ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
しかし…まだ戦いそのものは終わっていません。
まだ…ユウキのドナーを見つけるという大仕事が残っています。
今回は…とある男が…意地を見せます。
それでは35話、ご覧ください
西暦2026年2月8日 日曜日 午前6:55 横浜港北総合病院 メディキュボイド仮想空間 木綿季の部屋
「くぅ……」
「すぅ……」
昨夜のライブから一夜明けた、和人と木綿季はすっかり疲れ果て昨夜からずっと眠っていた。
あの後打ち上げが終わり、観客、スタッフが全部退場したのが確認されたあと、ライブ会場が解体されて何もない更地にキリトとユウキだけがぽつんと取り残されていたのだ。
ALOで建築したライブ会場は現実と違い、メニューボタン一つで解体が出来てしまう。後片付けを済ませて会場を解体すると、更地になったその場に雑魚寝しているキリトとユウキの姿があった。てっきりみんなキリトとユウキはもう帰ってると思ってたのだ。
結局二人はみんなに起こされ、寝ぼけ眼のまま半分夢の世界に意識を置き去りにしながらログアウトしていった。
和人はそのまま現実世界に帰還すると、息を吸うように無意識に病院のランチャーを起動して、すぐさま木綿季の部屋にログイン、疲れが全く取れてない二人はそのまま身を寄せ合って深い眠りについた。
そして現在に至るというわけだ。
「すぅ……」
「くぅ……」
二人は幸せそうに眠っている。昨日まで激動の毎日をほぼノンストップで全力疾走してきたのだ。
ようやく訪れた静寂に二人は身を寄せていた、一週間分の疲れを吐き出すように…。
そして長い眠りからは和人が先に目を覚ました。
「ん…く…あ…あさ…か…?」
和人は仮想のタオルケットを上半身からのけるとむくりと上体を起こし、大きなあくびをした。
「ふああ…、木綿季は…まだ寝てるか…」
和人はいつものように大きく伸びをして、肩と腰をぐりんぐりん回して関節をぽきぽきならす。
そして覚めきれない意識のまま周囲を見渡して今の自分の置かれた状況を少しずつ思い返していった。
「ん…昨日も一緒に寝たんだっけか…、なんだかてっきり当たり前になってきてるな…」
今更だが仮想空間とはいえ、木綿季と和人はかなりの回数一緒に眠っていた。ALOでも何度か一緒に寝ている。
ここまでくると現実世界で和人の部屋で一緒に過ごすのとなんらかわりはないのだろうが、やはりそこの区別はついているようで現実ではこっぱずかしくてかなわんようだ。
「……もいっかい…寝るかな…しばらくはこのままでも…」
和人はしばらくは平穏な日々をこうやってゆったり過ごしていくのがいいと思っていた。
ドナーが届けばまた慌ただしくなるに違いない。そうしたら治療やらリハビリやらでごたごたが待っている。
いや、それはそれで嬉しいし喜ばしいことなんだが…ちょっとの間ぐらいは…この平穏な幸せを噛みしめていたかった。
眠い瞳を再び閉じた和人は無意識に横になっている木綿季の体に手を廻し、抱き枕気味に木綿季を抱きしめたまま眠りについた。決して本人にやましい気持ちはなかった。ただ…丁度いい位置に丁度いい形をした木綿季がいたので無意識に抱いて眠ってしまったのだ。もう一度言うが和人にやましい気持ちはない。
「あ…う…ん…んん…」
体に違和感を覚えた木綿季が入れ替わるように目を覚ました。木綿季はいつも通り上体を起こして伸びをしようとしていたのだが…。
(あれ…変だな…体が…動かない…?)
もう一度体を起こそうとする、しかし動かない。まだ半分意識が夢の世界にある木綿季は何で自分が動けないかわからなかった。次第に眠気が覚めていき、徐々に徐々にだが現在の自分の状況をようやく確認すると…。
「ふぇ!?」
木綿季は目を見開いて信じられない光景を目にしていた。寝ている和人が自分に抱き着いたまま眠りについていたのだ。
その現実を視認した瞬間に木綿季の眠気はふっとび、どうしてこうなっているのかと頭を混乱させていた。
(え!? な…何で!? 何で和人がボクを…いや…嬉しい…嬉しいけど…!)
