ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
皆さんこんばんは、大分ご無沙汰しています。活動報告でも語りましたが、私劇場版のオーディナル・スケールを見て参りました。正直言いまして、泣きました。何で涙したかは……皆さんの目で確かめてください。
それではお待たせいたしました、新章の
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第63話~男の子~
西暦2026年 11月15日 日曜日 午前11:50 東京都墨田区 東京スカイツリー 天望回廊フロア
「わわわ! 和人見てみて! すごいよー! すっごくいい眺めだよー!」
「わ、わかったから落ち着けって……」
いつもの服装に身を包んでまるで小学生のようにはしゃいでいる木綿季を、こちらもいつもの真っ黒な服を身に纏った和人が笑いを浮かべながら落ち着かせようとしていた。
あれから木綿季が桐ヶ谷家の正式な養子になって、二週間ほどが経過しようとしていた。姓も「紺野」から「桐ヶ谷」へと変わり、翠と峰嵩の娘、和人と直葉の妹としての間柄となっていた。
正式な家族になってからというもの、木綿季はより一層嬉しそうに毎日を過ごしていた。紺野家での今までの絆を断ち切るのではなく「卒業」という形で乗り越え、胸の中に大切な思い出としてしまっておくことで、過去を乗り越えられたのだ。
そんな木綿季が和人とやってきているのは、2012年に完成、開設された日本一の高さを誇る建築物「東京スカイツリー」だ。
昭和33年に完成した東京タワーの333メートルに対し、スカイツリーは634メートルもの高さを誇っている。和人たちはそんな眺めの素晴らしい地上445メートルの高さにある「天望回廊フロア」に足を運んでいた。
「和人も早くこっち来てみなよー!」
「はいはい、今行くよ」
木綿季はすっかり上機嫌だ。というのも昨日の14日の土曜日、悩みの種の一つだった明日奈からの試験を無事に終わらせることが出来たからだった。
三年以上も勉学が止まっていた木綿季にとって、入学後の学業についていけるかどうかが不安だったが、試験出題者の明日奈が「このペースで行けば大丈夫だよ!」と太鼓判を押してくれたのだ。
元々勉強が得意な木綿季は周りの先生方が優秀なこともあり、めきめき学んで受験で言うところの偏差値を上げていった。このペースで行けば帰還者学校に入学した後も、問題なく授業についていけることだろう。
というわけで、この日は木綿季にとって久々に羽根を伸ばせる日だったのだ。それと同時に二人きりの本格的な初デートでもあった。
「おお、これは絶景だな……」
「でしょでしょ? あっちに富士山も見えるよ!」
「本当だな、この光景はちょっとやそっとじゃお目にかかれないな……」
「えへへ♪」
この日は日曜日ということもあり、和人たちの他にも親子連れ、夫婦、カップル、学生等の観光客で大変に賑わっていた。二人が歩いているのは天望回廊と呼ばれる、何十枚何百枚もある板ガラスでスカイツリーを覆うように設置された屋内バルコニーのようなフロアだ。
落下防止のために二重に柵が施され、ガラスにもしっかりとした黒いフレーム加工処理がされている。場所によっては床がガラス張りになっており、何もない真下の空間が丸見えの肝がヒヤっとしてしまいそうなエリアもある。
高所恐怖症の人からしたら悪い意味でたまらない施設だが、和人たちの様にALOで空を飛んでいる人からしたら、最高に楽しめるスポットだろう。現実では人は空を飛べないのだから。
「ALOで空を飛ぶのも気持ちいいけど、現実でこうやって高いところにくるのも楽しいね!」
