ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは、そろそろこの物語も折り返し地点あたりに来てると思います。最初の投稿から早一週間、気が付いたらUA5500突破。お気に入り70突破。キリユウタグ平均評価1位という訳もわからない結果となりました。感想もたくさんいただき、メンタル面でも支えていただく皆さんには感謝の言葉しかありません。
筆者自身もどうしてこうなったか理解が出来ていません。ただ、ユウキが幸せになるエピソードを書きたい一心で走り抜けた結果、こうなってしまいました。まさかここまで盛り上がるなどとは露程にも思いませんでした。少しだけ閲覧してもらえてればいいかなぐらいに思ってました。
元々完走する気でしたが、いよいよ後に引けない状況になっているので完走は絶対にします。これからもよろしくお願いいたします。それでは第19話、どうぞ。
「なあ、ユウキ」
「なあに? キリト」
「――歌ってみないか?」
「――えッ?」
ユウキはキリトからのまさかの提案に目をまん丸にして素っ頓狂な表情を見せていた。ユウキだけ時が止まっているかのようにフリーズしてしまっていた。何の前触れもなく突然歌ってみるかなどと聞かれたらこうもなるだろう。キリトがなんでこんなことを言っているのかが全くわからなかった。
「え、歌うって……あの……マイクもって、ステージにたって?」
「ああ」
「おめかしして…ひらひらの衣装着て……?」
「衣装は……まあこれから考える」
「ぼ、ボク……歌なんて歌えないよ……?」
「大丈夫だ、ここにいる先生たちが教えてくれる」
「えええ…ボク…自信ないよぉ…」
ユウキの質問に対してキリトは淡々と答えていった。ユウキはすっかり弱気になりシュンとしてしまっていた。マイクを持つよりも、剣を持っていた方が自分には似合ってると……、そう思っていた。
「大丈夫だよ、ユウキちゃんは歌えるよ? 私が保証する」
「え……どうして……?」
「ユウキちゃんはすごくよく通るいい声してると思うし、明るくて元気でみんなの心を掴むことも出来ると思うの。そして…何より一番はね…誰よりも強い信念をもっているってことかな…?」
「信念……」
ユウキは右手を胸に当て、物思いにふけったような表情を見せた。そこにセブンがユウキに自信を持たせるために自分のことを話し出した。
「この前私が……暴走しちゃったときあったでしょ? ALOのプレイヤーのみんな全員の努力を…踏みにじって…とりかえしのつかない事態になっちゃって…。でも…キリト君やお姉ちゃん、そしてユウキちゃんがあの時全力で止めようとしてくれた。全力で思いをぶつけてくれたから、今の私はここにいられるんだと思うの? 違うかな…?」
――クラウド・ブレイン計画――
七色・アルシャービン博士ことセブンがALOのVR世界を利用して過去に例をみない実験を行っていた。クラウド・ブレインと呼ばれるシステムのデータ収集を行っていたのだ。人間の脳の演算能力をネットワーク上で一つにまとめ上げ、クラウド化することでCPUに作り出すことが出来ないハイスペックな演算処理システムを構築するものである。プレイヤーや自身のクラスタの感情などを情報として吸い上げ、データ採集を続けていったのだ。
しかしセブンはやり過ぎてしまった。結果的にクラウド・ブレインはデータの蓄積のしすぎてパンク、セブンのエゴとプレイヤーデータの暴走をを引き起こし禍々しいアバターへと変貌してしまったのだ。最終的にキリト達はこれを撃退し、セブンも無事に助け出し元の姿に戻ることができ、一件落着となった。その後、実の姉であるレインの協力もあり、それ以降セブンはキリト一行と分け隔てのない一定の近い距離感を持てるようになった。
