ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんにちはの時間に投稿することが出来ました。
 いよいよ前フリが長かった幻の銃弾編の佳境に入ってきました。あと3話か4話ぐらいで完結すると思います。
 引き続き、和人君と恭二君の運命を見守ってくださいませ。
 
 


第71話~名探偵セブン~

 

 

 西暦2026年 11月17日(火)午前09:55 ALO 新生アインクラッド第22層 キリトのホーム

 

 

「キリト君プリヴィエート♪ お邪魔するわね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ああ、そこのソファにでもくつろいで待っててくれ」

 

 もはや作戦会議や打ち上げ等ですっかりお馴染みとなっている、ここ22層のキリトの古ぼけたログハウスは、今日も今日とて久々のお客さんを招き入れていた。

 世界的に有名なVRアイドル兼、そしてそのVR技術の第一任者でもある七色・アルシャービン博士ことセブンが、久方ぶりに彼のホームへと足を運んでいた。

 

 常日頃からアイドル活動や、研究開発で多忙な毎日を送っている彼女は、本日は貴重なオフの日である。

 本来ならばその疲れを一日休んでゆっくりと癒したい所に、このキリトから朝っぱらから電話をよこされて今現在ここにいる、というわけである。

 

「久しいな、キリト」

 

「スメラギ……お前も来てくれたのか」

 

 セブンがログハウスの中ほどまで進むと、その後に入口からウンディーネ属の高身長の男性プレイヤーが姿を現した。

 ギルド・シャムロックの幹部であり、仮想世界、現実世界共にセブンのマネージャー兼助手でもある、住良木陽太ことスメラギだ。

 七色のスケジュールに合わせて生活を送っている彼にとっても、今日はオフの日のはずなのだが、セブンからの連絡を受け、駆けつけてくれたという訳である。

 

「ああ、セブンから来て欲しいと頼まれてな」

 

「へえ……そうだったのか、サンキュなスメラギ」

 

「……ふ、礼には及ばん。それより、早いところ本題に入った方がいいのではないか? 時間がないと聞いているぞ?」

 

 セブンがソファに腰を下ろすと、その隣にスメラギも同じように腰を下ろす。

 その向かいにユウキが、隣にキリトがゆっくりと座り込む。

 

 セブンが来るということは、スメラギが付いてくるのはある程度想像できたことだが、頭のキレる彼が今回同伴してくれたことについては、正直キリトにとっては非常にありがたいことだ。

 

 常日頃から七色博士の助手としてのサポート、そしてアイドルセブンのマネージャーとしてスケジュールを管理してる彼の頭脳は、大いに役に立つに違いない。

 

 キリトはスメラギから時間があまり残されていないことを指摘されると「あ、あぁ」と呟きながら、左手でメニューを操作する。

 昨夜シノンと話し合い、辿り着いた結論をまとめ直した資料をホロデータ化したものを、紙片アイテムとしてオブジェクト化させ、セブンとスメラギそれぞれ二人に配る。

 

「二人は……死銃(デスガン)事件って……聞いたことあるか?」

 

「……何?」

 

死銃(デスガン)……、忌々しい名前ね……」

 

 この反応を見る限り、二人は既に死銃(デスガン)事件のことを耳にしているようだ。

 それもそのはず、今や死銃(デスガン)騒動はVRMMOをプレイしてる人の間で、既に知らない人はいないくらいに有名になってしまっていたのだ。

 セブンやスメラギといったVR技術の最前線で仕事をしている人間ともなれば、嫌でもその噂は耳に入ってくる。

 

 かつてのデスゲーム、SAOと同じようにVRMMOプレイヤーが謎の死を遂げている。

 

 この事実はセブンにとって、大変に憤りを感じる事案であった。茅場晶彦の残した世界の種子(ザ・シード)のお陰で息を吹き返し、再び活性化しつつあるVRMMOで、また人が死んでいる。

 セブンもまた、キリトと同じようにこの事件に対して眉をひそめている人物の一人であったのだ。

 

「全く腹が立つわよね、好き勝手してくれちゃって……ッ」

 

「……知ってるんだな、二人共……」

 

 キリトからの問いかけに、セブンとスメラギはほぼ同時に首を縦に振った。

 その表情も真剣そのものであり、今回の事件を解決させたいという意思も感じ取れる。

 