「ああ、そうだな。でもいくら背中に力を込めても翅なんて出ないからな?」
「わ、わかってるよー!」
「ははは、それにしてもいい天気でよかったな」
「全くだねー! 曇ってたらこの景色も見渡せなかっただろうしね!」
「やっぱり俺たち、運がいいよな」
「だね♪」
和人たちは天望回廊をぐるっと回るように歩いて行った。遠くに日本一の高さを誇る富士山、開設100年以上の歴史がある東京駅、毎年夏になると夜空を彩る綺麗な花火が打ち上げられる隅田川、そしてその近くには一月、五月、九月になると大いに大相撲で盛り上がる両国国技館。戦後の日本の象徴、昭和のシンボル東京タワーや、日本初のドーム型球場の東京ドームなど、東京の観光名所が一望出来るスポットとなっていた。
和人達がぐるっと反時計回りに回廊を回ると、一般の客が入る事の出来る最上階の地上450メートルのフロアへとたどり着いていた。真っ白い壁がこの空高いポイントの景観によくマッチしている。
ここから少しだけ歩くと「ソラカラポイント」と呼ばれるスポットがある。ここが正真正銘、立ち入り可能な日本国内の人工の建築物で一番の高さにあるエリアだ。
「悪い木綿季、ちょっと俺手洗いにいってきていいか?」
「え? あ、うん、いいよ!」
「サンキュ、じゃあちょっと行ってくるな、大人しくしててくれよ?」
「わーかってるよー! 子供じゃないんだからー!」
「疑わしいな……、まあいってくるよ」
「うん! いってらっしゃーい!」
木綿季は右手を元気よくぶんぶんと振りながら男子トイレに足を運ぶ和人を見送りると、大人しくしていろと言われていたのにも関わらず、その地点から移動し始めていた。両手を広げて周りの人にぶつからないようにとてとてと歩き、ソラカラポイントへと向かっていった。
「うわあ……すごい!」
木綿季は南西の東京の空を見渡していた。夕暮れどきになると、夕日の光がビルで反射し、都会さながらの綺麗な夕焼け模様を映し出す光景をお目にかかれるスポットだ。夜は夜で、ライトアップされた東京の街並みを見下ろすことができる。日本三大夜景と呼ばれる神戸、札幌、長崎にも負けないぐらいの綺麗な夜景となるのだ。
「今度は夕方とか、夜に来てみたいな……あ、そうだ!」
何かを思い立ったのか、木綿季はそう言いながらズボンのポケットから何かを取り出した。木綿季の小さな手のひらに収まるほどの大きさをしたスマートフォンだ。養子縁組が終わったあとに翠に買ってもらったものだ。ALOのユウキのイメージカラー通り、パープルカラーのスマホとなっていた。
木綿季はご機嫌そうに左手でカメラアプリを起動してソラカラポイントから見える絶景を写真に収めると、LINEアプリを起動して親友の明日奈に、画像つきでメッセージを送っていた。
[明日奈! 見て見てすごいよ! 和人とスカイツリーに来てるんだ!]
木綿季が送信したメッセージはすぐに既読状態となり、明日奈から迅速にメッセージが返信されてきた。どうやら彼女は家にいるようだった。
[こんにちは木綿季! すごい景色だね! ひょっとしてキリト君とデートかな~?]
[う、うん。そう……なるのかな?]
(た、多分デート、なんだよね? これは……)
[昨日の試験の結果も良かったし、いいことずくめだね!]
[えへへ、ありがと! 明日奈!]
[どういたしまして! 一緒に学校に行けるの楽しみにしてるね!]
順応が早い木綿季はタップ、スワイプ、フリック等、スマホ操作に必要な動作を一通り既に習得していた。元々機械には弱くないこともあり、現代の若者らしく流れるように左手の指を動かしていった。
[うん! ボクもとっても楽しみ! あ、和人戻ってきたから行くね!]
[うふふ、それじゃあデート、楽しんできてね!]
[うん! またねー!]
