ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんにちは、腰痛の療養のため、連休が八日目に突入した筆者です。歩くことすら困難な状態から、仕事復帰出来るほど回復してきました。

 それはさておいてすぐ完結すると豪語していた小さな春編が、ようやく終結を迎えます。
 長い期間を空けてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。
 どうにかこうにか、プロット通りの形で終えられて、私としては満足いく仕上がりに落ち着きました。

 それでは、小さな男の子と女の子の青春の最後の物語、じっくりとご覧下さいませ。
 


第86話〜リトル・スプリングス〜

 西暦2026年 12月22日 (火) 午後16:25

 アルヴヘイムオンライン 新生アインクラッド 第24層 大樹のある小島

 

 

 相手の獲物は砕いた。もう片方の剣でスキル・コネクトを使われようが関係ない。

 そこでソードスキルを発動するより、自分の剣先が到達する方が確実に早い。

 あの子の気持ちに応えるため、自分の未練を断ち切るため、迷いを吹っ切るため。

 この一撃に全てを賭ける。

 

「オレは―――ッ」

 

「――ッ」

 

「オレは……リーダー(ユウキ)が好きだった!」

 

「……ッ」

 

「セリーン・ガーデンであった時から、ずっとずっと……ッ!」

 

「…………」

 

「ずっと……憧れてたッ!!」

 

 全ての迷いと未練、そして惚れたあの子の想いを、全てこの剣に込める。

 この一撃で、自分は前へ進んでみせる。

 

 

 あの子と、前へ、歩いていく――ッ。

 

 

「だぁァァァァッ!!」

 

「――グッ!」

 

「ジュンくんッ!」

 

「キリトッ!!」

 

 誰もがジュンの勝利を確信した。

 シリカも、ユウキも、そしてジュン自身も勝利は揺るぎないものだと思っていた。

 キリトの反撃は間に合わない。そう確固たる自信があった。

 

「なッ――」

 

 動くはずのない、キリトの左手。

 ソードスキルの硬直でスキル・コネクトを使える右手はともかく、左手は絶対に動かせないはずなのだ。

 その左手が何故かモーションをおこしている。

 その手は拳を作り、白く光り輝くと、真っ直ぐにジュンの腹部へと向けられる。

 

「オゴ――ッ」

 

 ナックル系ソードスキル「スマッシュ・ナックル」。全ソードスキルの中でも屈指の発生の早いナックル技の中で、最速の発生フレームを誇るソードスキルである。

 キリトの左手は、何故かこれを発動させていた。

 

「あ……あッ」

 

 大剣の切っ先よりも早く、全STRを乗せた左の拳はジュンの重鎧の亀裂を砕き、みぞおちの部分へと吸い込まれていた。

 

「ジュンくん――ッ!」

 

 スマッシュ・ナックルの直撃を受けたジュンの体力は、一気にレッドゾーンから減少し、やがては全てを失い、全損した。

 システムメッセージで【WINNER Kirito】、の表示とともに、対戦結果が表示された。

 

「オレの、ま、け……です。やっぱつえーや、キリト……さん、は……」

 

 愛用している大剣を地面にガシャンという音とともに落とすと、清々しい顔を浮かべながら、ジュンのアバターは半透明になり、燃え上がる魂の形をしたリメインライトとなって、消滅した。

 キリトの残り体力はレッドゾーン。ジュンの剣が届いていれば、間違いなく勝敗は逆転していたことだろう。

 

 動かないはずのキリトの左手が動いた理由。それは……そもそも彼の左手の硬直が消え去ったからだ。

 ソードスキルの硬直はシステム上、絶対に発生するものだ。

 しかし、運営も把握していないシステム外スキルが二つ存在する。

 

 一つはキリトだけでなく、ユウキも会得しているスキル・コネクト。

 そしてもう一つは、アーム・ブラストによって武器を砕かれ、完全フリーになった手から繰り出す「ブラスト・キャンセル」だ。

 

 装備してる武器を砕かれる、それは即ち撃ち合いによる相殺負けを意味する。

 相殺負けをすると、相手の武器の重量、STRのステータス値によって硬直が発生する。

 それは武器を砕かれても継続するはずなのだが……実は武器を破壊されてから2フレームだけ、動ける時間が設けられてるのだ。

 その与えられた2フレームの僅かな刹那、キリトは即座に左手を動かし、モーションを取り、ソードスキルを発動させたというわけだ。

 これも、彼のやり込みがなせる技であった。

 