「今やVR関係者でその事件を知らない人はいないわ。全く……、クラウド・ブレイン計画が可愛く見えてくるわよ」

 

「実は……俺もセブンも、この死銃(デスガン)事件については頭を抱えていてな……」

 

「……なるほど、そうだったのか……、そうとなれば話は早い」

 

「実はね、ボクとキリトは……この事件を追ってるんだ。クリスハイトからの依頼でね」

 

 何故キリト達が死銃(デスガン)事件のことを調べてるか疑問だったセブンであったが、クリスハイト、菊岡誠二郎の名前を聞いた瞬間、なるほどなといった表情に変わっていった。

 

 今回の事件、実際に人が死んでる以上、個人が興味本位で首を突っ込んでいい案件ではない。

 SAO事件、クラウド・ブレイン計画を解決に導いたキリトであったとしてもだ。

 

 しかし、そこで総務省の人間である菊岡からの依頼となれば話は変わってくる。

 むしろ菊岡は何故VR技術の一任者であるセブンではなく、一般人のキリトに解決を依頼したのだろうか?

 初めからセブンにも同じように依頼すれば、もっと被害者を減らせたかもしれないし、事件も早期に解決出来たかもしれない。

 

「ははあ……彼、私を避けてるわね……」

 

「……クリスハイトが?」

 

「ええ、彼は私にたくさんの借りがあるんですもの、これ以上借りを増やしたくないんじゃあないかしら?」

 

「……なるほどな、アイツらしいよ」

 

「……世間話はそれくらいにしておくんだな。キリト、改めて今回俺たちを呼んだ理由を説明しろ」

 

 スメラギが話の流れをぶった斬ると、キリトは「あ、ああ……」と少しだけどもりながら手渡した資料と同じものを、自分とユウキの分もオブジェクト化し、概要から読み上げて説明を始めた。

 

 昨晩シノンと話し合い、様々な角度から推理し、審議し尽くし、それを菊岡に話して聞かせた内容と同じものだ。

 表向きは今回の死亡者は心不全となってはいるが、キリトはここに不自然さを感じていたのだ。

 

 昨今から飲まず食わずでVRMMOをプレイしている人は多い。その中でも変死を遂げているプレイヤーがいることも確かな事実だ。

 これはVRMMOが発達する前、PCやスマートフォンでプレイ出来るオンラインゲームでも取り上げられていた問題であった。

 

 食事も水分補給も、手洗いにも行かずにゲームにのめり込んでしまうその姿勢は大いに社会問題として取り上げられていた。

 それも栄養失調、脱水症状、睡眠不足など直接体の健康に害する問題ばかり。

 五感をシャットアウトし、意識を仮想世界に委ねるVRMMOにもなると、更にそのリスクは高まる。

 

 仮想世界にいる間は、基本的に現実世界の肉体は無防備になる。どれだけ汗をかいていようが、どれだけお腹が空いていようが、仮想世界にいる限り、わからない。

 三日三晩、下手するとそれ以上にプレイにのめり込み、現実の体など二の次になってしまう。

 それが変死の原因ではあったのだが、いずれの死亡者も、決定的な栄養失調等からくる餓死などがほとんどだ。

 

 今回の死銃(デスガン)事件の様に、過去に連続して心不全で亡くなっているといったことはただの一度も無い。

 故にキリトはそこに違和感を感じていたのだ。そして恭二からの、自分は死銃(デスガン)だとほのめかすような発言があったことから、その違和感は疑念、やがては確信に変わっていった。

 

 死銃(デスガン)騒動は単なる偶然の事故の連続ではない。

 人の手の入った、もっと事件性が高いもの、つまりは何らかの外部的要因でプレイヤーの心臓を止める方法がある、ということだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……なるほどね……」

 

「今のところ、わかっているのはここまでだ」

 

「……ふむ……」

 

「二人共、何か質問はあるか?」

 

 キリトから一通り今回の事件のあらましを聞いたセブンとスメラギは、各々が頭の中で情報を整理し、自分の推論を立てているようだった。

 

 今回のキーポイントとなるのは「どうやって被害者を殺害したか」、「何故そのターゲットが狙われたか」

 そしてキリト達が推理する通り「本当に真犯人は新川昌一なのか」ということである。

 

「……一つ、いいか?」

 

