ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした   作:織葉 黎旺

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およぎましょ、ゆかりさまっ!

 

 

「あっつ……!」

 ミーンミンミンミン、と蝉は今日もけたたましく求愛活動に勤しんでいる。略すとすれば求活。なんか求道者っぽい。

 時は夏。八月の某日。幻想の夏は心なしか、外よりも断然暑く感じられる。陽射しの強さが段違いなのは気のせいだろうか。これで外よりも文明レベルが低いのだから熱中症患者が多発してもおかしくはないと思うが、まあ最初っからここに住んでればそれが当たり前なわけだし、熱中症で死んだなんて話は今のところ寡聞にして聞かない。とはいえ文明に溺れ切った外来人と妖怪には冷房なしの生活はとてもじゃないが耐えられないことのようで、別に私の希望というわけではないのだが、八雲家には冷房が設置されている。扇風機も置かれている。しかし私はここに来て以降、それを使用したことは一度もない。何か負けた気がするから使いたくないのだ。無闇矢鱈に機械に頼らないからこその幻想ライフ、そう思わないだろうか?

 

「奇特な人よね。別に誰が文句を言うわけでもないのに」

 いつも通りの神出鬼没な登場。ただ、暑いのだから抱き着くのは少しやめてほしいかなとも思う。いや当然嬉しいのだが、人である以上は私も汗をかく。暑い以上は、体がそれを冷まそうと発汗する。縁側で昼寝してたからか背中は汗でそこそこ湿っている。触れるとすぐにわかるくらいには。自分でも気持ち悪いし、抱きつかれた後に、やっぱり汗臭いと煙たがられ、離れられるとこちらとしてはその方が傷つくので、そうならない為にも離れていてくれたまえ、紫さん。

 

「はー、ひんやりしてて気持ちいい」

「ぐっしょりしてて気持ち悪いの間違いですよ、それは」

 能力でも使ってるのか、不思議と紫さんの体温は低く感じられて、このままいるのも悪くなかったが、まあ渋々……仕方なく引き剥がす。大妖怪とは思えないような、子供っぽい不満げな表情でこちらを見るが、我慢してほしい。貴女の為でもあるのです。

 

「私の為を思うなら、私の思うままにさせてほしいのだけれどね」

「ほう。して姫、貴女の思うままとは?」

 珍しく芝居がかった、冗談めいた言い方で聞いてみる。ニヤリと胡散臭い笑みを浮かべた紫さんは、そっとスキマを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、泳ぎましょう?」

「えー……はーい……」

 乗り気ではないので、それが何処と無く語調に出てしまう。紫さんはそれを知ってか知らずか、ニコニコと楽しそうに私を川の中へ突き飛ばした。

 

「ぐごぼっ!?」

 大変情けない効果音だななんて自分でも思った。この気温だと言うのに、水は驚くほど冷たい。体操も何も行ってないわけだし、それこそ心臓麻痺になって死んでもおかしくなかったのではないか、と思うほどには。

 

「何するんですかー!」

「心ここに在らず、といった様子ででしたから。已むを得ない処置ですわ」

 已むを得ない処置だったのか、それならしょうがない。と、無邪気な微笑みに免じて彼女を許した自分がいた。我ながら激甘である。まあ彼女のことだから、心臓麻痺で死なないことも私がそこまで怒らないだろうこともわかっていたのだろう。ここで改めて周りを見渡して思う。

 

「しかしまあ――よくこんな穴場を知ってましたね」

「一応幻想郷(ココ)の管理者だもの」

 紫さんが連れてきてくれたのは妖怪の山の奥の奥、木が密接に絡み合って空からでは来るのが面倒である故、天狗すら立ち寄らないような何もなーい秘境の滝壺。激しく打ち付ける滝の音がうるさいといえばうるさいが、情緒があるといってしまえば情緒があるともいえる。

