ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんにちは、近頃筆がノリにノッているおかげで次々に物語を描いていけています。
 ここから、幻の銃弾変は山場に突入します。原作のファントム・バレットと違い、少し短めのシナリオ展開ですが、お付き合いいただければと思います。
 それでは、どうぞ。
 


第69話~新川兄弟~

 

 西暦2026年 11月16日(月)午後20:00 東京都文京区湯島 恭二自宅アパート

 

「…………」

 

 自宅の鍵を開けた犯人は目の前にいた。

 恭二の実の兄、赤眼のザザこと新川昌一その人だ。恭二は一人暮らしを始めてから、カードキーのスペアを家族にだけ手渡していたのだ。

 

 何故昌一が恭二の家にいるかはわからないが、とにかく一人になりたい恭二にとって、最もいてほしくない人物だった。

 今のメンタル的にも、人間関係上としてもだ。

 

「……出ていってくれないかな、兄貴」

 

 淡々と、不機嫌そうに恭二が口を開く。その言葉に感情はなく、マシンの発する電子音声のように機械的な言葉であった。

 

「しばらく、見ないうちに、随分と、つれなく、なったな……?」

 

 昌一は言葉を不自然な位置で区切りながら喋っている。

 SAO時代、殺人ギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の幹部であり、現在は学校にもいかず仕事もせずに、ただただ毎日を好き勝手に過ごしている彼の言葉は、ひたすらに不気味の一言だ。

 

 どういう意図で話しているのか、それともこれが彼の素の喋り方なのかはわからない。

 わからないが、恭二が何も疑問に思っていないところを見ると。この話し方は昔からなのだろう。

 

「兄貴、僕は今一人になりたいんだ。悪いけど出ていってくれないか」

 

 昌一の放つ不気味な雰囲気に臆することなく、恭二は感情を殺して出ていってくれと声をかけ続ける。

 本当は実の兄であるのにも関わらず、今すぐに殴りたい気持ちだ。それぐらい今は虫の居所が悪い。

 しかし昌一はそんな彼の心の趣きなど知ったこっちゃなく、彼の冷蔵庫から勝手に拝借したであろう缶ジュースに口をつけ、ゴクゴクと音を立てながら喉を通していった。

 

「……まあ、まて。今日は、お前に、用があって、来た」

 

「僕にはない! いいから出ていけよ! さもないと……!」

 

 感情が高ぶり、恭二は再び激昂し、昌一に対して罵声を浴びせていた。

 呼吸は荒くなり、心臓の鼓動は早くなり、冷静でなくなっている。

 

 まるで彼の目の前にいるこの兄の存在そのものが、忌々しいものであるかのように、負の感情をあたりに撒き散らす。

 

 仲の悪い兄弟なぞ星の数ほどいるが、恭二はある種、恨みにも近い感情を昌一にぶつけている。

 そう、恭二の実の兄、新川昌一こそが、彼の人生を狂わせた張本人であったからだ。

 

 弟恭二と違い、生まれつき体が弱い昌一は、幼い頃から病気になりがちだった。

 直接命に関わるようなものではなかったが、小さい病気を度々患っていた。

 

 医者である彼らの父親は、そんな昌一を早々に後取りから見限り、その期待の矛先を恭二へと向けた。

 それからというもの、父親からの期待は全てプレッシャーへと代わり、恭二の身に重くのしかかった。

 

 来る日も来る日も勉強勉強。塾に家庭教師の勉強三昧。自由などほんの少ししかなかった。

 一方で兄の昌一は、その期待から外れたためか、自由奔放に暮らし、何不自由ない毎日を過ごしていた。

 

 恭二にとっては、それが羨ましくて仕方なかった。僕もあんな風に……とまではいかないけど、もう少し普通に遊びたい。

 学校の友達と馬鹿騒ぎしたり、帰りにゲーセンよったり、色恋話に花を咲かせたり、普通の青春がしたかった。

 

「…………」

 

 でも、仕方ないと思った。兄貴は体が弱い。運動も苦手で、遊べないのは僕と同じだった。

 そう自分に言い聞かせ、無理やり納得して、これまで生きてきた。

 

 そう、生き続けてきた。

 

 しかしとある日、兄貴が例のSAO事件に巻き込まれた。

 頭にナーヴギアを被り、身動き一つとれなくなった兄貴を見たのは、自分の父親が経営する病院の一室だった。

 

