ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは、幻の銃弾編も本格的に物語が動き出しました。舞台はGGOではなく現実世界、刑事ドラマみたいな展開になるのかなと思います。
さて、前回……自分が死銃だと和人に打ち明けた新川くん。
和人は一体どうするのか、それではご覧ください。
西暦2026年 11月16日(月)午後15:15 東京都中央区銀座 資生堂パーラー前
和人は目の前の親友の口から飛び出た言葉が信じられなかった。
GGOプレイヤーの変死事件に関わっているとされている
かつて自分もアインクラッドで自衛のため、仲間の命を救うためにプレイヤーに手をかけ、殺してしまったことはあった。
それと同じことを、別のゲームで親友だと思っていた少年がしている。和人は理解が追いつかず、混乱しすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「……ごめん恭二……、ちょっと君が何を言っているのか理解出来ない……」
「…………」
和人の精一杯の反応に、恭二は無言で視線を送り続ける。
木綿季は二人から数歩離れたところで銀座の街並みを見て楽しんでいたため、この二人の会話は聞こえていなかった。
観光客や仕事中の人間でごった返している銀座の交差点の歩道の一角で、少年が向かい合ったまま、ただただ無言を貫きながら佇んでいる。
車の走行音、人々の足音、横断歩道の青信号を知らせるチャイム、風の音などの雑音が聞こえる中、ひたすらに二人は呆然と立ち尽くしていた。
「…………ぷっ」
「……?」
恭二が突如目を細めてくすっと笑い出す。
さっきまで真顔でじっと和人を見つめていたかと思いきや、急に不敵とも言える笑みをみせ、くすくすと笑いだした。
いつも見せている優しい笑顔とも、一緒にゲームを楽しんでいるときに見せてくれる笑顔とも違っていた。
少しだけ、少しだけ、不気味な笑みに見えたような気がした。そしてひとしきりくすくすと笑うと、にこやかな表情で和人に視線を向け、口を開いた。
「冗談だよ、和人ってば本気にしすぎだって」
「……は、……はぁぁッ!?」
周囲を歩く通行人の耳にも聞こえるような声量で、和人が声を裏返しながら奇声を上げる。
その奇声に木綿季を含めた周囲の人が反応し、二人の少年にじっと視線が集まった。
すると和人はばつが悪くなったように「しまった」と小さく声を出し、周りからの視線が気になりつつも、このやり場のない気持ちの行方を探していた。
「あはは、ごめんよ和人」
「……全く、そうゆう冗談はやめてくれよな……」
奇声をあげた和人の反応が面白かったのか、思いのほか物の見事に引っかかったのが楽しかったのか、恭二は絶えずくすくすと笑い声をこぼしている。
そんな二人のやり取りがきになったのか、木綿季がとてとてと歩を進め「和人どうしたのー?」と首をかしげながら声をかける。
「あはは、何でもないよ木綿季ちゃん。ただ……和人が面白くってね」
「後で覚えてろよ……お前……」
和人はジト目で恭二を見つめつつ、少しだけ恨めしそうな視線を彼に送っていた。
真顔で何やら真剣に考え事をしていたかと思いきや、自分こそが
そう思ったのも束の間、くすくすと笑いながらそれは冗談だと言う。無駄に騒がされたような思いである。冗談にしても笑えない事案だ。
「今日の所は帰ろう、よく考えないといけないしね……」
「そ、そうだな……」
恭二は二人に帰ろうと促すと、二人を先導するかのように銀座の駅めがけてそそくさを足を動かし始めた。
いつも誰かに付き添って動く恭二が、先導して歩いている。この時点で和人は奇妙な違和感を彼から感じ取っていた。