「何だ? スメラギ」

 

 スメラギはある程度考えがまとまったのか、手元の資料に視線を送りながら、キリトに質問を投げかけた。

 

「貴様らの推理から、この新川昌一なる人物が限りなくクロに近いということはわかった。だが……」

 

「だが……何だ?」

 

 スメラギは言葉を少し濁らせると資料を手前のテーブルに置き、再度思考を巡らせて、自分の中で生まれた疑問をキリトにぶつけた。

 

「どうやって捕まえるのだ?」

 

「え……」

 

 スメラギの言うことは最もである。先刻菊岡からも言われた通り、告発にまでいたるだけの決定的な証拠がない限りは、新川昌一を逮捕することが出来ないのだ。

 悔しいことに、彼は現場に証拠らしい証拠を残していない。警察もよくある変死事件として処理してしまった為、ろくな捜査も行われていないのだ。

 その状況下で確実なクロとして捕まえるには、まだ決定的な証拠が足りない。

 

「まともな捜査も行われておらず、証拠もないのだろう? 現場も既に片付けられてしまっている。八方塞がりなのではないか?」

 

「……ああ、お前の言う通りだよ。……そこで何かいい手はないかどうか、セブンの知恵を借りたかったんだけど……」

 

 キリトがそう言いながらセブンの座っている方向を見ると、それに釣られてスメラギとユウキも彼女に視線を向ける。

 その先にはここにいる誰よりも真剣な顔付きで思考を巡らせているセブンの姿があった。

 

 いつもステージの上で見せているような明るく可愛らしい顔とは打って変わって、軍の司令官のような、所轄の捜査官のような目つきで、今回の騒動のあらゆる可能性を、そして犯人を逮捕するにはどうすればいいかを、考える。

 

「…………」

 

 セブンが考えている間は、終始その場は無言の時間が続いた。誰もが固唾を飲んで、セブンの邪魔になるまいと言葉を発しようとはしなかった。

 古ぼけたログハウスに備え付けられた暖炉にくべられた、薪がパチパチと燃え上がっている音だけがこの狭い空間にこだましている。

 

「…………」

 

 静かな時が流れて始めて十五分ほど経過した頃だろうか、考え始めてからこれまで全く微動だにしなかったセブンが、ここにきて漸く顔を上げた。

 一度深呼吸をし、自分で考え、まとめあげた結論をゆっくりと話して伝える。その言葉に、全員心静かに耳を傾けた。

 

「スメラギ君の言う通り、確かに現状で逮捕するための証拠を揃えるのは難しいわね……」

 

「…………」

 

「痕跡が残ってないみたいだし、何より警察があっさりと事故として処理してしまったのが痛すぎるわ」

 

「……やっぱり、か……」

 

 あの頭脳明晰なセブンでさえお手上げな状態なのかと、彼女の言葉を聞いた途端に、キリトは大きく肩を落として溜め息を吐き出した。

 

 やはりこの事件は迷宮入りなのか、自分は恭二を助けることが出来ないのか、そう諦めの気持ちさえ抱いてしまう。

 俺が無理やり犯人を取り押さえるか?

 

 ダメだ、そんなことをしたら火に油を注ぐ行為になる。奴が捕まるどころか俺が傷害罪で捕まる。そして勘のいいやつは疑いの目を恭二へと向けて、彼を消すだろう……。

 

(……畜生、どうしたらいいんだ……どうしたら……ッ)

 

 キリトの両手の拳から、ギリギリと音が鳴っている。自分にはどうすることも出来ない現実に憤慨している。

 一人の親友も救うことが出来ないのかと、万能ではない司法に、そして己の無力さに怒りさえ感じる。そんな時だった。

 

「ねえスメラギ君、この前観た刑事ドラマ……すごく面白かったわよね?」

 

「……は、……はぁ?」

 

「……ムム?」

 

 緊張感ではち切れんばかりのこの狭い空間に、突如としてセブンがゆるい話題を持ち出した。

 おいおい何を言ってるんだ。今話し合っているのはドラマとかのフィクションではなくて、現実に起きている事件の話のはずだろう?