会話の終わりに可愛らしいバイバイのスタンプをお互いに送信しあうと、二人はLINEでのやりとりを終えた。そうこうしている間に、用足しを終えた和人が丁度良くトイレから戻り、木綿季と合流を果たした。
「おかえり! 和人!」
「ああ、ただいま。……何してたんだ?」
「ちょっと明日奈とLINEでお話してたんだ! ここの景色も見せてあげたんだよー!」
「ははは、もうすっかり使いこなしてるな、スマホ」
「うん!」
スマホのディスプレイをこれ見よがしに楽しそうに見せてくる木綿季の無邪気さに、和人は笑みをこぼしていた。まるで新しい玩具を買い与えられた幼稚園児のように、スマホに大満足していた。
「ん、そろそろお昼になりそうだな」
「あ、ほんとだね、ここでご飯食べるの?」
「いや、お昼はちょっとここから移動してから食べようと思うんだ。ある人から是非来てくれって誘われててな」
「……ある人?」
「木綿季も知ってる人だ」
自分も知ってると言われて頭に?マークを浮かべながら首を傾げた木綿季は、一体誰なんだろうと考えを巡らせていた。食べ物を扱っている知り合いといえば、ダイシー・カフェを営んでいるエギルぐらいしか心当たりはない。
しかしダイシー・カフェが目的地なら和人が濁すようなことは言わないだろう。恐らく今まで一回も足を踏み入れたことがない場所に連れて行くのだとは思うが。木綿季はいくら考えても他に思い当たるふしがなかったので、黙って和人についていくことにしたのだった。
「ねえねえ和人、一体どこへ行くの?」
「着いてからのお楽しみだ」
「……ぶー、教えてくれたっていいじゃん!」
「まあまあ、歩きと電車で30分ぐらいで着くところだから、ちょっと付き合ってくれよ。それに、元々午後にいく予定だった場所だしな」
「……そもそも和人、東京に遊びに行くってこと以外、何も教えてくれてないよ……」
「あははは、まあその方がわくわくするだろ?」
「むー、それはそうだけどさー」
「ほら、早く来ないと置いてくぞ」
和人がぶつくさ言っている木綿季をよそに、背を向けてそそくさと先に行こうとすると「あ、待ってよー!」と慌てながら木綿季も後を追いかけていった。エレベーターを天望回廊から展望デッキへと降り、そこからさらに別のエレベーターを使い、下層フロアへと一気に降りていった。
一階フロアへと降りると、木綿季の視界に真っ先にお土産屋が写っていた。特に何を買うわけでもないのに「ねえ和人! ちょっと見ていこうよ!」と木綿季がねだるので、和人は「見るだけだぞ……?」と渋々承諾してしまい、そのまま売り場へと寄り道する羽目になってしまった。
スカイツリーにちなんだお茶菓子やグッズ等がずらりと並んでいる光景を、木綿季は実に楽しそうに見回していた。饅頭、カステラ、マカロン、チョコレート等、スカイツリーの形にちなんだお菓子が、観光客を誘惑していた。もちろん木綿季も例外ではなかった。
「ねえ和人、お母さんたちにお土産、買ってこうよ!」
「……仕方ないな、荷物にならない程度にな?」
「わーい! おっみやげおみやげー♪」
「……全く、楽しそうだな……」
終始ご機嫌で東京観光を楽しんでいる木綿季の姿を、和人は微笑ましそうに見守っていた。木綿季とこうやって、なんてことのない普通の日常を過ごせていけることが、幸せでたまらなかった。たまにこうやってわがままを言われることもあるが、別にかまわない。
むしろどんどんわがままを言って、迷惑かけてほしい、俺はそんな木綿季が好きだ。元気な木綿季も、怒った木綿季も、わがままな木綿季もみんな好きだ。俺は彼女と一緒にいられるのなら、一緒に毎日を生きていけるのなら……他に何もいらない。
(木綿季が幸せなら、俺も幸せだ。木綿季のためなら……俺は何だって……)
和人が木綿季の行動を目で追っていると、楽しげに店を見回していた彼女が突如足を止め、とあるグッズ売り場をジッと見つめていた。和人はそれに気づくと、木綿季の見つめている視線の先を目で追っていった。遠目ではよくわからないが携帯のストラップが置いてあるコーナーのようだ。
