ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんばんは、すっかり寝たので元気いっぱいになりました。頭もスッキリしたので第20話投下します。今夜中に…もう1話書けたら…書こうと思います。やっぱり人間休息は大事ですね…。前回、この物語のターニングポイントを迎えました。木綿季のドナーを見つけるための目途がたち、木綿季が助かるというのが濃厚になってきました。しかし、今回からはまた別の試練が待っています。それでは第20話、どうぞ。


第20話~和人の覚悟~

 

 西暦2026年2月1日 日曜日午後12:00 ALO アルンの街 緑の丘

 

 

 ユウキはセブンのチャリティーライブにスペシャルゲストとして参戦することが確定した。上手くいくかはわからない、上手に歌えるかはわからないけど……。背中を押してくれるみんなのためにも……ボクを助けてくれるみんなのためにも……そして何より、こんなボクを好きでいてくれてる、キリトのために歌いたい……。

 

 

「ねえキリト……」

 

「……なんだ?」

 

「ボク、頑張るから……応援してくれる……?」

 

 

 ユウキは並んで立っているキリトの肩に首を預けた。上目遣いで澄んだ瞳でキリトを見つめながら甘い声を出していた。それを目の前で見てしまったキリトは頬を赤らめて「おう……」と返事をすると照れ隠しのためにユウキから視線を逸らした。キリトが返事を返すと、ユウキは「ありがと♪」とお礼を言って笑顔を見せた。この笑顔が間近で見れるのは……やはり役得な気がしてきたと感じたキリトであった。

 

 しばらくすると一度メンバーは解散となり、車組はエギルが駅まで送り届けることとなった。豪快に遅刻しタイミング悪くやってきたクラインはやっと合流できたのだがリズが「もう全部終わったわよ……」と呆れ顔で話すと大変にショックな様子を見せていた。セブンが来ていたことを知るとなおショックが増していた。まあ、遅刻した本人が悪いのだから自業自得である。

 

 ユウキは改めて集まってくれた皆にお礼をすると、深々と頭を下げた。皆は「気にしなくていい、頑張ろう!」と励ましの言葉を送り続けてくれた。このお返しは……歌で返さなくては、そうユウキは心に決めた。

 

 

「あ……私、一度落ちて自宅に電話してくる。佐田さんと連絡取りたいし……病院には居るから何かあったら声を掛けてね?」

 

 

 アスナはそう言うと「ユウキ、頑張ろうね!」とだけ言い残し、ユウキの手をぎゅっと握りしめると左手でメニューを操作して、笑顔でログアウトしていった。その場にキリトとユウキだけが残された状態となった。二人はゆっくりと腰を下ろすとリラックスした姿勢で話し始めた。

 

 ユウキは体育座りをしながら目を閉じ、キリトの話を聞き続けた。二人きりになり、ようやく落ち着いて話が出来る状態となり、ユウキの表情にはリラックスしている様子が伺えた。

 

 

「なんか……すごいコトになっちゃったね…」

 

「そうだな……」

 

「キリトが……考えてくれたんだよね……? 全部」

 

「あ、ああ……骨髄移植のことに気付いたのは母さんだったけどな……どうやってユウキのドナーを探したらいいのかってのが問題でさ……」

 

「うん……」

 

「ユウキ……その……なんていうか大丈夫か……?」

 

「……んー?」

 

 

「今回……お前の病気を治すためとはいえ……本当に俺は手段を選ばなかったんだ。使える手は使おうとしたし利用できるものは全て利用した。……ユウキの心もだ……」

 

「キリト…」

 

「アスナのこともSAOの仲間たちの善意も、セブンの立場も利用した。ユイにはつらい仕打ちをしてしまったし……後戻りできないところまできてしまっている。でも……本当にユウキのためになっているのかって聞かれたら……自信をもってイエスと答えることが出来ない……」

 

「そんなことないよ、キリトはボクのために……一生懸命になってくれてる。ボク……ホントに嬉しいんだ……」

 

 

 ユウキはキリトの左手を両手で優しく握りしめ「キリトは全然悪くないよ」と慰めた。むしろボクのためにここまでしてくれてありがとう、現実世界を歩くことが出来ない自分の為に、ここまで必死に走り回ってくれてありがとうと、ただひたすらに感謝の気持ちしかなかった。