「……はァ、はァ……」

 

 疲労の色がみてとれるキリトは、危機を脱してくれた自分の左手を見つめる。

 実戦で試すのは初めてだったが、なんとか上手くいってくれた。

 右手に握っていたエクスキャリバーを鞘に戻し、額の汗を腕で拭う。

 

「――ジュンくんッ!!」

 

 悲痛な叫びを轟かせながら、彼のリメインライトへと駆け寄る。

 男のプライドを賭けて戦った、自分だけのヒーローの元へと必死に急ぐ。

 

「……ジュンくん……っ」

 

 深紅に燃え上がるリメインライトを優しく包み込む。

 試合に負けはしたが、彼は己の全てを賭けて闘った。自分のためでもあるが、何より彼女のために闘ったのだ。

 精一杯やれることはやり尽くした。一片の悔いもないことだろう。

 

「シリカ……彼のこと、頼めるかい……?」

 

「……は、はい……」

 

 かつてアインクラッドでの初恋の男の子が、今、自分が惚れてる男の子と剣を交えた。

 心境的には物凄く複雑だ。

 

「あのね、シリカ? 落ち着いたらでいいから……後で、ボクたちのホームに来てくれる……?」

 

「え……ほ、ホームにですか……?」

 

「ああ、ジュンのことも踏まえて、これからのことを話し合おうと思うんだ」

 

「……わ、わかりました……」

 

 それだけ言い残すとキリトとユウキは翅を広げ、地面を蹴り転移門を目指し、飛び去っていった。

 ALOで最強を誇るコンビが、肩を並べている。シリカは改めて、自分が物凄い人達と友人なんだなと痛感する。

 

「ジュンくん……ッ」

 

 蘇生アイテム、「世界樹の朝露」をストレージからオブジェクト化し、その雫をジュンのリメインライトに注ぐ。

 優しい光とともにリメインライトを包み込むと、炎の形が変わっていき、光り輝きながらジュンのアバターの形を型どっていく。

 

「ジュンくん、ジュンくんッ!」

 

「…………」

 

 蘇生されたジュンがゆっくり目を開けると、上半身を支えてくれるケットシーの女の子の姿が見えた。

 

「……シリカ……」

 

「ジュン……くん……っ」

 

 大粒の涙を流しながら、自分だけのヒーローを抱き締める。

 彼の装備は先程の決闘(デュエル)でボロボロだ。背中の傷は剣士の恥、どこかでそのような言葉を聞いた気がするが、彼の背中にはどこにもそんな傷はない。

 

 全てキリトの斬撃を真正面から受け止めたのだ。このボロボロの鎧こそが、彼の功績といっても過言ではないだろう。

 全てに立ち向かった証、彼が勇気を振り絞った証だ。

 

「……ゴメンねシリカ、負けちゃった……」

 

「そんな……気にしないでください……」

 

「……カッコ悪いとこ、見せちゃったね、あはは……」

 

「そんなことないです! ジュンくん……とってもカッコよかったです……!」

 

「ほ、ホントに……?」

 

 シリカの目から滴り落ちた涙が、ジュンの頬へと吸い込まれる。

 その落ちたところを指先で拭う。

 

「オレ……またシリカを悲しませちゃった……?」

 

「ち、違うんですっ、こ、これは……」

 

「…………」

 

「ジュン……く、ンッ!?」

 

 身体が勝手に動いた。

 本能が彼女を求めてしまった。

 

「――ッ」

 

「ん、ンンッ――!」

 

 自分を覗き込む泣き顔のシリカの後頭部に手を添えると、ジュンはそっと自分の方へと抱き寄せ、その可愛らしい唇に、自分の唇を重ねた。

 半ば強引だったが、シリカは拒むことなくそのまま彼を受けいれた。

 最初こそ驚いたものの、彼女も目を閉じ、彼との接吻を感じ続ける。

 熱い、でも優しい。いつまでも続けていたい。お互いを一番感じることが出来る。

 