木綿季は必死に和人の拘束を解こうと試みるが…男の腕力でがっちり掴まれているため全く振りほどけなかった。
和人は木綿季の腰回りの位置を包み込むようにして抱きかかえていた。
つまり、体が腕で完全にロックされている状態にあった。
「どうしよう…動けない…うう…困ったな…」
木綿季は完全に困り果てていたが、内心はこのままでもいいかと思い始めていた。
昨日までは激動の一週間であったしドナーが見つかるまでの間は和人と一緒にのんびり出来ると思っていたからだ。
実際和人は学校を休学しているから時間はあるし、ゆっくり過ごしたいと考えていた。
しかし…その一日目から自分の体が全く動かせないと誰が予想しただろうか。
「うう…和人のばか…」
どうにか振りほどこうとするがうんともすんとも言わなかった。男の力で、それも振りほどきにくい形で固められたら、木綿季にこれを解くすべは全くなかった。ほどなくして木綿季は脱出をあきらめた。
(…まあいいや…しばらくはこのままでも…)
開き直ると木綿季はこの状況を受け入れた。かつてないぐらいに和人の顔が自分に近い位置にあった。
顔だけではない、体が完全に密着していた。年頃の女の子にこの状況は大変に過激なものだった。
(和人…やっぱり可愛い顔してるよね…男の子なのに…)
木綿季が和人の顔をまじまじと見るのは初めてであった。抱き合ったり口づけをしたこともあったがじっくりと見つめる機会はそうそうなく、すらっと整った中性的な顔だちをした和人の顔は女の子に近い顔つきだった。
木綿季はそんな和人の顔を観察するように見つめている。
(こんな細い女の子みたいな男の子が…ボクを助けてくれようとしたんだ…)
木綿季はここ一週間のことを思い出していた。
ボクはある日…明日奈から頼まれた。
和人の側にいて元気づけてあげてほしい、最初は親友の頼みだったので和人に近付いた。
大切な親友の頼みだったからだ。持ち前の明るさと正直さで和人と一緒に時間を過ごしていった。
そして
そしてボクにはいつの間にか和人への恋心が芽生えていた。生まれて初めての恋、それも…親友の元恋人。
和人のことを好きだということに気付いてしまったボクは和人の前から姿を消した。
すぐに死んでしまうボクには、誰かを好きになる資格なんてない…そう思ってしまっていた。
しかし和人は拒絶した自分を病院まで追いかけて来てくれた。そしてボクを好きだと言ってくれた。
それでもボクは拒絶した。ボクの方が先に死んじゃうよ? 悲しい思いをさせるよ?
こう言えば引き下がると思った。和人に悲しい思いをさせないがためにと思ったからだ。
しかしそれでも…和人は歩み寄ってくれた。ボクを助けると言ってくれた。諦めるなと言ってくれた。
…嬉しかった…すごく嬉しかった…、根拠はなかったけど…和人ならボクを助けてくれる気がした。
だから…ボクは…病気になってから初めて…"生きたい"と思えるようになった。
和人を信じてみることにした。
和人は…ボクのヒーローだ、ボクの病気を治す方法も見つけてくれた。
困ったときにはいつも傍にいてくれた。ボクの我儘もいつも聞いてくれた。
和人は…ボクの…生き甲斐になっていた…。
「和人…」
木綿季は和人の胸板に顔を埋めた、大好きな和人を近くで感じていたい。
このまま時が止まってしまってもいいと思っていた、一生…和人の側にいたい…。
和人と出会ってからの一週間は…ボクにとって過去にないぐらい幸せの連続だった。
ボクはこんなに幸せになっていいんだろうかとも思った。幸せすぎてバチが当たってしまうんじゃないかとも思った。
でもこんなに幸せなら…少しぐらいバチが当たってもいいや…。
木綿季は様々なことを思い描くと、再び眠りについていた。
(和人…大好き…)
――――――――――
西暦2026年2月8日 日曜日 午前9:15 横浜港北総合病院 事務室
「…………」
倉橋は自分の仕事場で、インターネット配信を録画した昨日のライブの映像を見ていた。
ユウキの歌っているシーンを見ていた。我が子の学芸会のビデオを一人で楽しく見るかのように。
「木綿季君…楽しそうに歌いますね…」
その表情は穏やかであった。数週間前まで彼女はこんな表情はしなかった。
