“近界民殺し”比企谷八幡   作:空元気

2 / 4
1話

 

 

 

「雨か…」

 

俺が家に帰る日、天気は雨だった。

 

ボーダーに保護されて、入隊するに当たっての体の検査や、今回の事件の事情聴取のため数日間、拘束されていた。

 

今日は、日曜日。ほぼ一週間経っていた。

 

傘を持っておらず、入り口の前でボーッとしていた。

 

一台の車が俺の前で止まった。窓が開き、そこからタバコを咥えた運転手が顔を出した。

 

「送っていくよ」

 

この人は誰に言ってんの?あ、俺に言ってんのか。

 

「…うす」

 

ここで、断ってしまったら帰れない。ここどこか、わかんないし。

 

俺は後部座席に乗り、シートベルトを締める。そのタイミングを見計らったように、それとほぼ同時に車は、走り出した。

 

俺は、何も喋らずに、窓の外だけを見ていた。

 

ある信号機の目の前で、赤信号になり車が停止した。

 

「私は、唐沢克己。好きなように呼んでくれ。君は、比企谷君だよね?」

 

これは、ただの話題作りだ。自分の名前を名乗り、名前の確認をする。そして、いろいろな事を聞いてくる。この数日で、何回も経験した。

 

「…はい」

「今回は、すまなかった。もっと早く、ボーダーが駆けつけてさえいれば…」

 

この人もそう言った。ボーダーに来てから、ほとんどの人がそう俺に言っている。その言葉には、強い信念が感じられた。

 

プッ!後ろの車がクラックションを鳴らす。車内にその音が響き渡る。

 

信号機は、話しているうちに青になっていた。

唐沢さんは、急いでアクセルを踏み、車を走らせる。

 

「比企谷君、家はどこだい?」

 

ここで、場所を答えてしまえば唐沢さんは、俺をそこまで車で送っていくだろう。

 

ただでさえ、数日以上も家に帰っていなかったんだ。早く帰ってこれ以上、小町を心配させたくない。だが、歩いて帰りたい気分だった。

 

「千葉駅までで、いいですよ」

 

それを聞いた唐沢さんは、笑い出した。俺、何か面白いこと言ったのか?

 

「わかったよ。千葉駅までね」

 

いつの間にか窓の外は、見たことがある景色に変わっていた。

 

 

 

千葉駅に着き、車が止まった。

 

「本当にここまでで良かったのかい?」

「はい」

「じゃあ、これ持ってきなよ」

 

唐沢さんは、助手席から一本の傘を俺に渡した。それを素直に受け取る。

 

「それじゃあまた、本部で会おう」

 

唐沢さんはそう言って、乗っていた車を走らせていった。

俺は、その場で突っ立っていた。傘も差さずに、ただ立っていた。

 

だが、雨は、何も流してはくれない。そう、何一つ。

 

 

 

 

結局ずぶ濡れになってしまった。せっかく、唐沢さんに傘までもらったというのに。

 

靴に水が入り込み、靴下ごと濡れて歩くたびにグチャと不快な音が鳴る。

 

ただ、下を向いて足だけを動かす。

 

キキッと一台の車が止まった。扉が開き、人が降りてくる。

 

「比企谷君」

 

顔を上げ、その声の主を見る。

 

「……雪ノ下…さん」

 

雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃がそこにいた。少ない知り合いの中で今一番、会いたくなくて見たくもなかった人。

 

雪ノ下さんが、近づいてくる。傘も差さずに、雨に濡れる事を惜しまずに歩いてくる。

 

近づいてくる雪ノ下さんの顔がだんだんと鮮明になっていく。

 

その顔は、何故か雪ノ下と被った。

 

体が震える。あの瞬間が脳内にフラッシュバックする。怖い、怖い。

 

雪ノ下さんは、俺の目の前に立つ。

 

呼吸がうまくできない。動悸が激しくなってきている。

 

俺は、吐き出した。口の中に酸っぱさが広がる。吐瀉物は、道路のアスファルトに落ち、雨で流されていく。

 

「比企谷君、やっぱり君は弱いんだね」

 

雪ノ下さんは、俺の耳元でそう呟いた。背中がゾクッとした。さっきまで感じていたのとは、また別の恐怖だった。

 

「もう二度と雪ノ下家に関わらないで」

 

雪ノ下さんは、そう言って車に戻っていった。

 

「そんなこと…わかってる」

 

そんなこと、誰よりも自分がわかっている。弱いからこそ、それを武器にしてきた。それで、今まではなんとかなってきた。今までは…

 

もう雪ノ下を助けられなかったことを、謝ることも許されない。

 

謝った程度で、許されるなんて思っていない。俺の犯した罪は、その程度で済むはずがない。

 

全ての近界民を殺す事だけが、俺があいつらに贈ってやれる物だ。何年かかっても、成し遂げる。それが、褒められた形でなくとも。復讐だと、言われだとしても。

 

それがただの自己満足で、あいつらが望んでいたものじゃなかったとしても……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。