ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 お待たせしました、第8話です。キリトとユウキは二人だけでボスを倒せるのか?それではご観覧ください。
 


第8話〜失踪〜

 

 西暦2026年1月31日土曜日 午後14:30 新生アインクラッド第29層 ボスルーム

 

「ようし、いっちょ……勝負だよッ!」

 

 ユウキとキリトは勢いよくボス部屋に突入した。中は暗いが部屋にある松明型オブジェクトに明かりが灯り、部屋の中を明るく照らした。キリトの暗視魔法のおかげで、暗闇でも視界はある程度クリアなのだが、演出というやつである。

 

「…………」

 

 キリトとユウキは警戒を怠らない。360度上下左右とあらゆる方角に神経を研ぎ澄ませていた。天井から降ってくる敵もいれば堂々と待ち構えているパターンもある。いつ襲われても分からないので二人は互いの背中を預ける形になって索敵を続けた。

 

「……何にもこないね……」

 

「油断するなよ……?」

 

 ただただ静かな時間が流れ続けた。一向にボスが現れる気配はない。まさかとは思うが既に討伐されてしまったのか…?

 いや、それならそれで扉は開きっ放しのはずだし明かりが灯る演出があるのはおかしい。間違いないなくボスは倒されてない。しかし現れないというのはどういうことだろうか。

 

(おかしい、何かがおかしい、何かが……)

 

 キリトが違和感を覚えていると突如として全身をとてつもない寒気が襲った。身体中をゾワゾワという感覚が走る。そして気配がする方に目をやると、そこには禍々しい形をした鎌が暗闇の中から現れていた。

 

 半透明で尚且つ黒い煙で暗闇に紛れていたため、暗視魔法をかけていてもすぐに気付けなかったのである。先に気付いたキリトはユウキを素早く抱きかかえ、AGIとSTRを全開にして地面を蹴り、鎌の斬撃から逃れるように全力でステップをした。

 

 鎌は間一髪で当たらなかった。空振りした鎌はそのまま地面に突き刺さり、その場所からは赤黒い煙のようなものと、ドス黒いヘドロのようなものが溢れ出していた。

 

『KUKAKAKAKA……!!』

 

 ボスが不気味な笑い声とともに姿を現した。ボスの名前は“ The arbiter who eats death(ジ アルビタル フウ イーツ デス)” 死を食らう審判者という意味である。

 その見た目は旧アインクラッド第1層の隠しダンジョンにいたあの死神によく似ていた。キリトは死神にあまりいい思い出はなかった。75層到達時に第1層の隠しダンジョンで、90層クラスの強さの敵が出てきたことがあった。

 その時の敵がまさに死神の姿をしていた。あの時、ユイがいなかったらアスナと一緒に確実に死んでしまっていただろう。

 

 キリトはその過去もあってか、剣を持つ両手に自然と力が入る。そして、ふと先程鎌が振り下ろされた地点を見た。おどろおどろしい黒い煙とヘドロがまだ残っている。そこに奇妙な違和感を感じていた。

 

「キリト、ありがとう……」

 

 ユウキは体を起こすと助けてくれたキリトに礼を言った。ボスモンスターの不意打ちともあって、ワンターンキルされていてもおかしくはなかったのである。

 

「ああ……平気だ、気にするな」

 

 キリトはユウキにそう言い放ち、再び死神を睨みつけていた。鎌の周辺には禍々しいエフェクトが舞っている。奇妙な違和感、それの正体にキリトとユウキは気付きつつあった。

 

「キリト、もしかしてあの鎌……」

 

「ああ、多分特殊効果付きだろう。状態異常付加か、或は即死効果か……」

 

 もしもそうだとしたら最初の不意打ちを避けられたのは本当にラッキーである。あれをそのまま食らっていたら2人仲良くデスペナを喰らい、セーブポイントまで戻されていたかもしれない。

 アイテムを買い溜めし、数時間かけて迷宮区と突破し、ここまでたどり着いた苦労が一瞬で水の泡になるところだった。

 

「一撃でも貰ったらアウトかもしれない、ユウキ! 気合いれていくぞ!」

 

「うん! わかった! キリト!」

 