和人は物欲しそうな目でストラップコーナーを見つめている木綿季に近づくと、背後からひょこっと顔を覗かせた。するとその様子に驚いた木綿季は一瞬たじろくも、すぐに視線の先をストラップ売り場へと戻していった。
「……欲しいのか?」
「え? ……え、えっと……、……う、うん」
「……どれがいい?」
「え、いいの……?」
「だって……欲しいって顔に書いてあるぞ?」
「あ……、えっと……」
木綿季が欲しがっていたのは、3センチほどの長さのスカイツリーの形をしたストラップだった。全体を金と銀のフレームで覆われ、窓ガラスにあたる部分がガラス細工で加工されており、赤、青、緑、紫、白、黒等、様々なカラーバリエーションのストラップが並んでいた。
丁度二人のシンボルカラーのストラップが並んでいたこともあり、和人は黒と紫のストラップを手に取り、真っ直ぐにレジカウンターへと足を運んだ。順番待ちをしている間、木綿季は嬉しさ半分、申し訳なさ半分で和人が会計を終えるのを待っていた。
別に木綿季も翠からお小遣いをもらっていはいるのだが、折角母親からもらったお金だ、大切に、慎重に使いたい。だからこそグッズ売り場の前で立ち止まっていたのだ。家族へのお土産は喜んで買うが、自分が欲しいものとなると少しだけ躊躇してしまっていたのだ。
少しだけ後方で待っていると、和人が先ほどの会計を済ませて木綿季の元へと戻ってきた。小さい可愛らしい紙袋に包まれたストラップを差し出されると、木綿季はそれを嬉しそうに、そしてちょっと申し訳なさそうに受け取った。
「わあ……いいの?」
「……なんだ、嬉しくないのか?」
「え……、ううん! そんなことないよ! すっごく嬉しい! ……でも、なんかボクだけしてもらってばかりで、ちょっと申し訳ないなって……」
「……なんだ、そんなことか」
和人は木綿季からの回答を聞き出すと、左手を彼女の頭にぽんと乗せて、優しく撫で始めた。木綿季も久しぶりの和人の掌の感触に、嬉しそうに身をゆだねていた。
「木綿季、何度も言ってるけど我慢する必要なんかないんだからな? お前は今までずっと我慢してきた、やりたいことをずっと我慢してきたんだ」
「え……?」
「だから……少しぐらいのわがままぐらい、みんな許してくれるさ」
「で、でも……ボクだって、今はお金あるし……」
「いーから、受け取れ」
いい意味で、でもでもだってを繰り返す木綿季に、和人は無理やり紙袋を握らせると、再び頭をくしゃくしゃとなでじゃくった。木綿季は木綿季でちょっとだけ腑に落ちなかったが、なんだかんだで欲しかったものを、大好きな和人から贈られて思わず笑みをこぼしていた。
「……ありがと、和人……」
「……どういたしまして」
「嬉しいな……えへへ♪」
「ここでだと他のお客さんの邪魔になっちまうから、スマホにつけるなら移動してからにするか」
「うん、そうだね……♪」
その後、川越にいる家族へのお土産を何個か購入すると、二人はスカイツリーを後にし、お昼ご飯兼、午後の用事がある日本一の電気街である「秋葉原」を目指し足を運んでいった。
スカイツリーのすぐ近くにある都営地下鉄浅草線、各駅停車西馬込方面の列車へと乗り込み、まずは浅草橋駅を目指した。そう、今日この二人はバイクで来ておらず、徒歩とバスと電車でここまで来ていたのだ。
いつもいそいそとバイクで移動してたこともあり、今回ばかりはのんびり楽しもうということで、木綿季が提案したのであった。確かにバイクで移動した方が小回りは聞くし、行きたい場所にピンポイントですぐに行くことができる。
しかし徒歩での旅も、これはこれで味があっていいものだ。車やバイクを使わないからこそ見えてくるものもあるし、何よりゆったりとできるのが大きかった。移動中も会話しながら風景を楽しめるし、本当にそこを「旅している」という気分になれるのだ。木綿季自身も電車に乗るのが久しぶりということもあり、今回の東京観光を心から楽しんでいた。