 二人の熱い時間は、一分ほど続いた。

 

「――っ」

 

「あ……」

 

 お互いに、顔は真っ赤だ。ほんのちょっぴりの気まずさがあったが、恥ずかしさがそれを打ち消していた。

 時折見せる彼の大胆さが、物の見事にシリカを狙い撃ったのだ。

 

「私のファーストキス、奪われちゃいました……」

 

「そう、だったんだ……」

 

 自分の初めてを奪われたシリカは、顔を赤らめながらも「えへへ」と彼女らしい可愛い笑みを浮かべていた。

 そんな彼女のキュートな微笑みを独り占めしてるジュンは、さらに顔を真っ赤にさせて、少しだけ目を逸らす。

 しかし、その度に視界の先にシリカが入り込んでくるため、完全にいたちごっこになっていた。

 しかし何度もそんなやり取りをしていたせいか、だんだんとおかしな気持ちになってきて、気が付けば二人ともあははと、面白おかしく笑い合っていた。

 

「……シリカ、好きだ……」

 

「私も、ジュンくんが大好きです……っ」

 

 夕陽が遥か地平線に沈み、夕闇に空が染められた小島で、二人は再び、その唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日 午後17:13 アルヴヘイムオンライン

 新生アインクラッド 第22層湖畔エリア キリトのログハウス

 

 

「……ユウキ、ココア入ったぞ」

 

「あ、うん。ありがと、キリト」

 

 仲間内で勝手にここの名物にされている、キリト特製ココアの入ったカップを受け取る。

 誰が淹れても味に大差はないのだが、このハウスでキリトが淹れると、また違った味わいになっている気がする。あくまで気だが。

 

「……はふ、美味し……」

 

「そりゃあどうも」

 

 季節は冬。寒いこの時期に温かいココアはありがたい。季節がないALOではあまり関係ないかもしれないが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 自分のカップを持つと、キリトはユウキの隣に腰かける。付け合せにアスナに作ってもらったクッキーもあり、ちょっとしたおやつタイムだ。

 

「……ユウキはさ」

 

「ん、なあに?」

 

「ジュンの気持ち、気付いてたのか……?」

 

「……うん、多分、昔から……ずっと」

 

「…………そうか」

 

 なんとも言えない気持ちになる。

 ユウキに好意を寄せていた人は自分しかいないと思っていた。

 しかしいた、それもはるか昔から。

 悲しいすれ違いが生んだこととはいえ、キリトはユウキを取り巻く人間関係に妙なモヤモヤ感を抱いていた。

 

「……もしかして、妬いてる?」

 

「別に……」

 

「妬いてるんだ?」

 

「……そんなことないっての」

 

 妙なところで扱いが難しくなるキリトの態度に、くすくすとユウキは笑みを浮かべる。

 アホ毛をぴょこんとさせながら彼の顔を覗き込むと、若干頬をムスッとさせながら肘をついている彼の表情を見ることが出来た。

 

「素直じゃないんだからー」

 

「……うるさいぞ」

 

 正直、ユウキにとってヤキモチを妬いてもらえるのは嬉しかった。

 それだけ自分のことを好きでいてくれているということだし、しっかり異性として見てくれてるということだからだ。

 そんな珍しい態度のキリトの肩に自分の首を預け、彼の空いてる手をギュッと握る。

 

「……大丈夫だよ。ボク、キリトのことしか見てないから……」

 

「……ユウキ……」

 

「むしろ、キリトがいてくれなきゃ、ボク……嫌だ……」

 

 そう言って、ユウキはキリトに身を寄せる。こんなに甘えてくる彼女も随分久しぶりだ。

 拗ねていた自分が少しだけ恥ずかしくなったキリトは、そんな彼女の好意に甘えるとする。

 

「安心しろって、俺はどこにもいかないから……」

 

「……うん」

 

 目を閉じ、キリトの体温を感じ取る。一番大好きな温かさ。

 一番頼りにしてる温かさ。安心させてくれる温かさ。

 この温かさがあれば、自分はどこまでも頑張れる。

 

「……ユウキ」

 

「……キリト」

 