 別に、そんなことはもうどうでもよかった。兄貴がどうなろうと、このままHPがゼロになって死んでしまっても、僕には関係ない。

 勝手にやっててくれ、そんな感じだった。

 

 それから、父は完全に兄貴を見放し、より一層僕に期待をかけてきた。

 それから必死に勉強し、なんとか中学時代に好成績を維持出来るようになると、ようやく自由の時間が増えた。

 

 以前から興味を持っていたミリタリーに費やせる時間も作ることが出来た。

 結果さえ残せれば、父は認めてくれた。

 

 そしてとある日、詩乃と会うことが出来た。

 

 キッカケは僕の不純で自分勝手な思いからだったけど、僕に分け隔てなく接してくれる数少ない友達だ。

 高校に入っていじめにあって、退学してからも、詩乃だけは僕の味方でいてくれた。

 その頃からかな、彼女に特別な感情を持つようになったのは。

 

 ……そして兄貴がSAOに囚われてから二年余り経ち、SAOはクリアされ、生き残ったプレイヤーはあのゲームから解放された。

 その中に、僕の兄貴もいた。

 

 母は泣いて喜んでたけど、僕と父はそこまで思っていなかった。

 むしろこのまま一生寝ていればいいのに、とまで思うようになってしまった。

 自覚はなかったけど、僕は兄貴のことを羨ましいと思いながら、心のどこかで妬ましいとも思っていたようだった。

 

 でも、その妬ましいと思う感情が、軽蔑、憎みといったものに変わったのは、それからだった。

 

 兄貴はアインクラッドで自分のやったこと、PK……即ち、人殺し行為を、まるで武勇伝のように語り出した。

 

 実に楽しそうに、誇らしげに、快感を得ているかのように、楽しげに淡々と語り続けた。

 

(…………)

 

 その瞬間、僕の中で何かが壊れた。

 あの世界でアバターを倒すということは、現実世界のプレイヤーを殺すということだ。

 何故それを誇らしげに語っているのだ? この男は。

 

 仮にも人の命を救う医者の息子だろう? 何故そんなに嬉しそうなんだよ。人の命を奪うことの、何がそんなに楽しいんだよ。

 僕はその人の命を救う医者になるために、必死に勉強してきたっていうのに……!

 

 許せなかった、この新川昌一という男が。

 こんなクズが自分と血が繋がっていると意識するだけで吐き気がする。

 誰のせいで僕がここまで頑張ってると思ってるんだ。僕だって……僕だってもっと自由に暮らしたかった……それなのに……!

 

「さもないと、なんだ?」

 

 手に持っている缶ジュースの中身を全て飲み干すと、グシャっという音を立てて空き缶を握りつぶし、ゆっくりと顔を恭二の方へ向け、声をかける。

 

「兄貴のことを殺してしまいそうだよ」

 

 殺意にも近い感情を剥き出しにし、声帯を震わせながら恭二が言葉を口にする。

 拳はわなわなと震え、何かのキッカケですぐにでも兄に殴りかかりそうな勢いだ。

 

「ほう、随分と、偉くなったな」

 

「御託はもういい! さっさと出ていけよ!」

 

 ついに感情の臨界点を超えた恭二が、手に持っていた自分のバッグを傍らに乱暴に投げ捨てると、勢いそのままに昌一の襟元を掴みにかかる。

 

 昌一は恭二に掴まれると、体重が軽いためか腰を浮かされ、完全に無防備な体勢になっている。

 荒くなった恭二の息が、顔が近いためか昌一の顔に当たっていた。

 

 体勢から見れば、昌一の方が圧倒的に不利だ。体も細く、本気で殴れば骨の一本や二本簡単に折れてしまいそうなぐらいに貧弱な体つきだ。

 

 誰がどう見ても身体も体力も上回る恭二の方が勝つ、そう思うだろう。

 しかし、この圧倒的不利な状態であるのにも関わらず、昌一はそのニヤけた顔を歪ませ続けていた。

 

「フフフ……」

 

「何がおかしいんだよ……」

 

「まあ、落ち着け、何も俺は、喧嘩をしに、きたわけじゃあない」

 

「…………」

 

 イライラが募る恭二だったが、目の前のこの男が病弱がちで、自分より弱い存在だということを思い出すと、自然と手の力を緩め、投げやり気味に彼の襟元から手を離した。

 