 死神のHPバーはフロアボスにしては意外に少なく3本しかなかった。見たところ、高火力、紙装甲といった特徴なのだろうか。

 いずれにしよどんな行動をとるか分からないので、まずはボスの観察から始まる。出来るだけ単調なうちに動きを観察し、敵の行動パターンを見極めなくてはならない。

 

 キリトとユウキはそれぞれの武器を手に構えた。キリトは右手に聖剣エクスキャリバー、左手に愛用しているユナイティウォークスを。ユウキは紫色の愛剣マクアフィテルを。すると死神も本格的な戦闘態勢に入り、地面に溶け込むように姿を消した。

 そのあたりには黒い煙のようなエフェクトだけが残っていた。そしてその煙が移動したと思うと、死神は一瞬でキリトの背後に現れた。

 

「キリト! 後ろ!!」

 

 死神の不意打ちに気付いたんユウキが叫んだ。死神はキリトの左肩目掛けて鎌を振り下ろした。しかしキリトは流石の反応速度でエクスキャリバーで鎌をガードしていた。エクスキャリバーと鎌の間に禍々しいエフェクトと激しい火花が舞っていた。

 

「ぎ、ギリギリが過ぎるぜ……! この骸骨野郎……!」

 

 キリトの推察通り死神のSTRはかなり高く、エクスキャリバーを装備しているキリトであってもなんとか踏ん張れる程であった。鍔迫り合いのような形となりお互いの背中が無防備になっていた。

 ユウキはすかさずその無防備になっている死神の背中目掛けて斬撃を放った。

 

「せやああぁぁぁ!!!」

 

 ボスのパターンがわかるまでは迂闊にソードスキルは使えない。下手に発動して硬直が発生してる合間に一撃でも貰おうものなら目も当てられない。

 しばらくは通常攻撃のみで凌ぐ。ユウキの斬撃は死神の背中にヒットし、1段目のHPバーを1割ほど減らした。フロアボスにしてはかなり柔らかい部類に入る防御力だ。

 

「やっぱり火力が高い分装甲は紙だ! ユウキ! このまま慎重に行くぞ! パターンの変化に気を付けろよ!」

 

「わかった! キリト!」

 

 死神はまた地面に溶け込み、また黒い煙とともに移動をし近くに現れて斬撃をするという、単調なパターンを繰り返していた。この攻撃の他に一向に目立った行動をしてはこなかった。

 

「行けそうだよ! キリト!」

 

 ユウキが声をかけるとキリトは神妙な顔をしていた。そう、いくらなんでもボスのパターンが単調過ぎる。ボスのHPバーは既に2段目に突入していた。しかし一向にパターンが変わる様子はない。キリトはそこに違和感を覚えていた。

 

(な、何だ……何でパターンが変わらない? 3本しかないHPバーが1つ減ったんだぞ……? 何でなんだ?)

 

 頭のギアをフル回転させ、キリトは考え続けた。そしてキリトはその違和感の正体に気付いた。死神が鎌を振り下ろした場所、煙に紛れて姿をくらました場所に、エフェクトが消えずに残り続けているのだ。

 

「こ、これは……!?」

 

 キリトが冷静に辺りを見渡すと、至る所に禍々しい煙とおどろおどろしい煙とヘドロでいっぱいになっていた。キリトにはこの配置に見覚えがある、今までこいつが攻撃と回避を繰り返した地点だ。キリトは直感で、こいつに触れると状態異常になるということに感づいていた。

 

「こいつは……まずいッ!」

 

 キリトは死神の攻撃を剣で防いでいた。相手の武器の効果を無効化するというエクスキャリバーの特殊効果によって、キリトは状態異常にならずに済んでいた。

 一方ユウキはと言うと、死神の攻撃を避けて反撃、というパターンで戦っていた。攻撃を躱している為、状態異常にはなっていないのだが、キリトの危機感は別のところにあった。

 

 死神がユウキに鎌を振り下ろすと、当然ユウキはステップで躱して反撃を入れようとする。最初のうちはこれでも良かったのだが、例の煙とヘドロの罠が増えてくると、素早く回避出来るというプレイヤースキルが、逆にあだとなってしまっていた。

