ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

58 / 92
 
 皆様、新年あけましておめでとうございます。三が日が過ぎ去りまして、漸く新年一発目のボク意味投稿となります。と同時にお礼の言葉をこの場を借りまして申し上げさせていただきます。

 この度「ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオif ボクの生きる意味」のUA数が70000を突破、そして「第一話~別れ~」のUAが10000を突破いたしました。ありがとうございます、ありがとうございます。投稿が無い日にも読んでいただいてるようで常日頃からニヤニヤが止まりません。

 年が変わってもボク意味はゆっくりではありますが着実に物語が進んでいっています。木綿季たちも少しずつ成長していきますし、ちょっとずつ変わっていく彼女たちの様子を見守っていってもらえればなと思います。

 それでは今年も何卒よろしくお願いいたします。58話……どうぞご覧くださいませ。
 


第58話~桐ヶ谷家 前編~

 

 西暦2026年11月1日 日曜日 午後14:05 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸

 

 

 和人と木綿季は秋空の太陽がさんさんと照らす川越の街中を歩き続け、長い買い出しを終え漸く自宅へと戻ってきていた。本来ならば午前中に買い物を終え、円滑に進んでいればお昼頃には帰宅出来ていたはずだった。しかし木綿季の迷子というハプニングと、その木綿季を探すのに手伝ってくれた里香たちへお礼のとしてお昼をご馳走したり、帰りの道中にもソフトクリーム屋へ寄り道をしたりで、すっかり遅くなってしまっていた。

 

 二人は様々な大きさの段ボールが積まれている銀色のキャリーを片手で引っ張りながら自宅敷地内へと足を踏み入れていた。なんだか今日もいろいろありすぎて、久しぶりに自分の家の敷居を跨いだような感覚だった。視界には剣道場、風情溢れる古風な池と落ち葉が舞い散る木々が生えている庭の光景が映っており、何もかもが不思議と至極懐かしく思えてきた。そして安心出来る、やはりどこへ行っても結局は我が家が一番なのである。木綿季も桐ヶ谷邸の玄関口まで足を運び、心から安心したような表情を浮かべていた。

 

 

「ふぃ~、なんかやっとこ帰ってきたーって気がするよ……」

 

「俺もだ……まだこれからが大変なのに既に物凄く疲れたぞ……」

 

「お母さんたちの手伝いする前に少し休もうよ……和人」

 

「……そうだな、そうしよう……」

 

 

 和人と木綿季は手を繋ぎながら歩き疲れた脚を必死に動かして、我が家の玄関の扉へと手を掛けた。扉がガラガラという音を立てて横にスライドすると、いつも見る下駄箱、奥には固定電話、そして自分たちの部屋に通じている二階へ上がる階段が目に飛び込んできた。我が家だ、毎日過ごしている我が家だ。和人と木綿季は屋内まで上がると、大きく息を吐きながら靴を脱いでいた。

 

 

「かあさーん、スグー、ただいまー」

 

「ただいまー! 帰ったよー!」

 

 

 帰宅した二人の声が桐ヶ谷邸の屋内に響き渡ると、その声に反応した直葉と翠がリビングから姿を現した。直葉は口にチューブ型のアイスを加えながら和人たちを出迎えにとてとてと玄関まで歩いてきた。翠はその少しあとから直葉に続き落ち着いた仕草で歩み寄り、二人が怪我なく帰宅したことに安堵し、ほっと胸を撫でおろしていた。

 

 

「二人ともおかえりー」

 

「おかえりなさい、和人、木綿季」

 

 

 帰宅した二人を出迎えた翠は安堵感もそうだが色々と二人に、特に木綿季に言いたいことがあるような複雑な表情を作っていた。恐らくこれから木綿季にお説教でもあるのだろう。無事に帰ってきてくれたことは嬉しいがそれとこれとは話が別。電話越しで叱りはしたが、ちゃんと直接顔をみて話もしなくてはいけない。親子なら尚更だ。

 

 

「和人、木綿季を少し借りていいかしら?」

 

「え……、あ……ああ、構わないけど……いいか木綿季?」

 

「あ……う、うん……」

 

「帰ってきたばかりで疲れてるところごめんなさいね、申し訳ないけど荷物は和人が一人で運んでおいて頂戴」

 

 

 和人はキャリーのゴム紐をほどいて大きい段ボールを両手で抱えると、翠に寝室へと連れていかれる木綿季を心配そうな表情で見つめていた。恐らく何を言われるか大体察しがついていたようだ。和人も直葉も、翠にこういう時は別室でこっぴどく怒られたことがあったからだ。しかし今回木綿季に悪気があったわけではない、むしろ世間になれてない木綿季をちゃんと傍らで見てあげられなかった和人に落ち度あると言えるだろう。和人はこっぴどく怒られるなら自分だろうと思いながらも、荷物をダイニングに運び続けていた。

