ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
いよいよ小さな春編もクライマックスです。
少年ジュン、男を見せます。
西暦2026年12月21日(月) 午後16:31
東京都立川市柏町 綾野邸
「え……」
『……シリカ……だよね……?』
突如自分の携帯にかかったきた一本の電話。それも相手は公衆電話だ。
怪しさと若干の恐怖心から出るのを躊躇ってた珪子だが、恐る恐る応対してみると、何やらスピーカーからはとても暖かい気持ちにさせてくれる声が聞こえてきた。
「……もしかして、ジュン……くん、ですか……?」
『……よ、よかった……通じた、番号合ってた……』
記録簿に記載されていた番号が間違い電話ではないのと、無事に彼女とコンタクトを取れた准が、電話の向こう側で安堵の息を漏らす。
雲を掴むような手がかりだったが、なんとか細い糸を紡ぐことに成功したのだ。
「ど、どうして……ジュンくんが……?」
『え、えっと……一昨日お見舞いに来てくれた時の面会者記録簿を見せてもらったんだ。そこから……』
「そ、そうだったんですか……」
今一番会いたかった彼からのまさかの電撃着信に驚きを隠せない珪子は、あまりの突然のことに実感がわかないでいた。
まさか珪子も彼本人から直接連絡が来るとは思わなかっのからだ。
何から話そう、何を伝えよう。
話したいことがたくさんある。伝えたいことも山ほどある。
お互いに頭の中で一度伝えたいことを整理する。気持ちを落ち着け、支離滅裂にならないように整頓し、大きく息を吸ってゆっくりと口を開く。
「あ、あのっ」
『あ、あのっ』
一字一句、違うことなく全く同じタイミングで声を掛けた。
少しだけ気まずくなってしまい、黙ってしまう。気まずいが、だからといってこのまま沈黙を続ける訳にも行かない。
「ジュ、ジュンくんから……どうぞ?」
『あ、いや……シリカから、言って……?』
「へっ!? わ、私から……ですかっ?」
受話器の向こうからでもわかってしまうくらいたじたじになってしまいながら、少し小っ恥ずかしそうにしながらお言葉に甘え、伝えたいことを口にする。
「……また話せて嬉しいです。もう二度と……話せないと思ってましたから……」
『……ごめん、本当にごめん。オレ……君の気持ちも考えないで、傷付けて……』
「そ、そんな……あ、謝らないでくださいっ」
『で、でも……シリカは好意で言ってくれたのに、それを無下にしてしまったのはオレの方だし……』
「い、いえ、私もちょっと押し付けがましかったかなって、思ってて……」
互いに自分が悪かったと謙虚さを通り越して物凄く下手に出る。
准は自分が変に意地を貼りすぎたことを、珪子は少し強引すぎたかもしれないことを反省し、頭を下げた。
そこに、以前のような険悪なムードはまるで感じらない。彼の気持ちが素直になれたおかげか、非常に柔らかい雰囲気となって、会話は弾んでいった。
『……シリカ、あのね……君に伝えたいことが……あるんだ』
「……はい」
再び心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。こんなに緊張するのは、抗がん剤治療を始める前か、新薬投与を試す時以来だったろうか。
あの時とは違う感覚で、筋肉が張り詰めていく。
『……明日の夕方……学校か終わってからでいい。リーダーが
「え……えっと、一本木の生えてる、あの小島ですか?」
『うん、そう。17時に、そこで待ってるから……』
「17時に……」
『む、無理……かな』
「いいえ、そんなことないです! 必ず……必ず行きます!」
一瞬、頭の中で予定は無いかと思い返し、何も無いことを確認すると、即座に珪子は肯定の返事を返した。
いや、例え他に用事があったとしても、彼女はキャンセルし、彼との用事を優先させるであろう。
学校行事が終わるのはいつも15時過ぎ。校舎のある西東京市から立川市に帰るのに一時間もかからないだろう。
『……ありがとう。本当は今すぐにでも会いたい。でも……今じゃダメなんだ』
「い、今じゃ……だめ?」
『うん、ごめんね。でもこれが……オレの最後のワガママだから……』
「い、いえ、そんなことないです! こうしてまたお話出来るだけでも、とっても嬉しいです!」