明らかに彼は何かを隠している。
先の彼の発言をそのまま鵜呑みにする訳じゃあないが、恭二の様子がいつもと少しだけ違うこともあり、和人は今の彼とどう接していいかわからなかった。
(……いや、よそう。もう……人を疑うのは……嫌だ)
和人と恭二は足並みを揃えて最寄りの駅、丸ノ内線の銀座駅に向かって進み始めた。
歩く速度は同じであったが、どことなく二人の間はぎこちなく、会話らしい会話が交わされなかった。
木綿季も親友同士であるはずのこの二人に何があったのかと、おろおろしながら二人の数歩後ろをとことことついていった。
数分歩き、銀座駅で丸ノ内線各駅池袋行きに乗り込み、電車に数分間揺られる。
木綿季は座席に腰を下ろし、無言でつり革に手をかけている和人と恭二を見上げている。
やがて途中駅の大手町駅に着くと、恭二は先に電車から降りようとドア付近まで近付き、降りる準備を始める。
銀座駅から大手町駅まではわずか二駅の距離であったが、その間も和人と恭二の間に会話はなく、終始無言であった。
「それじゃあ、僕はここだから……」
「あ、あぁ……」
恭二は電車から駅ホームへと足を踏み出し、振り返ると和人と木綿季に向かい「またね」と聞こえるか聞こえないくらいかの声で呟くと、背を向けて歩き出した。
ホームに丸ノ内線のメロディが鳴り響き、もうすぐにでも扉が閉まり、列車が発車しそうになっている。
そうこうしてる間にも、恭二の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。いけない、このままではいけない。
そう思った和人はいてもたってもいられず、このまま消えてしまいそうな恭二に、周りの乗客への迷惑などお構い無しに声をかけた。
「恭二ッ!」
声をかけられた瞬間、恭二は歩く動作をやめ、首から上だけを僅かに後ろに向け、和人の次にいう言葉を待った。
列車が発進寸前ということもあり、乗り遅れるまいと次々に客が駆け込み乗車をしてくる。
その内の何人かのカバンや肘やらが、恭二の腕や和人の腕に当たった。
しかし、和人は気にせず恭二に声をかけ続けた。
「俺は……君のこと、本当に友達だと思ってる。だから……悩みとかがあったら、気にせずに話してくれ!」
「……!」
この言葉は、今の恭二にとってはあまりにも重たい言葉だった。
おそらく和人は、恭二が隠し事をしてることを見抜いている。それでも和人は詮索するどころか、信じて相談してくれと、声をかけてくれている。
その事実が、恭二にとってはありがたかったが、それと同時に大変に重たい一言でもあった。
「……ありがとう、和人……」
「…………」
恭二がありがとうと呟くと、駅構内のアナウンスが流れると同時に、電車の扉が閉まってしまった。
電車はゆっくりと走り出し、やがて少しずつ速度を上げていった。
遠くにいってしまう恭二の背中を、和人は真っ直ぐに見つめていた。
やがて見えなくなる位置までくると、和人は肩を落とし、座席に座っている木綿季の方へと体を向けた。
「…………」
「和人……」
右手を上着のポケットに突っ込み、左手でつり革を掴みながら、和人は窓の外の風景を眺めながら、先の恭二の態度について考えていた。正直、あんな恭二は初めてだ。
いつも詩乃や遼太郎のテンションに振り回されながらも、楽しく一緒に遊んでいた時や、詩乃のことについて相談を受けていた時と比べて、明らかに変だった。
真剣な雰囲気は感じ取れたのだが、それとは別に何か掴めないものを隠してるというか、それでいて俺たちに知って欲しいような、そんな感じがしてならないのだ。
もしそうならどうする?
