ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
1話とありますが、序章みたいなものですね。物語は2話から本格的に動き始めます。時代設定的にはロスト・ソングの後となっております。誤字脱字は十二分に注意を払っておりますがご容赦ください。
それでは、どうぞ
※かなりの加筆修正を行いまして、最初に投稿したときとはもはや別物となっております。
第1話〜別れ〜
「いい気候設定だ……」
ここはVRMMO『アルヴヘイムオンライン』に存在する架空の街、アルンである。中世欧州風の外観の街並みが軒を連ね、のどかな街だ。街の中心にはこのゲームのシンボルとも言える「世界樹」が空高くそびえ立っている。
「…………」
この街の丘に全身真っ黒な服に身を包んで体を横にしてる少年の名はキリト、本名桐ヶ谷和人。かつてデスゲームと呼ばれたVRMMO『ソードアート・オンライン』をクリアした人物である。
ゲームをクリアし、SAOサーバーが消滅した後、ここアルヴヘイムオンラインに腰を下ろし、ゲームを楽しんでいたのだが……。
「暇だな……」
今、彼にはやる事がなかった。いや、正確にはある。スキルの熟練度上げ、レアアイテム掘り、素材集め、新生アインクラッド迷宮区攻略、スヴァルトアールヴヘイム踏破……等々。
しかし全く以って身が入らない、ゲームにログインこそするがやる気が起きないのだ。ただひたすらゲーム内でも惰眠を貪り時間を無駄に浪費していた。
「アスナ、どうしてるかな……」
アスナ、本名結城明日奈。キリトは恋人の名前を呟いた、いや…… "元恋人" と言うのが正しいだろう。
SAOプレイヤー時代から2年以上の付き合いだったが、今現在は交際をしていない。いや、することを許されなくなったのだ。その理由はアスナの母親にある。
明日奈の母親こと、結城京子は都内有名大学の経済学部教授である。SAO事件で2年以上も学業が遅れた娘の将来を心配し、自らが進学していた学校に編入させようとしてるのだ。
しかし明日奈は今通っている学校で学び、卒業して自分の道は自分で決めたいと思っている。明日奈には明日奈なりの覚悟と考えがあるのだ。
だが京子はそれを許さなかった。何度も何度も説得を試みたが京子は意見を曲げず、結局明日奈は今の学校を転校し、京子が通っていた学校に編入することになってしまった。
当然、このままではキリトとは離ればなれになる。学校以外にも家庭教師、予備校と勉強三昧である。息抜き程度に遊ぶ事は許されていたが、しっかり門限があるためほとんどないに等しかった。
限りなく明日奈の自由時間と呼べるものは極めて少なくなっていた。その現実は2人の間に深い溝を作るのに十分すぎるほどであった。そして転校前の最後の日、明日奈は和人に切り出した。
――――――
西暦2025年12月19日金曜日 午後16:05 SAO被害者支援学園施設 校門前
「キリト君、ちょっといいかな……?」
明日奈は和人と一緒に下校をしていた。昇降口から二人で足並みをそろえ校門へ向かい歩いていた。少し残って課題を片付けて遅くなっていたため、二人以外に生徒の姿はほとんど見られない。
真冬の16時頃ということもあり、すっかり辺りは夕焼けに包まれていた。横から照らす夕陽が、歩いている二人の影を長く伸ばしていた。
「どうした? 明日奈」
和人が聞き返すと、明日奈は非常にバツが悪い表情になる。自分から話を切り出したのにもかかわらず口にしづらそうにしていた。和人はその様子を真顔で見守り続けている。決して急かさず、明日奈の方から口を開くのを待っていた。
「あ、あのね? あのねキリト君……」
「ああ、なんだい? 明日奈」