 

 

「ユウキ……俺は……」

 

「あまり自分を責めちゃだめだよキリト…。この前のキリトの言葉を返すようだけどさ、キリトは自分のことで思いつめすぎなところがあると思うよ? 責任を感じるってことは大事だと思うけど……思いつめすぎたら……苦しいだけだよ……」

 

「…………」

 

「あまり自分を責めないで…? ボク、キリトにはホントに感謝してもしきれないんだ…ボクにとって…初めての恋人で…ボクのコト大切に思ってくれて…。あったかくて大きいものいっぱいくれて…」

 

 

 ユウキはそう言うと、自分の体重をキリトの体に預けて身を寄せた。そんなユウキをキリトは彼女の背中から腕を回し、向こう側の肩に手を当て抱き寄せた。その心優しいユウキの一言一言で……キリトは心打たれるように瞳に涙を浮かべた。ここまで本当にユウキを助けるということ以外考えずに突っ走ってきて、自分のやってきたことは本当に正しいのかと思っていた。間違ってるかもしれないとも思っていた。しかし、ユウキが声を掛けてくれたことにより、少しだけキリトは心が救われたように感じた。

 

 

「ありがとうキリト……。ボク、キリトがいてくれて……本当に幸せだよ……」

 

 

 キリトはユウキから精一杯の愛と元気をもらうと、その眼尻に涙をため込んでいた。キリトが涙を流していることに気付いたユウキは「またキリト泣いてる」と優しくキリトの涙を指で拭った。一方キリトは「いいだろ別に……」と少し機嫌を悪くし、ブーたれた様子でユウキから目線を逸らしていた。

 

 

「キリトは可愛いなあ~」

 

 

 そう言うとユウキはキリトの頬を人差し指でツンツンしだした。キリトは不服そうにしているが決してユウキにつつかれるのを嫌がっている様子はなかった。なすがまま、されるがまま無抵抗でユウキにいじくられ続けた。

 

 

「俺の頬……そんなにいじくりがいがあるか?」

 

「うん、触ってて気持ちいいよ? 美肌なんだね~キリトは!」

 

「一応……誉め言葉として受け取っておくよ」

 

「どういたしまして♪」

 

 

 仮想空間の体なのでリアルのお肌事情とはなんら関連性はないのだが……キリトはリアルでも女の子がうらやむほどに結構美肌であった。そんな他愛もないやりとりがかれこれ1時間ほど続いた。ユウキとの一緒の時間は……本当に楽しい、別に迷宮区を攻略しなくてもボスを討伐しなくても……ただただ一緒にいるだけで楽しい。心から本当にそう思える。

 

 

(――ん? ……ボス討伐……?)

 

「――――あぁぁぁっ!!! すっかり忘れてた!!!」

 

 

 キリトは急に立ち上がると重要なことを思い出したかのように大声を出した。勢いよく立ち上がったのでユウキは体勢を崩してずり落ちてしまった。それに不満を覚えることにユウキは少しデジャヴを感じた。おかしいな……昨日も同じようなことがあったような……。

 

 

「ユウキ! 俺たち……昨日ボス討伐したよな?」

 

「うん! 本当に二人だけで倒せるとは思わなかっ……ああああぁぁ~~~ッ!!」

 

 

 ユウキもそのことを思い出すとキリトに負けないぐらいの大声をあげた。どうやらユウキもすっかり忘れていたようだ。それも無理もない話だ。ボス討伐後、二人は現実で会い互いに告白を交わした。そしてユウキの病気を治すという一世一代の大勝負に出ようとしたのだ。それに比べたらフロアボスのことなど……忘れてしまうだろう。

 

 

「アハハ……ボクもすっかり忘れてたよ……」

 

「俺もだ……あの後いろいろあったからな……」

 

「行こうよ! 黒鉄宮の戦士の碑の前に!」

 

「……そうするか!」

 

 

 

――――――

 

 

 

 同日同時刻 新生アインクラッド・第一層黒鉄宮 戦士の碑前

 

 