 

 何を呑気なことを言っているんだ。やはり天才と何とかは紙一重という言葉は本当なんだなと、決して言ってはならないことを、キリトは心の中に仕舞っておきながら、呆れた表情で彼女を見つめていた。

 

「あの犯人ちゃんと捕まってたけど、主人公の刑事はどうやって真犯人を追い詰めていたかしら?」

 

「……そ、それは確か……」

 

 何やら雲行きおかしい。

 おかしいが……、キリトはいい意味で胸騒ぎがしてるのを感じていた。何の変哲もない、ただのドラマの感想と語らい。ある種のネタバレとも言えるがそんなことはどうでもいい。

 自分はドラマなんて観ないしそもそもテレビはニュースくらいしか目を通さない。

 

 しかし……しかし、今はセブンの言おうとしてることが気になって気になって仕方が無い。

 まるでその小さな口から、地獄から這い上がるための一本のロープが、希望の光が差し込んでくる気がしてならなかったからだ。

 

 死んだ魚のような目をしていたキリトの瞳は、再びキラキラと輝き始め、まるでクリスマスプレゼントを楽しみにしている子供のような眼差しをしていた。

 

「泳がせていたわよね、犯人を。そして犯行の決定的な瞬間を取り押さえて、あとはそのまま現行犯逮捕、だったわよね?」

 

「あ、ああ……、あまり真剣に観ていなかったからよく覚えてないが、確かそのような内容だったと記憶している」

 

「ええ、そうよ。これまでの被害者と犯行に結びつきそうな共通点を探して、網を張って待ち構え、泳がせた」

 

「……セ、セブンまさか……ッ」

 

 キリトがソファから立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出した。彼にはセブンの言いたいことが何となくわかってきた様子だ。

 期待に胸をふくらませながら、セブンの言葉に耳を傾け続ける。その反応に、彼女も「フフッ」と意味ありげな笑みを見せながら、続きを口にする。

 

「これまでに亡くなったと思われる……、ゼクシード、薄塩たらこなる人たちには、いずれもGGO上位プレイヤー(・・・・・・・・・・)、だという共通点があるわ」

 

「あ、ああ……」

 

「そして、変死を遂げた人たちはいずれも東京から電車でそう遠くない圏内で、一人暮らし(・・・・・)をしているわね」

 

「……ああ」

 

 全員の表情が強ばり始めた。皆何となく、セブンの言いたいことがわかってきた様子だ。

 

「……続けるわよ? それで、これからもその二つの共通点を持ったプレイヤーが狙われる可能性が、極めて高いと見るわ」

 

「……なるほど、セブンの言いたいことがわかってきたぞ……」

 

「ハイハーイ! ボクもわかったよー!」

 

 一際元気な声を上げながら、ソファから勢いよく立ち上がり、右手をめいっぱい天井に伸ばして、ユウキか自分が回答したいと主張している。

 セブンはくすくすと笑いながら、回答権を彼女に譲ると、ユウキがニカッと笑いながら元気よくハキハキと答えていく。

 

「つまりー、GGOの上位にいて、一人暮らしをしてるプレイヤーを絞り出して、そこを犯人が狙おうとしてる所を捕まえればいい、ってことだよね?」

 

「……ふふ、ご明察よ、ユウキちゃん♪」

 

 ここまでセブンが明かせばユウキでなくとも察しがつくだろうという意見はさておき、要はまとめるとこういうことだ。

 

 新川昌一の狙いはGGOプレイヤーに現実世界と仮想世界両方から退場してもらうこと。

 理由は恐らく自分がGGOのトッププレイヤーとして君臨し続ける為だと思われるということ。

 手段はわからないが上位プレイヤーの個人情報を盗み出し、何らかの手段で自宅へ侵入、痕跡を残さず死に至らしめている、ということ。

 

 確かに今のところ証拠は残っていないかもしれないが、次に狙われているプレイヤーを予め予測し、捜査網を敷いていたらどうだろうか?