「みんなにもキリト君にも黙ってたんだけど、私ね……今日でここの学校最後なの……」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、和人の中の時計が止まった。一体明日奈が何を言っているのかが理解できなかった。今、明日奈はなんて言ったんだ? 今日でここの学校が終わり? 何をつまらない冗談を言ってるんだと、半分受け流しながら明日奈の話を聞いていた。
「おいおい最後って……冗談だろ? どうしてまたそんな……」
「冗談なんかじゃないの……。ゴメン、ゴメンねキリト君……私、ダメだった……」
そう言うと明日奈は俯き、泣き出してしまった。和人は焦りの表情を見せ、何で明日奈が泣いているか分からなかったが、ここ最近聞いていたことを思い出すと、何となく悟ったようにゆっくりと口を開いた。
「……まさか、お母さん……か?」
和人からの問いに、明日奈は顔を手で押さえたまま頷いた。そして和人は察してしまった。明日奈はお母さんの説得に失敗してしまったんだ。ここではない別の学校に通って一緒にいれる時間が少なくなる。
もしかしてこのまま関係がなくなってしまうのではないか、そんな恐ろしい想像さえしてしまう。そんな最悪な事態が頭をよぎっている和人にトドメを刺すかのように、明日奈は続いて口を開き続けた。
「キリト君、私達ね……別れた方がいいのかもしれない……」
口元を押さえながら明日奈が和人に別れ話を切り出した。明日奈だってこんなこと言いたくはない。だが、自分の家庭の所為で和人に窮屈な毎日を、寂しい毎日を過ごさせてしまうぐらいなら、いっそ今別れて踏ん切りをつけた方がいい。そう考えての別れ話だった。
「何を……言ってるんだ、明日奈……」
「もうダメなの、母さん私に一切の自由時間を与えないつもりなの。勉強、勉強、ずっと勉強……、朝から晩まで……土日も予備校に習い事に……」
「そんな……、そんなのあんまりじゃないか……」
和人は信じられないような表情を浮かべた。いくら厳しい家庭とは言え、自分の子供に一切の自由時間がないなんてあんまりすぎる。いくらなんでも横暴すぎる。
しかし和人は口出しできないでいた。恋人とはいえ…他人の家庭内の問題であったからだ。結城家の人間ではない和人には、この件に関して口を挟むことは許されない行為だった。
「アミュスフィアも取り上げられちゃって、もうALOも出来ないの……」
「なっ……何だって……?」
明日奈の唯一の心の癒しであるアミュスフィアは、京子が学業の妨げになるからと言って取り上げてしまっていた。アミュスフィアを取り上げられたということは、二度とVRMMOで遊べないということである。
つまり、二人を繋いでいた架け橋がなくなってしまった。離れていてもこれさえあれば仮想空間で一緒になれていたのに、それさえも出来なくなってしまっていた。
二人が肩を落としていると、遠くから高級車が走行してきた。高級車は二人のいる位置まで近づくとそのスピードを少しずつ緩め、やがて二人のいる脇で停車した。二人の視線は、自然とその目の前に停まった車へと向けられていた。
停止した高級車の後部座席のドアが開くと、中から和人と明日奈のよく知る人物が姿を現した。そう…結城京子、明日奈の実の母親である。
仕事帰りかこれから仕事なのか、キャリアウーマンを彷彿とさせる真っ赤な女性物のスーツに身を包み、全身から刺々しい空気を放っていた。
「まだこんなところで油を売っていたのね、16時きっかりに駅前に来るように言ってたはずよ?どうして約束事が守れないのかしら」
「……ごめんなさい……」
降りる早々厳しい言葉を明日奈に言い放つ、典型的なスパルタママだ。明日奈が約束の時間になっても来なかったこともあり、非常に不機嫌な表情を浮かべていた。しかし言ってることは正しかったので、明日奈も素直に謝罪をするしかなかった。
「あなたには時間がないって何度言えばわかるのかしら、今まで散々時間を無駄にしてきて焦りというモノがないの?」
「……京子さん、その言い方はあんまりなんじゃないですか?」