決まっている、俺は彼の力になりたい。
恭二は俺がSAOで人を殺したと知っても、軽蔑せずに俺を受け入れてくれた。
そんな彼をどうして疑うことが出来ようか。
むしろ悩みがあるなら話してほしい、こんな俺をもっと頼ってほしい。
出会ってまだ少ししか経ってないが、俺は彼のことを本当に友達だと思ってる。俺に出来ることがあるのなら、全力で力になってやりたい。
「……なあ、木綿季?」
「……なあに? 和人」
和人が木綿季に向かい、声をかけると指先をいじくりながら時間を潰していた彼女が顔を上げ、和人と真っ直ぐに目線を合わせた。
「帰ったら、話があるんだ。聞いてもらっていいか……?」
「……もしかして、恭二のこと、かな……?」
「ああ……」
「……うん、わかった」
木綿季も道中の恭二の違和感に、少しだけだが気付いていた。
洞察力が鋭い彼女には、彼が何か悩みを抱えている、助けを求めているように見えていたのだ。
だから、そんな彼を心配して、和人も眉をひそめている。そう悟っていた。
和人が木綿季に「サンキュな」と微笑みながらお礼を言うと、木綿季も同じように笑顔を振りまきながら「どういたしまして」と返事を返した。
サラリーマンや学校帰りの学生に囲まれた車内で、ひたすら二人は電車に揺られながら、地元川越を目指していった。
――――――
同日 午後18:05 東京都文京区湯島 恭二のアパート
「……すっかり暗くなっちゃったな……」
恭二はあの後和人たちと別れてから、駅前のいつも詩乃と寄っている喫茶店で、二時間ばかり勉強をしてから、家路についていた。
十一月も半ばに入るとこの時間にはもうすっかりあたりは真っ暗になる。
都心なので明かりは至る所にあるが、裏路地などに入り込むと古い街灯では辺りを照らしきれない場所もある。
変な輩が多いこの物騒な世の中で、狭い道、灯が届きにくい場所は特に注意して行動しなければならない。
戸締りをしっかりすることもそうだし、女の子の一人歩きなどもっての外だ。
暗くなる前に帰宅するか、誰か信頼出来る人と一緒に行動するのが望ましいだろう。
「……詩乃、ちゃんと帰れてるかな……」
『変質者に注意!』と書かれた立て看板の文字を見るなり、急に恭二は詩乃のことが心配になり、ズボンのポケットからスマホを取り出し、アドレス帳から詩乃の番号を指定して、通話をかけた。
耳にあてがったスピーカーからはプルルルと呼び出し音が聞こえ、四回ほどループした所でガチャッという音とともに女の子の声が聞こえてきた。
『……もしもし、恭二くん……?』
聞きなれた声、詩乃の声だ。
その声色からは急に電話してきてどうしたの? 何か急ぎの用でもあるのかしら? といった意図が感じられる話し方だった。
「あ……、ご、ごめんねいきなり」
『構わないわよ、こっちも今勉強が終わったところだし、少し息抜きしようと思ってたの』
「詩乃も勉強してたんだ」
『ええ、試験は終わったけど……復習もしっかりしなきゃでしょ? 大学受験も控えてる事だし、やれることはやっておかなきゃ』
「……ふふ、そうだね」
よかった、どうやら詩乃はもう自宅にいるようだ。その事実を知ると恭二は途端にほっと胸をなでおろした。
先月、木綿季が小学校の元同級生に襲撃された事件のことを聞かされていたこともあり、不安になっていたが、どうやら考えすぎのようだった。
『ねえ恭二くん、今から暇かしら?』
「え……今からかい?」
『ええ、鍋の材料を買ってきたのよ。最近特に冷えるし、恭二くんさえよければ一緒にって思ったのだけれど……』
そう言われて、恭二は今の時刻を確認する。
今の時刻は午後六時過ぎ。今から詩乃の家にお邪魔して晩御飯を一緒に食べ、それからしばらくくっちゃべって遅くなったとしても、八時頃迄には帰宅できるだろう。
夜中の勉強も十分に出来るはずだと、恭二は頭の中でこれからのことをリスケして、詩乃からのお誘いを承諾したのだった。
「はは、なら折角だし、お邪魔しようかな……?」
「ふふ、よかった。それじゃあ待ってるからね?」
「あぁ、すぐにいくよ」