 解放された昌一はベッドに腰を下ろし、襟元を元に直すと上着をパンパンと手で払い、恭二を見つめ続けた。

 

「……何の用なんだよ……」

 

「ふふふ、なあに、簡単な、話だ」

 

 昌一はそう言うと、再び不気味な笑を見せながら、まるで死神のように恭二に語りかけた。

 そのあまりにも不気味なありように、恭二は自分の方が体格的に有利であるのにも関わらず、若干ながらも戦慄を覚えていた。

 

「もう一度、手伝え、恭二」

 

「……断る」

 

「……何?」

 

「断る、と言ったんだよ、兄貴」

 

「…………ほう」

 

 わざわざ家にまで足を運んできたのに、本当につれない弟だとでも言いたげに、昌一は恭二を見つめている。

 兄貴が何を言おうと聞く耳を持たない。むしろもうこの男と関わりたくない。そんな雰囲気が恭二からは感じられた。

 

人殺しの手伝い(・・・・・・・)なんて、もう御免だ。こう言ってるんだよ、兄貴」

 

「…………」

 

「兄貴……、いや、死銃(デスガン)って呼んだ方がいいかな?」

 

「…………」

 

 自らを死銃(デスガン)と謳っていた恭二が、自分の目の前にいる実の兄に向かい、同じように死銃(デスガン)とその名を呼んだ。

 

 そう、恭二の兄である昌一、彼もまた死銃(デスガン)なのである。

 

 事の発端は、彼らがGGOの上位プレイヤーから陥落したことから始まった。

 大幅なアップデートでバランス調整がなされた今現在のGGOは、STR&VIT型が最強のスタイルとなっている。

 

 プレイヤースキルが求められるGGOにおいて、ステータスの型が勝敗に繋がるということはないのだが、それでも有利不利というものは出てくる。

 彼らのようなAGI型ビルドが最強を誇っていたのは、以前のバランスでの話だ。

 しかし、そう促していたプレイヤーが一人、いたのだ。

 

 ステータスをAGIに極振りし、中距離火器をぶっぱなしまくるのが、かつての最強スタイル。

 第二回BoBのチャンピオンである、ゼクシードが広めていた話だ。

 

 しかし、アップデートが入るとゼクシードは綺麗に掌を返し、ちゃっかりSTR&VIT型に転向していたのだ。

 チャンピオンである彼の話を信じて、AGIにステ振りをしていたプレイヤーは落胆し、ゲームを引退したり、彼に騙されたと恨みを持つものまで現れ始めた。

 

 とまあ、これまでの話しならMMOでは良く聞く話である。出る杭は打たれるとはよく言ったもので、圧倒的な戦果をあげるスタイルは修正が入るようになる。

 

 ゲームのバランスを保つためや、多くのプレイヤーがそのスタイル一辺倒になることで発生するマンネリ化を防ぎ、コンテンツの終焉を避けるためだ。

 

 ただ、GGOが他のMMOと違う点と言えば『クレジット』と呼ばれるゲーム内通貨を、現実のお金に換金出来る『ペイバックシステム』を採用していることにある。

 

 この話だけ聞くと何やらきな臭くなってくるが、元々GGOを運営している《ザスカー》なる企業は海外に本社を置いている。

 

 日本にもサーバーがあり、恭二たちのようにプレイしている人間もいる。

 しかし、法の網をくぐるとはよく言ったもので、海外に本社があるザスカーを日本の法律で縛ることが難しいというのが現状だ。

 

 そこで法律的にはグレーながらも、ゼクシードたちのようにGGO内で手に入れた通貨を現実の円に換金し、生活を続けられる人がいる、というわけだった。

 

 つまりGGOプレイヤー、それもガチ勢と呼ばれているプレイヤーのほとんどは、GGOのペイバック機能を使い、生活をしている人も少なくない。

 ここにいる新川昌一も、その中の一人だ。

 

 やり込みながらも半分趣味としてやっていた恭二はいざ知らず、昌一はかなりの情熱をこのGGOに注ぎ込んでいた。

 

 勝つため、勝ち続けるために経験値をため、ステータスを振り、酷な作業プレイを毎日こなし、アバターを鍛え続けた。

 

 だが、それはある日簡単に壊された。

 全てを奪われた気がした。ゼクシード(あの男)の口車に乗っていなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 