しかしその事件を経ても科学者としての実力は超一流であり、アイドルとしても今後の活躍を大いに期待されている。若干12歳にて脅威のカリスマ性を持つ七色・アルシャービン博士ことセブンが直々に、ユウキに歌の素質を見出していた。
確かにユウキはキレイで張りがありよく通る声をしている。ボイストレーニングをすれば素晴らしい歌声を披露できるだろう。アバターの雄姿も一言でいえば美少女である、ALOで1位2位を争う美少女だ。よってビジュアルもOK、そして何よりひたむきに明るいその性格である。誰にでも真っすぐで人懐っこくて…気が付けば周りの人たちを巻き込みひと騒ぎする。そしてその一方でどことなく儚さがあるという魅力も持ち合わせていた。
結論を言うとアイドル業をやるだけの魅力と素質は十分なのである。にもかかわらず本人は自信が随分となさげである。
「キリト君やユウキちゃんの真っすぐでぶつかる想いがあったから…私は道を間違わずにすんだんだ! だからユウキちゃんも…自信を持ってもいいと思うの!」
「うう…そう言ってくれるのは…ありがたいけど…」
「ありがたいけど?」
「えと…みんなの前で歌うなんて…その…は…恥ずかしい…っていうか…」
ユウキは耳まで真っ赤にして下を俯き困り果てていた。当然だ、今日の昨日まで剣を振るっていたのだ。歌なんて小学校の音楽の授業でしか歌ったことがない、カラオケだって行ったことがない。学芸会でも町の少女Cの役だ。人前でデュエルをしても緊張しないのは夢中で体を動かせるからというのもある。
「あ、ちなみにユウキちゃんソロだからね?」
この一言がトドメを刺した。ユウキは驚愕の叫び声を上げた後、あまりの恥ずかしさとやり場のない心の焦りを吐き出すように羽を広げ上空へ飛び上がってしまった。
「いやああぁぁぁぁ~~~ッ!!」
「ちょ……ユウキッ!!」
キリトもすぐ翅を広げて地面を蹴り、空高くへと飛び去ったユウキを追いかけた。アスナ、セブンもそれに続くように翅を広げた。更にそのセブンの後ろをスメラギとレインが続いていった。
「ユウキ! 待て! 待ってくれ!」
「やだあああ~~ッ! 待てないよおおお~~ッ! ぼ、ボク……みんなの前で歌うなんて無理だよォォ~~!!」
ユウキは顔を両手で隠したまま全力で随意飛行で華麗に上空を飛びぬけていった。普通人間は視界を奪われると平行感覚が狂うものなのだが、ユウキはさも当然のように自由自在に飛び周り、キリトの追跡を回避していた。まさにALO最速のカーチェイスといってもいい光景だった。
「ユウキのやつ……速すぎだろ、……ええいっ!」
キリトは徐に背中の鞘から片手剣を抜くと飛行しながらソードスキル「ヴォーパル・ストライク」のモーションを起こした。そのモーションを起こすと、右手に握られている片手剣は白く光り輝き、ソードスキルが発動する合図を見せていた。
「え……ソードスキル!? まさかキリト君、ユウキちゃんを斬ってまで止める気!?」
セブンは驚きの反応を見せたが構わずキリトはヴォーパル・ストライクを発動させた。高速飛行していた慣性が活き、ものすごい速さでユウキを追従していった。しかしその剣先はユウキを狙ったものではなく、ユウキの真横を通過するように狙いを定めたものだった。
ヴォーパル・ストライクの勢いを利用して、キリトはユウキに追いついた。ユウキの真横の位置に辿り着くとすかさずキリトはもう片方の腕でユウキの手をとりそのまま抱きとめた。
「えっ!? キ……キリト……!?」
「こらユウキ! 捕まえたぞ! ……まったくいきなり逃げやがって……」
「う……うわあ~~~ん! 離してえぇ~~~!!」
キリトに抱き留められたユウキは両手両足をぶんぶんと振り回して、いやだいやだと駄々をこねていた。とても少数精鋭一騎当千のギルド「スリーピング・ナイツ」の頭を張っていたとは思えない。今はとにかくこの恥ずかしい空間から一目散に逃げたい、そんな心境だった。
