したこの拡張現実社会では、ごくごく普通の光景になっていた。

 

 以前のようにセブンのところにお世話になりっぱなしといったこともなく、今やユイとストレアは誰かのスマホかアミュスフィア、ないしオーグマーがあれば、どこでも存在できるようになっていたのだ。

 

 未だに和人と一緒の部屋で過ごしている木綿季は、たまにストレアが遊びに来た時に「二人きりの時間を邪魔されるー」と不機嫌になることもあったが、基本的には現実世界でストレアたちとやりとり出来ることを嬉しく思っていた。

 

「それはそうと……実は結構気に入ってるでしょ? リズ」

 

「そ、そんなことないわよ! でもほら、帰還者学校の生徒全員に無料配布なんてされたら、少しぐらいは使ってあげなきゃなーって……」

 

「買うと高いもんねー、オーグマー」

 

「か、買ってしまうと……しばらくいろんなものを我慢しなければいけなくなりますからね……!」

 

 和人たちはいざ知らず、木綿季ら女の子組はここ最近オーグマーの話で持ちきりだ。新鮮ということもあったが、手軽にどこでも、好きなコンテンツが出来ることに、大変満足している。

 

「でもこれ、本当に便利だよねー」

 

「このちっこいマシンに、こんだけのものがつまってるなんてね……」

 

 オーグマーの機能はゲームだけではなく、自身の一日の摂取カロリーの自動計算といった健康管理や、周辺店舗の混雑状況の把握、自動販売機の在庫状況、交通状況等々、日常生活において知っておくと便利な情報がすぐにわかるようになっている。

 

 上手く応用すれば、忙しい一日でもつまずくことなく快適に過ごすことも可能だ。バッテリーの持ちもナーヴギア並ということもあり、もうすでに生活に欠かせないものとなっていたのだ。

 

「おまたせしました、こちらクリアボーナスセットとなっております」

 

 四人がゲームをクリアして五分も経っていないというのに、お盆に四人分のケーキを乗せたウェイトレスが、颯爽とケーキをテーブルに運んできた。

 ウェイトレスは一つ一つ、四人の前に丁寧とした所作でケーキをおいていくと「ごゆっくりどうぞ」と一言だけ残して、迅速に持ち場に戻っていった。

 

 卓上に置かれたケーキは一つ一つ全て種類が違っており、四人それぞれが自分の好きな、食べたいであろうケーキを見つめていた。

 

 珪子は可愛い装飾が施されたいちごの丸いショートケーキ、里香はブルーベリーとハーブミントがのったレアチーズケーキ。明日奈はクリームといちごが乗ったティラミス、木綿季は先端に黄色くて小さな栗が乗ったモンブランケーキだ。

 

 スイーツが好きで好きでたまらない女の子一行は目の前のスイーツに目を輝かせている。食べることが大好きな木綿季もさながら、珪子も首を横に振りながらご機嫌な様子だ。

 中でも甘いものに目がない里香は真っ先に目の前のレアチーズケーキにフォークを入れていた。

 

「すごいねー、これってAIが好みまで把握してるんでしょ?」

 

「でぃーぷらーにんぐ……って言うんでしたっけ?」

 

「機械のくせに気が利くじゃない。まあ……誰かさんならこうはいかないものね~?」

 

 木綿季と珪子がオーグマーの凄さに関心する一方で、里香だけは皮肉の意味を込めた言葉を和人に向かって送っていた。

 そんな里香の意図に気がついたのか、和人はお返しとばかりにこれ以上食べると太るぞと言わんばかりに、反撃を試みた。

 

「そのAIは食べた物のデータも取ってるらしいぞ……」

 

「え……?」

 

「……ん?」

 

 常日頃から運動している木綿季はいざしらず、ろくに運動もせずにスイーツに目がない里香が頭に?マークを浮かべながら、AIから送られてきたメッセージに目をやった。

 先程までご機嫌でチーズケーキを口に頬張っていたが、そのメッセージを見るなり、だんだんと真顔になり、そして次第に不機嫌極まりない表情へと変化していった。

 