すぐにいくと言い伝えると、恭二は通話終了のアイコンをタップし、電源ボタンを押してスマホをスリープ状態にすると、自宅の目の前にまで来ていたにも関わらず、百八十度方向を変えて、すぐ近くにある詩乃の住んでるアパートへと向かって歩き出した。
正直なところ、喫茶店に立ち寄ったはいいが、そんなに大して勉強が進んだ訳では無い。
日中に和人に言い放ったことが気にかかり、どうも勉学に身が入らなかった。
何故あんなことを言ってしまったのか、自分でもよくわからない。和人なら自分を信じてくれると思ったのか、それとも僕のことを本当の意味で救ってくれると思ったからなのか。
「…………」
夜になり、すっかり暗くなってしまった夜空を恭二は見上げていた。
ほんのり雲が出始め、更にそれがあたりを暗くさせている。
遠くにはどこかの飼い犬の遠吠えが聞こえ、バイクや原付が、狭い道を結構なスピードで走ってるエンジン音も聞こえてくる。
「ぼーっとしてても仕方ない、詩乃の家に行こう……。詩乃と話せば、少しは気分転換が出来るかもしれない……」
――――――
同日 午後18:15 東京都文京区湯島 詩乃のアパート前
ここには何度も足を運んでいる。初めて入れてもらったのは詩乃が初めてモデルガンを購入し、一緒に組み立てた時だ。
あの頃の詩乃はまだ拳銃の形をしたものを見たり触ったりすると、体が震え気分が悪くなり、何も出来なかった。
しかし、何も銃火器は人の命を奪うだけではない。凶悪な脅威から大切なものを守ることだって出来る。
あの郵便局の事件の時だって、彼女は自分の母さんを守ろうと必死だっただけだ。
結果、確かに犯人を殺してしまったかもしれない。だけど、詩乃がやらなきゃ、もっと他に人が死んでいた可能性だってある。
むしろ、詩乃が命を奪われていた恐れさえあった。
結果論に過ぎないが、詩乃のあの行動は正しかったと言わざるを得ない。
しかしその代償が、心に深い傷を残すことだったとするならば、運命というのはあまりにも残酷すぎる。
「……多分、詩乃はまだ、心に傷をのこしている。どうやったらそれを取り除いてあげられるだろう……」
恭二は考えた。今の詩乃は確かに
しかし、何かのキッカケであの事件のことを思い出すことがあってしまったらどうだろうか。
聞いた話によると、詩乃がトドメの弾を発射した時の犯人の顔は、この世のものとは思えない恐ろしい顔をしていたという。
今でもたまに、夢に出てくる時があるのだとか。
だから僕は、彼女に銃火器のことを教えた時、その犯人が使っていたとされる
あれを目にした瞬間、彼女がまたPTSDになりかねない可能性があったからだ。
「……偽善もいいとこだな……」
そう言いながら、恭二は詩乃の自宅のチャイムのボタンを人差し指で押し込んだ。
本当に彼女のことを考えてるのだとしたら、何故あんな不純な動機で詩乃に近づいた?
何故彼女に本当のことを言わない?
そして、何故自分が人殺し、
結局、自分の身が一番可愛いからじゃないか。本当に周りのことを考えていたのなら、菊岡がいたあの場所で、全て洗いざらいぶちまけてしえば良かっただけの話。
それが出来ないってことはつまり、臆病者で自分が一番大事なクズ野郎ってことだ。
結局、人間は簡単に変われることなんて出来やしない。和人たちと出会えて、少しはこんな自分を変えることが出来るかもしれないと思ったけど、なんてことない。
蓋を開けてみたら、本質はそのまま。臆病者で意気地無しで、他の人の視線を気にして尻込みして、敷かれたレールの上を行くしかない、あやつり人形、それが僕、新川恭二だ。
「……何をぼーっと突っ立ってるのよ?」
「……へ?」
何者かに声をかけられ、恭二はハッと我に返った。結構な時間、詩乃の家の玄関前で考え事をしていたようだ。
我に返った恭二は自分に話しかけてきた声の主である、朝田詩乃の顔を見ると「あはは……」と苦笑いを浮かべながら誤魔化していた。
「まったく……、こんな寒いのにボーッとしてたら風邪引いちゃうわよ? 早く中に入りなさいな」
「あ……、うん、ごめん。お邪魔するね」
詩乃が半開きにしているドアを、恭二が入れるぐらいのスペースにまで開き、彼を招き入れた。
