“近界民殺し”比企谷八幡   作:空元気

3 / 4
2話

アスファルトの上に落ちた吐瀉物は、自分が出したものとはいえ汚かった。そんなものを他人が見れば、もっと汚いと感じるだろう。そんな物を放っておけるはずもない。

こういう時ってどうやって処理すればいいんだ?

 

その処理をどうするか悩み、雨で道路の側溝に流れていくのを見てから、家に帰る事にした。

 

それが、マナー的にも環境的にも良いものなのかはよく分からないが、それ以外に処理のしようがなく、やむ負えなくそうする事になったから、仕方がない。今回だけ、今回だけ。

 

全て流れるのを見た後、家に向かって歩き出した。

 

見届けている間に雨は、激しさを増していっていた。ザーーーー!っという雨粒が地面に落ちる音以外、何1つ聞こえてこない。前だって、よく見えない。

 

ただでさえ今日は寒いというのに、身体が濡れすぎたようだ。手や足の感覚が、無くなっているようだった。

 

もう、寒いとすら思わなくなっていた。逆に、雨や風の冷たさが心地よかった。

 

 

 

 

自分の物じゃないように重くなった足を一歩一歩前へ進め、やっと家に辿り着く。

 

ドアノブに手を掛け、扉を開ける。玄関には靴が、一足しかなかった。サイズも小さく、デザイン的に妹の物だ。休日という事もあり、母や親父も家にいると思っていたが、今日も仕事なのだろうか。

 

「よくやるもんだな」

 

流石社畜だ。だが、俺ももうその社畜の一員になる。血は争えないのだろう、それはもう社畜と社畜の間で生まれた社畜のサラブレッドの“運命”ってやつなのか。

 

「………ッ!」

 

そんな事を考えた俺に驚いた。

 

“運命”。俺が、ボーダーに入る事が“運命”っていうのなら、雪ノ下と由比ヶ浜が死んだのだって運命だと言っているものじゃないか……

 

あいつらの事を“運命”なんてそんな簡単な言葉で、終わらせていいものじゃない。そんな言葉で、済まそうとした自分を気持ち悪く感じる。吐き気がする。

 

無意識の内にドンッ!と玄関の壁を殴っていた。家の中でも雨の音はうるさいが、壁を殴った音は家中に響いた。

かなり強く殴ったと思ったが、壁には穴が開く事も凹む事もなかった。ただ、壁を殴った拳が痛かった。

 

「お、お母さーん?」

 

居間から怯えた声が、玄関まで聞こえてきた。小町の声だ。俺は、返事をしなかった。いや、出来なかった。呆然と自分の殴った壁を見ていた。

 

「お父さーん?」

 

小町は、確かめるように聞く。

もしかしたら、泥棒や空き巣が家に入って来ていると思っているのだろう。だが、俺は返事をしない。いや、出来なかった。

 

恐る恐るといった様子でゆっくりと居間の扉が開く。隠れるように小町の顔が、玄関を覗いていた。その顔を見て、我にかえる。

 

「……小町」

「お、お兄ちゃん!?」

 

小町は、隠れるのをやめて全身を廊下に出した。その姿はいつも通りのジャージに、手にはフライパンが握られていた。

家の中にあるもので泥棒などの迎撃に使うにしては、上位のグループになれるほどの威力と使いやすさがある。殺す殺さないを考えなければ、1番強いのは包丁とかバットのような凶器に使われやすいものになるが。

 

「そうだ、お兄ちゃんは小町のお兄ちゃんだ。まあ、確かに『男子3日会わざれば刮目して見よ』という言葉があってだな、お兄ちゃんと小町は数日間も会ってなかったから、小町がお兄ちゃんの事を偽物のお兄ちゃんと間違えるのも仕方ない事なのかもしれない。だけど、お兄ちゃんは本物のお兄ちゃんだ」

「はぁ……お兄ちゃん…そんなどうしようもない事ばっか言ってないで、風邪引くから早くそのずぶ濡れの服脱いで、温かいシャワーでも浴びてきなよ…その間に小町が、お兄ちゃんの着替え持って来てあげるからさ。あ、今の小町的にポイント高い!」