『し、シリカ……』
准は改めて自分が幸せ者だということを感じた。こんなにも自分のことを想ってくれる人がいたなんて、と。
もっと早く素直に、自分の気持ちに正直になっていればと、悔しさともどかしさを感じていた。
『あ、そうだ。オレの番号……教えとくね?』
「あ、は……はい!」
『病院だからあんまり気軽に通話は出来ないけど……メッセージなら、いつでも大丈夫だから……』
それでも、嬉しいものは嬉しい。今までALOでお互い都合の合う時だけしか会えなかったのが、これで気軽に連絡し合えるのだから。
メモした番号をまじまじと見つめ、嬉しそうに笑顔をこぼす。
塞ぎ込んでた気分が一転、それはそれは晴れやかなものへと変わっていった。
「ありがとうございます、えへへ……登録しておきますね?」
『う、うん、こちらこそ……ありがとう』
「い、いえ! わ、私はそんな……」
照れくさいのか嬉しくて舞い上がってるのか、彼の声掛けの一つ一つが嬉しくてかなわない珪子であった。
明日までお預けではあるが、彼とまた会える。出来ることならまた名古屋まで足を運びたいところだが、場所が場所なだけに簡単にはいかない。
『それじゃあ……また明日、ALOで……』
「は、はい! 絶対に……絶対に行きます!」
『……うん、明日っ』
彼のその声を聞き終えると、耳からスマートフォンを離し、通話終了のアイコンをタップする。
ものの数分で事態は大きく動き始めた。
彼にとってはもちろん、珪子にとっても運命を大きく動かすようなターニングポイントになるであろう。
「……はふっ」
ずっと手に握っていて温かくなっているスマートフォンを両手で握りしめながら、天井を見つめてそっと息を吐く。
ため息ではない。安心感の籠ったほっとした息だ。
まだ現実味がない。まるで夢を見ているようだ。誰があのようなことを予想出来ただろうか。
彼女にとっては寝耳に水な出来事だったが、ここ最近のモヤモヤはおかげで全て吹っ飛んでいた。
あとは明日、今まで通り学校へ行き、学務をこなし、無事に帰宅して約束を守るだけ。
「……ジュンくん、ありがとう……」
――――――
同日 午後16:48
愛知県名古屋市昭和区鶴舞町 名古屋大学医学部付属病院 303号室
「……うん、急でごめん。時間は取らせないから……それじゃ」
誰かと通話を終えた准が、スマートフォンを片手に画面をタップする。
彼の入院しているここ303号室は、重要な精密機械が置いてある中央棟とは離れており、一部では携帯電話の使用が許可されてる。
もちろん、彼の病室も同じだ。
「…………」
ここ数日、新しいことが次から次へと立て続けに起こり、目まぐるしい日々の連続だ。
いつも通りにALOで遊び、病院食を食べ、独学で勉強し、リハビリで身体を鍛える。
そんな変わらない毎日が続くのかと思っていた。将来への不安は拭えないが、何も考えずに今やれることをやるしかない、そう思っていた。
だが、運命というのはわからないものだ。
たった一人の女の子との出会いが、これからの自分の人生を大きく変えようとしているのかもしれないのだから。
「シリカ……か……」
不思議な女の子だ。
優しくて元気いっぱいで、人当たりがいい。
気配りもできて、何より一緒にいて安心出来る。
そんな子から好意を寄せられている。
正直、嬉しい。
こんな自分にあんな素敵な子がアプローチしてきてくれたのだから。
むしろ自分では釣り合いが取れないのではないかと思っているくらいだ。
いつからだろう、彼女に惹かれたのは。
多分、二人きりで遊んだあの時からだ。
キュートな見た目からは想像出来ないような強さと大胆さ、そして計算高い戦い方。
SAOサバイバーだってことは聞いていた。
だからあの仮想世界での身のこなしなんだと納得した。
そして、命懸けの世界を生き延びたからこそ、普通の生活の大切さを、命の尊さを理解していたんだ。
そんな彼女が大丈夫と、ずっとずっと元気づけてくれていた。
だから……彼女の手を握れば、きっと未来への道が開ける筈だ。
彼女を信じる。それが、今自分の出来ることで、するべきことだ。
「だから……待ってて、シリカ……」
――――――
西暦2026年 12月22日 (火) 午後15:54
東京都立川市幸町 西武拝島線 玉川上水駅
「…………ッ」
