ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
2話分書いてしもたんでこちらも投稿します。このシリーズを書き出したのは、やはりユウキに幸せになってほしいからという気持ちが強いからですかね……。バッドエンドにはしません、絶対に。今回からメインヒロイン登場です。キリトとどのようにして絡んでいくのか?それではご観覧くださいませ。
西暦2026年1月30日金曜日 ALO 世界樹の街アルン 緑の丘
あれからキリトがアスナと別れて一ヶ月近くが経過していた。キリトは相変わらずALOにログインこそするものの、何もせずに惚ける毎日を過ごしていた。
特にクエストにもいくわけでもなく、あれだけ胸を躍らせていた新生アインクラッドにも眉一つ動かさない始末である。
「……今日もいい気候設定、だな」
キリトは快晴のアルンの街の空を眺めながら体を大地に預けていた。実にほぼ1ヶ月間ずっとこの調子である。飽きもせずにひたすらこの緑の大地に佇んでいた。
アスナが傍を離れてしまったことがやはり大きく、キリトの心はすっかり蛻の殻になってしまった。今はただひたすらに、この仮想世界の最高の景色に酔いしれていた。
そんなやる気のないキリトを、物陰から見る影が二つ覗かせていた。キリトのよく知る人物であった。
一人は桃色の髪をし、勇ましい赤色の衣装に身を包んだレプラコーン、もう一人は青色の可愛らしい衣装に身を纏い、頭から猫耳を生やしたビーストテイマーのケットシー族の女の子だった。
猫耳の下からは可愛らしいツインテールが風に吹かれてふわふわと揺れていた。
「……キリトさん、ここ1ヶ月ずっとあの調子ですね…」
「まあ、ショックなのはわかるわよ。二年間……いやそれ以上ね。心を共にしたパートナーが居なくなっちゃったんですもの……」
レプラコーンの女の子はリズベットこと篠崎里香だ。先日現実世界の学校でキリトの泣き崩れる現場を目撃したクラスメイトである。
ケットシーの女の子はそんなキリトとリズベットの後輩でもある、シリカこと綾野珪子。シリカの頭の上にはSAO時代からの相棒の、水色の毛並みがキレイな可愛らしい見た目をした、小さいフェアリーリドラのピナが居心地よさそうに乗っかっていた。
二人ともキリトのことが心配でこっそり様子を見に来ていたのである。二人はキリトから30メートルほど離れたNPCの家の陰から、隠れるようにこっそりと覗き見をしていた。
一ヶ月前、キリトとアスナが別れた噂は、瞬く間にSAO関係者に広まっていった。もちろんシリカとリズベットの耳にもしっかり入ってきている。
その後のキリトの落ち込みっぷりは凄まじく、別れたと聞いてキリトを狙うチャンスと感じてる連中も躊躇してしまう程であった。あまりにもショックすぎて、最初は不登校になっていたぐらいだ。
それをSAO時代の友人が声を掛け続け、今はなんとか登校だけはするようにまでなった。しかし、肝心の授業にはからっきしで、学校側から出された課題も溜まっていた。
リズベットは心配そうに、遠目から寝ているキリトの様子を見つめていた。このリズもSAO時代にキリトに命を助けられてから、すっかりキリトに一目惚れしてしまい、恋人がいると知っていても、今も尚キリトへの恋心を捨てられないでいた乙女であった。
「ああもう……ダメよ! こんなの!」
突然リズベットが声を荒げて立ち上がった。元気をなくしたキリトの様子にいてもたってもいられなくなってしまったのだ。
一ヶ月もすれば少しは元気が出てくるかと思ったのだが、キリトが何かを始めようという様子は全く見受けられなかった。時間で解決出来るような問題でもないだろうが、なんとか元気を出してもらいたく、リズベットは立ち上がった。