やがていくら暴れても無駄だと思い諦めたのか、ユウキは抵抗するのをやめて手足の力を抜いて重力にまかせてだらーんとさせていた。やがて涙目になりながら首をキリトの顔の方向へと動かして、困った表情で訴えていた。
「うう……キリトォ~……」
「ユウキ……、俺もあんま無理強いはしたくなかったんだけど……、お前のためなんだ」
「え……ボクのため……?」
「ああ……今回の件、他のみんなにはもう話してあるんだ」
「えっと……全然話が見えてこないんだけど……どういうこと……?」
キリトからの説明に、ユウキは困惑の表情を見せながら首を横にかしげていた。ボクが歌うことと、ボクが助かるということに、何か関係があるのだろうかと。ユウキが一生懸命に考えていると、そこにセブンたちが漸く追い付いてきた。セブンはスメラギにしがみついてここまでやって来たようだ。一方でレインとアスナは流石の随意飛行で普通についてきていた。
「キ……キリト君、ユウキちゃん……二人とも速すぎ…」
「キリト君……お疲れ様! ユウキ……すっごく速かったね~……」
「ああ……ようやく捕まえたよ。しかし……この場に今このメンバーだけがいるのは……都合がいいかもしれないな」
「え…?」
「ユウキ、心して聞いてくれ。今から話すことはユウキにとって……ものすごい重要なことだ。それも……ユウキの生死を左右するかもしれない、それぐらい重大な話だ」
キリトがその話を切り出した瞬間にさっきとは一転して、急に緊張感が場を包みだした。アスナとセブンはいよいよ話すのねといった真剣な表情でこの場を見守っていた。スメラギとレインはキリトにすべてを任せるといった態度で静止していた。そして深々と深呼吸をし、十分に溜めを作ってからキリトはユウキに今回の計画のことを切り出した。
「まずユウキ、いい知らせがある」
「いい知らせ…? 何…? いい知らせって…」
「お前の病気が治る可能性が出てきた」
その言葉を聞いた瞬間、ユウキはこれまでにない驚愕の表情を見せた。生まれたときから感染していて、15年間戦い続けてきたこの難病が治る……? 死を受け入れた時もあった、何でボクばかりがこんな目にと思う時もあった。でもキリトはボクを助けると言ってくれた、信じて待ってた。しかし、いざ実際にその一言を耳にすると……人間まず最初は信じられないものである。
「え…ボク…病気…治…る…の…?」
震える小さな声でユウキは言葉を口にし続けた。上空なので強風にあおられ聞こえづらいがキリトは一声一句逃さず全て聞きとめる。
「ああ、まったくリスクがないわけじゃあないが、かなりの確率で治る見込みがある。倉橋先生のお墨付きだ」
そういうとキリトは左手でメニューを開き、仮想タブレットのブラウザを表示させとあるページを開いた。そしてユウキの肩を抱き寄せて、同じ位置から一緒にそのページを見た。
「英語……?」
「重要なところだけ訳すぞ、まずここを見てくれ。2013年にアメリカでHIVに感染した患者に……HIVに耐性がある骨髄を移植したんだ。そしてしばらくして経過を見てみると……HIVウィルスが消滅していたんだ」
「え……消滅……?」
「その患者は定期健診という形で通院を続けながらもだが、今は普通に生活が出来ているんだ。HIVウィルスの再発の報告も上がってない」
キリトからHIVが直った事例が過去にあるということを聞かされたその瞬間、ユウキの瞳から涙が零れ落ちた。零れ落ちた涙は強風に煽られ空中へ飛散していき霧状になって消えていった。ユウキは未だに気持ちの整理がつかないまま茫然となり、小さい声で呟いていた。
「病気……治るの?」
「ああ……」
「僕、死なないの……?」
「ああ……」
「生きてて……いいの…?」
「ああ……!」
「お外……出れる…?」
「ああ……ッ!」
「和人と……ずっとずっと一緒にいれる…?」
「ああ……ッ! ずっと一緒にいれる!! お前の側にずっといれる! 映画だって水族館だって行けるんだ!!」