 

「ユウキッ! そっちに飛ぶなッ!!」

 

 キリトが叫んでいた。ユウキは死神の黒い煙の残ってる地点に気付かぬままステップをしてしまったのだ。煙に触れたユウキは力が抜けたように、ふらっとその場に崩れ落ちてしまった。

 全身から力が抜け落ちたユウキの細い体にまともに鎌が入ってしまった。ユウキのHPはMAXから、一撃で一気にイエローゾーンにまで落ちてしまっていた。

 

「ユウキッ!!」

 

 キリトは咄嗟に闇属性魔法で煙幕を張り、ユウキを救出に向かった。死神相手にこの魔法による時間稼ぎがどのぐらい通用するかはわからないが、今はとにかくユウキの安否の確認と安全確保が最優先である。

 煙の中を突き進み、キリトはユウキのもとに辿り着き、ユウキを抱き起こした。

 

「ユウキ! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

「えへへ……ごめんねキリト、油断……しちゃった……」

 

 キリトは左手でメニューを開き、ストレージからポーションを取り出してユウキに飲ませた。ALOのポーションは一定量即回復+時間経過による持続回復といった効果を持っている。

 しかし確実にポーションを使用した筈のユウキのHPバーが回復する様子は全くなかった。

 

「な、何で回復しないんだ……?」

 

 そこでキリトは自分の視界の左上にある、ユウキのHPバーの上に見慣れないアイコンがあることに気が付いた。状態異常:終焉の呪い(エンド・カース)である。全能力の一時的低下、麻痺、回復無効というバランスが崩壊しかねない、新種の状態異常であった。

 

「何だこれは……こんな状態異常、見たことないぞ……」

 

 キリトはポーチから状態異常の呪いが回復できる解呪結晶を取り出し、ユウキに使用した。しかしユウキの状態異常は解除されなかった。

 アイテムでの回復が出来ないとなると、ウンディーネの高位の回復魔法か、若しくは時間経過か、それとも或は……。

 

「あいつを倒さないといけないってことか、それもノーダメで……!」

 

 キリトは死神のいる方向を睨みつけながら、今の自分たちの置かれている状況を整理した。まず死神の武器には状態異常付加効果がついている。当たれば大ダメージと先程の状態異常にかかり絶体絶命になってしまう。

 したがって一撃も貰うわけにはいかない。擦り傷でも状態異常を貰った時点で体が動かせなくなってしまい、アウトだ。

 

 確実にエクスキャリバーでガードをするか、完全回避をするしかない。回避の際にも地面の状態異常の罠に注意しながらやらなければならない。そして尚且つ、ユウキにヤツのヘイトが向かないようにしなくては。

 キリトは絶望的なまでに難しく設定されたこの難易度に、呆れと苛立ち、そして同時に好奇心を抱いていた。

 

「正直高難易度が過ぎるな、二人で攻略しようとした時点でわかってはいたが……」

 

 こんなにヤバい状況だというのにも拘らず、キリトは笑みを浮かべていた。ボス戦独特の緊張感、やるかやられるか。そのピリピリした空気にキリトは剣士の血が騒ぐのか、奇妙な心地よさを覚えていた。

 

 段々と先ほど唱えた煙幕魔法の効果が切れてきた。煙の隙間から見えた死神は憎たらしい顔をしながらケケケと笑い、キリトを見下すような仕草をし、挑発まがいの行動までして、耳をつんざくような金切り声にも近い、不愉快な叫び声をあげていた。

 

『KA――KAKAKAKA!!』

 

「この野郎、絶対に泣かしてやる……!」

 

 キリトは笑っている死神に対し、一気に距離を詰め二刀流で先制攻撃を仕掛けた。防戦になったら勝機がかなり薄くなってしまう。ならば攻めて攻めて攻めまくるしかない。長引けば長引くほど状況は不利になる。短期決戦で終わらせてしまわなくては。

 

「せええああっ!!」

 

 キリトは死神の斬撃をエクスキャリバーでいなし、もう片手のユナイティウォークスで反撃という戦法で戦っていた。

 