 

 玄関とダイニングを何度も往復して、和人は重たい荷物を、直葉は軽い荷物を次々と運び、寝室のある方向を不安そうに眺めていた。翠は普段はふわふわとしているが、怒ると人が変わったように怖くなる。それは電話越しでも木綿季が感じていたほどだ。人から怒られ慣れていない木綿季が翠からの圧力に耐えられるだろうか? そう和人は心配していたのだ。しかしそんな和人の心配をよそに、すぐ傍で荷物運びを手伝っていた直葉がすかさず和人に大丈夫だよとフォローに入った。

 

 

「大丈夫だよお兄ちゃん、多分……木綿季は怒られないと思うよ?」

 

「え……?」

 

「なんかよくわかんないけど、お兄ちゃんからの電話のあと、お母さんすっごくご機嫌だったんだから」

 

「……そうなのか……」

 

「お母さん泣いてたよ? それぐらい嬉しいことがあったんだと思うけど、お兄ちゃんなんて言ってあげたの?」

 

 

 直葉の言う嬉しいこととは恐らく「親孝行する」といったときのことだろう。自分がSAOから解放されるまで両親に対しては閉鎖的な態度をとっていたから、これからは息子らしくここまで育ててくれた両親に精一杯のお返しをしようという気持ちを伝えたときだ。電話越しでわからなかったが……母さん泣いてたのか……。これはますます母さんたちに恩返ししていかないとなと、和人は再び想いを胸に秘めていた。

 

 

「ああ、ちょっと色々とな。スグもいずれきっとそういう気持ちになるときがくるよ」

 

「え……、ごめんお兄ちゃんが何いってるかよくわかんない……」

 

「あははは、今はそれでいいんだよ。さ、早いとこ段ボールの中身も片付けちまおうぜ」

 

「あ……う、うん……」

 

 

 何となくすべてを察しているであろう和人の顔を見て、直葉は解せない様子を見せていた。このあたりはやはり長兄である和人さながらであった。やがて桐ヶ谷家の大黒柱となるであろう貫禄が少しずつつき始めてきたというべきか。SAO事件で勉学が遅れていたとはいえ、和人は少しずつ逞しく成長していたのだった。血は繋がっていは居ないが、気が付けば峰嵩と翠が誇りに思うほど自慢の息子になっていたのだ。

 

 

――――――

 

 

 一方で寝室に連れてこられた木綿季は不安な表情を浮かべていた。母親にわざわざ別室に連れこまれて二人きりというこの状況、おそらく木綿季もこれから翠から何を言われるかは大体察しがついていた。人に怒られるなんてどれぐらいぶりだろう、最後に人に怒られたのは姉ちゃんがまだ生きてた頃だから……少なくとも二年以上なかったよね……。うぅ、お母さんやっぱり怒ってるよね……、あんだけ心配かけちゃったんだし……。

 

 翠は寝室に自分と木綿季が入ったのを確認すると扉をガチャンという音を立ててしっかり閉め、木綿季を自分の前に立たせて話を聞かせようとした。寝室はシンプルな構造で白く明るい壁にブラウンの色をしたクローゼット、部屋の窓際には大きいサイズのダブルベッドが置かれていた。峰嵩と翠は普段ここで寝ているのだろう。

 

 ベッドの横に立たされた木綿季は怒られるのかと不安そうにびくびくしていた。しかし翠はそんな木綿季に歩み寄ると無言で両手で包み込むように、優しくこちら側に寄せて木綿季の細い体を守るように柔らかく抱き締めていた。何の前触れもなく抱かれた木綿季は驚いていた。怒るどころか抱き締めてきた翠の行動に疑問の念を抱いていた。

 

 

「お、おかあ……さん……?」

 

「よかった……無事に帰ってきてくれて、本当によかった……木綿季……ッ」

 

「……おかあ……さん……」

 

「母さん、本気で心配したんだから……、もしも木綿季の身に何かあったらどうしようって、本気で……心配したんだからね……」

 

「おかあ……さん……ッ。ご、ごめん……なさい……ボク、ボク……」

 

 

 翠と木綿季は涙を流しながら互いを力いっぱい抱き締めていた。翠は本当に木綿季が怪我一つなく帰ってきたことが嬉しかった。この子の親としてこれからちゃんと接していけるか不安だったが、今目の前の少女はちゃんと自分を母親として見てくれている。そのことが何より嬉しかった。木綿季も木綿季で外から来た身だというのに、本当の我が子のように気を掛けてくれている翠に感謝の気持ちと、心配かけてごめんなさいという謝罪の気持ちも相まって、複雑でごちゃごちゃになったよくわからない涙を流していた。