「あ……あ……ボ、ボク……」
感情が爆発しそうなユウキをキリトが力いっぱい抱きしめる。ユウキは15年間ため込んでいたものを一気に吐き出すように、一生分の涙を流し出すように泣いた。大好きなキリトの胸を借りて精一杯、嬉し涙を流した。
「うあああ……かずと……かずと…ボク…ボク…」
「ああ……よかったな……ユウキ……」
ユウキはあまりの嬉しさに、うっかりキリトを本名の和人と呼んでしまっていた。キリトは少しばかり気になったが、ユウキが喜んでくれたので気にしないことにした。しかし…ユウキとキリトが頑張らないといけないのは…これからだ。
「ユウキ…すまないが…まだ話には続きがあるんだ。このHIV耐性を持つという骨髄なんだが、ドナー登録者の白人の1%しか持ってないんだ。そしてその骨髄を持っていても、ユウキの骨髄の細胞の型にあう骨髄でないと……移植が出来ない。移植しても拒絶反応がでると……最悪……死んでしまう」
"死んでしまう" というワードを聞いた瞬間、ユウキの表情が強張った。キリトと一緒にいたいと思ったユウキにとって、今では「死」というものは一番の恐怖の対象となってしまっていた。いやだ……死にたくない……和人と一緒にいたい……生きたい……死にたくない……!
「大丈夫だユウキ! まだ話は終わりじゃない! 聞いてくれ! この1%という数字…実際の数字よりかなり高い数値だと思っていい! これは骨髄ドナーを提供した白人の中での割合でしかない! 俺が調べられる範囲で調べた結果……今この世界に白人は約2億人いる! この人たちの中にHIV耐性の骨髄を持つ人は必ずいる!! そしてユウキの細胞にあう骨髄を持つ人も……絶対にいる筈だ!!」
「でもその人たち……ドナー登録してるか分からないんでしょ……?」
ユウキはすでに半分諦めの様子を見せていた。命が助かると言われて上げたと思ったら、死んでしまうかもしれないと言われて落とされて……希望と絶望、その二つの気持ちを味わっていた。助かるのか助からないのかはっきりしてよ、そう言いたげだった。
「ああ…… "今は" な」
「え……今はって……?」
「ここから先は…セブンが説明する…セブン、頼む」
「
セブンが何を言ってるのかユウキは理解出来なかった。そんな自分の都合よくドナー登録者が増えるわけない、そもそも現れるわけないと思っていた。冷静に考えてみれば崖っぷち綱渡り状態の自分の人生をそんな都合よく命綱が引っかかるわけがない、そう考えていた。
「無理だよ……どうせボクはもう……」
ユウキが「ボクはもう助からないんだよ」そう言いかけた瞬間にセブンは口を割って入った。
「んーん、あるの。爆発的に増やせる唯一の方法……! この私と……そしてユウキちゃんの気持ちがあれば……絶対に増やすことが!」
「え……?」
「だからユウキちゃんに歌ってほしいの。ユウキちゃんの"生きたい"って気持ちを込めて歌を歌うの!」
「ボクの……気持ちを歌に……?」
「そう! ……ねえユウキちゃん。私は誰?」
セブンがいきなり哲学めいた質問をユウキに投げかけた。頭のいい人は常人には思考が全く理解出来ないというのはこういうことなのだろうか。この答えに何の意味があるのだろうと思いながらも、ユウキはセブンからの問いかけに、自分なりに答えを示した。
「え……えっと……、セブンはセブンだよ……。世界的に有名なVR技術博士で……VRMMOで知らない人はいないぐらいの……アイドルで……」
「うんうん……よくわかってる! で、私の活動内容は?」
「え……? えっと……活動内容は……VR技術の研究と実験、アイドルとしては仮想世界と現実世界でのライブ活動を……主に……」
セブンの活動内容を自分の口から言葉にしたその瞬間、ユウキの頭にまさかという考えが廻った。その辿り着いた結論はそう簡単には信じられないが、もう答えはそれしかない。 "VR技術" と "ライブ活動" この二つのキーワードが織りなす答えは即ち……。