 互いの顔が近い。呼吸もしっかり感じられる。仮想世界のアバターでも、十分にわかる。

 ユウキはゆっくり目を閉じ、待ち受ける。

 

 彼女の背中に手を回し、ゆっくりとこちらに寄せて、顔を更に近付ける。

 ゆっくり、ゆっくり……今まで何回もしてきたように、今度も……。

 

 

 

 ――コンコン。

 

 

 

「――!?」

 

「ッ!!」

 

 瞬間、入り口の方から物音が響く。

 キリトもユウキを肩を一瞬揺らし、音のした方へと視線をやる。

 二人とも完全にそっちの世界に入っていたこともあり、必要以上に反応し、驚いてしまったようだ。

 

「キリトさん、ユウキさん、こんにちは……シリカです」

 

「あ、あ……ああ、シリカか。ちょっと待ってくれ、今開ける……」

 

「……ちぇ……」

 

 折角いい所だったのにと、今度はユウキが頬をふくれさせる。

 家だとよく、何故か狙ってるだろうと思ったタイミングで、姉の直葉に邪魔をされるからだ。

 だから二人きりになりやすいALOのホームでは、そういうことを心置き無く出来ると、そう思っていただけに実に悔しそうである。

 

 ソファから立ち上がり、ゆっくりと扉の方へ向かう。かけていた鍵を外し、ドアノブを時計回りにひねる。

 ガチャッという音とともに扉が開かれると、そこには先程まで小島で対面していた二人の姿があった。

 

「やあ、ようこそいらっしゃい、二人とも」

 

「は、はいっ、お邪魔しますっ」

 

「ど、どうも……」

 

 先程まで本気でぶつかり合ってたということもあり、ジュンたちには少しだけ気まずさがあるようだ。

 特に直接剣を交えたジュンは、初めてお邪魔するということもあり、シリカに比べてかなりカチンコチンのようだ。

 

「ふふ、そんなに固くならないでくれ。さあ、入ってくれ」

 

「あ、え、は……はいっ」

 

 キリトは特に、ここの所複雑な人間関係を設けたジュンに対して気遣いをしてるようだ。

 昨日の敵は今日の友、という訳では無いが、直接剣を交えた仲だ。

 まるで夕日の浜辺で拳で殴り合いの喧嘩をしたライバル同士のように、押せ押せで背中を押す。

 

「やっほー、シリカ、ジュンー!」

 

 既に中でくつろいでるユウキも一応歓迎ムードだ。本当のところ、あと三分ほど遅れてきてくれたほうがありがたかったが仕方ない。

 うちに来てくれと伝えたのは他の誰でもない、ユウキ本人だからだ。

 

 ソファとセットになってるテーブルの上には、既にシリカとジュンの分のココアが淹れられている。

 アスナのクッキーも相まって甘いものに目がないシリカも、食い意地が張ってるジュンも、それを見て緊張が少し和らぐ。

 

「まあ、遠慮しないでくつろいでくれよ?」

 

「は、はいっ」

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 何かと作戦会議や雑談などで、常日頃から溜まり場になっているキリトのホーム。

 奇妙な居心地の良さというか、自分の家ではないのにどこか懐かしさを感じる。

 皆そんな雰囲気が気に入ってるのか、ちょくちょく集まってはわいわいしている模様だ。

 

「二人は、もう……いいのかい? って、聞くのは野暮だったかな」

 

「あ、い、いえ、そんなことはっ」

 

「お陰様で……吹っ切れました」

 

「ふふ、そうなんだね?」

 

 そこからは、他愛のない雑談が続いた。

 一度緊張の糸がほぐれると、次から次へと話題が尽きなかった。

 シリカとジュンが正式にお付き合いを始めたことや、お互いの将来の夢。

 意外なことに、ジュンの将来の夢はキャンプインストラクターだという。

 ユウキでも知らなかった事実だ。

 普通の勉強をしている傍ら、キャンプ特集の雑誌を読んだり、中古で買ってもらった参考書に目を通したりと、彼なりに努力をしているようだった。

 

「それにしてもさ、ボク……ジュンにシリカがついててくれて、安心したよ」

 

「……え?」

 

「ジュンってば昔から危なっかしいところがあったからさ、シリカが見ていてくれるなら、任せて平気かなって」

 