 しかしもう遅い、振ってしまったステータスはもう元になんか戻らないし、新しいアカウントを作って一からやり直すのも馬鹿馬鹿しい。

 

 収入もなくなる、昌一はゼクシードに全てを奪われたのだ。彼のように、ゼクシードを心の底から恨んでいるプレイヤーも少なくはない。

 

「分かってるのなら、話は早い。次のターゲットが、決まった。手伝え、恭二」

 

「……嫌だね」

 

「……随分と、偉くなったな」

 

「少なくとも、兄貴よりはマシなつもりだよ。これでも毎日勉強頑張ってるんだ」

 

「…………フフフ」

 

 頑なに拒否の姿勢を崩さない弟の態度に、何故か昌一は不敵な笑みを崩さなかった。

 本当に不気味なこと極まりない。

 SAOでプレイヤーをキルして、彼は変わってしまった。いや、それならまだいい。

 

 

 現実で人を(・・・・・)殺してしまったことで(・・・・・・・・・・)、彼はもう人間ではなくなっていた。

 

 

 今世間を震撼させている死銃(デスガン)事件。その事件の直接の黒幕が何を隠そう、この新川昌一なのだ。

 

 自分たちを陥れたゼクシードに一泡吹かせてやろう、そういった気持ちで彼は恭二に話を持ちかけた。

 恭二も最初は軽いイタズラでもするのかと思い、遊び半分で兄に協力した。

 

 恭二の役割はこうだ。

 昌一のアカウントで彼のアバターである『Sterben(ステルベン)』でログイン。

 GGOの街グロッケンにある酒場に置いてある、仮想モニターに映されていたMMOストリームに出演している『ゼクシードのアバター』を銃で撃つこと。

 ただこれだけである。

 

 計画の遂行と組み立ては昌一が全て行い、恭二は少し手伝っただけだ。

 そして、仮想世界で恭二が銃撃をするタイミングに合わせ、現実世界で昌一が、ゼクシードの現実の体に無針注射器でサクシニルコリン(・・・・・・・・)と呼ばれる筋弛緩剤を体内に注入。

 

 すると数分後に筋肉が硬直し、肺と心臓は停止。そして死に至る、というわけである。

 

 普通ならバレそうなものだが、無針注射器を使用したことと、昨今にVRMMOをプレイしている人の変死事故が相次いでいたため、今回の被害者もその件だと簡単に処理されてしまい、身体の詳しい解剖も行われず、足がつかなかったというわけだ。

 

 こんなにも都合よく準備を済ませられ、綿密に計画を実行出来たのも、大病院の院長の息子である昌一だからこそ出来たことだ。

 

 彼ならば病院に顔が利くし院内をふらついていても怪しまれることは無い。ちょっと見学したいとでも言えば良い。

 そして必要な備品を盗み出し、今回の犯行に用いた、というわけだ。

 

「……僕はもうごめんだよ、人殺しの手伝いなんて」

 

「…………」

 

 恭二はそう言いながら、勉強机の椅子に腰を落ち着けると、先程まで抱いていた昌一への怒りがどこかへと消えていた。

 もう、怒りを通り越して呆れ返っていた。

 

 何故、そこまでしてトップにこだわる? 兄貴がやっていることはただの犯罪だ。

 ここまできたら、もうPKとかの話ではない。

 僕はもうこれ以上関わりたくない、さっさと出ていってくれ、そんな心境だった。

 

 昌一は肘を自分の股に当て、顎を掌で支えながら、弟の態度は変わらないと察すると、漸く諦めたのか大きく息を吸い、また大きく吐くとゆっくりとベッドから立ち上がり、玄関に向かって歩き出した。

 

 その様子を「ようやく帰るのか」と恭二が黙って見つめている。今日はもう勉強する気分でもない。このまま寝て体を休めよう、そう思っていた。

 

 

 しかし、兄の次に放った一言で、恭二はそれどころではなくなった。

 

 

「アサダ……」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、恭二の体が凍りついた。聞き間違いだろうか、兄貴は今なんて言ったんだ?

 アサダ……、ま、まさか……兄貴は詩乃のことを知ってるのか!?