 里香の視界には、彼女の一日の平均消費カロリー、基礎代謝カロリー、摂取カロリーの計算式が表示されていた。

 一日の平均基礎代謝カロリーが、現在23.6kcal。合計代謝カロリーが1200kcalに対し、放課後のこの時点での里香の摂取カロリーは、すでに1000kcalを超えてしまっている。

 

 このレアチーズケーキのカロリーは321kcalなので、摂取していいカロリー量を上回る計算になってしまう。女の子にとっては由々しき事態だ。

 特に、スイーツ大好きな里香にとっては致命的なまでの死活問題となっていた。甘い幸せをとるか、苦しい現実と向き合うか、その究極の二択を迫られていたのである。

 

 

――――――

 

 

 同日 午後16:05 東京都立川市泉町 ショッピングパークららぽ~と立川高飛

 

 

「ふん……! ふん……! ふん……!」

 

 和人たち六人は買い物客や下校生徒で溢れる立川のショッピングモール、ららぽ~と立川高飛に足を運んでいた。

 和人たちの通う帰還者学校がある東京都西東京市の田無駅から、西武新宿線を使って玉川上水駅で下車し、多摩モノレールに乗り換え、高飛駅まで乗り継ぎ、そこから徒歩数分の場所にこのショッピングモールは存在する。

 

 2015年に開業し、敷地面積92,500㎡、店舗面積60,000㎡、テナント店舗数240、駐車場3,055台と、大型のショッピングモールにしては小規模なものの、ここ立川市の地元住民から支持を得ているショッピングモールだ。

 

 そしてそのショッピングモールの三階、レディースやメンズなどの、ファッション関係の店が軒を貫いているこのエリアに、超のつくほど不機嫌になっている少女が、力強く一歩一歩足を踏みこみながら歩いていた。

 

 言うまでもなく里香である。デリカシーの欠片もない先ほどの和人の発言にえらくご立腹、といった様子だ。そのあとを珪子がなだめるように慌てて追いかけていた。

 

「リ、リズさーん! どうしたんですかー!」

 

 小走り気味に先陣を切って進んでいく里香を追いかける珪子の後ろに、和人、木綿季、明日奈、准の四人が複雑な表情を浮かべながらゆったりと歩いていた。

 

「……もう、和人があんなこと言うからだよ?」

 

「キリト君は昔からデリカシーがないからねー」

 

 和人のことをよく知っている木綿季と明日奈が呆れた顔で和人に野次を飛ばしている。和人は和人で頭をポリポリとかきながら「あんなに怒らなくても……」と困った表情を浮かべていた。

 

「お、女心って、複雑なんだな……」

 

 かつてここまで機嫌を悪くした女子を見たことがなかった准が、苦笑いを浮かべながらずいずい先を行く里香を遠目に見つめていた。

 

「ジュン君も、シリカちゃんのことしっかり見ててあげないとだめよ?」

 

「え!? いや……、え、えっと……」

 

 明日奈が少しだけ前かがみになって准の顔を覗き込むと、途端に准は顔を赤くしてしまっていた。というのも、准と珪子が冬から付き合い始めて、二人は恋人らしいことは出来ていないのだ。

 

 学食で一緒に食事したり、登下校したりといったことはあっても、どこかに一緒にお出かけしたり、デートにいったりとしたことは、まだ経験がなかったのだ。

 

 そんな恋に初々しい准の反応を、かつて和人と交際経験があった明日奈は、まるで弟を見守る姉のような触れ合い方で接していた。

 

「ねえ、デートの予定とかはないの?」

 

「え、えっと。デートかどうかはわからないですけど、オーディナル・スケールのクエストを一緒にやろうって約束はしてます」

 

 そう言いながら准は肩から下げている自分の学校鞄から、オーグマーを取り出して、自身の左耳に装着した。すると目の前には現在の時刻、今いるエリアの天候、リアルタイムで最新の情報が寄せられるトピックスが表示されてきた。

 

「そうなんだ……。それじゃあ格好いいとこみせなくっちゃね?」

 

「う……うん!」

 

 今年の春にリハビリを終え、退院したばっかりの自分の体がこの現実世界でどこまで動いてくれるかはわからない。

 だけど自分は男の子だ、折角一緒にやるんだから、ALOみたく格好いいとこみせてやりたい。そんなちょっとした下心を持ちつつ、准は男の子の顔になっていった。

 