一人の女子高生が列車から降りるや否や、周りの乗客の目もくれず、一目散に改札口へと急いでいる。
左手には学校鞄、右手には定期入れを握りしめながら、他のお客さんにぶつからないよう小走りで、改札を抜ける。
定期をタッチし、駅舎を出ると南へ走る。
多摩モノレールの高架下の歩道を、息が切れるほどの速さで走り抜ける。
体育の授業でもこんなに無我夢中で走ったことなどなかった。
学校で、昨日はどうしたの、心配してたんだよ等声をかけられたが、軽く笑ってお茶を濁した。
授業の遅れは内容を教えて貰い復習したし、体調も問題ないことも改めて伝えた。
学校生活面でのアフターケアはバッチリだ。
あと今日残されたことは、彼との約束事だけだ。
学生、営業マン、子連れの主婦、様々な人々の間を縫うように進む。
危ないとはわかっていても気持ちを抑えずにはいられない。
自宅のある隣町まで数百メートル。持久マラソンの距離と比べたらなんてことない。
「約束の時間まで……一時間っ。間に合う……間に合うッ」
何度も曲がり角を通り、人との接触を避けながら、ようやく自分の知ってる色の屋根が見えてきた。
門扉を開け、ぶっきらぼうに閉めて、鍵を取りだし、扉を開ける。
靴をだらしなく脱ぎ捨て、自室がある階段を上がる。
その際、飼い猫のピナが「にゃーお」とご主人様の帰宅を迎える。
「ただいまっ、ピナっ」
忘れててごめんねと言わんばかりに通りすがりのピナにただいまをする。
それを尻目に駆け上がり、自室の扉を乱暴に開ける。整頓された部屋の片隅に学校鞄を放り投げ、シェルフの上に置かれているアミュスフィアへと手を伸ばす。
私服に着替える時間も勿体ない。
多少制服にシワが出来てしまうかもしれないが、致し方ない。その時はその時だ。
「はぁ……はぁ、ふぅ……」
少しずつ呼吸を整える。逸る気持ちを押さえつける。呼吸が落ち着いてくると、ゆっくりと仰向けにベッドで横になり、頭部に装着する。
後は、あの言葉を口にするだけだ。
「……リンク……スタート!」
そのワードをアミュスフィアが認識すると、たちまち珪子の意識は現実世界から仮想世界へと委ねられる。
行くべき場所はあの場所。
かつて病気を克服した少女が華麗に剣舞を披露していた、あの小島だ。
(ジュンくん、今行きます……)
――――――
同日 午後16:13 アルヴヘイムオンライン 新生アインクラッド 第24層 転移門広場
実に四日ぶりの仮想世界の街並みは、丁度夕暮れに染まっていた。
空都ラインから転移してきたケットシー族の女の子は翅を広げて目的の場所へと急ぐ。
約束の時間にはまだ早い。しかし、早めに到着して困ることは無いはずだ。
何より身体が疼く。いてもたってもいられない。一刻も早く、あの場所へと辿り着きたい。
今、彼女の頭はそんな気持ちでいっぱいだった。
「見えましたッ」
かつて、「絶剣」という二つ名で呼ばれた女の子が、絶剣たる所以を生み出した場所。
現在ではちょっとしたパワースポットだとか、恋愛スポットだとか、プレイヤー間でまことしやかに囁かれてる噂が、あるとかないとか。
地表二メートル程の高さで翅を仕舞い、華麗に大地に脚をつけると、シリカは小島の方角に目をやる。
途中にある桟橋を進み、その先にいるはずの少年を探す。
「……ジュンくん、まだ来てないのかな……」
探せど探せど、彼の姿はどこにも見当たらない。大樹の枝に止まっているのかと真上を見渡してみるが、そのアテも外れたようだ。
「やっぱり……早く来すぎてしまったんですね……」
「そんなことないよ」
聞き覚えのある声。聞きたかったあの声。
その声の主を探すため、あちらこちら見て回る。だが見えてる範囲には彼の姿はない。
慌てて困っていると、大樹の木陰からゆっくりと重鎧独特の金属音が鳴り響く。
その方へと目をやると、ずっと会いたかった燃えるような情熱を持つ、真っ赤な彼の姿があった。
「ジュン……くん……」
「こんにちは、シリカ」
彼の姿を見た瞬間、思考よりも身体が先に動いた。スポーツ選手が条件反射で身体を動かしてしまうのと同じように、勝手に彼の方へと脚が向かっていた。
そんな真っ直ぐ向かってくる彼女を、ジュンは優しく迎え入れた。
赤いアバターを揺らし、シリカは必死に彼に抱きついていた。
「ジュンくん……ジュンくん、ジュンくん……ッ」