 

 

「もういいのよ、母さんは木綿季が無事に帰ってきてくれたことが何より嬉しいんだから……。でももう……こんなことはしないでね……? 約束出来る……?」

 

「うん……うん……ボク、約束する……。もう二度とお母さんに……心配かけない……」

 

「……ありがとう、そう言ってくれると母さんも安心だわ……」

 

「本当にごめんなさい……」

 

 

 涙を流しながら母親の温もりを感じている木綿季に翠は優しく笑顔を送った。木綿季もそれに応えるように満面の笑みを翠に返した。もうこの二人の間柄は紛れもなく、本当の親子そのものであった。しばらくの間抱き合い、ぬくもりを感じていた二人はほどなくして時間が経つと、互いの体を離して抱擁を解いていた。

 

 

「そうだわ……指切りしましょうか、木綿季」

 

「指切り……うん! する!」

 

 

 翠から指切りをしようと言われた木綿季はかつてメディキュボイド越しに明日奈と交わした指切りのことを思い出していた。あの時は仮想世界の身体だったので直接は出来なかったが、退院した今なら現実の世界でちゃんと指切りを交わせられるのだ。木綿季と翠は右手の小指と小指をお互いにしっかりと絡ませ合い、嬉しそうに笑顔を見せあいリズムよく手を上下に振りながら、翠の音頭と共に指切りを交わしていた。

 

 

「ゆーびきーりげんまん」

 

「うーそついたらはーりせんぼんのーますっ」

 

「ゆーびきったっ!」

「ゆーびきったっ!」

 

 

 最後の言葉と共に指を切った二人はにこやかになっていた。やり方は少し古かったかもしれないが、昔さながらの親子同士の約束といった微笑ましい光景であった。指切りを済ませた木綿季と翠は絶えず笑顔で部屋のドアを開けて寝室を後にした。現在の時刻は14時過ぎ、一家の大黒柱である峰嵩は渋滞に巻き込まれ夜に帰ると言っていたので、今からでも仕込みは十分に間に合うはずだ。寝室を出た翠が扉をパタンと閉めると、先に部屋から出ていた木綿季が翠の方へくるりと体を回転させて振り返ると、両手を背中に回して上半身を傾けて翠に楽しそうに語り掛けた。

 

 

「お母さん、ボクね……お母さんのこと……大好き!」

 

 

 愛する娘からのストレートな気持ちを受け取った翠は、心が温かくなっていくのを感じていた。純粋無垢、天真爛漫な木綿季から贈られた言葉は、それだけで翠の心を満たしていた。翠はうっかり涙が出そうになりながらも、胸に手を当てて娘からの愛を受け止め、自分を好きと言ってくれた木綿季に精一杯の気持ちを込めて言葉を返した。

 

 

「ありがとね……母さんも木綿季のこと、大好きよ……」

 

 

 翠からの気持ちも受け取った木綿季は照れてるのか嬉しいのかわからないような表情になり「えへへー♪」と言葉を漏らしながら両手を左右に広げ、トントントンとリズムよくステップを踏みながらご機嫌で二階へと続く階段を登っていった。その姿を見守っていた翠はこの先の生活がもっと楽しくなるんだなと心を躍らせていた。三人目の自分の子供に心を一杯にしてもらった翠は、より気合を入れて今夜の晩餐の仕込みをするために、キッチンへと足を運んでいった。

 

 

「さてと、私も頑張らないとね……!」

 

 

――――――

 

 

 同日午後14:15 桐ヶ谷邸和人と木綿季の部屋

 

 

 一方で先に自室に戻っていた和人は一階の寝室で木綿季が翠に何を言われているか気になりながらも、自室のベッドに体を横たわらせ、脚をはみ出させながらスマホの画面をいじくっていた。なにやらLINEアプリで誰かとメッセージのやり取りをしているようだった。

 

 

[そうか……でもよかったね、木綿季ちゃんが見つかって]

 

[本当だよ……、でも今母さんに叱られてるっぽい]

 

[あはは、でも仕方ないんじゃないかな]

 

[あいつ……叱られ慣れてないから少しだけ心配だよ]

 

[……叱られるってのはいいことだと思うよ? 少なくとも僕はそう思う]

 

 

 和人のメッセージのやり取りしていた相手は昨日自宅へ遊びに来ていた恭二だった。恭二からの返信は早く、メッセージを送った5秒後にはもう返信の通知が来ていたほどだった。よほど電子機器の扱いに慣れているのだろう。和人は今日起こった出来事を半ば愚痴を吐くようにして恭二にメッセ―ジを飛ばしていた。スマホの画面越しなので恭二がどんな気持ちでメッセージを受け取っていたかはわからないがきっと苦笑いを浮かべながら見ていたのだろう。

 

 

[まあ……俺もそう思う。ところで……恭二のお父さんってどんな人なんだ?]