「リズさん……?」
突然のリズベットの行動にシリカが首をかしげていた。肩に乗ってるフェアリーリドラのピナも同じように首をかしげる。その頭から生えている耳がピコンピコンと揺れた。
ケットシー族独特の何かを感じ取っているときの仕草だった。シリカは気合を入れた様子で息を吐き出すと、シリカの顔を見て、思いの丈を伝えた。
「アイツはあんな風になってちゃあダメなのよ! あんなのキリトじゃない! シリカ行くわよ、アイツんとこに! ついてらっしゃい!」
「え……ちょっとリズさん!?」
リズベットは建物から覗くのをやめ、ズカズカとキリトに向かって歩き出していた。力を込めて大股で一歩ずつ、腕を左右前後にぶんぶんと振りながら。
いつまでもウジウジと過去の出来事にいつまでも心を引きずって男らしくない、私が目を覚まさせてあげる。ちょっと荒療治になるかもしれないけどあんたのためなんだからね、と半分イライラを募らせていた。
「リズさん、何をする気なんですか?」
「決まってるでしょ、アイツにビンタの一発でもくれてやって目を覚まさせてやるのよ! ウジウジしてるなんてアイツらしくないわ!」
リズベットは今のキリトが許せなかった。HPがゼロになったら本当に死んでしまうSAOの世界で、リズベットに人の温もりを教えてくれたのは他でもないキリトだったからだ。
その温もりを教えてくれたキリトが、あんな冷え切って空っぽになってしまっているなんて絶対に許せなかった。元気づけるのもそうだったが、怒りの一発でもお見舞いさせてやる。自然とリズの右拳には力が入っていた。
「そ、そうですよね! 私も元気がないキリトさんなんて見たくありません! 私たちで無理やりクエストにでも連れ出して、元気を出してもらいましょうよ!」
リズベットとシリカは初めて意気投合した。共にキリトを元気づけるために一致団結した。二人でハイタッチを交わし、足並みを揃え、キリトが横たわる方向へ歩き出していった。
アイツにどんな文句をぶつけてやろうか、どうやって気合を注入してやろうか。いずれにせよどんな反応が返ってきても、無理やりどこかへ引きずってでも連れ出してやる。
力強く大地に足を踏み込みながら、歩を進めていた二人とキリトとの距離は10メートルを切ろうとしていた。徐々に徐々に近づいていき、大声を出さなくても声が聞こえるであろう距離にまで近づいていた。
そしてリズの方からキリトに向かって声を掛けた。
「おーい! キリ――」
「キリト――――ッ!」
リズベットが声を掛けようとした瞬間、物凄い速さで上空から妖精、即ちプレイヤーがキリトの名前を呼ぶ声と共に降りてきた。
プレイヤーはキリトの名前を叫んだあと、キリトの2メートルほど手前でホバリングをし、鮮やかに着地した。着地した際、キレイな黒紫色をしたロングの髪の毛が美しくなびいた。
「久しぶりだねー! 一ヶ月ぶりくらいかな?」
この元気一杯の挨拶をしたインプ族の少女の名はユウキ。ギルド"スリーピング・ナイツ"の2代目リーダーにて、ALO内では知らぬ者はいないという程の凄腕の剣士だ。
辻
"絶対無敵の剣" "空前絶後の剣"という意味を込めて周りからは"絶剣"という二つ名で呼ばれている。しかしそんなユウキも剣を手から離せば年頃の元気いっぱいの女の子。キリトの様子が気になり、アルンの街までやってきて声を掛けたのだ。
ユウキはキリトの顔を覗き込むように声を掛けた。キリトは元気いっぱいのユウキとは対照的な様子を見せていた。その顔は、少しだけ面倒くさそうな表情を浮かべていた。このまま声を掛けないで、通り過ぎてくれればよかったのにと。しかしそんなキリトにユウキはお構いなしにと声を掛け続けた。
