ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは、そろそろこの物語はクライマックスを迎えようとしていますね。予定していた話数よりもかなーり伸びていってしまっているのですが、確実に物語は進んでいっております。
引き続き、キリトとユウキがどうなっていくのか皆様の目で確かめていただければと思います。
そしてUAが9000を突破し、五桁目前とまで迫ってきました! 正直言って嬉しすぎて顔がにやけてしまっています。Twitterの方もフォローを飛ばしていただいてて本当にありがとうございます。
お気に入りの数も少しずつ上昇しているのを見ていると、すごい期待をされているんだなと実感します。今更失踪する気はさらさらありませんが、勢いを殺さず突っ走っていきますので今後もよろしくお願いいたします。
それでは、24話ご覧ください。
西暦2026年2月2日月曜日 午後16:30 新生アイクンラッド第22層 湖畔エリア
「うう~ん……」
「むう……」
「うーん……?」
「えっと、まだダメかな……」
最初の曲を歌い終わったユウキが、出来はどうかとセブン、レイン、スメラギの三人に評価を求めていた。あれからユウキはものすごい特訓に特訓を重ね、先程まで素人だったとは思えないほどの目覚しい成長を見せていた。
声の出し方等のボイストレーニングをおさらいしながらの歌のレッスンは、ユウキ自信のモチベーションの高さも相まって目覚しい成果を上げていた。
が、しかし……ここまで上達したにも関わらず、ユウキの歌声を聞いた三人は揃いも揃って首をかしげていた。
「うん、ものすごくよくなったとは思うよ? 最初に比べると全然いいと思う。でも何だろう? ちょっとだけ違和感があるの、ユウキちゃんの歌声」
「確かにそうなんだよね、何だろうね……?」
セブンとレインは姉妹仲良く左右対称、シンメトリカルに首をかしげて、その歌声の違和感に悩んでいた。確かに上手いがどこかおかしい、まるで喉に引っかかった魚の小骨みたいに違和感を覚えていた。
「素人の俺でもユウキの歌が上達しているのは……すごい分かる。ここまできてもまだ駄目なのか? セブン」
キリトに声をかけられるも、セブンは未だ違和感の正体を探っていた。もしユウキの歌声で学生の合唱コンクール等に出ていたら、かなりの上位に食い込むレベルだろう。しかしプロとして、ファンに支えてもらおうとなるとまだ足りない。決定的な何かが足りなかった。
「…………」
腕を組みながらスメラギも違和感の正体について考え込んでいた。普通のカラオケで歌っても部屋が静かになるぐらい上手く、宴会などで披露すれば間違いなく場は盛り上がること間違いなしのユウキの歌声の引っかかりに、あと少しで気付きそうな感じであった。
「……む、なるほどな、そういうことか……」
「何か気付いたのか? スメラギ」
レインやセブン、歌い手とは別の観点から思考を巡らせていたスメラギが、ユウキの歌声の違和感の正体に気付いたようだった。スメラギ自信は音痴なのだが、歌声を聴く耳だけは、長いあいだレインやセブンたちのライブに同行していたこともあり、感覚が研ぎ澄まされていたのだ。
「ああ、多分間違ってなければ……これで彼女の歌声は化ける、いい意味でな……」
「ふぇ?」
ユウキはキョトンとした表情でキリト達を見ていた。一体何の話をしているんだろう? ボクの歌声の違和感って何なんだろう? 確かにまだ全然セブンたちには及ばないけど、それとは別に何か変なところがあるのだろうか?