楽しいと思うことはあっても、心からやりがいのあることを成し遂げての表情は見せたことはなかったのである。
その楽しそうに歌う木綿季の姿を見た倉橋の心は晴れやかな気分になっていた。
「おっと…こうしてはいられない…仕事に戻らなくては…」
仕事用のパソコンに娘の雄姿が映っている動画を私用で保存しているのもどうかと思ったが今回ばかりは仕方ないだろう。倉橋はいつも木綿季の言うことを聞いてくれるが基本的には多忙の身、これから起こるであろう大仕事のことを考えると今以上に多忙になるだろう。
「世界中のドナー登録志願者のデータが揃うまで…3日から…一週間ぐらいでしょうか…その間から木綿季君のHLAに合うドナーを探し出すのに…骨が折れそうですね…」
基本的に病院が抱えている患者のHLAのデータは外部には原則的に非公開となっている。患者のHLAのデータが自由自在に世界を飛び回ってしまえば、臓器売買などの犯罪につながる可能性があるからだ。
需要があるHLAのデータを見つけてしまえば闇取引などの材料にされてしまう。
なのでHLAの照合に関しては横浜港北総合病院の医療スタッフだけで行うこととなる。
全世界から何万…下手したら何千万のドナーデータが届けられるかは分からないが…こればかりは物理的な解決方法しかない。
「しばらくは…徹夜ですね…」
倉橋は医者が医者の手にかかるかもしれないなと思い始めていた。
病気や怪我を治す医者がそんなことになってしまったら身もふたもないが事情が事情なだけに仕方がない。
何しろ愛する娘のためだ、一週間やちょっとの徹夜なんて覚悟の上だ、と倉橋は意気込んでいた。
「ドナーが見つかった後のことも…準備の方を進めておかなくては…」
倉橋の人生の中で一番忙しくなるであろう時期が始まった。自分は倒れてしまうかもしれない、しかし自分が今ここで踏ん張らなくては木綿季は助からない。
なら…こういう踏ん張りどころぐらい…男らしく踏ん張っていこう。体育会系ではない倉橋は珍しく根性論に似たような感情を持っていた。
「待っていてくださいね…木綿季君…必ずキミにあうドナーを見つけてみせます」
倉橋はそう言って白衣を翻すと仕事に戻っていった。その後ろ姿はまるでブラック・ジャックのような頼もしさがあった。
――――――――
西暦2026年2月13日金曜日午前11:35 横浜港北総合病院
あれから6日間が経過した、倉橋は通常業務から木綿季の面倒、そして他にも抱えている患者の面倒や治療、手術、そしてドナーの照合など多忙すぎる毎日を過ごしていた。しかしそれがつらいと思うことはなかった。
自分が動くことによって人を笑顔に出来る、中には悲しませてしまうこともあるが…倉橋はこの仕事にやりがいを感じていた。
特に…木綿季のように若い子の命を救う時は…自分の心も救われるような気分だった。
それを現実のものとするために、倉橋は今日も病院中の手の空いている医療スタッフをかき集め、ドナーの照合に努める。
これまで何百件…何千件…いや、何万件のドナーのHLAチェックを行っただろうか、一向に木綿季のHLAと合致するドナーは見つからないでいた。HIV耐性の遺伝子を持つドナーは何件か見受けられたのだが。
倉橋はほぼ無眠無休でドナーのチェックを進めていた、横浜港北総合病院は医療スタッフ不足には陥っていないので焦る必要はないのだが…今回の件に関してだけは倉橋なりに譲れないものがあった。
自分が休んでる間に木綿季君のドナーが見つかりましたなんてカッコ悪いことにはしたくなかったのである。
木綿季に…自分が見つけたと言いたい…自分の手で木綿季を救いたい、そういった男の意地というものが倉橋にもあったのだ。しかし流石に倉橋の肉体にも負担が来ていた。
「う……」
ドナーの照合を進めている倉橋は突如として目眩に襲われた。無理もない、ここ数日間の倉橋の一日の平均睡眠時間は2時間にも満たない。医師がいくら多忙とは言え限度というモノがある。
「先生!? 大丈夫ですか…!?」
「ええ…平気です…、こんなもの…木綿季君が味わってきた苦しみに比べれば…」
「先生…流石に無理しすぎです。少し休んでください」
「いえ…大丈夫です、このまま続けます」
「ダメです!!」
「う…」
倉橋には言い返す気力も体力も判断力もなくなっていた、上半身は猫背になってるし顔にも覇気を感じられないし肌もガサガサだ。