「キリトどうしたの? 最近全然活動してないみたいだし。アスナも全然ログインしてないんだよ。スリーピング・ナイツのみんなも中々ログインしてなくて…。ボク退屈で退屈でさ~……」
「……ユウキか、何の用だ?」
ユウキが顔を覗き込んで、数秒経ってからようやくキリトが口を開いた。しかしユウキが何のために自分に声を掛けたのか疑問に思う様子はなく、あくまでもやってきた友人に対して最低限の反応を返すといった社交辞令にも似た返事だった。
キリトからすれば、早く話を終えてこのままどこかへ飛び去ってくれ、俺のことなど放っておいてくれといった心境だった。しかし話を続ける切っ掛けを得たユウキは、しめしめといった気持ちでキリトと話を続けていった。
「んと、別にこれといった用はないんだけどね。久しぶりにキリトを見かけたから声をかけたんだよ! 何してるのかなー?ってね!」
満面の笑みでユウキは返事を返した。しかしキリトはそんな彼女にも素っ気ない態度を取り続けた。あくまでも俺はお前に興味はない。
いいからこのまま会わなかったことにしてこのまま飛び去ってくれ、俺のためを思ってるならもう構わないでくれ。そう目で訴えながら今の思うがままの言葉をユウキに聞かせた。
「用がないなら話しかけないでくれないか? 俺はただ、こうやって空を眺めていたいだけなんだ。……なにもやる気が起きない。何もやりたくない、誰とも関わりたくない」
キリトは無表情で早くどこか行ってくれと言わんばかりに言葉を投げかけつづけた。しかしユウキがそのぐらいで態度を変えるわけがなく、先ほどとは打って変わって今度は心配そうな表情を浮かべて、何があったのかとキリトに尋ねてみた。
「何かあったの? キリト」
「別に……」
「アスナと……何かあったの……?」
「……ッ」
ユウキが言い放った『アスナ』というワードに自然と体がピクリと反応してしまった。その僅かな反応をユウキは見逃さなかった。戦闘中の激しい攻防の中でさえ、相手の動きが見えているユウキだ。日常会話中の、それもあからさまな反応を見落とすはずがない。
「何か……あったんだね……」
ユウキにはバレバレであった。それもそのはず、アスナとキリトが別れて一ヶ月、その間アスナは全くログインせず、キリトにいたっては魂が抜け出たようにアルンからほとんど動いていないのだ。リアルの事情を知らなくとも二人の関係に何かあったことぐらい察しがついていた。
「うーん……やっぱりかぁ……」
ユウキはキリトのすぐ隣に腰を落ち着け、同じようにアルンの空を見上げていた。両足は目いっぱい伸ばし、足の先端を左右に振り、両手は背中の後ろに回して地面に手を突いてリラックスした体勢になっていた。
そして淡々と、ここ最近起きたことを一方的にキリトに話して聞かせていた。
「実はね、アスナと一ヶ月前に一回だけ話したんだよ。これからたくさん勉強しないといけない事。お母さんの期待に応えないといけない事。そして……二度とALOにログイン出来なくなるかもしれない事も……ね」
「…………」
「その少し前……だったかな。アスナね、自分のお母さんに自分のホントの想いをぶつけてみるって、そう言ってたんだよ」
ユウキも体を横たわらせ、仰向けになって話し続けた。両手は左右に広げ、足を思いっきり伸ばして、大の字になって横たわっていた。ユウキの視界にはアルンの大空が広がっており、キリトと完全に一緒の視界となっていた。
「アスナね、ボクに言ってくれたんだ。『ユウキから大切なことを教わったよ、ぶつからなきゃ伝わらない事だってあるって。そう教えてくれた』……てね」
「…………」
「あの後すぐに、お母さんに想いをぶつけたみたいなんだけど、伝わらなかったんだってさ。ボク……無責任なこと言っちゃったかもね……」