突如、和人が親子の間に口を割って入った。本来なら他人の親子の間に水を差すなど許されないが、和人は一方的にまくしたてる京子の態度に怒りを覚え、見ていたたまれなくなり、思わず口を挟んでしまった。
そんな和人に、京子は冷めたため息を吐き出しながら、対応の姿勢を見せた。
「貴方、桐ヶ谷君……だったわね、桐ヶ谷和人君。SAOでは随分明日奈がお世話になったと聞くわ」
京子の和人を見る眼はあまりにも冷え切った視線であった。下等生物を見るかのように和人のことを見下していた。更に付け加えるなら、その眼はまるで貴方と私たちは住む世界が違うとでも言いたげな眼差しだった。
「おそらく貴方がいなかったら、SAOの中で明日奈は死んでいた。だからその点に関してだけはあなたにとても感謝しているわ…… でもね、桐ヶ谷君」
京子は一歩だけ前へ出ると厳しい態度で、眼光鋭く上から見下ろしその牙を和人にまで向けた。下等民族が私達の土俵に上がるんじゃあない、身分を弁えろ。京子の瞳がそう訴えていた。
「明日奈にはあなたと違って輝かしい未来が待っているの、私と一緒かそれ以上のキャリアを積んでもらい、将来立派な職に就いてもらわないと困るのよ。あなたにわかるかしら?」
「……わかりませんね、わかりたくもないです。子の将来は親が決めつけていいもんじゃない。京子さん、アナタの人生はアナタのご両親がお決めになったんですか?」
和人の口から出た反論を聞いた瞬間に、京子の表情が引きつった。和人の言っていることもあながち間違いではなかったことと、自分の家庭の教育にずかずかと土足で上がられたことに偉くご立腹といった様子だった。
冷静そうではあるが、表情の奥から静かな怒りが見て感じ取れた。しかし相手は子供。ここは大人らしく、人に教えを受けさせる身として、あくまでも冷静に対応する。
「アナタ、何が言いたいのかしら……」
「わかりやすく言ったつもりですが、わからなかったようですね…。明日奈の道は明日奈が決めるって言ってるんですよ。親のエゴで勝手に子供の将来を決めていいなんて許されるはずがない!」
和人が諭したその瞬間、先ほどまで冷静な大人の対応をしていた京子の表情が変わり、鬼の形相へと変わった。無礼な態度を働いた和人の言動に堪忍袋の緒が切れ、激昂した。
「この……黙って聞いていればッ!!」
和人の言葉に我慢が出来なくなった京子が、和人に掴みかかりそうになるところで、明日奈がたまらず仲裁に入った。自分の大切な人同士がいがみ合っている姿を見てて、いてもたってもいられなくなってしまっていた。
「母さんやめて!!」
和人と京子の間に強引に入り込んだ明日奈は、無理やり両手で二人を引き離した。和人と京子の体重は軽い方だったので、腕力がさほどない明日奈でも割と簡単に引き離すことが出来た。
「あ、明日奈……」
「もういいの……キリト君、ありがとう……」
無表情とも真顔とも言える顔で、明日奈は和人のことを見つめていた。和人はそんな明日奈の顔から生気を感じられなかった。心が宿ってない、瞳から光が失われている。そんな風に見えてしまった。
「母さん、行きましょう」
「なっ、ちょ……明日奈! 待ってくれ!!」
和人は距離を詰め去ろうとする明日奈の肩を掴み制止させた。このままじゃ納得いかない、いくわけがない。急に学校が終わりだと言われ、そしてこのまま別れてしまうなど。
今まで積み重ねてきた2年間がこんな簡単に壊れてしまっていいわけがない。和人は必死に明日奈の説得を試みた。
「俺は納得いかない!! 明日奈はこれで満足なのか!? 自分の納得のいかないこんな状態になっちまって、満足なのかよ!」
「……キリト君……」
「明日奈……!!」
明日奈は京子に先に車に乗るように言うと、改めて和人の方向を向いた。そしてそのまま何も言わずに和人に駆け寄り抱き着いた。目に涙を浮かべながら。和人の恋人として最後の言葉を伝えようとした。
「お、おい……明日奈?」
「ゴメンね、ゴメンねキリト君。ホントに……ゴメンね。大好きです、さようなら……」