見るからに不健康人間まっしぐらな顔つきになってしまっている。流石に無理がたたりすぎて限界が来ていた。
「ほらっ今日だけは絶対にダメです!! 院長にも話をつけておきます! 私たちが後はやるんで休んでください!っていうか休みなさい!!」
倉橋はそう言われて医療スタッフから半ば強引に事務室をつまみ出されてしまった。
こうまでしないと先生は言うことを聞かないと判断されてのことだろう。実際、歩くだけでもつらそうにしている。
「……鍵を閉められてますね…」
すぐさま戻ろうと扉に手を掛けた倉橋であったが案の定事務室にはしっかりカギがかけられていた。マスターキーも自身のデスクに仕舞っている。完璧に仕事場に入れなくなってしまった。物理的に仕事も出来なくなったので仕方なくとぼとぼと倉橋は仮眠室へと足を運んでいた。
「仕方ないですね…少しだけ…休息をとりましょうか…」
少しだけ仕事場に未練を残しながら倉橋は仮眠室へと姿を消していった。
娘のためとはいえ、少々頑張り過ぎたお父さんであった。
――――――――
同日同時刻 横浜港北総合病院 メディキュボイド仮想空間 木綿季の部屋
和人は相変わらず日常を木綿季の部屋で過ごしていた。
何やら二人で仲良くとあるニュースサイトを閲覧しているようであった。
「木綿季…見てみろ…ここの…記事…」
「え…どれ…?…」
木綿季は和人の指さした記事を前のめりになって読み始めた。どうやら医療関係のニュースのようだ。
「えっと………え…これ…本当なの!?」
「ああ…本当だ…早速成果が出てきた…ってことじゃないか…?」
木綿季が読んでいたのはHIVに関するニュースの記事だった。アメリカサンフランシスコで、5年間HIVと闘病を続けていたAIDS患者が、先週の件で登録された骨髄ドナーの移植でHIVウィルスの数が減少したという報告が上がってきていたという。
他にもHIVではないが日本国内で白血病を抱えている患者がこの時登録された骨髄の移植によって治る傾向に向かっている報告が何件か上がっていた。
あのライブの影響で、命を救われた人が…確かにいたのだ。
「すごいな…早速成果が出てきている…木綿季のひたむきな姿勢が…人の命を…救ったんだ…」
木綿季は信じられないような目でその記事を見つめていた。
ボクが…人の命を救った…? 一切体を動かせない…無菌室から出られないボクが…?
「これ…本当…なのかな…」
「ばかっ嘘の記事をこんな大々的に取り上げるわけないだろ…しかし…このままいくとこの患者さんもAIDSが治るかもしれないな…世界で…3人目の完治者になるかもしれないんだ」
「ボクは…何人目になるのかな…」
木綿季は首をかしげながら切ない表情をして記事を見つめていた。
「…そればかりは分からないが…恐らく、時間の問題だと思う」
「…そっか…」
今、唯一木綿季にとって幸運なのは木綿季の体内に潜伏しているHIVウィルスが以前と比べて活動が控えめになってきていることにある。
勘違いしている人が多いがそもそもAIDS自体は病気ではない。HIVに感染すると、HIVウィルスが体内の免疫機能を破壊してしまう。その影響で感染症になりやすくなってしまった状態のことを「AIDS」と呼んでいるのだ。
だからHIVを駆逐して免疫機能を元に戻してやれば、自然とAIDSも治るということだ。
勿論それとは別にこれまでに抱えてしまった合併症、後遺症の危険性も残ってはいるが。
「ねえ和人…ボクね…3年間、24時間フルダイブしてるって…言ったよね?」
「あ…ああ…そうだな…そう聞いている」
「あれね…実は正しくはないんだ…3年間に24時間 "ほぼ"フルダイブしてたの…」
「ほぼ…?」
「ボクね…何ヶ月かに一回は…メディキュボイドのフルダイブから現実に帰還してることがあるんだ、検査とかのためにね…」
「検査…?」
「そ、その時の身体機能とか…チェックするための…」
和人は息をのんだ、これから木綿季が言うことが何故か恐ろしい宣告をするような気がしていたからだ。
「…半年ほど前さ…一度現実世界に帰還したの…、その時…当然意識は現実にあるんだけど…その時ね…その時…」
やめろ…やめてくれ…聞きたくない…そこから先は…俺は聞きたくない…!
