ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんばんは、大変にお待たせをいたしました。今回でハロウィン編完結致します。長かった……、そして今回の53話自体も長いです。途中で集中力が切れて文脈おかしくなっている部分があったらごめんなさい。全然シーズンじゃあないですがハロウィン編のフィナーレ、どうぞご覧ください。ボス戦のクライマックスは宮崎渉さんのBRAVE HEARTを聴きながら読んでいただくと雰囲気が増すと思います。

 追記です。今回一部の挿絵が怖いかもしれませんので、一応注意してご覧ください。
 

 


第53話~小さな出会い~

 西暦2026年10月31日土曜日 午後20:43 世界樹の街アルン中央広場

 

 

 シノンとシュピーゲルをパーティに加え、総勢八名の大人数となったスリーピング・ナイツのメンバー一行は、キリトを先頭にいざハロウィンクエストに挑戦するべく、老紳士風のNPCに話し掛けていた。NPCの服は全身ボロボロなので、老紳士というよりは浮浪者風の見た目であったが、話し掛けなければクエストが始められないのでしょうがなく、キリトはそれっぽいワードで話しかけてみた。

 

 

「えっと、お爺さん……何か困ってることあったりしませんか?」

 

 

 キリトはこちらにクエストをよこしてくれるよう、困りごとがないかどうか発言してもらうような話し方でNPCに声を掛けた。妙に不自然な会話風景に見えるが、相手はあくまでもNPCなのでキーとなるワードを用いて話し掛けないと、ただ単に世間話で終わったり、下手すると会話すら発生しないこともある。いくらNPCとは言え、外見が人の姿をしたものに話しかけて無視されるとなると、結構心にくるものがある。

 

 キリトに声を掛けられたNPCはギュルンと勢いよく首をキリトの方に曲げ、甲高い声でキリトにプログラムで組まれている返事を返した。その語り方を見る限りは本当に困っているのかどうか疑問だが、それを言ってしまえば元も子もないのでここは黙っておこう。

 

 

「若者よ……、このワシの悩みを聞いてくれるというのかい? ケケケ……」

 

「え……ええ……、何かお悩みならご相談に乗りますよ」

 

「そうかそうか……感心な若者じゃ……、では……聞いてくれるかのぅ……ヒヒヒ……」

 

 

 老人はいかにも、といった口調でニヤケ顔で所々奇妙な笑いを挟みながら事のあらましを話し始めた。ただでさえ近付くのが嫌なアスナ、シウネー、ノリは想像通りの話し方に更に距離を置いて引いていた。どうやら女の子にとって、この爺さんの風貌は生理的に無理なものがあるらしい。何故ユウキは平気なのが気になるところだ。

 

 

「実はのう……、わしはこう見えてもこの地に屋敷を持つ大金持ちの伯爵でな……、今は隠遁している身で、余生をのんびりと過ごしておったのじゃよ。……しかしじゃな……」

 

「……しかし……なんですか?」

 

「数週間前から化け物が住みこんでしまってのう……、家中荒らされ、大事な物は盗られてしまい、すっかり荒れ果ててしまった……、そこでなんじゃが……」

 

 

 老人が一区切り話し終えると一旦会話イベントが終わり、老人の頭の上に電球のようなマークのアイコンが光り輝いていた、どうやらもう一度話しかけてフラグを立てないといけないようだった。

 

 

「……イベントNPCの割には微妙に面倒くさいな……、もう一回話し掛けろってか……」

 

「まあまあ、そう言わずにもう一回話し掛けてみなってば」

 

 

 ユウキにそう言われるとキリトは渋りながら引き続き老人NPCとの会話を再開した。普通この手のイベントNPCは一回話し掛ければそのままストレートにイベントまで突入するのがデフォルトなのだが、何故か今回は一旦会話イベントが終了し、もう一度話し掛けなければならないという地味に面倒くさい仕様となっていた。このNPCの見た目といい一々面倒だったりと、まるでプレイヤーをイラつかせるようなイベントである。

 

 その後も一々セリフに「キキキ」だとか「イヒヒ」という不気味な笑い声を挟みつつ、老人はキリト達に長くて一々くどいクエストの説明を続けた。要約するとこういうことだ。

 

 老人の住んでいる屋敷が化け物に占拠され、好き放題荒れ放題にされてしまっている。だがわしに奴らを追い出す力はない、そこに君たち若い妖精の冒険者が現れた。これはきっと運命的なものに違いない、報酬も出すから是非君たちの力で化け物を屋敷から追い出してほしい。

 

 とまあどこでも聞いたことのあるようなシンプルな 内容のクエストだ。まあイベント専用なのであまりにも複雑にしてもクリア出来なかったりそもそも受注する気が失せたりするのでこれぐらいのシンプルさと理解しやすさが丁度いいというものだ。しかしそれなら一々二度話し掛けないといけなくしたりなんて面倒くさい仕様にしなければいいのにと、キリトは若干の憤慨を感じていた。

 

 

「……以上じゃ、何か質問があれば受け付けるが…ククク……」

 

「いえ、大丈夫です。待っててください、すぐに退治してきますから」

 

 

 キリトが一しきりの会話イベントを終えると、目の前にクエストウィンドゥが表示された。内容は≪QUEST:Hallowe'en Questが開始されました≫ これでようやくハロウィンクエストが始まったようだ。キリトはようやく受注したことを確認すると、疲れたように溜め息を吐き出していた。

 

 

「……まだクエストが始まってもいないのに疲れたぞ……」

 

「お……お疲れ様……キリト……」

 

「あのお爺さん……話が長いっていうか……一々笑うからテンポ悪くて話が中々前に進まないって感じだったね……」

 

 

 ユウキとアスナがキリトに対して労いの言葉を掛けていた。それぐらい爺さんの話は遠目に聞いていても疲れるものだった。何もここまで現実の爺さんみたいに話を長引かせなくてもよかったのにと、キリトは思っていた。しかしこれでようやくクエストに進めるというものだ。キリトは爺さんから渡されたイベント専用転移結晶をストレージから取り出し、早速イベント用の屋敷に転移しようと手を掲げた、しかしそこで老人が突如キリトに向かって声を掛けた。

 

 

「気を付けなされよ、奴らは一筋縄でも二筋縄でもいかんぞ……ケッケッケ、幸運を祈る……」

 

「……意味深なことを言う爺さんだな……、会話イベント終了後だってのに……変なNPCだな……」

 

「……気にすることないぜキリトさん、さっさといこうぜ」

 

「あ、ああ……そうだな……時間もなくなっちまうし……いくか」

 

 

 爺さんの最後の意味深な一言が気になった一行だが、さっさとクエスト受注時間までにクエストフィールドにいかないと転移が出来なくなってしまうので、そそくさと移動を開始した。爺さんの一言は確かに気になるが、まあクエストを受けてみれば自ずとわかるだろう。キリトは全員が一ヵ所に集まっていることを確認すると今度こそ転移結晶を空高く掲げた。

 

 

「転移! ハロウィンダンジョン!」

 

 

 キリトが転移の言葉を口にすると、八人の体は青白い光に包まれ眩しい光と共にアルンの街から姿を消した。その光景を見ている風に佇んでいる爺さんNPCは、相変わらずひたすらに不気味な笑みを浮かべていた。まるでこのクエストには裏があるような、そんな可能性をも窺わせる仕草だった。

 

 

――――――

 

 

 

 同日同時刻 ハロウィンイベント専用ダンジョン 伯爵の屋敷

 

 

「おわ……こ、これはいかにもな場所だな……」

 

「……ボ……ボク……帰っていいかな……」

 

 

 一行が目の当たりにしたのは、とてもお金持ちの爺さんが現在進行形で暮らしている……、いや荒らされたという設定だから一応過去形なのだろう。お金持ちがついこの前まで住んでいたとは思えないように荒れ果てていた。どうみても家主が屋敷を去ってから何年かは経っているような朽ち果てっぷりだった。周りの時間が夜の闇に変わっていることもあり、屋敷の気持ち悪さに拍車がかかっていた。

 

 屋敷は18世紀頃の欧州の貴族が住んでいるような立派な屋敷ではあったが、化け物が住んでいるという設定に相応しく、木材で出来た箇所は所々ボロボロになっており、いたるところに穴が空いていた。窓ガラスも全て割れたりひびが入っていたり、完全に埃で中が見えなくなっている箇所も見受けられた。この屋敷の先祖のものかは定かではないが、屋敷の左右には石で出来た苔だらけの墓が立てられており、その周辺に生えている草木も枯れ果てていた。更にその枝にはカラスがカァカァと不気味な鳴き声をあげながら、パーティ一行に視線を送っていた。

 

 結構こういったハロウィンイベントにありがちな勘違いなのだが、そもそもハロウィンというのはかつて古代ケルト人が毎年10月31日に秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す為の宗教的な意味合いが強い行事であった。しかし近年になり主にアメリカで民間のお祭りとして定着し、子供がお化けやモンスターの仮想をして近所を回り、お菓子をもらう風習として世界的に有名になっていた。

 

 そしてこのオンラインゲームが充実しているこの現代、この時期になると必ずと言っていいほどハロウィンイベントが用意されている。ゴーストやゾンビなどのアンデッド系のモンスターと戦ったり、幽霊の悪戯を搔い潜ってクリアするといった内容で、ハロウィンはゲーム業界にもすっかり定着していた。そこにかつての豊作を祝うための面影はどこにもなく、かろうじてパンプキンに農作の要素が少しだけ窺えるだけ、といった具合になっている。従来の悪霊を追い払ったり、退治するという意味合いでは、アンデッドモンスターを倒すことに相違はないのだが。

 

 一行は屋敷の外の不気味な雰囲気に若干の不快感を覚えつつも、少しずつ歩を進め、屋敷の扉に手を掛けた。屋敷の扉は両開きになっており、淡い色のマホガニー調の木材で出来ていた。しかし全体的によく見ないと分からないぐらいに朽ちており、金で出来たドアノブには嫌がらせのように蜘蛛の巣が張っていた。握れば絶対に蜘蛛の巣ごと触ってしまう。キリトは微妙な表情をしながらドアノブに手を掛けて、金属が錆び付いているような抵抗感を覚えながらも捻り、ゆっくりとドアを開けた。

 

 キリトが一度ドアを開くと、キキィという耳に不快感を与えるようなSEを響かせながら、手を掛けてなかった方のドアも一緒にゆっくりと開いていった。その発せられた音に不快感を覚えたユウキはとっさにキリトの背後に隠れた。その様子を、ここにいるメンバー全員が見逃さなかった。あの絶対無敵を誇る絶剣が、大衆の面前で華麗に儚く元気に歌う絶歌が、扉の物音ひとつでたじろき、恋人であるキリトの背後に逃げるようにして隠れたのである。異常にべったりとくっつかれているキリトはそれが気になり、背中にいるユウキに対して質問を投げかけてみた。

 

 

「……ユウキ、もしかして怖いのか?」

 

 

 キリトが直球的なまでの質問をすると、ユウキは途端に目を丸くし、視線を泳がせ、手をパタパタとさせて「そそそそそそんなことななななないよ!!」と必死に誤魔化そうとしていたが、誰が見ても嘘であることはバレバレであった。そう、ユウキは昔から幽霊やお化けといったものが大の苦手であった。アンデッド系のMOBは平気で容赦なく斬り捨てていくというのに、普通の幽霊やお化け、都市伝説といった要素に対しては恐怖を覚えていたのである。

 

 そんな怖がっているユウキに対する反応は様々なものであった。アスナとジュンとノリは愉快そうに駆け寄ってユウキの反応を面白がり、シウネーとシュピーゲルは怖がるユウキを心配そうに見ており、シノンはその賑やかなやりとりをやれやれといった様子で見守っていた。

 

 ユウキ本人もイベントダンジョンがこんなにもおどろおどろしい場所とは思わなかったらしく、委縮してしまっていた。去年のハロウィンイベントはもっとコミカルでファンタジーなイベントだったので、今年もその類のものだと思っていたのだろう。ところがどっこい、今年のイベントはこれでもかというぐらいにホラー要素満載の泣く子がさらに泣いて帰る仕様となっていた。

 

 

「ボ……ボク帰るうぅぅッ!!」

 

 