キリトはチラッとユウキの方を向いた。ほとんど無反応だったキリトが、少しだけ首を回してユウキの顔を見たのだ。
ユウキの言葉の影響で、アスナと別れる羽目になってしまったのかとも一瞬考え付いたが、あのままアスナが何も決心しなくても、同じ結果になってただろうと結論付けると、再びユウキから視線を逸らした。
「その後もアスナを元気付けてあげる事が出来なくてさ。どうしようって、ずっと考えてた」
「…………」
「……アスナ言ってたよ。『私は大丈夫! たくさん勉強して母さんを見返して、また会えるようにするからっ!』って」
「………」
「強いよね、アスナは……ボクなんかよりさ…」
その言葉を聞いたキリトがようやく起き上がり、重たい口を開いた。これ以上ユウキを無視しても無駄だと悟ったのか、それともユウキやアスナの、今の心境を知って少しだけ心が動いたのかは定かではないが、何やら思うことがあって起き上がったようだった。
「そうだな、アスナは強い。現実から目を背けて生きてきた俺と違ってな。俺なんか……何の力も持っちゃあいないんだよ……」
キリトは自分の右手を見つめながら静かな声で語り出した。自分が強くいられるのはこの仮想空間での話だ。現実世界では何の力も持たないただの普通の子供。どこぞのお偉いさんの息子でもない、自分自身が権力や影響力を持っているわけでもない。
それに比べたら、家柄も学力も将来性も持っているアスナの方が、こんな自分なんかより全然強いと、そう考えていた。しかし、自虐を続けるキリトの答えを否定するかのようにユウキは優しく声を掛けた。
「そんな事ないと思うな……、キリトだって強いよ! ボクよりも! アスナよりも!」
「……何を根拠に、所詮俺は子供の頃から何も変わっていないよ。強くもないし、意気地もない、力もない。もう……何もかもがどうでもいいんだ。俺のことはほっといてくれ……それに第一……」
――もう生きていても、意味なんかないからさ――
その言葉をキリトが発した瞬間、やさぐれていた彼の顔に衝撃が走った。キリトは3メートル程の距離を転がりながら派手に吹っ飛び、うつ伏せの体勢で地面に突っ伏していた。
そして顔を上げ、何が起こったんだと辺りを見渡した。すると先ほどまで自分が居た地点を見るとすぐに原因は分かった。
ユウキが鬼の形相でキリトを睨みつけていた。ユウキがキリトを張り飛ばしたのだ。STR全開でなりふり構わず、キリトの頬を思いっきりビンタしたのだ。
PK保護圏内なのでHPこそ減らないが、激しいエフェクトと共に吹っ飛んだキリトを、ユウキは無言で睨み続けていた。
「いきなり……何するんだよ……!」
「ふざけないでよ……生きてても意味なんかないなんて、もう二度と口にしないでッ!」
「なっ……」
「そんな事してアスナが喜ぶと思ってるの!? アスナがどんな想いであの決断をしたか分かってるの!?」
鬼の形相でユウキは激昂していた。普段はまぶしい笑顔が可愛い彼女が、心の底から本気で怒っていた。ただ単にキリトが情けなくなってるからではない。自分の命を軽率に思ったことも許せなかった。そして何より一番許せなかったのには別の理由があった。
「さっきたまたまキリトを見かけたって言ったけど……ごめん、あれ嘘なんだ。今日キリトに会いに来たのは偶然なんかじゃない。アスナに頼まれて来たんだよ」
「あ、アスナだって……!?」
「アスナに言われたことをそのまま言うね 『キリト君、きっと落ち込んでいるだろうからユウキが傍にいて元気づけてあげてほしいの、こんなことユウキにしか頼めない』ってね……」
「……アスナがそんなことを……」
ユウキは先ほどまで怒っていたかと思うと、自分の胸に手を当て、悲しそうな表情をしながらキリトに胸の中の想いを全てぶちまけた。