 

「アサダ、シノとか、言ったか? 随分と、仲がいいようだな」

 

「……何のことだかわからないな……」

 

 恭二は震える体を必死で抑えながら、自分には交友関係などないと訴えていた。

 しかし、嘘をつくのが下手なのか、動揺しているのか、視線が泳ぎまくり、誰がどう見ても挙動不審で怪しいように見えてしまっている。

 

「アサダ、シノに、キリガヤ、カズト。最近よく、つるんで、いるようだな?」

 

「……何が言いたい……ッ」

 

 恭二は三度自分の体温が上昇していくのを感じていた。しかし背筋は氷柱でも突っ込まれたかのような寒気を覚え、変に体が緊張のせいか固くなっていくのも感じる。

 一体兄貴は何が言いたいんだと、先程までいなくなってほしかった兄のその先の言葉が、気になって仕方がなかった。

 

「……珍しいと、思った。内気なお前に、トモダチ、なんてな、ククク……」

 

 顔の角度を上げ、非常に下衆な顔つきを見せながら、昌一が恭二に言葉を投げかける。

 

 その笑みで、恭二は察してしまった。兄貴が、昌一が何を考えているのかを。

 

 今思えば、兄貴は自分の家のカードキーのスペアを持っている。それどころか、病院から盗み出した緊急時解錠用のマスターキーまで所持している。

 

 つまり、彼は電子ロックを採用している日本中の家屋に侵入することが出来てしまう。

 そして、僕の気づかないうち、そう、例えばフルダイブしている最中に忍び込み、僕のスマホを盗み見て情報を得ることも可能なはずだ。

 パスワードも安易なものにしていたし、兄貴に中身を抜かれているかもしれない……!

 

 アドレス帳のデータ、LINEでのやりとり、はたまたBluetooth機能を使った相手方の位置情報(・・・・)などなど。

 

「……フフフ」

 

 この不敵な笑みで、兄貴が何をしようとしているかがわかってしまった。

 兄貴は、詩乃や和人たちを人質にして、僕を脅そうとしているんだ。

 

 黙って従えば彼女らに何もしない。だが、従わなければ、自宅に侵入し、病院から盗み出した薬品を注射し、殺すというのだ。

 

「……まあ、無理にとは、言わない。お前も、忙しい、ことだろう」

 

 勿論この推理は憶測だ。電子ロックの履歴などを解析すれば白黒はっきりするだろうが、あの狡猾な兄貴が根回しをしていないなんて思えない。

 

 十中八九、兄貴は情報を盗み出している。そして、もし僕が兄貴に従わなかった場合……。

 

(し、詩乃……、和人……)

 

 これまで以上に寒気がした。自分の大切な人たちが、自分の所為で命を奪われるかもしれないと考えるだけで、身の毛もよだつ思いがした。

 

 詩乃はようやく、あの呪縛から解放されようとしている。和人だって、木綿季ちゃんの病気を治して、やっと平穏な生活を手にした。

 それを……僕の身内が……壊そうとしている……。

 

 彼は後悔していた。何故あの時に、全てを洗いざらいぶちまけなかったのかと。

 和人に、菊岡に事件のことを暴露してしまえば、早々に兄貴は逮捕され、こんなことにはならなかったはずだ。僕の責任だ、僕の……僕の!

 

 ど、どうすればいい? 今……僕はどうしたらいい!?

 警察に通報して保護してもらうか? い、いやそんなことしたらバレるに決まっている。下手な動きを見せれば全てお終いだ。

 

 兄貴は見せしめに詩乃を殺して、当然和人も手にかけるだろう。そして、口封じのために僕をも殺すかもしれない。

 

 兄貴はもう、狂っている。SAOでプレイヤーを殺して、現実世界でも人を殺めて、もう人の心を失っている。

 今更死体が予定より二、三人増えたところで何とも思わない。

 

 今は……とにかく時間を稼がないといけない。

 僕に残された時間はもうほとんどない、次のターゲットには申し訳ないが、犠牲になってもらおう。

 

 絶対に……絶対に詩乃と和人には手を出させない。僕に人の温もりを与えてくれたあの二人に、絶対に手を出させはしない……!