「そうなんですか?」

 

「ひ、人のこと言えた口かよ! リーダーだってよくランさんから怒られてただろ!?」

 

「む、昔のことでしょ!? い、今じゃボク落ち着いてるもん!」

 

 ここにいるメンバーの中で最年長のキリトが、子供じみたやり取りを微笑ましく見守ってる。

 内心ユウキの落ち着きがあるという発言に「そんなことないだろ」と心の中でツッコミをかける。

 あくまで心の中で留めておく。表に出すと後々面倒なことになりかねないからだ。

 

「ま、まあまあお二人共、落ち着いてください!」

 

 あまりに見かねたのか、シリカが仲裁に入る。彼女も何気にこのメンバーの中ではユウキよりも年齢が上だ。

 見た目は幼くてもしっかりとした考えを持って行動出来る子なのである。

 

 まだ言いたいことはあるようだったがシリカになだめられると、漸く二人はお互いの牙を引っ込める。

 こんな言い合いを勃発させるあたり、まだまだ二人は子供のようだ。

 

「そうか……ジュンにもしっかりとした夢があるんだな?」

 

「は、はい。インストラクターになれなくても、アウトドア専門のショップを経営したりして、キャンプ関係の仕事をしたいなって……」

 

「素敵じゃないですか……ジュンくん」

 

「へへ、あ、ありがと」

 

「ボクもそう思う! キャンプとか絶対楽しいもん!」

 

「あはは、そうだな。でもそれだとやっぱり復学して、しっかり勉強しないといけないな」

 

「そ、そう……ですね」

 

 「復学」というワードが話題に出た途端、ジュンは俯いてしまう。

 今、彼が一番頭を抱えている問題、それが復学先だ。

 彼の家庭は元々裕福とは言えない上に、長年の入院費用もかさんでしまっている。

 公立の学校ならともかく、私立校に入学などとても無理だ。

 しかし、逆に言えばなんとかして入学まで漕ぎつければ、あとは本人の頑張り次第で無限の可能性が広がっていく。

 

「……でもオレ、退院したら就職しようと思ってて……」

 

「し、就職!?」

 

「は、はい。中卒……というか、中学の学務もまともに出来てないオレが就ける仕事があるかはわからないですけど……」

 

「あ、いや。そ、そうじゃなくてだな……」

 

「ジュ、ジュン、シリカからあのこと聞いてないの!?」

 

「……へ、あのこと……?」

 

 一体なんのこと? と言いたげに首を傾げてきょとんとしているジュン。

 みんなが何を指しているのか皆目見当もつかない。自分だけなんだか話に置いてけぼりを食らってしまっている。

 視界をシリカに向けると、参ったなあと言わんばかりに困り顔で頭を人差し指でポリポリかいている彼女の姿があった。

 

「えっと……ずっと話そう話そうって思ってはいたんですけど……」

 

「なかなか機会がなかったのかい?」

 

「えっと……そう、ですね。そうかも……」

 

「あ、あの……すんません、一体何の話なんです……?」

 

「……そうだな、それなら俺から説明しよう」

 

 そう言うと、キリトは何やら左手てメニューを操作し、ホロキーボードをカタカタ打ち込むと、とある画像と、何かの記事が書かれているページを表示させる。

 そして、そのページを学校や企業のプレゼンテーションのように拡大すると、ジュンたちに見えやすいように目の前に移動させた。

 

「……キリトさん、これは?」

 

「長ったるい記事だから、重要なところだけ掻い摘んで説明するな?」

 

「は、はいっ」

 

 この手のプレゼンテーションはキリトにとっては得意分野だ。

 普段からメカトロなどの工学を専攻し、選択教科の講義で披露しているだけあって、実にわかりやすく丁寧に、誰が聞いても分かり良いように解説してくれる。

 

「俺やシリカ、アスナが元SAOサバイバーで、帰還者学校に通ってることは聞いてるよな?」

 

「は、はい、シリカから聞いてます」

 

「OK、元々この学校はSAO事件の被害者の子供たちの支援のために設けられた施設なんだ」

 

「校則も厳しくなくて、とても過ごしやすいところなんです!」

 