 一見パターン化してるようにも思えるが死神の斬撃をエクスキャリバーでいなすのは相当な技術、力、集中力。精神力がいる。全神経を研ぎ澄ませて、目の前の鎌、周囲への罠に最大の注意を払いながら、確実に死神に攻撃を入れていく。

 唯一の救いは死神が紙装甲だったことだ。これで耐久が高かったらまず勝てないだろう。

 

「ぬぐっ……!?」

 

 必死で攻撃をかわし続けていたキリトの頬を、死神の鎌が擦り抜けていった。直撃ではない為、ほんの少しキリトのHPが減少した。しかしキリトの心配はそこではなかった。

 キリトは自分のHPバーの上をすぐに確認した。その場所には状態異常アイコンが表示されていた。

 

 状態異常:熱毒(ポイズン)

 

 エンドカースではなかったものの、厄介なことに変わりはない。相手の耐久が低いとはいえ、攻撃をいなしながら反撃をいれていくこの戦法は、いわば時間に余裕があればこその戦法だ。

 しかし熱毒(ポイズン)にかかってしまったことにより、実質的に制限時間が設けられてしまった。解毒結晶を使っている余裕はない。ならばこのHPが尽きる前に死神を倒すしかない。

 

「運営は……性格悪すぎだろ……!」

 

 性格の悪い運営に対して悪態を吐きながらも、キリトは死神に立ち向かい続けた。地道な攻撃が重なって、死神のHPバーは3段目に突入していたが、キリトのHPもイエローにまで落ちていた。

 どっちが先に倒れるかは正直どっこいどっこいといった具合だ。そんな一人でボスに挑み続けるキリトの姿を見て、ユウキはいたたまれなくなり、必死で戦っているキリトに対して声を掛けた。

 

「キリト、もういいよ! ボスのパターンもわかったし、一回全滅してまたこようよ! ボクたちなら……またすぐに……」

 

「ダメだッ!!」

 

 ユウキの説得をキリトは一蹴した。ユウキにも信念があるならば、キリトにも曲げられない信念がある。かつてSAOで心に誓った、誰にも譲ることのできない信念が。

 

「俺が生きている間は……パーティメンバーを、仲間を……殺させやしない!!」

 

 キリトは死神の攻撃を防ぎながら、鋭い眼光でユウキに視線をあわせて言い放った。たかがゲーム、されどゲーム。しかしキリトはこのゲームの戦闘一つにしても仲間の命を軽く見てはいない。

 かつてのSAOじゃないから大丈夫といった感性を持ち合わせてはいなかった。いかなる状況でも仲間は見捨てない、それがキリトの信念であった。

 

「キリト……」

 

 ユウキは動かない体でキリトを見上げた、キリトは身を挺して自分を守ってくれてる。現実世界では大人たちに、倉橋先生に守られて、仮想世界でもスリーピング・ナイツのみんなに、アスナに、そしてキリトに守られていた。ここにきてユウキは自分の無力さを痛感してしまっていた。

 

 ユウキは自分が情けなくなった。絶剣と呼ばれていても、大事な場面では周りから助けてもらわないと何も出来ない事を改めて痛感した。あまりの悔しさと情けなさから涙がこぼれ落ちていた。

 

「あはは……ボクは仮想世界でも……弱虫なんだな……」

 

「そんなことないッ! ユウキは弱くなんかない! 何にでも全力でぶつかっていく強さを持ってるだろう! 不貞腐れてる俺に全力でぶつかってきてくれたのはお前だ! ユウキ!」

 

「キリト……」

 

「俺を立ち直らせてくれたユウキが弱いなんて、俺がそんなの認めない! 俺が許さない!」

 

 キリトはユウキに活を入れ続けた。もう、何年も一緒にいるパートナーを励ますかのように。

 その時、一瞬でも死神の攻撃から意識を逸らしてしまったことで、これまでほぼノーミスで鎌をいなし続けていたキリトの手元が狂ってしまった。鎌のいなしに失敗して死神の攻撃の直撃をもらってしまった。

 

「キリトッ!!」

 

 キリトのHPバーの上には終焉の呪い(エンド・カース)のアイコンが表示されていた。熱毒(ポイズン)のダメージも重なり、レッドゾーンまでHPが減ってしまっていた。絶体絶命である。