「ユウキ、すまんがもう一度Aメロだけ歌ってみせてくれないか?」
「え? あ……う、うん。いいよ?」
ユウキがスメラギからの要請を承諾すると、再び楽曲がスピーカーから流れ始めた。曲の前奏に合わせてユウキが体でリズムを作り、歌い出しのタイミングに合わせてマイクを口に近づけ、歌唱を始めた。
「ずっと ひかりのなか きのう まではなかった あしあとを たどってきたほど」
ユウキの歌声は素人のキリトから聞いてみても、プロと肩を並べることが出来るかもしれないものであった。歌唱の強弱にメリハリが出てるし、しっかり力強く歌えている。やがて曲のAメロからBメロに移るであろうタイミングで、スメラギが演奏を止めろと楽器班に指示を送った。
すると演奏はピタッと止まった。セブンとレインはあれだけで分かったの?といった表情でスメラギとユウキを交互に見ていた。一方で歌を途中で中断されたユウキの頭には?マークが浮かんでいた。
「スメラギ、ホントに分かったのか?」
「ああ、多分間違いない。俺の想像が正しければ、まだユウキの歌声は "棒読み" の域を出ていないとみる」
「え……ぼ、棒読みって……あんなに上達してるんだぞ? あれで棒読みだってのか!?」
スメラギの言ったことにキリトは驚きの表情を隠せなかった。流石にプロの目からしたらまだまだかもしれないが、のど自慢等に出場すれば会場が拍手喝采になること間違い無しの歌唱力だ。そして歌ってみたの動画で投稿すればかなりの再生数を稼げるだろう。
その歌声がまだ棒読みの域を出ていないというではないか。だとしたらそれは一体何故なのだろうか? しかしスメラギの言ったことに、レインとセブンは漸く納得がいった様子だった。音感がある二人には、ユウキの歌声の違和感の正体を突き止めたようだ。
「ああ……なるほどね。スメラギ君の言ってること、分かったかも」
「私も七色と同じかな? でもこれなら改善出来ると思うよ?」
「……二人共、どういうことだ?」
「んーっとね、ここじゃちょっと説明しにくいかな、ちょっと早いけど休憩にして屋内にいこっか。そこで説明するから」
キリトは自分だけおいてけぼりを食らっており、何で三人が納得しているのかもわからなかった。歌とは全く縁がない生活をしていたこともあるが、いい加減人並みには歌を歌えるようにもなってもいいかもしれないと思い始めていた。
少し早いがレッスンが一区切りついたこともあり、四人はキリトのホームの屋内へと足を運んでいった。疲労の様子を見せていたユウキもステージからぴょんと飛び降りると、両手を左右に広げてとてとてと家の中へと向かっていった。
「これは……もしかしたらとんでもないかもね……」
セブンはただ一人、ユウキから歌の才能を見出していた。しかしその才能は自分の想像を大きく超えるものだったのかもしれないと、少しだけ焦りの表情も見せていた。そんなセブンの気持ちを汲み取ったのか、背後からスメラギが近づき、
「
「自分のライバルになるかもしれない子を……育てようとしているんだね、私……」
「……不服か?」
「ううん、むしろ……燃えてきた、かな」
「フゥ、そうか……」
この年にしてアイドル界のトップを走っているセブンも、新たなライバルが登場するかもしれないことに、焦りもそうだが闘争心のようなものも燃やしていた。
誰にでもフレンドリーで活発で明るく、曲がったことが嫌いで歌も上手いとなると、向かうところ敵なしのアイドルへと成長する可能性が高い。しかし、ユウキはアイドルになるためにレッスンを重ねているわけではない。
あくまで自分の病気を治すためだ。そのために頑張って歌を練習しているに過ぎない。だからセブンのライバルになることはまず有り得ないのだが……、それでもあまりある才能を目の当たりにすると、人間は自然と焦ったり対抗心を燃やしたりしてしまうものなのだ。
「お疲れ様ユウキ、随分ご機嫌だな?」
