俺の戦いが終わって、金次とアリアがシャーロックと戦っているのを音で聞いていた。
実際、意識を保つのはもう限界に近いが、音を聞いていると、この部屋にかかっていた音楽が変わった。
それを機にぱったりと止んだ。
俺は痛む身体を起こして胡椒を取り出して、振る。
「クシュン!」
くしゃみをして入れ替わる。
「驚いた。このオペラが独唱曲になる頃にはーー君たちを沈黙させているつもりだったのだがね。君たちは僕が推理したよりも長い時間を戦い抜いた。つまり僕は生まれて初めて、推理をし損じたのだ。君たちは、賞賛されるべき男たちだ。さて、戦いの最中で悪いけど、ここから先は僕の『緋色の研究』について話す時間だ」
そこでシャーロックが私を見た。
「亜里沙君だね?済まないが今すぐ梓君に変わってくれたまえ」
「ダメ。梓は死にかけてる。話だけなら私が聞く。私たちの記憶は一緒だから」
「………なら、今はいい。後で少しだけ変わってもらうよ」
「ええ」
シャーロックの光が勢いをまし、緋色に変色していく。
「僕がイ・ウーを統率出来たのはこの力があったからだ」
その光景を見ながら金次が呟く。
「あの、『緋弾』を………撃てるのか、お前も」
「キンジ君が言ってるのは恐らく違う現象のことだろう。アリア君がかつて指先から撃ったはずの光球、それは緋弾ではない。古の倭言葉で『緋天・緋陽門』という緋弾の力を用いた一つの現象に過ぎないのだ」
そう言いながらシャーロックはアダムズ1872・マーク3。かつて大英帝国陸軍が使用していた、45口径ダブルアクション拳銃。
「これが『緋弾』だ」
そう言って取り出した弾丸は血のような薔薇のような、炎のような緋色をしている。
「この弾丸が、緋弾なのだよ。いや、形はなんでも構わない。日本では緋々色金と呼ばれる……要は金属なのだからね。峰・理子・リュパン4世が持っていた十字架を覚えてるだろう。あれも、この弾と同族異種の金属を含むイロカネ合金だ。イロカネとはあらゆるステルスがまるで児戯に思えるような至大なる超常の力を人間に与える物質。いわば、超常世界の核物質なのだ。世界は今、新たな戦いの中にある。イロカネの存在、その力が次第に明らかになり極秘理にその研究が進められているのだ。僕の緋色の研究のようにね。イロカネを保有する結社はイ・ウーだけではない。アジア大陸北方にはウルス、南方には香港のランパン、僕の祖国イギリスでは世界一有名なあの結社も動いている。イタリアの非公式機関を陰からサポート、監視するバチカンのように、国家がイロカネの研究を支援・監視するケースも枚挙に暇がないほどだ。アメリカではホワイトハウスが、日本でも宮内庁が君の高校にも星伽のーーいや、これは少々口が滑ったかな。そして、僕のように高純度で質量の大きいイロカネを持つものたちは互いのイロカネを狙いつつもその余りに甚大な超常の力に、お互いが手出しができない状態にある」
そういいながらシャーロックは緋弾を込めた弾をこちらに向けてくる。
シャーロックの身体を覆っていた緋色の光が指先に集まっていく。
「これだろう?君が見た現象は。そうだ。亜里沙君、梓君に変わってくれたまえ」
「………」
私は無言を返すが、はぁ、とため息をつき胡椒を取り出して振る。
「クシュン!」
くしゃみをして入れ替わる。
亜里沙が立っていたので、俺は力が入らず床に倒れる。
「うぐっ!」
「大丈夫か!梓」
「だから、大丈夫に、見える、か?」
全員が首を振る。
………やかましい。
すると、シャーロックが指先に集めた『緋弾』に共鳴するように目が熱くなってくる。
アリアから緋色の光が発せられ人差し指に集まっていく。
「な、何これ……」
アリアが戸惑ったように右手を顔に向けていた。