 メニューを必死に捜査してログアウトしようとしているユウキの左手を、アスナが満面の笑みでムンズと鷲掴みにしてログアウトを阻止した。どのみちアスナが阻止しなくてもダンジョン扱いなのですぐにはアバターがログアウト出来ない仕様となっている。いやしかしプレイヤーの意識は現実へと戻るのであるからして、実は正解だったのかもしれない。

 

 アスナの笑顔には「帰さないわよ?」と書かれており、絶対にユウキをここから逃がさないといった強い意思が見て取れた。するとノリがアスナの援護に入り、ユウキを羽交い絞めにしてしまっていた。そこには絶剣、絶歌、ギルドリーダーとしての威厳は全く感じられず、ただのか弱い女の子としてのユウキがいた。実際、現実世界に帰ればか弱い女の子なのだが。

 

 

「やだあぁぁぁ!! 離してええぇぇぇ!! ログアウトさせてえぇぇぇッ!!」

 

「ダメに決まってんだろ!? クエスト始める前にあんなに粋がって絶対に成功させようとか言ってたじゃないのよ!」

 

「全くだぜ! ギルドリーダーが一目散に逃げ出そうとしてるんじゃねーよ全く!」

 

 

 ユウキはアスナ、ノリ、ジュンの三人に包囲され、完全に逃げ場を失っていた。そこまでになるほど嫌だというのだろうか。羽交い絞めにしているノリの方がユウキよりSTRが高いためか、どんなにユウキが暴れてもノリの腕を振り払うことが出来ないでいた。暴れていたユウキも次第に諦めたのか、徐々に大人しく……というよりはしおらしくなってしまい、大きく肩を落として地面に膝をつき瞳に涙を浮かべていた。そんなユウキにキリトは駆け寄って、ユウキと目線の高さを合わせるぐらいまでかがみこんで、優しく声を掛けた。

 

 

「ユウキ、大丈夫か?」

 

「キリトぉ…うう~……」

 

「幽霊とかお化けとか、苦手なのか?」

 

 

 ユウキはキリトの声掛けに対して、無言でウンと頷いた。その様子からは本当に心から怖い、苦手だという気持ちが見て取れ、他のパーティメンバーもちょっとだけいたたまれない気持ちになっていた。その中でもシノンは特に複雑な表情を浮かべていた。誰にでも苦手なものがあるということを、この中で一番よく知っているからだ。ユウキはノリの羽交い絞めから解放されており、力なく女の子座りでペタンと地面に座り込んでしまっていた。

 

 

「誰にでも苦手なものはあるさ、ユウキが苦手だっていうのなら俺が全力でフォローするよ」

 

「……でも……怖いものは……怖いんだもん……」

 

 

 一向に屋敷の中に入りたがらないユウキを見て、キリトはユウキの肩を掴んで、ゆっくりと立ち上がらせてあげた。ユウキは最初はフラっとしたが、すぐに自分の力だけで立っていた。両手を自分の胸に当て、本当に困ったといった表情でキリトに視線を送っていた。そんなユウキの頭をキリトは優しく撫でて励ました。

 

 

「でも俺はユウキと一緒にこのクエストをクリアしたいな」

 

「……でも……無理だよう……」

 

「……そうだな、ん~……それじゃあこうしよう」

 

 

 キリトはもう一度ユウキの両肩に両手をポンとあて、力強くユウキに元気を注入するかのように、頼れる言葉を投げかけた。

 

 

「ユウキは戦わなくていい、俺の後ろで付いてきてくれればいい。それなら……いいか?」

 

「え?……えっと……でもそれじゃあボクだけサボってることになっちゃう……」

 

「しょうがないさ、どうしてもユウキの力が必要な場面になったら……その時に要請するよ。とりあえず当面は戦わないで後ろで付いてきてくれ。みんなもそれで構わないか?」

 

 

 キリトがユウキ以外のメンバーに話を振ると、メンバー同士の視線が一瞬「どうする?」といった感じになったが、本気で怖がってるユウキの姿が再度視界に入ると、全員揃って「やれやれ」といった表情になり、キリトからの提案を承諾した。その中からシノンが一歩出てきてユウキに歩み寄り、頭にポンと手を当てて優しい表情で声を掛けた。そのやり取りはまるで、お姉ちゃんが可愛い妹を励ますかのような微笑ましい光景に見えていた。

 

 

「ユウキ大丈夫よ、私達全員が全力でサポートするから……安心して後方にいてちょうだい?」

 

「シノン……」

 

「……まーったく、しょうがないヤツだぜ、うちのリーダーは……。せいぜい安全圏にいてくれよ? リーダー」

 

「しかし意外ね、ユウキがお化けとか苦手だなんて……ウフフ♪」

 

「うう……ごめんね……」

 

 

 ユウキの意外な弱点にスリーピング・ナイツのメンバーは意外そうな表情を浮かべていた、しかし驚きながらもその顔には微笑ましさも見て伺えた。絶剣と呼ばれていても、やっぱりユウキは普通の女の子なんだなと。普通に恋して、普通に笑って、普通に怖がって、ALOに知れ渡っているイメージとは程遠いが、実にユウキといえばユウキらしい可愛らしいものだ。

 

 とりあえずの話はまとまり、一行のフォーメーションはこうなった。先陣をアスナとノリ、次陣目にジュン、シウネー、参陣目にシュピーゲルとシノン、最後尾にキリトとユウキという陣形となった。

 

 本当はバランスを考えたらシウネーとシノンが最後尾なのが好ましいのだが、シュピーゲルはルーキーなのでシノンが付き添い、ユウキは怖いので最後尾でキリトにくっついて進んでいくことになった。まあこの中でも反応速度が速い部類に入るアスナとトレジャーハントが得意なスプリガンであるノリが先陣を切っていけば、MOBの強襲もトラップも難なく突破できるだろう。

 

 

「オース・ナーザ・ノート・ライサ・アウガ」

 

 

 キリトは暗闇でも視界がクリアになる闇属性の暗視魔法をパーティ全体に掛けた。本来なら光源の少ない洞窟や迷宮区で活躍する魔法である。全種族でもスプリガンしか使えないため、存在を忘れられている魔法の一つである。

 

 

「これで少しだけ見えるようになったぞ」

 

「ありがとうキリト君、それじゃあ……入るわよ……」

 

「あれ? そういえばアスナ……、アスナもアストラル系の敵とか苦手じゃなかったっけか?」

 

「あ……うん、確かに苦手だったんだけど……ユウキの怖がりようを見てたら……なんか平気になったみたい」

 

「ちょっ……ちょっとアスナぁ〜!!」

 

「あはは! ユウキゴメン、ゴメンって! 冗談だから! 冗談!」

 

「……ぶー……」

 

 

 アスナがユウキに冗談をかましながら屋敷の扉をくぐった。中の様子を警戒し窺いながら慎重に歩を進めていると、天井からぶら下がっていた蝙蝠がキキキィという鳴き声を上げながら翼を羽ばたかせて屋敷の入り口から屋外へと飛び去っていった。そのうちの一匹がユウキの顔の真横を通り抜けていき、ユウキは咄嗟に悲鳴を上げてキリトの腕にしがみついた。

 

 

「ひっ……」

 

 

 ユウキは目を瞑り、両手を使ってがっちりとキリトの腕にしがみついていた。体全体が震えてしまっており、腰が抜ける寸前になってしまっていた。蝙蝠一匹でこれならば、一体全体この先どうなってしまうのだろうか?

 

 

「ユウキ、大丈夫か?」

 

「……うぅ、キリトぉ……」

 

 

 ユウキは涙目+上目遣いでキリトの顔を見つめていた。ユウキにしっかりと腕を掴まれているために、キリトの方も思うように体を動かせないでいたが、キリトは迷惑そうな顔一つせずに、恋人の状態を心配していた。流石キリトである。

 

 

「んじゃあ……私とノリが危険を確認しながら進むから、みんなはその後についてきて」

 

 

 アスナがパーティに指示を送ると、一行は頷いて、アスナ達の後に続いて歩いていった。今アスナ達がいるエントランスは吹き抜けになっており、天井には豪華なシャンデリアが吊るされていた。しかしこのオンボロ屋敷に相応しく、装飾はほぼ全て割れてしまい、埃と蜘蛛の巣がくっついており、その蜘蛛の巣には現実世界では見掛けないような外見の蜘蛛が這っていた。

 

 一階部分は小さい扉が四つと中央に巨大な木製の両開きの扉。二階にも小さな扉が四つあるが、そのうちの一つは破壊不能オブジェクトの瓦礫で塞がれており、実質三つという構成となっていた。どこの床も所々穴が空いており、踏んだだけで突き抜けてしまいそうな箇所も見受けられた。テッチやエギルなら歩くだけで全ての床が抜けてしまいそうだ。

 

 一行はまず、一階部分の部屋から探索を行うことにした。何が起こるかわからないため分担などはせずに、一つ一つの部屋を全員で片っ端から虱潰しに調べることにした。というのは建前で、一人でも誰かがいなくなるとユウキが更に怖がるため、全員一緒に行動するということでまとまった。アスナは先陣を切ってまず一番左側にある扉から調べ始め、ドアノブに手を掛けた。

 

 

「……あれ、このドア開かないわ。……鍵がかかってるのかしら……?」

 

「鍵……か、もしくは絶対開かない設定になってるってことも考えられるわね」

 

「……確かにそうだね、だとしたら何かどこかでフラグを立てないといけないのかな」

 

 

 アスナ、シノン、シュピーゲルの頭いい三人組がこの屋敷がどういう仕掛けなのかと思考を巡らせていた。アスナの言う通り鍵をゲットして開けないと入れないのか、はたまた見てくれだけで本当に開かないのか、イベントをこなさないといけないのかと、一通り考えられる可能性を挙げた。しかしまだ手がかりが少なすぎるため、一行が隣の部屋の扉を調べようとした、その時である。

 

 

「!! アスナ! 真上だ! 何かが潜んでいるぞ!!」

 

 

 索敵スキルを全開にしていたキリトが、アスナの真上にエネミーの気配を察知していた。敵が迫っていることを周りに知らせると全員一斉に武器を構え、天井にいるであろう敵に備え、臨戦態勢を取っていた。ただ一人ユウキを除いて。

 

 

「ユウキ! 俺の傍を離れるなよ!」

 

「う……うん……」

 

 

 流石に手が使えないとまずいのか、ユウキはキリトの腕から手を放し、代わりにキリトの背中に身を潜めていた。このままでも十分にキリトは動きづらそうにしていたが、ユウキを守れるように二刀を構え、360度どの方向から襲撃されても対応出来るように態勢を整えていた。

 

 

「……暗視魔法を掛けてるのに……暗くて全然見えないな……何が潜んでいるんだ……?」

 

 

 謎のエネミーはキリトの暗視魔法のバフが掛かっていても、その姿かたちを確認するのは難しかった。黒いシルエットの様なものが天井と壁の隅っこでもぞもぞと動いているのだけが辛うじて視認出来る程度のものだった。そこでそれならばと、サラマンダーであるジュンがアスナの一歩前へと身を乗り出し、両手剣を左手に持ち替え、右手を前方に掲げて何やら魔法の詠唱を始めた。

 

 

「エック・フレイギュア・スリール・ゲイール・ムスピーリ ……喰らいなぁッ!!」

 

 

 ジュンが魔法の詠唱を完了すると、右の掌からドッジボール程の大きさの火球が3つ現れ、そのままエネミーがいる天井へと放たれた。炎魔法の接近に気付いた天井のエネミーは真っすぐ飛んできた火球をすばしっこい動きで簡単に避けた。ターゲットを失った火球は天井にドゴォンという爆音を轟かせながら着弾し、派手な爆発エフェクトを巻き起こした。その際起こった爆発の光源により、ほんの数秒ではあるが一行はうごめいていたエネミーの姿を肉眼でとらえることに成功した。

 

 

「姿が見えたぞ! ……え……あ、あれが敵……?」

 

『ケケーッ!!』

 

 

 火球を避けたエネミーは驚異的な跳躍力と身体能力でエントランスの中央部分へと飛躍して、そのまま綺麗に着地した。その姿を見た一行はそのまさかというか、ぴったりというか、その今回のイベントに相応しい見てくれをしたエネミーの正体に目を丸くしていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『おめーらか、侵入者は。ケケケケ、ガキと女しかいねーじゃねーかよ』