 そんな微笑ましい准を、傍らから暖かく見守っている兄貴分の和人が、腕組をしながら頷いていた。

 

「青春してるなあ……うんうん」

 

「和人、ちょっとおじさん臭いよ……?」

 

「ん、そうか……?」

 

 

――――――

 

 

 のんびり歩いている和人達をよそに、里香と珪子はどんどん先に歩いて階段を降りて一階フロアにたどり着いていた。

 小走りにしては妙に早く進んでいく里香に、走っていた珪子が追いつくと「キリトさんも悪意があって言ったわけじゃないんですから」と必死に里香をなだめていた。

 

 珪子の必死の声かけもあり、そこまで怒っているわけではなかった里香は「しょうがないわね……」と一言だけ漏らすと、気持ちを切り替え、機嫌を直していた。

 

「ちょっとムキになってただけよ、大丈夫。もう怒ってないから」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

「あたしだってもう子供じゃないんだから、あんなこといつまでも引きずらないわよ」

 

 微笑を浮かべながら珪子の肩をぽんぽんと叩くと、珪子は少し安心したのか笑みをこぼしていた。

 それからは歩くペースも女の子らしくゆっくりと、歩幅も短くして、ゆったりと歩をすすめながら後方から和人たちが追いつくのを待っていた。

 

「それにしてもユナのファーストライブに、帰還者学校の生徒全員が無料招待されるなんて思いませんでしたね……」

 

「社会科見学の一環、らしいわね? ライブが何の授業になるんだか……」

 

「本当ですよ、なんだか変わってますよね。私達の学校って」

 

 

 ―ユナ―

 

 

 オーグマーのイメージキャラクターとして、オーグマー発売と共に一躍人気になった、史上初のARアイドルの名前である。

 独特のファッションセンスの衣装に身を包み、清く透き通ったようなキレイな歌声が、たちまちアイドルファンの心を鷲掴みにしている。

 

 ARアイドルということで、プログラムで組まれたAIだと公式から公言されているが、歌声や仕草があまりにも自然すぎて、本当は生身の人間が直接演じているのではないか? というウワサが流れるほど、彼女の立ち振る舞いはリアリティに溢れている。

 

 間近でユイやストレアといった高知能AIを見てきた和人たちにとっても、それはそれはまるでそこに実際に生きているかのように感じるほどだ。

 

 そんなユナが来週4月29日の祝日に、新国立競技場でファーストライブを開催するという。和人たちが通う帰還者学校の生徒は、全員このライブに無料招待されているとのことだ。

 

 これに一番飛んで跳ねて喜んでいたのは、他でもない珪子本人だった。彼女は否定しているが、彼女はユナの大ファンなのだ。楽曲は全てDL購入済み、今日もここ立川まで足を運んだのも、パッケージ版の新曲のCDを買うためだったのだ。

 

「ユナの大ファンでよかったじゃない、アンタ」

 

「そ、そこまでじゃないですって!」

 

 あくまでも本人は否定を続けているが、鞄にユナのパートナーロボットの「アイン」のストラップをぶらさげ、さらに鞄の中にファンブックを常備していては、まるで説得力が感じられない。

 

 しかしあくまで自分はそこまでどっぷりハマっていないと豪語する珪子の態度に、里香は何か思い浮かんだのか、不敵な笑みを見せながらとあるアプリケーションを起動させていた。

 

「この前カラオケでもって木綿季たちと熱唱してたじゃない?」

 

 里香が右手で何やらメニューを操作すると、珪子の周辺に突如としてライブなどでもよく見られる小型のスポットライトが表示された。もちろんこれも実際に出現したわけではなく、ARである。

 

 ユナのデビュー曲の前奏とともに珪子の周囲が暗くなり、スポットライトの光は彼女を取り囲むように、赤、青、黄色、白など様々な色の光を放ち始め、たちまちショッピングモール内は完全に珪子の臨時ソロライブ会場と化していた。

 

 普通、こんな人通りの多い場所で大音量で、それも派手なエフェクトなぞばらまいたら大迷惑なことこの上ないが、この現代社会は違う。あらゆる人がARとオーグマーに理解を持っているのもあり、容認している。むしろ何が始まるんだ? と期待に胸をふくらませている人もいる始末だ。

 

「ちょ、ちょっとリズさん……!」

 

「ほらほら、みんなにも聞かせてあげなさいよ!」

 

 爽やかながらも勢いがあり、ノリのいい前奏が流れ続けている中、珪子は恥ずかしさと歌いたさの両方と闘っていた。

 こんな大勢の人たちの前で歌うなんて恥ずかしい、でも歌ってみたい、いやでも恥ずかしい、それでも歌いたい!