心の底からすべてをぶつけるかのように、キリトに今の自分が何を想っているかと伝えるために、キリトの冷え切った心を溶かすために。
しかし蓋を開けてみたらどうだ、アスナからお願いされて来てみると、落ち込んでいるどころか不貞腐れて堕落しきっているではないか。
こんなだらけた男の為にアスナは泣いてお願いをしていたのかと思うと、はらわたが煮えくり返る想いがした。
「……アスナとキリトは僕の恩人で大切な親友なんだよ! だから……ボクの残り少ない命を、二人を助けるために使うってそう決めてたの!」
「…………」
「いつまでウジウジしてるの……キリト。そんな何もない毎日をただただ生きて……、ボクより長く生きられるのに……、何で毎日そんな風にして……いられるのさ……」
「ユ、ユウキ……」
キリトは思い出した。今キリトを元気づけようとしてくれている、この目の前の少女の命が、決して長くはないことを。
このインプの少女、ユウキこと紺野木綿季は、現実世界では不治の病に侵されている。病名は “後天性免疫不全症候群” 通称 "AIDS" である。
ユウキは生まれたときからHIVウィルスに侵されており、3年前にAIDSを発症し、今も病院で闘病生活を続けている。
現実の世界では、もうほとんど体を動かせなくなってしまっている状態であった。
しかし、脳からの信号だけで遊ぶことが出来る仮想世界でなら、自分のアバターを動かせるため、こうしてALOに姿を現していたというわけだ。
それに比べたら、現実世界のキリトは健康体だ。ユウキにとってはその健康な体と、誰もが毎日行っているごく普通の生活がすっかり憧れになっていた。
そんな憧れの毎日を過ごせる体を持っているというのに、キリトは無駄な毎日をただただ生きているだけであった。何をすることも無く、ただ食べて寝て、生きているだけだった。
そんなキリトの現状を知ったユウキは、悲しくなってしまっていた。自分が毎日を必死に生きているのに、何でキリトはこんなにもだらけていられるんだと。生きていられるだけで、ボクは羨ましいのに。
――――――――
暫くの間気まずい空気が流れ、無言の状態が続いた。周りにはアルンに吹く風の音しか聞こえてこない。仮想世界の風だが木々をしっかりと揺らし、葉っぱ同士が擦れていた。ユウキの黒紫色の髪の毛もその風に揺られて、美しくなびいていた。
そしてまたしばらく時間が経過して、ユウキが口を開いた。このままキリトと話をしても進展はない。なら、どうすればキリトの気持ちを確かめることが出来るだろうか? そう考えたユウキが出した答えは、至極シンプルなものだった。
「ねぇキリト。ボクと
いきなりの提案に一瞬キリトは素っ頓狂な顔になる。何故この状況で
「何をまた突然に……」
若干皮肉めいた表情をしながらキリトは話を流した。今のこの俺と
というより、俺は既にユウキに
「ボクの信念ね? "ぶつからなきゃ伝わらない事だってある"っての、曲げるつもりはないんだ。口で色々語っててもさ、全力で
キリトはしばらく考え込んだ後、昔の出来事を思い出していた。現実世界での妹、直葉とまだ幼少時代、一緒に剣道に勤しんでた時。些細な悩み事を体を動かす事で、竹刀を振るうことでふっ飛ばしていたあの頃を思い出していた。
(……ぶつからなきゃ伝わらない、か……)
キリトは何やら考え込んでいた。ユウキはいつも全力で生きている。自分の命が短いことを知って尚、毎日を必死に生き続けている。明日の朝にも、もしかしたら死んでしまっているかもしれない自分の体を必死に動かして、毎日を過ごしている。
(俺はどうだ? 今何のために生きてる? 今まで何のために生きてきた? 妹の直葉の為? SAOの仲間たちの為? アスナの為? それとも……俺自身の為?)