 

「ガキだぁ? テメェ……オレたちをガキだと思ってなめてんじゃねえぞ……」

 

「いや、アンタが言っても説得力ないから……」

 

 

 パーティの中で一番の最年少であるジュンが目の前のエネミーに向かって悪態を吐くと、ノリから鋭いツッコミが入った。しかしジュンが腹を立てるのも無理はなかった。エネミーはそんな最年少のジュンよりも遥かに小さくてパッと見、ぬいぐるみなのではないかというぐらいの可愛らしい見た目をしていたからだ。

 

 全身を白タイツに包み、首から上はパンプキンヘッドの被り物を装着し、そのくりぬかれた目に当たる部分からは赤い点のような目が不気味に光っており、背中には緑色のマントをなびかせていた。そして何より、そのパンプキンヘッドのドタマに食い込んでいる薪割り斧が、このエネミーの圧倒的存在感を放っていた。

 

 

「お、思ってたより可愛いじゃない……」

 

「……見た目に騙されるなよ。そいつ、かなり素早いぞ……」

 

 

 禍々しい雰囲気の屋敷の怖いイメージとは裏腹に、思いのほか可愛らしい見た目をしたエネミーに、アスナは少しだけ心を奪われていた。しかしどんなに見た目が可愛くても敵は敵、それにサラマンダーであるジュンの炎属性魔法を難なく避けるほどの素早さを持つ。あの一瞬でキリトはこのエネミーの手強さを見抜いていた。

 

 キリトがメンバーに警戒するよう呼びかけると、再び各々持っている武器の切っ先をパンプキンに向け、臨戦態勢へと入っていた。広いエントランス内に殺伐とした空気が流れ、その雰囲気に流されるようにパンプキンも警戒態勢を取っていたが、しばらくの沈黙が流れた後、その張りつめた空気はパンプキンの次の一言で破られることとなった。

 

 

『はぁ……、やーめた。なーんかつまんないや』

 

「……は?」

 

『ねえ! ゲームして遊ぼうよ! 近頃お客なんていなかったからオイラつまんなかったんだ! こんなにたくさん人がいるなら絶対楽しくなるって!』

 

「……こいつ何言ってるんだ?」

 

 

 パンキプンの遊ぼうという提案に一行は驚きの表情を隠せなかった。てっきりこのまま戦闘に突入するものだと思ってたばかりに、この展開は予想していなかった。いやしかしまだわからない、あくまでも今回はハロウィンイベント。この提案が悪戯……もとい、罠である可能性も充分に考えられる。一行はパンプキンの言うことに耳を貸さずに引き続き武器を構えて警戒態勢を解かなかった。

 

 

『ねえ! そこの長い黒髪のおねーさん!』

 

「…………え? も、もしかしてボク……?」

 

 

 パンプキンはパーティメンバーの中で唯一武器を構えてないユウキに声を掛けた。ユウキも先ほどまではキリトの後ろに隠れておびえていたのだが、このコミカルな外見をしたパンプキンが現れたことにより、全く怖くないというわけではないが少しだけ恐怖が紛れていた。ユウキはパンプキンからの指名を受けるとゆっくりと前へと歩を進めていった。

 

 

「ボクに……用があるの?」

 

『うんうん! おねーさんオイラと遊ぼうよ!』

 

「ユウキ危ない! 迂闊に近づくな!」

 

「……ううんキリト、多分大丈夫だよ……この子は」

 

 

 ユウキはパンプキンの顔をまっすぐ見つめながら、一歩ずつ歩み寄っていった。パンプキンは実に楽しそうに、くりぬかれた目の部分から覗かせている赤い瞳をキラキラと輝かせて、ユウキがこちらに来るのを待っていた。その様子は邪悪さや悪意というよりは、無邪気さを感じさせる雰囲気を漂わせていた。ユウキはパンプキンの1メートル手前まで近づくと、腰を下ろしてパンプキンの目線の高さまで自分の顔の位置を合わせた。

 

 

「君……名前は?」

 

『オイラ? オイラはパンプだよ!』

 

「パンプ……、パンプ君……だね?」

 

『うん! おねーさん! 遊ぼうよ!』

 

 

 どうやら本当にこのパンプキンにパーティ一行を罠にはめようとする悪意とかはないようだ。そう判断したキリトは両手に持っていた剣を鞘へと納め、他のメンバーもキリトに続くようにしてそれぞれ武器を仕舞った。しかし索敵スキルと罠探知スキルだけは全開にしたまま、警戒態勢を解除しようとはしなかった。この目の前のパンプ以外にも、襲い掛かったり罠を張っていたりする可能性も否定できないからだ。

 

 

「えっと……遊ぶっていっても、どうすればいいのかな……?」

 

『あ……、そうだねえ……どうしようか?』

 

「考えてなかったのかよ……」

 

「……呆れたものね……」

 

 

 自分で遊ぼうと言っておきながら、何して遊ぶか考えていなかったパンプに対し、シノンを筆頭としてメンバーは呆れた表情を浮かべていた。どうもこのパンプと話していると調子を狂わされる、モンスター討伐タイプのクエストと聞いていたのに、敵であるはずのこの目の前のパンプキンは戦闘をしないというではないか。では、一体何と戦えばいいのだろうか? メンバーが頭を抱えて悩んでいるとパンプの頭上部分に黄色いアイコンが表示されていた。

 

 

「なっ……これって……」

 

「クエスト……!? こいつ、クエストNPCなのか!?」

 

 

 パンプの頭上に現れたのはクエスト受注のフラグを立てると表示されるクエストNPCであることを示すアイコンだった。つまりこの目の前のパンプキンは敵ではあり得ないということだ。恐らくこのパンプからの依頼をクリアすることで、ハロウィンイベントが達成されるのだろう。一行が驚いていると、ユウキの目の前に新規クエスト概要ウィンドゥが表示された。

 

 

「ユウキ、なんて書いてあるんだ?」

 

「えっと、ちょっと待ってね……ふむふむ。クエスト名は≪パンプと夜遊び!≫ 内容は……『パンプの遊びに付き合え!』 ……だってさ……」

 

「そ……そのまんまね……」

 

 

 クエスト名もクエスト内容も本人から聞いたまんまの手抜き設定に、一行は呆れ顔を浮かべて頭を抱えていた。そもそも戦うつもりできたのに何故か遊ぶ羽目になり、それも何をして遊べばいいかも決まっておらずにいきなり出鼻を挫かれてしまっていた。ジュンはそのどうしたらいいかわからないこの状況にかなりイライラの気持ちを募らせていた。一方で腕を組んで「う~ん」と言葉を漏らしながら、何で遊ぼうか考え込んでいたパンプは自分の右掌を左手でポンと叩き、何かを思いついたような仕草を見せた。

 

 

『よし! んじゃあ宝探しゲームしようよ!』

 

「た、たからぁ~?」

 

「さがしぃだと…?」

 

「お宝!?」

 

 

 お宝と聞いて、ノリが目をキラキラを輝かせていた。彼女もフィリアと同じくレアアイテムなどのお宝に目がない性格をしていた。だからあまりユーザーから選ばれない、トレジャーハントに長けたスプリガンを選んだのだ。しかし今まで手に入れたレアアイテムで稼いだお金も、全てメンバーの食費と酒代に消えてしまっていっている。稼ぎもすごいが浪費も半端ないトレジャーハンターだった。

 

 

『うん! 今ね、おやびんが屋敷を留守にしてるんだ。おやびん、屋敷のどこかにものすごいお宝を隠してるみたいなんだよ。それを探し出そうっていう遊びさ!」

 

「お……おやびんって……貴方のボスってことよね?」

 

『そうだよ?』

 

「そんなことしたらアナタ怒られるんじゃ……?」

 

『大丈夫だよ! おやびんは当分帰ってこないし、お宝だって何種類もあるんだから少しぐらいもらってもバレないって!』

 

「……子分としてやっていいのかそれは……」

 

『いいのいいの! それじゃあお宝探しにしゅっぱーつ!』

 

 

 パンプが問題発言をしながらも片手を大きく掲げるとユウキだけがノリノリで「おー!」と元気よく返事を返した。他のメンバーはそのコミカルなノリにイマイチついていけずに、調子を狂わせていた。とくにジュンは機嫌を悪くしたままだった。

 

 

「ねえパンプ、そのお宝っていうのは……どこにあるのかな?」

 

『よくぞ聞いてくれました!』

 

 

 ユウキがパンプにお宝について尋ねると、パンプはぴょんとジャンプして、エントランスの中央部分にあるボロ階段の手すり部分に陣取って、この屋敷の説明を始めた。

 

 

『んとね、このフロアのどこかに屋敷の奥へと続く扉を開けるための鍵が隠されているんだ。まずはその鍵を見つけよう!』

 

「おー!」

 

「……ユウキ楽しそうだな……」

 

 

 パンプの登場とその明るい性格により、ユウキの幽霊屋敷に対する恐怖はほとんどなくなっていた。キリトは調子を狂わせながらも、ユウキから恐怖を取り除いてくれたことについてはパンプに感謝の念を抱いていた。クエストもこのままパンプの指示に従っていけば多分クリア出来るだろう。完全に信用こそしていなかったが、当面の間は警戒の必要はないだろうと判断を下していた。そう思っていたキリトの目の前に、パーティ加入申請のウィンドゥが表示され、そこには≪Pumpがパーティ加入を申請しています。許可しますか?≫と書かれていた。

 

 

「な……、一緒に戦うってのか……。じゃあやっぱりこいつは敵じゃなくて味方なのか……」

 

 

 パンプは味方としてキリト達のパーティに加わった。キリトがその申請を許可すると、パーティ一覧の9番目に≪Pump≫の文字が表示されていた。前代未聞のNPCも含めた9人パーティである。しかし彼がパーティに加わったということは、この先に戦闘があるということを意味していた。

 

 

「パンプ君が……仲間に……」

 

「つまり彼は味方で、このさきにやっぱり戦う敵がいるってことなんだね……」

 

「……そうなるな。みんな、彼は信用していいと思うが警戒は怠るなよ? この先どんな罠が仕掛けられているかわからん」

 

『その件については大丈夫だよ! オイラが罠とかの場所全部知ってるからさ!』

 

「へぇー! すごいねパンプ君!」

 

「……てめーん家の敷地なんだから知ってて当たり前だろうがよ……」

 

 

 ジュンは相変わらず不機嫌さを表に出していた。どうも彼はパンプとは相性が悪いらしく、パンプの行動一つ一つに腹を立てていた。まるで自分の家に遊びに来た親戚の甥っ子や姪っ子に、勝手に自分の部屋に入られ好き放題されてしまっている、そんな感覚を覚えていた。そんな不機嫌そうにしているジュンに、ノリが気になり声を掛けた。

 

 

「なんだよジュン、さっきっから機嫌悪いな? さては自慢の炎魔法を華麗に避けられたことを根に持ってたりしてる?」

 

「……別にそんなんじゃねーけど、なんかあいつのことが気にくわないんだよ……」

 

「……まあ何でもいいけどさ、パンプはあくまでも”NPC”だからな? 一々腹を立ててたらキリがないぞ? あーゆー設定なんだからさ」

 

「わかってるよ……、ちぇっ……」

 

 

 一行はそれからパンプ先導の下、屋敷に設置された罠を回避し、現れたアンデッド系のMOBも出てきた端から仕留め、順調に屋敷内を攻略していった。途中、罠の存在を忘れていたパンプの所為でキリトが罠にかかりそうになったが、ユウキの咄嗟の判断により事なきを得た。キリトはうっかり踏んづけたスイッチの罠で、危うくボロシャンデリアの下敷きになってしまうところだったのだ。

 

 その件についてパンプは申し訳ないと思いつつも、自分の見た目がマスコット風なのをいいことに、あざといポーズをとってその場を取り繕おうとしていた。その事に対してキリトが浮かべた表情は非常に複雑そうなものであったという。そしてやがて屋敷の攻略も後半に差し掛かったであろうところで、キリトが気になったことを話しだした。

 

 

「なあアスナ、ちょっと気にならないか?」

 

「え……何が?」

 