 

「ま、待ってくれ、兄貴!」

 

「…………」

 

 少し慌てた口調で恭二が声をかけると、昌一はゆっくりと首から上だけをぐにゃっと動かし、恭二のいる方へと向けた。

 その顔は、予めこうなることがわかっていたかのような、相変わらずの不気味な笑みを見せたままであった。

 

「……僕は何をすればいいんだ」

 

「……フフフ、お前は、頭が良くて、助かる」

 

「…………」

 

「さあ、話し合いを、始めようか。兄弟で、水入らず、でな。ククク……」

 

 昌一は体の気を百八十度回転させ、先程までいたベッドに再び腰掛けると、ニタニタ笑いながら、これからのことを話した。

 その話を聞かされる度に、恭二は拳に力を込め、やり場のない怒りを感じていた。

 

(詩乃……和人、僕は……)

 

 

 

――――――

 

 

 

 同日 同時刻 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸 和人の部屋

 

 

 その頃一方、川越の自宅へと帰り、晩御飯を済ませた和人と木綿季は、部屋のベッドに腰を落ち着けていた。

 いつもはたくさん食べる木綿季であったが、この夜だけはいつもよりも量を控えめにし、夕食を終えた。

 和人とちゃんと話し合うため、満腹を避けようとしての選択だった。

 

「ねえ和人、恭二のことで話したいことって……何?」

 

「……そうだな、えっと、まず何から話すか……」

 

 和人はそう言うと、ベッドから腰を上げてPCチェアへと腰を落ち着けた。ベッドのふかふかとした感触よりも、このやや固めの方が頭が働くしよく物事を考えるのに集中出来る。

 

 和人は腕を組みながら、昼時から夕方までの恭二の発言や挙動、そして自分たちへの態度について考えていた。

 

「…………」

 

 まず、結論として、彼は死銃(デスガン)である可能性が高い。

 根拠としては、わざわざあのタイミングでこの話を持ち出したこと。そして菊岡と話し合っている時に終始無言であったこと。

 そして何より、自分たちへの態度があからさまに違っていたことだ。

 

 本当に彼が死銃(デスガン)でないとするならば、あんな話は持ちかけないだろうし、今回の事件に関与していないのだとするならば、もっと堂々としていたはずだ。

 

 彼は俺と同じで嘘がつくのが下手な方だ。誰がどう見ても動揺していたし、そして、何故かはわからないが、あの時の恭二の顔から「僕を助けてくれ」と訴えているようにも感じられた。

 

 何故そのように感じられたかはわからないが、普通じゃないことが彼の身に降り掛かっている。そんな予感がした。

 

「……木綿季、俺の思ったこと感じたことを話すな? だけど、これは憶測の域を出ない。それを前提として聞いてくれ」

 

「え? あ……う、うん」

 

「まず結果だけ言うとだな、恭二は……恐らく死銃(デスガン)だ」

 

「……え、そ、それ……本当なの……!?」

 

 和人から語られたことに、木綿季は驚きの表情を隠せなかった。あんなに優しい恭二が人殺し、死銃(デスガン)なんて、信じられるわけがない。

 もちろん、和人も信じたくはない。しかし、和人はあくまで冷静に分析した結果を淡々と木綿季に話して聞かせ続けた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「…………そう、なんだ……」

 

「ああ、しかし……やはりこれは俺の憶測の域を出ない。何故かって……証拠がないんだからな……」

 

「証拠……」

 

 菊岡からの依頼を保留にしていたのにもかかわらず、結局は死銃(デスガン)事件を解決するために首を突っ込んでいる。

 しかし、和人も自分に関係のないことならば、こうして頭を悩ませていたりはしなかっただろう。

 

 恭二が関与している(・・・・・・・・・)。この可能性だけで、彼が動く理由としては充分すぎた。何もなければそれでいいし、何かあったのなら、彼の力になりたいと、そう考えているのだ。

 

「でもさ、実際どうするの?」

 

「そこなんだよな……、とりあえず菊岡さんに連絡は入れるとして、そっからどうするか……」

 

「うーん……」

 

 二人が首をかしげて頭を悩ませていると、突如として、和人のスマートフォンにメッセージが入った。

 軽快な着信サウンドとバイブレーションで揺れているスマホを手に取り、画面を確認してみると、送り主の名前が判明した。

 

「シノン……? 何の用だ?」

 

「え、シノン?」

 

 画面真ん中辺りに表示されている通知を指でタップし、メッセージを開くと、文脈はとてもシンプルでこれだけ書かれていた。

 

[突然ごめんなさい、今からALOで会えないかしら? 恭二くんのことで相談したいことがあるんだけど……]

 

「なっ……恭二?」

 

 和人はそのメッセージから感じるものがあった。日中の恭二の様子のおかしさ、死銃(デスガン)事件、そして詩乃からのこのタイミングでのメッセージ。

 