 キリトとユウキは手を繋ぎながら転移門を使い、新生アインクラッド第一層のはじまりの街にある、黒鉄宮の戦士の碑のモニュメントの前まで足を運んでいた。黒鉄宮は文字通り、大理石のように表面がピカピカ光る黒い鉄の様な石の壁で出来た宮殿だ。右を見ても左を見ても、天井を見上げても真っ黒な壁と模様が広がっていた。そんな黒鉄宮に立っているこのモニュメントには今までフロアボスを討伐したメンバーの名前が記されている。イベント専用ボス撃破の時も記されているのだ。二人は29層のボスを倒した際に記されている筈の、自分たちの名前を天井高く聳え立っているモニュメントの中から探していた。

 

 

「まだ新生アインクラッドは30層までしか到達していないから……、下の方から探したほうが早いな。えっと……どこだ?」

 

 

 キリトはそう言うと、様々なパーティのプレイヤー名が表示されているモニュメントの真ん中から上あたりを中心に、自分たちの名前を探し始めた。ユウキも同様、キリトの見ているであろう場所を目を凝らし、必死に探し出した。

 

 

「!! キリト! きっとあれじゃないかな!!」

 

 

 ユウキが指を刺した先の場所には、全七人分スペースが用意されている、各フロアの名前欄の中に、やたらとスペースを余らせているパーティメンバーの名前が表示されていた。見間違うはずがない、ほぼ全ての討伐者一覧の中で、たった二人しかいないパーティといえば……。

 

 

 

    Floor 29

    Kirito

    Yuuki

 

 

 

 二人は29層のボス討伐のシルシを見つけると、しばらくぼーっとその名前を眺めていた。ずっと見ていると、本当に二人だけで討伐してしまったということが段々と実感となって現れてきた。

 

 

「あった……ボクたちの名前だ……」

 

「ああ、俺たちの……名前だ……」

 

 

 たった二人だけでフロアボスを倒すということは、旧アインクラッド、新生アインクラッドでも誰も成し遂げたことのない歴史的快挙である。その前代未聞な偉業をキリトとユウキは成し遂げた、いや成し遂げてしまった。

 

 

「キリトっ、写真撮ろっ♪」

 

「ああ……いいぜ!」

 

 

 ユウキはそう言うと左手でメニューを表示し、ストレージから撮影クリスタルを取り出すと、クリスタルの自動シャッターのスイッチをいれ、碑の前で待っているキリトの隣に立ち、ニッコリ笑って右手でキリトの左手を握り、反対側の左手でVサインをした。キリトは右手でVサインを出してみせた。

 

 

 ――カシャッ――

 

 

 クリスタルで撮影されたスクリーンショットは16:9の比率で、中央にキリトとユウキがキレイに陣取る形で写り込んでいた。かつて、スリーピング・ナイツのメンバーと記念撮影したときと比べて随分人数が少なくなってしまっていたが、ユウキにとっては恋人であるキリトとの、最初の大切な思い出となって残ったのだ。

 

 

「やった……キリトとの最初の思い出が出来たよ!」

 

「ああ…いきなりすごすぎることやっちまったけどな…」

 

 

 キリトはユウキの頭に手をポンとあてると、ゆっくりと優しくその頭を撫で始めた。ユウキはキリトの掌を目を閉じて受け入れていた。実の姉、藍子に昔撫でてもらった時のことを思い出しながら、キリトの掌の感触に懐かしさを感じていた。

 

 

「これでお終いじゃない、これからも思い出はたくさん作れる……そのためにも頑張ろうな……ユウキ。俺は……どこまでも力を貸す。お前のためなら……この身がどうなろうと構わない」

 

「うん……ありがとうキリト。でも……もしもキリトの身に何かあったら……ボク泣いちゃうからね…? だから……絶対に無茶だけはしないで。無茶なんかしたら……怒るよ?」

 

「そいつは勘弁願いたいな……アハハ」

 

「もう……キリトのバカ……」

 

 

 それからも二人は他愛のない話に花を咲かせていた。ALOに来るまでどんなゲームを遊んでいたか、どんな世界を旅してきたか、普段どんなことをして過ごしているかなどなど。しかし楽しい時間ほど過ぎ去るのは早く、時間は現実世界の夕方に差し掛かり、キリトも帰らなければいけない時刻となっていた。