「うん! さっきまでへたっぴだったのに……どんどん上手くなっていくのが実感できて楽しいんだ~♪」
上達しているのを自分でも感じ取っているユウキはすこぶるご機嫌の様子だ。昼頃のしょぼくれようが嘘のようである。ユウキの素質と才能もそうなのだろうが、おそらく何よりは教えてくれる先生方が優秀なこともあるだろう。何しろプロが教えているのだから、これ以上の先生はいないだろう。
「何か話したいこともあるみたいだし、とっとと休憩に入っちまおう」
「あいー! 了解!」
――――――
同日同時刻 新生アインクラッド第22層 湖畔エリア キリトのホーム屋内
モダンな雰囲気が漂うキリトのホームのリビングの真っ赤なソファに、五人がテーブルを囲むようにしてくつろいでいた。差し入れの飲み物が出され、五人それぞれつかの間の休息に身を投じていた。
「ユウキちゃん、最初に比べたらものすごく上手くなったよー! 一日目でここまで上達するなんてすごいよ!」
レインがユウキに近寄り、尊敬のまなざしを送りながら話しかけていた。ストリートライブやバイト先の店で歌ってパフォーマンスをしていた経験があることから、ユウキの気持ちがわかるところがあるのだろう。
「んーん、セブンとスメラギのお陰だよ! へたっぴなボクをここまで上達させてくれたんだから! ボク……最初は恥ずかしくてつらかったけど……今はすっごく楽しいよ!」
ユウキは差し入れのドリンクを片手に持ちながら溢れんばかりの笑顔を見せていた。ここまでモチベーションを上げてもらえればこれからのレッスンは大丈夫そうだ。
レッスンの成果も出ていることもあり、この調子なら本番当日まで仕上がることだろう。急ごしらえ感は否めないが、セブンが太鼓判を押しているのだ。きっと大丈夫だろう。
「さて……本題に入っていいか?」
「ああそういえばそうだったな。それでスメラギ、一体どうしたらいいんだ? これ以上ユウキが上達するには……」
キリトがそう尋ねると、自然と全員の視線がスメラギに集まっていた。セブンとレインは感覚でわかっているが、キリトとユウキに説明するには、理屈の方面からでも納得いくように説明しなくてはならない。
スメラギは尋ねられると左手でメニューを開き、執筆スキルを使用して画用紙とペンをストレージからオブジェクト化して、何やら文字のようなものを書き始めた。
30秒ほど経過して、何かを書き終えたのか、スメラギは出来上がった紙面をユウキに差し出した。
「出来たぞ、ユウキ……受け取れ」
「え? あ、うん……」
ユウキは差し出された紙面を受け取ると、そこに書かれている文字に早速目を通していった。その文字はユウキにとっても記憶に新しく、最初に歌った曲と、レッスンを重ねているもう一つの曲の歌詞そのものであった。
「えっと……これ、歌詞だよね?」
「ああ、貴様にソロで歌ってもらう二曲の歌詞がかかれている」
「歌詞だって……? どういうことだ? スメラギ」
「き、貴様というやつは……剣の腕は確かなのに音楽に関してはとことん無頓着な輩なのだな……」
「う……、よ、余計なお世話だよ……」
「まあ……キリトのゲーム脳はともかくとしてさ、この歌詞がどうかしたの?」
さりげなくキリトに毒を吐きながら、ユウキが先ほどの件についてスメラギに尋ねた。スメラギは「うむ」と返事をしつつユウキから歌詞を受け取ると、それをテーブルの上に広げて説明を始めた。
「ユウキ、貴様の才能は凄まじいものがある。磨けばとんでもないスターになる可能性も秘めている。嘘ではない、しかしユウキの歌声にはまだこもっていないものがある」
「ボクの歌にこもっていないもの、何だろ……?」
またもや全員の視線がスメラギに集まっていた。一体どのような解答をするのだろうか? 普段あまり口を開くことがないスメラギからどのような答えが飛び出すか、全員食い入るように待ち構えていた。
「
「な……気持ちだぁ!?」
