ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
鉄は熱いうちに打て、という言葉もある通り。書けるうちはなるべく書いていく方向性で行こうと思います。
そして、感想を頂いた方々へ。本当にありがとうございます。
こんなにも待っていてくれてたんだと、胸がいっぱいになる反面、待たせすぎて申し訳ないと思ってしまいした。
出来るだけ週一投稿を目指して活動して参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
西暦2026年12月18日(土) 午後17:10 埼玉県川越市宮下町 桐ヶ谷邸庭先
「ふう、間に合ったな」
冬だと言うのに、和人の額から汗が流れている。一通りの食材、食器類などのカトラリー、ごみ捨て用のダストボックス。
炭や灰を捨てるための火消し壺や焚き火用トング等。
まだまだ細かく必要な道具も用意されていなかったので、それらを片っ端から準備していたのだ。
時刻は十七時を過ぎ。僅かに残っていた夕陽の残り香もすっかり無くなってしまい、完全な夜となってしまっていた。
しかし、ここは街中なので田舎の山中やキャンプ場と違ってしっかり街灯が設置されてるため、通行に不便がない程度の明るさがしっかりキープされている。
「もしかしてランタンいらなかったんじゃないか……?」
ひとつは樹木の枝に、もうひとつはテーブルの上に配置されたランタンの存在意義に疑問を唱える。
こういう娯楽は雰囲気が大事なこともあるので、一概に周りが明るいからと言って蔑ろにする必要も無い。
特にアウトドアなどの非日常を味わう趣味となると、尚更それっぽい雰囲気を出すのに拘りが大切なこともある。
「えー? でもこういうのがあった方がいい雰囲気になるよー?」
ランタンの柔らかな灯りに満足している木綿季が言葉を遮る。
樹木の枝にぶら下げた方は白熱球並のかなりの光源を放っていたが、一方でテーブルに設置されたランタンは赤みがあり、暖かで柔らかな優しい光を放っていたのだ。
見ていると安心するようなランタンの光に、木綿季は心做しかほっこりとした気分でいた。
「多分あっちのランタンは虫除け用で買ったんじゃないか?」
「え、虫除け?」
「ああ、虫って光に集まる習性があるだろ? 電柱の街灯とかによく集まってるの、見たことないか?」
「……あー、確かにあるね」
「うんうん、夏場とかは特にね!」
今は冬場なのでさほど気にはならないが。夏場の地方というのは虫との戦いでもある。
特に夕方から夜にかけては家屋の電灯や街中の灯り、はたまた自販機から漏れる光にも反応し、蛾などの虫が群がる光景が浮かび上がる。
恐らくその模様を見ることすら不快に思う人もいる事だろう。
キャンプ場も勿論その例外では無い。
それどころか整備されてるとはいえ、基本的に大自然のど真ん中に施設があるキャンプ場は、虫たちの格好の住処と言えよう。
キャンパーも当然のように虫除けスプレーや蚊取り線香、はたまたオニヤンマを模した虫除けグッズ等を用いて害虫対策はしてはいるが、どれも似たり寄ったりで効果があるのも疎らだ。
そこで逆の発想だ。どうせ虫がよってくるのなら、集めてしまおうと。
発光明度が高すぎるランタンを、自分たちのスペースから少しだけ離れたところに設置し、そちらの方に虫の気をそらすというもの。
これが意外にも効果てきめんで、こぞって虫たちはそちらの光源に集まっていくという。
そして、自分たちのスペースにはLEDライトのような虫が集まりにくい灯りを設置することで、夜間も問題なくアウトドアを楽しめるというわけだ。
「まあ、今はさほど気にする程でもないだろ。真冬なんだし」
「あはは、そーかもね」
食材よし、小道具よし、消耗品よし。
各方面での準備が整うと、あとは両親の帰りを待つだけとなった。