 

 そんな葛藤を抱えながらも珪子の左手は、自身の右肩から下げている学校鞄に差し込まれた、オーグマーのタッチペンを掴もうと着々とその距離を縮めていった。

 

 最後まで葛藤していた珪子であったが、心の奥底から溢れ出てくる歌唱欲に勝つことができずに、曲の歌いだしが始まるタイミングで、気が付くと左手にタッチペンを握り締めてしまっていた。

 

 珪子が歌いだすとタッチペンは黒いマイクへと形を変え、たちまち周囲にギャラリーががやがやと集まり始め、中には拍手や合いの手を合わせてくれる人まで現れた。

 今この瞬間だけはこのショッピングモールは珪子、いや、アインクラッドのアイドル的存在、竜使いのシリカちゃんの独壇場となっていた。

 

「シリカー! 輝いてるわよー!」

 

 里香がニヤニヤしながら野次を飛ばしていると、後方から里香たちのあとを追いかけてきた和人たちが姿を見せていた。

 和人は目の前の異様な光景を目にするなり「何だこれは……」と小さな声で呟いていた。

 

「わわわ、シリカが歌ってるよー!」

 

「あはは、ノリノリね、シリカちゃん!」

 

 和人はポケットに手を突っ込みながら数メートル離れた場所で一心不乱に歌う珪子を見守っていた。一方で木綿季と明日奈は珪子を見るなり楽しそうに彼女に合いの手を送っていた。

 最後にメンバーに追いついた准も、恋人が文字通り輝いている光景を目にするとたちまち笑顔になり、拍手を送りながら、両手を顔の周囲に当て応援の言葉を投げかけていた。

 

「シリカー、頑張れー!」

 

 准からの声援に気が付くと、珪子はさらに腹と喉に力を込めて、ユナの楽曲を歌い続けていた。

 気が付くと周囲のボルテージは最高潮に達し、タッチペンをサイリウムに見立てて前後に振るギャラリーまで現れ始めた。このショッピングモールにいるお客全員の視線という視線が、珪子のソロライブに注目を集めていた。

 

「うぅ……ボクもう我慢できない!」

 

「お、おい木綿季!」

 

 学校鞄を傍らに置き、懐からタッチペンを取り出しながら木綿季は珪子のもとへと走り出していた。

 仮想世界ではあるが、かつて大勢の観客の前でチャリティーライブを成功させた実績をもつ木綿季も、かつての胸の高鳴りを思い出していた。

 

 タンッという音を立てて床を蹴り、一気に珪子のもとへとたどり着いた木綿季は珪子と仲良く肩を組んで、楽曲の最後のサビを一緒に歌い上げていた。

 

 木綿季の晴れ舞台と知ると、恋人の和人は黙っちゃいなかった。すぐさま鞄からオーグマーを取り出し、自分の左耳に装着すると、すぐさま電源をいれて起動し、木綿季の勇姿をその目に焼き付けようとしていた。まったく現金なやつである。

 

 明日奈と里香は首と足先でリズムを取り、二人の歌に耳を傾けていた。ストレアとユイも再びどこからともなく現れ、手をパチパチと叩いてリズムをとりながら、木綿季と珪子のライブを楽しんでいる。

 

 

 VR技術の第一人者で、世界的に有名なVRアイドルである、七色・アルシャービンことセブンからの直接の歌の指導を受けたことのある木綿季は、常人とはあまりにもかけ離れている歌唱力を披露していた。

 

 木綿季が歌に加わり、珪子とのデュオになると周囲のギャラリーは更に大いに盛り上がりを見せていた。このままではもはや警備員がやってきてもおかしくないぐらいの騒ぎになってしまっている。