――――――
和人達は5分ほど地下鉄に揺られ、浅草橋駅で降車すると、すぐさま中央・総武線、各駅三鷹方面行きの列車に乗り込み目的地である秋葉原へと向かった。
浅草線は地下鉄だったので外の風景を見ることが出来なかったが、地上を走るこの中央・総武線に乗り込むと、木綿季はまるで子供のように外の風景を眺め続けていた。通り過ぎるビル、飲み屋の看板等、都会さながらの風景を楽しんでいた。
3分ほど経過すると、同じ東京都内でも雰囲気が少しずつ変わってきた。広告も飲食店や大手企業のものから、アニメやゲーム、電化製品のものが目立ち始め、中にはビルの一階から屋上までもの長さの広告もあり、同じビル街でも異色を放ち始めていた。
そう、ここが日本一の電気街であり、アニメとゲームの聖地でもある「秋葉原」だ。アニメ好き、ゲーム好きにとって、是非一度は足を運んでみたい場所である。和人はここでお昼ご飯を食べようというのだ、そしてそれとはまた別に用事があるという。一体なんなのだろうか。
同日午後12:20 東京都千代田区外神田 秋葉原
「うわあ、ここが秋葉原……! ボク初めてきたよ!」
「だろうなあ、普通の人はここに用なんかないからな」
「ボク知ってるよ! オタクがいっぱいくるとこなんでしょ?」
「……まあ間違っちゃいないがな、オタクっていえば俺もPCオタだしゲームオタでもあるけどな」
「そういえば和人の部屋ってパソコンがいくつもあったよね? モニターもたくさんあったし」
「俺がPCに詳しくなったのは……母さんの影響がでかいかな、あの人PC雑誌の編集者だからさ、多分その所為だ」
「そうなんだ、んじゃあ和人にとってここは宝の山なんじゃない?」
「あぁ……、右も左も俺にとっては天国のような所だぞ、ここは……!」
アニメにはあまり興味はないが、根っからのゲーマー、そしてPCオタである和人にとって、ここ秋葉原は文字通り宝の山であった。ここに来た目的も、新しく発売されたPCパーツを買うためであった。
すぐにでも行きつけのPCショップでパーツを買いたいところだったが、ここに来る途中から木綿季が空腹を訴え続けてるので、先に腹ごしらえを済ませてからにしようということで、和人達は知り合いがいるという飲食店へと歩を進めていった。
秋葉原駅北口から西へと進路を取り、歩きでゆっくりと昼食をとるための店へと向かった。駅の目の前には秋葉原のシンボルでもある複合型オフィスビルである「UDX」がそびえ立っていた。レストランはもちろんカンファレンス、イベント、シアター、クリニック等など、あらゆる機能を有している施設となっている。
そんなUDXを右手の視界に捉えながら、和人たちは西へと進んでいった。木綿季は初めての秋葉原の街並みが非常に珍しいのか「お~」というセリフを逐一漏らしつつ、辺りをキョロキョロしながら和人のあとに続いていった。
「すごいねー! アニメとかの広告がいっぱいだよ! あ……ALOの広告もあるよ! おっきー!」
「……ここはそういう街だからな、見てるだけでも飽きないだろ?」
「ホントだね! 横浜でも川越でも見れない光景だよー!」
「日本広しといえども、こんな雰囲気はここだけだろうな」
和人達が歩いている秋葉原の街中は、休日だということもあり、観光客や買い物客、イベント目的できた人たちでごった返しており、大変な賑わいを見せていた。視界に映るほとんどの通行人が、両手に買い物袋に大きいリュックに丸めたポスターが差し込まれていた。こういう光景を見ると、やはりここは秋葉原なのだなということを思い知らされる。
二人は中央の大通りの歩道を歩き、中央線の高架下の道へ差し掛かると、そのまま道なりに進んでいった。裏通り的な道にも関わらず、この通りにもびっしりと中古PCショップ、弁当屋、ドラッグストア、飲み屋、個人経営の電気屋等、様々なお店が軒を貫いていた。