焚き火台には既に着火剤と、直径十センチ程の薪がセットアップされており、炭火グリルにも同じように着火剤が敷き詰められ、その上に真っ黒な備長炭がゴロゴロと転がっている。
「お母さんたち、まだかなあ」
「あの後タクシー拾ったってメッセージがあったよ? だからそろそろじゃないかなあ」
「早く来てくれないと俺たち風邪引いちまうぞ……」
和人がスマホのお天気アプリで天候情報を確認する。
すると現在の川越市の気温は先程よりも落ち込み、四度を指していた。
すぐにでも先に焚き火を始めたいところではあったが、大人が不在の今は火の取り扱いをするべきでは無い。
万全の対策を講じてはいるものの、それでも万が一という可能性がある。
特に、焚き火は火力がガスコンロと比べて段違いで、中に水分が残った薪が突然爆ぜて火の粉を舞わせることもある。
それによって周囲の草木に飛び火、引火して火災に発展。なんて恐ろしい事案も考えられる。
「……お、帰ってきたんじゃないか?」
遠くから車の走行音とエンジン音が聞こえてくる。桐ヶ谷邸のファミリーカーは目の前にあるのでそれではない。
その音の持ち主であろう車の音は段々と大きくはっきり聞こえるようになり、やがて自分たちの家の前で停止した。
その車の中に、人影が三人分確認できる。
運転席に一人、後部座席に二人。女性と男性客のようだ。
「あっ!」
その光景を確認すると、木綿季の表情がぱあっと明るくなる。ローチェアから腰を上げるとぴょんと元気よく立ち上がり、支払いをしているタクシーの前まで駆けていく。
タクシーのフロントに設置されてる支払い中の赤いランプが点灯している。
そのランプがやがて降車中に切り替わると、後部座席のドアが「ガチャッ」という音を立てて開かれた。
いつもは電車と徒歩で通勤帰宅している二人も、今日は足並みを揃えて仲良く帰路に着いていたようだ。
「ありがとうございました」
一足先にタクシーを降りた女性客が、ここまで安全に連れてきてくれたドライバーに軽く会釈して感謝の言葉を送る。
その後に続いてガタイのいい男性客も同じようにタクシーを降りた。
「おかえりなさーい! お母さん、お父さん!」
二人の姿をしっかりと視界に捉えると、木綿季が嬉しそうに駆け寄る。三人兄妹の両親である峰嵩と翠が帰宅したのだ。
「ただいま、木綿季。和人、直葉」
「ふう、今帰ったよ」
それぞれ仕事帰りという事もあり、びっちり決めたビジネススーツに身を包み、その上にはメンズのコートと、レディースコートが纏わられてる。
峰嵩はクリーム色で、サラリーマンというよりは所轄の刑事といった印象を思わせる。
翠は黒みがかったグレーの淡い色合いの物を着用しており、出来るキャリアウーマンのような雰囲気を醸し出していた。
「おかえりなさーい!」
「おかえり、父さん、母さん」
一日家族のためと労働に精を出していた両親に労いの言葉をかける。
木綿季は積極的にカバンを持ち、それに続くように和人と直葉も歩み寄る。
いつも見慣れている我が家の庭先に、普段は見ないキャンプギアがずらりと並べられている光景を目にし、今夜は楽しくなりそうだと、頬の筋肉が緩くなる。
「すごいわね、全部三人で準備したのね?」
「ほとんど私が一回使ったっきりで腐らせていたものだな、ははっ」
翠は関心の表情で、峰嵩は自分の私物を再利用されていることに微妙な表情を浮かべながらバーベキュースペースへの感想を述べた。
しかしそもそも、この様なことになったのは買って溜め込んで中々使おうとしない峰嵩のズボラな面が招いたことだ。
その片付けや後始末でさえ、自分の子供たちにやらせてしまっているのだから、何かを言える立場ではなかった。
「それも、ほとんど一回こっきりで使うのやめちまっただろ? 勿体ないよ、父さん」
「か、返す言葉もないよ」
全くもって息子の言う通りである。