「パンプのことだよ、会話というか……俺らの語り掛けに対する対応が、あまりにも自然過ぎる気がするんだ」

 

「……そういえばそうだよね、ということはパンプ君はただのNPCじゃないってことなのかな?」

 

「……AI、なのかもしれないわね……」

 

「……シノンもそう思ったか……」

 

 

 そうシノンの言った通り、パンプはただのNPCではなかった。固定ルーチンに囚われず、独自で学び、独自で発言する、自ら学習能力機能を持ち合わせたAIを搭載していたのだ。つまりは、姿かたちこそ違うがユイやストレアといったMHCPと同じような思考ルーチンを持ち合わせているのだ。つまり、今パンプはこのキリト一行の行動パターンや発言から、吸収し学習して自らの行動の元にしようとしていたのだ。

 

 パンプはユウキと肩を並べて楽しそうに屋敷内を元気に歩いていた。ユウキとは相性がいいのか、二人とも実に楽しそうである。ユウキはユウキでまるで自分に弟が出来たかのようにパンプと接していた。そんなユウキをパンプはAIながら心から信頼を寄せているようで、そのやり取りは実に楽しそうで、微笑ましい光景に見えた。

 

 

「へぇー! そうなんだー!」

 

『うんうん! それでねそれでね……!』

 

「……仲いいわね、あの二人……」

 

「キリト君いいの? ユウキ、取られちゃってるけど……」

 

「ん……まあ、イベント限定のNPCだろうし、ユウキも楽しそうにしてるから、別にいいかなって」

 

「とかなんとか言いながら、本当は悔しいんじゃないの? 本来ならキリトがユウキを守るシチュエーションよね?」

 

 

 シノンの言う通り、キリトは少しだけ、あくまでも少しだけだがパンプに嫉妬していた。自分がユウキをクエスト終了まで守って頼れるところを見せようと思っていただけに、少しだけ今の状況に解せない様子を見せていた。普段はふわふわとしているがやはりキリトも男の子だ、恋人の前で格好いいところを見せたいという下心がわずかながらにあったのだ。

 

 パンプと楽し気に明るく会話している様子を少し離れたところから眺めていたキリトの視線は、どことなく寂しさを感じさせていた。別にクエストが終わればパンプとはお別れだし、ログアウトすれば現実世界でいつもユウキと一緒にいられる。しかしユウキが自分に見せたことのない笑顔をパンプに見せているところを見てしまったキリトは、ちょっとだけ悔しさの気持ちも胸に抱いていた。

 

 

「まあ……悔しいは悔しいな、ユウキはいつも俺と一緒にいたし……」

 

「あはは! やっぱりキリト君も男の子なんだねー!」

 

 

 キリトが珍しくムスっとした感情を見せると、その様子を見た他のメンバーの表情もほころんでいた。おどろおどろしい雰囲気に包まれているはずの幽霊屋敷は、どことなく明るい空気へと変わっていった。旧SAOで安全を優先させて攻略に勤しんでいたときとは違い、このクエストをしっかりと楽しんでいるといった様子だった。本来ゲームとはそうやって楽しむものだ、しかしキリトやアスナ、シノンらといったSAOサバイバーは、いつからかその感覚を忘れてしまっていた。

 

 しかしスリーピング・ナイツのメンバーとの出会いが、キリト達の感性を変えた。安全マージンや定石に囚われることなく、今できる範囲で挑戦して最大限楽しむということを、スリーピング・ナイツから学んだのだ。彼らは元々は全員が生と死の境目を彷徨っていた元病人、命が短いからこそ、何もかもを全力で楽しもうとしていたのだ。そんな姿にキリト達は大きく感化された。いや、思い出させてもらったのだ、ゲーム本来の目的を。

 

 今だって機嫌を損ねているキリトとジュンはいざ知らず、他のメンバーはこの状況を楽しんでいる。パンプの存在を、ハロウィンイベントを心から楽しんでいる。ならそれでいいのではないだろうか、効率なんぞ求めても単なる作業になるだけだ。スリーピング・ナイツのメンバーとなったことで、キリトたちはよりこのゲームを楽しんでいけることだろう。

 

 

「……ねえ、シュピーゲル……」

 

「ん、何だい? シノン」

 

「えっと……あのね……?」

 

 

 シノンはシュピーゲルに声を掛けるなり、顔を赤くしてもじもじしてしまっていた。自分から話を振っておいて、なかなかその先を切り出せないでいた。

 

 

「もし……もしも私が危機に陥ったら、シュピーゲルは……その、私のこと……助けてくれる?」

 

「え……」

 

 

 突如として大胆な話を振ってきたシノンにシュピーゲルは一瞬だけ動揺した。しかし彼の気持ちは明らかだった、一人の男として、シノンを想う身として答えは一つしかなかった。シュピーゲルは優しい笑顔をシノンに見せながら、その質問に対して回答を返した。

 

 

「大丈夫だよ、シノンが危ない目にあっても必ず僕が駆け付けるからさ。だから……安心して?」

 

「……うん、ありがと……」

 

 

 パーティの先頭が楽しいやり取りをしている一方で、後衛は後衛で甘ったるい空間を生成していた。その空気に毒されたのかアスナ、ジュン、ノリ、シウネーの四人は複雑な表情を浮かべていた。なんだかよくわからない敗北感的なものを味わっていた。アスナに至っては去年までキリトと付き合っていただけに余計に心にダメージが来ていた。

 

 

――――――

 

 

 屋敷攻略も終盤という段階に差し掛かり、一行は談笑をしながら残された部屋を一つ一つ調べ続けていた。やがてしらみつぶしに調べていくうちに、とうとう手つかずの部屋は一つだけとなった。ここまでくる道中にも、食堂のような部屋には落とし穴やギロチン、寝室にトラバサミや毒矢、客間にビックリ箱などといった罠が無数に仕掛けられていたが、パンプが教えてくれたのと、ノリのトラップ解除スキルによってなんとか回避していった。そして最後に残された書斎風の部屋を調べていると、一行が探し求めていたあるものが、意味深な宝箱から発見された。

 

 

「あった! ねえパンプ、鍵ってこれじゃないかな?」

 

 

 ユウキが書斎の朽ち果てたデスクに置かれている、埃まみれになった小さい茶色の宝箱から鍵のようなアイテムを取り出すと、それをパンプに見えるように手を上に掲げていた。ユウキから声を掛けられたパンプは自分の探していた場所の探索をやめ、ユウキのいる方へとぴょんと華麗なステップで駆け寄っていった。

 

 

「えっとどれどれ……、あ! それだ! 二階の奥へと続く扉を開ける鍵に間違いないよ!」

 

「やったねー! これで漸く奥へ進めるよー!」

 

「やれやれ……やっとここまでこぎつけられたな……」

 

 

 漸く鍵を見つけた一行は疲れた様子で肩を落としていた。何せ時刻は既に21:55を差しており、一行はクエスト開始からゆうに1時間半近くもこの暗い屋敷内を彷徨っていたのだ。いくらパンプの明るい性格に助けられているとはいっても、こんな陰気臭い場所に長時間もいれば精神が参ってきてしまう。そこにきてようやくクエストが進行したことを示す鍵が見つかったことで、一行は安心感……というよりも徒労感に包まれていた。

 

 しかしこれでようやくゴールまで行ける、そしてそれは同時にボスとの戦闘が待っていることを意味していた。正直あちらこちらうろついて疲れてはいるが、ここまできてボスにやられてしまいましたとなるわけにはいかない。クエスト受注時間もとうに過ぎているため、今回が最初で最後のボスチャレンジチャンスとなっていた。一行は書斎の部屋を出ると、やや重たい足取りでエントランスの階段を登り、二階の両開きの大きい扉の前へと足を運んでいた。

 

 

「ここで鍵を使えばいいんだね?」

 

『そうだよ! おやびんの部屋はもう目の前さ!』

 

 

 ユウキはこの扉の奥にゴール地点があることを知ると、右手に持っていた茶色い小さな鍵を、目の前の扉の鍵穴に差し込み、ゆっくりと時計回りに一回転させた。すると扉からガチャンという音が鳴りロックが外された。するとユウキが手に持っていた鍵が青白い光を放ちながら砕け散ってしまった。どうやらここでの役目を終えたようだ。

 

 キリトが巨大な両開きの埃だらけの木製の扉を見上げていた。ここから先はアインクラッド迷宮区で言う「ボス部屋」にあたるエリアとなる。当然本家SAOのような仕様や罠がある可能性も考えられる。キリトは一度パーティをまとめ直す為、クエスト受注前にやった時と同じように扉の前に仁王立ちをするように陣取り、今度は聖剣エクスキャリバーを手にし、地面に突き刺してボス戦前の音頭を取った。

 

 

「みんな、とりあえず言いたいことは色々あるとは思う。あるとは思う……が、今はとりあえず目の前のボス戦に集中してほしい、何にせよイベント限定のボスだ。初見の敵である可能性が十分に高い、いや……確実にそうであると思ってもらっていい」

 

 

 屋敷探索をしていた時のふわふわとしていた雰囲気とはガラリと変わったキリトの様子を、パンプは目を丸くして見つめていた。戦う男の顔をしていたキリトの目に、男の子として少しだけ憧れの気持ちを抱いていた。あんな罠に引っかかっていたカッコ悪いやつが、こんなにかっこいい顔をするんだと、そう思っていた。

 

 

「いいか、チャンスはこの一度だけだ。もし失敗してしまったら二度と挑戦出来ない。だから……皆心してかかってほしい!」

 

「…………」

 

 

 キリトの緊張感を煽る演説に、パーティメンバーは真剣な表情で耳を傾けていた。勿論キリトが言わなくても、これだけ手練れのメンバーが集まっているパーティだ。数多くの修羅場をくぐっているだけあって、決して油断や慢心などと言った気持ちは抱いていなかった。キリトもそれは理解している。あくまでも気合を入れなおすといった意味合いでの音頭だった。

 

 

「みんな……、準備はいいか?」

 

 

 キリトからの問いかけに、メンバーは無言で頷いて返事を返した。その中でパンプだけが今この状況を理解出来ないようでいた。

 

 

「よし、行くぞ!!」

 

 

 キリトは気合のこもった合図を送ると同時にボス部屋へと続く巨大な扉のドアノブに手を掛け、ひねると同時に勢いよくバタンという音を立てて派手に開けた。そして休む間もなく勢いに身を任せてそのままボス部屋へと駆け込んでいった。そのキリトの後にアスナ、ジュン、ノリ、シュピーゲル、シウネー、シノンと続いてボス部屋へと入っていった。

 

 一方でユウキだけはボス部屋に入ろうとしなかった、扉の前で佇んでいるパンプの様子がおかしなことに気付き、そちらの方が気になってしまっていた。ユウキは困った様子で突っ立っているパンプに近寄り、優しく声を掛けてみた。

 

 

「パンプ、どうしたの?」

 

『え……、えっと……みんなもしかして、おやびんと戦おうとしてるの?」

 

「……うん、そうだよ」

 

『え、でもおやびんは出掛けてるから……会えないと思うんだけど……』

 

「えっと、その辺は……何て説明したらいいのかな……」

 

 

 今はいなくてもボス部屋に侵入すればボスとして登場する。そのことをAIであるパンプに説明をしたところで理解出来るのだろうか? ユイやストレアのような、ゲームを裏からシステム面でサポートするMHCPと違って、パンプはゲーム上に正式に存在するAI搭載NPCだ。システム的なことを説明しても、到底理解など出来ないだろう。

 

 それに彼はこの屋敷のボスの子分でもある。親分がいるとわかれば逆らうことは出来ないだろう。パーティメンバーとして、ボス部屋に連れて行ったら、恐らくパンプもそのまま戦闘になる。AIを搭載しているパンプはまともに親分に攻撃なんて出来ないだろうし、ユウキも自分が親分と戦っている光景を、パンプに見せたくはなかった。

 

 

「ねえパンプ、ここでお別れしよう?」

 

『え……どうして……?』

 

「多分ボクたちがこの部屋に入るとね、君の親分がボクたちの前に立ちはだかることになると思うの。君も親分と戦うのは嫌だろうし、ボクたちも君の親分とボクたちが戦っているところを見せたくないんだ」

 

『……おねーさん……』

 