「まあ俺は今休学中なんだけどな。それで……この学校が、来年度から新しい取り組みを始めようとしてるんだ」

 

「あ、新しい取り組み……?」

 

 そう、ここから話すことが最も重要だ。

 この新しい取り組みのおかげで、ユウキも来年度から復学することが可能になったのだから。

 いや、ユウキだけではない。様々な事情を抱えて進学が困難な子供たち、全ての味方になるかもしれない新しい制度、それは――。

 

「SAO被害者だけじゃなく……例えば事故や病気で学問から離れざるを得ない子供たちのために、俺たちと同じように支援することを決定したのさ」

 

「……え、し、支援って……」

 

「そう、支援だ」

 

 キリトが何を伝えたいか、少しずつ理解してきたジュンは、心のざわつきを感じずにはいられなかった。

 一番思い悩んでいた苦悩が、抱えていた問題が解決してしまうかもしれないからだ。

 そして、シリカが何故大丈夫と言い続けてくれていたか、その理由も同時にわかってきた。

 

「つまりね? ボクやジュンみたいな子が、入試無用で入学出来る、ってことなんだ」

 

「……お、オレでも……?」

 

「はいっ、一緒に通えるんですよ!」

 

「…………」

 

 渡りに船というのは、まさにこの事なのだろう。病気が治り、大切な人も出来て、おまけに憧れていた学校にも行くことが出来る。

 こんなに虫のいい話があっていいのだろうか。また都合のいい夢でも見てるんじゃないだろうか。

 今までが辛いことの連続だったこともあり、なんだかイマイチ現実味を感じられない。

 

「……ジュンくん? どうしました?」

 

「ラグってるのか? 名古屋からだし……」

 

 しばらく無言の時間が流れる。

 病院からのログインだということもあり、何らかの通信トラブルでも起きたのではないかと、心配そうに三人はジュンを見つめる。

 

「オレ……学校行けるの……?」

 

 一粒の涙を零しながら、声を震わせて三人に問いかける。

 どうやらラグでも通信トラブルでもないようだ。

 

「……うん、そうだよ?」

 

「みんなと一緒に……?」

 

「……ああ」

 

「本当に……?」

 

「……はい! 本当ですよ……!」

 

 本当なのかと皆に問いかけても、全て肯定的な返事が返ってくる。

 安心させるための嘘ではない。全部本当のことだ。

 なかなか実感がわかなかったジュンでも、ここまで温かい返事を貰い、ようやく自分の憧れてたことが出来るんだと、嬉し涙を流す。

 

「あ……あっ、あぁぁ……ッ」

 

 幼さを残す男の子の泣き声が、ログハウスに響く。時折感情が昂りすぎて息が詰まり、声にならない声を上げている。

 

 そんな彼の心象を察してか、隣に座っているシリカも気を遣い、背中に手を回してぽんぽんと叩き、安心させる。

 

「一緒に頑張りましょ、ジュンくん……」

 

 シリカからの声掛けに、力を込めて頷く。

 生きてて良かった。諦めないで良かった。希望を捨てないで良かった。

 彼の心は今、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 散々運命のいたずらに振り回されてきたが、ここにきてようやく、第二の人生を歩むことが出来るのだ。

 

 シリカに続いてユウキ、そしてキリトもジュンに駆け寄り、彼の新たな門出を祝福する。

 特にユウキは、彼には弟のような感情を持っているだけに、シリカと同じくらい嬉しかったようだ。

 

 人は一人では絶対に生きていけない。手と手を取り合って、支え合っていかなければ、生きていけないのだ。

 そう、彼らのように誰かが手を差し伸べれば、お互いが笑顔になれる結末が待っているはずだ。

 

 温かくて、安心できる未来が、きっと、きっと――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦2026年12月23日(水)午後15:23

 愛知県名古屋市昭和区鶴舞町

 名古屋大学医学部附属病院 303号室

 

 

「こんにちは! ジュンくん!」

 

 とても明るくて元気のいい声が、病室に響き渡る。珪子はまたもや名古屋に足を運んでいた。

 実は今日、彼女の通う帰還者学校は終業式を迎え、二学期最後の通学日だったのだ。

 故に、学校行事は午前中で終了。お昼からフリーとなった珪子は帰宅後、新幹線のチケットを買い、彼の元へと馳せ参じたのだ。

 