自身の小遣いの範囲で買ったものとはいえ、たった一度の使用でそれっきりにしてしまうのは、正直なところお金の無駄と言う他ならない。
それも妻である翠の真横でそのような事を聞かれてしまっては、お小遣いの査定にも影響が出てしまいそうだ。
現に翠の表情はニコニコしているものの、若干引きつっているように見えなくもない。
「なんでもいいけど早くはじめよーよー! ボクお腹ペコペコだよー!」
「あたしもだよー! それに寒くてこのままじゃ風邪ひいちゃう!」
「っと、それもそうだ。父さん、火を使うから立ち会ってくれよ」
「ん、では着替えてくるよ」
一旦木綿季に持ってもらったカバンをもう一度受け取ると、峰嵩と翠はゆっくりと我が家へと入っていく。
師走の時期になると仕事も忙しくなってきてしまい、中々定時で帰るというのは難しくなる。
しかし、今日のように特別な日ともなれば気合の入りようが違う。
急遽リスケし、休憩時間を削り業務をこなし、上司からの無茶ぶりが来ないように祈りつつ黙々と仕事を進める。
残業するのが当たり前となってしまっているこの日本社会に置いて、意地でも定時で上がるという鋼の意思で、全てをやりきったこの二人は立派だと言えよう。
――――――
同日 午後17:25 埼玉県川越市宮下町 桐ヶ谷邸庭先
「おまたせ」
先程まで見せていた仕事着から私服へと着替え、すっかり仕事モードからリラックスモードへと切り替わった夫婦が姿を見せる。
峰嵩はグレーのくたびれたセーターにカーキ色のパンツ。
翠は和人と同じような全身黒一色で、上はトレーナー、下はレディースパンツに身を包む。
しかし、二人とも心做しか上も下も衣服がくたびれている印象を受ける。
「ようし、それじゃあ始めよう。まずは焚き火をつけないとな」
「わあっ、やっとなんだねー! ボク楽しみ!」
「あたしもあたしも!」
耐火性機能を持ったオレンジ色の焚き火用グローブを両手に装着し、和人が焚き火台の前に屈み込む。
パラボラアンテナのような形をした焚き火台の底には、板チョコの形状をした固形タイプの着火剤が三つほど敷かれており。
その上にホームセンターなどでよく見る薪が六本ほど、支え合うような形で積み上げられている。
「あ……ねね、和人。ボクやってみたい!」
前回、詩乃たちと一緒にやった落ち葉焚きの時は見ているだけだった木綿季が、今回は自分の手で焚き火をやってみたいと手が上がった。
淡々と作業を進めようとしていた和人であったが、こんなに楽しそうなことを木綿季が見逃すはずがない。
実際、焚き火の炎を見るのは楽しいものだ。
不規則にメラメラと燃え上がり、同じ燃え方は絶対にしない。
パチパチと心地いい音を響かせながら、淡々と黒く炭化しながら燃え盛っていく。
世の中のキャンパーには焚き火をしたいがためにアウトドアをやっている人もいるくらいだ。
すっかり暗くなった今の時間となっては、更にやりがいを感じることだろう。
「俺は構わないぞ? 木綿季がやりたいなら。いいかな、父さん」
この中で火の取り扱いをした事があるのは和人、峰嵩、翠の三人だけだ。
故に、火の恐ろしさは十分に理解している。
火を取り扱う際の注意点は何も火災だけではない。
バーナーから出るガスの炎、加熱された鍋類からの熱、時折焚き火から焼け落ちる炭の欠片など。
燃え広がりだけではなく、それらからの火傷にも十分留意しなくてはいけない。
それらの注意点も踏まえて、和人は保護者である峰嵩に許可を求め、視線を送る。
「十分注意しながらなら、私は構わないよ」
眼鏡がかけられたコワモテの表情で精一杯の笑顔を作り、娘がチャレンジする為の背中を押す。
若いうちは何でも経験。たくさん体験してきたことが自分が大きくなった時の糧となる。
それが、普段学校や会社でやり得ない非日常の体験なら尚のことだ。