「ボクの言ってるコトがうまく伝わってるかどうかはわからないけど、親分のことを考えてるなら……ここにいてもらっていいかな?」

 

 

 パンプはユウキの言うことを理解出来ていなかったが、何か大事なことを自分に伝えようとしている気持ちだけは、理解出来ていたようだった。おねーさんはきっとオイラを悲しませないためにここに残れって言ってるんだ。理由はよくはわからないけど、きっとそうなんだ。オイラも親分と戦いたくないし、それなら……おねーさんの言うことに従った方がいい……のかな……。

 

 

『……わかった……オイラ、ここで待ってるね』

 

「……ウン、んじゃあ……ボクも行ってくるね」

 

『……いってらっしゃい……』

 

 

 パンプは「負けないでね」とも「親分を殺さないで」とも言えなかった。長年親分に仕えていた身としては、自分が親分の敵になるなんて考えたこともなかったし、かといって自分に優しくしてくれたユウキたちの前に立ちふさがるなんてことも出来なかった。AIとしてユウキたちから「優しさ」という感情を学習したパンプは、どうしたらいいか悩みを抱えていた。

 

 

『……オイラは……』

 

 

――――――

 

 

 

 一方ボス部屋ではまだ戦闘は始まっていなかった。どうやらNPCを除くプレイヤー全員が揃わないと戦闘が始まらない仕様だったようだ。後からボス部屋に入ってきたユウキは「遅れてゴメン!」と言いながら腰から剣を抜いてキリト達のもとへと合流を果たした。ボス部屋は縦方向に長い構造となっており、部屋の奥まで真っ赤なくすみのある絨毯が敷き詰められており、その一番奥には古ぼけた棺桶の様なものが見受けられた。その棺桶を怪しく照らすように部屋の左右の壁には、青白いランタンがぶら下げられていた。

 

 

「遅いぞユウキ、何してたんだ……ってあれ? パンプはどうした?」

 

「……パンプは……置いてきたよ」

 

「え……?」

 

 

 ユウキはそう言い放ちながら、吹っ切れたようにボスがいるであろう部屋の奥へと剣の切っ先を向けた。キリト達はあんなに仲が良かったパンプを、ユウキが外に置いてくるなんてと思っていた。しかしパンプの本来の立ち位置の事を思い出すと、その理由に納得していた様子だった。

 

 

「そう……だったよな、パンプは元々立場的には……ここのボスの味方っていう……設定だったんだもんな……」

 

「……うん、だから……置いてきちゃった」

 

「……そうなの……」

 

 

 キリトとアスナは複雑な表情を浮かべながら、ユウキのことを見つめていた。ここのボスを倒すということは、パンプの身内を倒すことと同義だからだ。そうなったらパンプはどうなるのだろうか? イベントNPCだからこのまま消える? それともボスが倒されたらそのまま消えてしまう? いずれにせよパンプとのお別れが近くなっていることには変わりなかった。

 

 

「感傷に浸っているところ悪いんだけれど……敵さんがお出ましのようよ?」

 

 

 シノンが索敵スキルを全開にして、全員に前方に対しての警戒を促していた。その言葉にハッとなったキリトとアスナは、素早く戦闘態勢を整えなおした。全員が前方を警戒していると、何やら怪しい黒い霧と共に、棺桶の前に人の形をしたようなものが現れた。やがて黒い霧が晴れてくると、少しずつその姿かたちが明らかとなっていった。その姿に、メンバーは大変に驚きを隠せない様子だった。

 

 

「なっ……アンタは……」

 

「え……ウソ……?」

 

「あいつ、あの時の……爺さんじゃねえかよ……!」

 

 

 ボス部屋の奥深いところにある棺桶の前に姿を現したのは、キリト達がハロウィンクエストを受注するために話しかけたクエストNPCと瓜二つであった。見間違いようがないオンボロなタキシードにシルクハット、そして不衛生に伸ばした白い髭に曲がり切ってしまった腰にそれを支えている杖。どうみてもあの時の爺さんであった。

 

 

『ホッホッホ……、ようここまでたどり着いたものよのう……ケケケケ……』

 

「……全部アンタの掌の上で踊らされていたっていうわけか?」

 

『キキキ……左様、ワシはこう見えても人間ではなくてな、まあ……聞いたことがあるとは思うが、人の血を好んで喰らう、人の形をしながら人ではない種……それがワシじゃよ、ククク……』

 

「俗にいう吸血鬼ってわけね……さしずめ、若い妖精の血欲しさに報酬で釣って屋敷に迷い込ませて、その獲物の血をいただくって算段かしら?」

 

 

 シノンが弓の照準を爺さんに合わせながら、おおよそのシナリオを推察した。その答えはどうやら正解だったようで爺さんの口元が不気味にぐにゃりと歪んだように笑みを浮かべていた。

 

 

『そこまで見抜かれておったとはな……ならば褒美をやらねばなるまいて……イヒヒヒ……』

 

「ああそうかよ、ならこのクエストの報酬だけよこしてとっととこのまま立ち去ってほしいもんだぜ!」

 

 

 ジュンが先ほどより更に不機嫌になりながらも、自慢の大剣の切っ先を爺さんへと向けていた。剣の柄を握る手に力が入り過ぎてしまっていて、手元からギリギリといった金属音が聞こえていた。それぐらい苛立っているのだろう、睨みつけているかのように視線も爺さんへと向けられていた。

 

 

『何……それよりも素晴らしいものをよこしてしんぜよう。……このワシから……血を吸われる権利をなッ!!』

 

 

 爺さんはセリフの途中からドスの利いた声となり、雰囲気が一変した。曲がり切っていた腰は伸び、派手な赤い稲妻のエフェクトを辺りに散らしていた。目つきも鋭いものとなり、いよいよ本性を現すといった感じになっていた。

 

 

「正体を現す気だな……、みんな! 迎撃準備だ!!」

 

 

 キリトの呼びかけに全員が答えるように持っている武器を、再度爺さんに向けなおした。ヤツが変な動きを見せればすぐにでも攻撃が開始されるだろう。今はイベント中、変身が完了するまでは破壊不能オブジェクトとなっているから攻撃しても無駄だ。変身が完了してセリフを喋り終わった後が、戦闘開始の合図となる。

 

 爺さんを取り纏っている赤い稲妻がだんだんと禍々しさを増していった、次第にその稲妻は黒くなり、爺さん本体にも赤黒い禍々しいオーラが漂っていた。そのオーラはやがて臨界点に達したのか激しい轟音をまき散らしながら一気に辺りへと広がった。激しい風と禍々しい光に部屋が包まれ、キリトたちは思わず防御姿勢をとって目を瞑った。しばらくしてそのエフェクトの余韻がなくなり、恐る恐る目を開けてみると、そこには先ほどの爺さんの面影はどこにもなく、現実世界の伝説にもある吸血鬼、ドラキュラの姿をしたボスモンスターが姿を現した。

 

 ボスは身長2.5メートルほどの長身でキリトたちより遥かに背が高かった。胴体こそ細いものの手足が異常に長く、手は膝のあたりまで伸びており、下半身も床から2メートルほどの高さから床へと伸びていた。全身を黒に近い紺色のドラキュラさながらのスーツを身に纏い、胸の真ん中には血の色をしたような宝石がついており、背中には赤と黒のリバーシブルマントを翻していた。しかし何よりキリトたちが気になったのは、顔につけている仮面のようなものであった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「な……赤眼の……ザザ……!?」

 

「ま……まさか! コイツはただのイベントボスよ! ザザがこんなところにいるはずがないわ!」

 

「うん……、アスナちゃんの言う通りだよ。まずヤツはプレイヤーじゃないし、兄貴と同じ仮面をつけていることだって偶然だと思う」

 

「……だとしたら……、かなり悪い趣味をしてやがるぜ……ALOの運営は……!!」

 

 

 キリトたちが悪態を吐いている間に変身を完了させたボスは、ゆっくりと猫背の体勢から垂直立ちへと姿勢を整えると、不気味な笑みを浮かべながらキリトたちへ宣戦を布告した。それと同時にボスの頭上に四本のHPバーと固有名が表示された。

 

 ≪The_Dracula_Earl≫ 和訳でドラキュラ伯爵という意味だった。

 

 

『こい、妖精ども。貴様らの澄み切った紅い血を、一滴も残らず吸い尽くしてくれ――』

 

「――せやぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 ドラキュラが戦闘開始のセリフを言い終わるよりも前にキリトがドラキュラ目掛け、エクスキャリバーで斬り込んでいた。派手な衝撃音と共に斬り込まれたエクスキャリバーを、ドラキュラ伯爵はマントを纏った片手で難なくガードしていた。不意打ちとはいえキリトのSTRを全開で乗せた一撃があっさりと防がれてしまっていた。

 

 

「キリト!?」

 

「あいつ……キリトの斬撃を片手で防いだ……!?」

 

「……みんな! 心してかかるわよ!!」

 

 

 アスナの合図で後衛のシウネーとシノンを除いた全員がドラキュラを取り囲むようにして陣形を整えた。攻撃を防がれたキリトは一旦バックステップで距離を置き、ドラキュラから見て6時の方向に陣取った。そこからドラキュラを円の中心に見て8時の方向にユウキ、10時にアスナ、1時にシュピーゲル、3時にジュン、5時にノリが位置取りをしていた。つまり、ドラキュラは完全に包囲網を敷かれている状態にあった。

 

 しかし一行は迂闊に攻撃を仕掛けなかった、最初のキリトの一撃は不意打ちであったから先制攻撃を仕掛けられたのだ。相手が臨戦態勢を整えたとあっては、これまでのセオリー通り攻撃パターンを見極めなければならない。ボス部屋の怪しい雰囲気もあり、通常のフロアボスとはまた別に張りつめた緊張感が辺りを包んでいた。

 

 

「あいつの防御……硬すぎだぜ……、エクスキャリバーの一撃をガードするなんて……」

 

「全くだよ……、少しは削りダメージが通ると思ったけど、全然そんなことなかったよね……」

 

「ならば魔法を試してみる価値はある! シウネーさん! 俺の合図がしたら水属性魔法を放ってくれ!」

 

「了解しました!」

 

 

 シウネーはキリトにそう指示されると、杖を掲げて氷属性魔法の詠唱を始めた。キリトはその様子を見届けるとすぐに視線をドラキュラへと戻した。ドラキュラはゆっくりと周りを見渡すと、懐から赤い鞭のようなものを取り出した。いよいよ攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 

「何か取り出したぞ……、あれは……鞭か!? やばい!」

 

 

 ドラキュラの手に握られているものが鞭だと判断したキリトはバックステップをすると同時にメンバーへ攻撃を回避するよう促した。

 

 

「範囲攻撃がくる! みんな全力で後ろへ飛べ!!」

 

 

 キリトからの指示が聞こえたメンバーはすぐに反応し、素早く自身の後方へとバックステップをして、ドラキュラの攻撃を回避することに成功した。ドラキュラの鞭攻撃は振りかぶったと思ったら目にもとまらぬ速さで円の形を描き、ドラキュラの半径5メートルほどの周囲を攻撃範囲として捉えていた。

 

 ドラキュラの攻撃した箇所は赤い稲妻のエフェクトが残っており、床部分がカーペットと共に抉れていた。もし被弾していたらかなりのダメージをもらっていたであろうことを、その床が攻撃力の凄まじさを物語っていた。

 

 

「ちぃ……29層のボスといい、今回のドラキュラといい、ここのところやたら攻撃力の高いボスモンスターに好まれているみたいだな……俺たちは……」

 

「ってことは……防御力は低かったりするんじゃないかな、さっきダメージ通らなかったけど……」

 

「……そうね、それが不思議なのよ。片手剣熟練度がカンストしてるキリト君のエクスキャリバーの一撃を片手だけで防ぐなんて異常よ、それも少しもHPが削れないなんておかしいわよ!」

 

「……何か秘密があるね、あのドラキュラ……」

 

 

 そう言うとシュピーゲルは何か考えがあるのか、単身一人でドラキュラの前へと歩み寄り、ドラキュラとサシで戦闘をしようとしていた。

 

 

「シュピーゲル、何を!?」

 