「いや、まあポイントは高いけど」

 

小町は、そう言って俺の部屋へと駆けて行った。せっかくいい事を言ったと思っていたのに、どうしようもないって言葉で一蹴するなんて、お兄ちゃん悲しい。

 

 

 

 

 

温かいシャワーを浴び身体を温めて、小町が持って来てくれた服を来て、居間に行く。

 

「あ、ご飯食べるでしょ?作ってるから座って待ってて」

「ああ」

 

エプロンを着て、台所に立ち何かを作っていた。匂い的にベーコンだろうか。何を作っているのか知らないが、俺は小町の言う通りにテーブルの上に座って、テレビを見て待つ。

 

ちょうどテレビは、ワイドショーをしていた。世間の話題の出来事に芸能人や記者がコメントをするという番組なのだが。

 

どれを取ってもどうでもいいことばかり。俺のしょうもない話よりもしょうもない政治家の汚職についてや芸能人の不倫などなど。どれを取っても腐っていた。

そしてワイドショーは、次の話題になった。それは、3日前にボーダーがした記者会見の話だった。

 

内容は、事件の関係者への謝罪と言い訳にも似た記者との討論。そして、最後に2人のボーダー隊員を紹介して終わりだった。

あのボーダーの幹部に質問した記者サクラっぽいなとは思ったが、8割がたそうだろう。

 

『家族が無事なら何の心配もないので、最後まで思いっきり戦えると思います』か。

嵐山准、葉山隼人みたいな奴だ。周りを惹きつけるようなカリスマ性を持っている。それも葉山隼人よりも遥かに強い。

もう1人の方は、緊張もしてたしボーダーに不利になるような事を言わず無難に避けていたが、多分これで2人の立場は決まった。

 

柿崎という奴は、一生かかっても嵐山准には届かないだろう。

 

あ、俺?多分、あそこの場にいたら戦略的撤退しか出来ないだろ。カリスマ性って部類だったら、柿崎という奴にも届かないかもな。

 

スタジオでは、芸能人がそれぞれそのニュースに対するコメントをしている。当たり障りのないコメントが飛び交い一通り済んだのか、スポーツニュースへと移った。

 

「はい、お兄ちゃん」

「おー、美味そうだな。いただきます」

 

小町が、作っていたのはベーコンエッグだった。ご飯と味噌汁とベーコンエッグにトマトの入ったサラダ。もう昼なのに、まるで朝食のようなメニューだ。まあ、別に気にしないけど。

 

「ねー小町ちゃん、お兄ちゃんトマト要らないんだけど」

 

俺は、フォークでツンツンとトマトを突きながら小町に言う。

 

「ダメだよ、お兄ちゃん。小町はねお兄ちゃんには、長生きして貰いたいから好き嫌いさせないようにしてるんだよ。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

そんなことを言われたら食べないわけにもいかず、渋々トマトを食べる。

うわっ、まずっ。そんな感想を抱くも口に出さずに先にトマトだけを食べていく。小町は俺の正面に座り、俺が食べるのを見てくる。じっと俺の顔を見つめているのは、何か気恥ずかしかった。

 

 

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

小町は、食器を台所へと持って行く。そして食器を水に浸けて、またすぐに戻ってきた。

 

「どうした小町、何かあったのか?」

「うん。お兄ちゃん、何か小町に話があるよね?」

「え?」

 

いきなりの質問に、俺は驚く。

多分、今の俺の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。

 

「……事件の、事か?」

「うんうん、違う事。……お兄ちゃん、ボーダーに入ろうとしてるでしょ?」

 

小町はニコッと笑ってそう言った。

 




こんにちわ
一応受験が落ち着いたので更新です。
まあ、今日国公立の二次試験へ行けるかどうか決まるので、足切りされてなかったらいいなと思いつつ、書き上げました。

それでは、また次の更新で

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。