 

[……そうだね、一言で言えば褒めもしないし叱りもしない親、……かな]

 

[どういうことだ?]

 

[あ……そうだね、そしたらちょっと通話いいかな……?]

 

 

 恐らく文字同士のやり取りでは伝えづらいものがあったのか、恭二は声で伝えたいのか和人に通話が出来ないかと提案してきた。特に和人に断る理由はなく、すんなりと恭二からの提案を承諾するとこちら側から恭二のアカウントに向かって直接話をするために、通話機能を立ち上げた。少しの間呼び出し音が鳴り響くと、ポツンというサウンドエフェクトと共に『もしもし』という恭二の声が聞こえてきた。

 

 

「よう恭二、なんだか久しぶりな感じがするな」

 

『やあ和人、何いってんのさ、昨日ALOで遊んだばかりじゃないか』

 

「ははは、そうだったな。しかし恭二のアバターには驚かされたな。まさか女の子みたいな見た目をしているとは……」

 

『頼む和人、あのアバターの話はしないでくれ……』

 

 

 ケットシーの可愛らしい見た目をしたシュピーゲルのアバターの話を振ると、恭二はすっぱりと話を切ってしまった。やはりあのアバターのことは大分引きずってしまっている様子だった。和人は「お、おう」とだけ返事を返すと、「つれないなあ」と思いながらも話題を切り替えるべく、先ほど恭二から聞こうとしていた件について聞くために、もう一度話を切り出した。

 

 

「それで……、さっきの親父さんのことなんだけど」

 

『あ、ああ……そうだったね』

 

 

 恭二はスピーカー越しでも聞こえるような大きい溜め息を吐き出すと、ゆっくりと、淡々とした口調で自分の父親のことを和人に語り出した。自分がどういう教育を受けてきたか、どんな親子のやり取りを交わしてきたか、今までの父親との触れ合い全てを和人にぶちまけてた。

 

 

『父さんはね、僕ら兄弟が自分の後を継ぐのを当然と思ってるんだよ。それこそ自然現象のようにね、毎朝太陽が昇り、夜になると沈んでいくことと同じようにしか見てないんだ」

 

「…………」

 

『兄貴がSAOに囚われてからはより淡泊な人間になってったよ。やがて兄貴を見限ると、その期待の矛先は僕へと向けられた。成績を上げるのは当然だ、大学も医学部も進学して当然だっ……てね。幼い頃からそんな教育を受けてきた僕もそれが当たり前だと思って生きてきた』

 

 

 和人は無言で恭二のこれまでの生き様に耳を傾けていた。和人も今まで波乱万丈の人生を歩んできていたが、恭二も恭二で彼なりに険しい人生を歩んできたのだ。親がエリートというだけでその道を歩いていくのが当然というレールを敷かされて、その上を進んでいくしかない人生をひたすらに歩いてきたのだった。やりたいことがある恭二にとってはそれはそれは大変に窮屈な人生だったに違いない。

 

 

『でも僕はある日、ミリタリーと出会ったんだ。それからは勉強なんかそっちのけでミリタリーに夢中になったよ。そしてやがて……ある日に詩乃に声を掛けたんだ』

 

「……そうだったのか……」

 

『……君になら話してもいいかな……どうやって詩乃と出会ったのか……』

 

「……俺にならって……?」

 

 

 恭二は和人にどうやって自分と詩乃が出会ったかを打ち明けようとしていた。当時、誠自分勝手な気の持ちようで詩乃に近付き、彼女の事件に対する気持ちも考えないで接触した理由を、和人に全て打ち明けようとしていた。恭二は少しだけ深呼吸をすると自分自身を落ち着かせ、恐る恐る口を開き、ゆっくりと真実を和人に向かって語り出した。

 

 

『和人、僕ね……詩乃が人を殺したこと、もっと前から知ってたんだ……』

 

「……確かにそんな様子だったよな、あの時……」

 

 