「ボクに考えがある! シノン! 僕の合図がしたらコイツの顔に向かってけん制でも何でもいい! 矢をお見舞いしてくれ! 矢が当たったらシウネーさんはそれに続くようにそのまま詠唱した魔法を僕の指示した場所に放ってください!」

 

「わ……わかったわ!」

「了解です!!」

 

 

 シュピーゲルは二人に指示を飛ばすと、自慢のAGIを活かして素早い動きを繰り返し、ドラキュラを翻弄しようとした。ドラキュラはシュピーゲルを視界に捉えようとしていたが、AGIに特化した彼の速さは凄まじく、CPUでシステム的に演算処理されているドラキュラでもその動きをとらえることが出来なかった。

 

 シュピーゲルはやがてその足さばきのパターンを変えて、素早く動いては止まってという動作を繰り返していた。わざと一瞬隙を見せることによって、ドラキュラに無駄な攻撃を誘発させようとしていたのだ。格闘ゲームでいう待ち戦法といった戦い方であった。その作戦にまんまと引っかかったドラキュラはわざと足の動きを止めたシュピーゲル目掛けて右手の一撃をシュピーゲルの上方から繰り出した。

 

 しかしシュピーゲルは難なくこれを避け、ドラキュラの攻撃を空振りさせることに成功した。ドラキュラの拳はボス部屋の床を大きく貫通し、突き刺さり身動きが取れなくなってしまっていた。

 

 

「へへへ、力の入り過ぎた攻撃はね……外れたときのリスクが大きいんだよ!!」

 

 

 ドラキュラは自由に動く左手ですぐにシュピーゲルを攻撃しようとしたが、右手が床に突き刺さっている影響でうまく攻撃の体勢に移れないでいた。そのチャンスをシュピーゲルが見逃すはずがなく、右手に握っている短剣をドラキュラの懐目掛けて下方から斜め上に突き上げるような形で深く突き刺した。

 

 

『ヌグゥ!!』

 

 

 シュピーゲルが素早く一撃をお見舞いすると、悲鳴と共にドラキュラの一本目のHPバーが0.5割ほど減った。キリトのエクスキャリバーの攻撃を防いだドラキュラにシュピーゲルがダメージを負わせたのである。

 

 

「思った通りだ! シノン! 遠距離攻撃頼む! シウネーさんはこいつの左手に魔法を思いっきりぶちかまして!」

 

「了解!!」

「了解です!!」

 

(僕の読みが正しければ……きっとこの戦い勝てる!)

 

 

 シュピーゲルの攻撃の後に続くように、シノンは弓系ソードスキルの中で最速の矢を放つ「スパークル・シュート」を放ち、シウネーがそれに続いて氷の弾を熟練度の成長に応じて何発か撃ちだす「アイス・バレット」を放った。放たれた矢と魔法はドラキュラ目掛けて一直線に飛んでいった。

 

 

「キリト! シウネーさんの攻撃が当たったら僕の反対方向に回り込んでこいつの懐目掛けて剣を振るってくれ! なるべく重い一撃のやつを頼む!」

 

「わ……わかった!」

 

 

 シノンの放った矢はドラキュラの顔面目掛けて吸い込まれるように飛んでいった、ドラキュラは動かせる左手にマントを纏わせながら顔を覆って飛んできた矢を防いだ。そして防いだのも束の間、今度はシウネーの放った氷魔法がドラキュラの左腕目掛けて飛んできたのである。シウネーのアイス・バレットの熟練度は1000だ。熟練度が100あがることに飛んでいく魔法の数が一つ増えるアイス・バレットは合計10個もの氷の塊となってドラキュラに襲い掛かっていた。

 

 

『な……なにぃ!?』

 

 

 魔法が命中したドラキュラの左腕は、アイス・バレットの一定確率で発生する状態異常「凍結」によって動きを奪われていた。

 

 

「今だキリト!!」

 

「ウオオォォォッ!!」

 

 

 キリトはシュピーゲルの合図で反対側にステップで回り込むと、右手に握られたエクスキャリバーで突進系ソードスキル「ヴォーパル・ストライク」を発動させていた。アインクラッド29層でユウキがフロアボスに対してトドメを刺したソードスキルである。自慢のSTRを全て右腕のエクスキャリバーに込めて、渾身のソードスキルをドラキュラ目掛けて解き放っていた。

 

 ドラキュラがキリトの姿を視認した時にはすでに遅く、エクスキャリバーの切っ先はドラキュラの左胸、人間でいう心臓のある部分に命中していた。キリトの一撃によりドラキュラは「グヌゥ!!」という悲鳴を上げるとともに一本目のHPバーを三分の一ほど消失させていた。その衝撃で床に突き刺していた右手は抜け、左手を凍結させていた氷の塊も砕け散った。

 

 キリトはソードスキルによる硬直をなくすために、左手に握られたユナイティウォークスで短距離突進系ソードスキル「レイジスパイク」を発動させて、ドラキュラの攻撃の射程へと身を避難させた。スキル・コネクトを使い、レイジスパイクの突進距離を利用してドラキュラから距離を置いたのである。

 

 HPバーを減少させたドラキュラはソードスキルが当たった箇所を手で押さえて、息を荒くして佇んでいた。そして先ほどのドラキュラの防御パターンを観察していたシュピーゲルはとある結論へと辿り着いた。

 

 

「やっぱりそうだった! みんな聞いてくれ! こいつの弱点はマントの下の本体そのものだ! 逆にマントを広げられるとどんな攻撃も通らない! スイッチとけん制を巧みに使い分けてこいつの化けの皮を剥いでやるんだ!」

 

「な……なるほど、そういうことね……。そうとわかればこっちのものよ!」

 

 

 シュピーゲルの分析結果を聞いたフォワードの面々は弱点が判明すると、手に握っている武器を構えなおし、改めて戦闘態勢を取った。AGIの高いメンバーがまず囮となり、ドラキュラにわざと隙を見せて攻撃を誘発、マントが翻ったところにもう一人がスイッチ代わりに一撃をお見舞いするといったパターンだった。あまり固まり過ぎると最初の時のように範囲攻撃が来るので、あくまでも二人一組遊撃隊のような役割で迎撃し、慎重にダメージを与え続けていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 キリト達がドラキュラにダメージを与えてから30分ほどが経過していた。最初は順調にダメージを与えていたキリト達であったが、ドラキュラのHPバーが三本目に突入すると少しパターンが変わってきていることに気付いた。先ほどのような隙をあまり見せないようになり、最初に放っていた赤い鞭での攻撃を主体とした戦法にシフトしていたのだ。

 

 こうなると長い射程も相まって非常に厄介となっていた。近付こうにも超高速で振り回されている鞭の懐に入るのは相当な技術と速さがいるし、かといって弓や魔法で遠距離攻撃をしても、鞭の薙ぎ払いで払い落されてしまうのだ。かといってドラキュラにスタミナの概念があるわけでもなく、攻撃はやむことなくしきりに続けられ、戦況は膠着状態といっていい状況になっていた。

 

 そんな戦闘模様を、半開きになったボス部屋の扉の隙間から見守っている小さな影が見受けられた。そう、パンプであった。ユウキから部屋の外で大人しく待っていろと言われてたパンプであったが、中の戦闘が気になり顔を覗かせて戦況を見守っていたのだ。正直、パンプはどっちを応援することも出来なかった。ユウキ達が勝てばドラキュラは消滅し、その子分である自分も消えてしまい、ユウキ達と二度と会うことが出来ない。

 

 かといってドラキュラが勝てばユウキ達は敗北、全滅となってこの場から外へと放り出されてしまい、二度と会えなくなる。どちらが勝っても彼はユウキ達と二度と会えなくなってしまうのだ。それ以前に親分であるドラキュラに歯向かったらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。

 

 

「……オイラ……どうしたらいいんだろ……」

 

 

 パンプは色々思考を巡らせた挙句、結局どちら側の戦闘に加勢するわけでもなく、ただひたすらにボス部屋の戦闘を見守っていた。しかし、パンプの頭の中にはドラキュラに仕えていた記憶よりも、ユウキ達と楽しく屋敷の中を冒険した記憶の方が強く鮮明に残っていた。そしてAIながらもその楽しかった思い出の温かさを感じていた。

 

 

「おねーさん……!」

 

 

 一方戦況は相変わらず膠着状態が続いており、キリト達はじわじわとHPを減らされていった。いずれこのままいってしまうとジリ貧になり、こちら側が先に参ってしまう。だとしたら多少のリスクはあるが仕方ない、ダメージ覚悟でドラキュラに突っ込んで一気に体力を奪って畳み掛けるしかない。頭の中で作戦を組み立てたキリトは全員に大声で作戦を伝えた。

 

 

「みんな! このままだとジリ貧だ! そうなると俺たちの方がさきに倒れちまう!」

 

「じゃ…じゃあどうするのさキリト!」

 

「……多少のリスクはあるが……、AGIの高いフォワード、つまり俺、ユウキ、シュピーゲルの三人で、あいつの攻撃をいなしながら突っ込んで至近距離から畳み掛ける!」

 

「キ……キリト君本気!? 私たちの耐久力じゃアイツの攻撃に耐えられないかもしれないよ!?」

 

「だからだ、アスナ……君も後衛にまわってくれ、シウネーさんと一緒に回復に専念してほしい」

 

 

 キリトの立てた作戦の具体案はこうだ。まず、キリト、ユウキ、シュピーゲルの三人が先陣を切ってドラキュラに突っ込む、鞭による攻撃をいなしながら被害を最小限に抑えながら距離を詰めていく。被ダメージが大きくなってきたら後衛にまわっているアスナとシウネーが、高位の回復魔法で前衛のHPを回復。シノンはドラキュラの攻撃の手数を少しでも減らす為に範囲系弓ソードスキルで鞭攻撃を相殺する。

 

 ドラキュラまで距離を詰めることに成功したらすかさず重い一撃を叩き込む。その時の攻撃の硬直は次に二番手であるジュンとノリがスイッチしカバーする、というものだった。攻撃を当ててひるませて動きを止められれば、遠距離からの攻撃も通るようになり、よりダメージを与えられる。そして更にキリトにはドラキュラを短期決戦で仕留めるための切り札があった。

 

 

「ユウキ、お前には俺とシュピーゲルと一緒にヤツに突っ込んでもらうが……ちょっと頼みたいことがある。これが成功すれば……多分ヤツをそのまま倒せる」

 

「……うん、わかった……聞かせて、キリト」

 

 

 キリトはユウキに近寄ると耳打ちをして、今回ユウキにしか出来ないであろう作戦を口頭で伝えた。それを聞いたユウキの顔は一瞬信じられないような表情になったが、すぐに意味ありげな笑みを浮かべてキリトからの作戦を承諾した。

 

 

「アハハ! キリトらしいや! 大胆だけどすっごく効果的な作戦だね!」

 

「お褒めに預かり光栄です、絶剣殿!」

 

「……その代わり、ボクのこと……守ってね?」

 

「……ああ、まかせろ」

 

 

 そういうとキリト達はアスナを後方に下がらせて、かけられる限りのバフ魔法を前衛の三人に掛けさせた。そしていつでも回復魔法を発動できるように詠唱を待機させ、シノンに弓のソードスキルの準備も進めさせた。全ての下準備が完了するとキリトは先陣を切って、時間稼ぎをしてくれているジュンに向かって作戦の決行の合図を送った。

 

 

「よしいいぞ! さがれジュン!」

 

「待ちくたびれたぜ! キリトさん!」

 

「スイッチッ!!」

 

 

 キリトからのスイッチの合図と共に、ジュンは位置を前衛組と入れ替え、素早く後方に下がった。このフォワード勢の中で唯一重鎧を装備しているジュンだからこそ出来た時間稼ぎであった。前衛と入れ替わったジュンはストレージからポーションを取り出して使用し、次の作戦の決行に備えた。

 

 ジュンと入れ替わった前衛陣はキリトを先頭にAGIを活かしてドラキュラに突っ込んでいった。走りながら避けられる攻撃だけは避け、いなせる攻撃は武器でいなしてヤツとの距離を詰めていく。キリトは二刀流の手数を最大限に活かして、ユウキは自慢の反応速度と攻撃速度を活かして、シュピーゲルはその驚異の身のこなしとパーティの中で一番高いAGIを活かして、それぞれドラキュラからの攻撃の被害を最小限にとどめていった。