恭二は玄関をくぐると「お邪魔します」と一言呟いて靴を脱ぎ、上がり框に足を下ろし、リビングへと進んだ。
詩乃の家は一人暮らし用の1LDKのアパートだ。床はフローリングで壁は白く、どこにでもあるようなごく普通の作りのアパートとなっている。
玄関入ってすぐ右手には洗濯機とユニットバスルーム。左手には小さめの台所と冷蔵庫が置かれており、いかにも一人暮らし用と言った感じだ。
奥にある部屋には入って右手に詩乃がいつも寝る時に使っているベッドと勉強机が置かれており、その上にはアミュスフィアが。
左手には着替えがしまってあるハンガーラックにシェルフ。一番奥には縦鏡に本が沢山仕舞われている本棚が置かれている。
どこも綺麗に片付いており、詩乃がしっかりした性格だということを物語っている。いつも散らかっていて汚い部屋で暮らしている恭二は見習わなきゃなと思っていた。
「適当にかけてちょうだい」
「う、うん」
詩乃にそう促されると、恭二はいつもやってる通り、部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルの近くに腰を下ろし、ベッドを背もたれ代わりにしてくつろぎ始めた。
テーブルの上にはガスコンロと、シルバーカラーのやたらとでかいラジカセが置かれている。かなりの重量感がある。
仮にもしこれで人を殴ったとしたら、絶対に意識があちら側へとすっ飛んでいってしまうことだろう。
「よし、おまたせね」
そう言うと、詩乃が小さめの土鍋を、緑色のミトンがはめられた手に持ちながら、台所から姿を現した。
鍋はぐつぐつと煮えており、美味しそうな匂いとともに湯気が上へ上へと立ちのぼっている。
何の鍋か気になっていた恭二だったが詩乃がガスコンロへとそれを移すと、その正体が判明した。
「すごいね、すき焼きだなんて」
「安売りしてたから、ついつい材料買いすぎちゃったのよ。こうやって消費しないとダメになっちゃうでしょ?」
続いて取り皿を持ってきた詩乃が「それどけてもらっていいかしら」と声をかけると、恭二が小さなテーブルに置かれたでかいラジカセを床にどけ、空いたスペースに詩乃が取り皿、そしてまだ投入していない材料が乗せられた平皿を持ち出してきた。
「こ、こんなに食べられるかな……」
「食べなきゃダメよ、恭二くんただえさえ体力ないんだし、お肉たくさん食べて、もっとタンパク質を取らないと」
「あ、あはは……」
鍋の中には牛肉、白滝、ニラ、人参、玉ねぎが入れられており、砂糖と醤油とみりんで味付けされた汁とともにぐつぐつと煮え立っている。
素材の元々の香りと、この甘辛いすき焼きのタレの匂いが、食欲を掻き立てる。
ひとしきりの仕込みを終えると、恭二は詩乃と一緒に手をあわせ、お行儀よく頭を下げて「いただきます」と口を開き、自分の取り皿に具をつついていった。
「はふっ……」
恭二はまず、先程言われた通り、タンパク質を取るために牛肉をつまみ、口へと運んだ。
熱々の牛肉からはすき焼きのタレが滴り落ちており、これを見るだけでどんどんお腹がすいてきそうだ。
「どうかしら?」
「……ん、うん、美味しいよ」
「そう、よかったわ」
自分自身あまり料理は得意な方ではないが、それなりに勉強して作り上げた鍋を美味しいと言ってもらうと、詩乃の顔は自然と笑顔になっていった。
初めて振舞った野菜炒めは、贔屓目に言ってもあまり美味しいとは言い難いものであった。
野菜は半分生だし、味付けも薄いんだか濃いのだかわからない按配。
そんな苦い思いをした事もあり、今では人並みに料理を作れるまでに至っている。
そしてこうやって、美味しいと言って笑顔で食べてくれる人もいる。
過去にあんなつらい事件に巻き込まれた詩乃であったが、今、自分はすごく充実している。
支えてくれる仲間がたくさんいるし、こうして一番心配してくれる人もいる。
これ以上何を求めるというのだろうか。
そりゃ、あの事件がキッカケでいじめにもあったし、今もたまにあの男の顔を思い出すことがあるのも事実だ。