キリトは一つの答えに辿り着こうとしていた。今まで俺は自分のことを後回しにして、周りの人が傷つかないように、そして自分自身も傷つかないようにして生きてきた。
結果を顧みずに真っすぐ突き進んでいくということをしていなかったのだ。それを選ぶことが出来る機会はいくらでもあったというのに。
しかし、目の前のこのユウキはどうだ? 自分が傷ついても、周りの人間が傷ついても、ひたすら真っすぐ正直に、ぶち当たる壁を全てぶち壊すかのように全力で生きている。
今のこの腐り切った俺に対してもそうだ。どうしてこんな俺に声を掛けてくれたかようやくわかった。
アスナから頼まれたからというだけじゃない。ユウキ自身が全力だったからだ、全力で俺にぶつかろうとしてくれていたからだ。
そう考えたキリトは、いかに最近の自分が実にバカなことをしていたかを痛感していた。ここ最近の自分は腐って何もしないでただ毎日を無駄に生きていただけ。
目の前の少女に、ユウキにとって最大の侮辱とも言える行為だった。でもそんな俺にもユウキは全力でぶつかってくれた。なら、俺に出来ることはたった一つしかないじゃないか。
「……ハハッ、そうか……そうかもな。確かに……ユウキの言う通りだ」
「……キリト?」
キリトは重い腰をようやく上げ、軽く伸びをした。爽やかな表情でユウキに体を向けた。自分の考えを改めさせてくれたユウキに対して、感謝の気持ちを表していた。
ユウキもガラリと雰囲気が変わったキリトをみて、少しだけ笑顔が零れていた。ボクの気持ちが届いたのかな? ちゃんと伝わったのかな? もしそうなら嬉しいなと、そう思いながらキリトを見つめていた。
「サンキュなユウキ。まだちょっともやもやしているけど、お前のお陰で少しだけ踏ん切りがついたような気がするよ」
礼を言うとキリトは、ユウキの頭にポンと手を乗せ、クシャクシャと音を立てて撫でじゃくった。妹の直葉や元恋人のアスナによくやっていた癖が出てしまっていた。いきなり撫でられたユウキは突然の出来事に驚き、顔を赤くして驚いた。
「ひゃあっ!? キ、キリト……!?」
「……え? ってあぁっ! ス、スマン! つ、つい昔の癖が……!」
「……べ、別にボクは構わないよ! そ、そんなことより
顔が少しだけ赤くなっているのを誤魔化すように体全体でオーバーなアクションをしながら、ユウキは必死に話題を変えようとした。
あながち撫でられたことに満更でもなさそうな様子だった。突然のことでびっくりしたが、不思議と嫌な気分はしなかった。
むしろ、出来ることならもっと撫でてもらいたいとも思っていた。しかし何故自分がそう思ったのかまでは、わからなかった。
「ねえキリト、最近まともに体動かしてる?」
「んー、ALOでも現実でも正直まともに動かしてないな……。たまに何も考えずに飛び続けてたり、リアルでは学校と買い出しに行く程度の運動ぐらい……かな」
最近の運動事情を耳にしたユウキは半分呆れ顔でキリトを見ていた。そんなものは運動のうちには入らないし、いくら現実の体を動かさない仮想世界といっても、一か月間も自分のアバターを動かさなかったら、腕もなまってしまうだろう。
プレイヤースキルが重要視されるALOでは、余計に影響が出るだろうと考えていた。溜め息を吐きながらユウキはキリトに対して悪態を吐いていた。
「あのさぁ、寝たきりのボクが言えた事じゃあないけどさ、も少し体動かそうよ……? 現実世界でも剣道やってたんでしょ?」
「ハハハ、ごもっともだ。でも仮想空間での感覚は忘れてたりしてないぞ? SAO時代から繰り返してきた動作だしな。体にしみこんでるからそう簡単に忘れたりしないさ」
先ほどの気まずさなど微塵も感じさせない他愛もない会話が続いていた。このあたりは流石のユウキのコミュニケーション力である。
キリトが吹っ切れたこともあってすっかり二人は明るい会話を交わせていた。そしてユウキはとある提案をキリトに持ち出した。
「あのねキリト、一つだけお願いがあるんだけど……いいかな?」
「ん、お願い……? 何だ?」
「二刀流でボクと戦って。それも……本気の二刀流で」
ぶつからなきゃ伝わらない事だってあるよいい言葉なんですが現実のワシにはハードルが高いです木綿季先生…。11月15日、1話に続いて2話も大幅に加筆修正を施しました。以前よりキリトの心境の変化、文体の読みやすさなどが変わってると思います。
これから最新話を投稿するのもそうですが、こうして過去の話にもどんどん改良を加えていきたいと思いますので、新規で呼んでいただいている方も、既に呼んだ方もよろしくお願いします。
次回は、ユウキが本気の二刀流のキリトと、剣を交えます。果たして