理子との待ち合わせをして、話をしているところに小夜鳴がスタンガンを理子に当てた。
小夜鳴は手にしていたスタンガンを足元に捨ててから、懐にあった拳銃を取り出し倒れる理子の後頭部に狙いを定めた。
「遠山君、神崎さん、それに風切君も。ちょっとの間、動かないでくださいね?」
小夜鳴は俺達に落ち着いた口調でそんな制止を促す。
そのすぐあと、小夜鳴の後ろ、扉の向こうの階段からハイマキと同じ銀狼が2匹姿を現した。
「前には出ない方がいいですよ。3人が今より少しでも私に近づくと、襲うように仕込んでありますんで」
それを聞いた金次が試しに少しだけ動こうとした瞬間、銀狼達は金次を睨み付けた。
「よく飼い慣らしてるな。あの時もオオカミと打った芝居だったってわけかよ。」
「紅鳴館でのお3人の学芸会よりは、マシな演技だったと思いますけどね?」
小夜鳴が言ってる間に、銀狼の1匹が理子から武器を取り上げ屋上から投げ捨てる。
「3人ともそのまま動かないで下さいね。この銃は30年前に造られた粗悪品でして、引き金が甘いんです。つい、リュパン4世を射殺してしまったら――勿体ないですからねえ」
理子がリュパン家の人間だって知ってるのか。
それに銀狼はブラドの下僕だったからな。
「どういうこと……? なんであんたが、リュパンの名前を知ってるのよ! まさか……まさか、あんたがブラドだったの!?」
「彼は間もなく、ここに来ます。狼たちもそれを感じて、昂ぶっていますよ」
「そ、そう。それにしても、そのブラドから理子のことも聞いて、銃も狼も借りて、そのくせ『会ったことがない』だなんて……半月前は、よくも騙してくれたわね」
「騙したワケではないんです。私とブラドは、会えない運命にあるんですよ」
「……あの時あんた、ブラドは『とても遠くにいる』なんて言ってたけど……あのあと、コッソリ呼んでたってわけね。あたしたちの学芸会に気づいてながら泳がしてたのは……1人じゃ勝てないから、ブラドの帰還を待ってたんでしょ」
アリアがそんな推理をしてる間にオレとキンジはアイコンタクトでやることを理解し、状況を把握しにかかっていた。
しかし、まずは理子をどうにかして助けないとダメだが、
ブラドは俺一人で事足りる。
そうアイコンタクトする。
「遠山君。ここで君に1つ、補講をしましょう」
「……補講?」
突然小夜鳴は金次に話を振り、金次も分析する作業をやめ視線を小夜鳴に向ける。
「君がこのリュパン4世と不純な遊びにふけっていて追試になったテストの、補講ですよ。遺伝子とは――気まぐれなものです。父と母、それぞれの長所が遺伝すれば有能な子、それぞれの短所が遺伝すれば無能な子になります。そして……このリュパン4世は、その遺伝の『失敗』ケースのサンプルと言えます」
言って小夜鳴は倒れる理子の頭を石でも蹴るかのように蹴った。
「10年前、私はブラドに依頼されて……このリュパン4世のDNAを調べたことがあります」
「お、おまえだったのか……ブラドに、下らないことを……ふ、吹き込んだのは……!」
「リュパン家の血を引きながら、この子には――」
「い……言、う、な! オ、オルメスたちには……関係……な、い……!」
「――『優秀な能力が、全く遺伝していなかったのです』。遺伝学的に、この子は『無能』な存在だったんですよ。極めて稀なことですが、そういうケースもあり得るのが遺伝です」
言われた理子は、知られたくなかった事実を俺達に知られて、顔を背けるように地面に額を押しつけた。
「自分の無能さは自分が一番よく知っているでしょう、4世さん? 私はそれを科学的に証明したに過ぎません。あなたは初代リュパンのように1人で何かを盗むことができない。先代のように精鋭を率いたつもりでも……ほら、この通りです。無能とは悲しいですね。教育してあげましょう、4世さん。人間は、遺伝子で決まる。優秀な遺伝子を持たない人間は、いくら努力を積んでも――すぐ限界を迎えるのです。今のあなたのようにね」
言った小夜鳴は、懐からすり替えてきたニセモノの十字架を取り出し、理子から本物を奪うと、ニセモノを理子の口に押し込んだ。
「あなたにはそのガラクタがお似合いでしょう。あなた自身がガラクタなんですからね。ほら。しっかり口に含んでおきなさい。昔、そうしていたんでしょう?」
そして小夜鳴は理子の頭を踏み付け、その理子からは嗚咽だけが聞こえてきていた。
「い、いいかげんにしなさいよッ! 理子をイジメて何の意味があるのよ!?」
「――『絶望が必要なんです』。彼を呼ぶにはね。彼は、絶望の詩を聴いてやってくる。この十字架も、わざわざ本物を1度盗ませたのは……こうやってこの小娘を1度喜ばせてから、より深い絶望にたたき落とすためでしてね。おかげで……いいカンジになりましたよ。……遠山君。よく見ておいてくださいよ? 私は人に見られている方が、『掛かりがいい』ものでしてね」