 

「しく……じった……!」

 

 キリトはユウキの数メートル手前まで吹っ飛ばされていた。エンドカースの状態異常の所為で体を動かすことができない。熱毒(ポイズン)の影響でHPもじわじわと減り続けている。

 このままでは遅かれ早かれ、HPが全損し、リメインライト化してしまうだろう。そうなると、動くことが出来ないユウキも死神の餌食になる。

 

「ごめんなユウキ……負けちまったよ……」

 

 キリトは床に突っ伏しながらユウキに視線をあわせて、申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開いた。その倒れているキリトの背後には、死神が今まさに鎌を振り下ろそうと迫っていた。その様子を、ユウキは無抵抗で見ていることしかできなかった。

 

「一緒に……思い出作れなくて、ごめんな……」

 

「あ……あぁ……そんな……キリト……」

 

 キリトがやられる。目の前で死ぬ。消えて無くなる。また大切な人が目の前からいなくなってしまう。嫌だ、嫌だ。そんなの嫌だ。パパもママも、姉ちゃんもアスナも、クロービスやメリダまで。みんな大切な人がボクの側からいなくなっていく。

 キリトまで……いなくなるなんて、そんなの……そん……なの………。

 

「そんなの……、嫌だああぁぁぁぁ――ッ!!」

 

 ユウキが叫び声を上げ、死神がキリトにトドメを刺そうと鎌を振り下ろす直前、ユウキの終焉の呪い(エンド・カース)が解除された。

 瞬間、ユウキは本能の導くまま、考えるよりも早く体を動かし、AGI全力でダッシュをしてその慣性を活かしたまま、死神が鎌を振り下ろすよりも早く、片手剣ソードスキル、ヴォーパル・ストライクを放っていた。

 

「キリトォォ――――ッ!!」

 

 声にならない叫び声をあげながら、ユウキは死神に向かい剣先をのばしていた。

 お願い届いて、アイツの鎌がキリトを絶命させるよりも早く、ボクの剣よあいつに届いて、お願い……キリトを助けて!

 

 ユウキの願いが聞き届けられたのか、死神の鎌がキリトの首をはねるよりも早く、ユウキの剣が死神を貫き、死神の動きを止めることに成功した。

 

『GUGAAAAAA!!』

 

 ユウキのソードスキルが直撃した死神は、おぞましい断末魔の咆哮をあげたのち、青白い光を放ちながら爆散した。ボスを倒したことによってキリトの状態異常が解除され、キリトのHPは減少を止めていた。

 キリトがHPを全損させるまで、あと残り数ドットというところだった。正に九死に一生の出来事だった。

 

 《Congratulations!!》

 

 システムメッセージが表示され、新生アインクラッド第29層ボス討伐成功が知らされる。もしもフルレイドで討伐にいったら、終焉の呪い(エンド・カース)の餌食になったパーティが続出し、今回より阿鼻叫喚の地獄絵図になっていただろう。

 

 キリトはポーションを飲み自分のHPを回復させると、体をふらつかせながらユウキに近寄って行った。死神にトドメを刺したユウキは、捨て身のヴォーパル・ストライクの勢いでバランスを崩し、転倒してしまっていた。

 

「ユウキ、やったな……ボス討伐成功だ」

 

 先ほどの興奮が覚めていなかったユウキは、キリトに話しかけられてハッと正気に戻った。その目には涙が溜まっており、ユウキの頬を滴り、地面を濡らした。

 ユウキは恐る恐る声がした方を向き、自分のパートナーの無事を確認した。

 

「キリト……生きてる……?」

 

「ああ、お陰様でな……」

 

「ホントに……?」

 

「ああ、ホントだ。お前のお陰でな……」

 

 それを聞くとユウキは剣を投げ捨て、一目散にキリトに向かって抱きついた。キリトは一瞬後ろに倒れかけるがユウキをしっかり受け止めた。

 大粒の涙を流しながら、ユウキは声を殺しながら泣き、キリトの胸板に顔を当てこすった。あまりにも強く当てすぎて、キリトのHPが減ってしまいかねない強さだった。

 