「アリア君。それは『コンソナ』だ。質量の多いイロカネ同士は、片方が覚醒すると共鳴する音叉のようにもう片方も目を覚ます性質がある。その際は、イロカネを用いた現象も共鳴するのだ。今、僕と君の人差し指が光っているようにね」
「さて、アリア君。これから僕はこの光弾『緋天』を君たちに撃つ。僕が知る限りそれを止める方法は同じ緋天を衝突させることのみだ。実験したことはないが日本の古文書にはそれによって緋天同士が静止し、その後に暦鏡なるものが発生するとある」
「曾………お爺様」
アリアがシャーロックを動揺しながら見る。
「さっき君はあなたに命じられない限り僕を撃たないと言ったね。ならばここで僕を撃ちなさい。その光で」
「曾お爺様、を……」
「そうだ、緋弾に心を奪われないように落ち着いて指先に力を集め、保つイメージをするのだよアリア君」
「よく……わからないな。あれもこれも。まあ、わかりたくないこともばっかりだけどな、お前は王手をかけてきた。そして、俺達もまだ一手撃てる。そういうことだろシャーロック」
金次がアリアに歩きながら言った
「ご名答だ、キンジ君。どうかその優れたHSSの理解力と状況判断能力でこれからもアリア君を助け続けてくれたまえ梓君達とね」
キンジが口をへの字に曲げながら迷ってるアリアの手を取る
「……キ、キンジ?」
俺も近づいてアリアの小さな肩に手を置いた。
「大丈夫だアリア、お前はパトラと戦った時、無意識にこの力を使ってるんだ」
金次はアリアの震える手を握る。
「後は何の助けにならないかもしれないけど……俺が、ついててやるよ。何がどうなろうと、最後までな」
金次がそう言うと、アリアの震えが消えていく。
アリアは、指先の光をシャーロックに向けた。
「良いチームメイトを見つけたねアリア君」
シャーロックは満足そうに微笑みながら、
「かつて僕にワトソン君がいたようにホームズ家には相棒が必要だ。人生の最後に二人が支え合う象徴的な姿を前に出来て、僕は……幸せだよ」
同時にシャーロックが緋天を放つとアリアの手からも緋天が飛ぶ。
光が俺達の中間で衝突し、空中で静止し融合する。
「僕には自分の死期が推理できていた。どんなに引き延ばしても今日、この日までしか保たないと。だからそれまでに緋弾を子孫の誰かへ『継承』する必要があったのだ。元々、緋弾はホームズ家にて研究するようにと女王陛下から拝領したものだからね」
強まった2つの光はすぐ、まるでお互いを打ち消しあうように急速に収まっていく。
「しかし、その後の研究で分かった事だが緋弾の継承には難しい条件が3つあった。一つは緋弾を覚醒させられる人格に限りがあること。情熱的でプライドが高く、僕は自分がそうとは思わないが……どこか、子供っぽい性格をしていなければならないらしい。しかしホームズ家の一族は皆、そうではなかったのだ。だから僕は条件に合う子孫が現れるのを待ち続けなければならなかった。そして現れたのがアリア君。君だ。2つ目の条件は詳細は伏せるがアリア君が女性として心理的に成長する必要があったことだ」
シャーロックの手前の光球が透明になっていく。
「3つ目の条件として継承者は能力を覚醒させるまで最低3年のあいだ緋弾と共にあり続ける必要があった。片時片身離さずに」
融合していく二つの光がレンズのような形に変わっていく。
「これは簡単なようで最も難しい条件だった。なぜなら緋弾は他のイロカネ保有者達から狙われていて覚醒したものでなければ守ることができなかったからね。だから、今日までは覚醒した僕が緋弾を保有し、今日からは覚醒したアリア君が緋弾を保有する。これを成立させるために僕は今日までこの緋弾を持ち続け、さらに3年前の君に渡さなければならなかったのだ。これは僕にとっても、生涯最大の悩みだった。たが、その問題を解決してくれたのもまた、緋弾だったのだよ」