「わあ、いらっしゃいシリカ。本当に来てくれたんだ?」

 

「えへへ、当たり前じゃないですか!」

 

 つい昨日恋人同士となったばかりで、早速現実世界の彼に会いに来た。

 行動力もさることながら、彼への想いがそれほど強いということだ。

 彼女が持ち歩いてる鞄には二泊分の着替えが入っている。

 そう、明日はクリスマスイヴ。珪子は早速大好きな彼と聖夜を過ごそうと、一夜にして計画を練っていたのだ。

 

「ありがとう、学校は今日まで?」

 

「そうですよ! あとこれ……先生から貰ってきました」

 

 そう言いながら珪子はカバンからクリアファイルを取り出す。

 プリント三十枚分の厚さを持ったファイルを受け取ると、准は「わざわざありがとう」とお礼を述べ、渡された資料に目を通す。

 

「ご両親にはこれからですか?」

 

「うん、まだ帰還者学校のことは話してないんだ。でも多分、いい返事をもらえると思う」

 

「それは良かったです。でも試験的な取り組みみたいなので、なるべく願書は早めに出した方がいいですよ?」

 

「あ、そ、そうだね。ゆくゆくはシリカのこともちゃんと話さないといけないし……」

 

「わ、私のこと……っ」

 

 そう意識した途端、わかりやすいくらいに珪子を顔を赤くし、俯いてしまう。

 彼のご両親にご挨拶。どんな顔をして挨拶をすれば良いのだろう。

 素直にお付き合いをさせていただいてます、だろうか? それとも仲良くさせてもらってます、とベターな感じでするべきだろうか。

 

「し、シリカ?」

 

「ひゃいっ! あ、ご、ごめんなさいっ」

 

 恋愛ごとに敏感なお年頃の彼女は、ついついそういう話を深く考えがちだ。

 まだ二人の関係は始まって一日しか経過していないというのに、珪子の中では話がかなり未来の方に飛躍しすぎてしまっている。

 

「えへへ、大丈夫です。なんともないですよ?」

 

「そう? それならいいけど……」

 

 珪子が彼に渡したのは帰還者学校の新規入学希望者向けの資料だ。

 今回の生徒募集は試験的な取り組みだということもあり、所属役員か在校生、もしくはその家族からの紹介のみとなっている。

 定員は二クラス分、すなわち六十名となっている。紹介限定とはいえ、わずか六十名分しかないため、珪子の言った通り願書を提出するには早めの方が望ましい。

 ちなみに、木綿季は和人の紹介で既に学校に提出済みだ。

 

「あとは住む場所だな……実家は遠いし、寮とかあるのかな」

 

「寮はありますよ? 日本全国から生徒が集まってますから」

 

「あ、そうなんだ? でも……オレに自活出来るかな……」

 

「集団生活ですから……ある程度はみんなでカバーし合うと思うんですけど。ちょっと不安ですよね……」

 

「う、うん……その頃には身体も戻ってると思うけど、大丈夫かなあ……」

 

「…………」

 

 資料の一枚一枚次々に目を通す准。彼はタブレット等のデジタル媒体より、こういった紙などのアナログな方が好みのようだ。

 パラパラとめくっては、必要な情報はないかと隅から隅まで目を通す。

 

「……ジュンくん、あのっ、て……提案があるんですけど……いいですか?」

 

「ん、なにー?」

 

「あ、あの……ですね……」

 

 声をかけるやいなや、急にもじもじと顔を赤らめ始める珪子。

 今日の彼女はどこか変だ。いや、恋人の目の前なのだからこういった気持ちになるのは致し方ないのかもしれないが、それを踏まえても少し変なのだ。

 

「…………?」

 

「よ、よかったら……その……」

 

「うん」

 

 一度、大きく息を吸い、そしてまた大きく吐く。それと同時に心の準備もする。

 これも、昨日から考えていたことだ。親に相談はしてある。

 あとは彼に伝えるだけ。

 

「……うちから、一緒に通いませんか……?」

 

「……え、え……?」

 

「で、ですから……私の家、立川市って所で、帰還者学校のある西東京市から近いんです」

 