 

 ドラキュラの鞭による攻撃を剣で相殺する金属音、そして鞭が空を切るときの音、矢が上から降り注ぐ音、そしてたまに鞭が被弾したときの生々しい音がボス部屋全域に響き渡っていった。そしてその音が何回か繰り返された後、キリト達はとうとうドラキュラの目と鼻の先まで近寄ることに成功したのである。キリトはドラキュラに近付くと、聖剣エクスキャリバーで鞭攻撃を止めるためにドラキュラの右手を攻撃した。だがヤツに近寄れば近寄るほど攻撃が激しくなってくる、それに従ってキリトのHPの減少速度も早くなっていった。

 

 

「ぐっ……!」

 

「スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル・ブロット・スバール・バーニ!」

「スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル・ブロット・スバール・バーニ!」

 

「……!!」

 

 

 キリトのHPがレッドゾーンに陥いり、リメインライト化してしまう直前に、アスナとシウネーの回復魔法が間に合った。キリトのHPはグリーンまで一気に回復し、ドラキュラに攻撃を浴びせるまでの時間的余裕が出来た。キリトはこのチャンスと逃さまいと、右手のエクスキャリバーに渾身の力を込めてドラキュラの右腕目掛けて下から上へ目掛けて斬り上げた。

 

 

「ウオオオォォォッ!!」

 

『ヌガァァァァァッ!!』

 

 

 キリトが攻撃をした瞬間に、ドラキュラによる鞭の攻撃が止んでいた。キリトの右手に握られたエクスキャリバーによる一撃はドラキュラの手首を吹っ飛ばしていた。キリトがSAO時代から攻撃の応用として使っていた武器破壊テクニック「アームブラスト」をALOの部位破壊に流用したのである。

 武器の部位のどこが脆いかというのを瞬時に見抜いて切断、破壊するように、今回ドラキュラの腕を武器の部位に見立て、腕のどこの部位が柔らかいかというのを目視で判断して斬り捨てた、というわけだった。結果はキリトの目論見通りにドラキュラの利き手である右手首を吹き飛ばすことに成功していた。そしてキリトは間髪容れずに次の段階に移り、自分のすぐ後方に続いていたユウキに素早く指示を送った。

 

 

「ユウキ! ヤツの攻撃が止まった! お前の剣技でヤツのマントを内側からぶった斬ってやれ!!」

 

 

 キリトからの指示を受けたユウキは、小さい体を活かして上手くドラキュラの懐に潜ってそのまま背中側に回り込むと、対空攻撃にもなる片手剣ソードスキル「レディアント・アーク」を発動させ、マント目掛けて剣の切っ先を向けていた。

 

 

「いけええぇぇ!! ユウキイィィーッ!!」

 

「せえやあああぁぁぁぁーッ!!」

 

 

 ユウキがレディアント・アークを発動させると、ユウキの剣はそのままドラキュラのマントを内側から斬り裂いていき、マントの全体の三分の二ほどを斬り落としていった。まだ少しマントが残ってしまっているが、ドラキュラの本体はほとんどが表に晒される事態となり、文字通り化けの皮が剥がれた状態となっていた。ドラキュラはその特性に相応しい再生能力を発動させ、吹っ飛んだ手首とマントを修復させようとしたが、次に迫っていたシュピーゲルがそれを許さなかった。

 

 

「させないよ! 悪いけどこのままいかせてもらう!」

 

 

 シュピーゲルは一気にドラキュラとの距離を詰めると、六連撃短剣ソードスキル「ミラージュ・ファング」を発動させてドラキュラの胴体に素早い連撃を浴びせていった。MOBの部位再生能力、体力回復能力はダメージを負っている間は効果が働かないといった特徴があるため、手数が多いシュピーゲルの短剣は今まさにうってつけの武器であった。

 

 

「今だジュン! ノリ! 前衛に続いて攻撃を浴びせてくれ! アスナたちもドラキュラにありったけをぶち込んでくれ!!」

 

「その指示を待ってたわよキリト君!」

 

「派手にぶちかますぜ!」

 

 

 キリトの合図を待ってましたと言わんばかりにジュン、ノリは勿論、後衛のシウネーとアスナも総攻撃に参加した。マントによる鉄壁の防御がなくなったため、外からでも容易に攻撃が通るようになり、順調にドラキュラのHPが減少していった。ドラキュラも態勢を整えようとするが、その前にダメージ蓄積による怯みが発生してしまっているので、部位再生はおろか反撃の隙すらままならなかったのである。

 

 全員のソードスキル、そして高位攻撃魔法が炸裂し、ドラキュラのHPは最後の一本に突入していた。そしてその最後の一本も勢いよく減っていき、パターンを変える余裕すら与えないままレッドゾーンに突入していった。あと少しだ、あと少しでドラキュラを倒せる、メンバー全員がそう思ったその時であった。

 

 突如ドラキュラの真っ赤な目が不気味に光り輝きキリト達の攻撃などお構いなしに強制的に動くことのできる「スーパーアーマー」を発動させながら体の内側のエネルギーを解放させるようなモーションを取ったのだ。その奇妙な様子に遠距離から攻撃をしていたシノンが真っ先に気付いた。

 

 

「み……みんな! ヤツの様子が変よ! 一旦距離をおい――」

 

 

 遅かった、シノンの警告むなしくドラキュラは両腕を空高く掲げ、変身時に見せたような赤黒く輝くオーラを、ボス部屋全域に渡り爆発させていった。MOBの中には自分がピンチになると自爆をしてプレイヤーを巻き込もうとするタイプの敵が存在する。今回ドラキュラが行ったオーラ爆発も、それと似たような攻撃方法であった。キリト達前衛はその爆発を避けることが出来ずに、攻撃の直撃をもらってしまった。その爆発の規模は凄まじく、ボス部屋全域に届こうとしていた。あまりの規模の爆発で、その轟音が屋敷の外にまで鳴り響き、地面を揺らしていた程だった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ドラキュラが爆発を放って少しの時間が経ち、次第にボス部屋を覆っていた爆発によるエフェクトが薄くなっていくと、爆発があった地点から紺色のスーツ、マント、仮面等すべてがボロボロになってしまったドラキュラが満身創痍で姿を現した。オーラの爆発を喰らったキリト達は派手に爆心地から吹っ飛ばされ、HPを大きく減らされていた。攻撃はボス部屋全域に渡り範囲が広がっていたため、後衛にいたシウネーやシノンたちも大きくダメージを負ってしまっていた。

 

 

「な……なんだ……何が起こったんだ……?」

 

 

 攻撃を受けたキリトたちは今一体何が起こったのか? どうしていきなり目の前が光ったのか? 何で自分たちは大ダメージを受けて吹っ飛ばされてしまっているのかと、今の状況を確認するために体を起こそうとした――が、身体が全く言うことを聞かなかった。

 

 

「うっ……キリト……」

 

「ユ、ユウキ! 無事か!?」

 

「うん……HPはまだ残ってるけど……体が動かない……」

 

「な……ユウキも……、ま……まさか!?」

 

 

 キリトはこの身体の状況に身に覚えがあった。そして慌てて自分の視界の左上にあるパーティメンバーリストに表示されている自分のHPバーを見てみた。するとその視線の先にはかつてキリトとユウキが体験した反則級の状態異常終焉の呪い(エンドカース)のアイコンが表示されていた。どうやら先程のドラキュラの攻撃で状態異常に陥ってしまったようだ。

 

 

「……マジかよ……ここまできてコイツにかかっちまうのかよ……!!」

 

「キ……キリト……くん……!」

 

 

 キリトが首だけ動かして周りの状況を確認してみると、キリトとユウキだけでなく、アスナやシノンといったパーティ全員が終焉の呪い(エンドカース)の状態異常に陥ってしまっていた。部屋全域に渡るほぼ回避不可能な攻撃範囲と大ダメージ、そして回復無効+麻痺+ステータス一時低下の終焉の呪い(エンドカース)。いくらHPバーが最後のレッドゾーンに突入したからと言って、ここまでする必要はあったのだろうか? 強く設定されているボスとはいえ流石に理不尽すぎる反撃方法だ。これではわかっていても回避なんか出来っこない、必中必至だ。

 

 

『私をここまで追いつめたのは貴様らが初めてだぞ……、しかしそれもこれまでだ。私をここまで追い詰めた褒美に、貴様らには最も残酷な死を贈ろう……』

 

 

 ドラキュラはそう言うと息を切らしながら左手から赤黒く輝く不気味な色合いを放っている、血の塊のような剣を取り出し、ドラキュラに一番近い所で倒れているユウキへとターゲットを絞り、歩み寄っていった。

 

 

『まずは……この娘からだ』

 

「や……やめろ! ユウキに手を出すな! 」

 

「キ……キリ……ト……」

 

 

 ユウキのHPもレッドゾーンに突入しており、ドラキュラの通常攻撃一発でリメインライト化してしまう危険域となっていた。そのユウキに一歩一歩、ドラキュラは足を進め、やがて剣の間合いまでたどり着くと、ゆっくりと上へ剣を振り上げ、ニヤリと笑みを浮かべた後、その剣先をユウキへと振り下ろした。

 

 

「ユウキィィーッ!!!」

 

 

 

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「………え……?」

 

 

 突如としてユウキの前に体を割り込ませ、ドラキュラの攻撃からユウキを庇った者がいた。ユウキ以外の七人のパーティメンバーでないことは明らかだった。全員終焉の呪い(エンドカース)で身動きが取れないのだから。そう……ユウキを庇った者の正体、それはこの屋敷で知り合い、ユウキと仲良くなったAI搭載NPCの、パンプであった……。

 

 パンプはユウキをドラキュラの攻撃から庇うと、ユウキの目の前でその場に崩れ落ちるようにして倒れてしまった。ユウキは力なく崩れ落ちるパンプを目を見開いて見つめていた。

 

 え? どうして? どうしてパンプがここにいるの? 表で待っててって言ったのに、どうしてここに来ちゃったの? どうしてボクを庇ったの? どうして……?どうしてどうして!?

 

 

「パ、パン……プ……?」

 

 

 ユウキは横たわりながらも目の前で自分を庇ったパンプに心配そうに声を掛けた。パンプの頭上にあるHPバーはみるみるうちに減少していき、グリーンからイエローへ、そしてついにイエローからレッドに突入した。しかしそのHPの減少は止まろうとはせず、無慈悲にも減少を続けていった。

 

 

『おねーさん……ぶじ……?』

 

「ボ……ボクは大丈夫……、って……パンプのが無事じゃないよ! だめだよ逃げて! 今すぐこの部屋から逃げて!」

 

『えへへ……それがだめみたい、ちっともからだがうごかないや……』

 

 

 ユウキが涙目になりながら横たわるパンプの手に自分の右手を当てた、終焉の呪い(エンドカース)で動かせないはずなのだが、不思議と右手だけ動かすことが出来た。胸のあたりを袈裟懸け状に斬り裂かれたパンプの体からは綿のようなものが飛び出ており、非常に痛々しい見た目となっていた。それを間近で見てしまったユウキの眼には大粒の涙が浮かんでいた。

 

 

「だめだよパンプ! 死んじゃだめだよ!」

 

 

 ユウキの必死の声掛けもむなしく、パンプのHPは減少を続ける一方であった。既にレッドゾーンに突入していたパンプのHPは残り2割程となり、それでも減少が止まることはなかった。パンプは動かない自分の体を必死に動かして、ユウキの最後の気持ちを伝えようとしていた。

 

 

『おねーさん、ありがとね……。オイラ、おねーさんとここをぼうけんできて……すっごく……たのしかったよ……』

 

「だめ……だめだよパンプ……、逝っちゃだめだよ……」

 

『なかないでおねーさん……、おねーさん……わらってたほうがかわいいから……ないちゃだめだよ……』

 

「パンプ……!」

 

 

 ユウキは泣きながらパンプを助け出そうと、自分の体を動かそうとしたが終焉の呪い(エンドカース)の状態異常の所為で全く動かすことが出来ずに、自分の無力さを感じていた。そうこうしているうちにパンプのHPは残り数ドットというところまで減少していた。もう、パンプがその命を散らすまであと僅かとなってしまっていた。

 

 

「だめ!! 死んじゃだめぇ!! だめだよパンプゥ!!」

 

『……ごめんねおねーさん……、でもだいじょうぶ。オイラが……ひかりとなって、おねーさんをまもってあげるから……』

 

「パン……プ……?」

 

 

 そう言い残したパンプは、残り数ドットだったHPを全て失くし、≪DEAD≫の表記と共に青白く光り、瞬く間にポリゴン片となって爆散した。こういったクエスト中に仲間になるNPCは、プレイヤーと違い基本的には復活しない。クエストを受注しなおせば復活するのだが、今回一行が受けているクエストは”期間限定”のイベント専用クエスト。つまり、それはパンプが二度と復活しないことを意味していた。AIを搭載し、人の温かみを知ったNPCパンプは、ユウキ達の前から永遠に姿を消してしまったのである。

 

 ユウキの眼の前には爆散してしまったパンプの……いや、パンプだったものの青白いポリゴン片が風になびくように空中を舞い上がっていた。ユウキはそのポリゴン片を絶望の表情を浮かべながら見上げていた。パンプが死んだ、ボクの目の前で。ボクの所為で死んだ、もう二度と会えない。ボクがもっとしっかりしていれば、ドラキュラの攻撃にもっと早く気付いていれば、ボクがもっと、もっと強ければ、パンプは死なずに済んだ……!!