スメラギからの回答に、キリトは驚きの表情でソファから立ち上がり、声を裏返して信じられないような様子を見せていた。まさかまさかこんなすましたスメラギの口から、こんなにもロマンティックなセリフが飛び出すとは思わなかったのである。結構現実的な男だとばかり思っていたのだ。
「茶化しているわけではないぞ、キリトよ……」
「い、いや別に俺も茶化してると思ってるわけじゃないけど……、どういうことなんだよ……」
「ボ、ボクも……一応気持ちは込めて歌ってるつもりなんだけど……」
「そうだな、分かりやすく言ってやろう。まず貴様の歌だが、あれは歌であって歌ではない、言ってしまえば……歌詞の読み上げとも言える」
「か、歌詞の……」
「読み上げ……?」
ユウキの歌は歌詞の読み上げ、それが違和感の正体だとスメラギは言う。一体どういうことなのだろう? 相変わらずおいてけぼりを食らっているキリトは続いてスメラギに疑問をぶつけてみた。
「あのキレイな歌声が……ただの歌詞の読み上げだっていうのかよ……?」
「ああそうだ、ユウキは歌詞を曲のリズムにのって読み上げているに過ぎない、だから棒読みの感じが抜けずに違和感として聞こえていたんだ」
歌というのは奇妙なもので、音程を合わせてリズムよく声を出していると、形の良し悪しはあってもちゃんと歌として聞こえてしまうものなのだ。
しかし、プロとして人を感動させるにはそれだけでは足りなさすぎる。いくらトレーニングを重ね地力をあげたとしても、人を感動させるには歌手と歌が完全に一体化する必要がある。
スメラギはユウキに足りないものはそれだと言っていたのだ。つまりは、今回歌う曲に対する理解がまだ足りないと、そういうことだった。
「スメラギ君はこれでも私たちのライブにずっと付き合ってきたからね、音痴だけど音感だけは確かなものなのよ」
「……セブン、それを言われると俺も少し傷つくぞ」
「あらそう? ごめんなさいね」
「それで、その棒読みを解消するためには…どうしたらいいんだ? スメラギ」
「今は答えることは出来ない、というより……今日はもうこれ以上の上達は見込めないだろう。一度解散して、また明日から続きをやったほうがいいだろう」
「え、ええ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 折角ここまで上手くなってきたのに! これからがいいところなんじゃないの!?」
ユウキはソファから立ち上がり、非常に残念そうに声を荒げた。その方法を知ればもっと上手になれるかもしれないのに……と思ってただけに余計である。
「んー、そうだねえ……。ユウキちゃん、多分それは……ユウキちゃん自身で見つけた方がいいんじゃないかなって思うんだ」
「ボ、ボク自身が……?」
「ここで答えを教えちゃうのは簡単なんだけど、それじゃあ頭で理解しただけで、感覚で理解していないでしょ? それじゃあだめなの」
「う、うぅ……そ、そうなのかな……」
「今日は朝からかなり頑張ったよ、明日のこともあるし今日は一旦解散にしよう!」
スメラギに続きセブンも解散を切り出した、どうやら今日はもう終わりのようだ。ユウキは若干不服そうだが、一気に一日で詰め込み過ぎてもあとから大変になる。ライブ本番の土曜日にはまだ少しだけだが余裕がある。一日一日じっくりやっていけば間に合うはずだ。
何より一日目だというのにユウキは頑張ったと思う。今日はもうゆっくり休むべきなのだ。
「ユウキ、今日はもう終わりにしようぜ」
「ぶー……、はぁ~い……」
キリトにまでそう言われるとなると、ユウキも流石に首を縦に振るしかなかった。ボクはまだいける、もっと頑張れる。
そう思っていただけに残念な結果となってしまった。
「ユウキ、その紙はくれてやる。明日のレッスンの時間までにその紙に書かれている意味と向き合え。そうすれば、更に上に行けるだろう」
「向き合う……」