 直感だが、和人はこれらは一本の線でつながっている。そんな予感がしていた。

 和人は詩乃からのお願いを承諾し[わかった、すぐにいく、木綿季も一緒に連れていくな]と返信し、木綿季に仮想世界に行くことを促した。

 

「木綿季、ALOに行くぞ。何でかはわからないけど……妙な胸騒ぎがする……」

 

「え? あ……う、うん。いいけど……突然だなあ」

 

「ごめんな、ちょっと付き合ってくれ」

 

「大丈夫だよ、和人が行くところなら、ボク……どこへだってついていくよ?」

 

「……サンキュな、木綿季」

 

「えへへ……♪」

 

 

 

――――――

 

 

 

 同日 午後20:15 ALO 新生アインクラッド第22層 キリトのホーム

 

 

「そこにかけててくれ、今飲み物でも出すから」

 

「あ、えっと大丈夫よ、お構いなく」

 

「いいからいいから、キリトのいれるココアはすごく美味しいんだよ♪」

 

 古ぼけた木材で出来たキリトのホームの、真っ赤なソファに、インプ族の女の子ユウキと、ケットシー族の女の子、シノンが腰掛けている。

 

 ログハウスタイプのキリトのホームは、ほんのり天井の灯が薄暗く、暖炉の火で照らされていて、非常に落ち着きがあり、モダンテイストで心地いい空間となっている。

 

 ユウキにとってはもう馴染みのあるもう一つの家であるが、シノンにとってはあまりなれない空間であった。

 ユウキの勉強を見るために、現実世界の桐ヶ谷邸にお邪魔したときも、初めはどうにも少し落ち着かなかった。

 

 ユウキの砕けた性格のおかげで、緊張はほぐれていったが、やはり慣れないものはなかなか慣れない。

 

「どうぞ、飲んでくれ」

 

「……ありがとう、いただくわ」

 

 シノンは出されたブラウンのココアの入った白いティーカップを手に取り、口へとつけた。

 ほんのり苦く、それでいてミルクの優しい甘さが感じられた。

 

 暖かいものを飲んだためか、二人の優しさに触れたためか「美味しい……」と言葉を漏らすと、シノンの顔には安心の表情が浮かんでいた。

 

「それで……話って何だ?」

 

「えっと、その件なんだけど……」

 

 本題を振られると、シノンはあからさまに肩を落としてしまった。ケットシー族特有の猫耳と尻尾も垂れ下がってしまい、明らかに落ち込んでしまっていた。

 

 仮想世界において、感情を隠すことが出来ない。つまりシノンには何か悩めることがあるということだ。

 シノンは指先をいじくりながら、今さっき自分の家で何があったのかを、キリトとユウキに話し出した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「はぇー……、シノンも喧嘩するんだ……」

 

「そりゃするわよ……私だって人間だもの……」

 

「…………」

 

 果たして喧嘩か? たまたま彼の虫の居所が悪く、そこにしつこく彼女が言いよったから招いたことなのか?

 

 俺の見立てでは、シュピーゲル……恭二は、何か悩みがあるなら相談してくるタイプだ。

 隠し事は出来ないだろうし、嘘をついてもすぐにバレる。

 

 その恭二が、詩乃や自分に対しても口を割ることが出来ない「闇」を抱えているのだとすると、こうしてはいられない。

 

「彼……恭二くん、多分何か悩みを抱えてるんだと思うの。私には聞き出せなかったけど……、私、彼の力になりたいの……」

 

「……ねえキリト、やっぱりこれって……」

 

「ああ、多分……昼のことと関係してる、と俺は思う」

 

「昼の……こと? もしかして、クリスハイトに会いに行ったっていう……?」

 

 キリトはその問に対し、無言で首を縦に降ると、今日起こったことを包み隠さず話だした。

 例の死銃(デスガン)事件のことも踏まえ、もしかしたら彼が死銃(デスガン)なのではないかということも含めて、全て話した。

 

 あくまでも、これはキリトの憶測でしかない。

 しかし、これまでの恭二の動向、そして和人や詩乃に対しての態度の変化から察するに、彼が死銃(デスガン)である可能性は非常に高い。

 もしくは、何らかの形で今回の事件に大きく関わっていると踏んだのである。

 

「…………」

 

「とりあえず、俺が感じたことは以上だ」

 

「様子がおかしかったもんね、恭二……」

 

 シノンはキリトの口から出た言葉が信じられなかった。あの死銃(デスガン)の正体が彼だなんて、信じたくはなかった。

 でも、そうだとするならば、さっきの出来事もどこか辻褄が合う感じがした。

 

 しかし、彼は本当に死銃(デスガン)なのだろうかと、同時に疑問の念も抱いていた。

 あんなに優しくて、現実世界じゃ蟻も殺せないような彼が、人を殺せるだろうか?