「シリカ……ごめん、本当にごめんね……」
もう二度と、あんな目には合わせない。もう二度と、悲しませなんかしない。
そしてもう二度と、彼女を傷付けない。
細くてすぐ壊れてしまいそうな彼女のアバターを、そっと抱き返す。
仮想の身体だが、互いの温もりが伝わってくるような気がした。
温かさが、優しさが、柔らかさが、感覚を通して伝わってくる。
「会いたかった……会いたかったです、ずっと……ッ」
「……オレもだよ、シリカ……」
言いたいことが山ほどある。伝えたい想いが、どうしても直接伝えたい想いが、ある。
互いの温もりを十分伝え合った二人は抱擁を解くと、少し身体を離す。
シリカとジュンの目には、大粒の涙が浮かんでいた。
現実世界と違い、この世界は感情の赴くままアバターが反応する。
悲しい時、嬉しい時、悔しい時、涙を我慢しようと思っても出来ないのだ。
「オレ、君に伝えないといけないことがあるんだ。それを……是非、聞いてもらいたい」
「はい……はいッ」
感情が爆発してしまっているシリカは、絶えず目尻から雫が滴り落ちている。
気持ちも昂りすぎてしまい、思うようにアバターをコントロール出来ていない。
「オレ……ずっと胸に引っかかってることがあったんだ」
「は、はい……」
「でもそれは……つい最近のものじゃない、もっとずっと前から感じてたことだったんだ」
「ずっと……前から、ですか……?」
「……うん、今日はそのモヤモヤに……決着をつけないといけない」
「……え?」
彼がそう言い終えると小島の入り口、即ち桟橋の方にプレイヤーの気配が感じられた。
気配は二人分。その正体は二人がよく知る人物、スプリガンの少年と、インプの少女であった。
二人は桟橋を渡り、ゆっくりと小島に近付くと無表情のまま、シリカとジュンに視線を向ける。
「え……どうして……?」
「……オレが声を掛けたんだよ。この時間にここに来てくれって」
「じゅ、ジュンくんが……で、でもどうして……」
今の状況が理解出来ない。何故キリトとユウキがこの場所にいるのか。
これからジュンから大切な話があるんじゃないのか。どうして二人が関係しているんだ。
そして、どうして彼が呼んだのだ。
「剣を取ってください、キリトさん」
「……そういう約束だったもんな……」
「え……な、何をして……」
「……シリカ、こっち」
ユウキはサバサバしたような態度で大樹の根元へと、シリカの手を引く。
これからここで何が起こるのか、それがまるで全て知っているかのように。
そして、どうしてこうなっているのか、その理由も悟っているような様相だ。
「ゆ、ユウキさん……」
「シリカ、目を背けちゃダメだよ」
「……え?」
「……これから起こる全てのことから、目を背けないで」
「…………」
何が何だかわからない。でも、これからあの二人が剣を交えようとしていることだけは、ただならぬ雰囲気から察することが出来た。
二人の表情は、決して穏やかと呼べるようなものではなく、物々しい空気を発していた。
正に一触即発、そんなピリピリした雰囲気すら見て取れる。
「キリトさん、これは今からリーダーを、あなたからどうこうするとか、そういうんじゃない」
「……ああ」
「これは……完全にオレのワガママに付き合わせてるだけです。まず……それを謝っておきます」
「俺は別に構わない」
「でも……こうでもしないと、オレの胸のモヤモヤは取れないんです……」
「……そうか……」
ジュンの、最後のワガママ。
不器用で真っ直ぐで、どこか抜けてる少年のワガママ。
そんな名前の通り、純粋な心を持つ少年の最後のワガママ。
「こい、ジュンッ!」
「……でやぁぁぁッ!!」
「せやぁぁッ!!」
カウントがゼロになった瞬間、二刀と大剣、二つの刃のぶつかる金属音が小島周辺に響き渡る。
何度も、何度も何度もぶつかり合い、火花が散る。その火花が彼らの真剣な瞳の輝きを照らしていた。
「ジュンくん……キリトさん……」
「…………」
心配そうに見つめるシリカの両肩に、ユウキがそっと手を添える。
そして切なそうに、悟ったように、二人の闘いを見守り続ける。
「シリカは、どっちを応援するの?」
「えっ……」
「……ねえ、どっちを応援するの?」
「わ、私は……」
ユウキからの問いかけでシリカにも、なんとなくどうしてこうなったのか理解出来てきたようだ。