 

 最後のサビが終わり、後奏が流れ、やがて楽曲の終りとともにAR演出が解除されると、周りを取り囲んでいたギャラリーからは拍手喝采と称賛の嵐が二人に送られた。

 こんなキュートな女子高生が二人仲良く、今話題沸騰中のユナの曲を高い歌唱力で歌い上げているのだ。盛り上がらないはずがなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 腹から声を出し、精一杯満足のいくところまで歌った二人はご機嫌の表情で和人たちのもとへと戻っていった。周囲からの拍手はまだ鳴り止まず、中には写真や動画まで撮影している者まで見え始めた。

 

「和人! どうだった?」

 

「ああ、とっても上手で可愛かったぞ。さすが木綿季だ」

 

「やったー!」

 

 恋人から素直な感想をもらえると、木綿季は手を上げ飛び跳ねて喜んでいた。大勢の前で歌うのは実に一年ぶり以上であるが、やっぱり歌い抜くと気持ちいい点は変わらなかった。

 

「シリカも、すっごく上手だったよ」

 

「えへへ、ありがとうございます、ジュン君♪」

 

 こちらはこちらで、木綿季たちとは別のベクトルで甘々な空気を醸し出していた。両方とも背が小さく、子供っぽく見えるからか、初々しくも甘酸っぱいような、そんな関係の二人に見えていた。

 

 

――――――

 

 

 同日 午後16:30 タワーディスクららぽ~と立川高飛店

 

 

「えへへ……♪」

 

「よかったな、無事に買えて」

 

 小さめの緑色のビニール袋の中に入ったCDを見ながら、珪子がご機嫌そうに首を左右に振っていた。この日発売のユナの新曲のマキシシングルを無事にゲット出来たのである。

 

「それにしてもDL版だって買ってるんでしょ? アンタ。よくパッケージ版まで買ったわね……」

 

 既に曲そのものは手に入れてるんだからわざわざパッケージの方も買わなくていいじゃないと、里香が呆れた表情で珪子に話しかけていた。

 

「な、何言ってるんですか! パッケージ版は……これはこれで大事にとっておくものなんです!」

 

「とかなんとか言っちゃって、ちゃっかり特典貰ってたじゃない」

 

「うぅ……」

 

 シリカの左手には、買ったばかりのマキシシングルとともに、ここの店でしか手に入らないオリジナルポストカードが握られていた。CD自体が欲しかったこともあったが、珪子の真の目的はこのポストカードだったのだ。

 

 そんな下心をまんまと見透かしていた里香は、ニヤニヤしながら珪子をからかい続けていた。返す言葉もない珪子は、困った表情を浮かべながら准に助けを求めるべく、彼の顔をまっすぐと見つめていた。

 

「うぅ、リズさんってば……アインクラッドにいたときから、ずっと私のことこんな扱いです……」

 

「ははは、仲が良くていいことだと思うぜ? オレは」

 

 准が珪子に歩み寄りながら、彼女の頭にポンと優しく掌を乗せると、珪子も嬉しそうに彼の手を受け入れていた。

 それですっかりご機嫌になったのか、珪子は先程まで里香に言われていた嫌味のことなどどうでもよくなっていた。

 

「えへへ……♪」

 

「あ、アインクラッドって言えば……あの例のウワサって本当なのかな」

 

「例のウワサ……?」

 

 明日奈が人差し指を顎に当て、ショッピングモールの天井を見上げながら、何かを思い出したかのように呟いた。今彼女たちが夢中になって遊んでいる、大人気ARゲームの中で流れているウワサのことだ。

 

「オーディナル・スケールに、旧アインクラッドのフロア階層ボスが出現するっていう……」

 

「ああ、あれね……、謎のイベントバトル」

 

「へぇ~……そんなのがあるんだ。ボクSAOにはちょこっとしかいなかったから、戦ってみたいなー!」

 

「オレもオレも!」

 

 

 ―オーディナル・スケール―

 

 

 通称OS、今日本中を震撼させている、最先端ARゲームのタイトルだ。ソードアート・オンラインやアルヴヘイム・オンラインがVRMMOならば、オーディナル・スケールはARMMOといったところだ。