 

 

「ん……そろそろ帰らないとだな……。俺、今日アスナと一緒にバイクで来たから……あいつを送ってってやらないと。親御さんに黙って出てきてるも同然みたいだから、なるべく早く帰してやらないと後から大変だ。あいつケータイ以外何も持ってきてないからタクシーも呼べないしな……」

 

「え……あ……うん、そうか……そうだね、もうこんな時間だもんね」

 

 

 キリトが帰ってしまうことを知ると、ユウキは少し寂しそうな表情を見せた。出来ることならずっと一緒にいてほしい、側にいて話をしてほしい、でもそうもいかなかった。キリトはあくまでも面会という形でこっちまで足を運んでくれている。家までは何十キロも離れているし早く帰らないと夜も遅くなってしまう。残念ながらお別れの時間が近づいていたのだ。

 

 

「ごめんな……出来ればずっと一緒にいてやりたいんだが……」

 

「んーん、今日もいろいろあったけどボクすっごく楽しかったよ! ……まさかボクがステージで歌うことになるなんて夢にも思わなかったけどね」

 

 

「ああ、楽しかったなら俺もよかったよ……。ライブのことに関しては明日、セブンとスメラギ、レインと一緒に打ち合わせと……歌のレッスンもするぞ?」

 

「ええっ!? もう明日からいきなりやるの!? ボ……ボク……心の準備が……」

 

「大丈夫だ、セブンがユウキには素質があるって言ってたろ? ああゆうことはそんな簡単に人様にポンポン言えるようなことじゃないぞ? 勿論努力はいるだろうが……」

 

 

 ユウキはよっぽど歌に自信がない様子だった。やっぱりマイクより剣を握ってる方が性に合ってるよと、そう思っていた。しかしそんなユウキをキリトは素質があるから大丈夫だと安心させた。こういう心遣いが女の子の心をガッチリつかむのだろう、……どこかの赤い人と違って。

 

 

「うん……キリトがそういうなら……ボク頑張る。だから……応援してね?」

 

「さっきも言ったろ? 全力で応援する。ユウキの負担は俺が減らす。だから……思いっきりやってやれ!」

 

「……ウン! キリトありがとう!!」

 

 

 そう言うとユウキは笑顔でキリトに向かい、ピョンとジャンプしてそのまま抱き着いた。精一杯の大好きを恋人であるキリトに贈った。一日に何回も何回も抱き合っているが、このやり取りだけは何回やっても飽きることはなかった。むしろやるたびに、お互いを近くに感じることが出来る。アスナともここまで親密なスキンシップはなかった。

 

 

「家に帰ればまた……ここで会えるからな。寂しくなんかさせないよ」

 

「うん……でもさキリト、今日は休んで……?」

 

「え……何で……」

 

 

 すっとぼけたキリトにユウキは口をぷくーっと膨らませると若干不機嫌気味に詰め寄った。

 

 

「何で? じゃないよ全く! リーファから聞いたよ? 昨日の夜からろくな食事も睡眠も取ってないって! さっき言ったでしょ! 無茶しないって! 約束を早速破る気なの!?」

 

 

 キリトは物凄い形相で迫ってきたユウキに言いくるめられると、肩を落として落ち込んだ顔をしながら「善処します……」とだけ言い放った。本当にちゃんと休むかどうか心配なユウキであった。

 

 

「帰り……アスナも後ろに乗せるんでしょ……? 事故ったら絶対に許さないからね」

 

「分かってる、今日は法定速度内守って安全運転でいくよ……」

 

「……うん……」

 

「……ユウキ……」

 

 

 キリトは寂しそうな表情を浮かべているユウキに対し、正面から距離を詰めると、少しだけ身をかがめて、ユウキの顔に自分の顔を近付け、ユウキの後頭部と肩に手を当てて自分の方向へと一気に抱き寄せ、自分の唇をユウキの唇へと重ねた。

 

 

「え……キリト……? ンンッ!!」

 

「…………」

 

 

 ユウキは驚きつつも、キリトを受け入れた。キリトのユウキへの口づけは30秒ほど続き、程なくして重なっていた唇が離されると、ユウキは顔を真っ赤にしてぼーっと放心してしまっていた。急な口づけに困惑と、キリトへのドキドキが重なって、よくわからない気持ちに陥っていた。