でも、それ以上に今の自分は環境に、人に恵まれている。
自分を人殺しと知っていてもなお、普通に接してくれる友達がいる。
そんな今の生活がとてもとても幸せだ。幸せすぎて、槍でも降ってくるんじゃないかと思うぐらい幸せなんだ。
「……詩乃?」
白滝を飲み込んだ恭二が、終始笑顔でニコニコしている詩乃の様子が気になり、思わず声をかける。
声をかけられた詩乃は笑顔を絶やさずに「うふふ、何でもないわよ」と返事を返すと、恭二は頭に?マークを浮かべながら、引き続きすき焼き鍋をつついていた。
――――――
「……ふう、ご馳走さま」
「お粗末様」
あれから三十分経過し、平皿に盛られていた肉や野菜などの材料はすっかり空っぽになり、ほとんど二人の胃の中へと収められていた。
寒い夜に熱々の鍋は最高の晩餐のひとときとなった。
食事を終え、一息ついていると、詩乃は冷蔵庫からお茶を取り出し、小さなグラスに注ぎ、恭二に差し出した。
恭二はグラスを受け取ると「ありがとう」と一言添え、熱を帯びた体を冷ますかのように、今度はよく冷えたお茶を胃に流し込んだ。
(美味かったな……詩乃の作ったすき焼き……)
安い材料で作った割には、今回のすき焼きは悪くない味だった。素材の味がちゃんと出ていたし、詩乃ブレンドのすき焼きの割り下もいい味付けだった。
本当に詩乃は腕を上げたようだ。その証拠に恭二の顔には「満足した」と書かれてもおかしくないような、ほっこりとした表情となっている。
「恭二くん、今夜はまだいるの?」
詩乃がグラスに口をつけながら尋ねると、恭二が手に持っているグラスを指でいじくりながら返事を返す。
「そう……だね、勉強もあるから、遅くても八時頃までには出ようかなって思ってるよ」
「……そう」
やっぱり恭二は帰ってしまう、その事を知ると詩乃は少しだけ溜め息を吐き出すと、表情を落とした。
しかし無理強いは出来ない。大検の資格を取ろうとしている彼にとって、勉強は生命線。本来ならば寝る間も惜しんで勉強を進めなければならない。
ちゃっかりALOで一緒に遊んではいるが、そもそも遊ぶなどとんでもないと言われてもおかしくないほど、彼は実際追い詰められている。
「ごめんね、本当はもっと詩乃とお話したいんだけど」
「ううん、いいの。ただ……ちょっと今日の恭二くん、変だったから気になってて……」
「……変?」
グラスをいじっていた指の動作を止め、恭二が反応を示すと、詩乃は自分のグラスをテーブルに置き、恭二の目を真っ直ぐに見ながら、続きを語り出した。
「ええ、なんか変に落ち着いていないというか、ちょっとだけよそよそしいというか……」
「…………」
詩乃が首を傾げながら視線を部屋の隅にやり、恭二の様子を指摘した。
すると恭二は黙りこくってしまい、あからさまに動揺し、項垂れてしまっていた。
これでは「私は隠し事をしています」と公言しているようなものだ。
「ねえ、何か悩みとか……あるんじゃないの?」
詩乃が柔らかい口調で声をかける。SAOやALOにいた時のような強ばった話し方ではなく、小動物を相手に優しく接するときのような、そんな話し方だった。
「…………」
どうするべきなんだ、詩乃には全てを話すべきか。
この僕こそが、今世間を震撼させている人殺し、
そしてその事件を解決するよう依頼を受けたことを。
全てを詩乃にぶちまけてしまうべきだろうか? 全部吐き出して楽になってしまうべきか?
「ねえ、恭二くん?」
……だ、ダメだ、出来ない。言えない、言えっこない。第一、言ったところで信じてもらえるかどうかなんてわからない。
そもそもにして、僕に全てを暴露する勇気が、度胸があるわけがない。
僕が強くいられるのは、
ゼクシードに、あの男に全てを狂わされた。
だから、GGOを捨て……いや、GGOから逃げて、ALOにやってきたんだ。
新しいゲームは……悪くなかった。
仲間がいたし、新しい友達もたくさんできた。みんないい人だ。高校を中退した僕とも分け隔てなく触れ合ってくれる。
でも、あの世界でしか僕は強くなれなかった。いや、強くあろうとした。
何のために? 気分転換? ストレス発散?
