ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした   作:織葉 黎旺

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すずしくなってきましたね、ゆかりさま

 はっくしゅん、と大きく(くしゃみ)をして目を覚ました。少し肌寒い。まだ長月に入って間もない残暑の厳しい時期だと思っていたというのに、珍しい朝だ。この分じゃまだまだ地球温暖化とやらは、気にすべき問題ではないらしい。

 流石に布団も毛布もタオルケットも押し入れの奥にしまいこまれている。今日辺り暇だし、早めに衣替えしておこうか。

 

「んっ……」

 

 天窓から丁度太陽光が差し込んでくる。この季節でこの位置なら、さしずめ今は十時手前といったところか。そうなると隣で眠る彼女は、三時間ほどは起きてこない。

 

「…………」

 

 うだうだするか、働くか。腹は空いていないので、ご飯はまだいいとして。ひとまず洗面所に向かい、顔を洗った。いつもキンキンな井戸水が、いつにも増してキンキンに感じる。思わず鳥肌が立つ程度には冷たかったが、眠気覚ましには丁度よかった。

 

 

 軽くストレッチをして体を伸ばしたところで、衣替えを始めることを決意。押し入れの奥底から衣類の詰め込まれた箱を取り出し、とりあえず部屋の隅に積み始める。厚手の物は下に、薄めのものをなるべく上に。肌寒かったからついでに、一番上にあった紫のパーカーを羽織った。大して取り立てた特徴もない普通のパーカーだが、どことなく落ち着くのが不思議だ。

 ついでだからと同居人方の衣替えも行ってあげようかと迷ったが、彼女らは年がら年中似たような服を着ているので必要ないであろう、という事実に気づいたのでやめた。彼女は夏冬でドレスか導師服かの違いがあるが、結果的にはトータル四パターン程である。どれも好きだが、今度外の世界の普通の女の子っぽい服でも着てみてほしい。

 

「だーれだ」

 

 自分の分の整理がある程度纏まったので、押し入れを漁って暇を潰そうと手を伸ばしていたその時。視界を手で覆われた。だーれだもなにも、そんなことをしてくる知り合いという時点で対象は一人しかいない。

 

「おはよう、紫さん」

 

「おはよう」

 

 ふわぁあ、と気だるげに欠伸をし、眠たげに瞼を擦る姿も何処か愛らしく見える。今日も今日とて微妙に早いお目覚めだ。体を壊さなきゃいいが。

 

「あら、心配してくれてるの?」

 

 その旨を伝えると、少し嬉しそうに彼女は笑った。

 

「大丈夫よ。寝たいから寝るだけで、寝なきゃ死ぬわけじゃないのですから」

 

 眠い、というのは脳からの危険信号だと思うのだが。はて、それをそう易々と無視してよいものか。

 

「そう思うのなら、貴方がもう少し私の眠りに付き合ってくれればいいんじゃないかしら?」

 

「私は流石に、一日に十二時間も寝る生活は厳しいです」

「私はむしろ、一日に九時間しか寝ない生活が厳しいわ」

「子供じゃないんですし、一人で寝れません?」

「……意地が悪いのね」

 

 胸にふらりと、風が舞い込むように彼女が飛び込んでくる。程よい人肌の温もりが、心地よかった。

 

「衣替えなんて必要ないでしょう。寒ければこうやって、暖を取ればいいのだから」

「……そうですね」

 

 なんやかんやで私の体も、二桁単位の睡眠時間に慣れ始めている。不思議と瞼が重たくなってきた。

 

「えいっ」

 

 浮遊感とともに舞落ちたスキマの先は、いつもの寝室。大した距離でもないから抱えて動いてもよかったのだが、まあ楽なのは確かだし素直に感謝だ。

 

「おやすみなさい」

 

 柔い柔い柔い。温い温い温い。意識はすぐさま薄くなる。涼しいどころかむしろ暑かったが、悪い気持ちではなかった。くしゃりと頭を撫でられた気がした。丁度いいところにあった隙間に顔を突っ込み、安らかな呼吸のリズムとともに眠りに誘われていくのだった。















この作品も無事一周年です。超亀更新のこんな作品を読んでくださっている皆様、誠にありがとうございます。これからも気の向くまま、のんびりとした日常を描いていく所存です。よろしくお願いしますっ

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