 和人が言っているのは先日の出来事のことだった。和人の部屋で木綿季、恭二、詩乃の四人で集まったときに、詩乃が自分の過去の過ちの事を和人達に暴露した時のことだ。あの時恭二は詩乃を一度止めたのだ。過去のトラウマを外部に吐き出そうとしている詩乃を止めようとしていた。それはつまり恭二が詩乃の過去のことを知っているということを意味していた。

 

 

『うん。……あのね、あのね和人……僕さ、詩乃が人を殺していることを(・・・・・・・・・・・・・)知った上で彼女に接触したんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「な、なんだって……?」

 

『……前に言っただろ? 僕はドス黒いやつだって。僕は詩乃が銃で人を殺したことに興味を持って彼女に近付いた。全部自分で調べたんだよ、そして人を銃で殺した感触ってどんなものだったのかと聞こうとしたんだ』

 

「……恭二……」

 

『……軽蔑してくれて構わない、僕はそれだけの罪を犯したんだ……。詩乃の、彼女の気持ちも知らないで……、彼女がどれだけ苦しんでいるかも知らないで……!』

 

「…………」

 

『…………』

 

 

 和人は黙りこくってしまった、恭二からの告白に言葉を失っていた。そして和人は恭二が自分に何故このことを打ち明けたのかということを考えていた。今回恭二がぶちまけたことは人として最低の事だ、それは十分に理解していた。しかしそれでも尚和人にそのことを打ち明けたということは、心のどこかで和人を信頼しているからに他ならなかった。嫌われてしまうと思っていても、和人には全部打ち明けてもいい、そう思っていたからだった。

 

 

『これでわかったろ……僕は最低な人間なんだ。本当なら詩乃の隣に立つことなんて許されないんだ……』

 

「…………」

 

 

 電話の向こう側で恭二は泣いていた。自分を責めているからだけではない、怖かった。折角出来た友達である和人に嫌われるのが怖かったのだ。息を荒げ、声が震え、スマホを持つ片手にも力が入り過ぎてしまっていた。しかし、そんなことで和人は軽蔑などするわけがなかった。むしろ嬉しかった、自分から過去のことを打ち明けてくれたことが嬉しかった。恭二が自分のことを信頼してくれているからこそ、このことを打ち明けたことに気付いていたからだ。

 

 

「恭二、俺はそうは思わない」

 

『……え?』

 

「俺、ずっと恭二を見てて違和感を感じていたんだよ。シノンを見る目が……好きな人を見る目だけじゃないってね」

 

『…………』

 

「そういうことだったんだな……」

 

『……うん、それから僕は僕なりに……過去の罪を清算するために彼女の支えになることを何でもやった。トラウマを克服してもらうために銃の知識や歴史を教えたり、模型店とかガンショップにも一緒に足を運んだよ』

 

「……ああ……」

 

『それから詩乃のトラウマは……結果だけ言うと少しだけ克服出来てたみたいだった。以前出ていてような拒絶反応だとかパニック障害は起きなくなっていたんだ。僕はほっとしたよ、これで少しは彼女の力になれたのかなってね……』

 

「……それは恭二の頑張りのおかげだろ? 逆に恭二が力を貸さなかったら、シノンはトラウマを抱えたままだったかもしれないんだからな」

 

『……そう……なのかな……』

 

 

 和人と話を続けているうちに恭二の涙は引っ込んでいた。次第に呼吸も落ち着いてきており、冷静に和人と話が出来るようになっていた。声のトーンもだんだん明るくなってきており、和人と話が出来たことによって恭二も少しずつ心の引っ掛かりがとれたようだった。

 

 

「なあ恭二、このことはシノンには……?」

 

『……話してないよ。恐らく話したら僕らの関係は終わる。でも……僕はそれでも構わないと思ってる』

 

「おい……それは……」

 

『いいんだよ、それが罪を犯した僕に対する……償いになるのなら……』

 

「…………」

 

 

 重苦しい会話を交わしていた二人の間には、しばしの間無言の時間が流れていて、非常に気まずい空気となっていた。お互い言葉を交わさないままスマホを持っていると、和人の部屋の外から階段を登る音が聞こえてきた。恐らく木綿季だろう、翠と話を終えた彼女が部屋に入ろうと近付いてくる足音が少しずつ大きくなってきた。和人はこの件の事は恭二との間だけに留めるようにし、本人が詩乃に打ち明けるまで口外しないことを心に決めた。

 

 

「悪い恭二、木綿季が部屋に来ようとしてる、すまないが今日はここまでで……」

 

『あ……うん、ごめんね。色々聞いてもらって……ありがとう』

 

「いいんだよ。あと……君が過去にどんなことしたとしても、俺らの関係は変わらないよ、少なくとも……俺はそう思ってる」

 

『……和人……』

 

 