「ま、まさか……セブン……」
「そう! そのまさか! 私が計画するチャリティーライブにユウキちゃんをスペシャルゲストとしてお迎えするの! そこでユウキちゃんにね……ユウキちゃんの想いを込めた歌を……届けてほしいんだ! 全世界に……!!」
ユウキの命を救う方法。そう……それはドナー登録者をいかに数多く集められるかという一点に尽きる。白人登録者の中の1%という確率を上げるためにはより数多くのドナー登録者を募る必要がある。しかし生半可な宣伝では普通ドナー登録者は集まらない。そこでキリトは注目した。テレビというメディア以上に影響を及ぼすメディア。そう、仮想世界に注目した。
仮想世界、それは今世界で最も注目を集めている技術である。VR技術はSAO事件の所為で衰退し始めたかと思われたが、キリトが茅場昌彦から受け取った"世界の種子"のおかげで奇跡的な復活を果たしたのだ。アミュスフィアの登場もありより安全に、より楽しく仮想世界を旅できる。世界の種子のおかげでVRMMOの運営のハードルが下がったおかげもあり、今世界中の人々がVR世界を楽しんでいる。
キリトが目をつけたのがまさにその注目されているVR世界だ。世界的に注目されているVR技術、そしてそれを今最先端で技術責任者を担う七色・アルシャービン博士の知名度。それと同時にアイドルとしても世界的にファン、クラスタを抱えているセブンとしての知名度を利用しようと言うのだ。
セブンのライブにスペシャルゲストとしてユウキが参加をする。世界人気No.1VRMMOのALOの中で絶剣と名高いユウキが参加をすれば世界レベルでどうしても注目が集まる。そこでユウキが想いを歌に込め、歌う。そして世界中の注目が集まっている最中に……ユウキの病気のことを告白する。そしてそのライブの場で、ユウキのドナーを集う……というものだ。これこそがキリトの狙いだったのだ。やっていることはマスコミとあまり変わらないが……キリトはVRの一つの可能性としてそこに賭けた。世界中の注目をユウキに集めようというのだ。
しかし……この作戦にもリスクがないわけではない……。確かに世界レベルで大いに注目は集まるだろう。ユウキのひたむきな姿勢に感動、賛同してドナー登録を志願する人は爆発的に増えるだろう。ユウキの助かる確率はぐっと上がる……しかしこれはユウキの病気を世界中に晒し出すことと同義である。かつてユウキはHIVを隠して子供時代を過ごしていた、しかしどこからかその情報はリークされ、近所、学校、クラスメイト全てから迫害を受け……転校、引っ越しを余儀なくされた。その執拗な嫌がらせは引っ越し先にまで及んだという…。
こんな狭い近所でさえこれほどの迫害を受けてきたユウキが……今度は自分の病気を世界中に知られる。それほどのことにユウキの精神が耐えられるだろうか……昔のトラウマをほじくり返されるかもしれない、今度は世界中の人が恐ろしく見えてしまうかもしれない。キリトは半分賭けでもあったこの壮大な作戦をあの晩、一瞬で考え付いたのだ。そして残すところ、問題となるのは肝心のユウキ本人の気持ちだけであった。
「……ユウキ、話は以上だ……」
キリトは想いの糧を全てを吐き出すと、大きく深呼吸をし少しだけ冷や汗をかいた。キリトは全てを利用しようとしていた。元恋人のアスナ、SAO時代の仲間たち、セブン、世界中の人々……。そして……ユウキの助かりたいという心すらも……。
「ユウキ、これはお前の病気が治る確率があがると同時に、世界中にお前の病気を知られるという事でもある。ここからは……ユウキのプライバシーが直接かかわってくる問題だ。だから……俺は強制は出来ない……」