ユウキはスメラギから受け取った、歌詞が書かれた紙面を穴のあくほど見つめていた。ここに書かれていることを感覚で理解できれば、更にユウキの歌は上達するという。しかしそれは簡単そうに見えて、簡単なのではないのかもしれない。
ユウキが考えを巡らせてる中、セブンがピョンとソファから飛び降り、大きく伸びをするとこの場にいる全員に解散を言い伝えた。
「それじゃあ私たちはログアウトするね」
「あ、ああ……わかったよ。三人とも、忙しい中……今日は本当にサンキュな」
「別にかまわん、俺はセブンに付き合っているだけだからな」
「……ありがとね、スメラギ……」
「フッ、本当に感謝しているのなら、明日までにその宿題を片付けてくるのだな」
集まったメンバーがそれぞれ別れの挨拶を済ませると、セブンら先生組は左手でメニューを操作して、そそくさとログアウトしていった。三人のアバターが仮想世界から青白く光を放って消えていくと、途端にキリトのホームの中は静寂に包まれていった。
いろいろなトラブルもあったが、初日のレッスンはとりあえずの終わりを迎えた。初めてにしてはかなりの手応えも感じていたし、かなり充実した一日目を迎えられたと言えるだろう。ユウキ本人はまだ歌いたがっていたが、いざレッスンが終わってみると自分が大分疲れていることに気がついていた。
「ぷはー……、疲れたよー……」
ユウキは疲労の声を漏らすとソファの背もたれに思いっきり背中を伸ばし、体をリラックスさせていた。ほぼ半日ずっと歌っていたのだから、疲れてくるのも当然であった。喉にダメージがきていないことだけは、仮想空間様々である。
「お疲れ様ユウキ、はいこれ」
キリトが白いカップに入ったブラウンの飲み物を差し出した。白い湯気がほんのり甘いミルクの香りとともにリビングに立ち上っていた。
「わぁ! ココアだ! ありがとうキリトー!」
ユウキはキリトから差し入れのココアを受け取ると目を輝かせてカップに口をつけた。熱々ほかほかの甘いココアは、レッスンで疲れていたユウキを癒すには十分だった。
「美味いか? ユウキ」
「うん、すっごく美味しいよ! 疲れたあとは甘いモノに限るねー!」
ユウキはご機嫌な様子でココアを口にしていた。一仕事終えたあとの一杯という感覚だろうか、しかしそれよりキリトからもらったということが何より嬉しいのだろう。そして歌も上達の方向にあり、いいことずくめであった。
「でも諦めないでよかったあ、ボクもあんなに上達できるとは思わなかったよー!」
「ああ、すごい上達っぷりだったぞ。俺には音感がないから、そこまで詳しいことは言えないんだが……」
「えへへ……ありがと♪」
「どういたしまして、しかし……問題はここからなんだよな……」
キリトはココアを一度口に付け、スメラギが書き残していった紙面に目を通していた。紙面には整った綺麗な字体でユウキが歌う予定の歌詞が書き綴られていた。
「歌詞と向き合う、か……スメラギのやつ、相変わらずキザなことを言う奴だな……」
「どういうことなんだろうねえー……」
キリトとユウキを顔をそろえてスメラギから出された宿題について考えていた。
いろんな考えを浮かばせていたが、いくら考えても音楽に疎い二人では解答を知ることは出来なかった。その姿はまるで学校から出された難しい宿題を二人仲良く解いているような光景にも思えた。
「うー……だめだ。まったくわからん……哲学とかは苦手なんだよ…」
「ボクも……、勉強は得意なんだけどこういうのはちょっと……」
スメラギから出された宿題に頭を抱えていた二人だったが、同時に今感じた感覚に奇妙な居心地の良さを覚えていた。学校の授業で苦手な科目の宿題を突きつけられたような、そのときと似たような感覚だった。
「なんかボク、学校の授業思い出しちゃった、まだHIVキャリアだってことがばれる前の、必死で勉強していたときの……」
「俺もだ。苦手な教科の宿題を必死で解いている気分だったよ……」