 恭二は本当にいい友達を持ったと心に感じていた。今までいじめにあい、高校も中退して気の合う友達なんてもう二度と出来ないと思っていた。でも色々な出来事が重なって再び和人という友人に恵まれた。そして自分の過去の過ちを聞いても俺たちの関係は変わらないと言ってくれた。恭二はこんな自分がここまで恵まれていいのだろうかと思い始めていた。……しかし、やっぱりこういうのは悪くないなとも感じていた。これが……友達、友情なのか……と。

 

 

『ありがとう和人、本当にありがとう……』

 

「構いやしないさ、今度また遊ぼうぜ。現実世界でも仮想世界でも……な」

 

『……うん、また今度……是非』

 

「んじゃあ切るよ、またな……恭二」

 

『ああ……またね、和人』

 

 

 和人は恭二と別れの挨拶を済ませると、スマホ画面に表示されている通話終了のアイコンをタップし、電源ボタンを短く推してスマホをスリープ状態にして傍らに置いた。部屋の外から聞こえてくる足音は段々大きくなり、部屋の扉の前まで来たであろうタイミングでピタっと止まった。すると今度は「コンコン」と扉をノックする音が聞こえてきた。和人が「いいぞー」と返事を返すとドアノブが捻られ、扉を開けた木綿季の姿が現れた。

 

 

「戻ったよ、和人」

 

「ああ、おかえり。……怒られたか?」

 

 

 木綿季は扉を閉めるとゆっくりと歩を進めて、和人が腰かけているベッドのすぐ横に同じように腰を落ち着けた。その様子からは怒られたのかどうかを判断するには少しばかり難しい雰囲気が漂っていた。切ないような、嬉しいような、そんな表情が見て取れた。

 

 

「んと、怒られはしたんだけど……抱き締めてもらっちゃった」

 

「……そうか……」

 

「あったかかったな……お母さん……」

 

「……よかったな……」

 

「……うん……」

 

 

 木綿季は漸く肩の荷がおりたのか、だらしなく和人と同じ姿勢でベッドに体を横たわらせていた。じーっと白い天井を見つめ「ふぅ……」と大きく息を吐き出していた。退院してからの木綿季の毎日は良くも悪くも一日一日が濃く、充実していた。やっぱり仮想世界とは違う、いろいろ大変なこともあるけどこれが現実世界なんだ。「生きてる」って感じが全然違う。木綿季は改めて、この現実世界で生活していくことの大変さと、楽しさを同時に感じ取っていた。

 

 二人のいる自室は非常に静かだった。家の外を走っている車の走行音や犬の鳴き声、鳥の鳴き声が窓からかすかに聞こえてくるぐらいだった。お互い疲れていることもあり、この時ばかりは中々に会話が弾む様子もなかった。二人はやがて目を閉じて疲れた体を休めていた。しかし互いの手は握られており、互いの温もりだけはしっかりと感じ取っていた。

 

 

「あのね、和人……」

 

「……何だ?」

 

「お母さんがね、ボクのこと……大好きだって……」

 

「……俺も大好きだぞ、木綿季のこと」

 

「……うん♪」

 

「……ふふっ」

 

「ボクね、今日一日で感じたことがあるんだ」

 

 

 木綿季はうっすらと閉じていた目を開けて、天井を見つめながら左手を空に向かって真っすぐ伸ばし、何もない空間を掴もうと掌を開けたり閉めたりといった動作を続けていた。和人はそんな木綿季を半分瞼を開け、右腕を額に当てながら木綿季は一体何をしているんだろうと思いながら、じっと見つめていた。しばらく見守っていると手の動作をやめた木綿季が今度は胸に手を当てて目を閉じて、胸に思っていたことを静かに語り出した。

 

 

「ボク……本当に色んな人から愛されてるんだなって……やっと実感してきたんだ……」

 

「……ああ、そうだな」

 

「和人だけじゃない、明日奈もお母さんも直葉も……倉橋先生もボクのこと愛してくれてる。SAOやALOの皆も、ボクにたくさんの愛をくれてたんだね……」

 

「……それはな、皆も木綿季に色々なものをもらってるからだよ」

 

「え……ボクが……?」

 

 

 木綿季は首だけ和人の方に向けると、自分が皆に何をしてあげていたのかということを考えていた。実のところ、何をしたわけではない。病気を治してもらったり受け入れ先を用意してもらったりと、むしろもらってばっかりじゃないか。ALOでやったライブの影響で救われた命があったとはいえ、元はと言えば自分の病気を治すため、そして支えてくれた和人の気持ちに応えるためにやったに過ぎない。与えられてばかりで自分からは何もあげられていないじゃないか、そんなボクが一体皆に何をあげたんだろう……?