 

 キリトはユウキから唇を離すと、そんな赤くなっているユウキの顔を見つめながら、再び自分の胸へとユウキを抱き寄せた。多分今日はログアウトしたらもう会えない。だからこの場を離れる前に、精一杯のユウキを体で感じていたい。そう思ったが故の口づけと抱擁だったのだ。

 

 

「……元気でたか?」

 

「……うん……いっぱいでた……」

 

「そうか……俺も……ユウキからもらったぞ、元気……」

 

「……えへへ……」

 

 

 お互いに精一杯の元気を分け合った二人は満面の笑みを浮かべていた。そして今度こそログアウトしようと、二人は左手でメニューを表示させ、ログアウトの項目を選択した。そしてあとワンタップするだけでログアウト出来る状態で、互いに視線を合わせて、手をぎゅっと握り合い、笑顔を見せたままログアウトした。二人のアバターが仮想世界からログアウトされるまで、手はずっと握られたままだった。二人の意識はユウキから紺野木綿季へ、キリトから桐ヶ谷和人へと引き継がれていった。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 同日午後16:15 横浜港北総合病院

 

 

 

「――ん、こっちに……戻ってきたか…」

 

 

 

 和人は自分のアミュスフィアを頭から外しカバンにしまい込むと、思いっきり伸びをして肩を左右に動かし、骨をポキッポキっと音を鳴らせた。

 

 

「さて、帰るか……木綿季も言ってたし……今日は大人しく休むとしよう……」

 

 

 和人はそう言うと持ってきた荷物をまとめ、帰り支度を済ますと無菌室の廊下へと出た。ガラス越しの木綿季といつもの挨拶を交わそうと思ったら和人であったが、無菌室の面会場の前には母親の翠、妹の直葉、木綿季の担当医の倉橋、そして明日奈がおり、和人の帰りを待っていた。和人がキョトンとしていると、倉橋が和人に歩み寄って声を掛けてきた。

 

 

「おかえりなさい和人君、木綿季君とはもういいのですか?」

 

「え……あ、はい。たくさんお話し出来ましたし、今後のことについても全部話しました。詳しい打ち合わせは明日やる予定です」

 

「そうですか……何から何まで準備してもらって……ありがとうございます……和人君」

 

「いいえ……俺が好きでやってることですから……」

 

 

 和人にお礼を言うと、倉橋は翠、直葉、明日奈の顔を順番に見て少し頷き、和人の方に体を向きなおし、難しい顔をしながら話し出した。

 

 

「和人君、木綿季君のことについてお話があります。……あ、そんな顔をしないでください。木綿季君の余命とかの話ではないです……そうではないのですが……別のことでお話があります」

 

 

 和人は倉橋にそう言われると、今更畏まって一体なんの話だろうと思った。思い当たる節はもうないので何で話を振られたか分からなかった。

 

 

「明日奈さん、申し訳ないのですが桐ヶ谷さんたちをお借りしてもよろしいですか?」

 

 

「え、ええ…私はここで木綿季と話してますから、行ってきてください」

 

 

 倉橋は少しだけ会釈をすると和人、翠、直葉を連れて隣の来客用の部屋へと消えていった。明日奈が少しだけ心配そうな顔をしながら四人の背中を見つめていると、突如木綿季の声がスピーカー越しに聞こえてきた。どうやら木綿季も少しだけ遅れてALOから戻って来たみたいだった。

 

 

『ん……あれ? 明日奈一人だけ? 和人や翠さんはどうしたの?』

 

 

「あ……おかえりなさい木綿季、キリト君たちは……何か先生から話があるって、ちょっと別室にいったみたい」

 

『ふ~~ん、そうなんだ……んじゃあ戻ってくるまでお話しよ! 明日奈!』

 

「え、ええ……そうね……。お話ししましょうか!」

 

 

 木綿季は明日奈の様子がおかしいコトに、いち早く気付いた。和人もそうだが、一瞬言葉に詰まると、大体人間は隠し事や知られたくないことを胸の内に秘めていることが多い。その些細な違いを、木綿季は素早く見抜き、明日奈の異変に気付いてしまったのだ。