 

 現実の世界を舞台にモンスターが現れ、これを討伐することによって、オーグマーのポイントを大幅にもらえるシステムとなっている。

 ポイントを稼ぐと「プレイヤーランキング」が上がり、通常のオーグマーのサービスとは別に、企業から更なる恩恵を受けられるものとなっている。

 

 何よりVRMMOとの最大の相違は、現実の世界、つまりは仮想世界のアバターではなく、生身の肉体を動かしてモンスターと戦うところにある。

 生身なのでプレイヤー本人の運動神経がモノを言うし、服装も動きやすいものを選び、自身のコンディションも最高にしておかなくてはならない。

 

 オーディナル・スケールを起動すると、目に見える情景は現実のものとはかけ離れた中世風のものに様変わりし、実際にある障害物や建物も、姿を変えてオブジェクトとして存在することになる。

 モンスターは立体映像だが、建物や障害物は実際にそこにあるので、誤ってぶつかったりしたら本当に怪我をしてしまう。そこだけは注意しなくてはならない。

 

 最初は交通事故や、プレイヤー同士での接触事故なども懸念されたが、周知に周知を重ねたプレイヤーマナーの徹底、公的機関の全面協力による交通整備、人員誘導、区画整理などにより、安全性の確率を実現している。

 

 オーディナル・スケールはまさに、次世代MMOとしての屋台骨を背負う、今もっとも注目されているゲームとなっているのだ。

 

「旧アインクラッドってところが、なんか引っかかるよな……」

 

「そういえばそうよね……、ALOの新生アインクラッドに対抗して、敢えて旧SAOのものを採用してるのかしらね?」

 

「どっちにしろ、出現場所の情報がギリギリまで隠されてる所為もあって、脚がないと参加自体が難しいの……」

 

「…………」

 

 五人がオーディナル・スケールの話題に花を咲かせている最中に、和人がこっそり抜き足差し足でその場から立ち去ろうとしていた。

 その動きにいち早く気付いた木綿季が、和人の制服の首元の襟部分をむんずと鷲掴みにし、彼に向かって満面の笑みを浮かべて見つめていた。

 

「ねえ明日奈、脚があればいいんだよね?」

 

「え、ええ……そうだけど……」

 

「だってさ、和人♪」

 

「……あ、あはは……」

 

 木綿季の考えていることがわかってしまった和人は、顔を引きつらせて諦めムードを漂わせていた。

 ただでさえオーディナル・スケールには乗り気じゃないというのに、そのボスモンスターが出るであろう場所に送り届けるアッシー君の役割を担って欲しいというのだから。

 

 俺はそんなことのために自動四輪の免許を取ったんじゃない、家族全員で旅行に行けたらいいなと思って取得したのだ。

 断じてこの面子の運び屋となるべく教習所に通ったわけじゃないと、心の中で思っていた。

 

 

「和人~♪」

「キリト~♪」

「キリトさん♪」

「キリト君~♪」

「キリトさん!」

 

 

 もはや拒否権というものを剥奪された和人は全てを諦め、この五人の意思に従うしかなくなっていた。

 

「……わかったよ、父さんに頼んで車貸してもらうよ……」

 

「わーいやったー!」

 

「さっすがキリト君!」

 

「伊達に黒の剣士名乗ってないわねー!」

 

「かっこいいです! キリトさん!」

 

「さっすが、キリトの兄貴だぜ!」

 

 和人が協力してくれることになった瞬間に、急にごまをすりだした五人の態度に、本人は頭を抱えていた。

 個人的には面白いガジェットツールという認識はあるのだが、やっぱりなんだかんだ言ってフルダイブの方がいい、彼はそう思っていたのだ。

 

 しかし彼らは知らない。このオーディナル・スケールというARMMOが、かつてデス・ゲームと呼ばれたソードアート・オンラインと同じように、ただのゲームではない(・・・・・・・・・・)ということを……。

 

 




 
 ご閲覧、ありがとうございます。空白の間に色々進展してて驚かれたと思います。オーディナル・スケール編はもう1話蓄えがありますのて、そちらもお楽しみくださいませ。
 

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