 

 奴は必ず網に引っかかる、セブンはそう読んだのである。

 しかし、まだ重要な問題が残っているのも確かだ。そこにすかさず、キリトが疑問を投げかける。

 

「……なあセブン、二つほど気になる点があるんだけどいいか?」

 

「ん……何かしら?」

 

「どうやって……、どうやって犯人は被害者の自宅を割り出したんだ?」

 

「…………」

 

「それに……自宅内への侵入方法もそうだ。窓ガラスを割ったり、扉を無理やりこじ開けた形跡も無かったらしい」

 

「……そうみたいね」

 

 キリトの言うことも最もであった。近年も個人情報漏洩が問題になり続けている。

 しかしそれに伴ってセキュリティも日に日に強固なものになっていっているのだ。

 

 更にGGOを運営しているザスカー本社は海外の企業。日本にもサーバーと支社はあるが一切の連絡先もサポートセンターも見当たらない始末。

 アミュスフィアのプロテクトが硬いこともあり、個人情報の漏洩はまず有り得ないことだ。

 

「……個人情報に関しては……詳しく調査してみないとわからないわ、でも……」

 

「……でも?」

 

「被害者の自宅に侵入する方法なら、ちょっと心当たりあるかも……」

 

「なっ……」

 

「ほ、本当なの!?」

 

「ええ……」

 

 セブンの口から次々と出るとんでもない発言に、集まったメンバーは驚きの表情を隠せなかった。

 流石は天才と言われた七色・アルシャービン博士だ。常人では思いつかないような考え、発想を次から次へと思いつく。

 物事を瞬時に、時にじっくり、様々な角度と可能性から答えを導き出し、さらにそれを検証する。それが彼女の頭脳なのである。

 

「無理やり侵入した形跡がないのなら、多分堂々と入ったんでしょう?」

 

「なっ、ど……堂々と!?」

 

「そうよ? もしくはセキュリティが壊れてた可能性もあるけど、手元のデータにはそんなこと書かれてないし。多分正常に機能していたんでしょうね」

 

「……だ、だとしたら、合鍵となるカードキーを持っていたってのか?」

 

「……それも有り得ないわ。一人暮らしの男性が、付き合ってる彼女とか、家族とかの他に合鍵なんて渡さないでしょ?」

 

「そ、それもそうか……、彼女とか恋人とかは……多分いなさそうだったし、家族もアリバイはあるって聞いてる」

 

 強引な侵入は有り得ない、機器の故障でもない。恋人、家族の線も無し。だとすると、やはり犯人は正々堂々、セキュリティのロックを解除して被害者宅へと侵入したのだろう。

 

 だがしかし、どうやって? 仮に被害者が鍵を盗まれたとしたら、すぐにでも盗難届を提出し、迅速に鍵屋に依頼して錠前と機器を交換してもらうだろう。

 

 と言うことは、犯人はそれ以外の手段でセキュリティロックを自由自在に解錠出来るということになる。

 しかし、何やらセブンはこれに心当たりがあるようだ。

 

「キリト君、デジタルな錠前を解錠する方法が、正規のカードキーと管理者用マスターキーを使う以外にもう一つ(・・・・)、存在するとしたらどうする?」

 

「……は……? な、何だよそれ……」

 

 途端、キリトの顔がどんどんと青ざめていった。

 

「……あるのよ、一つだけね……」

 

 淡々と話し続けるセブンの言葉を聞いたキリトは、段々と顔色が悪くなっていった。

 殺人犯が家のドアを自由に解錠出来る? とんでもない、由々しき事態だ。

 殺人を犯さないにしても、空き巣等の盗みを楽に働くことが出来てしまう。それが事実なら、一刻も早く犯人を捕まえなくてはならない。

 

「でもね、普通の人なら絶対に入手不可能なのよ。その手の専門の所で働いてる人でないとね」

 

「……そ、それは何なんだ……?」

 

 キリトだけではなく、スメラギとユウキのアバターにも冷や汗が流れ始めていた。

 全員、犯人がとんでもないリーサルウェポンを所持していることに戦慄している。武者震いではなく、鳥肌が立つような感覚だ。

 

「大きく分けて、三つの組織がその権限を所持しているわ」

 

「三つの組織……?」

 

「まず一つは警察よ。キリト君の周りに事件に関わってる人で、警察関係の知り合いはいない?」

 

 そう尋ねられると、キリトは今まで出会ったことのある人物で、警察関係者がいないかどうかを思い出そうとしていた。

 しかし、神田を逮捕したときの刑事さんくらいしか心当たりはない。

 それも調書をとるために話をしただけであって、特別彼と仲がいいとも、プライベートで付き合いがあるといったわけでもない。

 

「……いや、いないな……」

 

「そう……それじゃあ、消防関係者は?」

 

「それも……心当たりはない」

 