昨日言っていた最後のワガママ、それは――
ユウキと結ばれたキリトと闘い、彼の彼女に対する想いの強さを、剣を通して確かめることであったのだ。
彼の強さは理解してるつもりだ。しかしそれだけでは気持ちに踏ん切りがつかない。
難しいことを考えるのが苦手な彼は、彼と直接闘うことで、肌でその想いを感じ取ろうとしていたのだ。
そうすれば、もうキッパリユウキのことは諦められる。頭ではなく心で理解し、自分の失恋に決着をつけることが出来る。そう悟ったのだ。
「ボクはキリトを応援する。だってボク……キリトが好きだもん」
「…………」
「……シリカはどうなのさ」
「…………ッ」
そんなの決まってる、言うまでもない。
目の前の彼は、ALO最強と言われているスプリガンの少年に怯むことなく立ち向かっている。
病気だけでなく、何事にも立ち向かうための勇気を持っている。
「遅いッ!」
「……ッ!」
左手に握られた黒剣・ユナイティウォークスで、投球のアンダーピッチングのように下方向から繰り出された斬撃は、ジュンの纏っている重鎧に亀裂を作り、刃先がインナーまで達し、彼のHPを大きく削り取る。
「うあ……ッ」
ALO最速と謳われたユウキの斬撃をいなし、圧倒的手数とトップスピードから繰り出される非常に重みのあるキリトの斬撃を見切るのは、ジュンでも難しい芸当だった。
スリーピング・ナイツは各々がダイブ経験が非常に長く、常人のプレイヤーと並べても比較にならないような実力をもつ集団だ。
あの弱気なタルケンでさえ、戦闘になると頼もしい姿を見せるほど。
その中でもトップクラスの実力を持つのが、ユウキ、ジュン、ノリだ。
特にユウキとジュンは感覚の導くまま剣を振るってたこともあり、肩を並べるほど強かった。その二人も、初代リーダーであるランの前では赤ん坊同然だったと言うが。
しかしそんな強さを無慈悲にも、キリトは「やり込み」という、ただの経験だけではカバー出来ない壁で立ち塞がる。
プレイ歴が長ければいいものではない。知識、レベル、スキル、そのゲームが好きだからこそ続けられる「やり込み」、そしてゲームに対する「想い」が、彼の強さの秘密なのだ。
「ジュンくん……ッ」
言うまでもなく、ジュンは本気だ。本気でキリトに闘いを挑んでいる。
しかし状況は劣勢。キリトの手数と攻撃の重さに押され、大剣使いとしては異例の剣撃の早さを持つジュンでも、モーションが長いことが仇となり、キリトと絶望的に相性が悪かった。
スーパーアーマー機能があるソードスキルを発動しようにも、そのモーションを取ることすら許されない状況だ。
「ジュン、負けちゃうよ? いいの?」
「あ……あ……」
残り体力はイエローに突入し、まもなくレッドに到達しそうな勢いだ。
膠着状態にすらならない、ほぼ一方的な状態だ。
「うぐ……くそ……ッ」
「まだだッ!」
手練同士の
発生フレーム、全体動作フレーム、硬直差、全てを把握し、有利フレームを理解しているからだ。
下手に発動させようものなら、全ていなされ、硬直後にソードスキル返しを喰らい、敗北は必至となる。
故に、ジュンは攻めあぐねているのだ。
仮にキリトがソードスキルを発動させたとしても、彼には「スキル・コネクト」がある。
この存在が、ジュンにソードスキルを使わせないための何よりの牽制となっていたのだ。
「……キリト! 頑張れッ!」
「…………!」
愛しのユウキからの応援を受けると、体力がレッドゾーンに突入しそうなジュンに決着を付けるべく、ソードスキルのモーションを取る。
彼の剣が青白く光り輝き、ソードスキル発動の合図を見せる。水平に構えられた刀身、放とうとしているソードスキルは「ホリゾンタル・スクウェア」だ。
モーションを完成させると、その剣先がジュンへと向けられる。
「…………ッ」
かなわない、とてもかなわない。
勝てないとは思っていたが、ここまで圧倒的な実力差だとは思わなかった。
体力は半分も減らせてない。本気で挑めば、一矢報いることくらいは出来ると思っていた。
しかし、それすら許して貰えなかった。
彼は強すぎる。自分なんかじゃ到底勝てるわけがない。
ソードスキルが迫ってくる。この斬撃を浴びれば決着だ。自分の変な見栄っぱりも、カッコ悪い形で終わってしまう。