 

 

『……何かあったの? 明日奈……?』

 

 

「えっ……いや……別に何も……」

 

 

『嘘、ボクには分かるよ……明日奈は……和人と同じで嘘がへたっぴだよね……』

 

 

「あ……えっと……」

 

 

 木綿季に図星を着かれると、明日奈はだんまりとしてしまった。もう自分は隠し事をしていますと言ってしまっているようなものだった。言っていいのかよくないのか迷っている明日奈に、木綿季は安心させるように声を掛けた。

 

 

『言ってくれて大丈夫だよ、ボクはもう……何も怖くないから』

 

 

「……木綿季……わかった。言うね……実は……」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「こ……後遺症……!?」

 

 

 

 一方そのころ、別室で倉橋から話を聞かされた和人は驚愕の表情を見せて声を荒げていた。倉橋が和人に告げていたのは、何を隠そう木綿季が今後抱えてしまうであろう、感染症の影響が残る、後遺症の事であった。

 

 

「ええ…和人君達のおかげで木綿季君のHIVが治る見込みはぐっと上がりました。しかし……それを前提として話を進めますと、次に問題が出てくるのが……その後遺症なんですよ……」

 

「だって……先生……木綿季はHIVに侵されてる以外のことは……健康だって……言ってたじゃないか……」

 

 

 和人の口調が少しずつだが荒くなっていった。木綿季にどこまで過酷な試練を与えれば気が済むのだ、と。別に倉橋が悪いわけではないのだが淡々と話を進める様子を見てしまうと、この男が悪魔に見えてきてしまっていた。

 

 

「ええ……感染症も合併症も、HIVを駆逐できれば薬で治せます。治せるのですが……弱った体を元通りにするとなるとまた別の話になってくるのです。単に筋力が低下しているだけなどであれば、少しずつ栄養をつけ、リハビリもして社会復帰も可能だろうと思っています」

 

「じゃ……じゃあ何故…!!」

 

「末期症状を抱えた患者の大体の人が……突如病気が治っても……五感や四肢に後遺症を残してる場合があるんですよ。……私は今その可能性の話をしています」

 

「……それじゃあ……木綿季は病気が治っても……普通の生活が出来ない……ってことなんですか……?」

 

 

「分かりません、木綿季君は三年間という長いスパンで終末期医療を続け、メディキュボイドの中で過ごしてきています。現段階では……HIVが治ってみないと……後遺症が残っているかどうかというのはわからないのですよ。お恥ずかしい話なのですが……医療にも限界というものがある……」

 

 

 和人は拳を震わせていた、折角木綿季が治るかもしれないのにまた壁にぶち当たるのか…と、木綿季を何で普通にさせてあげられないんだと、そう思っていた。恐る恐る和人は今後の木綿季がどういった症状にかかる可能性があるのかを聞いてみた。恐ろしくて聞きたくないが、聞かないわけにいかない。

 

 

「具体的に……どんな後遺症が残るんですか……」

 

「先ほど五感と言いましたが……恐らく一番影響が出る可能性があるのが……視覚、聴覚でしょう……」

 

 

「なっ……」

 

 

 和人は凍り付いた、それじゃあ……病気が治ったって……現実世界では何も見えない……何も聞こえない……ってことじゃあないか……。嘘……だろ……そんな……そんなことって……あんまりじゃないか……。

 

 

「そんな……そんなことって……」

 

「非常に残念ですが……これが現実です……。勿論後遺症が残らない可能性も残っています。でも……最悪の可能性は……覚悟しておかないといけない。だからあなた方を呼び止め、このことを話したのです」

 

「お、お兄ちゃん…」

 

 

 妹の直葉が和人にかけより、ぎゅっと手を握った。一方和人は前のめりに項垂れ、体をふるふると震わせていた。

 

 木綿季の病気が治っても……何も見えない……? 何も聞こえない……? 手足も動かなくなって歩けない……? 何も出来ないってのか……? だったら……だったら……俺は……それでも……俺は……。

 

 考えなくったって、迷わなくたって、やることは決まってるじゃないか。あの時誓った、木綿季を支えるって、俺の一生を捧げるって言ったじゃあないか!! ……なら……俺にやれること……木綿季にしてあげられること……それは……ッ!!