 

 

『ようやく死んだか……、全く……貴様は一番賢い癖に一番愚かで、一番の大馬鹿ものだったぞ……パンプよ』

 

「……!!」

 

『この私に盾つこうとしたのだからな、ククク……当然の末路と言えるだろうさ。フフフ……、しかし出来損ないにしては見事な散り際だったぞ!!』

 

「…………るな……」

 

『……む?』

 

 

 ユウキは周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で、涙を流して体を震わせながら何かを呟いていた。

 

 

『……何だ小娘、遺言なら聞き届けてやるぞ?』

 

「く……するな……!」

 

『なんだ聞こえんぞ? 殺される恐怖でどこかおかしくなったか? ククク……』

 

「……パンプを、侮辱するなアァァァーッ!!」

 

 

 ユウキが叫んだその時だった。ドラキュラがユウキを上から見下し罵っていると、突然ユウキの状態異常が解除され、その瞬間にユウキが勢いよく起き上がり、そのまま下から上へとドラキュラを剣で斬りつけたのである。パーティメンバーであるキリトたちは勿論、ドラキュラに搭載されているAIも何故ユウキの状態異常がこんなにも早く解除されているのか理解出来なかった。

 

 実際ユウキ以外のパーティメンバーは全員終焉の呪い(エンドカース)に陥ったままだった。にもかかわらずユウキは誰よりも早く先に状態異常が解除されており、ドラキュラに鋭い攻撃を浴びせ反撃の狼煙を上げていた。ドラキュラは突如斬り付けられたことに動揺し、AIエラーを起こしたかのような挙動を見せていた。

 

 

『グアアァ……、なっ何故だ、理解出来ぬ! 何故動ける……!』

 

 

 ユウキは悲しみと怒りが混ざったような表情を浮かべ、瞳に涙を溢れさせながらドラキュラへ攻撃を続けていった。左手がまだ自由に使えるドラキュラは血の剣で反撃に転じたのだが、ユウキへ攻撃が当たる瞬間に、見えない何かに弾かれてユウキにダメージを与えることが出来なかった。

 

 

『な……何だこれは!? 何が起こっている!』

 

「……心を持たないキミには……一生わからないよ」

 

 

 目を済ませてよく見ると、ユウキの周りにキラキラした粒子のようなエフェクトが舞っている様子が伺えた。先ほどドラキュラの攻撃を弾いていたのはこの光の粒子だったのである。この光の粒子こそ、パンプが死に際に言い残したユウキを守るための光だったのだ。ユウキはこの光が、パンプの温かさだということを感じると、胸に手を当てて物思いにふけっていた。

 

 パンプとの思い出はほんの短い出来事の中だけだったかもしれない、しかし……どんなに短くても、ユウキたちの掛け替えのない友達であったことに、間違いはなかったのである。それが例え……プログラムで組まれたAIであったとしてもだ……。

 

 

「ボクはキミを許さない」

 

「ユ……ユウキ……?」

 

 

 普段のユウキからはとても感じられない明確な怒り、殺意といった感情を感じ取ったキリトは、そこにいるユウキがまるで自分の知らない、まるでユウキの姿をした別人なのではないかという感覚に襲われていた。そのぐらい今のユウキはドラキュラに向けて激しい怒りの炎を燃やしていた。

 

 

「待っててキリト、今……終わらせるから……」

 

「……あ、ああ……」

 

 

 そうキリトに言い放ったユウキは左手で突進系ナックルスキル「スマッシュ・ナックル」を発動させて、一気にドラキュラとの距離を詰め、ドラキュラのみぞおちにズドンという鈍い音と共に、重く、鋭い一撃を加えていた。攻撃をもらったドラキュラは声にならない悲鳴を上げ、胸を押さえて悶えていた。

 

 ユウキはそんなドラキュラに休む暇を与えずスキル・コネクトを使い今度は右手の剣で四連撃片手剣ソードスキル「ホリゾンタル・スクウェア」を発動し、ドラキュラの体の周りを反時計回りに鋭く四角の形に舞いながら、ドラキュラを斬り裂いていった。この時点でドラキュラの残りHPはレッドゾーンの半分ほどまで減っていた。

 

 まだまだユウキの攻撃は止まらない、引き続きスキル・コネクトで左手でナックル系ソードスキルで最高威力の「デッドリー・ブロウ」を発動させた。ユウキのSTRが全て左手に乗り、先ほど放ったスマッシュ・ナックルよりも重い、ひたすらに重い一撃が、ドラキュラのどてっ腹にゴスンという物凄い音を響かせながら決まっていた。ドラキュラのHPは残りわずかとなり、もう虫の息となっていた。

 

 

 ユウキはあとソードスキル一発で全損するHPのドラキュラにトドメを刺すべく、最後のスキル・コネクトで左手でソード・スキルのモーションを取った。

 

 

(ねえ! そこの長い黒髪のおねーさん!)

 

「パンプ……」

 

(うん! おねーさん! 遊ぼうよ!)

 

「パン……プ……!」

 

(それじゃあお宝探しにしゅっぱーつ!)

 

「パンプ……ッ!」

 

(おねーさんをまもってあげるから……)

 

「パンプウウゥゥーーッ!!」

 

 

 ユウキが泣き叫びながらとったソードスキルのモーションは、この世でアスナとユウキだけしか使えないオリジナルソードスキル「マザーズ・ロザリオ」のモーションであった。十字架を苦手とする吸血鬼であるドラキュラに引導を渡すのに、このソードスキル程相応しいものはないだろう。

 

 

「せやアアァァーーーッ!!」

 

 

 マザーズ・ロザリオのモーションに入ったユウキは瞬く間に一撃目をドラキュラの懐に浴びせると、すぐさまに二撃、三撃、四撃、五撃、六撃、七撃、八撃、九撃、十撃目と続き、最後のトドメの十一連撃目に全ての力と想いを込めて、ドラキュラの体へと叩き込んだ。

 

 ユウキから四種類の連続ソードスキルを立て続けに喰らったドラキュラはHPをレッドゾーンからゼロへと全損させると、目の前の光景が信じられないような表情を浮かべながら、耳をつんざくような断末魔の悲鳴をあげたのちに青白いポリゴン片となって爆散した。

 

 キリト達一行は、シュピーゲルの弱点分析、キリトの立てた緻密な作戦、仲間同士の連携、そして何よりユウキのパンプへの想い等、様々なことが重なって、辛くも勝利することが出来た。ユウキがドラキュラを仕留めると、ボス部屋の中央に《Congratulations!!》のシステム表記がクエストのクリアを知らせていた。

 

 その表記を、パーティ全員が複雑な表情で見上げていた。一行は確かに戦いには勝利したが、その心にやや複雑な想いを抱いていた。楽しくクリアするはずのハロウィンクエストは、AI搭載のNPCパンプの登場により、楽しくも悲しい思い出となって新生スリーピング・ナイツの最初のアルバムに残ったのだった。

 

 

「キリト……パンプが……パンプが……死んじゃったよぅ……」

 

「ユウキ……」

 

 

 その中でも特にユウキはドラキュラを倒した後ガックリと肩を落としてしまっていた。その場にペタンと座り込んでしまい、キリトの胸を借りながら気の済むまで泣いていた。キリトはそんなユウキを優しく抱き締め、泣き止むまで側でずっとユウキを支え続けていた。

 

 

――――――

 

 

西暦2026年10月31日土曜日 午後22:40 世界樹の街アルン中央広場

 

 

 キリト達一行はハロウィンクエストをクリアするとリザルトを済まして、アルンの街へと帰ってきていた。めでたくクエストをクリアしたのにもかかわらず、各々が切ない表情を浮かべていた。シウネーやアスナはひたすらに悲しい表情を浮かべ、ジュンとノリ、キリトはやり場のない怒りをぶつける場所に困っていた。シュピーゲルとシノンはどうしたらいいかわからず複雑な気持ちを胸に抱いていた。

 

 アルンの街並みは既にクエスト受注可能時間を過ぎていたためか、ハロウィンの装飾がどこにも見受けられず、いつも通りのアルンの街並みの見た目となっていた。その光景を見ていたユウキは、もうどこにもパンプは居ないんだという気持ちを抱いてしまっていた。

 

 

 ―― ピピッ。

 

 

「……あれ……メッセージ……誰からだろ……」

 

 

 放心状態となってしまっていたユウキのもとに、何者からかメッセージが届けられていた。気分的にどうでもよくなっていたユウキであったがついついそのメッセージに釣られるように左手を操作して、内容を表示させていた。そしてそこの差出人の欄に表記されている名前を見て、ユウキは目を丸くして驚いていた。

 

 

「キ……キリトッ、パ……パンプからメッセージが……!」

 

「な……何だって!?」

 

 

 ユウキからパンプからメッセージが届けられている事実を聞かされると、キリトを含むパーティメンバーがユウキの周りへとぞろぞろと集まり始めた。差出人の欄には確かに「Pump」と表示されていた。勿論同名のプレイヤーから送られてきたという可能性もあるが、ユウキはそんなことお構いなしに本文を読むために、左手で操作を続けてメッセージの内容を表示させた。

 

 

( おねーさん、トリックオアトリートだよ! また来年あおうね! パンプ )

 

 

 メッセージの内容は、自分と遊んでくれたユウキにまた来年も遊ぼうねといったニュアンスが見て取れる、ユウキへと当てられたメッセージだった。このメッセージを見たユウキは、この世界のどこかでパンプがまだ生きている、死んでいないということを感じ取っていた。

 

 確かにパンプはシステム上HPが全損して、現実世界でいうところの「死」を迎えてしまったことだとは思う。しかしあの悪戯好きでお茶目なパンプのことだ。また来年……このハロウィンの季節にひょっこり顔を出して、ボクたちを驚かしてくれるに違いない。だってそうじゃないか、今年のハロウィンだって……ボクたちはパンプに驚かされてばっかりだった。

 

 きっと来年もパンプはボクたちの前に現れて、ボクたちをきっと楽しませてくれる。だから……寂しくないよ? また一年経てばパンプに会えるんだから。むしろ逆に来年はボクたちがパンプを驚かせてやろうかな、いしし……どんな悪戯を仕掛けてやろうかな。むこうは脅かしのプロだから……生半可な脅かしじゃ絶対動じないに決まってる。……皆と一緒に考えてみようか、来年も……楽しいハロウィンになるように……。

 

 

 また会おうね、パンプ。

 

 

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 長文回のお付き合い、ありがとうございました。多分パンプとドラキュラ伯爵の見た目に見覚えがある人はきっと私と同じ世代を生きてきた人たちだと思いますね。パンプとドラキュラの見た目についてはお察しの通りだと思います。ちょっと正直ドラキュラは見た目が気持ち悪すぎたので見てて不快になってしまってたらごめんなさい。そして闘病編の36話を修正いたしました。よろしければそちらもお目通しいただければと思います。

 見苦しい後書きですが、ボツになってしまったシノンとユウキのハロウィン衣装置いておきますのでどうかお許しください!!


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