ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
ぼーん、ぼーん……と。規則的に聴こえてくる鐘の音に耳を傾けてみる。心の中でも反響させてみるが、煩悩が消えていくような感覚はなかった。
今日は師走の三十一日……年の瀬、大晦日だ。あと一時間ほどで今年も終わる。思い返すと色々あったような、なかったような……不思議と年が変わる実感が湧いてこない。除夜の鐘が聴こえてきてやっと、そうか今年も終わりかー、なんて呑気に思っているところだ。
少しのびてしまった蕎麦をすすっていると、むくりと隣の美女が起き上がった。眠そうに瞼を擦り、小さく欠伸をした。ブロンドの髪が寝癖で少しクシャクシャになっている。
「今年ももう終わりね」
「思い返すと早かったですねえ」
「妖怪的には一年なんて本当にあっという間よ」
「寿命が違いますもんね寿命が」
二人同時にずずずとお茶を啜る。先程まで忙しなくおせち料理の準備をしていた藍さんは湯浴みしに行ったようだし、久しぶりに彼女と二人きりだ。
ぼーん。
「除夜の鐘ね。今何回目くらい?」
「さあ……?半分くらいは終わったんじゃないですかね」
「そんな調子じゃ貴方の煩悩は全然消えないでしょうね」
「そうかもしれませんねえ」
ぼーん。ぼーん。
「でもその方がいいんじゃないですかねえ」
「そうね、欲深い方が人間らしいし貴方らしいわ」
「まあ、今のままで割と満ち足りてるんですけど」
ぼーん、ぼーん、ぼーん。
「美人さん二人と暮らせて、時々美少女もやってきて、同性の友人が少ない点だけは残念ではあるけれど、交友関係は十分に恵まれてて。大して働かなくても三食食べられて昼寝も出来て、自堕落な暮らしをおくれて。これ以上求めたらバチが当たりますよ」
「もういつバチが当たってもおかしくないレベルですわ。とくに最初の部分」
「ですね」
「ふふふ」
「ははっ」
くだらないことで笑い合える、これも幸せなことだよなあなんてしみじみ。
「さて、今年もあと数分だけれど」
「いつの間にかそんな時間でしたか」
「今年やり残したこととかあるかしら?」
「それ今言っても間に合わなくないです?」
「物によっては間に合うかもしれないじゃない」
「そうですねえ……あ、紫さん。目を閉じてみてください」
「え、えっ? ま、まあいいけれど……」
目を閉じた彼女に近づき、そっと唇に向けて――
「はい、取れました」
「…………………は?」
「いやあ、ずっと紫さんの口元に蕎麦の麺が付いてたのが気になってたんですよ」
「…………っ!」
今が旬な林檎のように顔を赤くした紫さんはなかなかに新鮮である。いやあ目福目福……良い新年を迎えられそうだな、なんて思っていたら。唇に柔らかい感触が。
「はぅっ!?」
「あら失礼、口元に麺が付いてたから」
先程までの赤面なんて嘘だったみたいに、不敵な笑みを浮かべる。全く、この人には敵わない……本当に。
自分でもわかるくらいに頬が熱くなっていて、少し恥ずかしかった。
「……ん、あけましたね」
「あけたわね」
ぼーんぼーん、クルッポウクルッポウと柱の掛け時計から愉快に鳩が飛び出した。新年か。何となく、今年も良い年になる予感がする。
「今年の目標って何かあります?」
「そうねえ……あ、一つあるわ」
「ほうほう。何でしょう」
「子供でも欲しいかなあって」
「ぶはっ!?」
――全く。今年も、退屈しない一年になりそうだ