 これに関してもキリトは心当たりはなかった。警察は現場に踏み込む時や強制捜査、所謂ガサ入れをする時に使用する時がある。

 

 消防関係者は災害現場のセキュリティが生きている場合、同じようにロックを解錠、逃げ遅れた人を救助したり、火災が発生しているなら消火作業にうつる。

 

 どちらの組織も、カードキーのセキュリティを緊急に解錠出来る権限を持っている。

 そして三つ目の組織、その組織は……。

 

 

「じゃあキリト君、医療関係者(・・・・・)の知り合いはいるかしら?」

 

 

 瞬間、キリトが凍りつく。

 その反応は、誰が見てもあからさまな態度であった。知っている、キリトは知っている。

 

 将来医者を目指して勉強し、大病院の院長を実の父に持つ親友に、容疑者候補である実の兄がいることを知っている。

 

「…………ッ」

 

「……はあ、どうやら決まりね、やはり彼はクロよ」

 

「119番通報した本人が、何からの理由で救急隊員への受け答えが出来ない場合、鍵のかかった部屋に入る時に使う為の緊急時解錠用マスターキー(・・・・・・・・・・・・)のことだな? セブンよ」

 

 なんという事だ。やっぱりシノンの推理は正しかった。やはりこれまで見えていた点は、しっかりと線で結びつくものだったのだ。

 ザザが、新川昌一が真犯人だということはわかっていたが、知らない真実を次々に目の当たりにして、和人は頭の理解が追い付いていなかった。

 

「恭二のお父さんは……病院の院長さんだから、その……昌一って人も、も、もしかしてカードを持ち出せるんじゃ……?」

 

 ユウキが震える声でセブンに尋ねると「恐らくね……」と落ち着いた口調で答えを返す。

 

「……何で、こんなこと……」

 

「……そこまでGGOってVRMMOに執着してるってことじゃあないかしら? ゲームのやり過ぎは身を滅ぼすっていう典型ね……」

 

「…………」

 

 再び、全員黙りこくってしまっていた。

 自分の立場と家族さえ利用し、殺人を犯してまで、一つのゲームのトップに君臨し続けるための昌一のあまりの執着心に、言葉を失っていた。

 

 キリトにとっても、ユウキにとっても、そしてセブンにとっても、仮想世界は特別な場所だ。

 しかし……決して取り憑かれてはいなかった。現実との区別はハッキリとついていた。

 

 だが、新川昌一はあまりにも仮想世界の住人になり切ろうとしている。いや、既になってしまっていると言ってもいいだろう。

 メディキュボイドの中で三年間仮想世界での生活を余儀なくされたユウキとは、また全然違った意味で、仮想世界に囚われてしまっていたのだ。

 

「…………」

 

 誰も言葉を発しようとはしなかった。またもや暖炉の炎が不規則に燃え盛る音だけしか聞こえなくなっていた。

 そんな中、一際大きく「パチン」という薪が燃える音が鳴り響くと同時に、キリトがブツブツと呟き始めた。

 

「……わかった、ぞ……」

 

 キリトがぼそっと囁くやいなや、三人の視線が彼に集中する。今「わかった」と言ったのか? 何がわかったというのだろうか。

 

「……キ、キリト君?」

 

「殺害方法が……わかったかもしれない」

 

「え……!?」

 

「本当なのか? キリトよ」

 

 驚くセブンを他所に、冷静に聞いてきたスメラギに対し、キリトは「ああ、多分な」と答え、腕を組みながら淡々と語り出す。

 これまでの審理、事実、新しい情報を元にロジックを組み立てていき『答え』に繋げる。

 

「……被害者の死因は……心不全だったよな?」

 

「え、ええ……そうね」

 

「……それがどうかしたのか?」

 

 キリトは一度目を閉じ、大きく深呼吸をすると、目つきを変えて、やや下を俯きながら自身の推論を三人に聞かせていく。

 

「……不自然だと思わないか? 何で被害者両方とも、心不全で死んでるんだ?」

 

「……あ……」

 

「い、言われてみれば……確かにそうよね……」

 

「餓死でもない、脱水症状でもない、それ以外の臓器不全でもない」

 

「……とすると、外部から心臓を止めた、とでも言うつもりか?」

 

 スメラギがそう言葉を発すると同時に、キリトは彼を真っ直ぐに見つめる。まるで、それが真実であるかのように。それが導き出された答えであるかのように。

 