「あは! キリトもそうなんだ!」
「理系は得意なんだけどな、文系はちょっと苦手……というか、ちょっとな」
「へー、そうなんだ……」
両手でココアの入ったカップを持ちながら、ユウキは自分が無事退院出来たあとのことを、ふと考えていた。
ボクが退院出来たらその後はどうなるんだろう? どこかに引き取られるのかな? だとしたらあの叔母さんの所だけは絶対にいやだ。
いや、どこにいくにしても……ボク、それからどうしたらいいんだろう? 出来たら退院後もキリトと……、和人とずっと一緒がいいな。
ユウキの考えていることはもっともであった。まずは病気を治すのに専念することもそうなのだが、退院後に彼女がどこにいくというのは確かな問題だ。
既に和人ら桐ヶ谷家の間では木綿季を養子に迎え入れることが決定していたが、肝心の本人はまだその事実を知らないのだ。
しかしどこに行くとしても、木綿季自身が退院後に行ってみたいところが、ただ一つあった。長い入院生活を送り、やめざるを得なくなった、あの場所へ……。
「ねぇキリト、ボク……キリトと学校いってみたい」
「が、学校……? えっとそれならこの前のプローブで……もう一回行くか?」
「んーん、違うの。行きたいってのは……現実の体でって意味でさ……」
「げ、現実で……?」
「ってごめんね、無理言って。今のは冗談、気にしないで、キリト」
ユウキは冗談だというが、キリトは今の言葉がユウキの本心だということに気付いていた。そう、ユウキは学校に行きたいのだ。皆と一緒に勉強して、休み時間に他愛のない話に花を咲かせて、部活やバイトに精を出して、普通の学生生活を送ってみたかったのだ。
「ボクの学力が足りないことはよくわかってるし、その前にまず病気を直さないとだしね……」
「そんなことない、行けるさ、学校」
「……うん、ありがとうキリト。でもいいんだ」
「いや、行ける、本当に行けるんだ、学校」
「え……?」
単なる気休めだと思ったキリトの言葉は自信に満ち溢れていた。そう、キリトにはユウキの学力でも高校に入学できるすべを知っている、定時制の学校等ではなく、全寮制で通える術を知っているのだ。
言わずもがな、彼の通っているSAO帰還者学校のことである。この学校はSAOに囚われた子供たちの為に設けられた、SAO被害者支援のための学園施設なのだ。そこでユウキを入学させようと、そういうことだ。
「俺の通っている学校が、SAOに囚われた子供たちの為に設けられた学校だってことは……知ってるよな?」
「え? う、うん。明日奈たちも通ってるんだよね?」
「ああ、んでな、その学校が……SAO被害者だけじゃなく、様々な理由で学校に通えなくて困っている生徒も、支援することになったんだ」
「……え?」
「色々準備とかもあって、新入学生が迎え入れられるのは再来年度からになるんだけど……」
「え、えっと、それは……つまり……」
キリトは飲んでいたココアのカップをテーブルの上に置くと、上半身をユウキのいる方に向け、ユウキの両手を包むようにしてがっちり握って、思いの丈を話し始めた。
「ユウキも……学校に通うことが出来るんだ。それも俺やアスナと同じ学校に……!」
「え……ボ、ボクが……?」
「ああ、嘘じゃない。だから……一緒に学校に行こう!」
「……ボクが、学校に……」
夢みたいだ、ずっと病院生活だったこのボクが学校に通えるなんて、それも……大好きなキリトと、和人と同じ学校に通えるなんて……。
そう思うと、ユウキは自分の心が満たされていくのを感じていた。希望に満ち溢れ、未来に向かって走っていけるだけのパワーが生まれてくるような感覚がした。
「あ、あれ? でもキリトってもう入学してるよね?」
「そうだな、でも俺、お前の病気が治るまで今学期は休学するから、きっと今年度は留年だ」
「あ……、えっと……ごめんね、キリト……」