「え……あ、う、うん」

 

「だ、だから……うちから通うようにすれば、色々と便利かなって……」

 

「あ、う……えっと……」

 

 自分が何を言ってるのかは重々承知している。大胆を通り越して問題事をふっかけているのではないか? とも思っている。

 彼氏彼女の関係を通り越して、下手したらすぐにでも家族になってしまうかもしれない。

 時折とんでもない考えを思いつく珪子であったが、今回のことに関しては至極、予想の斜め上の、更に斜め上をいく解答だった。

 

「お、オレがシリカの家で、一緒に暮らすって……こと?」

 

「…………そ、そういうことに……」

 

「ひ、一つ屋根の下で……?」

 

「は、はい……」

 

「あ……う……」

 

 当然、こんな話を聞かされてしまっては、准じゃなくても赤くなってしまう。

 とどのつまり、珪子は彼に同棲生活といってもいい話を持ち込んでいることになる。

 よく、海外留学でホームステイ等の話を聞くことはあるが、いきなりそれを国内でやってしまおうという話だ。

 

「…………」

 

 今、准の頭の中がフル回転している。

 倫理的に問題は無いのか、世間体は平気なのか、そもそも彼女のご両親がなんと言うか。自分の両親も許可を出すのかどうか等、次から次へと思考が巡る。

 実際、親戚の親御さんに子供を預けたりしながら通学させるというのは聞かない話でもない。

 共働きで家を留守にすることが多かったり、出張で海外に行ってる間、面倒をお願いすることも無きにしも非ず。

 実家からの通学が難しい彼にとっては、正に今回の提案は結構美味しい話だ。

 家賃、光熱費はかからず、通学先も近い。珪子の実家は駅近ということもあり、遊びに出かけるのにも都合がいいと、至れり尽くせりだ。

 これ以上魅力的な話もないだろう。

 

「た、多分……オレの親は大丈夫だと思う。昔から挑戦したいことはなんでもやらせてくれたし。でも……」

 

「で、でも……?」

 

「……ほ、本当に……いいの?」

 

「も、も、もちろんです!」

 

「あ……う、うぅ……」

 

 頬をポリポリとかきながら、実に困った表情を浮かべ、同時に自分の髪の毛をもみくちゃにしてこれまでとは別の悩みに頭を抱えている。

 いきなり返事をよこせといっても無理な問題なだけに、なかなか二つ返事でOKとは言いづらい。

 しかし実のところ、彼も珪子と一緒に生活はしてみたかった。

 何故なら彼の知っている珪子は、未だ仮想世界のシリカとしての彼女しか知らないからだ。

 これを機会に彼女の知らないところをもっと知れるかもしれないと思うと、彼女からの提案に甘えたい面もあったのだ。

 

「……じゃ、じゃあ……よろしく、お願い……します……」

 

「は、はい……喜んで……っ」

 

 季節は真冬、それも年末。まだまだこれからどんどん寒なる時期だ。

 しかし、新しい門出を迎える若いこの二人には、これから小さな小さな春が一足先に始まろうとしていた。

 

 甘酸っぱくも照れくさくて、そしてほんのり温かい、小さな小さな春が……。

 

 

 

 

 

 ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味短編 小さな春 -完-

 

 




 
 ここまでのご愛読、真にありがとうございました。
 これにて小さな春編は完結となります。MORE DEBANのシリカと、マザロザ本編のサブキャラで終わってしまったジュンの甘酸っぱい物語、いかがでしたでしょうか。
 私的にはちゃんと二人を結ばせてあげることが出来て、大変に満足です。シリカもジュンも、最高に可愛かったです。


 さて、ここからはこれからのボク意味の話となります。
 次からはいよいよ、この本編のヒロインであるユウキに視点が戻ります。そうです、いよいよ彼女が憧れていた高校生活へ向け、復学編がスタート致します。
 原作ではプローブでの通学止まりでしたが、ボク意味では現実の身体で学校生活に臨みます。
 楽しい事ばかりではないかもしれませんが、次々とやってくる新しい体験に、きっと彼女は目を輝かせることでしょう。

 またこれにて一区切りとさせていただきまして、また次の章でお会い致しましょう。
 それでは……。
 

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