あの子の前で、ちょっとくらいカッコイイ所見せれるかな、なんて思ったのが間違いだった。
変な意地を張ってしまった。最高にカッコ悪いや……。
「負けないでください! ジュンくんッ!!」
「ッ!!」
斬られる刹那、彼の目に映ったのは、必死で自分に声を届けるシリカの姿であった。
喉から声を必死にしぼりだし、彼に届くよう力を込めて叫び上げた。
「ジュンくん! 勝って……勝ってくださいッ!」
――不思議だった。
諦めて、負けを受け入れようとしていたのに、あの子の声を聞いた瞬間、急に何がなんでも負けたくなくなってきた。
でも、今からこの剣撃をいなせるだろうか。
いや、いなせるかどうかは問題じゃない、やるしかないんだ。
自分の意地は……こんなもんじゃ曲がらないッ。
「ぐ……うおぉぁぁッ!」
大剣を持つ手に再び力が湧いた。
柄を即座に握り直し、目の前のソードスキルをいなすために、意地で対抗する。
(なッ――)
その時、有り得ないものをキリトは目撃する。
外側に弾かれ、どう見ても剣による防御が間に合わない体勢で、ジュンは大剣をシステム上不可能なほど早い速度で戻したのだ。
ホリゾンタル・スクウェアの一撃目をギリギリブロックすると、今度は左手も柄に添え、大剣ソードスキル「サイクロン」を発動させる。
自分の周囲三百六十度全ての方向を薙ぎ払うようにカバーする、範囲系ソードスキルだ。
ザコ敵に群がられた時に最も効果を発揮する技となっている。
この三百六十度という角度の特性を利用し、同じように相手の周りを四角を描くように周りながら斬撃を浴びせるホリゾンタル・スクウェアを相殺しようと言うのだ。
(この早さとモーション……システム上有り得ない。まさか……彼も……ッ)
キリト自身が経験のあることだった。
あまりにも強い想いの力は、システムの力を大きく凌駕する。
かつての自分がヒースクリフこと茅場晶彦に対して見せた現象だ。
キリトは、それが今自分の目の前で起こってることを即座に理解した。
その時のジュンの動きは、まるで自分がスローモーションで動いてるのに、彼だけは正常な速度で動いてるように見えたという。
「ずあぁぁぁッ!」
強引という言い方も上等に見えてしまうほど、ジュンの起こした行動はデタラメなものだった。
有り得ない体勢、有り得ないモーション、有り得ない物理演算と位置関係。
傍から見ればチートツールを使ったと疑われそうな事象が、そこでは起きていた。
「ぬグゥッ!」
片手直剣と大剣、まともにかち合えは当然大剣に軍配が上がる。
ソードスキル同士の激突ともあれば、尚更体力の削り値に答えが出る。
事実、ジュンよりもキリトの方が大きく体力を削られており、大剣の重い斬撃を受ければリメインライト化してしまいそうなほどの、デンジャーゾーンへと追い詰められていた。
「が……あァァァッ!」
「であァァァァッ!」
ホリゾンタル・スクウェアの三撃目までは、ジュンの強引なソードスキルで相殺されていた。
あと一撃、あと一撃をいなす。
その時に勝算がある。例えスキルコネクトを使われようとも、それをやり遂げれば、そのまま勝てる。
「ぜァァァァッ!」
「ぐ、ウゥゥッ!」
四撃目がかち合った刹那、事態は起こった。
キリトが長年愛用していた片手直剣、ユナイティ・ウォークスの刀身が、響くような金属音と共に、砕け散っていた。
「な――ッ」
彼が旧アインクラッド時代にやっていたシステム外スキル、「アーム・ブラスト」。
それをジュンは強引に成し遂げた、というわけだ。
修復不可能なほどのダメージを負ったのか、ユナイティ・ウォークスは白く光り輝き、ポリゴン片となって仮想世界の空に消えていった。
「キリトッ!」
「しまっ……」
それを勝機と見たか、ジュンはサイクロンのモーションをそのまま利用した斬撃を浴びせようと、ソードスキルの最中にも関わらず強引にキリトに詰め寄った。
この斬撃が届けば、ソードスキルの硬直が発生する前に決着がつく。
「い……けぇぇぇぇッ!!」
「ジュンくんッ!!」
――――――次回、小さな春編 最終回「リトル・スプリングス」
まさかまさかのジュン、心意の力発動。
それほどシリカからの想いは彼にとって、力になるものだったのでしょう。
男の維持をかけた闘いはどちらに軍配があがるのか。
次回、いよいよ小さな春編最終回です。お楽しみに!