 

 項垂れていたと思った和人は、急遽姿勢を戻し、鬼の形相を浮かべ、全身に力を込めて胸のうちの想いを表へとぶちまけていた。後遺症がなんだ、五感を失うことがなんだ、手足が動かないことがなんだ、関係ない。俺が木綿季の傍にいるって決めたんだ、なら木綿季がどんな形になったって、絶対に俺は彼女を見捨てない。そんな木綿季への想いを和人は全て声に込めて叫んでいた。

 

 

「だったら俺がッ!! 一生木綿季の側にいて彼女を支えてやるっ!! 目が見えないなら俺が導いてやる!! 何も聞こえないなら俺が教えてやる!! 歩けないなら俺が脚になる!! 手が動かないなら俺が助けてやる!!」

 

「お……おにい……ちゃん……?」

 

「俺は……一生木綿季にこの身を捧げる!! 生半可な覚悟で……木綿季を好きになったわけじゃあないッ!! 木綿季はもう俺の人生そのものなんだ!! 木綿季は……俺なんだッ!!」

 

 

 全ての病棟に響き渡るような声量で和人は叫び続けた。相当の覚悟と精神力がなければ言うことが出来ないことである。しかし和人には本当にどんなことがあっても木綿季を支えて生きていくだけの覚悟があった。

 

 

「……わかりました、そこまで言うのなら……木綿季君の退院後の面倒は……和人君達にお願いをするとします」

 

「……へ……?」

 

 

 倉橋がそのことを伝えると、和人は先ほどまで激昂したのから一転変わって、キョトンとした表情をして、目を点にして固まってしまっていた。今、気の所為じゃなければ、先生はすごいことを口走らなかっただろうか?

 

 

「実は先ほど……あなた方がALOにログインしてる間、翠さんとお話をさせてもらっていました。そこで話したのです……木綿季君の今後を……」

 

「先生……そのことについては私から説明させてください」

 

 

 倉橋との話の間に、和人の母親の翠がここで口を割って入った。木綿季の今後のことって言ったって……何を話すというのだろうか?

 

 

「和人……本人達がいない間に勝手に話を進めて非常に申し訳ないのだけれど、木綿季ちゃんの退院後の面倒、うちで見ようと思うの」

 

「え……え……、う……うちでぇっ!?」

 

 

 木綿季の今後のこと、それは勿論文字通り退院後の木綿季の受け入れ先の話であった。木綿季は親兄弟を全て亡くしている。普通なら親縁の者か施設に通うことになるところだが、倉橋から木綿季の受け入れ先について心当たりはないかと相談を受けた際、翠が自ら木綿季を養子縁組に迎え入れようと倉橋に話を切り出したのだ。

 

 

「木綿季ちゃんがうちの家族になるってことだよ、お兄ちゃん」

 

「木綿季が……家族に……? ホントなのか……? 母さん……」

 

 

「ええホントよ、お父さんには私から話すわ。大丈夫よ、絶対に文句は言わせないから!」

 

「あ……いやそういうことじゃなくてだな!」

 

「えっとその場合は……紺野木綿季ちゃんから……桐ヶ谷木綿季ちゃんになるってことなのかな……」

 

「さあ……その辺は木綿季ちゃん次第ね。紺野家としても様々な思い入れはあるでしょうし……こればっかりはね……」

 

 

 困惑している和人など気にもせずに、木綿季の退院後の話について盛り上がっている直葉と翠であった。既にそこに和人の意思など関係ないといった具合に話が進んでいた。

 

 

「でも……和人が…木綿季ちゃんと結婚してしまえば、紺野でも桐ヶ谷でも問題ないんじゃないかしら?」

 

 

 翠がメガトン級の核弾頭を投下した。その爆撃のエネルギーは凄まじく、和人の理性を吹き飛ばし、冷静さを欠けさせ、顔どころか体全身の隅々まで真っ赤に染め上げるほどの破壊力を誇っていた。

 

 

「け、結婚……!? 俺が……木綿季と……!?」

 

 