 それとも、かつてのSAOのように、アミュスフィアで人を殺すことが出来るとでも言うのだろうか?

 

「……ん、SAO……?」

 

「……どうした? シノン」

 

 シノンは思い出していた。シュピーゲルに、恭二に実の兄がいることを。

 そしてその彼が、自分たちと同じSAOでデスゲームに身を投じていたことを。

 殺人ギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の幹部、赤眼のザザであることを。

 そのことを考えた瞬間に、シノンの中にとある仮説が生まれた。恭二が死銃(デスガン)ではないかもしれない可能性だ。

 

 もしも仮に彼が人殺し、死銃(デスガン)だとしよう。

 実際にどうやって被害者の心臓を止めたのかはわからないが、本当に殺したとして、彼は冷静でいられるのだろうか?

 

 少なくとも自分は違った。

 あの男の顔が今でもたまに夢に出てくる。ある程度は克服出来たといっても、まだ心に引っかかるものがある。

 人の命を奪うということは、それほどまでに重たく、心と体にのしかかってくるものなのだ。

 

 それからするならば、今夜の恭二の様子は腑に落ちない点があった。

 人を殺したにしては、ちょっと様子がおかしい。何かに怯えているわけでもなく、かといって興奮しているわけでもなかった。

 まるで何かに不快感やイライラを感じているといった様子だった。

 

 もし、この仮説が正しいとするならば、彼とは別に、殺人の実行犯、ないしは共犯者がいることになる。恭二くんは致し方なくそれに従っただけなのではないか、と、シノンはこう推理したのだ。

 

 

 そして真犯人は、もしかしたら、赤眼のザザなのではないか、と。

 

 

 もしも、もしもこれが本当だとするならば、恭二くんも最終的に、殺されてしまうかもしれない。

 恭二くんとお兄さんは決していい仲とは言えないような間柄だという。

 ならば、利用するだけ利用して、用済みになったら消される可能性の方が高い。

 

 何しろ彼の兄は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の元幹部、赤眼のザザだ。実の家族だろうが殺すことになんの躊躇もないはずだ。

 

 実際、ザザは命乞いをするプレイヤーに対しても一切の情けを見せず、無残にも手をかけて殺したことがある。

 

 あのギルドの関係者にまともな精神のやつがいるはずがない。その幹部ともなれば、尚更だ。

 シノンは、彼が今どれほどの脅威に晒されているかというのを、今改めて実感していた。

 

 彼を助けなくては、彼がいたから私は私でいられたのだ。彼がいなくなってしまったら、私は……私は……!

 

「し、シノン……?」

 

 気がつくと、シノンの目からは涙が滴り落ちていた。

 彼ともう会えない(・・・・・・・・)。そう考えただけで、体が震え、寒気がしてきた。

 いやだ、そんなのいやだ。私はまだ彼に何もお返しが出来ていない。

 それに自分の想いも伝えられていない。何がなんでも助けなくてはいけない。

 

 憶測の域を出ないシノンの推理だったが、それが確信に近いものを感じると、必死に自分の涙を拭い、キリトの手を取って彼に助けを求めた。

 

 キリトは急に手を握られて驚いていたが、彼女の必死な表情を見ると、ただごとではないことがわかってしまったのだと、その悲しそうな表情から察して感じ取っていた。

 

「お願いキリト……彼を……、恭二くんを……助けて……」

 

「し、シノン……?」

 

 




 
 驚愕の事実を思い出したシノン。そして、逆らうことを許されなくなった恭二。
 恭二は恭二で、詩乃は詩乃で互いが互いを助けようと、動きはじめました。ボク意味サブストーリー的な立ち位置で書き始めたこの幻の銃弾編ですが、かなり本格的な刑事ドラマみたいな展開になってきてしまいました。

 さあさあ、恭二と詩乃がどう動いていくのか、次回もよろしくお願い致します。
 

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