峰嵩から許可を貰うと、途端に木綿季の顔が明るくなる。目をキラキラさせて、顔の筋肉が緩み、ついつい嬉しそうにバンザイのポーズまで取っている。
「ホントに!? やったー!」
心底嬉しそうな木綿季の反応を見て、周りにも笑顔がこぼれる。
許可を貰った木綿季は早速嬉々として焚き火台の傍に駆け寄り、今度は和人にどうすればいいの? と視線を送る。
「よし、じゃあ教えていくからな? よーく聞いとくんだぞ?」
「ウンっ! わかった!」
まだ火を点けてもいないのに自身たっぷりな面構えで少し食い気味で和人の方を見る。
焚き火台のすぐ側に置いてあるトーチバーナーと焚き火用グローブに手を伸ばし、木綿季の目の前に差し出す。
木綿季がそれを受け取ると、これで火を点けるの? と頭上にクエスチョンマークを浮かべながら次の指示を待つ。
「これがトーチバーナーだ。使い方は簡単だけど、火が勢いよく出るから注意するんだぞ?」
「う、うんっ」
「この手前についてるハンドルを時計回りに回すとガスが出る。そしてその状態でこのトリガーを引くと小さい火花が散って、火になって出続けるんだ」
「ほあー、凄くカンタンなんだね?」
「簡単だからこそ怖いんだぞ? 俺なんか使い終わったこいつに腕が当たって軽く火傷したことあったんだからな」
「ええー……それは怖いなあ」
「それだ、その怖いって思う気持ちが大事なんだ」
そう、ここは現実世界。仮想世界と違って怪我をすれば痛いし火傷をすれば跡が残る。
HPが減ったり状態異常になるだけ、とはいかないのだ。
だからこそ、気を付けなければならない。
アウトドアは自然を相手にするアクティビティでもある。
故に、巨大な力を持つ自然へのリスペクトを忘れてしまっては、多大な代償を払うことにもなりかねない。
取り返しのつく範囲ならまだいいが、そうでない場合は、最悪命の危険に脅かされることも珍しくない。
なので、自然への恐怖と尊敬の意だけは絶対に失ってはならない。
アウトドアに携わる上で忘れてはいけない心構えだ。
「今、木綿季は火に対して怖いって思ったよな?」
「え? あ、うん。ヤケドしたら嫌だなとか、火事になっちゃったら怖いなって……」
「その気持ち、絶対忘れないようにな? 火もそうだけど、自然そのものに対する意識ってのは大事なんだ」
その警告を耳にすると、少しだけ不安になる。実際に薪に火をつけるのはものの数秒の作業に過ぎない。
確かに簡単ではあるが、簡単だからこそ、おざなりにしてはいけない。
一歩間違えば大事故になるからこそ、和人は念には念を押して、しつこいくらいに木綿季に自然の怖さを言って聞かせていく。
聴き始めた時こそ不安の顔色を隠せなかった木綿季であったが、話を聞いていくうちに彼の真剣さも同時に受け取り、ふざけ半分でやってはいけないんだと、身を引き締まらせる。
「……とまあ、色々小難しいことくっちゃべったけど。要は注意して楽しもうな、ったことだよ」
「う、うん。ようし……やってみる!」
「ああ、ファイトだ。木綿季」
少しだけ緊張した趣きで焚き火台と対面すると、まずは焚き火用グローブを手にはめる。
これなら万が一手首から先が熱源に触れるようなことがあっても、ある程度は熱さから守ってくれる。
次に和人に言われた通りにバーナーのハンドルを右回りに捻る。
すると小さく「シュー……」というガスが外に流出している音が聞こえた。
次にゆっくりとその口を着火剤と薪がくべられている箇所へと位置を合わせ、人差し指でトリガーを引く。
カチッという音が聞こえたかと思えば、今度は瞬く間にボォッ、という勢いのある音と共に青色とオレンジ色が混ざりあった炎が吹き出された。
「わわっ! ひ、火が出たよ和人!」
「絶対に手を離すなよ? 火を消すにはさっきのハンドルを逆回しするしかないからな」
この状態で地面に落下させようものなら大惨事になりかねない。少しだけバーナーを握る利き手に力が込められる。