「すごいね……こんな裏路地にもお店がたっくさん……」
「本当になんでもあるからな、秋葉原で手に入らないものはないぞ」
「ほえー……アニメとかだけかと思ってた」
「おいおい、元々秋葉は電気街で有名になった街だぞ?」
「へぇーそうなんだ?」
今でこそアニメとゲームの聖地と呼ばれている秋葉原だが、そもそもは昭和45年にマイコンやジャンクを取り扱う店が登場し、ステレオ音楽機器がブームとなり音楽レコードを取り扱う専門店が増加したのをきっかけに、電気街としての秋葉原の歴史が始まったのだ。
そして昭和54年、秋葉原電気街振興会が設立、更に翌年の昭和55年には京都に本社を置く大手ゲーム企業が開発したカセット式のゲームハードが爆発的な人気を呼び、ゲームソフトを扱う店舗が増加、それと同時にCD専門ショップなんかも増えていった。それに伴って家電製品を扱う店同士の競争も激化の傾向にあった。
それは現在も続いており、アニメやゲームだけでなく、家電製品やPC等の顧客の取り合いは、今も尚継続中なのである。しかしそれらを踏まえての、秋葉原だというべきだろう。今や秋葉原は、日本が世界に誇る文化の塊のような街となっていったのだ。
「……よし、ぼちぼち見えてくるぞ、今日の昼食はあそこで食べるんだ」
「えーっとあそこって……」
「さ、入ろう」
――――――
現在から20分程前、秋葉原市街地内 ゲームセンターCLUB SIGA 秋葉原駅前店
「ぐぁ……ま、またダメだ……」
「も、もういいわよ……確かにそれは欲しかったけど、そこまでしてくれなくても……」
「い、いやダメだよ……、ここまで来たらもう引き返せない!」
「……はぁ、男って強情なんだから……」
秋葉原の目玉ゲームセンター CLUB SIGA 秋葉原駅前店の一階フロアにある、とあるクレーンゲームに躍起になっている少年の姿があった。グレーのキャスケット帽をかぶり、黄色いパーカーに黒のジーンズに身を包んだ優男風の少年、新川恭二であった。彼が必死になって取ろうとしているのは、なんとも可愛らしいデフォルメの形をしたネコのぬいぐるみであった。
そんな恭二を傍らから半分呆れた表情で、一人の少女が見守っていた。茶髪がかった黒い髪のショートヘアに、左右のおさげに白いリボンをくくりつけたヘアスタイル。ダークブラウンのマフラーに、明るいブラウンの短い丈のトレンチコートに身に纏った少女、朝田詩乃だ。かれこれこの状況になってから、既に30分が経過していたのだ。
クレーンゲームと必死に格闘している恭二をよそに、詩乃はこの状況に飽きてしまったのか、あくびをしながら他のゲーム機筺体に寄りかかりながら、ココアの入ったアルミ缶を片手に彼を見守り続けていた。この時点で彼がクレーンゲームに投資した金額は、既に五千円になろうとしていた。一回二百円のクレーンゲームに五千円を投入しているので、既に25回分のお金を溶かしている計算になる。
「恭二君、もういいから……、多分そのアームはそれ以上支えられないように設計されてるのよ、いくら頑張っても取れないわよ……」
「………………」
「……全く、男ってやつは……」
呆れてる詩乃を尻目に、恭二の視線はクレーンのアームと、ぬいぐるみを捉えていた。取り出し口へつながる穴へは距離にして約15センチ、定位置からここまで五千円をはたいて地道にこつこつ運び続けてきたのだ。ここで取るのを諦めてしまうと、ここまで投資した五千円が無駄になってしまう。
恭二が引き下がれないのはそれだけではなかった。ちょっとぐらい、好きな女の子の前で男の意地を見せてやりたいという下心もあった。デート場所にさんざダメ出しをされ、一緒に遊んでいるALOでもお世話になりっぱなしだ。ならば、ちょっとぐらい見栄を張ったっていいじゃないかと、今こうしてクレーンゲームと格闘をしているのだった。