 

 

「ボク、何もあげてないよ……むしろしてもらってばかりだよ……」

 

「そんなことない、お前は気付いてないだろうが普段から皆お前からたくさんもらってるんだぞ?」

 

「……えっと、和人が何を言ってるかわからないよ……」

 

「あのな、今までどれだけ皆がお前の明るい前向きな行動に助けられてきたと思う?」

 

「え……?」

 

「重たい病気を抱えながらも、真っすぐに前だけ見て走り続けたお前のひたむきな姿勢に、皆心を動かされてたんだ。……俺もその一人だよ」

 

「……かずと……」

 

「そんな木綿季が、皆大好きなんだ。……無論、一番好きなのは俺だけどな……」

 

「ばっ……ばか……、和人ってばもう……」

 

 

 いつもながら自分への気持ちを直球ド真ん中で投げ込んでくる和人のまっすぐな気持ちの表れに、木綿季はどぎまぎしてしまっていた。いつも何の前触れもなくいきなり来るからだった。不意打ちにも近い和人からの気持ちは正直嬉しいが、もうちょっとタイミングというか場の空気を読んで発言してほしいものだと思う木綿季であった。

 

 

「ボクだって……和人のこと一番好きなんだから……」

 

「……ありがとな、木綿季」

 

「……えへへ……♪」

 

 

 和人と木綿季が二人の世界に入り浸っていると時計の針が14時半を回ろうとしていた。流石に家族五人全員分の晩餐の用意を翠と直葉だけに任せっぱなしにするわけにもいかず、二人は時計で時間を確認するとゆっくりと体を起こして、大きく伸びをすると仕込みの手伝いをするためにキッチン目掛けて足を運ぼうとしていた。

 

 

「……さ、ここでサボっているわけにもいかないな……。手伝いに行こうぜ、木綿季」

 

「あ……、うん! 行こっ♪」

 

 

 和人が先にベッドから体を離すと、木綿季も後に続くようにしてとてとてと和人を追いかけていった。階段を足踏み揃えて降り、後から遅れてキッチンにやって来た和人達に直葉は「おそーい!」と不満げな表情を漏らして不機嫌になっていたが、木綿季も積極的に「ボク直葉のお手伝いするー!」と手伝いに参加する意思を示すと「一緒にやろうよ!」とすぐにご機嫌になっていた。やはり女の子同士だと気が合うところがあるのだろう、野菜を切ったり鳥つくねを作るためのひき肉を一緒に混ぜ混ぜしたりと、姉妹らしく仲良く晩御飯の仕込みを進めていった。

 

 

「ひき肉……すごい量だねー!」

 

「うん、これもお父さんの大好物なの。……まあ、あたしも好きだけどね〜」

 

「つくねはボクも大好きだよー!」

 

「あははは! ……それじゃあ木綿季、気合いれてねろう!」

 

「うん! よーし……やるぞー!」 

 

 

 木綿季と直葉はそれぞれ別の銀色のボールに入れられたひき肉を一生懸命にねりこんでいた。左手でボールを押さえ、利き手の右手で掴んだりかき回したり持ち上げて叩きつけたり、粘土遊びのように楽しそうに力を込めてひたすらにねりこんだ。かき回すたびに味付けに入れられた生姜醤油とみりん、つなぎの小麦粉の香りが漂い、既に木綿季達の食欲をそそっていた。

 

 翠は三人の子供たちへの指示を休まず飛ばしていた。和人は使う食器をテーブルに並べたり、しゃぶしゃぶ用の肉を皿に盛り付けたりと自分で出来る範囲の手伝えることを積極的にやってこなしていた。直葉は木綿季にひき肉を任せると包丁で先入れする白菜や水菜、葱や大根といった野菜を切り、それらを出し汁が入れられた鍋にどんどん入れていった。豆腐やはんぺんなども、食べいいサイズに切り分けると、それもどんどん投下していった。桐ヶ谷のキッチンには美味しい香りが充満していった。

 

 仕込み作業を手伝いながら、木綿季はかつて横浜の実家の庭で両親と藍子との四人で、楽しくバーベキューをしていた時のことを思い出していた。あの時も材料を串に刺したりして簡単な手伝いをしていた。あの頃の楽しさと同じだ、こうして家族揃って同じ目的のために色々やっていくことが実に楽しい、家が変わってもそれだけは変わらない。

 

 全員がいそいそと黙々と作業をこなしている中で、木綿季は実に楽しそうにこの時間を楽しんでいた。作業の一つ一つが楽しい、ちょっと失敗することもあるけどそれも含めてすっごく楽しい、こういう時間がもっとこの先増えないかなと思っていた。今は簡単な作業しか出来ないけど、ゆくゆくはお母さんにきちんと料理を教えてもらいたいな、そして皆に食べてもらいたいな。特に……和人に食べてもらいたいな……、喜んでくれるかな……?