「ああ、恐らくは……何らかの薬品を使ったんじゃないかって、俺は推測してる」

 

「薬品……だと?」

 

「そうだ、多分……劇薬か何かを盗み出したんだろう。院長の息子なら病院に顔が効くし、見学したいとでも言えば、院内を見せてもらえるだろ?」

 

「そ、そうね……」

 

「その中に、恐らく心臓や、もしくは身体機能を停止させる薬品があったんじゃあないか……?」

 

「……そ、そういえばボク聞いたことある……」

 

 ユウキがそう呟くと、今度はキリトから彼女に視線が集まった。一人一人が話を進めていく中、ログハウス内はとてつもない緊張感で包まれていた。

 そしてユウキが、細々とした声で、ゆっくりと口を開いていった。

 

「キリトやアスナと出会うよりもずっと前……まだボクが病気と闘ってたときね? 暇潰しに倉橋先生とお話してたんだ……」

 

「お話……?」

 

「う、うん、手術のお話。全身麻酔をする時に使うお薬があって、痛みをなくすのとは別で、体を動かなくするためのお薬なんだって……、確か……さ、さくし……なんとかって……」

 

「サクシニルコリン、筋弛緩剤(きんしかんざい)の一種だな」

 

「……さ、サクシサクニ……?」

 

「サクシニルコリンだ。貴様も病気と闘った彼女を家族に持つ身なら、少し医療のことを勉強しろ、キリトよ」

 

 両手で腕組みをし、目を閉じてキザったらしくソファに腰掛けているスメラギを見ると、キリトは「ムムム……」と不満そうな声を漏らしながら複雑な視線を彼に向けていた。

 

 未だに憶測の域を出ないが、被害者を死に至らしめた原因はわかった。

 しかし……そうなるとまた別の問題が出てくる。今度はどうやってそれを注入したかということだ。

 

 注射器で劇薬を体内に注入したとして、それなら絶対に注射針の痕跡が残るはずなのだ。何故かと言うと犯人は注射器の扱いに関しては素人だからだ。

 熟練した医師や看護師ならまだしも、跡が残らず綺麗に注射するには、かなりの経験とコツがいる。

 ましてや殺人を犯すために、殺意を持って注射をしたはずだ。残らない方がおかしい。となると、犯人はどうやって薬品を注入したというのだろうか?

 

「……しかし薬品は注入された、それが事実だとすると……」

 

「……ボク、それ知ってる……」

 

 ここにいるメンバーの中で、患者側とはいえ一番医療に携わってきたユウキが呟くと、またもや彼女にその視線が集中する。

 若干のやりにくさを感じつつも、ユウキは先程と同じように、口を開いていく。

 

「無針注射器っていって……、痛みも跡も残らずに、お薬を注射出来るの。メディキュボイドを使う前に……よく倉橋先生がやってくれてた」

 

 HIVと闘うため、感染症から身を守るために、ユウキは現実世界で様々な薬の投与を続けてきた。

 時に大量の薬を飲み、また時には注射で薬品を注入し、必死にAIDSの発症を抑え続けていたのだ。

 当時としては、ユウキの記憶から「注射器(イコール)怖くて痛い」という偏見を拭いさった革命的な出来事だったという。

 

「腕とかに何回も注射したけど、跡は一度も残らなかったよ」

 

「……なるほどな、サンキュなユウキ、お陰で全てが繋がった」

 

 過去の記憶を思い出してまで、キリトたちに有用な情報を提供してくれたユウキの頭を、キリトは優しい表情でそっと撫でた。

 ユウキはそんな彼の掌を心地よさそうに受け入れて、満足そうな笑みを浮かべている。

 

 一瞬で緊張した空気から、ほんのり甘い空間へと変わってしまったログハウス内であったが、セブンの「うおっほん!?」というわざとらしい咳払いで一蹴されてしまった。

 

 ついいつものやり取りを人前でやってしまっていたキリトとユウキは、少しだけ恥ずかしそうにもじもじと顔を赤らめている。

 

 アイドル業をやっているのに、世界中にファンが、クラスタがいるというのに、何だか女として負けた気がする。

 そんなちょっとした敗北感を抱きつつも、セブンは脱線した話を元に戻すべく、これからのことを話し出した。

 