 あまり滝壺に詳しくはないのだがここはなかなかに広いようで、端から端まで泳げば十五メートル程はあるだろうか。距離間隔には疎いので確かなことは言えないのだが。

 紫さんの提案で、ここに涼みに&水浴びに来た。上手いこと日陰になっている上水場な為、いるだけでも十分心地いい。水の中に入っちゃえば涼しい。そして気持ちいい。一段高く切り立った岩に座り、風を受けて気持ちよさそうに滝を見上げる紫さんに、することといえば一つしかなかった。

 

「えいっ」

「ぎゃああああ!!」

 思いっきり突き飛ばした。私を、紫さんが。背後から近づいたというのにやっぱり気づかれたようで、容赦なく水へと錐揉み落下する。そこそこ水深があるお陰で、背中を思いっきり打ち付けるような事態にならないのは不幸中の幸いである。案外そこまでわかってやっているのかもしれないが。

 

「全くもう……一緒に入りましょうよ?」

「もう入ってるわよ」

 知らぬ間に入水して、ぷかぷかと浮き輪の上で浮いていた。いつの間にそんな用意を。折角なので、浮き輪を掴んでくるくると回して、遊んでみる。

 

「ふふふふふふふ」

 紫さんが回転しながら不気味な微笑みを浮かべるという、なかなかに恐ろしい状態が出来上がったが、段々回すことが楽しくなってきたのでそのまま続ける。くるくるくるくる。くるくるくるくる。

 しかしまあ、この人のことだからどれだけ回しても目は回さないだろうなあ、なんて思う。案の定回転が止まった瞬間平然と、何処からか取り出した扇子でコツっと私の頭蓋を叩く。

 

「いたたっ」

「そんなことより、何かコメントはないのかしら?」

 急に突き飛ばしてきたり何だり、てっきり不機嫌なものだとばかり思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。コメント――コメントか、ふむ。そういうことか。

 

「水着似合ってますよ、紫さん」

「ありがとう」

 微笑む彼女に、フリフリのついた黒のパレオはとても似合っていた。普段の帽子は被っておらず、その代わりなのかリボン部分だけを頭に乗せている。いや結んでいるのか。私としては水着を見ると、どうしても体つきやバストを眺めかねないので、それは嫌かなあとなるべく見ないようにしていたのだが、彼女としてはそれこそが嫌だったようだ。

 

「水着というのは見られても構わないものよ。見られちゃいけないならそれは裸と変わらない――とまで、ゲームで言われてたわ」

 はて何のゲームだろう。その辺に疎い私には分からなかったが、要するに見てもいい。というか堂々と見てくれ、くらいの気持ちでいてくれているようなので、正面から眺めることにする。

 

「…………」

「恥ずかしいというか、よくもまあ、堂々と谷間だけを覗けるわね」

 言われるこっちが恥ずかしかった。確かに多少? 見る頻度は? 多かった? かもしれませんが?

 

「……とりあえず、泳ぎましょっか」

「そうね」

 ちゃんとゴーグルも持ってきたので、気兼ねなく水泳を堪能出来る。泳ぐのなんて下手すると数十年ぶりなので、感覚など全く忘れていたのだが――やってみると意外と楽しい。狭い故すぐに端についてしまうのが少し残念だが、水は綺麗だしクロールは気持ちいいし大変幸せだ。別に泳ぎが速い訳では無いが、行為自体は大変好きだったことをふと思い出した。

 

「なかなか早いじゃない」

 何往復かした後、顔を上げた私に紫さんが声をかけた。そう言ってもらえると嬉しいです、と笑って浮かべてあった浮き輪に飛び込む。足が着くくらいだし浮き輪使うほど水深があるわけじゃないが、こういうのは気分と勢いで楽しむのだ。紫さんも優雅にプカプカと、浮き輪で流れに揺られている。

 

「えいっ」

「きゃっ」

 少しボケっとした様子の紫さんに水をバシャっと飛ばす。不敵に笑って、さりげなく開かれたスキマ経由で変な場所に水をかけられた。冷たい。ここから水鉄砲合戦が始まったり二人きりの河岸バレーが始まったりするのだが、それは秘密の話。


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