「目の前が真っ暗でね…何も見えなかったんだ…」
和人は言葉を失った、嘘だと言いたかった、息が詰まる思いがした。木綿季が言っている言葉を理解したくなかった。
「サイトメガロウィルス感染症って言って…AIDSの影響により起こる感染症の一種なんだって。本来は…そのウィルスは成人の90%の体内に潜伏してて、普通なら免疫が働いてそこまで悪質な働きはないんだって…」
木綿季は無表情で淡々と話を続けていった。
「でもね…生まれたばかりの赤ん坊や…ボクみたいにHIVに感染して…免疫機能が低下している人間の場合、そのウィルスが悪さをするんだって…主な症状に視力の低下とかがあって…最悪の場合…"失明"するんだって…」
「失…明…!?」
木綿季は体を蹲らせ、震えるような声で話を続けた。
「うん…恐らくボクは…もう…半年前には…光を失っていたの…。先生は…長い間フルダイブしてて焦点が合ってないだけとか…一時的なものなだけで…薬の投与で治るって言ってたけど…もう…きっと手遅れなの…」
少しだけ顔を上げた木綿季の目には大粒の涙が滴り落ち、木綿季の着ている服と仮想空間の床を濡らしていた。
「だから…だからね…たぶん…HIVが治っても…現実の世界で和人の顔…見られないかもしれないんだ…」
和人は木綿季から語られた事実に大変なショックを受けていた。
よりによって…人間の五感の中で一番重要な…視力が…木綿季から奪われていたのだ。
和人はこの世界を恨んだ、何でこの世界は…木綿季にこのようなつらい現実ばかり押し付けるんだ。
こんなか弱い女の子に…なんて残酷な仕打ちをするんだ…と。
…だがしかし、和人にはそんな現実を突きつけられても…揺るぎようのない硬い"意思"と"覚悟"があった。
「ごめんね…折角ここまでやってくれたのに…ボク…現実に戻っても…ずっと和人に迷惑をかけることになっちゃう…」
その言葉を聞いた瞬間和人は力に身を任せ、木綿季を自分の方へ引き寄せ精一杯抱き締めた。
「わっ…かずと…?」
「いいか…俺は以前にも先生に言ったんだ。もし…木綿季が五感を全て失い、四肢が動かない体になっても、一生死ぬまで傍で支え続けるって。目が見えないだ…? だったら…俺が…お前の目になってやる!!」
「か…ずと…」
木綿季はこの事実を既に知っていた。過去に病棟で和人が大声で叫んだ時、メディキュボイドの無菌室前まで筒抜けだったのだ。
その時の和人の男気に木綿季は心の底から、和人の恋人で良かったと幸せを感じたほどだ。
「実はね…ボク…知ってたよ? 前に…和人が…そう言ってくれたこと…」
「え…それ…マジで…?」
和人は途端に顔が真っ赤になった。聞かれてたのは…アスナだけじゃ…なかったのか…。
「うん…すごく嬉しかった…和人の恋人でよかったって…あの時心の底からそう思えたんだ…」
「あ…その…お…おう…俺が…傍にいてやる…から…安心しろ…」
「ありがと」
そういうと木綿季は急接近したかと思うと和人の頬に接吻をした。
「のわっ!…木綿季…」
「えへへー♪」
木綿季はその場の勢いに任せて和人に無理やり飛びついてそのまま体重を預けた。
「おぼっ!?」
「和人だーいすき!」
「いてて…まったく…木綿季は甘えん坊だな…」
「和人にだけだもんッ」
「しょうがない奴だな全く…」
このやり時も一体何回目だろうか…、木綿季と付き合い始めてから数えきれないほどの抱擁を重ねている。
以前アスナと付き合ってた時ですら…ここまでのスキンシップをしたことはなかったな…。
「なあ…木綿季」
「なあに…和人?」
「俺はな…木綿季から視力が奪われてるとは…思えないんだ」
「え…」
木綿季は目を丸くして首を傾げた。そんなことはない…半年前は確かにボクの目は光を感じなかった。
疑いようのない事実だった。先生のあの言葉も…ボクを落ち込ませないための気休めか何かかと思ってた。
「なんとなく…だけど…な…。それに先生はそんな気休め言わないと思うんだよ…、多分…あの人は嘘はつけない人だ」
「何回かボクの余命誤魔化したことあったよ…?」
「あ…う…それは…その…なんか…ごめん…」
「んーん、でもありがと」