それだけ言い残すと明日奈は名残惜しそうに和人から離れ、車へ歩を進めた。後部座席の扉が開くとすぐさま乗り込み、そそくさとドアを閉めてしまった。
これ以上ここにいるわけにはいかない、明日奈の行動からはそのような印象が感じられた。
「あ……明日奈ッ!!」
明日奈たちを乗せた車はすぐにアクセルを吹かし、あっという間に和人から離れていってしまった。遠目から車のガラス越しに見える明日奈の姿は、項垂れているように見えた。
「嘘だろ……、明日奈……?」
和人は右手を前に掲げたまま、そこに立ち尽くしていた。しばらくその姿勢で茫然と車の走り去った方向を眺めていると、和人の後方にある校門から別の人物の声が聞こえてきた。
「はぁ~……今日も疲れたわねって……ん? キリトじゃない。どうしたのよ? こんなトコで何してんのよ?」
和人に駆け寄ったのはSAO時代のフレンド、クラスメイトのリズベットこと篠崎里香であった。和人とはゲーム内で使う武器製造が切っ掛けで知り合い、お互い愚痴を言い合ったり、からかいあったりするぐらいの関係の間柄だ。
茶髪のショートヘアにヘアピン、顔のそばかすがチャームポイントの面倒見がいい女の子だ。そんな里香が、校門で立ち尽くしている和人が何をやっているのかと不思議に思い、声を掛けた。
「…………」
和人はその声が聞こえたかと思うと、膝から崩れ地面に手をつき項垂れてしまった。もう何もかもを失ってしまったことを思わせるような、絶望的な表情を浮かべながら。
「ちょっと……キリト! どうしたのよ! 大丈夫!? しっかりしなさいって! どこか具合悪いの? なら保健室につれてってあげるわよ!」
里香が心配そうに和人の顔を覗き込むと、そこには瞳に涙を浮かべる和人の顔が視界に入った。一体和人はどうしたのだろう、何で急に項垂れて涙目になってしまっているのだろう。何か悲しい出来事でも起きてしまったのだろうか。
「キリト……?」
やがて和人は大粒の涙を流し続けた。何も出来なかった自分への悔しさ、明日奈が遠くへ離れてしまったことへの悲しさ、心に残ったやり場のない怒り等、様々な感情が混ざり合った涙を流し続けていた。
流れ落ちる涙が和人の顔を伝い、やがて落ちて地面を濡らした。里香はその姿を見てただ事ではないと思い、スマホを取り出し友達に連絡を入れて、助けを求めようとした。
「畜生ッ……畜生……!!」
里香が電話を掛けようとしたところで和人が言葉を発した。その様子に気付いた里香はスマホの操作を中断して、再び和人の様子を窺っていた。体調が悪いわけではなさそうだが、和人が一体何を悔しがっているのかわからなかった。
「畜生オオオオォォォォォッ!!!!」
校内全域に響き渡るような声を上げながら、和人は叫び地面に突っ伏し泣いた。長年にわたって築き上げてきた明日奈との絆が、あまりにも呆気なく崩れ去ってしまった。
桐ヶ谷和人と結城明日奈の、恋人という関係がたった今終わってしまった。その認めたくない悔しい事実に、ただひたすらに泣き続けた。
「キリト……」
何となく状況を察した里香は、そんな和人を遠目に茫然と眺めていることしかできなかった。和人が現実で悲しみ、悔しがるほどの事と言ったら、もう明日奈に関係したことしか思い当たらなかったからだ。
里香自身も和人に何をしてあげたらいいかわからず、同じようにただ茫然と立ち尽くしているしか出来なかった。
はい、キリトとアスナは別れました。
京子さんが嫌な人に見えますがアスナの将来のことを考えたら親としては当然のことなんですよね。やり過ぎ感はありますが。
なんとかアスナも人並みの幸せを手に入れられるようにはするつもりです。ちなみにリズはヒロインではありません、相変わらずのMOER DEBANです。
次回はこの作品のメインヒロインが登場します。傷つき、心が空っぽになってしまった和人と、どうやって接していくか、見守ってください。それでは以下次回。