いや、そんなシンプルなものじゃない。
GGOにいる間は、僕は最強のランガンのストライカーとして君臨していた……はずだった。
現実の弱い自分から目を背けて、偽りの自分の姿を自分と思い込もうとしていた。
その結果はどうだった? なんてことは無かった。
『バランス調整』なんてふざけたアップデートのせいで、僕は居場所を奪われた。
フレンドも一人もいなくなった。もう、何もかもがどうでもよくなった。
そんな何もかもから逃げることしか出来なかった自分が詩乃に真実を教えられるか?
無理だ、出来っこない。そもそも今回の事件の発端だって、元はと言えば……。
「……くん! 恭二くん!」
「……はっ」
「だ、大丈夫……? 顔色悪いわよ……?」
詩乃にそのことを言われると、恭二は彼女の部屋に立てかけられている鏡をのぞき込み、自分の顔色を確認する。
(……酷い顔だな……)
とても表に出せる顔じゃない。
青ざめていて覇気がない。髪の毛もガサツいていてツヤがない。目の下にもクマができており、不規則な生活を送っていることを物語っている。
「ねえ、本当に大丈夫? 具合が悪いなら、私のベッド貸してあげるから……少し横になった方が……」
「……大丈夫だよ……」
詩乃は彼の体の具合を心配し、すぐ横にしゃがみこみ、肩を手で支えて様子を伺った。
当人は大丈夫だよと言ってはいるが、誰が見ても大丈夫だと言える顔つきではない。
詩乃の言う通り、少し横になって体を休めた方が良さそうだ。しかしそれでも恭二は頑なに、世話になるのを拒否し続けた。
「だ、大丈夫って……全然そんな風に見えないわよ。そんなに顔色悪くして……、ただでさえ不規則な生活してるんだから、休めるときに休まないと、本当にぶっ倒れちゃうわよ?」
「だ、大丈夫だから……本当に」
……詩乃の言う通り、気分は最悪だ、日頃の無茶がたたったかもしれない。
でも今まで平気だった。だから続けた。
昼夜逆転してるときもあったが、今までちゃんと続けてこれた。
でも何故だろう、今は……最高に気分が悪い。汗が止まらないし胸も苦しい。
呼吸も荒くなってきた。頭もクラクラ目眩がするし、それに……なんだかとてもイラついてきた……。
「恭二くんてば!」
変なところで頑固な恭二を是が非でも休ませようと、詩乃は恭二の脇腹に手を潜り込ませ、やや強引にベッドに寝かせようと体を動かそうとした。
しかし、タイミングが悪かった。
日頃からの疲れがたまり、精神的動揺をしてしまっている今の彼にとって、それは火に油を注ぐ行為となった。
「だまれよッ!! 大丈夫だって言ってるだろッ!!」
……ああ、やってしまった。
「……きょ、恭二……くん?」
日頃大人しくて人当たりがいい恭二が、声を荒げ、よりにもよって自分が好意を寄せている詩乃に対して怒鳴り散らしてしまっていた。
詩乃は初めて見る恭二の態度に愕然とし、一体彼はどうしたんだろうと、目を丸くして立ち尽くしている。
詩乃の表情を見た恭二は、ハッと我に帰り、今自分がしてしまったことを自覚した。
何をやっているんだ僕は、自分のことでイラついて、勝手に気分を悪くして、気を使ってくれた詩乃に対して乱暴な口をきいてしまった。
最低じゃないか……何をしてるんだ、僕は……。
「……ごめん、ちょっと今日は帰るよ……」
「…………」
恭二は体を震わせながらもゆっくりと立ち上がると勉強道具一式が入った、白い布製のバッグを手に取り、重たい足取りでリビングを後にし、玄関へと向かった。
詩乃はただただ、呆然と彼の背中を見つめている。あんなに感情を表に剥き出しにした恭二を見るのは初めてだ。
いつも優しくて、わがままを聞いてくれて、いつも隣で私を笑顔にしてくれてた彼が、何があったのか穏やかではなくなっていた。
詩乃は黙って彼が帰宅するのを見つめながらも、ただごとではない、彼の身に何かあったんだと確信した。
温厚な彼を変えてしまうほどの出来事が、ここ最近起きたのだ、と。