"ユウキの命を助けるために、ユウキの心を利用するかもしれない"という少し矛盾めいた罪悪感がキリトの心に重くのしかかった。俺はユウキの命を助けたとしてもその後もまともな精神状態でいられるのだろうか? そもそもユウキがまともでいられるのか……そう考えを巡らせていた。しかし、その不安はユウキの一言ですべて拭われた。
「……キリト……ボク、歌う」
「ユウキ……!!」
「確かにボクは……昔、HIVってのがばれて……パパやママ、姉ちゃんと一緒に酷いことされた。その時……すごく悲しくなった、すごく怖くなった……でも……でも……」
胸に手を当てて自分の昔のことを語っていたユウキはキリトの顔を見ると、切なそうな表情を浮かべながら、渾身の力を込めてキリトにむかって抱き着いた。
「ユ、ユウキ……?」
「今は……キリトやみんながいる。ボクにね……あたたかいものをたくさんくれる仲間がいるんだ。支えてくれる人が……いっぱいいるんだ……。だから……どんなことがあっても平気だよ」
「ユウキ……」
「それにねっ」
ユウキは一歩分後ろに下がると最高の笑顔を見せ、腕を後ろに回し上半身を斜めに傾げ、キリトに言った。
「何があっても……キリトが守ってくれる! だから……ボクは……怖くないよ!」
キリトはその笑顔を見た瞬間ユウキを抱き締めた。初めて告白した時と同じぐらいの力を込めて精一杯、目の前の少女を抱擁した。
「やっぱり……ユウキは俺と違って強いよ。強すぎて……かなわない……」
「何言ってんのさ……ボクに……勝ったくせに……」
「……何があっても絶対にお前を……守ってみせるからな……」
「うん……ありがと……大好き……キリト……」
――――――
ユウキの病気を治すための計画を全て話、程なくして落ち着いた二人はセブンら四人と一緒にゆっくりと地上に降りてきた。キリトとユウキは少し遅れて手を繋ぎながら皆のもとへと着地し、先ほど話しあっていたことをすべて話した。
「みんな……騒がせてゴメンね……。ボク……歌うよ」
ユウキからの決心を聞いたリズら地上のメンバーは、安堵の表情を浮かべるとともに、ユウキの覚悟を聞き続けるために、真剣な眼差しでユウキを見守っていた。
「ボクは……ボクが考えてる以上に……みんなに支えられていたんだ。ここでボクが逃げたら……ここまでボクを支えてくれた人たちの気持ちを……無碍にすることになっちゃう」
「ユウキ……」
「だからボク……ここまでしてくれたみんなのためにも……歌う! 上手にやれるか分からないけど……精一杯歌ってみせる!!」
ユウキの固い決意が現れた回答に、その場にいるスメラギ以外の全員が拍手と激励の言葉を贈る形で盛大に応えた。本当に皆、心から信頼出来る最高の友達である。
ユウキはみんなに背中を押してもらいステージデビューをするという形で新たなスタートを切った。いったいどんな結果になるのか想像もつかないが……何もやらずに後悔するより精一杯のことをやろう。ユウキはその思いを胸に、ひたすら前に向かって進んでいった。
――おや? そういえば、誰か一人忘れている気がするが……きっと気のせいだろう。
「……転移結晶売ってねえなあ……」
哀れ赤い人。ようやく……ようやくここまで来ました……。完治困難と言われているHIV、並びにAIDSをどうやって無理なく治すか。どうやって無理なくドナーを集めるか三か月前からずっと考えてたことをやっと文章に出来ました。
正直言って、セブンの"VR技術者兼アイドル"と言う設定そのものがユウキを助けるキッカケとなりました。そしてキリトなら無理なく治療法を探し出すことも、周りの人間に協力を呼びかける事も出来るだろうし。仮想世界を宣伝に使う方法もキリトならすぐに思いつく、そう思いながらシナリオを手書きました。
キャラをたくさん出し過ぎて、収拾がつかなくなるかと思いましたがなんとかまあまとまった方かなと思っております。セリフが全くないキャラもいますがご容赦をいただければと思います。それでは、以下次回!