元々はゲームセンターの前を通りかかった際に、詩乃が景品のネコを「あ、あのネコ可愛い……」と呟いたのが事の始まりであった。恭二もさほど苦労せずに取れるものだと思ったのだろう、初期投資で結構いい距離まで持っていけたこともあり、数回でクリア出来ると踏んでいたのである。
しかし現実はどうだろう、クレーンゲームにありがちな話で、こういう景品は取れそうで取れないというのがよくあることなのだ。しかもお店側がその気になってしまえば、お客がいくら頑張っても取れないように設定出来てしまう。クレーンゲームは貯金箱とはよく言ったものだ。
(まあでも、そんな不器用な恭二君が……私は好きなんだけどね……)
形はどうあれ、自分のためにここまでしてくれる恭二のことを、詩乃は嫌いではなかった。確かにお互い告白はしていないが、両思いのようなものなのである。中学の頃からの付き合いもあり、最早互いに切っても切れない関係にあった。恭二自身もかつて詩乃に対して抱えていた複雑な感情も、今ではそれほど感じなくなっていたようである。
「恭二君、流石にこれ以上お金使ったら……生活費にも影響でちゃうよ! もうやめようよ!」
「……仕方ないな、不本意だけどこれでラストにしよう……」
「……カッコつけちゃって……」
「頼むぞ……!」
恭二は今までの全てを込めるかのように、百円硬貨を二枚、クレーンゲームに投入し、最後の勝負へと挑んていった。泣いても笑っても、これがラストチャンスである。
彼のより真剣な表情を、今度ばかりは詩乃は真剣に見守っていた。なんだかんだでここまで自分の為に行動してくれていた彼の行く末を、最後まで見守ろうとしていた。……たかがクレーンゲームなのに、である。
「ここだっ!」
「……いい位置ね」
横方向へのアーム操作が終わると、次は奥方向へのアーム操作へと移行する。クレーンゲームの筐体のスピーカーからはのほほんとしたBGMが流れているが、恭二の表情は真剣そのものであった。額に汗が浮かび、眉間にしわがよってしまっていた。
再度アームとぬいぐるみとの距離を目で見て確認し、恐る恐る、慎重に奥操作のボタンに指を置き、力を入れて押し、アームを奥方向へと動かしていった。アームがレールをつたいながら、だんだんと目的のぬいぐるみへと近づいていった。
恭二が狙っている位置まで残り15センチ、12センチ、10センチと、じりじりと距離を詰めていった。少しずつ距離が近づくにつれて、恭二と詩乃の心臓の鼓動が早くなっていった。これが正真正銘最後のチャンスだからである。
「へ……へっくし!!」
「ちょ……恭二君!?」
「え? ……あ、し、しまった……!」
なんということだ、恭二たちが遊んでいる筐体が入口に近いためか、外から冷たい風が入り込み、汗をかいている恭二の体の体温を一時的に冷やしてしまって、くしゃみを誘発してしまった。当然、くしゃみをした所為でボタンから指が離れてしまい、アームの移動が中断されてしまった。
「ちょ……ちょっと待って! 待ってくれええ!」
「はぁ……今回もダメね。さ、諦めて出ましょ、恭二君」
「……うん……」
詩乃が足元に置いてある荷物を手に取り、踵を返してゲームセンターを後にしようとした、その時である。ふと見たクレーンゲームの中の様子がおかしいことに気がついた。
「え……、あれ!?」
「ん、どうしたんだい、詩乃」
「きょ、恭二君! あ……あれ!」
「え……、って……ええっ!?」
視線を戻した二人は目を丸くして驚いていた。なんと位置調整に失敗したと思っていたアームは、なんともいえない絶妙な掴み具合でぬいぐるみの耳と首の部分を挟み込むようにして、弱々しいながらもしっかりと支えていたのである。
アームに捕まっているネコのぬいぐるみは落ちそうで落ないまま、一番上まで上昇し、ゆっくりと取り出し口へと繋がっている穴へと移動を開始した。その光景を、恭二と詩乃は「お、落ちるな!」と何回も叫びながら見守って……というより睨みつけていた。
穴へとじりじりと近づくにつれ、少しずつではあるがぬいぐるみを支えているアームにも、ちょっとずつ限界がきはじめていた。ちょっとずつ、ちょっとずつだがアームからぬいぐるみが外れそうになっていったのである。