バーナーの先端からは長さ十センチ程の青い炎が放出されている。青いということはそれほど高温だということを示している。
人肌に当たってしまえば皮膚の火傷だけでは済まされない。
「ゆっくりでいい。そのまま着火剤に火の先端を当てるんだ」
「ち、着火剤に……」
「でも点火すると結構大きく燃え広がるから、火が移ったと思ったら素早く手を引っ込めるんだぞ」
「が、頑張る!」
的確なアドバイスを聞き入れながら、言われた通りに右手を動かしていく。
着火剤が炎にあてがわれると、ジリジリ……と物が焦げるような音が聞こえる。
そして着火剤の名は伊達ではなく、当てたかと思えば一瞬で炎が燃え広がっていく。
「わわっ、もう点いちゃった!」
「いいぞ木綿季、もうバーナーを消すんだ」
使い終わったら手早く消す。炎を取り扱う時の鉄則だ。和人に言われると木綿季はちょっとだけ焦る様子を見せながら、今度はハンドルを反時計回りに捻る。
すると先程まで轟いていた燃焼音はどんどん小さくなり、それに比例してバーナーの青い炎も消えていった。
「その状態でもまだ熱いからな。誤って触らないようにしろよ?」
「う、うん!」
トーチバーナーを焚き火台から離れたところに置くと、今度は和人が長さ五十センチ程ある焚き火用のトングを差し出してきた。
グローブがあるとはいえ、そのまま手で直接薪等をいじくるわけにはいかないので、このトングを用いて薪の位置の微調整を行う。
「着火剤の炎が上手く薪に当たり続けるように位置をズラしてやるんだ。燃えてない着火剤があったらそれにも燃え移らせる」
「えっと、炎を当てて……」
真剣な表情で焚き火を育てていく木綿季の様子を、家族一丸となって見守っている。
ひとつ、またひとつと全ての着火剤に火が燃え移ると、暗かった桐ヶ谷邸の庭全体が炎のオレンジ色で染められていった。
時折、パチンッと火が弾けるような音が響き、その度に木綿季がびっくりして上半身をビクつかせる。
「結構いい薪だな。しっかり乾燥してるものを売ってくれてる」
「ほえ? そーなの?」
「全部がそうじゃないんだけど、中には内部にまだ水分が残ってるのもあるんだよ」
「ええー!? そ、それってちゃんと燃えるの?」
「うーん……燃えるっちゃ燃えるんだが、絶えず水分が蒸発してる音が鳴り続けて雰囲気が壊れる」
「そうなんだあ……でもこれはそんな音聞こえないね?」
三つ投下された着火剤は既にほとんどが消し炭になっており、その炎はしっかりとくべられた薪に燃え移っていた。
パチパチと音を立てて、今度は薪自身が周囲の酸素を取り込んで燃焼を続ける。
「水分が残ってると突然爆ぜたりするからな。そうなると燃えカスが弾けて危ないんだ」
「えぇー、それは怖いな……」
「でもあの店で買ったやつは大丈夫そうだ。これがホムセンとかになると質の悪い薪を売ってたりするんだよ」
過去に苦い経験があったのか、和人が微妙な表情を浮かべながら後頭部をポリポリと爪で掻く。
通常、樹木が伐採されてから薪となって人の手に売られるようになるまでは、一つの工程が不可欠となる。
それが薪の乾燥だ。
一般的にホームセンター等で売られている薪のサイズにカットしてから、ざっと最短で三ヶ月、最長で半年もの年月を要する。
日光がよく当たるところ、風通りが良いところ等で、ひたすら長い間乾燥させ続けなければ、アウトドアで使用することは出来ないのだ。
しかし、それを店頭で見極めるのは難しく。こればかりは運否天賦に身を任せるしかない。
熟練のキャンパーは持った時の重さや、叩いた時の音の響き方で見極めてる人もいるとか。
「ってことは、この薪は当たりなのかな?」
「ああ、そうゆうことになるな」
トングを上手く使い、薪の一本一本、そして全体にくまなく熱が伝わるように微調整を続ける。
細めのものから太めのものまで、焚き火台にくべられてる凡そ全ての薪に火がしっかりと移っているようだ。