 和人は顔をゆでだこみたいに真っ赤にして驚いていた。アスナとSAOで結婚をしたことはあるが、あくまでそれはゲームの中での話である。現実ともなると話はまた別である。お互いが死ぬまで支え合い、一生を共にに過ごしていくだけの重く、責任を背負う契りとなる行為だ。それだけの覚悟もいる。

 

 

「別に問題ないんじゃないかしら? 和人は木綿季ちゃんのコト好きなんでしょ? 一生支えていくんでしょ? だったら平気じゃない!」

 

 

 翠は両手を一本締めのようにパンとならすと超ご機嫌でノリノリで和人に話を振り続けた。まるで甘酸っぱい青春の恋の話に花を咲かせる若い女子高生のように目がキラキラと輝いていた。

 

 

「木綿季ちゃん、お兄ちゃんにもうゾッコンだよ? もう決めちゃいなよ……?」

 

 

 直葉も直葉で肘鉄でぐいぐい和人にトドメを刺そうとする。当の本人である和人はというと、俯いた姿勢のまま顔を真っ赤にしたまま、動かないでいた。

 

 

「そ、それは……それに関しては、俺と木綿季本人の問題だから……こっここでは公言しないッ!!」

 

 

「え~~~!! その答えはずるいよお兄ちゃん!! 男ならここで"俺は木綿季と結婚する"ぐらい言ってみなさいよー!」

 

 

「かっ……ダメだ! こればっかりは今すぐに決めろと言われても気持ちの整理がついてない!」

 

 和人は色々と言い訳と並べのらりくらりと話をかわしていく、実際本人も結婚に関しては満更でもないのだが、若さというものもあり、少しだけ抵抗感というものがあったのだ。

 

 

――――――

 

 

 同日同時刻、メディキュボイド無菌室前

 

 

「聞こえた…? 木綿季」

 

『うん…聞こえた…』

 

 

 今の和人の叫びはさほど距離が離れてないここ、無菌室前へ丸聞こえだった。もちろんマイクがセットしてあるのでメディキュボイドの中にいる木綿季にもばっちり聞こえていた。木綿季はその真っすぐな和人の気持ちと覚悟に心底嬉しくなり、絶えず涙を流していた。明日奈は壁側に設置されているグリーンのベンチに腰を落ち着けて、事の成り行きを見守っていた。

 

 

「 "一生木綿季にこの身を捧げる!!" "木綿季はもう俺の人生そのもの!!" "木綿季は俺なんだ!!" …ですって! いいなあ~木綿季…私もそんなこと言われたことないよ?」

 

『うん……うん……』

 

 

 明日奈は出来る範囲で和人の声真似をして木綿季に語り掛ける。肝心の木綿季はスピーカー越しに顔を真っ赤にして俯いた姿勢で涙を流しながらも恥ずかしさで死にそうになっていた。でも、心の底は暖かかった。和人の心の叫びを偶然ではあったが聞けてしまったからだ。

 

 

「幸せ者だね、木綿季は」

 

『うん、ボク……今まで生きてきて……一番幸せ……かも……』

 

「……頑張ろうね、木綿季。絶対に病気を治して……健康な体で……現実世界で暮らせるように……!」

 

 

『うん……うん……ありがと……明日奈……』

 

 

 木綿季はまたもや嬉し涙を流していた。本当に……本当に和人への感謝の気持ちは留まることを知らない。和人がボクに一生捧げてくれるのなら……ボクも出来る範囲で和人を支えられるように……頑張って生きよう。そう考えといた。

 

 つい最近まで死を受け入れていた少女は、少しずつ……少しずつではあるが差し込んだ希望という光に導かれて、生きることの喜びをまた感じていた。大切な人との出会いが文字通り彼女の人生を変えようとしていたのだ……。

 

 




 
 ご観覧ありがとうございました。終始、顔が真っ赤っかな二人でしたね。和人の覚悟は本物です、何度もくじけそうになっていましたが木綿季を側で支え続けるという覚悟は、あのとき木綿季に告白したときから決心していたことです。

 和人は自分のこと弱いと言っていましたが、弱い覚悟をもった人間ならあそこまでのことは言えないですよね。それでは以下次回!! 次からはユウキの歌のレッスンです!

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