「あ、あぁ……あと少しなのに……、頼む! もうちょっと!」
「もう少し……もう少しよ!」
その時だった、ついに限界がきたアームは、無情にもぬいぐるみを手放してしまった。穴まであと3センチもない位置で、ぬいぐるみはするりとアームからずり落ち、自由落下運動に任せて地球の重力に引っ張られていった。
しかし、その時に奇跡は起きた。首から真っ逆さまに落ちたぬいぐるみは一回落下すると、既に下にあった別のぬいぐるみに弾かれ、反動でそのままスポンと穴に吸い込まれるように取り出し口に落ちていったのだ。
二人はあまりの一瞬の出来事に、目の前で何が起きたんだという感覚に陥っていた。そうまるでバスケの試合で、試合終了1秒前にがむしゃらに投げたボールが相手のゴールにすっぽりと収まり、逆転勝ちをしたような、そんな感覚を覚えていた。
「あ、あははは……と、取れちゃった……」
「あ、あんなのありなの……?」
恭二が苦笑いを浮かべながらぬいぐるみを手に取ると、詩乃はそれよりも複雑そうな表情で恭二とぬいぐるみを見つめていた。その後ろに居たギャラリーもあまりにもトリッキーな景品の取り方に感銘を受けたのか、細々と拍手をしている人の姿も見受けられた。
「はい、詩乃、これ」
「え? ……あ、うん……」
「まあ……取れてよかったよ、あはは……」
「あははじゃないわよ全くもう、あんなにお金使っちゃって……、でもありがとう……」
詩乃はドライな口ぶりからは裏腹に、猫のぬいぐるみを受け取ると、嬉しそうに両手でそれを抱え、笑顔を恭二に送っていた。なんだかんだで、彼からのプレゼントが嬉しかったのである。そこまでの苦労を考えると尚更嬉しいものがあった。
「……どういたしまして」
「うふふ、なんか初めて恭二君からプレゼントらしいプレゼント、もらった気がするわよ?」
「え、そ、そう……だっけ?」
「そうよ……、今までモデルガンや戦車とかのプラモばっかりだったじゃない。……まあ、そのおかげで私はPTSDを少しは克服出来たんだけど……」
「うぅ、ごめんなさい……」
女心がわかってないんだからと言葉を並べられた恭二は肩を落としてしまっていた。彼は彼なりに詩乃のことを思っての行動だったのだが、イマイチそうじゃない感じがしていたのだ。詩乃でなかったら確実にフラれていたであろう。
「でも……そんなあなたのことが、私は……」
「……ん? 何か言ったかい?」
「んーん、別に、何でもないわ」
「は、はぁ……」
「それより恭二君、お腹空かない?」
「あ、えっと……言われてみれば少しだけ」
「ならこれからどこか食べにいかない? ここら辺で知り合いが働いている店があるのよ、割引券もあるし、折角だからそこで食べましょ!」
総額五千と二百円をつぎ込んだぬいぐるみを抱きしめながら、詩乃がお昼を食べに行こうというと、恭二は快くそれに承諾した。いろいろな意味で激しい戦いを繰り広げていた彼の胃袋もすっかり空腹となっていたのだ。
詩乃は半ば無理矢理に恭二の手を引っ張り、ゲームセンターを後にすると、進路を飲食店に取り、ご機嫌で歩を進めていった。恭二は急に引っ張られるも、すぐに体制を整えて詩乃のあとについていった。
「ありがとね、恭二君。私……これ、ずっと大事にするね……」
「え? あ、えっと……うん、そうしてくれたら僕も嬉しい……かな、あはは……」
「うふふ……♪」
恭二と詩乃は互いに笑顔を交わすと、手を握り直して、同じ早さで歩を進めていった。季節は冬に近づきつつも、二人の心だけは、温かいままだった。
ご観覧、ありがとうございます。物語の軸は新川君と詩乃を中心に動いていますが、決して和人や木綿季に出番がないというわけではありませんし、ファントム・バレット編が終わればまた再び和人たちにスポットライトが戻ります。
それに……いずれ、あの話も書く事ですしね……。それではまた以下次回!