「……怒鳴ったりしてごめん……」
恭二は玄関のドアノブに手をかけながら、首から上だけ詩乃の方へ向かせ、一言だけ謝ると、ガチャンとドアを開けて、そのまま出ていってしまった。
――――――
同日 午後19:18 東京都文京区湯島 恭二のアパート前
「……はぁ……」
詩乃の家を飛び出した恭二は、これまでの人生で一番深く、大きい溜め息を吐き出しながら、自宅の玄関前へと辿り着いていた。
白いバッグからカードキーを取り出し、ドアノブについている電子カードリーダータイプの錠前の溝にスラッシュさせ、ロックを解除した。
「……最低だ、僕は……」
ご飯までご馳走になって、気も使わせて、散々心配かけて、後始末もしないで一方的に怒鳴り散らしてそのまま出てきてしまった。
男として……というより、人として最低だ。
いくら自分のこれまでの生い立ちと、置かれた環境が過酷だからといって、彼女にあたることないだろう。
詩乃だってとてつもない過去を背負って生きてきてるんだ。それを一番わかってたのは誰だ? 自分じゃないか。
なら……もっと男らしくなれよ、胸を晴れる人生を歩けるような、でかい男になれ。
「……なんてね、思うだけなら誰でも出来るよ……」
恭二は自己嫌悪に浸りながら、自分の部屋へと繋がっているドアノブへと手をかけた。
……が、彼はこの時、とても重要なことを思い出していた。
さっきここに帰ってきた時、なんて思った?
物騒な世の中になってきたから、戸締りや一人歩きがどうとか……って、危機感を覚えてたはずだ。
そこまで意識しておきながら、どうして自分の家の戸締りを忘れた……?
第一、ロック解錠の電子音声が聞こえていなかったじゃないか。
……い、いや、今は過ぎたことをどうこう言っても始まらない。
中の様子を確かめなくては……、いや、念のため警察を呼んでおいた方がいいか?
「……ちょっと待てよ、確かに出かける前、僕は鍵をしっかりロックしたはずだ……」
ここで、恭二は冷静に思い返した。この世に同じセキュリティを解錠出来るカードの存在を。
まず、このロックを外すことが出来るのは恭二が持っているいつものカードキー。
そして、残るはこのアパートの大家さんが所持してるマスターキー、この二つだ。
「大家さんが僕に無断で開けるはずがない……、必ず連絡が来るはずだ」
だとすると残る可能性は、電子ロックを解錠出来るプログラムを走らせることが出来る、ハッキングだ。
しかし、そこまでして盗みに入るような価値が僕の部屋にあるとは思えない。せいぜいアミュスフィアとパソコンぐらいだ……。
……ん、アミュスフィア……、パソコン?
「……い、いや……いる。このロックを外すことの出来る、もう一人の人物……」
彼の自宅のロックを解錠することが出来る人物に心当たりがあるのか、恭二はドアノブに手をかけ、ゆっくりと捻り、鉄製の扉を手前に引いた。
引かれたドアはキィ……と、金属のドア独特の音を響かせながら、ゆっくり開かれた。
「…………」
部屋の明かりは消えている。まだよく見えないが、物を盗られたりだとか、荒らされた形跡もなさそうだ。
しかし、違和感がある。不気味で、背中がぞわぞわっとするような、寒気にも似た不気味さが、恭二の部屋から漂っていた。
その違和感の正体は恭二のベッドの方向から感じられる。この暗闇に完全に溶け込み、むしろこの闇こそが正常で、世界からは隔離されている場所で過ごしているような、そんな感覚さえ覚えさせる。
恭二が感じる違和感は、意思をゆっくりと恭二に向け、ねっとりとした口調で語りかける。
「随分と、遅かったな。我が、弟よ」
「……何しに来たんだよ……、兄貴」
恭二の家に侵入していた犯人は、彼の実の兄である新川昌一でした。今、恭二くんの頭の中はごちゃごちゃになっていて、冷静な判断が出来なくなってしまっています。
そのタイミングで実の兄の登場。はたして恭二くんはどうなるのか? 引き続き続報をお待ちくださいませ。