「それにしても、お兄ちゃんってインドアなのに結構こーゆーの詳しいよねー?」
「……むむ、そいつは聞き捨てならないぞスグ」
「だってー、あんまりお兄ちゃんが焚き火とかってイメージわかないんだもん」
「あ、それはボクもそう思う!」
普段ゲームばかりしてる印象が強いのか、どうしてもこの兄がアウトドアと結びつくイメージが湧いてこない妹たちの態度に若干の不満を抱える。
前回の焼き芋の時にも同じようなことを言われたような気がするが、ここまでアウトドアに対して知識と心構えを持っているというのにこんな言われ方はないだろうと。
そんな偏見に異議を唱えようとしたが、和人はそうしなかった。
これ以上いじられるのも面倒くさいし、そこまでムキになるほど自分は子供では無い。
そう思うのならそう思ってもらって構わない。自分は行動でそのイメージを払拭していくと、今日のバーベキューにより一層気合をいれて望むことにする。
「……ん、木綿季。そろそろいいんじゃないか?」
「え? もうこれいいの?」
「ああ、結構火が安定してきた。あとはこの火を絶やさないように薪を適宜くべ足してやれば大丈夫だ」
「ってことは、焚き火完成なの?」
「バッチリだ。初めてなのにしっかり出来たじゃないか」
目の前で炎がメラメラと勢いよく燃え上がっている。不規則に、ムラがあり、時折大きく燃え盛る。
その明るさは家の蛍光灯や、白熱球、またLEDとも違った優しさがあった。
木が燃える音も相まって、見ていて飽きない。
一昔に、焚き火が燃えている様子をひたすら写し続けるといったライブ配信なるものが存在していたが、こういった趣なら需要があるのも頷けると。
木綿季はすっかり焚き火の魅力に取り憑かれていた。
「なんか、いいね……」
「ああ。落ち着くだろ」
燃えている薪をじっくり見守っていると、少しずつではあるが外側から黒く炭化していき、段々と細くなっていくのがわかる。
太さ十センチほどあった薪も、焚き火台の燃焼効率がいいのも相まって、その太さは三分の二程までになっていた。
「あったかい……」
「……ああ、そうだな」
間近で焚き火を見つめ続ける。
二人が焚き火に魅入られていると、それに続くように直葉も。
そして翠と峰嵩も、焚き火台に集まってくる。
誰もが無言で、ひたすら無言で焚き火を見つめている。
各々何を想いながら焚き火を見つめているのだろう?
家内の安全か、仕事の安定か。はたまた新しいことへの挑戦か。
これからの時代の変化はどうなのか。自分の将来はどうなるのか。
ただひたすら燃え続ける焚き火を見ているだけだと言うのに、五人は別々に心の中で考えを巡らせながら、目の前の暖かさに身を委ねていた。
しばらく時間が経つと、最初にくべた薪が半分ほど燃え尽きていた。
それに伴い火力も自然と落ちていく。はっと気付いた木綿季はテーブルの足元に転がってる薪の束から三本ほど抜き取り、再び焚き火台へと燃料を投下する。
一度勢いづいた火はそう簡単に消えることはなく、炭化した薪の欠片も熱源となり燃え続けているため、最初にくべた時よりも遥かに早く引火していった。
新たな燃料を得た焚き火台は火の勢いが更に増して、ゴォゴォとより大きい炎を形成していく。
それはもはや暖かいというよりは、熱いと言った方が正しいだろう。
それでも木綿季は出来るだけ近くで焚き火を見つめていた。
普段こういったことに触れる機会がないためか、物珍しさからかはわからないが。
今目の前で燃え盛る、心まで伝わるほどの暖かい光景に身を委ねていた。
ここにいる全員が完全に焚き火に魅了されている。見ようと思えば永遠に見ていられる。
時折舞う火の粉を目で追ったり、パチパチと心地よい音を感じるために、敢えて目を閉じて耳で楽しんだり。
師走の忙しい毎日に追われてる事もあり、この見守っている時間は、ただただ癒しの時間となっていた。