「キリト……! キリト! 死んじゃうかと思った……!」

 

「おいおい、SAOじゃないんだから……実際に死ぬわけじゃないだろ……?」

 

 キリトは自分の心配をしてくれているユウキの頭を、優しく右手で撫でまわしていた。まるでその姿はお兄ちゃんに甘えてくる年頃の妹みたいに見えた。

 思えば直葉もこんな風に甘えてきたことがあったなと、キリトは昔を懐かしんでいた。

 

「死なせないって言ったのは……キリトじゃん……か」

 

 ユウキはひたすらに涙を流し続けた。キリトを助けられたことに安堵した。独りぼっちにならなくてすんだことに安堵した。かけがえのないものを守れたことに安堵した。キリトと一緒にならどこまでだっていける気がした。

 大好きなキリトと一緒なら。

 

 

  "大好きな" キリトと、一緒なら……?

 

 

 ユウキは先日から感じていた心のモヤモヤに、とうとう気付いてしまった。無意識に否定していたが、今日のことでそのモヤモヤは確信に変わっていった。自分には決して許されるはずがない、その抱いてはいけない感情に。

 

 そう、キリトへの "恋心" に……。

 

「あ……ああ……」

 

 そのことに気付いてしまったユウキは、キリトから離れると目を丸くしてキリトを見つめ、キリトから遠ざかるように、逃げるように後ずさりをした。

 ボクはキリトの傍にいてはいけない、キリトの隣に立っていてはいけない。そんな気持ちを胸に抱きながら。

 

「キリト……あの、ボク……、ボクは……キリトが……!」

 

 キリトはユウキの様子がおかしい事に気付いた。普通ではない空気が漂っていた。今まで一回も見せたことのない表情だった。恐ろしいものを見たような、取り返しのつかないことをやってしまったような、そんな戦慄に襲われたような表情をしていた。

 

 キリトはユウキに駆け寄り、ユウキの体の心そうに声を掛けていた。あまりにも壮絶なボス戦でユウキの精神に負担をかけてしまい、現実の体にも影響が出てしまったのではないかと心配していた。

 

「だ、大丈夫かユウキ? どこか痛むのか!?」

 

「あ……違う、違うんだ……キリト。ゴメン……ボクは……ボ、ボクは……!」

 

 そう言うとユウキは涙をこらえながらメニューを開き、ログアウトをしようとしていた。キリトはすぐさまその行動を見抜き、ユウキの手首を鷲掴みにしログアウトを阻止した。

 

「な、何してんだ! どこに行く気だよ!」

 

 キリトはつい怒鳴ってしまった。ユウキの訳のわからない行動に理解が追い付いていなかった。何故ユウキが自分の前から姿を消そうとしてるのか解せなかった。興奮しているキリトを尻目に、ユウキは項垂れ、涙を流し続けながら口を開き続けた。

 

「あ、あのね……キリト、ゴメン。ホントにゴメン、ボク……キリトの側にいる資格が……ないんだ……」

 

「な、何を……言ってるんだ?」

 

 何でユウキは急にこんなことを言うのかと、疑問を抱いているキリトの不意をつき、ユウキはキリトに鷲掴みにされている手を払い退けると、すぐさまログアウトしてしまった。

 

 通常、ボス部屋はログアウト出来ないのだが、ボスを撃破したことによってこのボス部屋がセーフティエリアになったため、ログアウト出来たのだ。

 

(ごめんねアスナ、ボク……アスナとの約束……守れそうにない……!)

 

「ユウキッ!!」

 

 先ほど投げ捨てたマクアフィテルのすぐ傍に、ユウキの先ほど倒した死神のドロップのネックレスがユウキのいた場所に、金属音を立てて落下した。

 ユウキがリザルト処理をしていなかったため、ストレージ外に弾き出され、その場に落下したというわけだ。

 

 キリトはネックレスが落ちている地点に歩み寄り、それを拾うと気持ちの整理がつかないまま一人でボス部屋に佇んでいた。

 ユウキが何故、あんな行動を取ったのかを考えながら。そしてそれと同時に、心にぽっかりと穴が空いた思いがした。これに似た感覚を、キリトは経験したことがあった。

 