すると、金次が変わるとかのような感じがした。
「ウソ……だろ……?」
「そうです、遠山君。これはヒステリア・サヴァン・シンドローム――」
「ヒステリア……サヴァン?」
「遠山君。神崎さん。風切君。しばし、お別れの時間です。これで、彼を呼べる――ですがその前に1つ、イ・ウーについての講義をしてあげましょう。この4世か、ジャンヌから聞いているでしょう。イ・ウーは能力を教え合う場所だと。しかしそれは彼女たちのように低い階梯の者達による、おままごとです。現代のイ・ウーには、ブラドと私が革命を起こした。このヒステリア・サヴァン・シンドロームのように、能力を写す業をもたらしたのです」
「聞いたことがあるわ。イ・ウーのヤツらは何か新しい方法で人の能力をコピーしてる」
「方法自体は新しいものではありません。ブラドは600年も前から、交配ではない方法で他者の遺伝子を写し取って進化してきたのです……つまり、『吸血』で。その能力を人工化し、誰からでも写し取れるようにしたのが私です。君たち高校生には難しいかもしれませんが――レトロウィルスを使った選択的なDNA導入を用いて、ね。それからは優れた遺伝子を集める事も私の仕事になりました。先日武偵高にお邪魔した時も、採血で優良そうな遺伝子を集める予定でしたが……遠山君がノゾいていたおかげで、あれは失敗してしまいましたね。不審な監視者がいれば襲うよう狼たちに教え込んであったのが、アダになりました」
「ブラド。ルーマニア。吸血……そう、そういうことだったのね。どうして今まで気づかなかったのかしら。キンジ。梓。ナンバー2の正体――読めたわ。ドラキュラ伯爵よ」
やっと分かったか。
「ドラキュラ・ブラドは、ワラキア――今でいうルーマニアに実在した人物の名前よ。ブカレスト武偵高で聞いたことがあるの。今もまだ生きてる、っていう怪談話つきでね」
「――正解です。よくご存じでしたね。遠山君たちは、間もなくそのブラド公に拝謁できるんですよ。楽しみでしょう?」
そこからまた長々と語り出した小夜鳴の話によると、ブラドは人間を吸血していくにつれて小夜鳴という人間の殻に隠されてしまったらしい。
そしてそのブラドを呼び出すのに、金次の兄の能力を使ってるという。
「さぁ、かれがきたぞ」
話を終えた小夜鳴は変化を遂げる。
いや、変化というより『変身』か。
びり、びりびり、とスーツが破け、その下から出てきた赤褐色の肌。
筋肉はどんどん盛り上がり、身体はケモノのように毛むくじゃらになった。
「Ce mai faci....いや、日本語の方がいいだろう。初めまして、だな」
声帯の変わった不気味な声の小夜鳴、ブラドは、そんな挨拶をしてきた。
そして足元にいた理子の頭を片手で掴み軽々と持ち上げた。
「おぅ4世。久しぶりだな。イ・ウー以来か?」
その瞬間、理子から銃が逸れたのを見逃さなかった金次が、その腕と拳銃を撃ち抜く。
しかし撃たれたブラドの腕は何事もなかったかのように治ってしまった。
「遠山。お前は、トマトを握り潰せるだろ? オレにとって、人間の頭を握り潰すのはその程度のコトだ。だからもう、こんな道具で脅す必要もねえ」
言ったブラドは持っていた拳銃を握り潰してしまった。
「ブ……ブラドぉ……! だ、だました、な……! オ、オルメスの末裔を斃せば、あ、あたしを解放するって、い、イ・ウーで……約束、した、くせに……!」
「――お前は犬とした約束を守るのか? ゲゥゥウアバババハハハハハハ! 檻に戻れ、繁殖用牝犬。少し放し飼いにしてみるのも面白ぇかと思ったんだがな。結局お前は自分の無能を証明しただけだった。いいか4世。お前は一生、オレから逃れられねぇんだ! イ・ウーだろうがどこだろうが関係ねぇ。世界のどこに逃げても、お前の居場所はあの檻の中だけなんだよ! ほれ、これが人生最後の、お外の光景だ。よーく目に焼き付けておけよ! ゲハッ、ゲババババッ!」
言われた理子は、頭を掴まれて振り回されながら、何の抵抗もできずに、見れば大粒の涙を流していた。
「それはどうかな?」
「あ?」
そうして俺が割り込む。
「分からないか?
「て、てめぇ!まさか!」
「そうだ。俺が『赤霧碧』だ。ま、あんな体験したことなかっただろうから覚えてるか」
「テメェ!死んだんじゃなかったのか!?」
「死んだよ。しっかり。だから名前が違うんだよ。そうだ。理子がまた檻に戻るって?それはありえない。何故なら俺がいるから。犬っころごとき傷を負うまでもない」
「テメェ!さっきから舐めやがって!」
「かかってこいよど三流。格の違いを見せてやる」
こうして俺とブラドの戦いが幕を開けた。