ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
妖怪の山もすっかり秋の色に染まっており、木々は綺麗に紅葉している。栗とか柿とか梨とか桃とか、秋の味覚も後で少し頂いていこうか――などと考えながら、少し険しい坂道を登る。
「この歳になって山登りするとは思ってなかったわ」
「それこの前も言ってませんでした?」
そんなことを言いつつも、隣の彼女は息一つ乱さず、涼しい顔でスタスタと一歩後ろを歩いてついてくる。インドア派な私は若干疲れてきているのだが、たまにはこういう運動も楽しいかななんて思う。
「大丈夫?そろそろ休憩しましょうか」
「そうですね、少し休みましょうか」
少し開けた平原についたので、お昼ご飯でも食べて休むことにする。こういう時に彼女の
「お弁当食べましょうか」
「そうね、貴方の料理はいつも美味しいから楽しみだわ」
そう言ってもらえるとプレッシャーもかかるが、嬉しくもある。重箱の一段目を開けると、顔を出したのはおせち料理。おいそこ、季節外れとか言わない。普段は正月しか食べないけど、様々な料理が一度に味わえるっていいと思うんだ。割り箸を渡すと、彼女はまず紅白蒲鉾から手を伸ばした。
「うん、美味しいわ」
「そりゃあどうも」
蒲鉾は流石に市販の物だから美味しいと言われるとちょっと微妙な気持ちになる。くそう、蒲鉾も手作りするべきなのか……でもあれ手作り出来るのかなあ……というか幻想郷に海が無いわけだから素材を手に入れるのが大変そうだなあ……川魚で作る……?
なんてくだらないことを考えているうちに、彼女の箸は次の料理へと伸びていた。
「丁度いい甘さね」
「それはよかった。紫さん甘いの好きですから、ちょっと濃いめに味付けしといたんですよ」
甘い物が食べたいなと思い、私も栗きんとんに箸を伸ばした。うまー。私としてはちょっと甘過ぎるような気がしないでもないが、彼女が美味しそうに食べてくれてるからいいのだ。いやあ、眺めているだけでお腹いっぱいだ。幸せで胸がいっぱいって感じです。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
あっという間にお弁当は完食した。纏めて風呂敷で包むと、彼女がスキマを開いてくれたのでその中に入れた。
「お腹いっぱいになったら、ちょっと眠くなってきましたわ」
「そうですねえ」
「…………」
私の相槌に不機嫌そうな様子の紫さん。この目は知っている。何かを察してほしいって目だ。
「ちょっと眠くなってきたわね」
「そうですね……眠い……眠くなる……あ、そういうことですか」
紫さんのしてほしいことが分かったので、その場に寝転がる。
「……え?」
「え?添い寝じゃないんですか?」
「違うわよ」
起き上がった私を見て、残念そうに嘆息する紫さん。私の後ろに移動したかと思えば、体を掴んで後ろに倒してきた。
「あー……そういうことですか」
「こうしてほしかったのよ」
私の頭は紫さんの膝の上に乗せられている。俗に言う膝枕ってやつだ。気分は夢見心地、食後なのも相まって猛烈に眠気が誘われる。大きく欠伸をすると、仕方ないわね……という紫さんの声が聞こえた。頭にポン、と手が乗せられる。
「眠たいなら寝なさいな」
「でも紫さんも眠いんでしょう?」
「そうねえ……じゃあ、貴方が一時間寝たあと、私が二時間寝るわ。それなら平等でしょう?」
「どう計算しても不平等なんですけど!?」
そんな軽口を叩き合いつつも。徐々に瞼は重くなってくる。細くしなやかな彼女の手に撫でられ、徐々に意識は遠くなっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
少し肌寒くなってきたな――そう思いながら目を覚ました。動くからって薄着で来たのは間違いだったかもしれない。夢見心地のまま、いつもの癖で枕に抱き着いた。
――あれ、この枕いつもと違うような―――
「あらおはよう」
「ゆ、ゆゆゆ紫さん!?」
頭上から響いてきた声に驚きつつ跳ね上がる。穏やかな笑みを浮かべた紫さんと目が合った。
「あ、膝枕ありがとうございました。気持ちよかったです安眠できました」
「それはよかったわ」
ふわぁあぁ、と小さく欠伸をする声が聞こえた。紫さんも眠かっただろうに、迷惑をかけてしまったなあ――そういえば、今は何時くらいなのだろうか。辺りを見渡すと、若干日が傾いている。
「……今何時です?」
「四時半ね」
確かご飯を食べ始めた十二時頃だったはずだから、寝始めたのは一時前後だったはず。三時間も寝てたのか……ううむ。ということはその間、ずっとこの体勢だったということで――
「……紫さん、膝疲れてません?大丈夫ですか?」
「一時間経って、そろそろ起こそうと揺すってみても起きないんだもの……疲れちゃったわ」
紫さんはまた小さく欠伸をした。こうなると、もう今日の山登りは無理だろうか。
「その分遊ばせてもらったからいいけどね」
「ん……?」
意味深な紫さんの笑みに首を傾げる。そのとき、紫さんの足元にペンが転がっていることに気づいた。
「……紫さん、もしかして落書きしました?」
「それはどうで……ぷぷっ!」
「紫さん!?今明らかに私の顔見て笑いましたよね!?」
やはり何か書かれているのか……そう思い手鏡を取り出して自分の顔を見たが、特に何も変化はなかった。
「騙しましたね」
「ふふ、過ぎた二時間分の罰よ」
まあこのくらいなら軽いペナルティだ、許すことにしよう。
「じゃあそろそろ帰ります?」
「動きたくないわ」
ぐでー、と寝転がる紫さん。普段は昼寝ばかりしてるし、今日は久しぶりに動いただろうから大分眠いのだろう。しかし本当に動きたくなさそうだ。
「ここに泊まる気ですか?」
「それも悪くないわね、藍や橙も呼んでキャンプする?」
「……それは………ちょっと楽しそうかも」
楽しそうではあるが、今日はひとまず家に帰りたい。そもそもキャンプの用意など出来ていないだろうし。今日は帰りましょう、と紫さんの手を引っ張ったが、微動だにしていない。意地でも動かないという意思が見える。
「帰りましょうよ」
「貴方のせいで疲れたから連れて帰ってくれるかしら?」
「……しょうがないですね」
紫さんの腰に手を回し、膝裏に腕を通して一気に持ち上げる。紫さんはそんなに重くないから楽だ。
「……ちょっとキュンってした」
「それは良かった」
帰るために家に繋がるスキマを開く。落とさないように気をつけつつ、その中に飛び込む。
「帰ったら、次は貴方が膝枕して下さる?」
「そのつもりでした」
もっとも、正座が苦手な私が何分耐えられるかは分からないが――まあ、紫さんの寝顔を眺められればいいか。