「二人共いい? これからのことを話すわよ?」

 

「は……はい」

 

「お、お願いします……」

 

 一体誰に頼まれてここにいるんだと、色々突っ込みたかったセブンであったが、ここはぐっとこらえる。

 今はアイドルセブンとしてではなく、頭脳明晰な七色・アルシャービン博士としてここにいるのだから。

 

「いい? 私はこれからあの人に頼んでザスカーの日本支社に問い合わせをしてもらうわ」

 

「あ、あの人……?」

 

「菊岡さんのことじゃないかな、キリト……」

 

「そして、更に被害者宅のセキュリティロックのログを調べてもらう。そのログに病院のマスターキーのIDが載ってたらクロよ。少なくとも重要参考人として署まで来てもらうことくらいは出来るはず」

 

「緊急通報履歴の照会比較、そして注射器と薬品が見つかれば更に決定的だ。より細かな捜査も再開されるだろう」

 

「……は、はぁ……」

 

 たったものの数十分でここまでの真実に辿り着いたセブンに、キリトは尊敬の眼差しを送っていた。

 同じVR技術を勉強している身として、彼女には近しいものを感じていたが、やはり世界的に活躍する頭脳を持っているだけあって、自分とは格が違うということを思い知らされていた。

 自分もまだまだ未熟、もっと勉強して色々なものを見ていかなくてはと、決意を新たにしていた。

 

「裏は私たちで取るから、キリト君は弟さんの所に行ってあげて」

 

「……お、俺がか……?」

 

 セブンは左手でメニューを捜査しながら、早速今日ここで得た情報をもとに、物凄い早さでホロキーボードをブラインドタッチで打ち込み、新たに資料を作成しているようだ。

 しかし作業をしながらも、ちらちらとキリトの方に視線をうつしながら、彼に友達の元へ行ってあげるように促す。

 

「……友達なんでしょ? 彼……」

 

「あ、ああ……、大切な……親友だッ」

 

「なら、行ってあげなさい、キリト君」

 

「……ああ!」

 

 そうセブンに諭されると、キリトは左手でメニューを操作し、ログアウトメニューを表示させた。

 そしてユウキもそれに続くよう、同じ動作でメニューを表示させる。

 

「今日のことは……後はスマホで連絡し合おう」

 

「ええ、わかったわ。くれぐれも気をつけてね? キリト君」

 

「大丈夫だよ、恭二には護衛も付いているからな」

 

「……それならいいんだけど……」

 

 「心配するな」と訴えるかのようにニカッと笑顔を見せたキリトは、ユウキと共に現実世界へと帰還していった。

 眩い光と共に消えていった彼らを見送ったセブンは、引き続きホロキーボードを操作して、資料作成を進めていく。

 

「スメラギ君、悪いけど……さっき言ったこと、あの人に伝えてもらっていいかしら。七色・アルシャービン博士として、協力を要請するって」

 

「……了解した」

 

 セブンからの指示を受けると、スメラギも迅速に左手を動かし、現実世界での仕事を果たすべく、光に包まれながらログアウトしていった。

 

「…………」

 

 かつて自分は、このアルヴヘイム・オンラインで、とりかえしのつかないほどの過ちを犯してしまった。

 でもキリト君が、アスナちゃんが、ユウキちゃんが、そしてお姉ちゃんが私に全力でぶつかってきてくれたから、私は本当の私に戻ることが出来た。

 クラウド・ブレイン計画……、今思い返してみると、なんておぞましいことを考えてしまったんだと思う。

 仮想世界は私利私欲のために利用するものではない。全力で楽しむための素敵な世界というだけなのだ。

 

 過去に過ちを犯した自分にこんなことを言う資格はないのかもしれない。だけど敢えて、敢えて(・・・)このセリフを口にすることにしよう。

 

「……もうこれ以上、仮想世界を好き勝手になんかさせないんだから……!」

 

 




 
 閲覧ありがとうございます。
 さあ、セブンとキリトの名推理(?)で事件の背景が見えてきましたね。証拠も出来てきそうで、いよいよ新川昌一逮捕に踏み入ります。
 今のところいいところが何もない新川君、彼はかっこよくなれるのか?
 アサダサンアサダサンを克服できるのか!?
 
 次回をお待ちくださいませ。
 

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