しかし、その癒しの時間はとある出来事で中断させられてしまうことになる。
グウゥ……
突如、静寂な空間を引き裂くかのように豪快な音が鳴り響いた。
その音の元凶たるは、誰もが心当たりがあった。
ただ一人を除いて、全員が一斉にその音の発生源に視線を移す。
するとそこには、自分のやらかしてしまったことに顔を赤らめている、女の子の姿があった。
言わずもがな、木綿季である。
顔が赤くなっているのは、何も焚き火に当たっていたからではない。
癒しの雰囲気をぶち壊してしまった恥ずかしさから、首から上を真っ赤にしてしまっているのである。
「……くすっ」
「う、うぅー……」
その姿を見て、どっと一斉に笑い声がこだまする。考えてみればつまみ食いしたことを除けば、お昼の時間から何も口にしていないのだ。
空腹じゃない方が不思議なほど。
かつて、川越のデパートで鳴り響かせた時よりも強烈で豪快、そして強大な響きであった。
「……バーベキュー、始めるか」
「あはは、そーしよ。ゆーきもこの調子だし」
「ボク、お腹空いてるの忘れてたよー……」
「わはは、若いっていいな。それではグリルの炭は私が育てるとしよう」
「では、私は飲み物を持ってきますね」
翠はそう言うと、くすくすと笑い声をもらしながら家族分の飲み物を取りに、家屋へと足を運んでいった。
峰嵩は焚き火台から程よい細さになった薪を二本ほど引っこ抜くと、それを炭火グリルに移し熱源とすることでグリルの着火剤に火を点ける。
瞬く間に着火剤に火が移ると、焚き火台と同じように炎が上がり、今度は備長炭に熱を加え続ける。
こちらは薪と違って燃え広がる訳では無いので、見た目は至極地味なものとなっている。
しかし、その炭を育てるという工程も非常に重要な役割だ。
しっかり育った炭は表面が真っ白になり、長い間熱を発し続ける。
その熱こそが、遠赤外線だ。
右手でトングを持ち、備長炭の位置を微調整しながら、今度は左手で持った団扇で酸素を送り込む。
炎は酸素を取り込むことでより強く燃え盛る。
逆に言えば、酸素を送り込まなくては瞬く間に炎は弱くなる。
なのでしっかりと炭を育てるためにも、一生懸命仰いで酸素を送り続ける。
「あと少し待っててくれ、木綿季。もうすぐ炭が育つから」
「ホントにー?」
焚き火の次は炭火の方に興味を持つ木綿季。
義父と義娘の関係ではあるが、はたから見ればその関係は本当の親子のやり取りと変わり無かった。
炭から熱が伝わっているせいか、額には汗が浮かび上がっている。
熱いは熱いが大切な娘の思い出を作るために、父親として人肌脱ぐ。
これくらいで笑顔になってくれるのなら安いもんだと、一家の大黒柱としてどっしりと威厳を見せる。
「……よし、こっちも大丈夫。しっかり炭が育ったよ」
「ホント!? もうお肉とか乗っけれるの?」
「ああ、すっかり待たせてしまったね」
「やったー! よーうし、食べるぞー!」
待ってましたと言わんばかりに今日一、木綿季が張り切っている。
テーブルの上に乗っかっている食材は今日、彼女が食べたいとリクエストしたものばかり。
より一層食べることに気合が入るというものだ。
真冬にバーベキューは中々やるものではないかもしれないが、今この時だけは、家族団欒。
素敵なひと時になることは間違いなかった。
さあ、過ごそう。世界一素敵な時間を……。
焚き火って、いいんです。すごくいいんですよ。自分も初めてやったときは夢中になりました。
焚き火をやりたいが為に串焼きのレパートリーを増やしたり、焚き火で作れるレシピを調べたりしました。
片付けもものすごく楽ちんですし、掃除するものも少なくて済みます。
さて、次回はいよいよ木綿季が楽しみにしているバーベキュー本番です。そうです、飯テロ回になります。
閲覧される際は決して空腹の状態でお読みにならないようお気をつけ頂くようお願い申し上げます。