その日も和人と木綿季な何の気のないいつも通りの日常を過ごしていた。和人は食事とトイレ以外の時間はほとんど木綿季の部屋で過ごしていた。それが…ここ最近の和人の日常となっていたのだ。
ドナーが見つかるまでの間…和人は時間の許す限り木綿季の傍にい続けた。木綿季はその和人からの愛情を、いっぱいに受け取っていた。現実世界には戻れないものの、幸せな毎日を過ごしていた。
倉橋はひたすら、爆発的に増え続ける膨大な量の骨髄ドナーのHLAをただひたすら調べ続けた。木綿季のHLAと一致するドナーを…ひたすら…ひたすら…。
――――――――
西暦2026年3月7日土曜日 午前6:20 横浜港北総合病院
チャリティーライブから丁度一ヶ月が過ぎた。和人は変わらず、木綿季の側にい続けている。
時にはALOで一緒に遊び、時には仮想空間の部屋で一緒にのんびり過ごす…そんな毎日を過ごしていた。
倉橋は…一日の平均睡眠時間こそ増えたものの、ドナーのHLAを照合し続けていた。ついには院長から通常業務はいいからこっちの照合に集中してくれていいと言われたほどだった。
「…………」
「倉橋先生…」
「私なら…大丈夫ですよ…それより…君たちも休んだ方がいいでしょう…。私のことはいいですから…今日は非番でしょう? 上がって結構ですよ…」
「しかし…」
「大丈夫です…続けさせてください…」
「…先生…」
「…私は…木綿季君の家族を救えなかった…黙って見殺しにしたも同然なのです…せめて…木綿季君だけは…」
「それは…先生の所為では…」
「いいんです…でないと…藍子君たちに合わせる顔がありません…」
とはいうものの、24時間中20時間近くをHLAの照合の時間に費やしている倉橋の肉体は、もう満身創痍であった。
周りの人間は何度も止めたのだが、倉橋はそれらを全て振り切り、半ば意地になって照合を続けていた。
医師としてはあるまじき行為なのだが、周りの人間はそれ以上倉橋を止めることは出来なかった。
「でも先生…流石にもう無理です! ちょっとだけでいいですから休憩してください! お願いですから…!」
倉橋の部下は瞳に涙を浮かべながら倉橋に休憩するよう訴えた。
「………そうです…ね…、では…今見ているこのグループのドナーを確認したら休憩に入ります…」
部下の必死のお願いが届いたのか、ちょっとだけならと思い倉橋は1時間だけ休憩をとることにした。
「…そうしてください…」
部下は安堵の表情を浮かべていた、今すぐ休めばいいのにという気持ちと、何でこんなにも見つからないんだというもどかしさを感じていた。
「しかし…ホントに見つからないものなんですね…白人の1%っていったら…根気よく探せばそこまで苦労せずとも見つかるものだと思うんですけど…」
「…そうは簡単にいかないというのが現実というものです…しかし…幸いにも調べていないドナーはまだまだ山ほどあります…それらを…しらみつぶしに…探して…行け…ば…?」
倉橋の目つきが変わった、倉橋の視線の先にはとあるドナーのデータが表示されていた。
慌てて倉橋は木綿季のデータと見比べる、見間違いじゃないか確かめるために何度も何度も視線を往復させた。
「せ…先生…?」
「あ…あ…」
倉橋の体は震えていた、先生は何を見たんだろう? 不思議に思った部下は倉橋の持っている木綿季のデータと、画面に表示されているドナーのデータを見比べてみた。
そこで部下は知った、何故…倉橋が言葉を失っているかの意味を…。
「せ…先生…これ…まさか…」
「……まさか…ですよ…ついに…ついにやりました…」
倉橋の目からは大粒の涙が流れていた、紺野家の面倒を見始めてから、決して流すまいと思っていたものを。
何年も何年も我慢してきた感情を…倉橋は爆発させた。
「長かった…15年…気が遠くなるほど…長かった…でも…ようやく…報われる時が…来た…」
「先生…よかった…本当に…ッ」
部下も涙を流して倉橋に祝福を送ると同時に、これまでの倉橋の頑張りを労っていた。
「とうとう見つけました…木綿季君のHLAに合う…骨髄ドナーを…!!」
to be continued...
次回もよろしくお願いします。