宙に浮かぶレンズに何かが浮かび上がってくる。
やがて、鮮明になった人影を見て絶句する。
「これだ……!これが日本の古文書にある暦鏡、時空のレンズだ。実物を前にするのは僕も初めてだよ」
レンズの中に映ってるのはアリアと、スナイプしようとヘカートを構える俺だった。
アリアの髪の色は亜麻色のツインテールに瞳はサファイアのような紺碧の瞳だった。
俺は何処にでもいるような兵士の姿。
「アリア君。君は13歳の時、母親の誕生パーティーで銃撃されたことがあるね。梓君は確か15歳の時に戦場で」
「う、撃たれました。何者かに。でもそれが今、何だと……」
「撃ったのは僕だ」
「お、お前の、せい、だったのか」
アリアが驚きに全身を強張らせる
俺はシャーロックを睨む。
「いや、これから撃つのだ。これはどちらの表現も正しい」
言ってシャーロックは拳銃の撃鉄を起こす
「緋弾の力を持ってすれば過去への扉を開くことさえできる。僕は3年前のアリア君に今から緋弾を継承し、梓君は女神の瞳を」
「女神の、瞳?」
「そう。君に撃ったのはこの弾だ」
そう言って一つの弾丸を取り出す。
それは『緋弾』と違い真っ白。
薬莢と区別がつかないほど全て真っ白だ。
「この弾は『緋弾』の研究をする中で、緋々色金、瑠璃色金、瑠瑠色金。それらを共鳴させて見たのさ。その過程でたまたま出来たのがこの弾だ。テレビの光の三原色を知ってるだろう。赤、青、黄色を重ねると白くなる。僕は白銀の弾。『
レンズの中に、拳銃をシャーロックが向ける。
「や、やめろ!」
金次がシャーロックに飛びかかる。
「なに、心配には及ばないよ。僕は銃の名手でもあるんだ」
その瞬間、引き金が引かれたと同時に過去のアリアの背中から血が吹き出て、俺は目を抑えて痛みに耐えていた。
「アリア君。2つ断っておこう。緋弾の副作用についてだ。緋弾には延命の効果があり、共にあるものの肉体の成長を遅らせる。あれから君は体格があまり変わらなくなっただろう。それと文献によれば、成長期の人体にイロカネを埋め込むと体の色が変わるらしいのだ。皮膚の色は変わらないようだが、髪と、瞳が美しい緋色に近づいていく。
梓君はその女神の瞳は全然研究は進んでいない。だが、恐らく白くなるのは目だけだろう。以上で僕の緋色の研究に関する講義は終わりだ。緋弾について僕が解明できたことはこれが全てだよ。『白銀の弾丸』はわからない部分が多い。見ていたが、金一君の怪我を治していたね。どうやって治しているか、その治癒の力以外に何が出来るのか。梓君が研究を続けてくれたまえ。後、『緋弾』のように髪の色は変わらないだろう」
緋弾を失ったせいでいきなり歳をとったようなシャーロックが言った。
「き、キンジ、梓」
アリアが歩いてくる
「アリア君、キンジ君、梓君。緋色の研究は君達に引き継ぐ。イロカネ保有者同士の戦いはまだ、お互いを牽制しあう段階にある。しばらくはその膠着状態が続くだろう。もしかしたら戦いは本格化し君たちはそれに巻き込まれるかもしれない。その時は、どうか悪意ある者から緋弾を守り続けてくるたまえ世界のために」
「ふざ、けるな!お前の、運命に、孫を、アリアを、巻き込んで、んじゃ、ねぇよ!」
「ふむ、流石仲間を大切にすることに定評のある赤霧君だ。しかし、自分のことをもっと大事にしてあげたほうがいい。君の身を心配してくれる人の為にもね。これは前世の友人のアドバイスとでも思ってくれ。そろそろ限界だろう。ゆっくりと休むといい」
「ちっ!」
俺は薄れる意識の中で金次に声をかける。
「金次、あの、馬鹿に、一撃、入れてやれ、頼ん、だ、ぞ……」
そう言って意識を失った。