ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
ほう、と小さく息を吐くと、それが白く染まっているのが分かった。まさかとは思ったが、仮にも家の中で息が白くなるとは……暦はもう師走、これから更に寒さが増してくると思うと、若干憂鬱だ。
今日も今日とて炬燵から出られない。昨夜もここでぐっすり寝てしまった。幸いまだ風邪をひいた様子はないが、生活リズムが崩れるのは宜しくない。布団までいけば済むだけの話なのだが、廊下と居間の間の寒い空間を通ると思うとついつい炬燵に甘えてしまう。
小腹が空いたので段ボール箱からミカンを取り出してもぐもぐと食べていると、少しボーッとした様子の彼女がやってきた。
「おはようございます」
「……おはよう」
返答までの僅かなタイムラグ。ふわぁ、と小さく欠伸をする様。ここではないどこかを見つめるような表情。間違いない、冬眠の前兆である。彼女がどうして冬眠するのか何年か前に聞いた気がするが、よく覚えていない。兎に角、この時期になると春まで姿を見せなくなることだけは分かっている。冬眠とは言ったが、動物のように蓄えた食糧で冬を越すため寝て過ごすのか(食糧なんていくらでもあるのでわざわざ寝る必要はないと思われるが)、ただ単に春までぐっすり寝てるのか、英気を養っているだけなのかはよくわからない。聞けば済むだけの話なのだが、何故か聞く気にもならない。もそもそと炬燵に潜り込み、机の上のみかんに手を伸ばしている。
「やっぱりそろそろですか?」
「そうねえ……そろそろね」
またも欠伸をしながら、彼女はみかんを剥き始める。先日もこのような光景を見た気がするが、しばらくはこれも見れなくなるのだろう。
「…………」
毎年のことだが、やはり一冬会えないと思うととても寂しい。こうして過ごす時間を大切にしなければ――
「ねえ」
「はい?」
くいくい、と手招きする彼女の隣に座る。
「んー……」
「おっとっと」
こくりこくりと船を漕ぎ、倒れかけた彼女の身体を支える。すると体重をこちらに預け、倒れ込んでくる。勢いもついていたため支えきれず、押しつぶされるように床に倒れた。
「ちょ、重い!重いですから!」
「誰が重いって……?」
「誰も紫さんが重いとは言ってないですよー。きっと紫さんの服の重量のせいデスヨネー」
「そうなのよ、服が重たくって重たくって困っちゃうわ」
ゆっくり腰を起こし、彼女は私に跨った。ラフな格好をしていたせいか肩の辺りが少しはだけ、黒い紐が見えてるのが何とも妖艶。
「えい」
パチン、と指を鳴らす音が響いた。同時に感じる浮遊感、振り向くと、紫色の目玉だらけの空間に落ちていくところだった。スキマの中に入るのなんていつ以来だろうか――そんなことを考えてる間に、唐突に光が見えた。
「へぶっ!?」
ベッドの上に落下、ぼよんと弾んだ為着地の衝撃は少なかったが、続けて降ってきた彼女によって腹部に多大なるダメージが入った。
「…………」
「……あの、紫さん……?」
私に覆い被さるようにした紫さんは、まるで離さないようにするようにぎゅっと抱き着いてきた。反射的に抱き返すと、小さく震えてるのがわかった。
「……いつも、夢を見ていたわ」
「夢」
「夢の中で目覚めて、家の中を歩き回るの。でもそこで待っているのは藍と橙だけで、貴方はどこにもいない」
「…………」
「次に目覚めたときに幻想郷がなくなっているかもしれない――大切な人がいなくなっているかもしれない。そんな想像は幻想ではなくて、現実に起こりうるかもしれなくて」
「いかないよ」
ゆっくり、優しく背中を撫でる。いつの間にか震えは収まっていて、心做しか先程よりも密着している気がした。
「わたしは、どこにもいかないよ」
「……ええ」
足元に転がっていた毛布を引っ張り、二人に重なるようにかける。離さないように、離れないように、優しく抱きしめた。
「ずっとここにいるから」
「……うん」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
大丈夫、夢の中でもきっと一緒だから――
ハーメルン1の八雲二次作家になりたいです(儚い願望)