 

 

「楽しそうだな、木綿季?」

 

 

 テーブルにカセットコンロを設置していた和人が楽しそうにひき肉をねり込んでいる木綿季に笑顔で声を掛けた。木綿季は和人にキラキラした眩しい笑顔で「うん! すっごく楽しいよ!」と返事を返した。そのやり取りを近くで見ていた翠や直葉にも思わず笑顔が溢れていた。木綿季が家族として迎え入れられて以来、桐ヶ谷家は以前よりも笑顔が飛び交う機会が増えていた。木綿季の明るさと純粋さが桐ヶ谷をよりいい方向へと導いていたのだ。

 

 木綿季が夢中でひき肉をねり込んでいると、既に仕込みはほとんど終わりに近づいており、テーブルには食器や食べる直前に入れる野菜やお肉が並べられて、彩り豊かで見ているだけで楽しい光景となっていた。木綿季が手掛けているひき肉もいい具合に仕上がってきており、翠が横からボールに手を突っ込み粘り具合を確認すると「うん、いい感じだわ」といい仕事をした木綿季を賞賛していた。褒められた木綿季は照れ臭そうに、そして嬉しそうに「えへへ♪」と笑いながら人差し指で鼻の頭をこすっていた。

 

 しかし利き手である右手の指でこすったために、指にひっついていたひき肉が少しだけ、木綿季の鼻の頭の先っちょにくっついていた。その面白おかしい木綿季の顔を見て、和人ら三人の間に笑い声が飛び交っていた。何で笑われてるかわからない木綿季だったが、ご機嫌だったこともあり皆につられるように当人も笑っていた。そして濡れタオルを持ってきた和人に顔を拭いてもらうと、更に笑顔になっていった。

 

 

「さあ木綿季、一緒にこうやってつくね団子にしていきましょう」

 

「あ……う、うん!」

 

 

 翠がお手本とばかりに手慣れた様子で両手で直径3センチほどの大きさのつくね団子を作ってみせると、木綿季は「ほえ〜」と声を漏らしながら関心していた。右手でひき肉をすくい上げ、翠の見様見真似でつくねの形を作っていった。幼い頃にお婆ちゃんと一緒にお団子を作っていたこともあり、見事な円を描いた綺麗な形をしたつくね団子になっていた。

 

 

「木綿季いい感じよ、すっごく上手だわ」

 

「えへへ、昔お婆ちゃんと和菓子作ってたから……こうゆうのは得意なんだ〜♪」

 

「あらそうなの、それじゃあつくねは木綿季に全部お願いしようかしら?」

 

「う……うん! ボク、頑張る!」

 

「ええ、お願いね? あの人も喜ぶと思うわ」

 

「ホント!? よーし、それじゃあもっと頑張る!」

 

 

 それから木綿季はひたすらに夢中で鶏つくね団子をこしらえていった。あまりにも夢中になりすぎて何個かいびつな形のつくねが出来てしまっていたが、本人は楽しそうに次から次へとつくねを作っていった。自分の手掛けたつくねをお父さんに食べてもらえる、そう思うだけで心がうきうきしてきた。

 

 早くお父さん帰ってこないかな、ボクが頑張って手伝ったこのキラキラしたお料理を食べてもらいたいな。そりゃボクが中心になって作ったわけじゃないけど、ボクだって頑張って手伝ったんだもん。この鳥つくね団子だって頑張ってねりねりして作ったんだもん! 気持ちがこもってるんだもん! お父さん食べてくれるかな……食べてくれたら嬉しいな……。

 

 




 
 ご観覧、ありがとうございました。次回、いよいよ桐ヶ谷家の大黒柱の峰嵩さんが数ヶ月ぶりに帰宅するのですが、確か峰嵩さんって公式でもイラストどころか名前しか出てこないキャラでしたよね? 一体どんな見た目にしたらいいんだろうか……、個人的にはデスノートに出てきた夜神総一郎みたいな見た目なんじゃないかと勝手に想像しております。

 何はともあれ、これで次回で桐ヶ谷家の人間が完全集結するわけですね、私も書いててちょっと楽しみであります。それではまた59話でお会いいたしましょう!

 新年のあいさつは……我らがアイドルのこの方にお願いいたします。



【挿絵表示】

 
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。