「い、いや違うんだ、責めてるわけじゃないんだ。それで……ユウキが入学することで、ちょっと俺に考えてることがあるんだけど……」
「……なあに? 考えてることって」
キリトは顔をユウキから逸らし、ちょっとだけ恥ずかしそうに頬を人差し指でポリポリかくと、一旦ひと呼吸置き、心の準備を済ませてから、ユウキに想いを伝えようとした。
「ユウキさえよければでいいんだ。この先無事に病気が治ったら、俺……来年度も休学して、お前のリハビリに付き合おうと考えてるんだ」
「え……?」
「多分、リハビリでちゃんと体を動かせるようになるまで、かなり長い期間が必要になると思うんだ」
「……え、えと、それは……そうかもなんだけど……」
「どうせ俺たちSAOサバイバーは勉学が数年遅れてるんだ。今更一年や二年増えたってどうってことないさ」
「…………」
ユウキは正直言って、キリトの口から次から次に出る言葉に理解が追いついていなかった。ボクが学校に通うことが出来るという事実だけでも驚きだというのに、更にキリトは現実世界でボクのリハビリを手伝ってくれるという。
それも今通っている学校を休学してまで、正直もうキリトに頭が上がらない。病気を治そうとしてくれるだけでも感謝の気持ちしかないのに、自分の生活を犠牲にしてまでボクのことを考えてくれるだなんて、いくらなんでもやりすぎではないだろうか……?
「キリトの言ってることさ、ボク……すっごく嬉しいんだけど、ホントに……いいの?」
「……ああ、俺は構わない。ユウキと一緒にいられるんだったら、俺は何だってするぞ」
「ものすっごく迷惑、かけちゃうよ……?」
「構うもんか、むしろどんどん迷惑かけてくれ」
「……キリト……」
キリトはどうして、ボクにここまで尽くしてくれるんだろう。確かにキリトからの気持ちは嬉しい、嬉しすぎるぐらいだ。でもボクばっかりここまでしてもらっていいのだろうか?
こんなにしてもらったら……ボク、嬉しすぎて……泣いちゃうよ……、キリト……ボク、ボク……。
「キリト……ッ」
「わわ、ど、どうした……」
ユウキはキリトからの気持ちが嬉しすぎるあまり、たまらず彼の胸に飛び込んでいた。キリトもそれを拒否するはずがなく、優しくユウキを抱き止め、彼女のぬくもりを体で感じ取っていた。
「ホントにありがと、大好き……」
「……ああ、俺も……ユウキが大好きだ……」
「学校にいくことになったら……よろしくね」
「ああ、ユウキが通ってくれれば、絶対に楽しくなる……」
「う、うん。ならボク、レッスン頑張る! 一生懸命練習して、絶対にライブを成功させるね……!」
「あぁ! その意気だ……!」
ユウキは新たな目標を見つけだすことが出来た。憧れていた学校へ通うこと、それも仮想世界越しではなく、現実世界で直接通うという。
そして何より大好きなキリトと一緒に通うことが出来る。そんな明るい未来を手に入れるためにも、今は病気を治すことに専念しなくては。
そのために、今回のライブを絶対に成功させる。たくさん練習して、もっともっと上手になって、絶対に成功させて……現実世界に……帰るんだ!
明るく照らされた希望という光に向かい、ユウキはただただひたすらに、前へ前へと走り続けていった。
ご観覧ありがとうございます。ユウキはキリトと新たな約束を交わしました。本編ではプローブでアスナと一緒に学校に行ってましたが、現実の体で一緒に通おうとキリトが約束をしてくれました。
このif本編の文章で "病は気から" というのがあったと思いますが、本当にそうなんですよね、この言葉。だからユウキが生きていく先に楽しみや希望を持ち続けるんであれば、きっとユウキ自身もいい方向に進んでいくと思います。
それがどんな風になるのかは、皆さんの目で確かめていただければと思います。少なくともリアリゼーションが発売するまでには完結させます。
長いようで短いこの作品をどうぞ今後ともよろしくお願いいたします。それでは以下次回!