 二年前旧アインクラッドで、自分の責任で月夜の黒猫団のギルドメンバーの一人、サチを目の前でむざむざと死なせてしまった時、そして一ヶ月前、抵抗むなしく自分の目の前から姿を消したアスナを黙って見送るしかなかったとき。その時の感覚と同じものを、キリトは感じていた。

 

 その感覚を覚えて、初めてキリトはユウキにどんな感情を持っているかを理解した。絶対に失いたくない存在、片時も傍から離れてほしくない存在、かけがえのない存在。いなくなって初めて気付かされた。ユウキはキリトにとって、もう既に特別な存在となっていたのだ。

 

「そう……やっとわかった。俺は……ユウキを独りにさせたくないから、傍にいたんじゃない……」

 

 そう、今まで自分の気持ち自身も誤魔化していた。自分でもきっとそうじゃないと思っていたからだ。いや違う、そう思おうとしていたんだ。俺の……ユウキに対するこの想い…。

 

 

「俺は……ユウキのことが……好き(・・)なんだ」

 

 

 ユウキが姿を消した理由にも察しがついていた。ユウキもキリトのことを好きになってしまっていた。だからキリトの前から居なくなったのだ。かつてアスナの前から姿を消した時と同じように。

 

 ユウキへの感情に気付いたキリトは嫌な予感がした。もう二度とユウキに会えないかもしれないという、嫌な胸騒ぎがしたのだ。

 キリトは右手でマクアフィテルとボスドロップのネックレスを拾い、左手でメニューを表示させ、ストレージに仕舞うとすぐさまログアウトの準備に取り掛かった。

 

「病院だ……、ユウキに……直接会いに行くんだ!」

 

 キリトは左手でログアウトのアイコンをタップし、ALOからログアウトをした。キリトの意識が仮想世界から引き離され、数秒ほどの時間が経過し、やがて現実の自分の体へと戻っていった。

 

 現実世界のキリト、桐ヶ谷和人は自分の部屋で目を覚ましていた。目の前には見慣れた天井が見えていた。

 ベッドから体を起こし、顔を左右に振ると、すぐさまクローゼットにしまってある上着を取り出し、財布と携帯、オートバイのキーを持って急いで部屋を出た。階段を下り、玄関に足を運ぶと、急いで自分の靴を履く。

 

「お兄ちゃん? どこかいくのー?」

 

 玄関から慌ただしい音がすることに気付いた和人の妹の直葉が、リビングのドアから顔を出していた。今はのんびりと説明している暇はない、簡潔に目的地だけ伝えて和人は家を出ようとした。

 

「すまんスグ、俺ちょっと病院に行ってくる!」

 

「え、でも定期検査はまだじゃなかった?」

 

「いつもの病院じゃない、ちょっと急用で横浜まで行ってくる! 母さんには遅くなるって言っといてくれ!」

 

 そう言うと和人は家を飛び出し、自宅敷地内に置いてあるバイクのシートを開け、中からヘルメットを取り出し、装着した。バイクのシートに跨り、キーを差し込みエンジンを起動して、サイドスタンドを乱暴に蹴っ飛ばすと、猛スピードで桐ヶ谷邸を後にして走り去っていった。

 

「よ、横浜って……何時間かかると思ってるのよ!!」

 

 いきなり家を出ていった兄に対して憤慨する直葉だったが根は怒っていなかった。いつもちゃんと帰ってくるし、その時にはまた何かご馳走してもらおう、そんな考えを巡らせていた。

 

 和人は横浜港北総合病院に向かって、ただひたすらにバイクを走らせた。ユウキに…いや、木綿季に想いを伝えるために、木綿季が自分の前から姿を消した理由を、本人の口から直接聞きだすために。

 そして大切な人を二度と失いたくない、失わないために決心したことを伝えるために、バイクのアクセルを握る右手に力を込め続けた。

 

「もう二度と失いたくない……! 待ってろよ……木綿季ッ!!」

 

 




 
 ユウキはアスナの時と同じようにまた失踪してしまいました。和人は木綿季の気持ちを確かめるために病院へ直行します。次回、2人の関係が変わるかもしれません。
 

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